【最新】北朝鮮について理解を深めるためのおすすめ本 – 歴史、政治、外交などの切り口から紐解く

北朝鮮とはどんな国?日本との関係は?

北朝鮮に関するニュースを度々目にしますが、国際関係や日本の外交を理解する際、北朝鮮を避けては通れません。北朝鮮について学ぶことは重要ですが、様々な情報が溢れていて、何から学べばよいかわからないという方も多いかもしれません。今回は、歴史や政治などを中心として、北朝鮮について学べる本をご紹介します。

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出典:出版社HP

LIVE講義 北朝鮮入門

北朝鮮をめぐる底流の動きや北朝鮮なりの論理を解説

歴史の中で動いて来た北朝鮮という切り口で、「金正日は無能なのか」「体制が揺るがない理由」などいろいろな切り口で多面的に解説してくれています。参考文献も丁寧にあげられており、北朝鮮、さらには日本という国がおかれているこの世界の一面を読み解いていくきっかけの本としてとても面白くためになります。

礒崎 敦仁 (著), 澤田 克己 (著)
出版社 : 東洋経済新報社 (2010/11/12)、出典:出版社HP

まえがき

私は、二〇〇八年四月に慶應義塾大学日吉キャンパスで北朝鮮現代史をテーマにした一、二年生向けの学部共通科目「地域文化論(朝鮮半島)Ⅰ・Ⅱ」を開講しました。さいわいなことに新設科目であるにもかかわらず、四〇〇人もの腹修者を迎えることができました。
翌二〇〇九年度は、新学期が始まる四月上旬に合わせたかのように、北朝鮮が「人工衛星の打ち上げ」と称して弾道ミサイル・テポドン2を打ち上げました。これは日本のはるか上空を通過するのですが、当時の麻生太郎自民党政権は「軌道を外れて日本に落ちてきた時に備える」として、地対空誘導弾パトリオット(PAC3)を都心部にまで展開しました。北朝鮮問題が大きな注目を集めたためか、この年の履修希望者は一〇〇〇人を超えるほどになりました。多くの大学生が北朝鮮という未知の隣国に、いくばくかの関心を抱いているといってもいいでしょう。
二〇一〇年度からは、東京大学駒場キャンパスで三、四年生向けの専門科目「韓国朝鮮社会構造論I」を担当させていただき、こちらでも北朝鮮情勢についての授業を中心に行っています。二〇人ほどの少人数授業で、学生たちとのやりとりは非常に楽しく有益なものとなっています。

ただ、こうした講義を行うにあたって困ったのは、最初に紹介すべき入門書がないことでした。学生たちから「なにかいい本はありませんか」とよく聞かれるのですが、彼らに紹介したい本を探すのが大変なのです。日本では北朝鮮関連の書籍はたくさん出版されています。すぐれた本も少なくありませんが、そういった良書は、政治や経済、外交、あるいは脱北者問題などといった一つのテーマに特化したものが多いのです。多くの分野を網羅的に扱った良書も皆無ではありませんが、初学者である学生たちに勧めるには内容が難しすぎるものばかりです。私自身も、尊敬する諸先生や先輩研究者、ジャーナリストの方々の執筆された研究書や論文、ルポを大量に読み込んできましたが、北朝鮮を取り巻く問題の全体像を示すような手引書が不足していると考えていました。

そうした時に、毎日新聞社の澤田克己記者から共著執筆の誘いを受けました。澤田記者は、私が一九九七年に慶應義塾大学大学院の修士課程で北朝鮮研究を始めたころから一緒に北朝鮮問題を論じてきた朝鮮半島問題の専門記者です。澤田記者はその後、一九九九年から二〇〇四年までソウル支局に駐在して南北首脳会談や日朝首脳会談、金正日総書記の二回にわたる訪露、さまざまな南北対話や米朝協議、日朝国交正常化交渉などを現場で取材しました。二〇〇五年から二〇〇九年まではジュネーブ支局に赴任し、二〇〇九年六月に金正日総書記の三男である正恩氏がスイスの首都ベルンの公立中学に留学していたことを世界で初めて報じています。
私自身はまだ一介の専任講師にすぎません。私よりも高い見識をお持ちの先生方、先輩方を差し置いて、研究者としても教育者としても経験不足の若手が教科書を書こうというのはおこがましいという思いもありました。しかし、学生たちの便宜を考えると、日本人拉致事件や核・ミサイル問題、北朝鮮の政治体制や食糧難、急増した脱北者といった個別のテーマを線でつなぎ、それらを簡潔に見渡せる入門書が必要だと考えるようになりました。本書は、澤田記者の現場での経験なども織り交ぜながら、普段の講義を再構成したものです。

金正日総書記は二〇一〇年九月二七日、金正恩氏に「朝鮮人民軍大将」の称号を授与しました。そして、翌二八日に開かれた朝鮮労働党代表者会と党中央委員会総会を経て、金正恩氏は党中央軍事委員会副委員長に選出されました。北朝鮮は「金正恩氏が後継者に決まった」とは公式にいいませんが、事実上の後継者として内外にお披露目したということです。北朝鮮はこれから、金正日総書記から金正恩副委員長への権力継承作業を本格化させていくのでしょう。

権力の移行期というのは不安定なもので、これまで以上に何が起きるかわかりません。でも実は、北朝鮮のような独裁国家の場合、明日なにが起きるかは予測できなくとも、中長期的になにをしようとしているのか考察するのは比較的容易だったりします。あえてわかりやすく大雑把にいわせてもらうならば、五年前に民主党・菅直人氏の首相就任を予測できた政治評論家や政治学者は皆無に近いでしょうが、北朝鮮研究者は一〇年前から「金正日総書記の息子のうちの誰かが跡を継ぐだろう」と考えてきたのです。

本書では、こうした長期的展望を可能にする北朝鮮をめぐる底流の動きや北朝鮮なりの論理を解説したいと思っています。それは、新聞やテレビで流れる北朝鮮関連のニュースを読み解く際にも理解を助けることになるでしょう。
本書を読んで「北朝鮮のことをもっと知りたい」と思われた方は、巻末に掲載した文献案内を参考にしてください。依然としてブラックボックスの側面が強い北朝鮮のような国は、同じ事象に対して真逆の評価が下されることも少なくありません。ですから、入門書である本書を足がかりに、興味ある分野の他の本も読み、その本に掲載されている参考文献や注釈からさらに次の本を探す、といった芋づる式学習を続けて、同じテーマをさまざまな視点から理解するようにしてください。

北朝鮮は、国際関係や日本外交を学ぶ際にも避けて通れない国ですが、残念ながら現在の日本では、北朝鮮の実像をきちんと理解していない議論も見うけられます。北朝鮮という国は、私たちの国の安全保障に大きな影響を及ぼす隣国です。好きか嫌いかという価値判断の前に、真実を追求することが重要です。
本書は、読みやすさのために「です・ます」調で書かれていますが、真面目な手引書に仕上げたつもりです。この分野の本ではあまり例を見ない、研究者と記者のコラボによって、互いの長所を生かし、足りない部分を補いながら、北朝鮮の全体像をわかりやすく示すよう心がけました。現役の学生さんのみならず、多くの一般読者の皆様にとって隣国を理解するための一助になれば幸いです。

