【最新】量子コンピュータについて学ぶためのおすすめ本 – 基礎知識から将来像まで

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量子コンピュータとは?どんな仕組み?

従来のコンピュータと比較して圧倒的な計算能力を持つ量子コンピュータ。その与える影響の大きさから世界中で注目を集め、現在、実用化に向けて開発が進められています。しかし、量子コンピュータがいったいどういうものか、従来のコンピュータとどう違うのかなど、詳しくわからない方も多いはずです。そこで今回は、量子コンピュータについて基礎から学べる本をご紹介します。

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出典:出版社HP

いちばんやさしい量子コンピューターの教本 人気講師が教える世界が注目する最新テクノロジー (「いちばんやさしい教本」シリーズ)

量子コンピューターの基本がわかる

本書は、量子コンピューターの初学者向けに、量子コンピューターの基本的な知識をわかりやすく解説している本です。量子コンピューターと従来のコンピューターとの違い、量子コンピューターのしくみなど基本的な内容に加えて、プログラミング言語を使った体験などもあり、入門書としては、充実しているでしょう。

著者プロフィール

湊雄一郎
東京都生まれ。東京大学工学部卒業。
隈研吾建築都市設計事務所を経て、2008年にMDR株式会社設立。2017~19年内閣府ImPACT山本プロジェクトPM補佐を務める。
研究分野・テーマはイジングモデルアプリケーション、量子ゲートモデルアプリケーション、各種ミドルウェアおよびクラウドシステム、超電導量子ビット。
受賞歴は2008年環境省エコジャパンカップ・エコデザイン部門グランプリ、2015年総務省異能vation最終採択など。

本書の内容は、2019年4月20日時点の情報にもとづいています。
本文内の製品名およびサービス名は、一般に各開発メーカーおよびサービス提供元の登録商標または商標です。
なお、本文中にはTMおよび®️マークは明記していません。

はじめに

量子コンピューターに興味を持つ理由は人それぞれかと思います。量子コンピューターそのものに興味があったり、計算や研究に興味があったり、周辺で流行っていたり、次世代の技術に興味があるなどさまざまでしょう。本書はその中でも「実際に量子コンピューターを利用して、現実にある課題を解きたい」という思いが出発点になっています。AIやコンピューターが発展する中で徐々に現在の技術の限界が見えてきています。そのような限界を迎える前に次世代の課題を解決する方法が見つかってきており、その方法の1つとして量子コンピューターがあります。

筆者が量子コンピューターに取り掛かるきっかけとなったのは金融工学です。金融計算では多くのシミュレーションを行いますが、現在の技術では、たくさんのコンピューターを並列に並べて多くの電力を消費しながら計算を行います。金融計算はビジネスとして儲けを出すという機能のほかに、社会のあらゆる取引を正常化し、安定させるという機能を持っています。現在の世の中の多くの取引や経済活動は膨大な計算資源のもとに成り立っており、そのような計算資源が高騰しコストが上がりすぎると私たちの生活にも多くの影響を与えます。そんな中「量子コンピューターを導入して、縁の下の力持ちで豊かな生活を支えていければいいな」と思ったのが筆者が量子コンピューターをはじめたきっかけでした。ぜひ量子コンピューターを日々の生活に問接的・直接的に影響する身近なものとして捉えていただければと思います。

本書では量子コンピューターの初学者向けに、必要最低限の知識をできるだけわかりやすくまとめるということを心がけました。量子コンピューターに対する誤解や苦手意識をなるべく取り除くとともに、これから産業に応用されていく段階を踏まえ、学術的な厳密性よりも使いやすさに加えて現実的な実用性を重視して解説しています。本書が学術界、産業界のそれぞれの片方の視点からだけでなく、それらを含めた広い視点で物事を捉えるきっかけになれば幸いです。

2019年4月 凌雄一郎

Contents
目次

著者プロフィール
はじめに

Chapter1 量子コンピューターで変わる社会
Lesson
01 量子コンピューターのインパクト
02 従来式コンピューターの限界
03 量子コンピューターを支える「量子」とは?
04 量子コンピューターの種類
05 課題から読み解く量子コンピューター
06 量子コンピューターが期待される分野
07 量子コンピューターを導入するには
08 成長戦略としての量子コンピューター
COLUMN 量子コンピューターに数学は必要?

Chapter2 そもそも「量子」とは?
Lesson
09 量子の性質を知ろう
10 量子の性質を検証する「二重スリット実験」
11 量子力学から量子情報科学へ
12 見えない量子の演算を「見える化」する
13 量子の操作によって計算する
14 量子コンピューターはなぜ高速に計算できるのか
COLUMN 量子コンピューターの研究はいまも進行中

Chapter3 原理からひもとく量子コンピューター
Lesson
15 コンピューターの仕組みを知ろう
16 量子コンピューターの演算装置「QPU」
17 コンピューターの情報単位「ビット」を理解しよう
18 演算の仕組みを理解しよう
19 量子コンピューターの計算単位「量子ビット」
20 量子コンピューターでの計算の流れ
21 基本的な量子ビット操作を行う量子ゲート
22 少し高度な操作を行う量子ゲートを理解しよう
23 量子コンピューターで足し算をする
24 量子ビットの結果の見方
COLUMN 量子コンピューターにはさまざまな種類がある

Chapter4 量子アルゴリズムの仕組みを知ろう
Lesson
25 量子コンピューターの2つの性質「汎用性」「高速性」
26 アルゴリズムとは
27 アルゴリズムの基礎と構成要素を理解しよう
28 「量子の重ね合わせ」で複数のデータを同時に表す
29 「量子のもつれ」で結果を絞り込む
30 データを検索するグローバーのアルゴリズム
31 素因数分解を解くショアのアルゴリズム
32 最小コストを求めるVQEアルゴリズム
33 社会問題の解を求めるQAOAアルゴリズム
COLUMN ショアのアルゴリズム

Chapter5 量子コンピューターにできること
Lesson
34 量子コンピューターの使用事例
35 機械学習による画像認識
36 量子化学計算による新材料の開発
37 機械学習とディープラーニング
38 暗号とセキュリティ
39 量子テレポーテーション
40 業務の最適化
41 パズルと社会問題
COLUMN コーヒーのブレンドを量子コンピューターで最適化する

Chapter6 量子回路を作ってみよう
Lesson
42 量子コンピュータを体験しよう
43 PythonとBlueqatをインストールする
44 量子ビットの重ね合わせを体験する
45 量子もつれを体験する
46 足し算回路のプログラミング
COLUMN さらなる量子プログラミングの世界へ

Chapter7 量子アニーリングの原理と使い方
Lesson
47 量子アニーリングとは?
48 量子アニーリング型のメリット
49 量子アニーリングの使い道
50 量子ビットとイジングモデル
51 量子アニーリングの基本的な考え方
52 量子アニーリングを体験してみよう
COLUMN D-Wave社のSDKで量子アニーリングマシンが身近に!

Chapter8 量子コンピューターをビジネスに導入する
Lesson
53 量子コンピューターを導入する意義
54 量子コンピューターを導入する事業計画
55 量子コンピューターに必要な人材
56 量子コンピューターをマネタイズする
57 知っておくべき量子コンピューターの課題
58 量子コンピューターの展望
COLUMN 世界と戦うには何をすべきか?

絵で見てわかる量子コンピュータの仕組み

次世代技術をイメージでつかむ

量子コンピュータは、次世代技術の1つとして期待されています。そんな量子コンピュータですが、量子力学や計算機科学などの側面が強いため本質が掴みにくくとっつきにくい印象です。本書は、初学者のための最初の入り口として使える入門書となっています。多くのイラストが使われており、難なく理解することができます。

宇津木 健 (著), 徳永 裕己 (監修)
出版社 : 翔泳社 (2019/7/10)、出典:出版社HP

はじめに

この本を手に取って頂き誠にありがとうございます。本書は、物理学の専門家でない方に、量子コンピュータに携わる最初の「入り口」として使ってもらえることを目指して執筆した解説書です。

現在、にわかに「量子コンピュータ」という言葉をニュースでも目にするようになり、次世代技術の代名詞の一つになってきている印象を受けます。「量子コンピュータ」というキーワードが専門外の方々の目に触れる機会も増えてきました。しかし、量子コンピュータについて、その全体像を解説した初学者向けの書籍はなかなか少ないのが現状だと思います。また、量子コンピュータについてインターネットで検索してみると、情報がインターネット上に散らばっており、まとまったものが少ないことに気付きます。現在の量子コンピュータに関する報道記事や解説記事は、記事によってそれぞれの量子コンピュータについての考え方があり、なかなか本当の現状が見えにくい状態となっています。そのために、量子コンピュータはどのくらい実用化しそうなのか?どんな原理で動くものなのか?どんな方式があって何が違うのか?といったことがなかなか把握しづらいと思います。

量子コンピュータは、機械学習やIoT、VR/ARなどの次世代技術とは異なり、量子物理学や情報理論、計算機科学の基礎研究という側面が強く、実際に作ったり、使ったりしてみて理解することがなかなか難しいです。また、一般向けの解説書は、比喩を使い量子的な性質について説明することが多いのですが、その先のもう少し詳しい解説はあまりなく、専門書や論文を読まなければならなくなります。本書は、一般向け解説と専門書/論文の間の位置付けで、量子コンピュータ関連の情報のガイドマップとなることを目指しました。「まずはガイドマップがないと進むべき方向がわからない」そんな読者に使っていただけたら嬉しいです。

2019年5月吉日
宇津木 健

本書の構成

本書は、量子コンピュータの全般的な知識が網羅されるように構成しました。非専門家の方がわかりやすいよう、専門用語や専門知識は一切必要なく読んで頂けることを目指しました。また、量子コンピュータ関連のニュースを読んでいてわからないときに参考にして頂けるようにしたつもりです。そのため、量子コンピュータに直接関係はないが、関連してでてくるキーワードについても記載されています。各章の内容は、深入りせず、キーワードの説明程度にとどまっている部分も多いです。これは、それぞれの専門書への入り口を目指したためです。巻末の参考文献を参考に次のステップに進んでいただければ幸いです。

宇津木 健 (著), 徳永 裕己 (監修)
出版社 : 翔泳社 (2019/7/10)、出典:出版社HP

CONTENTS

【第1章】 量子コンピュータ入門
1.1 量子コンピュータって何?
1.1.1 計算とは何か?
1.1.2 コンピュータの限界
1.1.3 量子コンピュータとは何か?
1.1.4 量子コンピュータと古典コンピュータ
1.1.5 量子コンピュータの種類
1.1.6 量子計算モデルの種類
1.2 量子コンピュータの基本
1.2.1 量子コンピュータの動作の流れ
1.2.2 量子コンピュータの開発ロードマップ
1.2.3 ノイマン型から非ノイマン型コンピュータへ
1.2.4 非古典コンピュータ
1.2.5 非万能量子コンピュータ
1.2.6 NISQ(ニスク)
1.2.7 万能量子コンピュータ
1.3 量子コンピュータの未来像
1.3.1 量子コンピュータの現状
1.3.2 量子コンピュータの使われ方
1.3.3 将来の計算機環境の想像

【第2章】 量子コンピュータへの期待
2.1 古典コンピュータが苦手な問題とは?
2.1.1 多項式時間で解ける問題
2.1.2 多項式時間での解法が知られていない問題
2.2 量子コンピュータが活躍する問題とは?
2.2.1 量子コンピュータが活躍する問題
2.2.2 近い将来に期待される効果
2.3 注目の背景

【第3章】 量子ビット
3.1 古典ビットと量子ビット
3.1.1 古典コンピュータの情報の最小単位「古典ビット」
3.1.2 量子コンピュータの情報の最小単位「量子ビット」
3.1.3 重ね合わせ状態の表し方
3.1.4 量子ビットの測定
3.1.5 矢印の射影と測定確率
3.2 量子力学と量子ビット
3.2.1 古典物理学と量子物理学
3.2.2 古典計算と量子計算
3.2.3 量子力学のはじまり:電子と光
3.2.4 波の性質と粒子の性質
3.2.5 量子ビットの波と粒子の性質
3.2.6 量子ビットの測定確率
3.3 量子ビットの表し方
3.3.1 量子状態を表す記号(ブラケット記法)
3.3.2 量子状態を表す図(ブロッホ球)
3.3.3 量子ビットを波で表す
3.3.4 複数量子ビットの表し方
3.3.5 まとめ

【第4章】 量子ゲート入門
4.1 量子ゲートとは?
4.1.1 古典コンピュータ:論理ゲート
4.1.2 量子コンピュータ:量子ゲート
4.1.3 単一量子ビットゲート
4.1.4 多量子ビットゲート
4.2 量子ゲートの働き
4.2.1 Xゲート(ビットフリップゲート)
4.2.2 Zゲート(位相フリップゲート)
4.2.3 Hゲート(アダマールゲート)
4.2.4 量子ビットに働くCNOTゲート
4.2.5 HゲートとCNOTゲートによる量子もつれ状態の生成
4.2.6 測定(計算基底による測定)
4.2.7 量子もつれ状態の性質
4.3 量子ゲートの組み合わせ
4.3.1 SWAP回路
4.3.2 足し算回路
4.3.3 足し算回路による並列計算
4.3.4 可逆計算

【第5章】 量子回路入門
5.1 量子テレポーテーション
5.1.1 状況設定
5.1.2 量子もつれ状態の2量子ビット
5.1.3 量子テレポーテーション
5.1.4 量子回路による表現
5.1.5 量子テレポーテーションの特徴
5.2 高速計算の仕組み
5.2.1波の干渉
5.2.2 同時にすべての状態を保持する:重ね合わせ状態
5.2.3 確率振幅の増幅と結果の測定
5.2.4 量子コンピュータによる高速計算の例:隠れた周期性の発見
5.2.5 量子もつれ状態
5.2.6 まとめ

