知立国家 イスラエル (文春新書)

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イスラエルからみた日本の課題

現在のイスラエルに関する単なる事実を羅列するだけでなく、その背景にある歴史や社会システムが述べられており、イスラエルの人々の内面まで踏み込んだ分析がなされています。そして、日本の課題を解決する方法も提案されており、更なる興味を掻き立てられることでしょう。

米山 伸郎 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2017/10/20)、出典:出版社HP

 

はじめに イスラエル急成長の秘密を探る

「日本はイスラエルに学べ」

イスラエルと聞くと、一般的な日本人は「パレスチナ問題」「紛争」など、必ずしも明るいイメージを持っていないかもしれない。
ところが、アメリカでは大きく事情が異なる。ICTやバイオ、医薬品関連などハイテク分野を中心に、イスラエルは「わくわくさせられる注目ブランド」で、目を離せないというイメージを持たれている。グーグルやインテルなど、世界最先端を行く企業がこぞってイスラエルに進出し、優秀な人材のリクルートや投資を活発におこなっている。若者の間では、イスラエル独自の農業集産共同体「キブツ」がクールだとして、生活体験ツアーやキブツホテルが人気を集めている。最近ではイスラエルのワインも評価が高い。
だが、こうした変化は、ほんの十数年前には想像もできなかったことである。
筆者は前職の総合商社勤務時代に2回、合計9年間アメリカに駐在した。1回目は1988年から93年までで、ニューヨークとワシントンDCに駐在した。当時はハーバード大学のエズラ・ヴォーゲル教授の『ジャパン・アズ・ナンバーワン』に象徴されるように、ソ連崩壊と相まって、日本の経済力がアメリカにとっての新たな脅威とされていた時代だった。「ジャパン・バッシング」(日本叩き)もあらゆる局面で顕在化した。
一方、当時のイスラエルはアメリカのビジネス界では目立った存在ではなかった。身近なところでは、当時ニューヨークに多数あった日本資本のピアノバーに徴兵義務を終えたイスラエル出身の若い女性がホステスのアルバイトでおり、軍隊で鍛えた腕っぷしの太さを余興で日本人客に披露していたことを記憶している程度だった。また、直接イスラエルとは関係ないが、ニューヨークに多いユダヤ系アメリカ人世帯と日本人駐在員世帯はともに教育熱心なため、レベルの高い学校の周辺にユダヤ人と日本人が集中し、「JJタウン」(JapaneseとJewishの頭文字)と呼ばれたりしていた。
ところが2回目の駐在(2008~12年まで)で、状況は一変していた。アメリカで注目を集めていたのは、日本ではなくイスラエルだったのだ。
当時、筆者は勤務先のワシントンDC事務所長を務めていた。赴任直前にリーマンショックがあり、アメリカ政府は市場経済の負の連鎖を必死に食い止めていた。オバマ政権はもとよりワシントンDCに拠点を置くシンクタンク、そして米国最大の経済団体である全米商工会議所等は、経済復活のため、他国の良いモデルに学ぼうという姿勢を示していた。たとえば、オバマ大統領肝いりの製造業の復活政策に関してはドイツに学ぼうとしていた。
そんな中、経済の活力の源泉となる起業とイノベーションのモデルとして、イスラエルに学ぼうという動きが多々見られたのである。とくに10年には全米商工会議所主催のイスラエル関連のイベントが頻繁に開催されていた。また、同年11月には在日米国商工会議所(ACCJ)が『成長に向けた新たな航路への舵取り日本の指導者への提言』という白書を発表。日本の新成長戦略のお手本としてイスラエルを取り上げ、「日本はイスラエルに学べ」というメッセージを日本の中枢に向けて発信したのである。
意外に思う向きが多いかもしれないが、イスラエルは第二次産業のGDP比が約30%と日本よりも高い。イスラエルは「ものつくり」を含めた実体経済でも「起業」「イノベーション」を起こしているのだ。
一方、アメリカにおける日本の印象は、前回赴任時に比べ見る影もなかった。日本はいわゆる“失われた20年”を脱し切れておらず、低成長で、政治面でも首相も毎年替わる“リーダーシップ不在”の停滞国家というイメージが強かった。メディアが日本を取り上げることも少なく、いわゆる「ジャパン・パッシング」(日本無視)の状態だった。
冷戦後の経済成長率(1991~2015年までの実質成長率)でみると、イスラエルは174%と、日本の20.5%を大きく凌駕している。人口1億3000万に近いわが日本がパッとしない状況の中、当時人口わずか700万人程度のイスラエルがどんどんアメリカで存在感を増し、ビジネスリーダーや知的階層が敬意を表している様子を目の当たりにしたわけである。