二〇一〇年一〇月 礒崎敦仁

礒崎 敦仁 (著), 澤田 克己 (著)
出版社 : 東洋経済新報社 (2010/11/12)、出典:出版社HP

目次

まえがき
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の概要
北朝鮮の地図

第1講義 金正日は無能なのか
■「有能」な将軍様
■したたかな交渉者
■巧みな演出家
■権力闘争での勝利
■後継者登場
■金正雲なのか?金正銀なのか?
■三代世襲への焦り
■祝杯を挙げよう
■スイスで見せた横顔
■言葉の壁で苦労?
■金正男氏はどこへ
■第1講義の用語解説

第2講義 なぜ拉致を認めたのか
■デタントに連動
■冷戦終結で対話再び
■拉致問題と小泉首相の訪朝
■拉致を認めた理由
■日朝関係の悪化
■地上の楽園への礼賛
■帰国事業と日本人妻
■第2講義の用語解説

第3講義 究極の格差社会
■超格差社会・北朝鮮
■メゾネットに住む特権階級
■庶民に広がる激しい格差
■韓国より豊かだった北朝鮮
■ほころぶ統制社会
■苦難の行軍
■思考革新と実利追求
■改革からの逆行
■貨幣交換装置
■強盛大国への道遠く
■急増する脱北者
■企画亡命で韓国へ
■第3講義の用語解説

第4講義 平壌で流行る韓流
■普通の人の、普通の暮らし
■小学二年から組み込まれる管理体制
■平壌でも韓流は人気
■中国経由の海賊版
■徹底したメディア使い分け
■北朝鮮を狙うラジオ
■ロコミに乗る外部情報
■流出する内部情報
■北朝鮮のラジオを聞く
■平壌が聞く外国放送
■第4講義の用語解説

第5講義 体制が揺るがない理由
■憲法より大切な教示
■国家元首は国防委員長
■北朝鮮にも選挙がある
■最も大事な主体思想
■冷戦終結で先軍思想に
■人事はバランス型
■密告と連座制で監視・統制
■住民を押さえつける暴力装置
■第5講義の用語解説

第6講義 統一へのためらい
■制裁と交流の併存
■勝負ついた体制間競争
■吹かない北風
■混乱恐れる韓国
■お互いの体制認めず
■もう戦争はできない
■統一への恐れ
■吸収されるのは嫌だ
■第6講義の用語解説

第7講義 なぜ中国は北朝鮮をかばうのか
■メンツをつぶされ続ける中国
■北朝鮮をかばい続ける中国
■投資も中国が頼り
■貿易・支援も中国
■血で固めた友誼
■軍事同盟で関係担保
■北朝鮮から見た中国
■紅衛兵の金日成批判
■中国が北朝鮮をかばう理由
■ソ連への警戒心で連帯
■中朝関係と米国の影
■第7講義の用語解説

第8講義 核ミサイルの照準はどこか
■「悪の枢軸」と呼ばれて
■北朝鮮はなぜ核兵器にこだわるのか
■第一次核危機の始まり
■第二次朝鮮戦争の危機
■局面打開と金日成の急死
■ミサイルで外貨稼ぎ
■二回目の核危機
■弱点さらした瀬戸際政策
■第8講義の用語解説

あとがき
北朝鮮の憲法
関連年表文献紹介
参考文献
補講

コラム目次
■金王朝とスイス留学
■金王朝の複雑な家族関係
■北朝鮮観光
■日朝平壌宣言のポイント
■拉致謝罪には前例があった
■涙は本物だったのか
■深刻な乳幼児の栄養失調
■脱北者と北朝鮮を結ぶ
■食植も統制の道具
■モデルチェンジした労働新聞
■飢饉を招いた主体農法
■確定していない海上の南北境界
■和解の象徴「金剛山」と「開城」
■朝鮮戦争開戦時の国際情勢
■勇士扱いから自立奨励へ
■北朝鮮をなんと呼ぶか
■安保理決議と議長声明
■米国が怖い北朝鮮
■偽ドル、覚せい剤密輸でも外貨稼ぎ
■毛沢東も瀬戸際政策?

カバーデザイン: 吉住郷司
本文DTP・図表制作: 望月義
写真提供: 礒崎敦仁・澤田克己・共同通信社・時事通信社

礒崎 敦仁 (著), 澤田 克己 (著)
出版社 : 東洋経済新報社 (2010/11/12)、出典:出版社HP

新版 北朝鮮入門

北朝鮮の全体像を平易かつ網羅的に解説

写真や図表を多用し、文章も分かりやすく、まさに入門書として良書です。最新の憲法全文など資料が充実していて図表が多くデータを重視しているので、ハンドブックとして重宝できそうです。巻末の文献案内では北朝鮮に批判的なものから擁護するものまで紹介されており、最初の一冊としても最適です。

礒〓 敦仁 (著), 澤田 克己 (著)
出版社 : 東洋経済新報社; 新版 (2017/1/13)、出典:出版社HP

はじめに

北朝鮮という国に対して日本で抱かれているイメージは、いかなるものだろうか。特権階級もいつ処刑されるかわからないと脅え、体制が動揺しているらしい。国民が飢えているのに無謀な核・ミサイル開発に突き進んで国際社会に歯向かい、中国がかばってくれなくなったら崩壊するに違いない。それなのに中国にも逆らうことがある、手に負えない国のようだ。つまりは「理解不能」、そのようなイメージを持っている人が多いのではないか。

2011年12月に金正日が死去し、息子の金正恩が権力を継承して以降、このようなイメージはますます強まったと思われる。金正日政権では米国や韓国との対話が進展することもあったが、金正恩政権は強硬一辺倒という印象だ。叔父である張成沢を2013年12月に処刑したことで、その「恐怖政治」にも注目が集まった。
北朝鮮が核・ミサイル開発を始めたのは、金正恩の祖父である金日成が最高権力者だった時代からである。2006年10月、最初の核実験を行ったのは、金正日の時代だった。それを引き継いだ金正恩は、開発のピッチを急速に上げている。2016年には、それまでほぼ3年おきだった核実験を1月と9月に強行し、「テポドン2」や「ムスダン」「ノドン」、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)といった多種多様なミサイルの発射を繰り返すようになった。ミサイル技術は急速な向上を見せており、核弾頭の開発にも成功したという見方が強まっている。

