データで見る行動経済学 全世界大規模調査で見えてきた「ナッジの真実」

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ナッジの有効性はどのくらいあるのか?

ナッジのアイデアに基づいて、その有効性を世界的な研究から導き出された結果のデータを研究する専門的な暑いかをしております。「行動経済学とは何か」「ナッジとは」を大まかに理解しているとしたら?
この研究の面白さは次第に面白くなくなります。

キャス・サンスティーン (著), ルチア・ライシュ (著), 大竹 文雄 (その他), 遠藤 真美 (翻訳)
日経BP (2020/4/17)、出典:出版社HP

解説 ナッジが備えるべき条件 – 大阪大学大学院经济学研究科 大竹文雄

1.ナッジとは何か
ナッジと呼ばれる政策手段が世界各地の政府で注目を集めている。ナッジとは、「一人ひとりが自分自身で判断してどうするかを選択する自由も残しながら、人々を特定の方向に導く介入」である。ナッジにはさまざまなものがあるが、大きく、情報提供型ナッジとデフォルト設定型ナッジに分けられる。

⑴ 情報提供型ナッジ
コンビニでレジに顧客が一列に並ぶように、レジの前の床に足跡の絵を描くのはナッジの例だと言える。顧客に対して何も強制していない。顧客は床のデザインを見て自発的に並んでいる。「レジの前に一列に並んでください」と表記するのも足跡が並んでいる絵を床に描くのも同じ情報提供であるが、その表現の方法が異なる。情報を提供するだけではなく、情報提供の方法、文章、デザインを工夫することでよりよい方向に意思決定を変えていくものがナッジである。

どのような表現に私たちの意思決定が影響を受けやすいかは、心理学や行動経済学で、ある程度知られている。私たちのそのような特性を利用したナッジは「情報提供型ナッジ」と呼ばれている。
人々に情報提供をする、あるいは情報提供することを義務づけるという単純なナッジでも、人々の行動が変わることがある。たとえば、ファストフードレストランのメニューでカロリー表示を義務づけるとか、タバコのパッケージに健康警告画像を表示することを義務づけるというのは、情報提供型のナッジである。また、同じ情報であっても、私たちはその表現方法(フレーミング)で意思決定が変わる傾向をもっている。損失を強調した表現によって、私たちの意思決定が変わる例を示してみよう。ある手術を行うかどうかについて、次の情報が与えられたとき、あなたは手術をすることを選択するだろうか。

A 「術後1ヵ月の生存率は10%です」
では、次の情報が与えられたときのあなたの選択はどうだろう。
B 「術後1ヵ月の死亡率は10%です」
医療者にこの質問をした場合に、Aの場合なら約80%の人が手術をすると答えたが、Bの場合な ら約10%の人しか手術をすると答えなかったという研究がある。AもBも情報としては、同じ内容である。しかし、損失を強調したBの表現の場合には、手術を選びたくないと考えるのである。
このタイプのナッジが日本でも用いられた例がある。八王子市は大腸がん検診の受診勧告のダイレクトメールに、次の二つのタイプのものを用いた。一方のグループのキットには、「今年度、大腸がん検診を受診された方には、来年度、『大腸がん検査キット』をご自宅へお送りします」という利得メッセージが記されている。もう一方のグループのキットには、「今年度、大腸がん検診を受診されないと、来年度、ご自宅へ『大腸がん検査キット』をお送りすることができません」と損失メッセージが記されている。利得メッセージを受け取ったグループで、実際に受診した割合は9・7%であり、損失メッセージを受け取ったグループでは3.9%であった。つまり、論理的には同じ内容の情報提供メッセージであっても、表現方法で人々の行動が変わるのである。
情報提供型ナッジには、社会規範を用いるものもある。たとえば、臓器提供を呼びかける際に、「臓器移植が必要になったとき、あなたは臓器を提供してもらいますか。もしそうなら、あなたも人を助けよう」といった互恵性に訴えるメッセージや「すでにたくさんの人が臓器提供の意思表示をしています」という同調性に訴えるメッセージを使うのである。