【第6章】 量子アルゴリズム入門
6.1 量子アルゴリズムの現状
6.2 グローバーのアルゴリズム
6.2.1 概要
6.2.2 量子回路
6.3 ショアのアルゴリズム
6.3.1 概要
6.3.2 計算方法
6.4 量子古典ハイブリッドアルゴリズム
6.4.1 量子化学計算
6.4.2 VQE(Variational Quantum Eigensolver)
6.5 量子コンピュータを取り巻くシステム

【第7章】 量子アニーリング
7.1 イジングモデル
7.1.1 スピンと量子ピット
7.1.2 イジングモデルにおける相互作用
7.1.3 不安定な状態、フラストレーション
7.1.4 イジングモデルのエネルギー
7.1.5 イジングモデルの基底状態を見つける問題
7.2 組合せ最適化問題と量子アニーリング
7.2.1 組合せ最適化問題とは?
7.2.2 組合せ最適化としてのイジングモデル
7.2.3 組合せ最適化問題の枠組み
7.2.4 組合せ最適化問題の解き方
7.3 シミュレーテッドアニーリング
7.3.1 イジングモデルの基底状態の探索
7.3.2 エネルギーランドスケープ
7.3.3 最急降下法とローカルミニマム
7.3.4 シミュレーテッドアニーリング
7.4 量子アニーリング
7.4.1 量子アニーリングの位置付け
7.4.2 量子アニーリングの計算方法1:初期化
7.4.3 量子アニーリングの計算方法2:アニーリング操作
7.4.4 エネルギーの壁をすり抜ける
7.4.5 量子アニーリングは1億倍高速か?
7.4.6 量子アニーラーの実際

【第8章】 量子ビットの作り方
8.1 量子コンピュータの性能指標
8.2 量子ビットの実現方式
8.3 超伝導回路
8.3.1 超伝導回路による量子ビットの実現
8.3.2 ジョセフソン接合
8.3.3 トランズモンと磁束量子ビット
8.3.4 NISQによる量子スプレマシーの実証
8.4 トラップイオン/冷却原子
8.4.1 トラップイオンによる量子ビット
8.4.2 冷却中性原子による量子ビット
8.5 半導体量子ドット
8.6 ダイヤモンドNVセンター
8.7 光を用いた量子ビット
8.7.1 光子を用いた量子計算
8.7.2 連続量を用いた量子計算
8.8 トポロジカル超伝導体

Column 量子コンピュータの誕生に至る道のり
Column 計算量理論
Column 量子エラー訂正
Column 量子計算の万能性とは
Column 量子力学における測定の不思議
Column 量子回路モデル以外の量子計算モデル
Column 量子アニーラー以外のアニーラー
Column 純粋状態と混合状態
Column 量子コンピュータの計算方法のまとめ

画像の出典
第1章、図1.13
JohnvonNeumann-LosAlamos.gif
(https://en.wikipedia.org/wiki/John_von_Neumann#/media/File:JohnvonNeumann-LosAlamos.gif)

第7章、図7.15
D-wave computer inside of the Pleiades supercomputer.jpg
This file is licensed under the Creative Commons Attribution-Share Alike4.0 nternational license.
Author Oleg Alexandrov
(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:D-wave_computer_inside_of_the_Pleiades_supercomputer.jpg)

第8章、図8.6
左: David J. Wineland 3 2012.jpg
This file is licensed under the Creative Commons Attribution 2.0 Generic license.
Author Bengt Nyman
(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:David_J._Wineland_3_2012.jpg)
右: Chris Monroe in Lab.jpg
This file is licensed under the Creative Commons Attribution-Share Alike 3.0 Unported license.
Author Marym 1234
(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:ChrisMonroeinLab.jpg)

宇津木 健 (著), 徳永 裕己 (監修)
出版社 : 翔泳社 (2019/7/10)、出典:出版社HP

今度こそわかる量子コンピューター (今度こそわかるシリーズ)

おもしろいほどよくわかる

量子コンピューターはどのような原理でうごいているのか、基本から量子テレポーテーションや量子暗号までわかりやすく解説されています。初学者でも、量子コンピューターを学ぶ上で必要不可欠な量子力学を勉強することができる入門書です。使える知識に落とし込むことができます。

西野 友年 (著)
出版社 : 講談社 (2015/10/24)、出典:出版社HP

まえがき

古典の反対語は何ですか?—この質問へのマトモな答えは、たぶん現代または前衛だろう。まれに「量子です」と自信を持って答える人が居る。それは量子力学を学んだ珍しい人々だ。この文章を読んでいる貴方もまた、そんな一人になろうとしている。

20世紀が幕を開ける頃、原子の世界を支配する法則が、ニュートン以来研究されて来た古典力学ではないことに気づいた「若き物理学者達」がいた。彼らは大胆な思索を巡らせて、今日知られている量子力学の枠組みをひとまず完成させた。自然の仕組みを支配する根本原理が量子力学であるならば、日常的に目にするもの全てに、その支配が及んでいるはずだ。このような考えの下、原子や分子を扱う量子化学、超伝導体などを説明する量子物性、そして物質の由来を探る量子宇宙論など、いろいろな分野へと量子論の活躍が広がって行った。時が流れて20世紀も後半になる頃、

・量子力学を基本にして、コンピューターを考え直してみよう

という試みが始まった。量子コンピューターの幕開けである。はじめの内は、理論的な「思考実験」を中心に研究が発展した。実験的、そして工学的な実証は実にゆっくりとしていて、何十年か経た現在でも、実用になる量子コンピューターが完成したとは言い難い状況だ。量子力学そのものの「情報工学的な使い方」は、なかなか見えなかったのである。しかし、この逆境に挑戦し続ける「若きオタク研究者達」が次々と現れ、あきらめることなく工夫と推論を重ねて来た。その結果、量子検索や素数判定や暗号破りなど、量子コンピューターならではの画期的な使い道が存在することがわかって来たのだ。そして、量子暗号は、いよいよ実用の域に達しつつある。

さて、量子コンピューターについて手早く学ぼうと思って「薄い本」を探すと、量子力学の知識や「普通の」コンピューター(計算機)の動作原理を前提としていることが多い。かといって、有名な(?!)分厚い教科書を手に取っても、読破する気が起きないかもしれない。このような「やる気と挫折の繰り返し」を重ねて来た人々にも「今度こそ、量子コンピューターを学ぼう!」という意欲が戻って来るような、自習できる本の選択肢を広げたい

——そう考えて、この入門書を執筆することにした。予備知識を可能な限り減らしたので、物理学を専門的に学んだことがない人でも、たぶんこの本を読みこなせるハズだ。量子力学を学んでみたい、学び直したいという方にも、手頃な副読本となるだろう。これから解説して行く乱数の生成や、量子テレポーテーション、そしてエンタングルメントなど、「基本的で新しい概念」をシッカリと納得できれば、量子コンピューターを理解したと公言して全く問題ない。忙しい方ならば、数式のチェックを「とりあえず後回し」にしておいて、まずは文章を中心にザッと拾い読みしてみる、そんな読み方もあるかと思う。

ニュートンらによって大成された古典力学は、産業革命を支え、人々を近代へと導いた。ファラデーやマクスウェル達がまとめた電磁気学は、現代生活に不可欠な電力と情報をもたらしてくれた。これらの革命を引き継ぐものが、量子力学に端を発する量子コンピューターである、そう信じる人に、この冊子を(無料ではないのだけれども!)プレゼントしたい。

2015年
西野友年
浜辺を散歩しつつ波と遊ぶ

西野 友年 (著)
出版社 : 講談社 (2015/10/24)、出典:出版社HP

目次

第0章 予測できない情報?!を共有する
コンピューターは抽選ができない/登場!量子コンピューター/宇宙の彼方で当選番号を知る/当たりクジを探す

第1章 そろばんから原子の世界へ
2進数そろばん/桁数と計算時間/計算機?!を小さくしよう/散歩道:銀原子あれこれ

第2章 q-bitは量子ビット
装置を横倒しにしてみる/乱数発生装置/観測・測定される確率/状態の重ね合わせ/ブロッホ球/q-bit・キュービット・量子ビット

第3章 量子測定
状態の規格化/プラと共役/射影演算子と恒等演算子/測定操作と射影/“傾けた”射影測定/測定して、また測定

第4章 並んだq-bit
直積状態と計算基底/もつれた状態/部分的な測定/右側の測定、全体の測定/測定結果の共有

第5章 量子操作と演算子
時間発展方程式/時刻t0から時刻t1へ/q-bitの操作/X,Y,Z軸まわりの回転/パウリ演算子の交換関係/スピン演算子・パウリ演算子と回転/アダマール変換

第6章 固有値と固有状態
演算子の期待値と、エルミート共役/自己共役な演算子と測定/定常状態

第7章 量子ゲートと量子回路
量子ゲート/ユニタリー・ゲート/乱数発生の回路図/制御Uゲート/C-NOTゲートとToffoliゲート/数学記号の小部屋

第8章 量子テレポーテーション
コピーはできない/電話で状態を送り届ける/手順1-手順4

第9章 密度演算子
純粋状態の密度演算子/密度演算子のトレースと期待値/密度副演算子/純粋状態と混合状態/密度演算子の階層性/シュミット分解

第10章 エンタングルメント
局所的なユニタリー操作/エンタングルメント・エントロピー/複数個のベル状態の共有/面積法則

第11章 誤り訂正符号
bit反転コード/bit反転の検出/他のタイプの雑音

第12章 量子暗号
乱数の共有/BB84/暗号の安全性

第13章 量子検索
量子検索問題/量子検索への第一歩/グローバーの検索アルゴリズム/最適な反復回数

第14章 古典コンピューターの不思議
古典コンピューターという猫

西野 友年 (著)
出版社 : 講談社 (2015/10/24)、出典:出版社HP

第0章 予測できない情報?!を共有する

量子コンピューターはその名前の通り、量子力学が支配する「自然の物理現象」を使って情報を処理する機械、要するに計算機だ。これを使うと、いまの世の中(?!)で広く使われている「普通のコンピューター」、つまり古典コンピューターでは、どう工夫しても真似のできない情報処理が可能になる…場合がある。*1 例えば、与えられた整数が

・素数かどうかを判定すること、素数でなければ因数を求めること

は、桁数が増えるとともに非常に困難になって行く。もし、「そこそこの性能の」量子コンピューターが目の前にあれば、この素数判定は、ずっと素早く行うことができるのだ。

…素数なんて、興味がない?!—確かに、そんな方も多いだろう。では、もう少し「素朴な問題」を例に取って行こうか。量子力学に基づいて作動する量子コンピューターが画期的な機能を持っている事実は、簡単な具体的例を見て行く方が、学び易いものかもしれない。その高い性能を支える秘密は、後に続く章を読んで行くと、段々と理解できるようになるはずだ。
まずはじめに、乱数の発生を通じて、現在使われている「古典コンピューター」と、量子力学に基づいて作動する「量子コンピューター」の作動を、おおまかに観察してみよう。興味深いことに、量子力学的に乱数を発生する場合には、遠く離れた場所でも「同じ乱数を瞬時に共有すること」が可能なのだ。

*1よくある誤解が、「どんな問題でも量子コンピューターは高速に処理できる」という迷文句である。正確には「問題を選ぶならば、量子コンピューターは古典コンピューターより遥かに高速に情報処理できる」と、書くべきである。

<<<コンピューターは抽選ができない>>>
「抽選で○名様に素敵な景品が当たります」と、何桁かの番号が印刷された抽選券(福引券)をもらった経験は、たぶん誰にでもあることだろう。その抽選が、どうやって行われているのか気になって見に行くと、抽選会場の壇上では、綺麗なお姉さん達が壺に手を突っ込んで、番号札を一桁ずつ取り出していた。21世紀の現代に「お姉さんの壺」なのだ。

そんなの、「コンピューターで「乱数」を表示すればいいじゃないか!」

—そう思わないだろうか?ボタンを押すだけで、誰も予測できないランダムな数、つまり「乱数」が1つだけ画面に表示される、そんな仕組みさえ用意してあれば、お姉さん達を呼んでくる必要はないのだ。*2 しかし、コンピューターの基礎を築いたフォン・ノイマンは、次の名文句を遺している。

・ Any one who considers arithmetical methods of producing random digits is, of course, in a state of sin. [John von Neumann]

意訳すると「計算機で乱数を作ろうと試みる者はバチ当たりなヤツだ」と言った感じの文だろうか。普通のコンピューターは、あらかじめプログラムされた通りに動くだけなので、

・誰にも予測のつかない乱数をポンと与えることはできない

のだ。こんなことを聞くと、ついつい反論したくもなる人も現れるだろう。

*2 必要がなくても、やっぱり、お姉さん達を呼んで来てほしい。(←著者の私見です)

「でも、デタラメな数字を次々と表示する画面を見たことありますよ」
……確かに、一見すると予測のつかない数の列を次々と与える、擬似乱数(=乱数もどき)を作り出す計算手順は存在する。参考までに、「擬似乱数発生プログラム」で作った「2進数の乱数」を、並べておこう。(↓本物です)

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こんな風に「数」を次々と作り出して、スロットマシンのように適当な所でストップすれば、抽選の当選番号に使えるではないか?!
….これは正しい意見である。しかし、世の中、甘くはない。抽選のために作った、乱数の計算手順を示すプログラムが「流出」したらどうなるだろうか?どんな順番に番号が出力されるか、その秘密が世間にバレかねないわけだ。それくらいなら、まだ良いのだが…

