星野佳路と考えるファミリービジネスの教科書

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同族経営の利点と課題がわかる

星野リゾートとその他の注目企業のケーススタディを、ビジネス理論で解析しています。同族経営のメリットや対策すべき課題について、データに基づいて分析することができます。また、普段は聞けない経営者たちの本音トークもおすすめです。同族経営を理解する上で必読の1冊です。

小野田鶴 (著, 編集), 日経トップリーダー (著, 編集)
出版社 : 日経BP (2019/11/25)、出典:出版社HP

はじめに

日経トップリーダー編集部 小野田鶴

この本は、星野リゾート代表・星野佳路さんが、ライフワークとして続けているファミリービジネス研究のプロセスをたどり、そこで得られた知見をまとめる1冊です。私は雑誌の連載の編集担当者として、その研究のアシスタント兼記録者といった役割をこの4年ほど務めてきました。
ファミリービジネスは、日本では一般に「同族企業」と呼ばれています。しかし、星野さんの視点を借りて見えてくる姿は、同族企業という、どこかおどろおどろしい響きの言葉が持つイメージとは違います。家族であると同時にビジネスパートナーでもある面々が、ときに大喧嘩をしたり、大小さまざまな事件を繰り広げたりしながらも、いきいきと活動するパワフルな組織です。大きなイノベーションの可能性を隠し持つダイナミックな存在でもあります。
そこで本書では、同族企業という言葉を、ファミリービジネス、ファミリー企業と呼び、創業家についてもファミリーと言い換える場面が多くなります。まだ定着しきっていない言葉ですが、ものの見方において呼び名は大事な要素です。

ファミリービジネスは近年、注目が高まっている経営学の一分野です。
きっかけは、ファミリー企業の業績が一般に、非ファミリー企業よりも良いということが、統計分析などから明らかになったことです。1990年代から2000年代にかけて、ROE(株主資本利益率)、ROA(総資産利益率)といった資本効率や利益率、売上高成長率といった数値において、ファミリー企業のほうが優れているという研究結果が、米国、イギリス、フランス、イタリアなど世界各国で発表されました*。
2020年を迎えようとする今では、「ファミリー企業が強い」という事実は、日本のビジネスパーソンにも徐々に知られつつあり、遠くない将来、常識になることでしょう。しかし、このような研究論文が次々に発表された当初は、驚きをもって受け止められました。「同族企業」という言葉の響きに感じられる、前近代性、非合理性は業績に負の影響を及ぼしているはず、という思いこみがありました。
なぜ、ファミリービジネスが強いのか。後ほど、星野さんの見解を交えて、たっぷりご紹介します。
一方で、ファミリービジネスには特有の弱みや課題があることも事実です。15年にメディアを賑わせた大塚家具に象徴される、経営者の親子や家族、親族の確執。そして、絶対的権力を握る創業家出身社長の長期政権下で進む、組織の腐敗など。星野さんも嫌というほど経験しています。父親を社長から解任する形で、星野温泉旅館(現星野リゾート)の社長に就任し、その後もさまざまな同族をめぐる課題と向き合い、解決してきました。
このような問題が、なぜ起こるのか。
そして、ファミリービジネスが特有の課題を乗り越え、本来の強さを存分に発揮するには、どうしたらいいのか。
星野さんは、この4年間、忙しい社長業の合間に全国各地に足を運び、この問いに対する答えを探求してきました。私はその記録者です。知的刺激にあふれた星野さんとの旅路を、読者の皆さまにも存分に味わっていただきたいと思います。
そこから得られる知見は何よりまず、ファミリービジネスの経営者や後継者、社員にとって大いに役立つものです。が、それだけではないと思います。
何しろ、日本の企業のおよそ97%がファミリービジネスとも言われます。海外でも創業家を中心とする経営体制をとる企業は多くあります。非ファミリーの上場企業の社員であっても、ビジネスでファミリー企業と取引をしたり、接点を持ったりすることは多いはずです。その際、自社の常識がまったく通じないことに戸惑った経験を持つ人は少なくないと思います。
そこで「わけが分からない」と嘆くのではなく、アカデミックな知見も武器に、ファミリービジネスの強みと弱みを認識して付き合えるのと、付き合えないのとでは、ビジネスで得られる成果には、大きな違いが生まれるはずです。
ファミリービジネスは、かつて「ビジネススクールでは教えてくれないこと」でした。しかし、今では、ビジネススクールの一科目として確立されつつあります。
ファミリービジネスの特性の理解は、日本でもこれから、ビジネスパーソンにとって基本的な素養の一つになっていくことでしょう。