⑵ デフォルト設定型ナッジ
デフォルト設定もナッジの一つである。デフォルトとは、何も明示的意思表示をしていないときにみなされる意思決定のことである。
最高裁判所裁判官国民審査では、審査を受ける裁判官の氏名のところに×を記入した場合に「その裁判官を辞めさせたい」という意思表示になり、何も書かなければ「その裁判官を辞めさせたくない」という意思表示をしたとみなされる。つまり、この場合は、裁判官を信任するという意思決定がデフォルトになっている。
脳死状態になった場合の臓器提供の意思表示も、「臓器提供の意思なし」が日本でのデフォルトである。フランスやオーストリアでは、「臓器提供の意思あり」がデフォルトになっている。
日本では公的年金に加入することは義務となっているが、iDeCo(イデコ)という税制上の優遇 措置がある個人型確定拠出年金は任意加入である。能動的にiDeCoへの加入申し込みをしないかぎり、iDeCoに加入できない。iDeCoへの加入はたしかに任意である。仮に、iDeCoに日本人は自動加入することになっているが、簡単に脱退できるという制度だったとしよう。この場合も、iDeCoは義務ではなく任意加入だと言える。
両者の違いは、何も意思表示をしない場合の意思決定が、現行のiDeCoでは非加入とみなされるのに対し、自動加入制度の場合では加入とみなされることである。選択の自由は確保されているが、何も能動的選択をしない場合の意思決定が逆になるのである。
海外ではこのような私的年金制度への加入をデフォルト、すなわち自動加入にしている国がある。イギリスとニュージーランドがその例だ。イギリスでは2008年に成立した年金法で、⑴「職域年金制度への自動加入化」、⑵「確定拠 出型年金の導入を扶助する目的での公共機関(NEST)の設立」、そして ⑶「確定拠出型年金に おけるデフォルト運用方法の設定を義務化」した。つまり、確定拠出型年金への加入をデフォルトとする制度に大きく変更したのだ。
ニュージーランドでは、2007年にキウイセイバーという私的年金制度が設立され、新規雇用 される18歳以上の被用者を対象に自動加入方式(希望者は脱退可能)が採用されている。イギリス、ニュージーランドとも、私的年金の加入者数が大幅に増加している。
加入や脱退の申し込みの手間が簡単であれば、デフォルトが何であれ、選択の自由は確保されている。自動加入型の私的年金では簡単な手続きで脱退できる。最高裁裁判官の国民審査ではデフォルトを変更する手間は×を記入するだけである。
ところが、デフォルトからの変更の手間がどれだけ小さくでも、私たちはデフォルトの選択を選ぶ傾向がある。現状維持を続けたいという気持ち、デフォルトを何らかの参照基準にしてしまいそこからの変更を損失と考える特性、デフォルトから変更しようとは思うがそれを先延ばししてしまう特性などが理由だ。行動経済学では、こうした特性をそれぞれ、「現状維持バイアス」「損失回避」「現在バイアス」と呼んでいる。
このように、ナッジは行動経済学の理論的な枠組みに基づいて、メッセージやデザインによって情報提供の方法を工夫したり、申請の仕方や選択肢の提示の仕方を工夫したりするものである。従来の行政手法は、法律を定めて法律を遵守しない人に罰金や刑罰を与えるという罰則か、税金や補助金という金銭的インセンティブを用いるというものが主流であった。これに対し、ナッジは大きな金銭的インセンティブや罰則を使わないで、人々の行動に影響を与える政策手段である。

