フィンテック (日経文庫)

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フィンテックの全体像がわかる

本書はFinTechの基礎的な解説書であり、FinTechを知らない上司の質問にうまく答えられるような構成になっています。知識のない人相手に説明できるようになることがコンセプトとなっているので、基本的な内容から解説されており、入門書としておすすめです。

柏木 亮二 (著)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2016/8/6)、出典:出版社HP

はじめに

本書は「フィンテック (FinTech)」の基礎的な解説書です。フィンテックとは多様な要素が含まれた非常に幅広い概念を含んだ言葉です。そのため、書籍や新聞・雑誌の記事を読んでも、フィンテックとは何かがいまひとつわかりにくくなってしまっているように思います。新しいテクノロジーを指すのか、それとも斬新なビジネスモデルで新たな金融サービスを提供するベンチャー企業を指すのか、それとも既存の金融機関のビジネス変革を指すのか、などなど。

本書はこのような「フィンテック」の多様な要素を段階的に理解できるように、構成しています。もっとわかりやすくいえば、上司から「フィンテックって何?」と聞かれたときに、その質問の内容に応じてうまく答えられるような構成になっています(この手の質問はほんとに困りますよね)。
本書の構成を「上司の質問」に沿って簡単に説明します。最初は、「フィンテックって最近よく見るけど、なんで注目されてるの?」という素朴な質問に答えるためのものです。第1章「フィンテックが注目される理由」では、「フィンテック」が登場した背景や、フィンテックが注目される一因となった急成長したベンチャー企業、そして日本の金融業界の特徴などを説明しています。

次は「フィンテックってどういう意味?」という質問に答える内容が、第1章「進化するフィンテック」です。「フィンテック」という言葉そのものは、一説では40年以上前から存在しています。その時々で意味するものが徐々に変化しているのです。そのため、使う人によって「フィンテック」という言葉が意味するものも微妙に異なっています。この章では「フィンテック」という言葉がどのように進化してきたのか、そしてそれぞれの段階の「フィンテック」での主要なプレーヤーや技術、そして「その「フィンテック」はどういう意味の「フィンテック」なのか」を整理して解説しています。

さて、ここまでで上司の方もある程皮フィンテックのイメージはできたようです。その次にくるであろう「フィンテックの具体的なサービスってどんなものがあるの?」という質問に答えるのが、第皿章「いま何が起こっているのかを押さえておこう」です。この章ではフィンテックがもたらすものを「金融のデジタル化」という観点で整理しています。すでに始まっているフィンテックサービスを中心に、「金融のデジタル化」がどのように金融サービスを変容させているのかを解説しています。金融業界以外にお勤めの方なら、ここまでの章をお読みいただければフィンテックに関する最低限の知識は身につくはずです。
ですが、金融に関連するビジネスに従事している方たちにとっては、「フィンテックが自分たちのビジネスにどのような影響があるのか」という点が重要でしょう。そのような業界の上司の方から「で、うちのビジネスにどんな影響があるんだ?」という質問が飛んでくるのは想像に難くありません。その質問に答えるのが第2章 「金融ビジネス・実務への影響」です。ここでは新たな「フィンテック」が既存のビジネスモデルに与える脅威を解説しています。

脅威をだまって見過ごすわけにはいきませんね。フィンテックによってもたらされる新たな脅威に対抗するためには何をすべきでしょうか。上司から「で、うちの会社はどうすべきなんだ?」という質問が飛んできた場合を想像してください。第V章「フィンテックにどう向き合うか」は金融機関と、金融機関にITシステムを提供しているベンダー、そして規制や法制度を司る政府や行政機関などが現在どのような対応をとっているのか、また将来的にどのような対応を検討すべきかを整理しています。
フィンテックがもたらす新たな金融サービスは、既存の金融のルールでは対処が難しいものが数多く含まれています。しかも、新たな金融サービスがもたらすものは必ずしもいいことばかりではありません。これまでの安全かつ安定した金融インフラが、社会やビジネスの発展のための強固な土台として機能してきたのは明らかです。フィンテックによる革新がこれまでの安全や安定を台無しにしてしまう事態は避けなければいけません。フィンテックのもたらすリスクを認識し、その上でリスクとリターンのバランスをとるにはどうすべきかを、具体的な取り組みや世界中で活発に行われている議論などを踏まえて整理しています。