目的はただ1つ「生存」

なぜイスラエルがアメリカで急速に存在感を増したのか。第1の理由に、ハイテク分野におけるめざましい進歩がある。国民一人あたりの起業率、ベンチャーキャピタル投資額、教育費、研究開発費(対GDP比)、博士号保有者数、特許数、そしてノーベル賞受賞者数(自然科学分野)で、イスラエルは世界トップクラスである。パソコンの心臓部であるインテル製CPUの画期的モデル、医療分野で活躍するカプセル型内視鏡、砂漠で農産物の大量生産を可能にしたハイテク農業などは、いずれもイスラエルから出てきたものである。これらのハイテク分野の勃興は、イスラエル軍独特のエリート教育と密接な関連がある。この詳細については第3章で詳述する。
第2の理由として、イスラエルはアメリカの原点でもある移民活用を今なお実証していることがある。移民によって、開拓者魂、失敗を恐れない挑戦、冒険、そして創造といった「建国の精神」が、たえずイスラエルにフレッシュな状態で注ぎ込まれている。本書では、これを「起業家精神」と「イノベーション」という側面から見て行きたい。
こうした起業家精神とイノベーションはアメリカと一見似てはいるものの、その動機は両国で大きく異なる。アメリカは世界におけるヘゲモニー(覇権)を担保する軍事力を支える経済力・技術力で先端を行くために起業家精神とイノベーションを必要としているのに対し、イスラエルは「国の生存」のためにそれらを必要としているからだ。
ユダヤ人は歴史上、凄まじい迫害に晒されてきた。生物の生存戦略と同様、なるべく多様なフィールドに「遺伝子」を残し、最も環境に適応した個体が生き延びてゆくという選択肢を取らざるを得なかった。また、軍事や情報・通信、医薬・バイオなど、人間の安全・生存に直結したジャンルに知を集結し、その分野からイノベーションが生まれてくるという特徴がある。ドローン(小型無人機)、サイバーセキュリティ、自動運転技術などはその最たるものである。
一方、日本の場合、ヘゲモニーの維持や国の生存といった切実な動機がない。太平洋戦争後の荒廃からは、ソニーやホンダといったイノベーション企業が彗星のごとく登場したが、1990年代前半のバブル崩壊後、日本経済には停滞感、閉塞感が漂っている。町工場の職人技など特定分野を極める力の発露こそあるものの、自ら先頭に立って新たな地平を開拓するイノベーターが出なくなって久しい。
その点、イスラエルは「俺がやらずして誰がやる!」というメンタリティを感じさせる。なにしろ「国の生存」がかかっている。それは危機感と表裏一体である。だからこそイスラエル国内はもとより、世界中のユダヤ人がネットワークで繋がり、助け合う。目標はただ1つ、「生存」。そのために、イスラエルは「知」を結集してきたのである。

日本に注目するイスラエル人

筆者がイスラエルに関与するきっかけとなったのは、ワシントンDC勤務時代に、イスラエル政府元高官O氏と出会ったことだった。O氏は外交官時代に日本在住経験があり、大の日本びいきだった。率直で飾らない彼の人柄もあって親しくなり、O氏の家族とも交流が始まった。詳しくは第2章以降で述べるが、彼の長男はイスラエル軍の超エリートプログラム「タルピオット」出身、長女と次男はサイバー諜報組織「8200部隊」の出身だ。
そんなつわもの揃いのO氏一家は、日本(人)の能力を信じて日本で新たなビジネスを起こしつつある。イスラエルでの経験や資産・人脈なども使いながら、日本とイスラエルのイノベーションの協働を目指しているのだ。
もっとも、日本のアントレプレナー(起業家)をイスラエルのエコシステムに入れれば、すぐに日本版グーグルが生まれてくるというほど簡単には行かないだろう。だが、知日派のイスラエル人たちは、日本に大きな「伸び代」があることを感じ取っている。少なくともイスラエルに比べて、日本のベンチャー市場にはまだまだダイヤの原石が埋もれていると彼らがみているのは間違いない。今後、日本とイスラエルが協働してその伸び代を実現させる可能性は大いにある。
本書ではまず、イスラエルの「起業家精神」と「イノベーション」を育むエコシステムがどう優れているのかを検証する。起業家精神とイノベーションに対するイスラエル独自の考え方、メンタリティの背景を建国前後にまで遡る。そこでは「移民」が重要なキーワードになってくる。また、イスラエル独自の傾向として、軍事と徴兵制がハイテク産業やイノベーションにもたらしている影響を読み解く。そのうえでイスラエルのエコシステムづくりに、ユダヤ人特有の宗教、文化、組織、教育制度等が、どのように貢献してきたかを探る。そして最後に、日本とイスラエルの比較を行い、両者が互いに学びあう上でのヒントを提言したい。
ビジネスでのイノベーションやブレークスルーを模索する方々だけでなく、ごく普通の方々にとっても、本書で紹介する「イスラエル的な発想」が1つのヒントとなり、「自己変革」「職場の変革」などに繋げていただければ幸いである。