2.世界でも日本でも活用が進む
OECD(経済協力開発機構)によれば、欧州・米国・豪州を中心に、世界で200を超える組織・ 機関が公共政策にナッジを活用している。最も有名なのは、イギリスの行動洞察チーム(Behavioural Insights Team/BIT)である。BITは2010年にイギリスの内閣府の中に設置され、2014年からは海外の政府との連携を行いやすくするために政府とNestaという慈善団体とが出資する組織になった。日本でも2015年に環境省ナッジPT、2017年4月に日本版ナッジ・ユニット(BEST)、2019年2月に横浜市行動デザインチーム、2019年5月に経済産業省METIナッジユニットなどが設置され、ナッジについての研究を行うとともに、さまざまな研究事例が紹介されている。厚生労働省もがん検診対象者に対して受診率向上のためのナッジを用いた解説ハンドブックを公表している。
ナッジが政策担当者の注目を集める理由は、金銭的インセンティブを使わないため低コストであるというのが大きい。情報提供型ナッジであれば、企業に情報提供を義務づけるだけであり、デフォルト設定型ナッジであれば自動加入に関する法律を整備すればよく、こうした制度の実行には、税負担増を伴わない。
低コストであるというのは単に税金をそれほど使わないという意味だけではなく、ナッジを実施する行政コストも低いという意味もある。たとえば、申請書類の書式、広報メッセージ、通知文などを変更するのもナッジである。こうしたナッジは、法律改正を伴わなくても実施できるものが多い。逆に言えば、同じ法律や規制であっても、その表現方法に注意を払えば、政策効果を大きくできる可能性がある。

3. ナッジ の 問題点と世界各国の国民の態度
⑴ ナッジの問題点
ナッジには問題点もある。それは、「選択する自由も残しながら、人々を特定の方向に導く介入」というナッジの特徴を知った人の中には、ナッジによって自分が政府に誘導されているようで嫌な気持ちになる人もいるということだ。
ナッジの中には、多くの人が反対するものもある。一方で、多くの人が支持するナッジもあるだろう。どのようなタイプのナッジなら人々は賛成するのだろうか。ナッジへの賛否には、同じ国でも違いがあるだろうか。また、同じナッジでも賛成率には、国による違いがあるだろうか。ナッジを政策に使う場合には、そのようなナッジに対する人々の好みや倫理的判断を知っておく必要があるだろう。
本書は、政策への使用を賛成されるナッジと反対されるナッジの特徴を世界各国におけるアンケート調査をもとに分析し、ナッジが備えなければならない条件を「ナッジの権利章典(第9章)」として整理したものだ。ナッジを政策に用いることを検討している政策担当者だけではなく、ナッジに警戒心をもっている人々にとって、本書は必読書である。
本書の著者のうちキャス・サンスティーン教授は、ハーバード大学の法学者であるが、ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授との共著『実践行動経済学』(原題「Nudge」)の出版でナッジの提唱者として知られる。バラク・オバマ政権では行政管理予算局情報・規制問題室(OIRA)室長として2009年から2012年まで働き、アメリカの政策にナッジを活用した。また、もうひとりの本書の著者のルチア・ライシュ教授は、コペンハーゲン大学の行動経済学者である。消費者政策と健康政策に関わる行動経済学的研究で非常に多くの実績をあげているだけでなく、ドイツの政策にさまざまなアドバイスをしている。ナッジを実際の政策に応用してきた二人の著者は、ナッジに対するさまざまな批判に真剣に対応してきた。その成果の一つが、世界各国でのアンケート調査をもとにした本書である。
調査対象となった国は、アメリカ、ヨーロッパ(デンマーク、フランス、ドイツ、ハンガリー、アイルランド、イタリア、イギリス、ベルギー)、その他(オーストラリア、ブラジル、カナダ、中国、日本、メ キシコ、ロシア、南アフリカ、韓国)である。この中で、日本はナッジへの賛成率が他の国よりも低めになっている点は興味深い。その理由は、日本では政府への信頼が低いことが原因だと推測されている。