ここまでくれば、おそらく上司の方からの質問もそろそろ尽きてきたかと思いますが、最後にこんな質問がくるかもしれません。「もっとすごいフィンテックが出てくる可能性はないの?」。フィンテックに影響を与える技術として、人工知能(AI)やブロックチェーンといった、今後急速に技術進歩が進むと予想されているものはまだまだあります。そしてさらなる技術革新はそれまで金融とはあまり関係のなかったビジネスにも金融機能を組み込むことを可能にするでしょう。

第5章「さらに進化するフィンテック」では、現在活発に研究開発が行われている技術が将来的に金融にどのような影響を与えるのかを予想します。そしてそれらの新しい技術によって革新された新たな「金融」が、金融以外の領域のビジネスモデルや、われわれの生活を作り変える可能性についてもあわせて考えたいと思います。
できれば上司の方も部下に質問する前に本書を手にとっていただければ嬉しいです。
なお、本書の内容はあくまで筆者である私の個人的な見解であり、筆者の所属する組織の公式な見解ではないことをお断りしておきます。

2016年8月
柏木亮二

柏木 亮二 (著)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2016/8/6)、出典:出版社HP

目次

はじめに

第1章 フィンテックが注目される理由
1 注目を集めるフィンテック
2 アメリカ発「FinTech プーム」
3 「フィンテック」という考え方はこれまでもあった
4 次々と現れる「ユニコーン」ベンチャーたち
5 日本にフィンテックは適合するか

第Ⅱ章 進化するフィンテック
1 金融業界のIT活用の歴史
2 FinTech 1.0: ITによる金融の効率化
3 FinTech 2.0:金融ビジネスの「ディスラプター(破壊者)」たちの台頭
4 FinTech 3.0:機能も情報も部品になる
5 FinTech 4.0:金融ビジネスが新たなかたちでつながる

第Ⅲ章 いま何が起こっているのかを押さえておこう
1 「金融のデジタル化」とは?
2 「入り口」のデジタル化―KYC
3 もっと取引を安全にトークナイゼーション、パスワード不要に
4 消える現金電子マネー、モバイルペイメント
5 集約される口座情報−アグリゲーション、PFM

第Ⅳ章 金融ビジネス・実務への影響
1 金融の本質的な機能を実現するフィンテックサービス
2 P2Pという「破壊的イノベーション」
3 価格破壊をもたらすロボアドバイザー
4 クラウドコンピューティングによる価格破壊
5 店舗が消える―スマートフォンバンキング、トレーディング
6 ライフログの活用―新たな与信モデル
7 企業の資金繰りに変化―トランザクションレンディング、ファクタリング、
クラウド会計
8 システム・装置という参入障壁が消える―決済、ATM
9 保険のフィンテック:インステック(InsTech)
10 イノベーションのジレンマに直面する既存金融機関

第V章 フィンテックにどう向き合うか
1 既存金融機関が準備しておくべきこと
2 ITベンダーの役割
3 金融をめぐる法規制とフィンテック
4 新たな法規制にかかわる5つの論点

第Ⅵ章 さらに進化するフィンテック
1 APIエコノミーの登場
2 人工知能(AI)が変える金融
3 プロックチェーンというイノベーション
4 フィンテックがもたらす「金融包摂」
5 そして新たなビジネスモデル、新たなエコノミーヘ

おわりに

l 注目を集めるフィンテック

「ファイナンス・テクノロジー」の組み合わせフィンテック(FinTech)とは、金融を意味する「ファイナンス (Finance)」と技術を意味する「テクノロジー (Technology)」を組み合わせた造語です。日本では2015年の春ごろから注目を集め始めました。最近では毎日のようにフィンテックに関するニュースが報道され、雑誌などでも特集が数多く組まれています。またフィンテックと名の付く本も立て続けに出版されています(この本もそのうちの一冊です)。
「フィンテック」の正式な定義は存在しませんが、ここでは金庁のもとに設置されている、金庫行政のさまざまな課題を検討する金席審議会の「決済業務等の高度 化に関するワーキング・グループ」が2015年2月に公表した報告書でのフィンテックの説明を引用してみましょう。同報告書ではフィンテックを「主に、ITを活用した革新的な金融サービス事業を指す。特に、近年は、海外を中心に、ITベンチャー企業が、IT技術を生かして、伝統的な銀行等が提供していない金融サービスを提供する動きが活発化している」と説明しています。
次々と生まれる新サービス フィンテックがこれほど注目を集める理由は大きく2つあると考えられます。1つは「新しくて便利なサービスが次々と誕生しているから」というもの。もう1つの理由は「フィンテックは既存の金融機関の存続を脅かす可能性を秘めているから」というものです。