金正恩体制の安定性については、希望的観測や先入観を捨てて考えることが必要だ。金正恩は権力を継承して以降、自らの体制を軌道に乗せるべく腐心してきたように見える。対内的には、高い地位にある幹部を次々と粛清することで権力基盤を固めつつ、一般国民には微笑みながら寄り添う姿をアピールしてきた。対外的には、体制の安全を確保するため核・ミサイル開発を急いでいる。米国主導の国際社会が金正恩体制を圧迫しているというのが北朝鮮の情勢認識であり、核兵器とミサイルは抑止力を高めるのに不可欠なものと考えられているのである。
北朝鮮は従来、米国との「平和協定」締結によって国外からの攻撃を防ぐという外交目標を持っていた。金正恩政権も核ミサイルを保有することで、対米交渉力を高めようと考えているのかもしれない。しかし、金正恩が実際にどのような中長期的展望を持っているのか、もしくは持っていないのかを判断するには、もう少し展開を見ていく必要があろう。最高権力者である金正恩という人物に対する情報がきわめて乏しい現状で推論を立てるのはこれまで以上に難しい。

一方、北朝鮮の体制はもう持たないだろうという「北朝鮮崩壊論」に寄り掛かるのは危険である。冷戦終結で北朝鮮の国際的孤立が高まり、半世紀にわたって絶対的権力者として君臨してきた金日成が1994年に死去したことで、日米韓では北朝鮮の体制崩壊に関する議論が交わされた。しかし、それから20年以上経ってもその体制は崩壊していない。もちろん永遠に続く政治体制などというものは存在しないものの、北朝鮮の体制が今すぐ動揺する兆しはみられない。
新しい権力者の能力に対する評価にも注意深さが必要だ。1994年7月に金正日政権が発足した当初も、新しい指導者には体制を維持する資質がないのではないか、という議論が活発に行われた。実際に、金日成死去から2年半余り経った1997年2月には、権力序列26位の黄長樺党書記が韓国へ亡命した。権力内部に深刻な葛藤が生じていたことを示すものだろうが、金正日の権力掌握は着々と進んでいった。一方で、金正日が死去した2011年12月から本稿脱稿(2016年10月)までの間には、黄長に匹敵するような人物の亡命は確認されていない。

北朝鮮経済についても、多数の触死者を出した「苦難の行軍」と呼ばれる経済危機に苦しんだ1990年代後半のイメージが強すぎ、正確な現状認識を妨げている。実際には、北朝鮮経済は2000年頃までに最悪の状況を脱し、国際社会の制裁にもかかわらず回復基調にあると評価されている。制裁はさらに強化される可能性があるものの、その効果は未知数である。
北朝鮮の核・ミサイル開発は、日本にとって直接の脅威となる。国民的な関心の高い日本人拉致事件の解決も進んでいない。日本の安全保障を考えるならば、北朝鮮を知ることは必要不可欠である。隣国である以上、嫌いだから無視すればいいということにはならない。何が問題なのかを知ることが求められる。

北朝鮮研究が盛んな韓国では、これらの問題を考える基礎となる、大学生向けの教科書が数多く出版されている。しかし、それらには、韓国主導による「吸収統一」ありきで北朝鮮を論じているという問題点もみられる。わが国でも北朝鮮に関する書籍は多いが、政治指導者、体制構造、経済、社会事情に至るまで、一国の全体像をバランスよく平易に解説した教科書・入門書の類はほとんどみられなかった。研究者がそれぞれの専門分野について分担して執筆すれば専門性は保持されるものの、単行本として一貫性が保たれにくい。それらの問題点を克服するために、研究者(磯崎)と記者(澤田)が協力して2010年11月に上梓したのが『LIVE講義北朝鮮入門』であった。

本書は同書の改訂版となる。出版の1年余り後に金正日が死去したことで北朝鮮をめぐる状況は大きな変動に見舞われた。その後、2016年5月の朝鮮労働党大会での党規約改正と6月の最高人民会議(国会)での憲法改正によって、ようやく金正恩独自の政治体制が整った。このタイミングに合わせ、前著の内容を大幅に加筆修正することとした。
金正恩政権になってからの特徴的な動きを新たに第1章としてまとめたが、日朝関係や南北関係など他の章についても最新の情報を盛り込み、事実上の全面書き換えとなった。図表や参考資料を大幅に増やし、ハンドブックとしての機能も高めた。

なお、北朝鮮の正式な国名は朝鮮民主主義人民共和国、韓国は大韓民国であるが、本書では基本的に「北朝鮮」「韓国」と表記している。人名については、肩書きを付けたほうが理解しやすいと思われる場合以外は敬称・呼称を省略した。

礒〓 敦仁 (著), 澤田 克己 (著)
出版社 : 東洋経済新報社; 新版 (2017/1/13)、出典:出版社HP

新版北朝鮮入門―目次

はじめに
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の概要
北朝鮮の国旗・朝鮮労働党の党旗
北朝鮮の地図

第1章 金正恩時代の幕開け
新体制の北朝鮮
■リビアを生き残りの教訓に《金正恩体制の基本路線》
■実利志向の若き指導者《金正恩の特性》
■連続するサプライズ《体制研究の限界》
■金正日「先軍」路線からの脱却《金正恩体制の確立》
■昇格、降格そして粛清《金正恩の権力掌握手法》
■「水爆」とSLBM《金正恩時代の核開発》
■ミッキー、ミニスカート、絶叫マシン《金正恩時代の経済・社会》
■不透明な中朝、南北…《金正恩政権の対外政策》

第2章 王朝国家・北朝鮮
3代世襲小史
■粛清繰り返した建国のカリスマ《金日成の権力掌握》
■権力闘争での勝利《金正日の権力学歴》
■「有能」な将軍様《金正日の政治手腕》
■病に倒れ「残り時間」意識《金正恩への後継内定》
■突然の「若き大将」《金正恩の公式化》
■スイスで見せた横顔《金正恩の少年時代1》
■友人を連れてパリでバスケ観戦《金正恩の少年時代2》
■後継にならなかった兄2人《金正男と金正哲》

第3章 なぜ拉致を認めたのか
日朝関係
■デタントに連動《冷戦期の日朝関係》
■冷戦終結で対話再び《ポスト冷戦期の日朝関係》
■小泉訪朝と金正日の「謝罪」《拉致問題と日朝関係》
■拉致を認めた理由《北朝鮮の国内事情》
■不自然さ目立つ北朝鮮の説明《日朝関係の悪化》
■破られた再調査への期待《ストックホルム合意》
■地上の楽園への礼賛《1970年代までの北朝鮮イメージ》
■生活雑と民族差別から逃避した先で…《帰国事業と日本人妻》

第4章 究極の格差社会
北朝鮮経済
■現在進行形の格差拡大《北朝鮮経済の現状》
■メゾネットに住む特権階級《旧来型の格差》
■「お金がお金を儲ける世の中」《一般国民の経済格差》
■韓国より豊かだった時代《冷戦下の北朝鮮経済》
■ほころぶ統制社会《格差拡大の背景》
■「苦難の行軍」の試練《ポスト冷戦期の経済危機》
■思考革新と実利追求、そして挫折《金正日の経済改革》
■異例の「2カ月で政策撤回」《デノミの失敗》
■電子マネーとソーラーパネルの普及《金正恩時代の経済》
■出稼ぎ労働で外貨稼ぎ《北朝鮮の人材輸出》