⑵ アメリカでの結果
アメリカにおける調査結果は次のようにまとめられる。「第一に、大半のアメリカ人は、民主的社会が近年とりいれているか、とりいれることを真剣に検討しているナッジを支持している。第二に、選択アーキテクト(選択の枠組みの設計者)の動機に不信を抱くときや惰性や不注意のせいで市民の価値観や利益に反する結果になるかもしれないと不安を感じているときには、ナッジに対する支持が減る。「チェーンレストランでのカロリー表示の義務づけ」という情報提供型ナッジには、アメリカ人の87%、「タバコのパッケージへの健康警告画像の表示義務づけ」にも74%が賛成している。「貯蓄プ ランへの自動加入」というデフォルト設定型ナッジにも80%が賛成している。「グリーン(環境にやさしい)エネルギー事業者の自動使用」というデフォルト設定にも72%が支持している。「運転免許を取得するときに、臓器提供をしたいと思うかどうか答えることを求める」というナッジも70%の人が支持している。
一方、デフォルト設定型ナッジでも、「デフォルトとして民主党支持者として登録されるが、共和党支持者か無党派層として登録したい人は、その意思を明示すればオプトアウトできる」というナッジは26%、「国勢調査では特に明記しないかぎり、人々はキリスト教信者であるものとされる」というナッジは21%、「税還付時には50ドルを赤十字に寄付するものとし、寄付したくない場合は、 その意思を明示すればオプトアウトできる」というナッジは27%と賛成率が低かった。情報提供型ナッジでも賛成率が低いものがある。「新しく選ばれた大統領が、自分の決定を批判するのは非愛国的であり、国の安全保障を損なうおそれがあると人々に説く啓発キャンペーンを行う」の賛成率は23%、「母親は家にいて小さな子どもの世話をするべきだと説く啓発キャンペーンを連邦政府が行う」は33%の賛成率である。

⑶ ヨーロッパでの結果
ヨーロッパ6ヵ国(デンマーク、フランス、ドイツ、ハンガリー、イタリア、イギリス)の結果もアメリカと似ている。「子どもの肥満を減らすための啓発キャンペーン」「わき見運転による死者・負傷者を減らすための啓発キャンペーン」「喫煙と過食をなくすための映画館での啓発キャンペーン」といった情報提供型のナッジの6ヵ国での平均賛成率は76・9%と高い。「カロリーのラベル表示」「塩分が非常に多い食品のラベル表示」などの情報提供の義務づけ型ナッジにも78・0%が賛成している。「グリーンエネルギーの使用をデフォルトとすることを政府が義務づけ」については、どの国でも過半数の人が賛成しているが、「納税者が赤十字に50ユーロ(相当額)を支払うことをデフォルト」のように積極的同意なしに人のお金を取り上げるナッジでは、過半数の人が反対している。
ヨーロッパでの結果は次のようにまとめられる。第一に、いくつかの国ですでにとりいれられていたり、導入が検討されていたりするタイプのナッジについては、ヨーロッパでは大多数が支持している。なかでも、その目的が正当なものであるか、大半の人々の利益につながるか、価値観に合うと考えられるナッジの支持率は高い。一方で、「政府は明確な同意を得ないで人々のお金を取り上げてはならない」という原則と「政府は人を操作してはならない」という原則に反するナッジは拒否される。ハンガリーとデンマークは、ヨーロッパ諸国の中では際立ってナッジに対する支持率が低い。このうちハンガリーは政府に対する信頼の水準が低いことで説明がつくが、デンマークについては説明が難しいという。

