地球を旅する水のはなし (福音館の科学シリーズ)

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水の科学絵本

水はすがたを変えながら、世界中を旅しています。本書は、この水はどこへ行くのかという問いから始まります。水がどのように循環しているのか、どのような性質があるのか、詩情豊かな文章と繊細なイラストによって理解することができます。

大西 健夫 (著), 龍澤 彩 (著), 曽我 市太郎 (イラスト)
出版社 : 福音館書店 (2017/9/6)、出典:出版社HP

水の旅
かわる・めぐる・つなぐ
大西健夫

水はどこから来たのか

水の旅、いかがでしたか。大小さまざまな流れ、渦、よどみをつくりながら地球をめぐる水。そもそも、その水は地球誕生時から地球にあったのでしょうか。地球が誕生したと考えられている 45億年よりはるか前、宇宙誕生のビッグバンの後、最初にできたのが水素、そして酸素も比較的早くにできたと考えられています。そして宇宙空間でこの水素と酸素が結びついて「水分子」ができあがり、隕石などに含まれて地球にもたらされたといわれています。地球誕生直後は、地球の表面はとても高温だったため、水は液体では存在できなかったと考えられています。しかし、すでに44億年前には液体の水が存在し、少なくとも38億年前からは、ほぼ水の総量は一定であるとされています。

「クレオパトラの最期の吐息に含まれていた空気の一部をあなたが吸いこむ確率」は、どれぐらいになると思いますか? なんと60%ほどにもなると計算されています。これは、空気が世界中をめぐってまざりあっているからです。空気と同様、水も世界中をめぐっています。ですから、太古のむかし、だれかの体を通過した水の一部を今の私たちが体にとり入れている確率も、思いのほか、高いかもしれません。世界と私たちは時空を超えて、水を通して、つながっているのです。

地球をめぐる水

このように地球をめぐっている水は、決まった量が絶えまなく循環しており、半永久的に利用できる究極のリサイクル資源ともいえます。この循環の仕組みを少し立ち入って見てみましょう。

水には固体の氷、液体の水、気体の水蒸気の3つの顔があります。どの状態にあっても水は酸素原子 (O)ひとつと水素原子(H) ふたつが結合した水分子(H2O)ですが、ちがいは、ひとつひとつの H2Oが持っているエネルギーです。固体の雪や氷を熱すると、とけて液体の水になります。液体の水を熱すると、沸騰して気体の水素気になります。つまり、ひとつひとつの H2Oが、より多くのエネルギーを得て、氷→水→水蒸気と変身していくわけです。自然界では、水は太陽からエネルギーを得ています。氷や水は太陽からエネルギーを受けとり、水蒸気となって大気にまじります。そして、上空で温度が下がると、水蒸気は持っていたエネルギーをパッと手ばなして、水や氷となり、再び地上に戻ってきます。この繰りかえしがあるからこそ、水は地球を絶えまなくめぐることができるのです。太陽からのエネルギーが水の循環を引きおこす原動力となっているわけです。

また、塩からい海水が水蒸気になるとき、塩分は海に置きざりになります。そのおかげで、雨水や川の水は、わたしたちが飲める真水、塩からくない水になるのです。

水を動かす重力

水の循環を引きおこす原動力にはもうひとつ、重力があります。ものとものとが、互いに引きつけあ力を「万有引力」といいます。このとき、自分の質量が大きいほど相手に及ぼす力は強くなります。地球という大きな星が生みだす引力を、重力といいます。水が高きから低きに流れるのは当たり前のことのようですが、実は地球の重力があるからこそ、水は川となり、山から平地、そして海へとたどり着くのです。

さらに、北極や南極近くの海にできる海氷も、水の循環を生みだす、とても重要な働きをしています。海の表面から熱が奪われることで氷ができますが、氷になると海水中の塩分が絞りだされるため、あたりの海水は、より濃度の高い、重い水になります。また、氷で冷えた海水は、まわりの海水よりも重くなります。つまりしょっぱくて水分子がぎゅっと寄り集まった、とても密度の高い水の塊ができ、この水が重力によって海の深いところに引っぱりこまれることで水の動きが生まれ、大きな海流形成の原動力となる、といったわけです。

また、絵本の中では風が波を起こし、海流の動きも生みだすと書きましたが、月や太陽から受ける重力による潮の満ち引きなども、海の水の大きな動きに影響しています。水はこうしたさまざまな力によって、絶えまなく動きつづけているのです。