第5章 平壌ではやる韓流
北朝鮮社会
■普通の人の、普通の暮らし《北朝鮮の庶民生活》
■小学2年から組織活動で洗脳《北朝鮮の国民管理体制》
■平壌でも韓流は人気《北朝鮮国民の娯楽》
■徹底したメディアの使い分け《北朝鮮のメディア戦略》
■北朝鮮に自由な情報を送り込む《米韓の北朝鮮向け放送》
■韓国から北朝鮮に電話する《内部情報の流出》
■北朝鮮のラジオを聞く《モニタリング機関》
■幹部にだけ知らせる本当のこと《国内での情報統制》

第6章 体制が揺るがない理由
北朝鮮政治体制
■憲法が党の優位性を規定《北朝鮮の最高規範》
■最高領導者は国務委員長《国家首班ポストの変遷》
■信任投票で賛成率は100%《北朝鮮の選挙》
■悲願だった「事大」からの脱却《主体思想》
■軍が歯向かわなければ体制安泰《先軍思想》
■金日成・金正日主義の登場《金正恩時代の党規約》
■ナンバー2は作らない《金正恩体制の人事》
■一生続く監視と密告《北朝鮮の国民管理体制》
■住民を押さえつける暴力装置《北朝鮮の治安機関》

第7章 統一へのためらい
南北関係
■世界を驚かせた突然の強硬姿勢《開城工業団地の閉鎖》
■軍事衝突でも維持されてきた交流《李明博政権までの南北関係》
■民家に降った砲弾の雨《延坪島砲撃事件と北方限界線》
■勝負ついた体制間競争《朝鮮戦争後の経済開発》
■「恐ろしい敵」から哀れみの対象に《韓国における安保観の変化》
■「緊張が高まったら外資が逃げる」《韓国経済への影響》
■デタントで進んだ南北接近《冷戦下の南北関係》
■選択肢から外れた「戦争」《冷戦終結後の変化》
■恐れられる「負担の重さ」《韓国人の統一観》
■食糧を求め、国内外へ《脱北者の発生》
■NGOとブローカーに導かれ…《韓国へ向かう脱北者》
■スムーズにいかない“統一の予行演習”《脱北者と韓国社会》

第8章 なぜ中国は北朝鮮をかばうのか
中朝関係
■「普通の隣国」になったのか《習近平・金正恩時代の中朝1》
■否定しがたい「特殊な関係」《習近平・金正恩時代の中朝2》
■血で固めた友誼《中朝の軍事同盟関係》
■ソ連への警戒心で連帯《社会主義圏の中での中朝》
■「共通の敵」が生む縁とすれ違い《中朝関係と米国》
■紅衛兵の金日成批判《過去の中朝関係険悪化》
■それでも北朝鮮をかばう理由《中国の国内事情》
■メンツをつぶされても…《中国による北朝鮮擁護》
■貿易の9部以上が中国相手《北朝鮮経済の中国依存》
■中国に後継・金正恩支持を依頼か《金正日晩年の対中外交》

第9章 核ミサイルの照準はどこか
米朝関係
■「核大国」を誇示する金正恩政権《核開発の背景》
■「悪の枢軸」と呼ばれて《北朝鮮の対米不信》
■北朝鮮はなぜ核兵器にこだわるのか《核開発の歴史》
■米国を交渉の場に引き出した北朝鮮《第1次核危機》
■米韓の50万人以上が死傷と予測《第2次朝鮮戦争の危機》
■金日成急死の3カ月後に妥結《米朝枠組み合意》
■外貨稼ぎであり、米朝交渉のツールでもあり《北朝鮮のミサイル開発》
■瀬戸際政策は成功したのか《第2次核危機》
■瀬戸際政策と戦略的忍耐のすれ違い《オバマ政権下の米朝関係》
■国際社会からの新たな攻勢《北朝鮮の人権問題》

おわりに
用語解説
北朝鮮の憲法
朝鮮勞動党規約日朝平壌宣言
文献紹介
参考文献
関連年表

礒〓 敦仁 (著), 澤田 克己 (著)
出版社 : 東洋経済新報社; 新版 (2017/1/13)、出典:出版社HP

コラム目次

党委員長?それとも国務委員長?
乗り物好きの元帥様
朝鮮人民軍の階級、
「序列」とは何か
NBAスター選手を歓待
涙は本物だったのか
北朝鮮の人名表記は悩ましい
「パルコルム」の歌詞
留学の成果?国際標準を志向
金王朝とスイス留学
拉致謝罪には前例があった
ストックホルム合意
北朝鮮観光
深刻な乳幼児の栄養失調
「300万人餓死説」は本当か
平壌時間と主体年号
食糧も統制の道具
モデルチェンジした『労働新聞』
北朝鮮をめぐる情報収集
飢饉を招いた主体農法
唯一的領導体系確立の10大原則
他の社会主義国との比較
北朝鮮をなんと呼ぶか
北朝鮮が強く反発する心理戦
朝鮮戦争開戦時の国際情勢
和解の象徴だった「金剛山」と「開城」観光
勇士扱いから自立奨励へ
安保理決議と議長声明
文化では共感得られる中朝交流
偽ドル、覚せい剤密輸でも外貨稼ぎ
毛沢東も瀬戸際政策?
障害者を厚遇して人権アピール?

礒〓 敦仁 (著), 澤田 克己 (著)
出版社 : 東洋経済新報社; 新版 (2017/1/13)、出典:出版社HP

図・表・年表目次

図1-1 核・ミサイル開発関連地図
図1-2 2016年2月の「テポドン2改良型」発射
図1-3 北朝鮮の弾道ミサイルの射程
図2-1 金ファミリーの家系図
図4-1 北朝鮮の経済成長率推移
図4-2 1970年代に南北の経済力は逆転した
図4-3 苦難の行軍期に落ち込んだ食糧生産量
図4-4 5歳以下の乳幼児死亡数(1000人当たり)の推移
図4-5 コメの反収(10a当たり収穫量)推移
図7-1 南北経済協力の象徴だった開城工業団地
図7-2 1人当たり国民総所得(GNI)の南北格差
図7-3 金大中政権以降に急増した韓国人の北朝鮮訪問
図7-4 韓国に入国する脱北者の8割が女性に
図7-5 韓国に住む脱北者が感じる暮らしぶり
図8-1 中国、韓国、日本と北朝鮮との貿易額推移
図9-1 朝鮮半島の軍事力