米山 伸郎 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2017/10/20)、出典:出版社HP

 

目次

はじめに イスラエル急成長の秘密を探る
「日本はイスラエルに学べ」/目的はただ1つ「生存」/日本に注目するイスラエル人
基礎データイスラエルの概要

第1章 爆発するイノベーション
あなたの周囲はイスラエルだらけ/「個の強さ」にこだわる/世界最高の投資家が「最良の国」と絶賛/組織内でも「正面突破」/CPUの限界を突破したイスラエル技術者/「イスラエル中毒」になったインテル/クルマの未来を変える/マイクロソフトもイスラエルで人材集め/豊富な博士号人材/「キブッ」という産業革命/自給自足こそ最大の国防/ピンチをチャンスに転化した軍事産業/製造業が伸びているイスラエル/アメリカを徹底活用する戦略/アメリカとの緊張関係/政冷経熱/アメリカ中枢に刺さり込むための基金「BIRD」/アメリカの将来
を先取りする「2028プロジェクト」/うるさがられるほどの自己主張/「イスラエルを見習え」在日米国商工会議所の提言

第2章 移民がもたらす「頭脳」と「多様性」
移民が支えた急成長/ユダヤ人であれば無条件に帰還/オスロ合意で移民流入が急増/資源は「人間」しかない女性、LGBTに優しい国/ロシア系移民の頭脳/高学歴移民をベンチャー企業に駆り立てる/ソリューションを見つけ出す能力を高める教育/あるイスラエル人一家の肖像/0氏一家の家系/パイオニア精神とフロンティア精神/人種のるつぼ化/アイデンティティは「ヘブライ語」と「国防」/ユダヤ教徒以外の人材も囲い込む必要性/移民を引き寄せる求心力/移民を受け入れない日本

第3章 世界最強イスラエル軍の超エリート教育
徴兵制度が若者を一人前に育て上げる/トップ頭脳集団「タルピオット」豪華絢爛のエリートたち/「速く結果を出す」ことの重要性/アルゴリズム開発で500億円/軍が才能と自立心を養う、最強のサイバー諜報組織「8200部隊」/ITベンチャーの創業者が続々誕生/8200部隊の経験が起業につながる/兵役で養われる「人の見分け方」と「人的ネットワーク」/兵役で知る「個」のエゴを上回る「大義」/「軍産官学」の連携/「国家ビジョン」が確立されている国

第4章「失敗を恐れない」教育と知的執着
「ユダヤ人は優秀」の謎/ワイツマン科学研究所の啓発プログラム/起業家を生み出す教育/民族の失敗、弱さ、愚かさを聖典に残す/ユダヤ人の完璧主義と日本人の完璧主義/自由な議論と知的執着/独特のユーモア、執拗に「なぜ?」を連発/ほめる教育/早い英語教育と英語を必要とする環境/海外放浪する若者たち/目的第一、ルール第二/失敗を恐れず図々しく生きる

第5章 イスラエル・エコシステムと日本の協働
イスラエルの何に学ぶべきか?/動き出した協働枠組みづくり/中国の影と日本への期待/イスラエルと地方都市の協働イノベーション/大学の連携/イスラエルで「自由な議論」のシャワーを浴びる/日系人とのネットワーク/徴兵制度に替わるもの/多様性(ダイバーシティ)/日本語と古典の大切さ/コミュニケーションスタイルの違いを自覚する/自己主張の必要性/「0から1」と「1から100」/イスラエルを日本の土俵に引きずり込む/日本の起業家をイスラエルと協働で育てる/頭脳流出と「IT1本足打法」への不安/格差とナショナリズム/「ほっとする日本」/日本の持続性とのハイブリッドを目指す

あとがき
謝辞
主な参考文献

タイトルをクリックするとその文章が表示されます。

【基礎データ】
■建国:1948年5月
日本とイスラエルは、1952年5月に外交関係を樹立。
(アジアで初めてイスラエルを承認した国であり、両国間の関係は深い)
■政体・首都:共和政・エルサレム
■人口:約868万人(2017年5月現在)
■面積:約2.2万平方キロメートル(日本の四国程度)
■民族:ユダヤ人(約75%)アラブ人その他(約25%)
■言語:公用語はヘブライ語とアラビア語。ビジネスでは英語が通用する。
■GDP:約3,187億ドル(2016年世界34位)
1人あたりGDP約36.6千ドル(同年世界26位)
(参考:日本37.4千ドル同年世界25位)
■通貨:NIS(シェケル)≒31円(2017年9月現在)
■経済成長率:約2.9%(2017年4月推計)
■失業率:約4.84%(同上)
■インフレ率:約0.73%(同上)


出典 世界銀行のデータより抜粋

イスラエルの概要

米山 伸郎 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2017/10/20)、出典:出版社HP