⑷ 世界のさまざまな国での結果
世界のさまざまな国々(オーストラリア、ブラジル、カナダ、中国、日本、ロシア、南アフリカ、韓国) の調査結果では、大多数がナッジを支持しているが、日本は支持率が低い例外であるとされている。逆に、中国と韓国は賛成率が非常に高い。
これらの国は3つのグループに分けられる。健康と安全に関するナッジを大多数が賛成している「原則的ナッジ支持国」、圧倒的多数がほとんどすべてのナッジに賛成している「圧倒的ナッジ支持国」、過半数がナッジをおおむね支持しているがその水準が著しく低い「慎重型ナッジ支持国」である。日本は「慎重型ナッジ支持国」であり、ヨーロッパの国ではハンガリーと同じである。
日本で賛成率が他の国より低いナッジとしては、「健康によい食品かどうかを赤、黄、緑の交通信号形式で表示することを義務づける」という情報提供義務づけ型ナッジがある。日本以外の国では約80%の人がこのナッジに賛成しているが、日本では55%しか賛成していない。「グリーンエネルギーの使用をデフォルトとすることを政府が義務づけ」については、多くの国で8割を超える人が賛成しているが、日本では59%の賛成率である。「大規模食料品店に対し、健康によい食品を目立つところに陳列して、買い物客が手にとりやすくすることを義務づける」というナッジについては、日本以外の国では7割以上の人が賛成しているが、日本では47%しか賛成しない。「運転免許を取得するときに臓器提供をしたいと思うかどうか答えるように義務づける」というナッジでは6 割から8割の人が賛成している国が多いが、日本はロシアと並んで47%しか賛成していない。「レジ周辺に菓子類を置かない」というナッジについては、日本以外の国では過半数の人が賛成しているが、日本では35%の人しか賛成していない。「公共機関のカフェテリア方式の食堂に肉料理を提供しない日をつくることを義務づける」というナッジに日本人は28%しか賛成しないが、日本以外の国では過半数の人が賛成している。なかでも中国では78%の人が賛成している。
日本人がナッジに対して賛成しないことについて、著者たちは政府への信頼が低いことが原因ではないかと推測している。ただ、日本人が外国人よりもナッジに強く反応する傾向があることを知っているからこそ、ナッジに対して慎重だという可能性もあると筆者(編集注 : 大竹氏)は考えている。
日本では、2020年2月からの新型コロナウイルス感染対策で、学校の休校、大規模イベント の自粛を政府が要請することで多くの国民が従った。同じことを達成するために、法律や命令によって都市を封鎖したり、移動を禁止したり、ハグやキスを禁止する必要がある国もある。

4. ナッジの権利章典とナッジへの誤解
著者たちは本書でのアンケート調査の結果から、ナッジが満たすべき条件を6つの「ナッジの権利章典」としてまとめている。

権利章典1 ナッジは正当な目的を促進しなければならない。
権利章典2 ナッジは個人の権利を尊重しなければならない。
権利章典3 ナッジは人々の価値観や利益と一致しなければならない。
権利章典4 ナッジは人を操作してはならない。
権利章典5 原則として、ナッジは明確な同意がないまま人からものを取り上げて、それを人に与えるようなものであってはならない。
権利章典6 ナッジは隠さず、透明性をもって扱われなければいけない。

いずれももっともなものである。税金・補助金や法律による規制であれば、それらを実施するためには、議会での審議という民主主義的な手続きを踏む必要がある。しかし、ナッジの中には、そのような政治的・行政的手続きを経ないでも実行可能なものもある。そのような場合こそ、政策担当者はこの6つの権利章典を厳守することが必要である。ナッジを政策に使う場合には、その効果検証を行った上で実施することが透明性確保の点で特に重要だろう。詳しい解説は、本書の第9章を読んでほしい。
ただし、著者たちは、ナッジが誤解されているが故に、支持されていないこともあるという。誤解されているポイントは7つある。

誤解1 ナッジは人間の行為主体性をないがしろにしている。
誤解2 ナッジは政府への過度の信頼がベースになっている。
誤解3 ナッジは目に見えない。
誤解4 ナッジは人を操る。
誤解5 ナッジは行動バイアスにつけこむ。
誤解6 「人間は不合理だ」というナッジの前提は間違っている。
誤解7 ナッジが機能するのは周縁の問題だけなので、大きな成果はあげられない。

いずれもナッジに対する批判としてよく目にする。しかし、こうした批判は、ナッジに対する誤解であることは、本書の第8章に詳しく説明されている。ナッジを政策に用いる場合には、こうしたナッジへの誤解に基づく批判が存在することを前提に、十分な説明を行っておくことが求められる。
多くの人に本書が読まれることで、ナッジが正しく活用されて、私たちの社会がよりよいものになっていくことを期待したい。

