やさしい行動経済学 (日経ビジネス人文庫)

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身近に感じる行動経済学

日本経済新聞での連載で筆者が丁寧に、コンパクトに解説したものの文庫版となります。筆者数が多い分、様々な場面で観察される、使われる行動経済学が説明されております。

日本経済新聞社 (編集)
日本経済新聞出版 (2017/12/2)、出典:出版社HP

文庫版まえがき

2017年のノーベル経済学賞は米国のシカゴ大学のリチャード・セイラー教授が受賞し、例年以上に注目を浴びました。それはセイラー氏の功績が人の心を扱う「行動経済学」だったことと無縁ではないと思います。
経済学は数式やグラフばかりが使われていて、小難しくて近寄りがたい。金融関係など一部の人の仕事には役立っているのかもしれないが、自分の生活とは関係ない――。それがこれまで経済学と縁遠い人が持つ印象ではなかったでしょうか。

でも、実は行動経済学をはじめとして、経済学は身近な問題を解くヒントをたくさん与えてくれます。それを広く知ってもらおうというのが本書の狙いです。
職業や老若男女を問わず、最も身近に感じるテーマは「こころ」ではないでしょうか。日本経済は「失われたり年」と呼ばれる景気低迷を経験し、経済格差が広がっています。少子高齢化の影響もあり、これまでのような経済成長が期待できない中、将来の生活に不安を抱えている人も多いと思います。人は何かしら「こころ」のよりどころを求めています。

一方で、経済学になじみのない一般の人にとって、「こころ」と最も縁遠い存在が経済学ではないでしょうか。「金もうけ優先で弱者に優しくない」学問で、そこで描かれる人間像は、「自らの利益を最大化することを最優先し、感情に流されず常に合理的な判断をする存在」。そんなイメージが浸透してしまっているかもしれません。
本書を読んでいただければ、そうした誤解が解けるはずです。経済学は、そもそも人々を豊かにし、幸福をもたらすために生まれた学問です。経済学の父と呼ばれるアダム・スミスの時代から、人の心の動きを観察することが学問の出発点になっている面があるのです。

確かに、経済学に長らく人の心や精神面への関心が薄かった面があったことは否定できません。ただ、世の中が成熟し、価値観が多様化するにつれ、新たなアプローチや理解の方法も広がっています。その1つが、実際の人間がどのように選択・判断するかを重視した行動経済学です。

本書では、ベテランから新進気鋭まで3人の学者が、それぞれの専門分野の視点から、「こころ」を切り口に、現代社会が抱える問題を読み解くヒントを提示しています。テーマは行動経済学だけではなく、幸福論や希望の持ち方、倫理観から男女の行動の違いまで多岐にわたります。

読み進めるにつれて、経済学の多様性や間口の広さを感じ取っていただけるのではないかと思います。そして読み終わった後、これまでの「食わず嫌い」をやめて、経済学の奥深さをもう少し味わってみたいと思っていただければ幸いです。

本書は、日本経済新聞朝刊「経済教室面」に「やさしい こころと経済学」と題して、第1部を2014年9月から同年12月に、さらに第2部として2015年4月から同年6月にかけて連載したシリーズをまとめた『こころ動かす経済学』(2015年10月刊)を『やさしい行動経済学』と改題し、巻末に2017年ノーベル経済学賞を受賞したセイラー教授の業績に関する日経電子版の解説を掲載し、文庫化したものです。なお、執筆者、文中の肩書などは掲載当時のものです。

連載にあたっては経済解説部の中村厚史、松林薫、福士譲、井上円佳が担当し、文庫版の巻末解説は福山絵里子が執筆しました。また、「こころ」の問題を経済学で分析するコラムを着想し、闘病生活の傍ら連載に向け助言・尽力した故・道善敏則編集委員に深く感謝いたします。
2017年11月
日本経済新聞社

日本経済新聞社 (編集)
日本経済新聞出版 (2017/12/2)、出典:出版社HP

目次

文庫版まえがき
第1章 日本人は競争が嫌い?――精神性の特徴
1 「競争」への認識に違い
2 「同情」から「共感」へ変化
3 「公平な観察者」が道徳を生む
4 適度な距離感が「和」を保つ
5 「多事争論」が重要に?
6 「思慮」こそ国富増大の源
7 不利益を被った人に「共感」
8 伝統的雇用慣行に「憤慨」
9 「自制」を通じ弱者に共感
10 2つの「正義」の両立が必要