表1-1 朝鮮労働党政治局常務委員
表1-2 金正日葬儀(2011年12月)で霊柩車に寄り添った「後見役」7人のその後
表1-3 ひんぱんに入れ替わる序列と肩書き
表1-4 北朝鮮による核実験
表1-5 北朝鮮が開発・保有するミサイル
表1-6 2016年に相次いだミサイル発射(10月15日まで)
表1-7 北朝鮮の核実験・長距離ミサイル発射と国際社会の対応
表1-8 北朝鮮の携帯電話加入数
表1-9 北朝鮮の公休日(2016年10月現在)
表1-10 北朝鮮の外交関係(2014年現在)
表2-1 金正日と金正恩の後継プロセス比較
表3-1 日本政府が認定した拉致被害者(2016年10月現在)
表5-1 北朝鮮のメディア環境に関する調査結果(2010年)
表5-2 平壌の市場での販売価格(2011年)
表6-1 歴代の首相と内閣
表6-2 歴代の最高人民会議代議員選挙
表7-1 主な出来事と韓国人訪朝者数の変動(月別)
表コラム 金剛山と開城への観光客の数
表7-2 韓国人の持つ「統一」に対する意識
表7-3 東西ドイツと南北朝鮮の比較
表8-1 金正日の外遊

年表1-1 北朝鮮の考えるバルカン半島と中東諸国の教訓
年表1-2 金正恩の軌跡
年表2-1 北朝鮮解放・建国期の動き
年表2-2 金正日後継決定と国際情勢
年表2-3 金正恩への後継内定から公式化まで
年表2-4 公式化直後から活発に活動を始めた金正恩
年表3-1 米ソの雪解けと日朝関係(1950年代)
年表3-2 デタントと日朝関係
年表3-3 冷戦終結と日朝関係
年表3-4 北朝鮮の政策変化と日朝首脳会談
年表7-1 デタントと南北関係
年表7-2 冷戦終結と南北関係
年表8-1 金正恩・習近平体制初期の中朝関係
年表8-2 冷戦終結と中朝関係
年表9-1 冷戦終結と第1次核危機
年表9-2 第2次核危機とミサイル開発をめぐる主な動き

 

礒〓 敦仁 (著), 澤田 克己 (著)
出版社 : 東洋経済新報社; 新版 (2017/1/13)、出典:出版社HP

新書870テレビに映らない北朝鮮 (平凡社新書)

北朝鮮が内包する断層を描く

著者ならではの女性的な視点やイマドキな表現が散りばめられており、ディープな内容ではありますが、読み進めやすい文章になっています。一次情報は説得力が違います。ちょっと違った目線でとらえた北朝鮮が見えてきます。

鴨下 ひろみ (著)
出版社 : 平凡社 (2018/3/15)、出典:出版社HP

テレビに映らない北朝鮮●目次

はじめに

第1章 不機嫌な独裁者
1 私が見た金正恩
「1号行事」/もう一歩で”ぶら下がり”取材
2 ロイヤルファミリー
複雑な家系図/日本生まれのファーストレディー
3 金正日の死と後継体制
三人の息子/「特別放送」の日
4 伏せられる出自
未公開の生年/金正恩を知る「料理人」/指導者就任時に語っていた「理想の北朝鮮」
5 血のつながった兄と妹
表に出る王女/表に出ない兄
6 異母兄との確執
父に尽くした長男/弟の嫌がらせ/数秒の犯行
7 金正恩の”おい”
正男の息子/ハンソル直撃
8 張粛清と恐怖政治の始まり
電撃解任/叔父に死刑判決/140人を粛清

第2章 軌道に乗れない「Jong-Un’sDream」
1 夢の摩天楼「ピョン・ハッタン」
「敵の脳天に下した歴史的勝利」/合言葉は「万里馬」
2 その新ターミナル、本当に手作りだった
まさかの専用機/飛行機好き
3 体育強国の幻想
サッカーの英才教育
4 36年ぶりの朝鮮労働党大会
締め出された外国記者/「永遠の委員長」
5 軍事パレード―北朝鮮の覚悟の怖さ
携帯、パソコン禁止/盛大なパレード、経費負担は住民側
6 肝いりのスキー場と豪華ホテル
スローガンになったスキー場/見た目は豪華なホテル、でも
7 北朝鮮はどう外貨を稼ぐか
美術館に「ヤワラちゃん」の絵/銅像ビジネス

第3章 平壌の知られざる日常
1 北朝鮮式スマホ
写メも流行/金正恩のスマホは台湾製
2 平壌の地下鉄
シェルター兼ねる駅/新車両に乗ってみた
3 「金正日ジャンパー」を作ってみた
ファッションリーダー・李雪主/オーダーメイド
4 ウズラにナマズー金正恩御用達レストラン
巨大船上レストラン/ナマズ養殖場/すっぽん養殖場で金正恩が激怒/北朝鮮の定番グルメ

第4章 統制強化と地方格差
1 エリート教育の光と影
徹底した「指導者崇拝」/科学エリート養成/サイバー攻撃能力はハイレベル/「青年重視」というデマゴーグ
2 北側から板門店をみる
冷戦の最前線「軍事境界線」/神経尖らせる「南の宣伝放送」
3 電力不足はこれで解消
街を覆う太陽光パネル/メタンガスの威力
4 元山と万景峰号
万景峰号の今/青少年育成の美名
5 監視下での取材
案内人という名の監視役/TBS記者が一時拘束/あわや追放、ヒヤリとした瞬間/BBC記者追放と統制強化/恐怖の人質外交
6 「白米と肉のスープ」はどこに―地方との格差
墓参取材で見た地方の射状/「白米と肉のスープ」の約束/太陽政策の夢の跡、寂れた金剛山観光/観光は”ご褒美”

第5章 北京で見たノースコリア
1 中朝=特殊な関係
血盟関係も今は昔、急速に広がる北朝鮮締め出し/北朝鮮にとっての命網
2 謎の北京の北朝鮮大使館
中国の中の北朝鮮/生活感たっぷり
3 素朴な大使館の運動会
好成績は忠誠の証/盛り上がる駐在員たち
4 モランボン楽団「追っかけ」をやってみた
金正恩直属の美女楽団/突然の異変
5 出稼ぎ労働者のレストラン
売りは女性ウエイトレス/海外でも思想教育は徹底

おわりに―裸の王様か、独裁者か……正恩体制の行方

協力・フジテレビジョン

鴨下 ひろみ (著)
出版社 : 平凡社 (2018/3/15)、出典:出版社HP

はじめに

戦争の時の空襲警報とは、こんな音なのだろうか。その音の響きは、人を不安に陥れる。
「ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射された模様です。頑丈な建物や地下に避難してください。対象地域は……」
2017年8月29日午前6時02分、北朝鮮のミサイルが北海道の上空を通過し、全国瞬時警報システム(Jアラート)が沖縄県以外の広域で初めて発動された。テレビ画面が一斉に国民保護に関する情報と題された「Jアラート画面」に切り替わる。朝のニュースの時間帯だったが、そのままミサイル発射の緊急特番に突入した。
私も緊急連絡を受け、直ちにテレビ局に向かった。
6時6分、ミサイルは北海道から太平洋へ通過。
6時12分、ミサイルは襟裳岬東方の東約1180キロの太平洋上に落下。
時々刻々とミサイル情報が伝えられる。
避難対象地域ではサイレンが鳴り、防災無線を通じて避難が呼びかけられる。住民たちは突然の事態に戸惑う。発射から通過までは、わずか10分程度。いったい、どのように身を守ればよいのか。
北朝鮮のミサイルが日本に飛来し、着弾する―それまで空想していたものが、手触り感のあるものになりつつあることを、日本中が実感した出来事だった。
金日成から金正日へ、そして金正日から金正恩へ。代替わりのたびに独裁体制崩壊の可能性が取り沙汰されてきた。
だが、3代世襲は今なお揺るがない。