《悪意を知る》
昔も今も、世間は悪意で満ちている—穏便に表現するならば、人々は「自分では気づかない」くらいの、ちょっとした「ズルい心」を常に持っているものだ。プログラムを組むコンピューター技術者(を雇った人)が悪意を持って「不正な細工」をする、そんな危険も潜んでいる。例えば、適当な数字を次々と表示して行くけれども、「一等賞の番号が絶対に出ない」という不正は可能だ。そうしておくと、賞品にかける費用を随分と抑えることができるではないか。あるいは「特定の番号がたびたび表示される」という不正も考えられる。ズルいことが容易にまかり通るのが世の中だ。
(そういえば、著者は福引で二等賞を当てたことがあった。その賞品は「手相占いを受ける権利」なのだ。なんでも、一万円相当だとか…そんなん、インチキやねん…)

<<<登場!量子コンピューター>>>
ここで早速、量子コンピューターに登場してもらおう。次の図は、誰にも予測のつかない数字、つまりホンモノの乱数をひとつ与える「量子コンピューターの回路図」、つまり量子回路図である。*3 パッと眺めてみると…

…独立な回路が縦に並んでいるだけのように見える。事実その通り独立なのだ。当選番号の各桁を、ひとつずつ決定して行くわけだ。このように

・乱数を得るという作業を、それぞれの桁に分ける

という類の「問題の単純化」は、量子コンピューターでも重要なことなのだと覚えておこう。まあ、回路図の読み方は、後でボチボチ説明するとして、大切なことは、次の2点だ。

・回路図が明示されていて、誰の目にも回路の動作は明らか。
・回路を使って得られる数字は、誰も予測することができない。

このように工夫して乱数を作るならば、少しばかしはフォン・ノイマンに答えることができるだろう、「量子計算機で乱数を得ようと試みる者は、信心深いヤツだ」と。どこにも不正が入り込む隙間がないのだ。少し補足すると、回路図の通りの抽選の仕組みが、確かに準備されていることを事前に(又は事後に)「誰でも確かめられる」よう、もう少し工夫する必要がある。

*3 こんな単純なのが量子コンピューターの回路か?と怒られそうだ。でも、「複雑であれば回路である」という決まりなんて無い。

<<<宇宙の彼方で当選番号を知る>>>
福引抽選の話を、もう少し続けよう。抽選会場で決めた当選番号を、アチコチに伝えたい。どれくらい速く、伝えることができるだろうか?ホームページにでも掲載すれば、瞬時に、世界中のどこからでも当選番号を閲覧することができる—と断言すればウソになる。電線を使おうと、電波を使おうと、光ファイバーを使おうと、相対性理論によって明快に説明される通り、光の速さを超えて情報を伝えることはできない。但し、

・いま考えている抽選には、量子力学的な抜け道がある

のである。世界中の幾つかの場所で、本当に瞬時に、当選番号を知ることができるのだ。この仕組みを実現する量子回路を、ひとつ書いておこう。

これは単純に、A抽選会場で決定した番号を、B広報会場へと送り届ける回路だ。より正確に言えば、この回路は

・A会場での抽選結果を、B広報会場でも共有する

—というだけの機能を持ったものだ。B広報会場の人々は、A会場で当選番号が決まった、まさにその瞬間に、その当選番号を手にするのである。念を押しておくと、2つの会場が、どれだけ離れているかは関係ない。この不思議な仕組みも、回路を見ればわかるように、それぞれの桁ごとにAとBで情報を共有しているに過ぎないことがわかる。このような、奇妙な現象が物理的に実現可能である事実は「エンタングルメント」という量子力学的な概念で説明することができる。(→10章)当選番号を送れるのはB会場だけに限ったことではない。C広報会場、D広報会場と、幾つもの会場へと同じ当選番号を「同時に」知らせることも、GHZ状態(→4章)という量子力学的な状態を使えば可能なのだ。
更に、もう少しだけ工夫すると、福引券そのものにも「広報会場と同じ機能」を組み込むことすら可能だ。そんなに速く、福引券に情報を伝えても仕方ないだろう?!と批判されそうだけれども、福引券側にも量子コンピューターの回路の一部を組み込むことによって、「当たり券の偽造を防ぐ」ような事まで可能になってしまうのだ。こんな仕組みは、金券や、更には電子通貨(?? Quantum Charge ?)にも応用できそうではないか。
世の中は、ズルい抜け駆けを狙おうとする者に満ちている。そういう状況の下で不正を防ぎ、正しく人々の権利を守る仕組みを創り上げる、量子コンピューターは社会の役にも立つものなのである。*4

《「同時に」知る?!》
相対性理論について少しでも学んだ経験がある方は、抽選の結果を複数の会場で「同時に」共有すると聞いて、奇妙に思ったかもしれない。同時とか、同時刻という考え方は慣性系を定めた上で初めて意味を持つものだからだ。例えばA会場が地上に、B会場が地球を離れつつある宇宙船の中にあるような場合、それぞれの場所に居る観測者が把握している時間は固有時刻と呼ばれるもので、A会場から見た「同時刻」と、B会場から見た「同時刻」は、一致するものではない。
こういう状況では、最初に抽選の仕組みを作り上げる段階から始まって、実際に抽選を行うまでのプロセスを、注意深く相対論的に扱う必要がある。実際に、後で何度も用いる「量子力学的観測」の結果は、観測者がどんな速度で動いているかによって影響を受けてしまうのだ。こういう「難儀だけれども面白い部分」は、量子コンピューターの教科書では避けて通るのが通例だ。以下では、A会場もB会場も何もかも、静止している、あるいは「同じ慣性系に乗っている」場合のみを取り扱うことにしよう。

*4 という風に「申請書類」に書くと、研究予算が良く当たるらしい。

<<<当たりクジを探す>>>
抽選は、数多の数の中から、ほんの幾つかの数を選ぶという作業だった。抽送に「似て非なるもの」として、クジ引きの話をして、序章の締めくくりとしよう。クジという言葉は御神籤を短縮したもので、神様に当たり外れを決めてもらう—と言われる—ものだ。抽選と同じように、クジでも「数を選びはする」けれども、数を選ぶ(クジを引く人)は「当選番号の決定」には関与しない。次のような状況を想定してみよう。

《クジ引き》
0から9999までの番号から、1つだけ数字xを選んで、
・数字のxは当たりクジでしょうか?どうぞ教えて下さい。
と「神様」に問う。当たりの番号は、1つしかなくて、問われる毎に神様は「アタリかハズレか」をゆっくり答えてくれる。

どうしても、当たりクジが引きたい、そう思ったら、番号を片端から尋ねて行くしかない。*5 こんな地道な作業を、いちいち行うのは面倒臭いものだ。怠け者であれば、上の「神様…」という問いかけ文をコンピューターでも使って自動再生することを思いつくだろう。*6 当たりを探すには、何回問いかければ良いだろうか?

・運が良ければ最初の問いかけでアタリが出るだろうし、とことん運が悪ければ9999回目にアタリ番号を知る。

—10000回目にアタリ番号を知ることは絶対にない。アタリは1つしかないので、9999回の問いかけ全てがハズレであれば、問いかけていない唯一の番号がアタリなのである。細かいことはともかくとして、まあ、平均すると5000回くらいは問いかける必要があるだろう。

*5 確率を習ったことがない人は、番号をバラバラなので開いた方が当たりやすいんじゃないか?と勘ぐってしまうこともあるようだ。実際に、「宝くじ」などを買う時には、売り場で「連番ですか?バラですか?」と聞かれたりもする。もちろん、そんなことで当選確率が変わることはない。
*6 携帯電話の「予定表機能」を使って、毎朝の決まった時間に「神様に拝む」挨拶を入れておく、そんなこともできる。

この「アタリ番号」を探す問題は検索と名付けられていて、実は量子コンピューターが割と得意とする問題の1つなのだ。いまの0から9999までの例でどれくらい速くなるかというと、

・量子コンピューターを使えば、おおよそ100回くらいの問いかけでアタリ番号を知ることができる

のである。50倍も速く見つかるではないか。こんな離れ業は、普通の(古典)コンピューターでは絶対に実現することができない。
もう少し正確に表現すると、N個の候補の中から、1つだけを選ぶ作業を、量子コンピューターは√Nくらいの回数でこなしてしまう。この量子検索については、13章でジックリ取り組むことにしよう。なお、クジを引くという「神様への問いかけ」をコンピューターに託してしまうというのは実にバチ当たりなことだ、ええと、パチって、何を意味する言葉だったっけ?!*7

*7 そんなの「パチ」で検索すれば正解わかるじゃん?と、思うだろう。しかし、良く使われる慣用句であっても、語源が良くわからないものは数多くある。ちなみに、「イチかバチか」の「パチ」が同じ言葉かどうかすら、不明なのだ。

西野 友年 (著)
出版社 : 講談社 (2015/10/24)、出典:出版社HP

量子コンピュータが本当にわかる! ― 第一線開発者がやさしく明かすしくみと可能性

量子コンピュータの本質がわかる

実際に開発している立場から量子コンピュータの実態を解説している1冊です。量子コンピュータの基礎や仕組みはもちろん、開発現場の雰囲気、量子コンピュータ装置のリアルな様子まで紹介されているため、非常に勉強になります。

はじめに

「量子コンピュータって聞いたことあるけど、実体がよくわからないなぁ」。
そう思ってこの本を手に取ったあなた。そんなあなたに、量子コンピュータのしくみと可能性を本質的なところから解き明かすことが、この本の目的です。

量子コンピュータは今、次世代の超高速コンピュータとして世界中で注目されています。最近は、新聞やインターネット記事などで量子コンピュータのニュースが取り上げられる機会も増えました。しかし残念なのは、量子コンピュータとは一体どういうものなのか、その実体が皆さんにあまり知られていないことです。世の中のニュースはどうしても表面的な説明にとどまり、「量子コンピュータはとにかく計算が速い」「量子コンピュータは実現間近」と過度に期待させるような言葉ばかりを並べる傾向があります。また、皆さんが量子コンピュータの本質的なところをもっと知りたいと思っても、誰もが納得できるように正確に伝えてくれるメディアはあまり見つからないように思います。
量子コンピュータの実体を、実際に開発している立場から誰にでもわかるように伝えたい。本書はそういう思いから生まれました。量子コンピュータの計算の仕組みはもとより、その装置のリアルな様子や、開発現場の雰囲気などは、今まさに最子コンピュータ開発を進めている私にしか伝えられないと思ったのです。本書では、量子コンピュータについて「本当にわかった!」と皆さんに納得してもらうため、本質的な部分に絞ってていねいにお話しすることにしました。数式は一切使わずに、「最子コンピュータは今のコンピュータとどう違う?」「どう役に立つ?」「なぜ計算が速くなる?」といった疑問を解き明かしていきます。さらに、「息子コンピュータって見た目はどういう装置?」「最先端の開発状況はどんな様子?」という疑問にも迫り、新聞やインターネット記事からはなかなか感じ取れない量子コンピュータ開発のリアルな現場を解き明かします。特に、最後の章では私が開発している量子コンピュータの装置の見学ツアーを行いながら、開発現場の具体的な様子や臨場感を味わってもらえるようにしました。実体が正しく伝わるように、ネガティブな情報も包み隠さず書いています。
この本を読めば、世の中の雑多なニュースに惑わされることなく、量子コンピュータの実体を本質的なところからリアルな現場まで把握し、「本当にわかった!」と思えるはずです。さらに、そういった理解を通して、今後世の中を大きく変えるかもしれない量子コンピュータという未来のテクノロジーの仕組みや可能性にワクワクすることができるでしょう。この本が、量子コンピュータに興味を持ってくれた皆さんの初めの一歩となるような本となれば幸いです。

武田俊太郎

目次

はじめに

第1章 量子コンピュータとは?
量子コンピュータは未来のひみつ道具?
今、量子コンピュータが熱い
誤解ばかりの量子コンピュータ
誤解1:量子コンピュータはあらゆる計算が速くなる?
誤解2:量子コンピュータは並列計算するから速くなる?
誤解3:量子コンピュータは数年後には実用化される?
コンピュータの仕組みと歴史
現代のコンピュータの誕生と進歩
量子コンピュータの必要性
量子コンピュータの誕生
量子コンピュータで世の中はどう変わる?
コラム 量子コンピュータには、ゲート型とアニーリング型の2種類ある?
第1章のまとめ

第2章 量子力学の最も美しい実験から探る量子コンピュータの正体
量子コンピュータと量子力学
量子力学はどれくらいミクロな世界か?
「2重スリットの実験」~水面を進む波の場合~
「2重スリットの実験」~電子1個の場合~
電子は2つの隙間を同時に通っている?
重ね合わせは壁に当たった瞬間に壊れる
重ね合わせ「具合」にも色々ある
2重スリットの実験から理解する量子コンピュータの計算の仕組み
なぜ日常的な世界とミクロの世界は違うのか?
第2章のまとめ

第3章 量子コンピュータの計算の仕組み
現代のコンピュータと量子コンピュータ
現代のコンピュータの情報処理の仕組み
ビットの基本的な変換=論理演算
論理演算を組合せればどのような計算もできる
ビットと論理演算の「量子バージョン」とは?
量子ビットは「重ね合わせ具合」で情報を表す
量子ビットから取り出せる情報には制約がある
1個の量子ビットの重ね合わせ具合を変える量子論理演算
2個の量子ビットを連携させる量子論理演算
量子コンピュータは波を操って答えを導く計算装置
並列計算だけでは計算は速くならない
コラム1:通常のコンピュータと量子コンピュータの足し算回路
コラム2:量子コンピュータは逆向きにさかのぼれるコンピュータ
第3章のまとめ

