ゲノム編集の衝撃 「神の領域」に迫るテクノロジー

「ほんの5年前までSFとだと思われていた、人間の設計図を置き換えることが可能になりました。」こう述べたのは、世界で初めてiPS細胞を作ることに成功し、2012年ノーベル医学・生理学賞を受賞した、山中伸弥教授です。

“いのち”を変える新技術〜ゲノム編集 最前線〜

ゲノム編集とは一体何でしょうか。ゲノムとは生き物の個体における全ての遺伝情報を含む、いわば生物の設計図です。つまりゲノム編集とはこの生物の設計図を編集する技術のことを言います。昔の人は想像できたでしょうか、今やこのゲノム編集というテクノロジーにより遺伝子、そして生物そのものを人の手で変えることが可能となったのです。

本書「ゲノム編集の衝撃 『神の領域』に迫るテクノロジー」の執筆を手がけたのは、とある番組の取材・制作チームです。とある番組とはNHKの報道番組である「クローズアップ現代」でゲノム編集を取り上げた「“いのち”を変える新技術〜ゲノム編集 最前線〜」です。本書は番組制作チームのメンバーである、松永道隆氏、山下由起子氏、野呂晋一氏、宮野きぬ氏により書かれました。

ゲノム編集の技術が初めて論文で発表された当時はゲノム編集に対する注目度は極めて低いものでした。しかし、番組制作チームの一人である松永道隆氏は「何か新しいことが起きている」と直感し、ゲノム編集という最新技術に目をつけました。
本書ではこの技術の概要と私たちの生活への影響を明らかにしています。

本書は6つの章で構成されています。1.2章ではゲノム編集とはいかなる技術なのか京都大学などの研究を例に挙げて説明してくれます。3章ではゲノム編集を広く知らしめるきっかけとなった、第三世代のクリスパー・キャス9のアメリカにおける普及の実態とその理由を現地取材で明らかにしてくれます。4.5章ではゲノム編集がもたらす可能性を検討するため、国内外の研究開発の現状を報告してくれます。6章ではゲノム編集が抱える問題点についてまとめられています。

本書は取材班により実際の取材が行われて執筆されたものであるからか、「ゲノム編集」について論ずる他の書籍とは違い、内容に具体性とリアリティがあります。例えば5章の「超難病はゲノムから治せ」では、ゲノム編集の医療応用の最前線を取材するため、アメリカで行なったインタビュー内容が事細かく記されています。

シャープ氏のエイズに感染した頃の話に始まり、薬による副作用の苦しみ、ゲノム編集を使った治療への好奇心と不安が本人の言葉を用いながら書かれている。そして実際に行われたゲノム編集を用いた治療については、ベッドに横たわるシャープ氏の写真とともに細かく記されている。気になるのはゲノム編集による副作用だが、シャープ氏は臨床試験終了直後から、免疫力の大きな改善が見られただけで、副作用はなく今もその状態が続いていると述べています。

ゲノム編集が持つ可能性には品質改良や医療への応用といったメリットだけでなく、ヒト受精卵のゲノムを改変することで産まれるであろうデザイナーベビーがもたらす倫理的問題といったデメリットが存在すします。松永道隆氏は「“ゲノム編集時代”の新しい価値観や倫理観を生み出して、社会で共有することが必要になっている。」と締めくくります。

NHK「ゲノム編集」取材班 (著),   (編集)
NHK出版 (2016/7/23)、出典:出版社HP