北朝鮮はこの間、核開発をカードに国際社会を揺さぶり続けてきた。核施設凍結と見返り支援を決めた米朝枠組み合意(1994年)、北朝鮮と日米中韓露の関係国が北朝鮮の核問題を話し合った6カ国協議(2003年開始)など、国際社会の取り組みは結局、北朝鮮にとって核開発への時間稼ぎに過ぎなかったのだ。金正恩体制に入り、弾道ミサイル開発はより速度を増す。
その金正恩を、私は計5回間近で見た。いずれも北朝鮮が海外メディアを招き取材させる祝賀行事の場だった。北朝鮮にとっては格好の宣伝の機会であるにもかかわらず、金正恩は仏頂面だ。時折見せる笑顔の陰にも、不機嫌さが貼り付いている。
不機嫌な独裁者―私は金正恩にこんな印象を抱いた。

北朝鮮、特に金正恩に対する情報は、日本だけでなく国際社会に氾濫している。しかし、そのうち、どれだけが検証に耐えうるものか……。本書では、私が実際に見て、触れて、「これこそが、北朝鮮の実像だ」と信じられるものだけを記そうと試みた。
17年末、この文章を書いている最中にも、金正恩は国際社会を振り回している。国際社会にあふれる情報からはそう見える。

しかし、ふと思うことがある。実際は、金正恩自身が最も恐怖に苛まれているのではないか。国際社会、安全保障、戦略などといった洗練された言葉ではなく、追い詰められた人間が抱く感情を読み解くことによって、北朝鮮を理解する必要があるのではないかと–。
幼少期をスイスで過ごし、在日朝鮮人の母親を持つ彼は、国際社会から北朝鮮がどう見えるか、言われなくてもわかっている。だから高層マンションや新空港などの建設にこだわるのだろう。北朝鮮を見た目だけでも国際水準に近づけたい。しかし、すべてが金正恩の思うように進むわけではない。そのジレンマが解消されない限り、彼の不機嫌は消えない。

私は大学で朝鮮語を学び、フジテレビの記者として1990年から2016年に計3回にわたって北朝鮮を訪問し、この国をウォッチしてきた。
最初の訪朝だった1990年、平壌中心部の夜は灯りがほとんどなく、人影もまばら。ポツンポツンと灯されたかすかな光の下で懸命に本を読んでいた少年の姿が忘れられない。
その後も、北朝鮮での祝賀行事などの取材のため、かの地にわたり、その多くはフジテレビのニュースや、インターネットサイト・ホウドウキョクの番組「鴨ちゃんねる」(2015~7年)で特集し放送してきた。本書では現地での北朝鮮取材を中心に、北朝鮮が内包する「断層」を再現しようと試みた。

日本人の多くは北朝鮮に対し、「何をしでかすか予測不能」「閉鎖国家」「怖い」といったイメージを持つ。一方の北朝鮮住民は「金正恩への絶対的忠誠」を徹底的に叩き込まれている。「自分たちが国際社会から孤立しているのは、アメリカのせいだ」と本気で信じている。日本やアメリカを敵視せよ、と教育され、住民同士が互いに監視し合っている。
だが、実際に北朝鮮住民の息遣いを感じれば、違った側面も見えてくる。
彼らは特別、力が強いわけでもなく、抜群に知能が優れているわけでもない。「外国人を見れば外貨をもぎ取れ」と教えられているわけでもない。彼らの率直な思いや日常生活の中で感じている喜びや悩みに触れてみれば、それは明らかに、北朝鮮当局が発信する「対外的な宣伝文句」と異なることがわかる。

日本国内にいながら抱く北朝鮮住民像と、実際に向こうに住む人たちのイメージのギャップが、あまりに大きい―私は北朝鮮を訪問するたび、このことを実感した。本来、一般庶民は、我々と変わらない普通の人たちだ。北朝鮮特有の価値観や体制による制約が、彼らを異質な存在にさせているだけなのだ。
周辺国に脅威を与えていても、彼らの目から見れば、周辺環境はまた違ったように映る。

世界の最貧国であり弱小国家である彼らが生き残るための処方箋―金ファミリー、中でも金正恩にとっては、それは核開発だった。だが、北朝鮮住民にとっては別の処方箋があるはずだ。これを突き詰めていくことが、今必要なのではないか。それは北朝鮮を等身大に理解し、彼らを国際社会に引っ張り出すためのカードを探し出すことにほかならない。
「不機嫌な指導者」の思考回路はどうなっているのか。どんな理想像を描き、国際社会とどう折り合いをつけようとしているのか―テレビには映せなかった、あの話、この話を惜しまずに書き、その断面を描いてみたい。
なお、本文では敬称を略した。写真は筆者撮影のほか、フジテレビの取材映像(熱田信、久保田晃司、永田耕一カメラマンらが撮影)から引用した。

鴨下 ひろみ (著)
出版社 : 平凡社 (2018/3/15)、出典:出版社HP

北朝鮮はいま、何を考えているのか (NHK出版新書 537)

北朝鮮の今後の見通しと問題解決へのシナリオを提示

朝鮮半島を歴史的・地政学的背景のもとで視界を広く取って見ようとする本です。歴史的文脈・思想で北朝鮮政治を読み解くことができ、入門書・教科書として非常に役立ちます。

平岩 俊司 (著)
出版社 : NHK出版 (2017/11/29)、出典:出版社HP

はじめに

二〇一七年十一月、アメリカのトランプ大統領は日本を皮切りに、韓国、中国、そしてベトナム、さらにはフィリピンを訪問し、ベトナムではアジア太平洋経済協力会議(APEC)、フィリピンでは東アジアサミットに出席した。トランプ大統領の初のアジア歴訪では、核・ミサイル問題で緊張を高める北朝鮮問題が重要な焦点の一つであったが、北朝鮮は歴訪にあわせるかのように、最初の訪問地である日本に到着するまさにその日(十一月五日)、朝鮮労働党機関紙『労働新聞』で「トランプのような『ならず者』がいつ、どんな妄動に走るか誰にもわからない。これを防ぐ方法としては、絶対的な物理的力で制するしかない」「破滅を免れたいなら、むやみに口を開くな」としてトランプ大統領を牽制した。