1つ目の「新しくて便利なサービス」の代表的な例として、アメリカのいくつかの企業を挙げてみましょう。簡単な決済手段を提供し、さらに個人の間でお金を送るサービスを実現したペイパル(PayPal)、銀行口座や証券口座、クレジットカードの利用情報などを一元化し、個人の資金管理や資産運用をサポートするパーソナル・フィナンシャル・マネージメント(PFM)サービスのミント(Mint.com)、スマートフォンに「ドングル」と呼ばれる機器を取り付けることで、それまでクレジットカードが利用できなかったお店などでクレジットカード決済を可能にしたスクェア(Square)、個人の間でお金の貸し借りを仲介するブラットフォームを提供しているレンディングクラブ (LendingClub)、そして店舗を持たずにスマートフォン上で銀行と同じサービスを提供するシンプル(Simple)といった新しい企業が続々と登場しました。このうちペイパル、スクェア、レンディングクラブは株式市場への上場も果たし、フィンテックという言葉を世の中に広げる大きな役割を果たしました。
これらの新しい金融サービスの多くは、スマートフォンを活用し、シンプルでわかりやすい画面デザインを備え、初めての人でも理解しやすい独作方法を実現しています。この画面デザインや換作方法などをユーザーインタフェース(UI)、そしてその製品やサービスを使ったときに得られる経験や満足感をユーザーエクスペリエ ンス(UX)と呼びます。フィンテック企業は優れたUIとUXで利用者の心を捉えました。

一度UI/UXが優れたサービスを使ってしまうと、それ以前のいまひとつイケていないサービスを使う気にはなれないものです。それまで使っている間は使いにくいとは思っていなかったにもかかわらず、です。
いままでの金融機関が提供していたサービスは、機能としては十分なものではありましたが、画面が見づらかったり、入力がしにくかったり、操作手順がわかりにくかったり、頻繁にパスワードを入力しなければいけなかったり、また画面いっぱいに「免責事項(ディスクレーマーと呼ばれます)」やセキュリティの注意事項が表示されていて必要な情報がどこにあるかわかりにくかったりと、利用者にとっては必ずしも使いやすいものではありませんでした。
ただ、どの金融機関のサービスも似たりよったりでしたので、それまでは演然とした不満を感じていたとしても、利用者はそのサービスを使い続けていました。しかし、いったん優れたサービスが登場したら使いにくいサービスを利用し続ける理由はありません。そしてこれが2つ目の理由につながります。

便利な機能が既存の金継機関を脅かす

新しいフィンテックサービスは、登場した段階ではあまり機能が充実していないことが多々あります。先に挙げたアメリカの大手フィンテック企業のサービスも、登場した時点では限られた機能しか提供できていませんでした。例えばPFMサービスのミントでは、サービス開始当初は情報が登録できる金融機関の数は非常に限られたものでした。現在では数万社にのぼるありとあらゆる金融サービスの情報が登録・利用できますが、当初は主要な銀行や証券会社、有名なクレジットカード会社くらいしか登録できませんでした。
実際、多くのベンチャー企業が提供するサービスは、開始当初は非常に限られた機能しか持っていないことが大半です。すでにさまざまな機能を持ったサービスを提供している大企業の人から見ると「こんな貧弱な機能しか持たないサービスを使うのは新しもの好きの一部の人くらいだろう」としか思えない代物です。しかしベンチャー企業はその後、驚異的なスピードで機能を充実させていきます。そしてある時点で、既存の大企業が提供しているサービスと同等か、それ以上の機能を実現することがあります。そうなると既存の企業のビジネスを脅かす存在となります。

ベンチャー企業は、利用者のニーズに応える優れたサービスを提供しようと必死です。仮に機能が限られていたとしても、利用者が抱えている「不満」を的確に捉え、その「不満」をきれいに取り去ってくれるサービスが提供されれば、そのサービスは利用者に受け入れられるのです。「あれば便利な機能」は後から追加すればいいのです。一方、既存の金融機関のサービスはそう簡単には変更できません。長い年月をかけてさまざまな機能を追加してきた巨大で複雑なサービスを作り変えるには、大変な労力と時間、コストがかかります。例えば銀行のATMの画面を変更するには、その画面を表示するプログラムを変更するだけではなく、その変更が他のシステムに勝 響を与えないかどうかを確認する膨大な数のテストが必要になります(数千パターンのテストが必要な場合もあります)。比較的新しいサービスであるウェブサイト上の機能変更にも似たような手間がかかることがあります。
驚異的なスピードで進化を続ける新たなフィンテックサービスが、変われない既存の金融機関のサービスを駆逐してしまうのではないか。こういった期待と不安がフィンテックに注目が集まるもう1つの理由でしょう。
そして両方の理由に共通するもう1つのフィンテックの特徴があります。それは、フィンテックサービスは既存の金魚機関によるサービスと比べて、非常に低価格でサービスを提供しているという点です。中には無料で提供されているサービスも存在します。利用者にとっては安く利用できるのであればそれに越したことはありません。一方、金融機関にとっては、安いサービス、さらに無料のサービスは自分たちの収益源の危機を意味します。利用者にとって使いやすい、新しいサービスの登場 と、既存の金融機関の存続を脅かす可能性を持つビジネスモデルの登場という2つの理由から、フィンテックは大きな注目を集めているといえるでしょう。