第4章 量子コンピュータはなぜ計算が速いか?
量子コンピュータの速さに関する誤解
現代のコンピュータが苦手な問題
量子コンピュータが現代のコンピュータより「速い」とは?
どのような問題で量子コンピュータの計算が速くなるのか?
高速化メカニズムの具体例1:グローバーの解法
グローバーの解法の具体的な計算手順
高速化メカニズムの具体例2:ミクロな化学の計算
化学計算の具体的な計算手順
量子コンピュータで高速化する計算は他にも色々ある
コラム 量子超越性とは?
第4章のまとめ

第5章 量子コンピュータの実現方法
量子コンピュータをどうやって作るか?
量子コンピュータを作るのはとにかく難しい
コンピュータにはエラー訂正が必須
量子コンピュータ開発の今
量子コンピュータのメジャーな方式の比較
量子コンビュータ方式1:超伝導回路方式
量子コンピュータ方式2:イオン方式
量子コンピュータ方式3:半導体方式
量子コンビュータ方式4;光方式
量子コンピュータのこれから
コラム 実際に量子コンピュータを使ってみる
第5章のまとめ

第6章 光量子コンピュータ開発現場の最前線
量子コンピュータ開発の真実とは?
私が光量子コンピュータの研究を始めたきっかけ
光量子コンピュータの実現を可能にする新方式の量子テレポーテーション
ループ型光量子コンピュータ方式で大規模化を狙う
実際の研究開発の現場
テーブルの上に作りこまれた光回路
光回路を安定に制御する
研究開発を行う心構え
現状の光量子コンピュータはまだまだである
量子コンピュータのこれから
コラム光の量子が活躍する未来
第6章のまとめ

あとがき
参考文献

量子コンピュータが人工知能を加速する

人工知能は量子コンピュータで進化する

本書は、量子コンピュータが持つ可能性と人工知能への影響を解説している本です。量子コンピュータの計算速度は、これまでの技術的な限界を打ち破るものですが、それがどのような応用ができるか、未来をどう変えるかが説明されています。テーマが幅広く、量子コンピュータの立ち位置を知りたい方には参考となるでしょう。

西森 秀稔 (著), 大関 真之 (著)
出版社 : 日経BP (2016/12/9)、出典:出版社HP

量子コンピュータと人工知能の新時代が始まった

本書を手に取った方は、「量子コンピュータ」に興味があるのだろうか、それとも「人工知能」に興味があるのだろうか、もしくは両方だろうか?

量子コンピュータという言葉は、1990年代ごろから一般にも知られるようになってきた。従来型のコンピュータと比べて非常に高速なマシンとして期待されているが、その実用化にはまだあと数十年はかかるのではないかと見られていた。一方、人工知能はここ数年で大きな盛り上がりを見せていて、将棋や囲碁では人間のチャンピオンを打ち負かし、産業のさまざまな分野で活用が始まっている。
その量子コンピュータと人工知能がいったい何の関係があるのかと思うかもしれない。実は、まだ先だと思われていた「量子コンピュータ」が突然完成し、それどころか商用販売されていて、まったく別の分野だと思われていた人工知能への応用が進められようとしているのである。
商用化された量子コンピュータは、これまで開発が進められてきたものとはまったく発想が違う「量子アニーリング方式」で動いている。この量子アニーリング方式のマシンは、現時点では従来型コンピュータのように汎用的に使えるわけではないのだが、人工知能をはじめ物流や金融など広い範囲に応用できるものだ。商用化したのはカナダのペンチャー企業で、ほかにもグーグルやアメリカ政府が同じ量子アニーリング方式のマシンの開発に莫大な投資をするなど、北米で大きなうねりが生じている。

本書では、新しい方式の量子コンピュータがどのようにして動き、どんな計算を行っているのか、そしてどうやって人工知能に応用できるのかについて、専門知識がない人でもなるべく理解しやすいように解説する。また、北米で大きな盛り上がりを見せている量子アニーリングだが、実はその原理を提唱したのも基本的な要素技術を開発したのも日本の研究者だ。そこで、日本の研究者がどのような貢献をしてきて、これから世界的にもどう活躍できるのかという点にも光を当てていく。

本の構成について、簡単にまとめておこう。
第1章は、グーグルとNASAが新しい量子コンピュータについて「従来型コンピュータよりも1億倍高速」という記者発表を行ったところから話を始める。この量子コンピュータがどのようにして計算を行い、どんな風に社会に役立つのか、どんな人たちが開発したのかについて概観する。
第2章は、量子コンピュータを開発したカナダのベンチャー企業について取り上げる。理論物理を学んでいた創業者が、どのようにしてイノベーションを起こしたのか、さらに性能を出すためには何が課題かなどをまとめる。
第3章は、量子コンピュータで計算を行う原理と、それがどのようにして人工知能の開発に応用できるのかについて紹介する。量子コンピュータでは「量子ビット」を使って問題を表現する。しかも、従来型コンピュータで解くと時間がかかる「組み合わせ最適化問題」を、効率よく処理できる可能性を持っている。それが、人工知能の基盤技術となる「機械学習」、とりわけ注目を集める「ディープラーニング」で力を発揮する仕組みについて述べる。
第4章は、量子アニーリング方式の量子コンピュータが実際に利用されることで、社会がどのように変わっていくかについての展望をまとめる。量子アニーリングマシンの利用がすでに始まっている分野もいくつかある。そんな現状を紹介したのちに、人工知能に応用されて社会が大きく変わるかもしれない未来について考えてみよう。
第5章は、量子コンピュータをより理解するための「量子力学」の基礎知識や、要素技術の開発の歴史などを振り返る。量子力学の世界は、物質が「粒子」と「波」の両方の性質を持っていたり、「0」と「1」が同時に重ね合わされた状態が成立したりと、我々の日常生活の常識からかけ離れている。その一端に触れてもらいたい。
第6章は、量子アニーリング方式の量子コンピュータを実現した、基礎研究から実用化へのジャンプについて深掘りし、そこから日本が進むべき道について考えてみたい。

量子コンピュータと人工知能というと、いずれも「難解なもの」という印象を抱く人が多いだろう。だが本書を読むと、その「2つの重ね合わせ」に大きなフロンティアが広がっていることが実感できるはずだ。一歩踏み出して、読み進めていってもらいたい。

西森 秀稔 (著), 大関 真之 (著)
出版社 : 日経BP (2016/12/9)、出典:出版社HP

量子コンピュータが人工知能を加速する 目次

量子コンピュータと人工知能の新時代が始まった

第1章 「1億倍速い」コンピュータ
グーグルとNASAの発表
組み合わせ最適化問題を解く量子コンピュータ
人工知能をはじめ多様な分野で応用が可能
コンピュータではなく「実験装置」
「量子アニーリング」とは何か
カナダのベンチャーによる挑戦
量子ビットに「横磁場」をかける
「量子トンネル効果」が答えを導く

第2章 量子アニーリングマシンの誕生
D-Waveとは何者か
ファインマンの構想
超伝導で量子ビットを実現
商用機開発に向けて
量子人工知能研究所の誕生
「キメラグラフ」がボトルネックに
北米の活況、日本はどうする?

第3章 最適化問題の解き方と人工知能への応用
巡回セールスマン問題をどう解く?
「焼きなまし」とは何か
エネルギーの山をすり抜ける
4色問題への応用
機械学習とディープラーニング
量子アニーリングによる「クラスタリング」
D-Waveマシンによる「サンプリング」

第4章 量子コンピュータがつくる未来
北米での熱気が研究者を引きつける
低消費電力で環境問題にも貢献
人工知能を加速する
医療、スポーツなどで期待
法律や考古学でも応用が可能
センサーを活用して人間に寄り添うAIを
シンギュラリティはくるのか

第5章 量子の不思議な世界を見る
「量子力学」とは何か
「重ね合わせ」のパラドックス
不確定性原理
量子トンネル効果と超えるべきエネルギー
チューリングマシンと量子回路
日本で開発された量子ビット
さまざまな量子コンピュータ

第6章 日本が世界をリードする日はくるか
基礎研究は意外な形で花開く
「緻密さ」だけでなく「大胆さ」も
垣根を超えてベンチャー精神を
ソフト面にもフロンティアがある
ムーアの法則を超えて
研究者の意識の変化が新しい社会を作る
日本が世界をリードする日はくるか

あとがき

西森 秀稔 (著), 大関 真之 (著)
出版社 : 日経BP (2016/12/9)、出典:出版社HP

量子コンピュータが変える未来

量子コンピュータの時代

聞いただけでなんとなく身構えてしまう”量子コンピュータ”ですが、本書では文理問わず量子コンピュータと社会の接点について理解することができます。また、基礎研究を進める大学における視点と、量子コンピュータを導入・利用することを視野に入れている企業の視点の両者から量子コンピュータについて考えることができます。

寺部 雅能 (著), 大関 真之 (著)
出版社 : オーム社 (2019/7/18)、出典:出版社HP

まえがき

近年、量子コンピュータという言葉を新聞やビジネス誌、インターネットなどで聞くことが多くなってきたと思います。解説書も増えてきました。しかし、それらの記事や本は専門的すぎるか、逆にふわっとした内容のどちらかに偏ったものが多く、「量子コンピュータが結局いったいどんなもので、何の役に立つのか」いまいちピンとこない方も多いのではないでしょうか。
それもそのはずで、実は、量子コンピュータが「何に使えて、どんなことに役立つのか」まだ世界中の誰もわかっていないのです。こんなことに使えるだろう、役に立つだろうと信じて、世界中の研究者たちが研究を進めている段階です。どんな技術も、はじめは世の中との溝があるものです。AI(人工知能)ともてはやされる機械学習も、画像認識というわかりやすい成果が出てきてはじめて世間からの注目が集まりました。そういったわかりやすく実用的な応用と量子コンピュータがめぐり合うのはこれからです。

本書は、今のうちから皆さんに量子コンピュータをもっと身近に感じてもらおうという想いのもと、「量子コンピュータが変える未来」をテーマに、専門家である大関真之先生と、企業の立場から量子コンピュータを社会で活用しようという挑戦を行っている寺部雅能のコンビで執筆しました。
なぜ研究段階である今の時点からかと言えば、機械学習が世の中を大きく変えていこうとしているように、量子コンピュータが世の中に与える影響もきっと大きなものになると考えられるからです。今のうちから量子コンピュータに注目しておけば、きっといろいろな業界の未来を先取りすることができるのではないかと思っています。
たとえば呼ばなくても最適なタイミングでタクシーが来て、最適な経路で渋滞のない街をすいすい進んでいく。そのうえ、通る道はあなたの好きな景色にたくさん出会える最善のルート。あっという間に目的地についている……、なんてことが量子コンピュータによって起こるかもしれません。

本書では、1章で量子コンピュータを取り巻く世の中の動向を、2章で量子コンピュータが何かを示します。3章で自動車業界および製造業の未来がどう変わるか、実証実験の事例を踏まえながら示します。そして4章では、社会でさまざまな分野をリードする13の企業の方々に、量子コンピュータで変わる未来の展望を聞いてみました。インタビューした音さんは、すでに先を見越して量子コンピュータに取り組んでいる、取り組もうとしている方々です。最後の5章に、こういった新しい分野でどうイノベーションを起こしていくのか、産学共創の視点で展望を描きました。

きっとこの本を読めば量子コンピュータをこれまでより身近に感じられるようになると思います。「人工知能に人間の仕事が奪われるかも?」なんてささやかれるこの時代、次の変革は量子コンピュータで起こるのかもしれません。きっと読者の皆さんの身のまわりの何かが変わることになると思います。その変わっていく世界を一緒に覗いてみませんか?

2019年6月 寺部 雅能

寺部 雅能 (著), 大関 真之 (著)
出版社 : オーム社 (2019/7/18)、出典:出版社HP

著者紹介

寺部 雅能(てらべ まさよし)
量子コンピュータ歴4年、寺部です。ど素人がいろいろ語れるようになるまで、それはそれは大変な苦労がありました。量子コンピュータの専門家だけでは、素人にこの分野をわかりやすく説明するのはムリ! と常々感じていたことから、企業視点でこの本を執筆するに至りました。
私は株式会社デンソーの先端技術研究所に所属しています。自動車や工場がインターネットにつながり大きな変化に直面するなか、面白いハードウェアの技術を使って新しいことができないかなーと探していたときに量子コンピュータに出会い、4年前に大関研究室の門を叩きました。現在、デンソ一社内で量子コンピュータの事業化に向けたアプリケーション研究のリーダーとして数々の実証実験に取り組んでおります。学生時代からバックパッカーとして世界63か国、主に発展途上国で貧乏旅をしてきた冒険家です。世界に影響を与えることをモットーにしており、事業化や社会課題解決に強い関心があります。本書では、量子コンピュータがどんな社会を創り、新しい事業を生み出していくかという観点で1、3~5章を担当しています。よろしくお願いします!

大関 真之(おおぜき まさゆき)
どうもー。大関です。東北大学大学院情報科学研究科で准教授をやっています。最近ではこの本の主題でもある「量子アニーリング研究開発センター」を立ち上げて、量子コンピュータの一方式である量子アニーリングと呼ばれる新しい技術を「使える」技術に仕上げる活動をしています。寺部さんとは企業と大学の間での共同研究に端を発して出会い、共に刺激しあってそれぞれの立ち位置から世界を変える活動をしています。夢は武道館での講演です。新しい技術を原理や雰囲気、できること、できないことを知ったうえで、誰もが知ることができたらどうなるだろう。そうしたら「わからないから関係のないことだ」という気持ちになる人も関心をもつようになるのではないか。そんなことを考えて、研究成果の普及に資する活動を日々続けています。本書では、研究者から見た量子コンピュータの技術、応用、今後の展望という視点で2、4、5章を担当します。どうぞよろしく。

CONTENTS

Part1 量子コンピュータとは
Chapter1 量子コンピュータはもう目の前に?
Chapter2 量子コンピュータは難しい?

