フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器 (角川新書)

【最新 フェイクニュースを知るおすすめ本 – 真偽を見分けてメディアリテラシーを身につける】も確認する

フェイクニュースの真の姿

日本でも見られるネット世論操作は、もはや産業と化しています。このような時代を生き抜くためには、フェイクニュースについて理解し、どのような対策を取れるかを知る必要性があります。日本だけでなく世界のフェイクニュースの実態までよくわかる1冊です。

一田和樹 (著)
出版社 : KADOKAWA (2018/11/10)、出典:出版社HP

はじめに

私は日本でいくつかのサイバー関連企業の経営にたずさわった後、六年前にカナダのバンクーバーに引っ越した。ここにいると日常的に見聞きすることが日本とはだいぶ異なるのに驚く。北米で大きく取り上げられている事件がなぜか日本では報じられていなかったり、誤った解釈で伝えられたりすることが意外と多い。SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)監視と、フェイクニュース、ハイブリッド戦もそのひとつだ。
その経験を基に世界に拡がっているSNS監視について、この問題にくわしい江添さんと一緒にまとめたのが、昨年上梓した『犯罪「事前」捜査』(角川新書)という本だ。おかげさまで好評をいただき、増刷された。
今回はフェイクニュースとハイブリッド戦についてまとめた。日本でよく耳にするフェイクニュースやハイブリッド戦とは違う視点で書かれていると思う。EU、NATO(北大西洋条約機構)、アメリカ、アジアの状況を踏まえてまとめたものなので、世界の標準とまでは言わないが、日本以外では本書のような視点で語られることが多いと言ってよいだろう。
フェイクニュースと聞いて、ほとんどの人はネット上のねつ造されたニュースや情報を思い浮かべるだろう。そして、そういうものがSNSを通して拡散し、社会に悪影響を及ぼしているのだと想像するだろう。その対策は個々人の情報リテラシーを上げるとともに、しかるべき機関がファクトチェック(事実確認)を行って真偽判定をすること。フェイスブックやツイッターなどのSNS提供者側もファクトチェックに対応した規制を行うことが望ましい。そんな感じだろう。ある面では正しい。
ある面と制限したのは愉快犯やアクセス稼ぎ(あるいはアフィリエイト収入)目的だけを対象にするのなら効果がありそうという意味だ。しかし現実のフェイクニュースにはもっと広い範囲でさまざまな人々が関わっており、組織的に世論操作を仕掛けられていることも少なくない。世論操作を目的としたフェイクニュースは、大規模なボット(システムによって自動的に運用されるSNSアカウント)、トロール(人手によって運用されるSNSアカウント)やサイボーグ(システムに支援された手動運用)による拡散を含む作戦と連動し、さらには広範なサイバー攻撃を含むこともある。もちろん、こうした大規模な作戦を展開できる組織は限られる。その中でも大きな影響力を持っているのが国家である。フェイクニュースは国が本気で取り組むものになっている。
言い方を換えると国をあげてフェイクニュースを使ったネット世論操作に取り組んでいる以上、警察、公務員、政治家、軍事関係者など政府の関係者から企業まで、この問題の当事者になっている。たとえば中国のネット世論操作部隊五毛党のメンバーのほとんどは公務員だったし、アメリカ、イスラエル、ロシア、フィリピンなども政府としてネット世論操作に関わっている。最近のレポートによれば世界の四十八カ国でネット世論操作が行われており、その全てが現政権維持を目的のひとつにしている。同時にネット世論操作産業とも言うべきものが勃興している。政府や政党あるいは政治家のためにネット世論操作を立案し、実行するビジネスだ。
日本でもネット世論操作は行われており、そのために資金が投入され、金を目当てにネット世論操作に加担している者がいる。ネット世論操作産業のエコシステムができあがっている。
フェイクニュースがここまで大げさな話になっていることには理由がある。ネット世論操作は近年各国が対応を進めているハイブリッド戦という新しい戦争のツールとして重要な役割を担っている。ハイブリッド戦とは兵器を用いた戦争ではなく、経済、文化、宗教、サイバー攻撃などあらゆる手段を駆使した、なんでもありの戦争を指す。この戦争に宣戦布告はなく、匿名性が高く、兵器を使った戦闘よりも重要度が高い。EU、アメリカ、ロシア、中国はすでにハイブリッド戦の体制に移行している(あるいは、しつつある)。そのためフェイクニュース、ネット世論操作はハイブリッド戦という枠組みの中で考える必要がある。単体でフェイクニュースのことを取り上げても有効な解決策は生まれない。
別な角度から考えるとフェイクニュースとネット世論操作は社会変化を反映しているとも言える。ネットの普及がもたらした社会変化のひとつであり、民主主義の終焉であり、低い文章読解力がもたらした弊害でもある。フェイクニュースというのは我々の社会が、現在直面している軍事、社会、そして民主主義の危機を象徴している。単純にファクトチェック組織を作るとか、事業者が管理を厳しくするとかで解決できる話ではない。