第2章 倫理観・価値観と絆
1 善悪をどう捉えるか
2 用いる概念で結論に差
3 経済モデルから考える
4 親子のつながりを分析
5 最適な税率にも影響
6 奉仕活動を通し幸福感
7 震災は幸福感に影響
8 他人の役に立ち幸福に
9 共同体を重視する時期
10 幸福感への誤解を解く

第3章 男女の行動の違い
1 リスクのとり方に差
2 男性のほうが自信過剰
3 性差の刷り込みも影響
4 社会環境が男女差を生む
5 女性は交渉を避ける傾向
6 ホルモンの関与も考慮
7 女性のほうが平等重視
8 人とのかかわり方に差
9 性差を超えた取り組みを

第4章 差別と偏見のメカニズム –
1 「行動」から「心」を探る
2 選択と選好に置き換え方
3 市場理論から分析
4 統計が助長する場合も
5 ゲーム理論で分析
6 住民の独立意向を解析
7 女性同士でも立場で溝
8 家事分担の固定化
9 我々の心が「障害」を生む
10 心次第で未来も変化

第5章 希望の役割を科学する
1 大切な何かの実現を目指す
2 他国に比べ低い水準
3 年齢・健康と密接な関係
4 人とのつながりが重要に
5 挫折は好影響を与える
6 無駄を恐れの気持ちが大事
7 少年期に得た信頼が影響
8 震災後は家族重視に
9 地方再生は自らの手で
10 望ましい未来を見据えて

第6章 幸福とは何か
1 お金と幸せの関係を探る
2 生活水準が満足度を左右
3 承認メカニズムが複雑に
4 商品の入手が不可欠に
5 「豊かな家族生活」を目指す
6 ガイドラインを共有
7 格差が若者の希望を阻む
8 多様化する満たされ方
9 人との結びつきが重要
10 一定程度の豊かさが必要

第7章 幸福度を測るポイント
1 数値化により比較・検証
2 社会全体の豊かさを把握
3 要因を金銭と非金銭に分類
4 「大事件」でピークに
5 結果に加え過程も寄与
6 精神と生活面で違いも
7 政策反映には注意が必要
8 稼得以外のほうが持続
9 データ収集・集計を工夫
10 比較には慎重さが必要

第8章 「おもてなし」――心情をくむサービスー
1 新たな仕組みを考え出す
2 「おもてなし」は日本独特
3 4類型に分けられる
4 モノにない特徴を考慮
5 接客態度で価値が向上
6 相対的満足感が重要に
7 品質評価に4要因活用
8 従業員満足を高める
9 組織文化で方向性を示す
10 介護の質の向上が不可欠

第9章 日本の組織と心理的契約
1 会社と社員の間の約束
2 外から見た日本の特徴
3 文章化されない理由
4 評判を考慮し約束を守る
5 日本と欧米の混合型に
6 不履行に2つの理由
7 異動・昇進の効果的
8 双方の期待の明確化を
9 「特別扱い」が効果を生む
10 「沈黙」に目を向ける必要

第10章 やる気を引き出す仕組み
1 理解を深め日常に応用
2 モチベーションの定義
3 褒美とやりがいの両立
4 内面から湧く動機付け
5 喚起に必要な2要因
6 褒め言葉で欲求を満たす
7 上司の働きかけが重要
8 組織としての取り組み
9 ビジョンで方向性を示す
10 奉仕の精神を持つ

第11章 メンタルヘルスをどう守る
1 深刻化する精神面の病
2 「個人の問題」を除去し分析
3 仕事の特性なども影響
4 隠す傾向が事態を悪化
5 雇用慣行が損失に影響
6 企業全体で利益率低下
7 悪化防止策が重要に
8 多様な働き方が必要に
9 全社的取り組みが不可欠如
10 望まれる学際的研究

終章 経済学どこころはどう付き合ってきたか
l こころをどう扱ってきたか
2 合理的な「経済人」を生む
3 満足を高める均衡点を探る
4 人に備わる利他性
5 合理的説明を超えた衝動
6 不確実性に極端な反応
7 最適を選ぶとは限らず
8 進化の過程に着目
9 幸福調査は使い方次第
10 脳科学との融合

【解説】人の「こころ」を組み込むモデルを提唱―|2017年ノーベル経済学賞を読み解く

日本経済新聞社 (編集)
日本経済新聞出版 (2017/12/2)、出典:出版社HP