Part2 量子コンピュータで世界が変わる
Chapter3 量子コンピュータで変わる車と工場の未来
Chapter4 量子コンピュータで世界を変える企業が描く未来
株式会社リクルートコミュニケーションズ
京セラ株式会社・京セラコミュニケーションシステム株式会社
株式会社メルカリ
野村ホールディングス株式会社・野村アセットマネジメント株式会社
LINE株式会社
株式会社ディー・エヌ・エー
株式会社みちのりホールディングス
株式会社ナビタイムジャパン
株式会社シナプスイノベーション
株式会社Jij
Chapter5 量子コンピュータと社会のこれから―リーンスタートアップと共創が世界を変える―

あとがき

COLUMN
量子アニーリング誕生秘話〔門脇正史・デンソー〕
量子コンピュータは始まりの終わりの時代を迎えた! 〔Bo Ewald・D-Wave Systems〕
車に載らない量子コンピュータ
量子アニーリングマシンを設置しよう

寺部 雅能 (著), 大関 真之 (著)
出版社 : オーム社 (2019/7/18)、出典:出版社HP

量子コンピューターが本当にすごい Google、NASAで実用が始まった“夢の計算機” (PHP新書)

夢の計算機

量子コンピューターは、量子力学の原理を使って複数の計算を同時に行い、スパコンを圧倒的に凌ぐ計算能力を持っています。2013年にNASAやGoogleで導入され、今後社会を変えていくであろう希望の存在です。本書では、そんな量子コンピューターについて文理問わず楽しめるように、基礎の基礎から解説されています。

竹内 薫 (著), 丸山 篤史(構成) (その他)
出版社 : PHP研究所 (2015/5/15)、出典:出版社HP

プロローグ

20XX年、世界は静かに混乱していた。今年に入ってから、明らかに、幾つかの重要な国家機密や、国際金融機関の情報が、ハッキングされていたのだ。個々の案件は、混乱を避けるため、まだマスコミには秘匿されている。各国の諜報部が密かに調査を進めているものの、それぞれの案件に明確なスパイ活動の痕跡は見当たらなかった。あたかも、その情報にアクセスできる権限を持った人間が、正式な手段で堂々と持ち出したかのようである。しかし、そのような権限を持つ人間でも、業務外で許可無く機密情報を持ち出すことなど、できはしない。彼らは、それだけの責任や監視と引き換えに高額な報酬を与えられていたし、高度な情報倫理を備えているはずだった。では、いったい、どこの誰が?

20XX年 7月XX日 午後4時26分 アメリカ ニューヨーク市
「なぁ、ミシェル!ちょっと、これ見てくれよ!」
ポールの声はカン高くて、逗末の人気もなくなったオフィスに、よく響く。僕は、珈琲をマグカップに注ぎ足そうと立ち上がったところだった。
「おっと、脅かすなよ。どうした、ボール? まだ仕事中だぜ。面白い動画の検索は帰ってからにしろよ。」
同期のポールは金融工学のスペシャリストで、ウチの銀行ではメインのシステムエンジニアなんだが、不真面目な勤務態度が玉に瑕だ。役職では、僕が上司になってしまったが、電算室に隣接したオフィスの中だと、彼の実力に、さっぱり頭が上がらない。
「違うって、ミシェル。何か、おかしいんだよ。」
「おいおい。珍しく、仕事の話かい。それとも役員のスキャンダルでも見つけちまったか?」
「真面目に聞いてくれよ、ミシェル。下手すると、スキャンダルどころの騒ぎじゃないんだ!今週、メインコンピューターに、何かインストールしたって話、お前は聞いてる?」
興奮気味に立ち上がって、ポールはモニターを指差した。冷めた珈琲も残り少ない。僕はマグカップを片手に、ポールの席まで。移動した。彼の開発した独自のインターフェイスの中では、目まぐるしく数字が変動している。
「いや? ここしばらく、メインコンピューターの動作は安定している。システムのバグも見つかっていないし、今、動いているプログラムの変更も聞いていないな。」
「だったら、やはり変だ。」
「どういうことだ、ポール?」
「俺の見たことのないファイルが増えている。巧妙に隠されているが、バックグラウンドで動いているプログラムがある。そいつのせいで、若干CPUが重い。おかげで気づいたんだ。」
「お前、メインコンピューターに入っている全部のファイル名を覚えているのか? 呆れたな。」
「たまたまだよ、ミシェル。去年、連邦準備銀行(FRB)とデータをやり取りする際に、この部分のチェックが必要だったんだ。」
「FRBとは穏やかじゃないな。で、そのプログラムは、いったい何をしているんだ?」
「まだ分からん。どうも、ウチの個人口座をスキャンして回っているみたいなんだが、その先で何をしているのかを追跡できない。こんなヤツは初めてだ。」
真顔のポールを見るなんて何年ぶりだろう? 僕の背筋に冷たいものが流れた。
「ちょっと待て! そりゃヤバイだろ? 顧客の資産が盗まれているのか、マズイぞ!」
「その心配は、無いよ。真っ先にチェックしたさ。そして、個人情報を収集しているわけでもなさそうなんだ。ただ、いったい何をしたいのか、さっぱり分からん。」
「気持ち悪いな。そんなプログラム、すぐに止めて解析しろよ。」
「俺も、そうしたいさ。だが、こいつを止めると、ウチのシステム全体に影響が出るぞ。なんせ全ての口座につながっている。もちろん、全ての支店の。」
「なんだって?営業時間外にシステムを止めて処理できないのか?」
「難しいな。ウチのメインコンピューターは株式市場とも連動している。こっちが夜でも、あっちは昼だ。とても止められん。しかも、だ。どうやらFRBにデータを送っているぜ、こいつ。」
「どういうことだ? まさかFRBがウチのメインコンピューターに何か仕込んだ、と……。」
「まぁ、結論を出すには早すぎる。今は、そこまで言えんよ。ただ、見逃すこともできん。上にかけ合って、FRBに問い合わせるべきじゃないか?」
「分かったよ、ポール。悪いが、週明けまでにレポートを書いてくれ。もう一度、月曜に詳しい話を聞くよ。それまでに、俺は、お偉方を押さえておく。秘書課のチャールズには貸しがあるからな。ヤツらが地球の裏側でゴルフコンペしていたって連れ戻すさ。FRBのシステムの連中にもコネはあるから、まずは非公式で探ってみる。」
「あぁ、俺も、今のままで解析できるところは、やってみる。ったく、ウチのシステムが、ハッキングされたなんて、ムカつくぜ……。」
親指の爪を噛みながら、ポールは自分の椅子に腰かけた。こう見えて、自分の仕事には、大層プライドの高い男なのだ。そしてポールは、クルッと椅子を回転させて、僕を見上げながら、こう言った。
「気をつけろ、ミシェル。月曜の朝刊で、お前の顔を見るなんて、ゴメンだぜ?」
「ジーザス! 縁起でもないこと言うなよ、ポール……。」
僕は、すっかり冷めた珈琲をグイッと飲み干し、大きな溜息をついた。

20XX年 7月XX日 午前5時53分 アメリカ ヴァージニア州
「……いったい、どうすりゃいいんだ。」
「……どうやって防ぐかって意味か?」
「……あぁ、それも、そうなんだが。」
「……どうやったら、こんなことができる?」
「……さっぱり分からん。」
彼らは、戦略ミサイル原子力潜水艦(戦略原潜)の運用マニュアルを開発し、実際の運用実績をフィードバックされ、データを蓄積するとともに、リアルタイムで運用状況を更新している一員だ。ペンタゴン(アメリカ国防総省)から発注された、民間会社に所属している。しかしエンジニアとはいえ、半分は軍属のようなものだ。秘密保持や管理は並みのモノでは無い。
戦略ミサイル、いわゆる中長距離核ミサイルを搭載した原子力潜水艦は「いつ、どこにいるか分からない」ため、アメリカに敵対する存在は、先制攻撃によって全ての戦力を破壊することができない。つまり、確実に、報復的な攻撃を受けることになる。それが、アメリカの軍事的優位の根幹が戦略原潜にある、という言葉の意味するところだ。隠密行動が任務の主体である潜水艦の中でも、豊富な電源により、海中で酸素の補給が可能な原子力潜水艦の自由度は計り知れない。深海にある潜水艦の位置を地上で捕捉することは極めて至難なのだ。しかし、いかに原潜といえど、補給は必要だ。ローテーションによって常に穴の開かないように配備すると同時に、どこで待機するのか、それこそ文字通り「戦略」的に運用されている。もしも任意の時点における戦略原潜の位置が分かっているとしたら、アメリカの軍事的優位は薄れてしまうだろう。
「……それが、そんなに堂々と盗み見られるものなのか?」
「……情報にアクセスできる権限は、常に分散されている。」
「……あぁ。全ての情報を横断的に見ることができる人間は、いないはずだ。」
「……だが、コイツは、ほとんど全ての情報に手をつけている。」
「……つまり分散された権限を持つ全ての人間が、一堂に会して、国家を裏切っている、とでも?」
「……ありえないな。ログを見る限り、単一の端末のようだ。」
「……たしかに、このシステムは、全てのログを消せない。」
「……ログを消す行為までパックアップして記録するからな。バックアップは別システムだから気づかれなかったようだ。」
「……パックアップのログを見る限り、同時に複数の攻撃ではないと思う。」
「……早すぎる。逆探知のようなことも試しているが、次々と、進入経路が変わって、追いつけない。」
「……向こうのアクセス速度も、ほとんど落ちない。」
「……今、1時間に1回の頻度で、ランダムに暗号のキーを変えているんだぞ?」
「……これ以上の頻度で暗号を交換すると、こっちのヒューマンエラーが問題になってくるな。」
「……根本的な解決策が見つかるまでは、しばらく第二次大戦以前のレベルに戻るしかない。」
「……つまり、システムをネットから切り離して、指令の伝達には伝令兵を使うってことか。」
「……なんてこった。」
「……もちろん、身内に裏切り者が一人もいない、と仮定しての話だがね。」

20XX年 7月XX日 午後8時05分 アメリカ ニューヨーク市
「バーで話せる内容じゃないな、ミシェル。場所を変えよう。」
「どういう意味だ? ちょっと待てよ、半パイントのビールくらい飲ませてくれ。」
ダニエルは、プレップ・スクールからの親友だ。大学を卒業してからも、たびたび連絡を取り合っている。FRBのシステムにいる僕の知り合い、とは彼のことだった。
「しばらく歩きながら話をしよう、ミシェル。」
僕は、早足でダニエルを追いかけながら、嫌な予感がしていた。
「実は、君の銀行だけじゃないんだ、ミシェル。」
「おいおい、いったいFRBは何をやっているんだ?」
「頼むから、俺を信じてくれ、ミシェル。君との友情に誓って、真実だけを言うよ。この件に関して、FRBは何も疚しいことなどしていないし、そもそも一切、関係していない。」
ダニエルは足を止めて、僕の方に顔を向けた。
「しかし、ダニエル、僕の銀行だけではないってのは、どういう意味なんだ?」
「あぁ、知っていることは話すよ。だが、君にも約束して欲しい。まだ他言は無用だ。」
ダニエルは、また前を向いて、ゆっくり歩き出した。
「OK。質問の仕方を変えるよ。いったい、何が起こっているんだ?」
「ここ数週間、いや、もっと前からだったのかもしれない。アチコチの機密が抜かれているんだ。君たち、大手の銀行からは機密というより、ハッキリと預金が狙われているんだがね。」
「ちょっと待ってくれ。少なくとも、まだウチの預金に不正な出金は確認できていない。腕っこきのエンジニアが言うんだから問違いない。」
「おそらく、利子さ。まだ、確信は持てないんだが、確率の高い推測のはずだよ。ようするに、こういうことさ。個人の口座では小数点以下の利子は切り捨てられているだろ? それを銀行の支店規模で合算して吸い上げている。そして電子マネーとして送金しているのさ。」
「何だって? FRBに、かい?」
「違う、違う。FRBは、ただの通過点なんだ。FRBからは、別の国の中央銀行に送られているらしい。データは圧縮し、分割されて、FRBを通じて、さらに世界中にある各国の中央銀行のどこかを通じて、別の国の銀行に送られ、そこから、どこかに送られ、ネットの海の中に沈んでいる。おそらく、我が国だけじゃない。各国でも同じことが起きている。だが、どの国もお互いの疑いを拭い去れないし、分割された断片的なデータだけでは何も分からない。当然ながら、再現もできない。君の銀行も、データを送るだけじゃなく、届いているはずなんだ。より正確には通過しているんだろうけどね。」
「どこの誰が、そんなことを……。いや、そもそも、そんな技術がありうるのか?」
「分からん。どうやって断片化され、拡散されたファイルを回収しているのかも、どうやって元のデータに復元できるのかも、からっきし分からないんだ。ただ、この推測が当たっていれば、世界中の銀行から、これまで切り捨てられていた、膨大な個人資産の利子が、どこかに回収されていることになるね。」

