世界を動かすイスラエル (NHK出版新書)

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中東から世界を見る

筆者は実際に中東の紛争地帯を歩いたNHK記者であり、直近の中東の個別の事例が詳細に綴られています。中東で起こった問題は中東の中だけに収まるのではなく、世界的な問題につながっていくということがよくわかる内容となっています。

澤畑 剛 (著)
出版社 : NHK出版 (2020/7/10)、出典:出版社HP

 

まえがき

「中途半端ではなく、やりすぎなくらいのコロナ対策を実行する」
2020年3月4日、イスラエルのネタニヤフ首相が、新型コロナウイルスの国内感染者が12人しかいない段階で、パンデミックの脅威に宣戦布告したときの言葉だ。この言葉は、イスラエルの安全保障政策からイノベーションまで、イスラエルの行動パターンをすべて言い表している。
イスラエルのコロナ対策は、現地在住者から見ても、驚くようなスピード感となりふりかまわぬ突出感があった。水際対策は、外国人の入国を拒否する「鎖国政策」を世界最速で打ち出した。国内の感染対策は、感染者などの行動を徹底して追跡・監視するため、テロ対策用の通信傍受システムを強引に導入した。さらに人工呼吸器やマスクの世界争奪戦が起こるのを見越して、対外工作活動を担うスパイ機関「モサド」を投入し、必要な医療資材を世界中から大量調達して医療崩壊を防ぐ。そしてPCR検査は、当初は日本と変わらない1日100件だったが、わずか1か月で1日1万件の検査を実施する「PCR検査大国」にのし上がり、感染拡大を抑え込んだ。「やりすぎなくらいの対策」を推し進めた結果、ネタニヤフ首相は5月4日、「初期段階のパンデミック危機は乗り切った」と勝利宣言し、イスラエルは、経済活動の大幅な緩和に踏み切るトップランナーとなった。
私がイスラエルを初めて訪れたのは四半世紀前だ。オスロ合意に基づいてパレスチナで暫定自治が始まった1994年、和平実現の期待が高まっていた頃、イスラエル占領下のパレスチナで語学研修のためにひと夏を過ごした。イスラエル・パレスチナ双方の若者たちは平和な未来への希望を語っていた。しかしその後、「第2次インティファーダ」という暴力の連鎖をへて、その希望は霧消した。パレスチナは悲願の国家樹立への展望が開けないままだが、イスラエルはテックブームの時流に乗り、世界的なスタートアップの集積地にのし上がっている。
2007年から5年間、私はNHKカイロ支局とドバイ支局の特派員として中東の紛争現場を歩いた。2012年に帰国してからは、中東を根底から揺るがす「シェール革命」を追いかけた。経済部に転籍し、日本のエネルギー政策を決める経済産業省、エネルギー業界、金融業界を取材で回った。2017年夏、東京証券取引所の兜記者クラブからエルサレム支局に異動し、中東に戻った。こんな取材遍歴の記者も珍しいだろう。
日本で中東に関わる研究者、ジャーナリスト、ビジネスパーソン、外交官、援助関係者たちはどこか風変わりな人が多い。独特な環境に適応していくうちにそうなってしまうという側面もあるが、個々の分野に凝り固まった人も多く、知識の横の交流が乏しいのが実情だ。最近、書店に並ぶ中東関係の書籍を見渡すと、スタートアップ系か紛争系に分断された「縦割り」のものばかりなのはその証左だろう。
今回、中東の政治経済、紛争、エネルギーという多様な取材をへて、自分が持つようになった「横断的な中東観」について語ってみたいという思いから筆をとった。各章では、イスラエルに軸足を置いて、最新の中東情勢をひもといていく。ハイテク技術、ユダヤの歴史、トランプ大統領の中東政策、シェール革命、キリスト教福音派、イスラエルとイランの対立などを俯瞰しながら読み進めてもらえれば、各分野が数珠つなぎの関係にあることが浮かび上がってくるはずだ。本書が、中東情勢を横断的に読み解く一助になれば幸いだ。

澤畑 剛 (著)
出版社 : NHK出版 (2020/7/10)、出典:出版社HP

 

世界を動かすイスラエル 目次

まえがき

序章「自滅」となったアラブの春
開かなかったパンドラの箱
アラブの春という大混乱
アラブの盟主の苦境
弱体化したアラブとイスラエルの接近

第1章 イスラエル、イノベーションの春
テクノロジーを目当てに接近するアラブ
紛争がイノベーションの原動力になる
「産地直送」のサイバーセキュリティ
ミサイル技術がデジタル農業に
ニューヨークが主戦場のスタートアップ
世界最古のグローバル民族
日本からの投資が増大している
イスラエルに引き寄せられる日本企業
アラブボイコットの終焉へ

第2章 エルサレムに向かうアメリカ福音派
1つ目の「棚ぼた」、エルサレム宣言
しぼむパレスチナのデモ
勢いづくイスラエル
キリスト教福音派とは
「TRUMP MAKE ISRAEL GREAT」
大使館移転法のロビイスト
エルサレムを目指すアメリカ福音派
無償の福音派ボランティア

第3章「ラスボス」イランとの確執
最前線はゴラン高原
2つ目の「棚ぼた」、イラン核合意離脱
イランは「ラスボス」
イラン最強の先兵、ヒズボラ
イスラエル包囲網の完成
「百倍返し」のなぜ?
「イスラエル・アラブ連盟」のお披露目
カショギ事件の誤算

第4章 トランプとネタニヤフ
イスラエルからの米中間選挙応援
3つ目の「棚ぼた」は、総選挙の直前
ネタニヤフの死角
宙に浮いた和平案「究極のディール」
究極ディールに向けて見切り発車
イスラエルの期待、パレスチナの不安

第5章 中東情勢を揺るがす原油価格
原油100ドル時代、アラブの春の防波堤
野心的外交の原資「ジャパンプレミアム」
原油安時代の到来
底堅かったシェールオイル
虎の子・アラムコ上場へ
イラン制裁解除、経済ブーム
イラン制裁復活で原油価格上昇へ

第6章 イラン危機
イラン危機勃発
裏目に出た溺愛外交
トランプのジレンマ
前提条件なしのイラン対話
北朝鮮問題とイラン問題の違い
イランが仕掛けるプロクシー戦争
読み誤った日本

第7章 中東ドローン戦争の時代へ
イラン製ドローン「アバビール」
イラン流イノベーション
新たな紛争のかたち
イスラエルのハイテク対策新兵器
イスラエルとヒズボラのドローン対決
サウジアラビアへのドローン攻撃
破られた「寸止めのジンクス」
イスラエルの関与
イラク駐留米軍へのミサイル攻撃

第8章 ネタニヤフのサバイバル
二度目のイスラエル総選挙
トランプの言いなりにスクワッド対策
不発に終わった切り札トランプ
続投のためなら戦争も辞さず
勝者のいない選挙結果、三度目の総選挙へ
中東和平が選挙争点にならない時代
起訴日に発表された究極のディール
違法な占領を固定化する和平案
三度目の総選挙、コロナ危機で巻き返し

終章 イスラエル、中東、アメリカの未来
福音派が大統領選で懸念するイラン
イランによるトランプ落選運動
「バイデン大統領誕生」、どうなるイスラエル関係
トランプ和平案、イスラエルが目指すもの
コロナで福音派シフト強まるか
コロナ危機が加速させる中東再編
日本はどう向き合うべきか

あとがき
主な参考文献
本文中の人物の肩書等は取材当時のものです。


中東周辺の概略図

澤畑 剛 (著)
出版社 : NHK出版 (2020/7/10)、出典:出版社HP