キャス・サンスティーン (著), ルチア・ライシュ (著), 大竹 文雄 (その他), 遠藤 真美 (翻訳)
日経BP (2020/4/17)、出典:出版社HP

データで見る行動経済学・もくじ

解説ナッジが備えるべき条件
大阪大学大学院経済学研究科 大竹文雄 | –

はじめに 行動経済学を最も有効に活用する方法
潤滑剤としてのナッジ・反発を生むナッジ

第1章 ナッジ導入における「世論」の重要性
「ナッジ」とは何か?
世界各国の政府がナッジに注目する理由
ナッジが生み出すのは快適な生活か、政府によるコントロールか
ナッジがもつ「操作」のカ
ナッジの価値は目的と効果で決まる?

第2章 アメリカ① 調査結果のまとめ
アメリカにおけるナッジの評価
アメリカで人気のあるナッジ
啓発キャンペーンに対する評価
物議をかもすと思われるナッジに対する評価
アメリカ人はどんなナッジを嫌うのか?
情報と教育にかかわる不人気のナッジ

第3章 アメリカ② 調査から明らかになったナッジへの反応
アメリカで受け入れられるナッジ・拒否されるナッジは何が違うのか?
政党への支持とナッジへの許容度
「ナッジ S命令」―どちらがどれだけ受け入れられる?
支持政党によるナッジバイアス
アメリカにおけるナッジへの評価――二つの結論

第4章 ヨーロッパでの調査結果とナッジへの評価
ヨーロッパにおけるナッジへの反応
ヨーロッパを代表する六つの国
ヨーロッパ6ヵ国に対する調査のまとめ
調査結果の分析
ヨーロッパにおける調査方法
「15の介入」に対する反応
社会人口統計学的変数の選択と政治的選好の測定
統計分析の方法|
ヨーロッパ6ヵ国における調査結果の分析
「純粋な政府のキャンペーン」に対する評価
「義務づけ型の情報提供ナッジ」に対する評価
「義務づけ型のデフォルトルール」に対する評価
「義務づけ型のサブリミナル広告」に対する評価
「義務づけ型の選択アーキテクチャー」に対する
評価、 性別、年齢、政治的選好(支持政党)による賛成率の違い
ヨーロッパ6ヵ国の人々はナッジをどうとらえているのか?
全体的な特徴
国ごとの特徴
政治的選好(支持政党)と人口統計学的属性
ヨーロッパ6ヵ国におけるナッジへの評価のまとめ

第5章 ナッジに対する世界的な評価は定まっているのか?
世界的なナッジへの評価の検討
日本をはじめとする8カ国の調査方法
サンプリングと調査の方法
社会人口統計学的変数と政治的態度の測定
日本をはじめとする8カ国の調査結果の分析
そもそもの賛成率
人口統計学的属性と政治的態度
三つの国カテゴリー
本調査のまとめ

第6章 ナッジの真実
「相手への信頼感」はどの程度、人々の判断を変えるのか?
ナッジへの賛成・反対は何によって決まるのか?
サンプリングと調査の概要
調查手段
統計分析の方法
ナッジへの賛成を決める要素の正体
年齢、性別とナッジへの賛成
「公的制度への信頼」と「ナッジへの賛成」
結果の概要
ナッジを賢く役立てるために

第7章 教育的ナッジと非教育的ナッジ――主体性からナッジを見る
主体性の度合いは、ナッジへの評価を左右するのか?
人間の脳の二つのシステム
アメリカにおける「主体性」の意味
「貯蓄、喫煙、環境」についての結果のまとめ
「中立条件」(条件1)での調査結果
「システム1のナッジのほうが効果が有意に高い」と伝えた場合(条件2)の調査結果
「システム1のナッジのほうが効果が高い」ことを定量的に伝えた場合(条件3)の調査結果
「システム2のナッジのほうが効果が有意に高い」と伝えた場合(条件4)の調査結果
政治的な意見の違いは選択にどのような影響を与えるか
「有権者登録、子どもの肥満、中絶」についての結果のまとめ
結果の概要
支持政党による意見の違い
被験者内調査での回答の変化に着目する
人々を動かすための「世論、法律、公共政策」の扱い方
「主体性」の度合いとナッジの評価