すべての人が金融サービスを利用できる世界へ

最後にもう1つ、あまり日本では注目されていないのですが、「金融包摂(フィナンシャル・インクルージョン)」もフィンテックが注目される理由として挙げられます。これは「社会包摂(ソーシャル・インクルージョン)」という言葉から派生して出てきたキーワードです。もととなった「社会包摂」とは、社会から孤立している人たちをもう一度社会の構成員としてきちんと取り込もう、そのための制度や環境づくりを行おうという活動です。日本でも2015年に一億総活躍国民会議の席上 で民間議員の菊池桃子氏が「ソーシャル・インクルージョン」という呼び方を提唱して注目されました。

金融包摂とは、世界銀行の定義によれば「すべての人々が機会を活用し脆弱性を軽減するのに必要な金融サービスにアクセスでき利用できる状況」のことを指します。実は世界規模で見ると銀行口座を持ったり銀行からお金を借りたりできる人たちは非常に限られています。ある研究によれば、世界で生産年齢に当たる成人の約半分が正式な金融サービスから排除されていると推計しています。これらの人たちに正式な金融サービスへのアクセスを提供しようというのが金煎包摂です。
これまでの金融サービスは、そのサービスを津々浦々に届けるためには、多数の店舗や全国に限り巡らせた決済のネットワークなど、非常に多額の投資が必要でした。発展途上国にとってこれらの投資を短期間で行うことは不可能に近い状況でした。しかし神帯電話などのITを活用することによって、非常に低コストかつ素早く幅広く金融サービスを提供できるのではないかと期待が高まっています。先進国とは異なる意味で、発展途上国でもフィンテックは注目されているのです。
この章では、フィンテックがどのように誕生したのかという点について、主にフィンテック発祥の地であるアメリカを中心として説明します。

2 アメリカ発「FinTech ブーム」

フィンテックが最初に登場し、そしてブームになったのはアメリカからでした。先ほど挙げたペイパル、ミント、スクェア、レンディングクラブ、シンプルといったフィンテック企業の成功に触発され、数多くのフィンテックベンチャーが起業しています。公的な統計は存在しませんが、トムソン・ロイターによれば2015年末時 点でアメリカだけでも1300社以上のフィンテック企業が存在すると推計されています。
アメリカでフィンテックが勃興した理由として次の4点が挙げられます。
①リーマン・ショックの影響
②ミレニアル世代の台頭
③スマートフォンとソーシャルネットワークの普及
④企業のITシステムの変化
それぞれの理由についてくわしく見ていきましょう。

リーマン・ショックの影響

最初の「リーマン・ショックの影響」には、次の2つの側面があります。1つはリーマン・ショックによる株式市場の暴落とその後の金融機関の対応を見たアメリカ国民が既存の金融機関に対して不信感を持ったという側面です。
2000年代には、アメリカの金融機関も短期的な値上がりを狙う投機的な金融商品販売よりも、将来希望する生活水神を満たすためにはどのような資産形成をした らよいかをアドバイスするようなスタイルが一般的になっていました。このような資産管理スタイルは、「ライフプランニング(人生設計)」をもとにした、「ゴールベース資産管理」と呼ばれています。「ゴールベース」とは「老後の生活水準(ゴール)」を「出発点(ベース)」として、そのゴールを満たすために無理のない資産運用・積立を行う資産運用スタイルを表した言葉です。リスクの異なるさまざまな金融商品を組み合わせた「分散ポートフォリオ」を基本として、目標に到違するための調整を定期的に行うというのがゴールベース資産管理の一般的なスタイルです。