一時的な措置としてではあるが、完全に情報を守るためには、コンピューターをネットから切り離し、スタンドアローンにするしかなかった。それは、まさしく国家レベル、国際経済レベルでのパニックといってよかった。まだ世間には知られていないとはいえ、いずれ事態を隠し通せなくなることは目に見えている。このままだと、被害は拡大するばかりだ。この件について、各国首脳は連絡を取り合い、早急に、世界規模の情報機関を設立することで、非公式の合意がまとまろうとしていた。しかし、お互いの疑心暗鬼を解消することは困難なことだった。
なぜなら、ある意味、犯行の手口は明らかだったからだ。情報の流出がヒューマンエラーでないのなら、事態はシンプルである。そう、世界で最も安全と考えられていた暗号を簡単に解く方法が、いつの間にか、どこかで開発され、悪用されているのだ。
ほぼ全ての情報は、今や電子化されている。その安全性を保障してきたのが暗号技術だというのに、その暗号が使えなくては、どうしようもない。現在の暗号そのものは、一般にも公開されている。しかし鍵も無くデータの復号を行うことは容易ではない。たとえ最新のスパコンでも、数学的には数万年かかる計算景のはずなのだ。これまで「そこまで復号に時間がかかるということは、事実上、暗号を破ることは不可能といってよい」と専門家の見解は一致していた。しかし、現実に、暗号は次々と破られている。信じがたいことだが、万能のマスターキーでも持つかのごとく、あらゆる機関の機密が犯人によってアクセスされているのだ。
まさか、そんな膨大な計算量をリアルタイムにこなせる、とんでもない計算速度を持ったコンピューターが開発されたというのだろうか。既存のスパコンをも遥かに凌ぐような!? そんな犯行が個人や民間のレベルで行いうるだろうか。いや、そのような規模の開発は、これまで国家機関のレベルで行われてきたもののはずだ。
畢竟、各国は、お互いに、他国の仕業であることを疑い合っていた……。

さて、いきなり下手な経済小説っぽくスタートしてみたが、本書のテーマは量子コンピューターである。お間違えありませんように。
冒頭では「量子コンピューターの凄い計算力」を悪用すると、今の世界で使用している暗号が筒抜けになってしまうかも? という可能性を描いている。ようするに、もし量子コンピューターが、唐突かつ秘密裏に登場し、世界を暗躍したら、どうなるだろう? ということを想像してみたのだ。現在の通信に暗号技術が使えないと、世界は、政治的にも経済的にも、かなりのダメージを受けることになってしまうことは、想像に難くない。
今や、世界中がコンピューターのネットワークで相互に接続され、仕事から日常生活まで、インターネットが、あらゆる通信手段のメインストリームになりつつある。こうした情報のやり取りを僕らが安全に行えるのも、通信技術と暗号技術が発達したおかげなのである。
暗号については、第5章で改めてお話ししようと思うが、ここで簡単に説明しておくと、現在の暗号技術は「原理的に解けないわけではない」のだ。ただし、復号の鍵を一から探すための組み合わせが膨大な数字になるので、「事実上(時間的に)、解けないことと同じ」と考えられているわけだ。その「膨大な数字の組み合わせ」を一瞬にして計算できるならば、現在の暗号は「解法の分かっているパズル」にすぎない。つまり、インターネットの安全性が崩壊してしまうことになりかねない、というわけだ。そうした可能性を予見させるものが、量子コンピューターなのである。
もちろん、量子コンピューターは暗号解読に使われるばかりではなく、今のコンピューターが苦手とする、さまざまな問題を解決することが期待されている。この話は第6章で説明しよう。
少し前までは、量子コンピューターの開発には100年かかると考えられていた。いわゆる夢の技術、というヤツだ。しかし2011年、驚くべきニュースが飛び込んできた。カナダで商用の量子コンピューター、D-Waveが開発されたというのだ。そして2013年には、天下のGoogleやNASAでも採用されているというのである。この話題の量子コンピューター、D-Waveについては、第7章で詳しく取り上げるつもりである。
本書は、そもそも計算って何だろう? という根本的なところから考えはじめて、最終的には、最新の量子コンピューターの話題まで、読者の皆さんに理解してもらえるよう構成した。イメージとしては、皆さんにタイムマシンに乗ってもらって、過去の計算機から近未来の量子コンピューターまでをご案内! といったところだ。
それでは、ごゆるりと、計算機をめぐる時空の旅をお楽しみください!

2015年5月 竹内薫・丸山篤史

竹内 薫 (著), 丸山 篤史(構成) (その他)
出版社 : PHP研究所 (2015/5/15)、出典:出版社HP

量子コンピューターが本当にすごい◆目次

プロローグ

第1章 そもそも、「計算する」ってどういうこと?
計算とは何か?
人類は、大きい数の計算をどのように行ってきたのか
なぜ「関数」というのか?
江戸時代は算木で方程式を解いた
なぜ対数のようなややこしいものを計算に使うのか?
計算尺はすごい
calculateとcomputeの違い
アナログとデジタルの違いは?
世界最古、歯車式のコンピューター

第2章 コンピューターとはなんだ?
逸話の宝庫 天才バベッジ
階差機関とは――関数の階差を利用して多項式を計算
約20億円かけても完成しなかった階差機関
解析機関とは――計算機からコンピューターへ
エイダ――人類初のプログラマーとなった女性

第3章 コンピューターは、中で何をやっているのか?
コンピューターの原理を探り当てたチューリング
チューリング・マシンとは?――三つの部品でどんな計算でも行う
チューリング・マシンの計算ステップ
チューリング・マシンから万能チューリング・マシンへ
ゲーデルの不完全性定理
なぜ、絶対不可能な計算があるといえるのか
チューリング・テスト――人間の知能と同じ人工知能とは
人類を超えた天才フォン・ノイマン
フォン・ノイマン型コンピューターの六つの特徴
論理演算とは?
論理ゲート――電子回路で論理演算を行う
世界初の現代的コンピューターは、誰が発明したのか?

第4章 量子ってなんだろう?
電子装置小型化の限界
量子は「量の最小単位」
波長と温度の関係の研究がきっかけとなった
アインシュタイン登場
光量子仮説――光は粒子、エネルギーのカタマリ
光量子仮説の正しさを補強したコンプトン効果
物質波――この世の全ては、物質でもあり波でもある
シュレディンガー登場
シュレディンガー方程式とは?
ハイゼンベルクの運動方程式
行列とは連立方程式の成分を並べ変えたもの
便利な逆行列
波動力学vs行列力学
実際の波なのか、存在確率の大きさのことなのか
量子トンネル効果とは?

第5章 暗号――その華麗なる歴史
二人きりの秘密の合図
ナホバ族の言葉が暗号に
アトパシュ、シーザー暗号、スキュタレー暗号
ポリュビオス暗号とポケベル
暗号解読法「頻度分析」とその対策
ステガノグラフィー――驚愕! 吉田兼好の超絶技巧
電気機械式暗号機械 エニグマ
イギリスの政府暗号学校に勤めたチューリング
エニグマvsポーランド
捕虜の一言でエニグマ攻略
現代の暗号、公開鍵方式
RSA暗号の開発者たち
RSA暗号は素数を利用している

第6章 量子コンピューターって、なんだ?
今までのおさらい
量子コンピューターの概念を提唱した人々
衝撃! ショアのアルゴリズム
ハードウェア開発の試行錯誤、そしてD-Wave登場
量子コンピューターに解くことが期待されている計算問題
0と1が重ね合わせ状態で書き込まれるテープ
量子ビットの状態を回転させるユニタリ・ゲート
信号線と制御線で「量子絡み合い」の状態を生み出す制御NOTゲート
量子の世界では、一見、光速を超えるような現象がある
量子の波が壊れる量子デコヒーレンス
確率的にしか答えを得られない
ショアのアルゴリズム
フーリエ変換で余りの周期を求める
量子暗号のしくみ

第7章 D-Waveの衝撃!
D-Wave Systems社の誕生
D-Wave発売
D-Waveは従来型と何が違うのか
量子アニーリング方式とは?
磁束量子を超伝導回路に閉じ込める
D-Waveのチップは何をしているのか
量子アニーリング方式は「最小作用の法則」を用いている
量子コンピューターは何をもたらすのか

参考文献

装幀者 芦澤泰偉+児崎雅淑
帯写真 カナダD-Wave Systemsの量子コンピューター「D-Wave Two」(写真提供 : D-Wave Systems Inc 協力 ユニフォト プレス)

竹内 薫 (著), 丸山 篤史(構成) (その他)
出版社 : PHP研究所 (2015/5/15)、出典:出版社HP

光の量子コンピューター(インターナショナル新書) (集英社インターナショナル)

量子コンピューターの可能性

低消費電力と高速計算を両立させる量子コンピューターは、スパコンを遥かに凌ぎます。そんな量子コンピューターの実現に向けて、日本では現在、光を使った日本発・世界初の量子コンピューターの研究がされています。本書は敷居の高いテーマを扱いながらも、知識が無くても理解できるような分かりやすい説明がされています。

古澤 明 (著)
出版社 : 集英社インターナショナル (2019/2/7)、出典:出版社HP

目次

はじめに

第1章 量子の不可思議な現象
排熱をゼロにする/「重ね合わせ」と「粒子と波動の二重性」/対立する理論/空間を超える相関

第2章 量子コンピューターは実現不可能か
研究開発が加速する/世界的な企業や研究機関がしのぎを削る/ショア博士がもたらしたインパクト/高速計算のための3つの方法/低消費電力の理由/重要な4つの量子力学的性質/量子ビットにおける重ね合わせと量子もつれの役割/困難を極める開発/研究開発が進む量子ビットの方式

第3章 光の可能性と優位性
「量子テレポーテーション」は「テレポーテーション」ではない/不確定性原理からは逃れられない/量子テレポーテーションの方法/光を使うことの優位性/ビームスプリッターで量子もつれを生成する「量子誤り訂正」の高いハードル/物理ビットと論理ビット/量子誤り訂正の救世主/光が先駆ける量子誤り訂正/高速化と広帯域化を両立する

第4章 量子テレポーテーションを制する
量子テレポーテーション研究のきっかけ/光の粒子性を扱う限界/カルテックというターニングポイント/光で光の位相を制御する/ツァイリンガー教授らの量子テレポーテーション実験/1998年、完全な量子テレポーテーションに成功/1杯のビールを賭けた実験/2004年、3者間の量子もつれの量子テレポーテーションネットワークに成功/実験成功のポイント

第5章 難題打開への布石
2009年、9者間量子もつれの制御に成功/日本人だからこそできる実験/2011年、シュレーディンガーの猫状態の量子テレポーテーションに成功/シュレーディンガーの猫状態を量子テレポーテーションできるか/重力波の観測にも貢献したスクイーズド光の開発/市販品がなければ自前で開発/「クレイジー」なベンチャー企業の社長との共同開発/要求は世界最高水準

第6章 実現へのカウントダウン
時間領域多重を拡張する/時間領域多重の実現に挑む/光で1万倍の高速性能も実現可能に/時間領域多重一方向量子計算方式を用いた光量子コンビューター/連続量処理の強み/2次元での超大規模量子もつれ/2015年、量子テレポーテーションの心臓部の光チップ化/光子メモリーの開発/革新的発明「ループ型光量子コンピューター」/もう視野に入っている光量子コンピューターの完成/異例の研究方針、量子コンピューターがもたらす未来社会

おわりに

古澤 明 (著)
出版社 : 集英社インターナショナル (2019/2/7)、出典:出版社HP

はじめに

量子力学の一番むずかしいところは、人間の直感に反することだ。直感に反するルールのもとですべてが起こっていると考え直してほしい。いや、むしろ人間の直感を変えなければならないと言ってもよいだろう。
量子力学が得体の知れない学問と捉えられていたのは、20世紀半ばまでのことだ。21世紀の現在、ナノテクノロジーなど量子を扱う科学技術は、急速な発展を遂げた。それにより、20世紀には単なる「ゲダンケン・エクスペリメント(思考実験)」に過ぎなかったことが、実験によって実証されるケースが増え始め、それに伴い、むしろ量子力学のメリットを積極的に利用していこうという動きが活発化してきたのである。

私が東京大学工学部物理工学科で学んでいた1980年代においても、すでに量子力学は必修科目の1つになっていて、こうした動向が浸透している雰囲気があった。つまり、21世紀を生きる我々は、私を含め皆「量子ネイティブ」と言える。量子の性質を利用するのに解釈や理屈は必要ない。量子力学はもはや科学の根幹を成す学問分野であり、一種のツールとなっている。量子力学を記述する波動関数は、自然を最も正確に表す言語の1つと言えるだろう。
この量子力学のメリットを最大限に生かしていこうという動きの最たるものが、「量子コンピューター」である。今、このページを読まれている皆さんも、「最近、よく耳にする量子コンピューターって、一体何だ?」といった軽い気持ちでこの本を手に取られたのではないだろうか。したがって、お願いだ。量子という言葉に苦手意識をもたないでほしい。理屈はどうあれ、「実際、こういうものだ」と受け入れる気持ちをもつことから始めよう。

さて、現在は、空前の量子コンピューターブームである。ほんの数年前までは、実用化されるには、あと何十年かかるかわからないと言われていた量子コンピューターであったが、今や欧州、アメリカ、中国、日本と、世界各国が巨額の予算を計上し、研究開発を加速している。また、国内外問わず最子コンピューターに関するシンポジウムが連日のように開催されており、会場はどこも超満員だ。世界中が「量子コンピューター開発パブル」に沸き返っていると言ってもよいだろう。
そのきっかけとなったのは、2011年に、カナダのペンチャー企業ディー・ウェーブ・システムズが、「世界で初めて量子コンピューターの開発に成功した」と大々的に発表したことである。最初は「眉唾物だろう」と噂されていたが、アメリカの軍需産業を支えるロッキード・マーチン社が1台約15億円で購入したのに続き、2013年にアメリカ航空宇宙局(NASA)とグーグルも共同購入したことを発表した。このことで、量子コンピューターは一気に注目を浴びることとなった。NASAとグーグルは、この量子コンピューターを使って、人工知能(AI)を研究する「量子人工知能研究所(QuAIL)」を設立している。
しかし、この量子コンピューターは、実は「量子アニーリングマシン」と呼ばれるもので、従来から研究開発が進められてきた汎用型の量子コンピューターとはまったく異なる動作原理で動いている。詳しくは第2章で説明するが、量子アニーリングマシンとは、ある特定の問題、いわゆる「組み合わせ最適化問題」の計算処理に特化した専用マシンなのだ。そのため、これを量子コンピューターと呼んでよいか否かについては、今なお議論の余地がある。
一方で、これを機に、IBMやグーグル、インテル、マイクロソフト、さまざまなベンチャー企業などがこぞって、“本来”の汎用型の量子コンピューターの研究開発に本腰を入れ始めている。時折、研究成果が発表され、研究開発が順調に進んでいるかのような雰囲気を匂わせているが、課題は山ほどあり、果たして本当に実用化される日はくるのか、その実現性に関してはまだまだ未知数だ。