一方、トランプ大統領は、到着した米軍横田基地で演説を行い、日米同盟の重要性を強調しながら、「どの独裁者もどの独裁政権も、アメリカの決意のほどを軽視してはならない」として北朝鮮を牽制した。報道によれば、日本到着前に大統領専用機内で同行記者団のインタビューを受け、アジア歴訪中に「プーチンと会う予定」「北朝鮮についてプーチンの手助けが欲しい」と話したという。初のアジア歴訪の重要なテーマが北朝鮮問題であり、目指すところが訪問先の日本・韓国・中国・東南アジアに加え、ロシアを含めた国際的連携にあることは間違いない。改めて指摘するまでもなく、トランプ大統領の初のアジア歴訪前、北朝鮮の核・ミサイル問題をめぐる緊張はピークに達していた。

二〇一七年九月三日、北朝鮮は六回目の核実験を行い、「金正恩朝鮮労働党委員長が核兵器研究所の水爆を視察」したと報道し、この核実験が大陸間弾道ミサイル(ICBM)搭載用の水爆実験であることを明らかにした。国際連合安全保障理事会は、九月一一日に北朝鮮への「繊維および衣類製品の輸出禁止」と、北朝鮮に対する「原油・精製油の輸出上限制」を骨子とした国連安保理決議第二三七五号を満場一致で採択。当初アメリカが考えていた原油の全面禁輸に関しては、中国とロシアが慎重だったこともあり、全会一致での採択を優先するために見送りとなったが、原油を初の規制対象としたことで、北朝鮮の次の行動如何によっては、この部分に手を加えるという、ある種のイエローカードにあたる内容だった。

それに対して北朝鮮は反発。採決四日後の九月一五日には、前月二九日に続き、日本列島上空を通過する中長距離弾道ミサイルを発射した。日本・アメリカ・韓国はただちに国連安保理の緊急会合を要請し、北朝鮮を激しく非難。一九日には、アメリカのトランプ大統領が国連総会の場で初めて一般討論演説を行い、北朝鮮を「ならず者国家」、金正恩委員長を「ロケットマン」と呼び、北朝鮮が先制攻撃を行った場合は「北朝鮮を完全に壊滅するほか選択肢はなくなる」と述べて、核開発をやめるよう強い警告を発した。

しかし二日後の二一日、今度は北朝鮮の金正恩委員長が、先のトランプ大統領の発言に対抗するかたちで、「史上最高の超強硬な対応措置の断行を慎重に考慮する」と初めての自分名義の声明を発表。「対応措置」の真意を問われた北朝鮮の李容浩外相が「太平洋上での水爆実験を意味するのではないか」と答えるなど、その後も米朝双方が威嚇の応酬を繰り広げ、予断を許さない状況が続いている。

一触即発の米朝関係—そんな情勢を見て、一般の人がまず考えるのは、「北朝鮮の若い指導者は大丈夫か」という思いではないだろうか。つまり、気まぐれや経験不足から、戦争を引き起こすなどの常軌を逸した行動をとるのではないのかという不安だが、それは正しくない。核にしてもミサイルにしても、北朝鮮は思いつきで行動しているわけではなく、彼らなりの合理的な—もちろん、世界が受け入れられるものではないが—論理がある。それぞれの実験では常に目標を設定し、用意周到に準備したうえで、アメリカをはじめ中国・韓国・日本などの周辺国に最もインパクトを与えられる機会を狙って強行している。国際社会の声を無視して核・ミサイル実験を繰り返すのは、金正恩が「若くて経験不足の独裁者」だからではなく、北朝鮮という国家の明確な方針であり、目標なのである。

となると、「金正恩は交渉可能な相手なのか」という問いが出てくるが、それに対しては「そう見るべきだ」と私は思っている。彼らには彼らなりの緻密な考えや計算があり、決して場当たり的にやっているわけではない。だからこそ彼らの行動論理を理解したうえで、彼らの行動の真の意味と目的を把握する必要がある。もちろん彼らの論理に付き合うことはできないが、少なくとも常軌を逸した思いつきの行動ではないことを前提にして彼らに向き合う必要がある。

経済制裁を科されても、残念ながら国際社会には多くの抜け道がある。だからどんなに圧力をかけられても、自分たちが目標としている核・ミサイルの開発(アメリカ本土に届くICBM)を優先する。もちろん、そこにはアメリカが軍事行動に出るレッドラインを越えない保証はないので、ギリギリの見極めをしているのは間違いない。大事なのは、表面的に見ると理解しにくい北朝鮮の行動をすべて若い指導者のパーソナリティーに帰して説明し、「金正恩は何を考えているかわからないし、何をするかわからない」という見方に陥らないことだ。

詳細は本編で詳しく触れるが、一見不条理と感じられる行動も、北朝鮮の置かれている状況を整理し、北朝鮮の立場に立って彼らの考え方、価値観を前提に分析すれば、その思惑が見えてくる。もとより国際社会がそれをそのまま受け入れられるはずはないが、少なくとも北朝鮮の思惑がどこにあるかを把握したうえで、北朝鮮が「交渉・対話」のテーブルに着くよう働きかけなければ、かりに北朝鮮が交渉テーブルに着いたとしても、議論はすれ違い、交渉それ自体が意味のないものになってしまう。

では、核戦争の危機すら叫ばれるいま、どうすれば彼らの行動を止められるのか。本書の第一章ではまず、二〇一七年に入ってから緊張を高めている北朝鮮情勢の現状を、アメリカ・日本・韓国、そして中国・ロシアを加えた国際関係の力学を軸に解説し、問題のポイントを明らかにしていく。
そのうえで第二章から第四章をとおして、北朝鮮をめぐる三つの論理—①なぜ独裁体制を続けられるのか、②なぜ核・ミサイルに固執するのか、③なぜ国際社会を翻弄するのか—についての読み解きを行い、第五章で日本の北朝鮮との向き合い方を論じたい。日本に対する拉致問題も含めて、北朝鮮がとる不可解な行動の根本にあるのは、常にアメリカの存在である。冷戦終焉に際して「崩壊寸前」では、と言われたこともありながら、政権発足七〇年以上の長きにわたって体制を維持してきた金日成・正日・正恩の三代にわたる「対アメリカ戦略」をたどり、今後の動向を探れればと思う。

北朝鮮はいま、何を考えているのか—。危機の只中にあるからこそ、慎重かつ丁寧な視点で現状をとらえていただければと願っている。

平岩 俊司 (著)
出版社 : NHK出版 (2017/11/29)、出典:出版社HP

北朝鮮はいま、何を考えているのか 目次

はじめに

第一章 世界は暴走を止められるか
核・ミサイル問題の現状
圧力路線は功を奏するか
アメリカの三つの誤算
中国とロシアの思惑
暴走を止める二つの方法
「凍結」したとき世界は―
危機を回避するために必要なこと

第二章 なぜ独裁体制を続けられるのか
攻撃性と脆弱性を併せ持つ国家
金日成時代の国際関係
朝鮮戦争の時代
中ソの影響力を排除したい
主体とは何か
主体から主体思想へ
首領論の誕生
金正日時代
天安門とチャウセスク処刑の衝撃
軍を国家大に拡大させる
そして正恩が登場した
ナンバー2ポストの新設
張成沢事件の意味
三六年ぶりの党大会の意味
金正男殺害事件
体制の強靱性