本書は、5部構成です。各部で語り手が星野さんであったり、私(=編集部の小野)であったり、さまざまですが、その点も含めて、最初にざっと流れをご紹介します。
第1部と第2部は、星野佳路さんと、星野さんが経営する星野リゾートについて。本書では、星野さんの経験をケーススタディとして多く引用します。そこでまず、星野さんという経営者のこれまでを概観します。
第1部は、星野さんの生い立ちから、なぜファミリービジネス研究をライフワークにするに至ったのか。個人的な事情と社会的な意義という2つの側面から、ご本人に解説していただきます。
第2部は、星野リゾートの成長過程を、星野さんの証言を追って、編集部の小野が振り返ります。後段との関係で注目していただきたいのは、星野さんが長い時間をかけて、ビジネスモデルのイノベーションを成功させたこと。IT業界のスタートアップなどとはまた違う、中長期的なイノベーションは、第3部で解説するファミリービジネスの強みです。すなわち、星野リゾートが実は「強い同族企業の典型例」であることを、明らかにします。
第3部は、欧米のビジネスクールで教えられているファミリービジネスマネジメントの概論です。編集部の小野の取りまとめで4つのフレームワークを紹介します。
案内役は、ジャスティン・クレイグ教授。米ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院「ファミリービジネスセンター」の前センター長で、星野さんが信頼を寄せる第一人者の一人です。クレイグ教授が「世界のファミリービジネスのベストプラクティスの一つ」とする、星野さんの事例を解説しながら、理論を紐解きます。
第4部と第5部は、星野さんの研究レポートです。
第4部は、ケーススタディです。星野さんが全国各地に足を運んで、さまざまなファミリービジネスの経営者や関係者、識者などと語り合った内容を、対談形式でまとめました。それぞれの対談にテーマがあり、ファミリービジネスの主な論点を概観できるように構成しています。ファミリービジネスの後継者で、その苦労をよく知るから星野さんだからこそ引き出せた深い話もたくさんあります。
実のところ、実際にうかがったお話はもっと生々しく、掲載できなかったエピソードも少なからずあります。対談を申し込んだ時点で「このテーマについてはお話しできない」と、断られたこともたびたびありました。それどころか、取材をして原稿まで書いた後で「やっぱり掲載しないでください」と頼まれ、泣く泣くボッにしたものもあります。ファミリービジネスは、奥深い世界です。
そして第5部、星野さんよる現時点での研究成果のまとめで、本書を締めくくります。
最後に補遺として、星野さんとお父さんのその後の物語を伝える貴重な資料を収めました。掲載をお許しくださった星野さんに、深く感謝いたします。

では、いよいよ本題へ。
まずは、星野温泉旅館の創業者のひ孫(4代目)に生まれ、跡取りとして経営者となった星野佳路さんの自己紹介。経営者としての足跡と、なぜファミリービジネス研究をライフワークにするに至ったか——。

*「日経ベンチャー」2007年4月号特集「ファミリー企業の時代」PART1「データが証明!ファミリー企業は強い」(小野)

小野田鶴 (著, 編集), 日経トップリーダー (著, 編集)
出版社 : 日経BP (2019/11/25)、出典:出版社HP

星野佳路と考えるファミリービジネスの教科書―目次

はじめに

第1部 星野さんはなぜ、ファミリービジネス研究を始めたのか
——個人的な事情と、社会的意義

第2部 星野リゾートは典型的な「強い同族企業」だった!
——「30年に一度のビジネスモデル自動転換システム」の実例として

第3部 ファミリービジネスの4つのフレームワーク
——ジャスティン・クレイグ教授を招いて、星野さんの事例を参照しつつ
フレームワーク1 : スリーサークル
フレームワーク2 : 4L
フレームワーク3 : スチュワードシップとエージェンシー理論
フレームワーク4 : ビッグテントと4R

第4部 星野さんと行くファミリービジネス探求の旅
——11人の証言者から得た19の視点
証言者1 早稲田大学ビジネススクール・入山章栄教授
[視点1] ぼんくら息子問題
[視点2] 学問のすすめ
[視点3] 健康長寿問題
証言者2&3 相模屋食料・鳥越淳司社長&江原寛一会長
[視点4] 娘婿経営の強さ
[視点5] 親子の距離感
証言者4 サイボク・笹崎静雄社長
[視点6] 偉大なる母
[視点7] カリスマとの対峙
証言者5 石坂産業・石坂典子社長
[視点8] 継ぐ者の覚悟
[視点9] 継がせる覚悟
証言者6 鹿沼カントリー倶楽部・福島範治社長
[視点10] 古参との距離
[視点11] 法的整理
証言者7 大塚家具・大塚久美子社長
[視点12] 成熟市場の戦い方
証言者8 大創産業 創業者・矢野博丈さん
[視点13] 執着の捨て方
証言者9 キッコーマン・茂木友三郎名誉会長
[視点14] 脱・同族の道
[視点15] 家業の魅力
証言者10 オタフクホールディングス・佐々木茂喜社長
[視点16] 家族憲章の意義
[視点17] 非日常の共有
証言者11 カルビー元会長兼CEO・松本晃さん
[視点18] 創業家の見識
[視点19] 上場の是非

第5部 星野さんによる研究報告
——「ぼんくら息子問題」の本質とは何か

補遺 拝啓、四代目星野嘉助様
——「四代目星野嘉助と軽井沢」から一部抜粋

※第3部は、月刊経営誌「日経トップリーダー」2019年10月号の特集「星野佳路と学ぶファミリービジネスのフレームワーク」に、加筆、編集を加えました。
※第4部の対談は、「日経トッブリーダー」の連載「星野佳路のファミリービジネス研究会」に一部、編集を加えて掲載しました。内容や固有名詞などは、原則として雑誌掲載時(掲載年月はそれぞれの[視点]末尾に記載)のものです。

小野田鶴 (著, 編集), 日経トップリーダー (著, 編集)
出版社 : 日経BP (2019/11/25)、出典:出版社HP