日本漁業の真実

日本の漁業の現状・課題についての5冊も確認する

はじめに

「真実」にどれだけ接近できるのであろうか。
筆者は全国各地の漁業を見てきた。漁業者・漁協・卸売市場・流通加工業・小売業の方々に、水産業のそれぞれをたくさん学ばせてもらった。だが、まだ二十年数年間しか経っていない。漁業の研究者としては、赤子のレベルである。

しかし、今日の漁業問題の取り上げられ方には強い疑問を持つ。「魚が食べられなくなる」「魚が消える」などと危機感を煽り、センセーショナルに取り上げるものが多くなってきたからだ。だが、その内容は現状分析に乏しく、表層的なものが多い。大衆受けを狙ったのだろうか。それゆえに、その表現は、まったく葛藤をもたない紋切り型ばかり。漁業問題を出汁にして注目を浴びることが目的なのかと思ってしまう。

たしかに、漁業をどのように見るかは人によって大きく異なる。視点が異なれば見え方も異なるからだ。何が真実なのかも、自分で確かめないとわからない。自分で確かめてもわからないこともある。だから、漁業問題を考えるとき、いつも「その存在」をどのように「認識」するのかといった哲学的問題に直面する。それだけ漁業の世界は奥行きが深い。

これまで筆者はいろいろな誌面で漁業について書いてきたが、その内容が実態をしっかりと反映しているかと問われれば、自信を持って「はい」とは言えない。限られた紙幅の中で持っている情報を選んで書かなければならないが、その選択を誤ることがあり、ときには事実誤認もあるからである。また筆者の解釈が必ずしも学術界で標準的ではなく、むしろ異端ということもある。

本書では、日本漁業の真実について書かなければならないが、日本漁業の全容は書ききれない。そのことから日本漁業を見通すための土台をつくり、今の漁業に何が不足しているのかを考える機会にしたい。
もちろん、昨今話題になっているトピックも取り上げる。だが、もっとも大事にしたいのは、「漁業・水産業界あるいは水産行政がこれまでに経験した教訓から何が見えてくるか」である。それをできるかぎり明快にしたい。そのうえで、最後に何を考えなければならないのかを提起する。

主な漁法の説明(図は「ポイント整理で学ぶ水産経済』(北斗書房)を参照)
まき網魚群を網で取り巻き、その囲いを狭めて締め獲る漁法。漁船が魚群の回りを旋回しながら網を操作する。通常は網船、捜索船、運搬船などで船団を構成して操業している。
主な対象魚種イワシ、サバ、イナダ、カツオ、マグロなど

刺し網
魚の遊泳経路に平面状の網を仕掛けて獲る漁法。魚は菱形の網目に刺さるか、あるいは網地にからまって漁獲される。錨で固定する場合は「固定式刺し網」といい、固定しない場合は「流し」という。
主な対象魚種カレイ・ヒラメ類、スケソウダラ、サケマス類、カジキ類など

底史網
深海に袋状の網を沈めて、海底近くの魚介類を獲る漁法。小型底曳網漁業、沖合底曳網漁業、遠洋底曳網漁業などがある。
主な対象魚種タラ類、ヒラメ・カレイ類など産魚類の他、カニ、エビ

棒受網
事前に海中に沈めた網の上に、光などで魚を誘導してすくいあげる漁法。現状ではサンマを対象としたサンマ棒受網漁業が他を圧倒している。
主な対象魚種サンマ、アジ、サバ、ヤリイカなど

定置網
沿岸の魚群の通路に網を仕掛けて捕らえる漁法。魚を誘導する垣網、魚が泳ぎまわる運動場網、捕獲する箱網などからなる。
主な対象魚種サケ類、ブリ類、マグロ類、ニシン、タイ、イカなど

延縄
一本の長い幹縄に、適当な間隔をおいて多くの枝糸をつけ、これに釣り針をつけて魚を釣る漁法。走る船から繰り出し、一時に広範囲の魚を獲る。
主な対象魚種マグロ類、タラ、スケソウダラ、サケなど

一本釣り
一本の釣り糸に一個から数個の釣り針をつけて釣る漁法。手釣り、竿釣り、史縄釣りの三種がある。
主な対象魚種カツオ、イカ、サバ、マダイなど

目次 – 日本漁業の真実

はじめに
日本漁業を知る基礎データ

第1章日本漁業の視座
見方を変えなければならない/日本の漁業はどう区分されているか/「面」と「地域」から漁業を捉える/複雑に絡んだ秩序と利害/紛争はいかに調整されるか/大規模化・集約化すれば良いというものではない/過酷な洋上の仕事に耐えられる動機/商品経済が求めるものは/漁業政策から水産政策への転換/漁業経営のセーフティネットのゆくえ/政策に何を求めるのか

第2章過ぎた競争がもたらした矛盾
漁業は斜陽産業か?/水産物の輸出はなぜ増えたのか?/東日本大震災以後の輸出状況/消費の変容と「魚離れ」の真実/「魚離れ」論の変遷を辿る/激化する小売業界の集客競争/丸魚はなぜ鮮魚売場から消えたか/行きすぎた集客競争のもたらすもの/小売主導の流通機構の再編/弱体化する卸売市場/大口を優先させる「事前相対」の功罪/冷遇される魚屋職人/産地の反撃

第3章海外水域の漁業は今
風前の灯火となった遠洋漁業/日本の遠洋漁業の歴史を辿る/消滅していく母船式漁業/北洋底魚漁業の盛衰/遠洋漁業はいかに衰退したか/200海里体制後の新たな動き/国際漁場の漁業管理体制の今日/強まっていく国際規制/マグロの国際管理の問題を考える/厳格管理下におけるマグロ漁業/伝統のマグロ漁業の危機/マグロ以外にもおよぶ規制強化の波/管理下の海外まき網漁業と日本/高船齢化する漁船漁業のゆくえ/緊迫する領土問題と国境水域の漁業/暫定水域をめぐる日韓漁業/尖閣諸島をめぐる漁業問題/日台漁業取り決めの波紋

第4章資源管理の誤解とその難しさ
日本の漁獲管理はどうなっているのか/民間協定として行われる漁獲管理/漁業資源は野生動物である、という基本/資源管理の理論から実践へ/出口管理の展開/漁獲量は科学的に管理できるか/日本での「漁獲可能量」の管理の限界/漁獲枠の個別割当は正しいか/漁業までもが金融資本主義にとりこまれる/増える虚偽報告と投棄魚/日本の資源管理の実情/「乱獲」の乱暴な議論

第5章養殖ビジネス、その可能性と限界
養殖三分類と自然/日本の海面養殖生産を概観する/各養殖業の今は①―カキ・ノリ・ホタテガイ/各養殖業の今は②―ブリ・ワカメ/養殖業の種苗はどうなっているのか/養殖の餌と漁業のつながり/魚病との闘い/協業化、企業化の流れ/養殖業の発展と陥穽と未来

第6章叩かれすぎた漁協とそのあり方
マスコミに嫌われる漁協/漁協の動向と農協との比較/協同組合としての漁協の実情/漁協と農協は何が違うか/漁場管理による共益・公益/地域開発と漁協の関わり/漁協の危機とそのガバナンスの難しさ/漁協組織のあり方を問いなおす/一面的な評価からの脱却を

第7章地域と漁業の今
都市の繁栄と漁村の衰退/漁業世帯の動向から見る漁村/漁村は今どうなっているか/漁村人口減少の中で/漁港都市の再生はありえるのか/東日本大震災後の漁村・漁港都市の復旧は/原発災害で揺れる福島の漁業と漁村/見えてこない漁村の将来

おわりに