第8章 ナッジについての7つの誤解
「ナッジ」はいま、大いに誤解されている

第9章 あらゆるナッジに適用されるべきわれわれの権利とは?
ナッジの正当性
ナッジの権利章典を策定する
公共の福祉と自律性について

謝辞
註釈

はじめに 行動経済学を最も有効に活用する方法

「ナッジ」による政策――つまり、「行動情報を活用した政策」は、すでに世界各地の政府で導入 されている。人間の本質とはどういうものか、そしてどのように考え行動するのかに関する新しい 発見を踏まえて政策が立てられているということだ。こうした政策はその都度検証され、さらによりよく機能させる方法の研究が進んでいる。
では、それらの国々で暮らす人々は、「行動情報を活用した政策」をどのように考えているのだろう。そもそも賛成しているのか。
ロシア人とアメリカ人では意見が違うのか。もし違うなら、厳密にはどこが、どれくらい違っているのか。中国、日本、韓国の人々ではどんな違いがあるのか。オーストラリアとブラジルでは? フランスとデンマークでは?アイルランドとイギリスでは? ハンガリーとドイツでは?
われわれ二人(キャス・サンスティーンとルチア・ライシュ)は何年もかけて、こうした疑問を探ってきた。これまで、次に示す18ヵ国に対して、全国規模のサンプル調査、あるいは地域ごとの調査を実施してきた。
アイルランド アメリカ イギリス イタリア オーストラリア カナダ 韓国 中国
デンマーク ドイツ日本 ハンガリー ブラジル フランス ベルギー南アフリカ
メキシコ ロシア
いうまでもなく、このリストで全世界を網羅しているとはいえないが、世界の主要国をある程度おさえることができた。

潤滑剤としてのナッジ・反発を生むナッジ

この調査では、その焦点を行動科学、より具体的には行動経済学に関心がある人から特に注目を 集めている政策に絞って質問している。これによって世界の人々の考え方の違いを的確に比較できるようになるだろう。自由、厚生、信頼、パターナリズム(父権的温情主義。強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のために、本人の意志は問わないまま介入・支援すること)に関するさまざまな考え方を明らかにする助けとなるはずだ。このような調査によって、国境を越えて意見が一致しているところ、国境をまたぐだけで意見に統計的に有意な差が生じるところが浮かび上がってくる。あるいは、国内における意見の違いや国同士での考え方の差がどうして生まれるのかについても、少し推測していくことができるだろう。
理想をいえば、できるだけ多くの政策について幅広い網羅的な質問をして、回答を得たいという気持ちはもちろんある。それでも、今回の焦点を絞り込んだアプローチによる調査を通して、より幅広い質問をするとどのようなことが明らかになるのかについても考えうる最初の手がかりを示せると思う。本書では、より幅広い調査・研究に続く第一段階として、右記の調査でわかったことを報告していきたい。
なお、本書の最終章では、結論に代えて、「いかなるナッジに対しても尊重されるべき、われわれの基本的な権利(ナッジの権利章典)」を提言する。 「これは、本調査で明らかになったさまざまな国の人々の考え方についての発見を踏まえて、合理的に導き出されたものである。われわれのいう権利章典とは、司法的に執行できる権利のことではなく、公務に携わる者が尊重するべき一連の理念と権利であり、操作の禁止、人々の価値観と利益 の尊重、透明性の確保の重要性、不正な目的のためのナッジ使用の禁止が盛り込まれている。
さらに、そうした権利章典の概略を説明する過程で、人間の自律性の本質やよりよい社会的厚生のあり方についても触れていくことになるだろう。

キャス・サンスティーン (著), ルチア・ライシュ (著), 大竹 文雄 (その他), 遠藤 真美 (翻訳)
日経BP (2020/4/17)、出典:出版社HP