このような中、私が1996年から研究開発を進めてきたのが、「光」を利用する量子テレポーテーション、そして、それを使って実現する汎用型の量子コンピューターだ。
現在、さまざまな方法で量子コンピューターの実現が試みられているが、私が独自に研究開発を続けてきた光を使う量子コンピューターが、今、最も実用化に近い段階にあると確信している。
光を使う最子コンピューターにこだわってきた理由は、「常温の環境下で安定的に動作する」「電子を用いた量子コンピューターに比べてクロック周波数(1秒間あたりの処理回数でヘルツ《Hz》で表す)を桁違いに上げることができるため、高速な計算処理が可能」など、非常に多くのメリットがあるからだ。しかも、他の量子コンピューターが、欧米中心に研究開発が進められているのに対し、私たちの方式は日本発のオリジナルである。

本書では、量子コンピューターの歴史やしくみ、現在の状況を解説するとともに、私が独自に研究開発を進めている光を使う量子コンピューターについて、開発秘話を交えながら、できるだけわかりやすく紹介していく。
まず第1章、第2章では、主に量子コンピューターの開発史を説明する。ただし、私が実際にその時代を生きて見聞きした訳ではないので、ここでの記述はあくまでも1つの説であることに注意してほしい。同時に、歴史的な功績は個人の成果であるかのように語られることが定石だが、学問は決して1人の天才が作っているのではなく、多くの人たちの会の中で生まれるものである。点をおことわりしておきたい。なお、量子力学や量子コンピューターの歴史について精通している方は、第1章と第2章は読み飛ばしていただいてもいいだろう。
この本の目的は、世界初の量子テレポーテーションや多者間量子もつれの制御など、「光」を使った数々の実験を成功させてきた私たちの研究について、そしてそれらの積み重ねがあるからこそ可能となる量子コンピューターへの挑戦を、臨場感をもって味わっていただくことにある。光を使う量子コンピューターが、量子コンピューター開発の世界に大きなパラダイムシフトを起こす日は、もう間近に迫っている。読者の方々に、歴史が転換する様を目の当たりにする喜びを感じていただけたら幸いである。

古澤 明 (著)
出版社 : 集英社インターナショナル (2019/2/7)、出典:出版社HP

量子コンピュータ 超並列計算のからくり (ブルーバックス)

量子コンピューターのからくりがわかる

「なぜ量子ビットを使うと超並列計算ができるのか?」「莫大な計算結果の重ね合わせから答えが1つに決まるのはなぜか?」本書では量子コンピュータにおけるそのような疑問を洗い出すことができます。現在のスパコンをはるかに凌ぐ力を発揮する量子コンピュータの基礎と仕組みをよく理解できる1冊です。

竹内 繁樹 (著)
出版社 : 講談社 (2005/2/18)、出典:出版社HP

プロローグ

量子コンピュータとは、量子力学の原理を用いた、まったく新しいしくみによるコンピュータです。
これまでのコンピュータでは数百億年やそれ以上といった莫大な計算時間を必要とするようなある種の問題を、量子コンピュータを用いると、わずか数時間で解ける可能性のあることが、1994年にショア博士によって理論的に示されました。それ以来、コンピュータサイエンス、物理学、数学、材料科学をはじめとしたさまざまな分野で大きな関心を集めています。
本書の目的は、一人でも多くの方に、量子コンピュータの原理・しくみ、最新の研究状況について知っていただくことです。

量子コンピュータが、ある種の問題について現在のコンピュータよりも圧倒的に優れた能力を持つことは、いうまでもなく「量子力学の原理」に負っています。ただ、量子力学はかなり専門性が強く、またそこに現れる「重ね合わせ」や「もつれ合い(非局所性)」といった概念も、日常では経験することのない理解しにくいものです。そういう部分に、これまで敷居の高さを感じていた方も多いかもしれません。または、量子力学に知識をお持ちであっても、コンピュータへの応用に違和感をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。
そのような方々に量子コンピュータに触れていただくのが、この本の大きな目的の1つです。この本を読む際には、量子力学、コンピュータの基礎的な知識は必要ありません。
量子力学については、必要となる基礎知識を章2つを割いて十分に解説しました。また、現在のコンピュータのしくみについて十分に解説したうえで、量子コンピュータの基礎の説明を行いました。さらに、本質となる概念を具体的な例とともに取り上げ、できるだけ数式や専門用語の使用は避けました。高校生の読者にも、80パーセント以上を理解してもらえるようにしたつもりです。

わかりやすさを実現すると同時に、できるだけ掘り下げた解説も試みました。たとえば、ショア博士によって理論的に示された計算方法(因数分解アルゴリズム)についても、徹底的に解説を行っています。量子ビットやそれに対する基本ゲートなどの基本的な考え方、これまで知られているほかの計算アルゴリズムや、量子誤り訂正符号など、量子コンピュータの先端的な課題についても、たっぷり解説しています。
私が解説記事などを執筆する際には、紙数の都合でどうしても「わかった気にさせる」書き方をせざるを得ない場合があります。この本では、「わかったような気になる」のではなく、もっと堅い手応えとともに「わかる」ことができると思います。

現在、まだ大規模な量子コンピュータはこの世に存在しませんが、その実現に向けて、さまざまな研究が進められています。その最先端の研究状況についても、1章を割いて紹介しました。その中で、私が行っている、光子を用いた量子コンピュータや量子情報通信処理の実現を目指す研究にも触れました。また関連するテーマとして、量子暗号についても最後の章で触れています。

私自身、子供の頃からブルーバックスシリーズには大変お世話になり、育てていただきました。この本によって、私が日頃感じている量子コンピュータについてのおもしろさを共有していただければと願いながら執筆しました。もし、この本をきっかけに量子コンピュータやそれを取り巻く量子情報に関する研究に興味をもっていただければ、これにまさる喜びはありません。

竹内 繁樹 (著)
出版社 : 講談社 (2005/2/18)、出典:出版社HP

CONTENTS

プロローグ

第1章 量子計算でできること
1.1 コンピュータに解ける問題、解けない問題
最近のコンピュータの計算能力/コンピュータに「計算不可能な」問題とは?/旅行の荷造りは「解けない」問題?/ほかにもある「解けない問題」
1.2 スーパーコンピュータにも解けない因数分解
因数分解は難しい?/秘密の鍵を伝える
1.3 量子の力で超高速計算
因数分解は量子コンピュータで簡単に解ける
量子コンピュータには得意な問題がある

第2章 「量子」とはなにか
2.1 量子計算はなぜ「量子」計算?
2.2 光は粒?それとも波?
光とは何か/光の粒子説/波の性質
波と位相/光の波動説/光はほんとうに波?
2.3 アインシュタインの光量子
光電効果の発見/アインシュタインと光量子仮説
光のエネルギーには最小の単位がある/光量子で光電効果もすっきり説明
2.4 結局、光とは?
光のエネルギーには基本単位がある/光子に気がつかなかった理由
2.5 波の性質を持つ粒子
水素原子のなぞ/電子波と電子顕微鏡/物質も波の性質を持つ?/再び「量子」とは

第3章 量子の不思議
3.1 量子力学は難しい?
MIB(メン・イン・ブラック)と量子力
どうしても必要な量子力
3.2 不確定な関係
光の偏光と偏光フィルタ/光の偏光を区別する「偏光ビームスプリッタ」/光子の偏光
3.3 光と干渉
光を分ける半透鏡/干渉計の出力/経路の長さが等しいとき/干渉計と位相差
3.4 光子・確率波・重ね合わせ状態
半透鏡は光子を弾くのだろうか?/光子を干渉計に入射すると?/光子と確率波/重ね合わせ状態/重ね合わせ状態を「壊す」/光を当てずにものを見る?
3.5 まとめ

第4章 「量子」を使った計算機
4.1 量子コンピュータの誕生
量子コンピュータの生みの親ドイチュ/計算機も物理法則にしたがう/ファインマンと量子コンピュータ/重ね合わせ状態を用いた超並列処理
4.2 現在のコンピュータのしくみ:ビットと論理回路
ビットとは?/進法とビット/モールス符号とデジタルカメラ/ビットと演算/コンピュータの構成/2倍する具体的な手順/プログラム言語/論理ゲート/論理回路の例
4.3 量子ビットと量子コンピュータ
量子ビット/3次元で表される量子ビット/量子ビットの数式による表記方法/量子コンピュータの構成
4.4 量子ゲートと量子論理回路
量子ゲート/回転ゲート/アダマールゲート/制御ノットゲート/量子もつれ合い/可逆と不可逆/足し算用の量子回路/重ね合わせの計算結果を生かすには?

第5章 量子アルゴリズム
5.1 アルゴリズムと量子コンピュータ
アルゴリズム、プログラム、論理回路/量子コンピュータにプログラム言語はまだない/量子コンピュータのアルゴリズム
5.2 ドイチュ-ジョサのアルゴリズム
ドイチュ-ジョサの問題/ふつうのコンピュータで解こうとすると……/ドイチュ-ジョサの量子アルゴリズム/ドイチュ-ジョサのアルゴリズムの中身
5.3 データベース検索のアルゴリズム
データ検索には時間がかかる/グローバーのアルゴリズム/グローバーの量子回路の中身
5.4 ショアのアルゴリズム
量子コンピュータで難所を突破!/準備1 ユークリッドの互除法/準備2 因数分解の手順/「rを求める方法」を求めて/フーリエ変換/量子フーリエ変換/ショアのアルゴリズムの中身
5.5 量子アルゴリズムと今後の展開

第6章 実現にむけた挑戦
6.1 量子コンピュータを作るには?
ビットとその担い手/量子ビットと担い手/量子コンピュータ実現の必要条件
6.2 光の粒で量子計算
光子の特徴/回転ゲートは半透鏡で/光子に対する制御ノットは究極の光デバイス/カリフォルニア工科大学の実験/私たちの挑戦1——ミクロな球を用いた量子位相ゲート/私たちの挑戦2——半透鏡も量子位相ゲートに/光子を用いた量子アルゴリズム実験
6.3 分子中の核スピンを用いた量子計算
スピン/スピンと量子化/スピンと量子ビット/核スピン/核スピンを用いた量子コンピュータ
6.4 固体・集積化への路
量子集積回路を目指して/シリコン量子コンピュータ/超伝導量子ビット
6.5 デコヒーレンス
「重ね合わせ状態の破壊」あるいは「デコヒーレンス」/2つの状態間の位相差/原因は、追跡不可能な位相差のゆらぎ/量子計算に立ちはだかる壁、デコヒーレンス
6.6 デコヒーレンスに立ち向かう:量子誤り訂正符号
古典誤り訂正符号/量子誤り訂正符号

第7章 量子コンピュータの周辺に広がる世界と量子暗号
7.1 情報化社会と秘密通信
くらしに関わるセキュリティ/通信と盗聴/乱数列を用いた絶対安全な暗号化/光子を用いて乱数列を共有する
7.2 量子暗号と量子鍵配布
発明のきっかけ/量子鍵配布のしくみ1 送信者/量子鍵配布のしくみ2 受信者/量子鍵配布のしくみ3 鍵の共有/秘密鍵を使った絶対安全な通信
7.3 全知全能?の盗聴者vs.量子暗号
盗聴者ができること/最適な盗聴方法と、ビット反転/盗聴者を検出する!/量子暗号システムと現状
7.4 量子情報科学の今後
量子暗号の現状と今後/理論面での展開と量子情報科学

エピローグ
参考図書
さくいん

竹内 繁樹 (著)
出版社 : 講談社 (2005/2/18)、出典:出版社HP

驚異の量子コンピュータ 宇宙最強マシンへの挑戦 (岩波科学ライブラリー)

量子コンピュータを取り巻く環境を明快かつ科学的な正確さで解説

量子力学の原理とコンピューターの発展の歴史の2本立てて、話が進められて行き、量子コンピューターの歴史については黎明期から最先端の話題まで網羅されています。トランスフォーマーが出てきたり、「宇宙最強のマシン」という言葉が使われていたり、子供がわくわくするような感覚で、最新の知見に触れることができます。

藤井 啓祐 (著)
出版社 : 岩波書店 (2019/11/20)、出典:出版社HP

はじめに

『量子力学』という言葉は、現代のほとんどの人にとっては馴染みがないかもしれない。『量子』の『力学』は、原子や電子などのような直接目で見ることができないミクロな世界を支配する物理法則を指すもので、我々を取り巻く世界を説明するための最も根源的な枠組みを提供する学問体系である。

すでに、スマートフォンやパソコンなどのコンピュータ(半導体)、人間ドックで利用される診断装置MRI(磁気共鳴画像法)、DVDやブルーレイディスクの読み取りなどに利用されるレーザーなど、量子力学は我々の日常生活を影から支えている。さらに20世紀末から21世紀にかけて、量子力学への理解や技術が成熟し、量子的にふるまうミクロな世界を直接制御する技術が発展してきた。その結果、21世紀になり量子力学は影からついに表舞台へと躍り出ることになり、その不思議な性質を実際に確かめることができるようになった。これに付随し、量子力学の不思議な性質を情報科学的な観点から理解し直し、その量子性を積極的に応用する、という量子情報科学が誕生している。量子情報科学の研究は基礎・応用、学術・産業問わず、科学技術の数少ないフロンティアとして世界中で盛んに研究が進められている。その代表例が、量子力学の不思議な現象を動作原理とするコンピュータ、『量子コンピュータ』である。