水は運び屋さん

水は、それ自身、生命にとって欠かせませんが、液体の水はいろいろなものをとかして運んでくれる「運びさん」でもあります。生命にとって必要不可欠な元素のひとつに鉄があります。鉄は人間の体の中では、酸素を運ぶ赤血球をつくるのに必要です。また植物が太陽光、水、二酸化炭素からエネルギーを得る光合成のときにも鉄が必要となります。海で生きる植物プランクトンもまた、光合成をするときに鉄を必要としますが、海では鉄が不足しがちです。その鉄を海までの長い距離、運んでいるのが水なのです。

アムール川という大河をごぞんじでしょうか。日本の面積の5倍ほどもある大きな川ですが、ロシアと中国の国境を流れ、オホーツク海に流れこみます。オホーツク海は世界でも有数の豊かな漁場で、ここで獲れるカニやタラなどが私たち日本人の食卓を賑わせています。この漁場の豊かさを支えているのがまさに鉄であり、その鉄の多くがアムール川の湿地から水にとけだして運びだされているのです。しかし、水は良し悪しを区別することなくいろいろなものを運ぶため、アムール川のように恵みとなる鉄を運ぶだけではなく、その逆のことも起こり得ます。もし生命にとってよくない働きをする汚染物質が川上から流れだした場合には、その川下、そして、海にまで影響がおよぶことになるのです。

さらに、水はエネルギーの「運び屋さん」でもあります。特に熱帯で太陽のエネルギーを吸収した海水が蒸発して水蒸気になると、大量のエネルギーを海水から持ち去り、大気の流れにのって熱帯をはなれて、はるか遠くにまで熱を運んでくれます。この水の働きがなければ、地球上には生き物が暮らせないほど暑い場所ができてしまいます。ときとして台風やハリケーンというかたちになり、私たち人間にとっては禍いとなる場合もありますが、一方では、地球全体にまんべんなく太陽から与えられたエネルギーをゆきわたらせて、全体として穏やかで、土き物にとって住みよい環境をかたちづくるのにも一役買っているのです。

水のあるところ、ないところ

水はくまなく地球をめぐってはいますが、決してあらゆる場所に平等に同じ量の水が割り当てられているわけではありません。年間で1万ミリ(10メートル)も雨が降る地域もあれば、ほとんど降らない砂漠のような場所もあるわけです。循環しながらも、一方でその存在の仕方は地域によって全然ちがうという点が、水のもうひとつの面白い特徴です。そのために、人間は大むかしから飲み水や作物を育てる水を得るために、さまざまな工夫をしてきました。川や地下水から水を引いてきて田んぼや畑に配る灌漑技術は、文明発祥の早い時期からあったと考えられています。灌漑によって広大な土地がくまなく効率的に潤されることになりましたが、水の使用をめぐって川上と川下という対立を生みだすことにもなりました。川上で過剰に水をとりこめば、川下では必ず不足するからです。
また、現代のような交易が盛んな時代では、地域や国を越えて、遠くはなれた土地で収穫された作物を口に運ぶ機会も多くなっています。このことは、作物の交易を通じて、その作物を育てるために使われた「はなれた土地の水」を間接的に使用しているということになります。ことの良し悪しはそう簡単には判断できませんが、目の前にある水だけでなく、地球上のさまざまな水と自分が関わりながら生きているということを知ると、世界の見え方が少しちがってくるのではないでしょうか。

水を読む

地球をめぐる水を注意深く調べると、実はいろいろなことが読みとれます。たとえば、水には水に棲む生物の体や排泄物に由来するDNAの断片がとけています。そこで川の水を1リットルほど持って帰ってきて、とけているDNAを分析することで、その川にどんな生き物がいたのかということがわかるようになってきています。姿は見えなくても生き物の痕跡が水に残るわけです。また、実は同じ水分子(H2O)にも重い水分子と軽い水分子があり、地下水と雨水とを比べると、地下水のほうが重い水分子を含む確率が高くなります。そのため、川の水分子の重さを精密に測定することで、川の水の起源が地下水なのか雨水なのかということがわかるようになってきています。
中谷宇吉郎 (1900-1962)という日本の雪氷学の父ともいえる人が「雪は天からの手紙」という印象的な言葉
を残しています。 雪の結晶は気温と湿度によりさまざまにそのかたちを変えるため、そのかたちからそのときの大気の様子をうかがい知ることができます。液体の水は無色透明で、どの水も同じように見えますが「この水はどこから来てどこへ行くのだろう」と思いを馳せ、世界に目を向けるとき、遠くはなれた土地の自然や人も、めぐる水によってつながっている、少し身近な存在になるのではないでしょうか。
(おおにしたけお/水文学者)

大西 健夫 (著), 龍澤 彩 (著), 曽我 市太郎 (イラスト)
出版社 : 福音館書店 (2017/9/6)、出典:出版社HP