それまでの金融機関は株や投資信託を売買する際の手数料を主な収益源としていましたが、近年は顧客がその金融機関の口座に保有している金融資産(「預り資産」という言い方をします)の時価総額の数%を報酬として受け取るスタイルに切り替えています。このスタイルですと、顧客の資産が目減りすれば受け取る報酬額も減ってしまいます。金融機関としては顧客の知り資産が順調に増えるようなアドバイスを行うことが自らの収益にもつながるというわけです。こうして金融機関は投資家の「よき伴走者」であるというイメージが広がりつつありました。
ところがリーマン・ショックはこのイメージを打ち砕いてしまいました。リーマン・ショックによって引き起こされた株価の暴落によって投資家は多大な損失を受けたにもかかわらず、金融機関の営業担当者は相変わらず高い給料をもらっていたことに多くの投資家が反発しました。「投資家の味方のような顔をしていたが、やっぱり自分たちのことしか考えていなかったんじゃないか」という大手の金融機関に対する不信感が広がったのです。そのようななか、既存の金融機関とは違い、中立的なイメージを持つ新しいフィンテック企業への期待が高まりました。フィンテック企業個も積極的にいままでの金融機関との違いを訴える戦略をとりました。

そしてリーマン・ショックがフィンテックの勃興に与えたもう1つの影督は「金融機関をリストラされた人たち」を大量に生み出したことです。リーマン・ショックによって世界中の金融機関は大きなダメージを受けました。事業の縮小や売却を余儀なくされた金融機関も数多く存在しました。それらの部署に勤務していた人たちの多くが退職を余儀なくされたのです。そういった彼ら・彼女らの中には金融機関のシステムを支えていた技術者も多く含まれていました。こういった人たちの中から「既存の金融機関ではできなかったビジネス」を始める人たちが出てきました。金融機関でキャリアを積んだ多くの人たちがフィンテックベンチャーの世界に移っていき、さまざまなサービスを生み出しています。

ミレニアル世代の台頭

ミレニアル世代とは、アメリカ国内で1980年~1990年代に生まれた現在5歳~5歳くらいの世代を指す言葉です。彼らの特徴的な消費行動がフィンテックの追い風になっているといわれています。
ミレニアル世代はアメリカの全人口のおよそ3分の1を占めています。このミレニアル世代には前の世代と異なる特徴や消費傾向があります。その中でもよく挙げられる特徴として、「生まれた時からネットが存在したデジタル・ネイティブである」「就職種などを経験しているため堅実でコストに敏感である」「多様性を尊重し、 健康や環境保護に関心が高く既存の権威に距離をおく」といった者が挙げられます。フェイスブックの創業者であるマーク・ザッカーバーグ氏は1984年生まれで、ミレニアル世代の象徴ともいわれています。
彼らの特徴をそれぞれもう少しくわしく見てみましょう。
「デジタル・ネイティブ」という点では彼らのほとんどはスマートフォンを持っています。8割が寝る時もスマートフォンをベッドの横に置いているという調査結果もあります。またコミュニケーションにネットを抵抗なく使う世代でもあります。

この世代は2001年のネットバブル壊、2008年のサブプライム危機やリーマン・ショックといった金融危機を子供の頃や就職期に経験しています。そして最気後退のあおりを受けて就職が難しく、非正規雇用やパートタイムでしか載を得られない層も多いといわれています。このような経済事情から、ミレニアル世代は借金 を前提とした無謀な消費などとは無縁で、堅実かつコストに敏悪な傾向があります。一方でこのミレニアル世代の人組構成は他の世代と比較すると非常に多様性に富んでいます。15歳か34歳の世代の人種構成を1980年と2012年で比較すると、1980年では白人が78%、黒人が13%、ヒスパニック系が7%、アジア系が2%だったのに対し、2012年では白人は58%、黒人が14%、ヒスパニック系が大きく増えて21%、アジア系が6%となっています。また政治的な傾向も「無党派層」が最も大きな比率を占めている世代でもあります。健康や現境問題への関心も高く、既存の政治や大企業などに批判的な傾向が強いのも特徴です。

このミレニアル世代は金融に対してどのようなイメージを持っているのでしょうか。それを明らかにしたのがアメリカの調査会社スクラッチが2014年に発表した「ミレニアル・ディスラプション・インデックス(「ミレニアル世代破壊指標」くらいの意味でしょうか)」というアンケートです。この調査はアメリカのミレニアル世代1万人に対して行った調査です。この調査結果に衝撃的なフレーズが並びました。
・「銀行の話を聞くよりも歯医者に行くほうがマシ」71%

柏木 亮二 (著)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2016/8/6)、出典:出版社HP