私が量子コンピュータに興味をもち勉強を始めたのは、量子コンピュータの実現といえばまだSF(サイエンス・フィクション)の域を超えなかった2004年、大学3年生の時だった。例えば、2007年に公開された米国の実写映画版『トランスフォーマー』シリーズ第1作で、エアフォースワンのセキュリティを難なく突破したエイリアンを評したのが以下のセリフだ。

「―この生物は進化を続けています。いずれフーリエ変換の域を超えて量子力学の域に達するでしょう。」
フーリエ変換の域を超えると量子力学の域になるかどうかはさておき、たかだか十数年前には、よくわからないけれどもすごそうな言葉の代名詞として量子力学が挙げられている。実際、量子コンピュータの重要なアルゴリズムでは「最子」フーリエ変換が利用されていて、2019年現在、この域に達しつつあるのかもしれない。2004年当時、すでに基本的な原理実証実験は実現されていたものの、極めて単純な実験装置であって、コンピュータと呼べるようなシステムは夢のまた夢だった。2000年代なかばにあって、量子コンピュータの実現は30年先とも50年先とも言われていた。

私は、もともとエンジンとかマイクロマシンとか緻密に設計され動作している機械などいかにも工学的なものに興味をもって工学部に入学した。一方で、大学に入って専門分野を学ぶ中で、せっかく大学にいるのだから、すでに世の中にあるものを研究しても面白くないと思っていた。高校までの勉強とは違い、大学における工学はどんどん専門分野に分かれていき、何か根源的なもの、普遍的なものへの憧れというのが強くなってしまった。つまり、目標を失ってしまったのだが、そんな私が魅了されたのが、単純なルールで我々の住む物理世界の基本的なルールを説明する量子力学だった。ただ、応用や工学をしたいという志向は強かったので、量子力学そのものを研究したいという気持ちはそんなに大きくなかった。そんな頃に、本屋でたまたま手に取った日経サイエンスの別冊号で、量子情報科学や量子コンピュータの存在を知った。究極の物理法則である量子力学を応用して、情報科学を展開する、しかも量子コンピュータはまだまだ実現していない。これはまさに当時の私にピッタリなテーマだった。

それから、まさか十数年後に、インターネット経由で誰でもアクセスできる量子コンピュータを使って、プログラムを動かせる。時代が早々に来るなどとはまったく思っていなかった。科学技術の進展はめざましく、10年先などまったく予想できないということを今実感している。最近では、グーグル、IBM、インテル、マイクロソフトといったITの巨頭たちがこぞって量子コンピュータの実現に向けた研究開発競争を繰り広げている。IBMは、インターネットを介して誰でも使えるようにクラウド上で量子コンピュータを公開し、グーグルは独自開発した量子コンピュータとスーパーコンピュータを競争させようとしている。大企業ばかりではない。D-Wave社(D-Wave Systems)やリゲッティ・コンピューティング(Rigetti Computing)といったペンチャー企業も量子コンピュータ実現に向けた戦いに参入し、量子コンピュータのハードウェア開発に先鞭をつけた。壮大な夢を謳い、ひと昔前まで実現不可能とまで言われていた量子コンピュータを取り巻く環境は、ここ数年で完全に変貌をとげてしまった。

本書の校了を間近に控えたまさにこの瞬間にも、従来コンピュータの頂点に立つスーパーコンピュータが1万年かかる計算をグーグルが開発した量子コンピュータは数分でやってのけてしまうという驚異的な潜在能力が実証されたという発表があった。人類史上はじめて量子力学の原理で動くコンピュータが従来のコンピュータに対して数学的にきちんと定式化された問題において圧勝するという歴史的瞬間、量子超越性を達成したというのだ。私は、この論文の査読をした3人の研究者のうちの一人である。開発競争を繰り広げるIBMのグループからは、スーパーコンピュータをうまく使えば、2・5日に計算時間を短縮できるという反論も出ている。しかし、いずれにせよ数分と数日の差は大きい。今後も量子コンピュータは進化し、従来のコンピュータの性能を圧倒するであろう。

このニュースは世界のメディアですぐさま広まり、量子コンピュータによって現在の暗号システムが解読されてしまうのではないかという不安も広がった。それを受けて仮想通貨であるビットコインが一時的に暴落した。しかし、これは過剰反応である。残念ながら、現在の量子コンピュータの能力は限られている。今回、量子コンピュータにとって有利であり、従来コンピュータにとって不得意な問題設定でやっと量子コンピュータに軍配が上がったというだけである。

残念ながら、明日から我々が日常的に使っているコンピュータが量子コンピュータに置き換わるわけでも、既存の暗号システムが瞬時にすべて解読されるわけでもない。量子コンピュータが実用的な問題で従来コンピュータを凌駕するためにはまだ10年以上の年月を要すると考えられている。それでもなお、我々の住む宇宙を支配する物理法則と同じ量子力学で動作するコンピュータ、いわば宇宙最強のコンピュータを作り上げ、精密に制御し、実行したい計算をプログラムし、その計算結果が従来コンピュータでシミュレーションできない域に達したという事実は、科学技術における歴史的な転換点を迎えたと言える。我々研究者は今、この世界的な奔流によって科学技術に大きな転換がもたらされつつあるのを興奮とともに体感している。

本書は、このような興奮を少しでも多くの方に体感してもらいたいという思いで、執筆を始めた。量子コンピュータをめぐる研究開発競争はいったい何処をめざしているのか?そもそも、量子コンピュータとはいったい何であり、どのように驚異的なのか?そして、最子コンピュータはこの先我々人類に何をもたらしうるのか?できるだけわかりやすく、そして科学的に正確に、解説していきたいと思う。

2019年11月 藤井啓祐

藤井 啓祐 (著)
出版社 : 岩波書店 (2019/11/20)、出典:出版社HP

目次

はじめに

第Ⅰ部 物理学とコンピュータの歴史
1章 量子力学の誕生
古典物理学の限界/電子の奇妙なふるまい/物質(粒子)と波の統一民子の性質
2章 コンピュータと物理法則
コンピュータの父パベッジ/アナログとデジタルチューリングマシンの登場/情報科学の発展/デジタルコンピュータの発展/ムーアの法則とその限界
3章 量子コンピュータの夜明け前
情報科学と物理学の再会/計算にエネルギーは必要か?/古典万能計算/量子力学の可逆性に着目量子コンピュータの登場

第Ⅱ部 量子コンピュータの仕組み
4章 量子情報と量子ビット
量子の重ね合わせ/量子の情報を数値化する量子ビット/エンタングルメント神はサイコロを振る/パラドックスから応用様々な量子ビット
5章 量子コンピュータのからくり
量子コンピュータへの拡張/たくさんの量子ビット/量子ビットを古典コンピュータで表現すると?/最子力学で古典コンピュータを理解し直す/0と1だけの世界から解き放たれたコンピュータ/並列性と干渉/素因数分解問題/ショアの素因数分解/量子ビットのいらない量子アルゴリズム
6章 量子とノイズのせめぎ合い
エラーとの戦い/量子ビットはノイズに弱い/量子情報はコピーできない/アナログコンピュータ/エンタングルメントで戦え/第一次ブームと停滞期/実現への壁
7章 ブレイクスルー
ヒントはエキゾチックな物質に/量子アニーリング/ギークたちによる究極のエンジニアリング/巨人たちが動く

第Ⅲ部 量子コンピュータの挑戦
8章 量子超越をめざして
極限的に複雑な世界へ/計算の複雑さの測り方/物理現象の複雑性/量子超越への道筋/古典コンピュータとの戦い/グーグルの量子超越/自然を検証することの難しさ
9章 量子コンピュータはスパコンに勝てるのか?
NISQはノイズとの戦い/量子古典ハイブリッドアルゴリズム/量子コンピュータと人工知能/究極的な困難さへの挑戦
10章 宇宙をハッキングする
量子コンピュータがもたらす未来/民子コンピュータは宇宙の箱庭/宇宙をハックする/さいごに―量子の挑戦
イラスト(図1、3、6、10、11、12、14、15、16、17、18)=いずもり・よう

藤井 啓祐 (著)
出版社 : 岩波書店 (2019/11/20)、出典:出版社HP

図解入門 よくわかる 最新 量子コンピュータの基本と仕組み

「量子コンピュータ」についてわかりやすく学べる入門書

量子コンピュータの「分類」から、背景知識や各国の取り組みまで、量子コンピュータの取り巻く環境を俯瞰するのには最適です。量子コンピュータの基本的概念、現状を把握するには非常に良い書籍です。

長橋賢吾 (著)
出版社 : 秀和システム (2018/9/26)、出典:出版社HP

はじめに

量子コンピュータ−最近のニュース等で一度はこの名前を耳にされた方は多いのではないでしょうか。では、この量子コンピュータとはいったいどんなもので、どんな用途に活用できるのでしょうか?これをきちんと説明するのは意外と難しいのではないでしょうか。

筆者もその例外ではありません。筆者は普段は会社の経営に携わっていますが、クライアント等との会話でときどき、量子コンピュータが話題になります。ただ、いつも具体的な話ではなく、量子コンピュータが既存のコンピュータを変えるという、どこか夢物語のような話でした。

しかし、筆者は量子コンピュータについて調査、ディスカッションを通じて、一つの結論に至りました。その結論とは、「2018年の量子コンピュータは70年前のコンピュータと同じ状況」ではないかということです。いまでは、パソコン・スマホ、当たり前に利用されているコンピュータですが、これらが生まれたのは今から約70年前のことです。70年前のコンピュータであるエニアックは、60畳もの大きなスペースに17,468本もの真空管をつないだ計算機で、プログラムを変更するためには真空管の配線を変えなければならないという不便な代物でした。しかし、そうしたコンピュータは、トランジスタ(半導体)の発明を経て、私たちの日常生活に欠かすことができないものとなりました。

2018年の量子コンピュータも70年前のコンピュータと状況が似ています。現状の量子コンピュータでは、一度に計算できる量を表す量子ビットの数が50個程度であり、日常的に利用できるレベルではありません。くわえて、現在の量子コンピュータの多くは超伝導方式を用いて量子ビットを生成していますが、超伝導方式の場合、ノイズに弱く、エラー率が高いことが指摘されています。

では、量子コンピュータの利用価値がないかといえば、そうではありません。10年程度のスパンでは、量子ビットの数は現状の50個程度から大幅に増えることが予想されます。くわえて、量子ビットの数によるエラー訂正によってエラー率もある程度低下することが予想され、実用化が視野に入ります。さらに、量子ビット数の増加およびエラー率の低下により、量子コンピュータにおいて、仮想通貨で利用されている暗号が2027年をめどに解読されるという2027年問題も指摘されています。もちろん、量子ビットの増加はあくまで仮説にすぎませんが、現状の超伝導方式にくわえて、マヨラナ粒子によるトポロジカル量子コンピュータなど新しい素子での開発も進んでいます。

こうした点を勘案すると、今後、量子コンピュータの開発が進み、量子コンピュータが利用される日も近いとみています。そして、それに向けての準備は早いに越したことはありません。本書では、こうした今後実用化にむけて進化する量子コンピュータについて、数式に頼ることなく、できるだけわかりやすくその動向・今後の方向性を触れました。本書によって、少しでも量子コンピュータを理解するきっかけとなれば幸いです。

2018年8月 長橋賢吾

長橋賢吾 (著)
出版社 : 秀和システム (2018/9/26)、出典:出版社HP

CONTENTS

はじめに

第1章 量子コンピュータの現在数式なしでわかる量子コンピュータ
1-1 5つの素朴な質問からひも解く量子コンピュータとは?
1-2 量子コンピュータとスパコンの違いは?
1-3 量子コンピュータを実現する2つの方式
1-4 量子コンピュータによるAIの進化
1-5 仮想通貨と量子コンピュータ
1-6 グーグルによる量子コンピュータ
コラム フォン・ノイマン天才の作り方

第2章 量子コンピュータとは何か?
2-1 量子コンピュータとは
2-2 量子ニューラルネットワーク
2-3 イジング計算機
2-4 lonQイオントラップ型量子コンピュータ
2-5 ディ・ヴィンセンゾの量子コンピュータ基準
2-6 階層式量子コンピュータの仕組み
2-7 量子ゲートを実現する物理層
2-8 エラー訂正を実現する量子エラー訂正層
2-9 量子アルゴリズムを実現するアプリケーション層
コラム 粘菌型コンピューティング

第3章 量子コンピュータが変える人工知能と仮想通貨
3-1 量子コンピュータは仮想通貨・人工知能にどう応用できるか?
3-2 量子コンピュータと人工知能
3-3 分子シミュレーションと量子コンピュータ
3-4 リゲッティによるクラスタリング
3-5 仮想通貨と量子コンピュータ:量子コンピュータがマイニングを支配できるか?
3-6 仮想通貨と量子コンピュータ:量子コンピュータが破れない仮想通貨は?
3-7 仮想通貨と量子コンピュータ:量子コンピュータで破られない暗号を実現できるか?
コラム ボルツマン機械学習と量子コンピュータ

第4章 量子コンピュータの活用戦略
4-1 量子コンピュータのビジネス活用
4-2 グーグルが考える量子コンピュータ活用戦略
4-3 IBMの量子コンピュータ活用戦略
4-4 マイクロソフトの量子コンピュータ活用戦略
4-5 中国の量子コンピュータ活用戦略
4-6 日本の量子コンピュータ活用戦略
コラム 8年の歳月を思う

おわりに
索引

長橋賢吾 (著)
出版社 : 秀和システム (2018/9/26)、出典:出版社HP