本書ではハイブリッド戦を軸に多面的にフェイクニュース、ネット世論操作を考察したい。
第二章でくわしく説明するようにフェイクニュースという言葉の定義はさまざまで、ネット世論操作も同様だ。本書ではどちらも広義にとらえることにする。
フェイクニュースには情報が誤っているものだけでなく、ミスリードしようとしているもの、偏った解釈あるいは誤った解釈、偏った形での部分的な事実の開示なども含める。ネット世論操作は、ネットを通じて世論を誘導すること全般を指すものとする。
本書はフェイクニュース、ネット世論操作についての概要を紹介するものであるが、全てを網羅しているわけではない。事例では比較的日本になじみのある地域を中心に取り上げている。たとえばロシア、ヨーロッパ、アジアの状況については触れているが、中東、中南米、アフリカについては触れていない。また、ファクトチェックについては問題の本質的な解決手段にはなり得ないので簡単に触れる程度にとどめた。もっとも新しく包括的なレポートのひとつであるフランス政府機関の『情報操作デモクラシーへの挑戦
(INFORMATION MANIPULATION A Challenge for Our Democracies)] (1101< < IT’ A report by the Policy Planning Staff (CAPS, Ministry for Europe and Foreign Affairs) and the Institute for Strategic Research (IRSEM, Ministry for the Armed Forces))によればファクトチェックには、いくつかの問題がある。すでにある信念に反していると逆効果になる場合があること、読まれないことも多いこと、ファクトチェックが市場になりつつあり商業目的のものが出てきていることなどがあげられている。

本文中の敬称は省略した。あらかじめご承知おきいただきたい。

一田和樹 (著)
出版社 : KADOKAWA (2018/11/10)、出典:出版社HP

目次

はじめに
第一章フェイクニュースが引き起こした約十三兆円の暴落
フェイクニュースはハイブリッド戦兵器
ネット世論操作が狙う社会の四つの脆弱性
アメリカ大統領選で勝利したのはロシア?
民主党とクリントン陣営のメールがハッキングされた事件
フェイスブックの情報漏洩とケンブリッジ・アナリティカ
ロシアの広告がフェイスブックで一億五千万人に表示
アメリカ国内に拡がるロシアやイランのフェイクメディア
ロシアのメッセージが世界の三千以上のメディアに一万回以上拡散月
マケドニアの少年のネット世論操作関与の真相
ロシアのネット世論操作の歴史
世界に拡がるロシアのネット世論操作
金融市場向けフェイクニュースPR企業

第二章フェイクニュースとハイブリッド戦
フェイクニュースの定義、特徴、対策
現状のAIによる自動判別は論理的に破綻
ファクトチェックは決め手にはならない
検証記事を理解できない人間が増えている?
フィルタバブルと政治フィルタ、機能的識字能力フィルタ
フェイクニュース対策でもっとも重要なのは政府の体制
最強の非対称兵器フェイクニュース
ネット世論操作の四つのパターン
ネット世論操作の基本は国内の支配確立
拡大するネット世論操作産業
巨大な影響力を持ったSNS企業はもはや国家である
エピストクラシー、Google Urbanism、ハイブリッド地域戦

第三章世界四十八カ国でネット世論操作が進行中
世界各国のネット世論操作部隊
世界のネット世論操作部隊
中国五毛党、イギリスJTRIG、トルコAKTrolls等
ヨーロッパを脅かすロシアのネット世論操作
ロシアを支持するフランスの国民戦線(現在の国民連合)
ロシアが支援するポピュリズム政党が政権を取ったイタリア
独立分離騒動のカタルーニャはロシアンマフィアの拠点
ハイブリッド戦としてのクリミア侵攻
第四章アジアに拡がるネット世論操作
政権奪取からリンチまで
国内統治とナショナリズムの台頭を担うネット世論操作
インドフェイクニュースで七人がリンチ殺人

インドネシアネット世論操作業者が選挙戦で暗躍
フィリピン政府が推進するネット世論操作大国
シンガポールフェイクニュースで四千万円稼いだ日系人
ベトナムロシア支援で急速に進むネット言論統制と世論操作
カンボジアネット世論操作企業が支える独裁体制
マレーシア世界最大級の金融不祥事を巡るネット世論操作
タイ振り子のように軍政と民主主義を行き来するフェイクニュース国家
ミャンマー七十万人を国外脱出させたフェイスブックの悪魔
韓国元国連事務総長に大統領選出馬を撤回させたフェイクニュース
台湾中国のネット世論操作の標的~

第五章日本におけるネット世論操作のエコシステム
日本ではどうなっているのか?
政府実行自民党のネット組織
政府容認、支援政治家のウソがフェイクニュースを許容
政府容認、支援政府がヘイトを許容
政府が演出する「攻撃してもよい」雰囲気
世論操作のためのボットが日本でも大規模に活動
右よりアカウントのフォロワーの八割はボットとサイボーグ
政権支持のトロール募集記事を堂々とネットで告知的
日本における情報遮断
扇動される日本人十三万件の懲戒請求騒動
国の仕組みに組み込まれたウソ
親学と江戸しぐさ
フェイクニュース大国への道を歩む日本
問われているのは我々自身である

謝辞
おわりに
参考文献

一田和樹 (著)
出版社 : KADOKAWA (2018/11/10)、出典:出版社HP