第三章 なぜ核・ミサイルに固執するのか
核に対する純粋な野望
対米安全保障のお守り
インド・パキスタンもやっている
第一次核危機
無力だった中国
開戦寸前
米朝合意枠組み
Anything But Clinton
第二次核危機
多国間協議の準備を始めた中国
約束された北朝鮮の核放棄
安全地帯と化した六者協議
オバマ政権誕生とミサイル
うるう合意
強盛大国の大門を開く

第四章 なぜ国際社会を翻弄するのか
南を解放する戦い
朝鮮革命の主要な敵
朝鮮半島対立構造の認識のズレ
南北共同声明と高麗民主連邦共和国
ラングーン事件
オリンピック南北共催の挫折
大韓航空機爆破事件
南北基本合意書金大中による太陽政策
各国の足並みの乱れ
「六・一五共同宣言」と「一〇・四合意」
「非核・開放・三〇〇〇構想」
民族の凝集性
日米韓三カ国協力の構造
朴槿恵政権の対北政策
中国に対する「二つの誤解」
フェードアウトするソ朝関係
ロシアにとっての朝鮮半島問題
北朝鮮ははたして外交巧者なのか

第五章 日本は北朝鮮とどう向き合うべきか
北朝鮮にとっての日本
日本における北朝鮮イメージ
日朝国交正常化交渉
北朝鮮との関係正常化の意義
小泉訪朝の意味
拉致問題と日朝平壌宣言
米朝協議と日朝協議の温度差
DNA鑑定をめぐって
金正恩政権の対日姿勢
ストックホルム合意
拉致問題をめぐる国際協力
「拉致問題、核問題、ミサイル問題の包括的解決」をめざして

おわりに
北朝鮮と世界の動きの略年表

平岩 俊司 (著)
出版社 : NHK出版 (2017/11/29)、出典:出版社HP

北朝鮮現代史 (岩波新書)

抗日闘争の時代から金正日による先軍政治までの激動の歴史を解説

著者は金正日の白頭山誕生神話の真相を我々に知らしめる一方、北朝鮮を擁護する数々の発言でも知られています。本書ではこの国の様々な負の面を捻じ曲げずに記述しています。
朝鮮民主主義人民共和国に関心がある人には一読の価値がある一冊です。

和田 春樹 (著)
出版社 : 岩波書店 (2012/4/21)、出典:出版社HP

まえがき

「北朝鮮が謎の国と見られるようになったのはそれほど昔のことではない。……北朝鮮が謎の国である以上、真実を知りたいと思う気持ちは自然である」。
私がそういう人々の思い—それは私の思いでもある—にこたえるつもりで著書「北朝鮮遊撃隊国家の現在』を書いて、上梓したのは、一九九八年三月のことであった。金日成の死から四年が経過して、金正日の体制がはっきり現れる時点であった。だが、その新しい体制、言いかえれば金日成死後のその国の体制変化をとらえることに、私は失敗してしまった。「遊撃隊国家」が継承されたと書いたが、それはすでに終わっていたのである。
数カ月後、私がそのことをソウルのシンポジウムで説明し、金正日の新しい体制を「正規軍国家」とみると報告したとき、韓国の研究者たちは「遊撃隊国家」が続いているという見方の方が妥当だと言い、私の新しい考えを支持してくれたのは、私の学生だった徐東晩だけだった。
出したばかりの本を修正するのはぶざまなことである。しかし、やむをえない。この本の韓国語訳が二〇〇二年に出たとき、私は補説を書き加えて、本の副題を「遊撃隊国家から正規軍国家へ」と改めた。

自分の研究の不十分さを別にして言えば、北朝鮮の現在を読み解くことはかくも難しいとあらためて思い知らされた経験であった。北朝鮮は内部情報を完全に秘匿することに成功している例外的な国家である。北朝鮮の現在について知りうる良質の内部資料は得られない。その事情は金正日死去という北朝鮮史の大転換期を迎えたいまも変わりがない。
一四年前の先の本では、私は、そういう北朝鮮を知る第一の方法は「歴史的に考える」ことだと指摘した。内部資料がある時期の歴史を研究して、内部資料がない現在の体制を推測する必要があるということである。一四年前は北朝鮮の出版物が基本的に見られるソ連占領期が手がかりになる時期だった。
さらに私は、第二の方法として、現在の体制を考えるのに「モデル分析」をとることが必要だと指摘した。北朝鮮の体制を理解するのに研究者はさまざまなモデルを採用して、その適合性を検証してきた。日本天皇制の国体と北朝鮮のチュチェ(主体)の類似性に注目したカミングスの「コーポラティズム国家」論、社会主義と儒教的伝統の「共鳴」を本質とする鐸木昌之の「首領制」論が代表的なものである。私が構築したのが第三のモデル、「遊撃隊国家」論だった。モデルを採用すれば、その有効性を検証し、有効ならばそのモデルによって資料の空白の部分を推定する。モデルを念頭に置きながら、朝鮮労働党の機関紙『労働新聞』や理論誌『勤労者』、指導者の著作集を精読することが最も重要で、その上で、ソ連・東欧の国家社会主義体制との比較研究、指導者の系列、派閥、人事異動への注目、もれてくる内部情報の活用などが併用されなければならない。今日もこのような方法が引き続き有効であり、さしあたり、これに付け足すことはない。

一四年間に大きく変わったのは、ソ連・東欧社会主義体制の終焉の結果が本格的に現れ、質の高い内部資料を入手しうる北朝鮮の過去の時代が大きく拡大したことである。いまでは一九四五年の解放とソ連占領の開始から北朝鮮の基本的体制、国家社会主義体制が確立される一九六一年までの歴史は、ほぼ十全に明確な歴史像が得られるようになったと言っていい。
北朝鮮史の前史になる満州での抗日武装闘争史については、一九九二年の私の著書『金日成と満州抗日戦争」がすでに基本的な歴史像を与えている。その本で私が依拠したのは改革開放以後の中国の歴史家の新研究であったが、彼らは中国共産党の文書資料を研究していた。その文書資料は六〇冊余の内部発行資料集、「東北地区革命歴史文件植集」(一九八八~九一)となって公刊されたが、もとより私が利用できたのは一九九二年の本を書いてからであった。しかし、この資料集の中の金日成にかんする最も重要な記述は、あらかじめ中国の歴史家のノートによって私に知らされ、私の本にとりこまれていたのである。その記述を私の著書から引用することも含めて、それまでの神話的な歴史像を書き換えた「金日成回顧録世紀とともに』全八巻(一九九二~九八)も刊行された。本書では、新たに知られた金日成の父の友人製敏洙の回想を取り入れたぐらいで、この部分の修正は基本的にない。

一九四五年の解放から四八年の建国にいたる時期については、朝鮮戦争のさいの捕獲北朝鮮資料が一九七〇年代にアメリカで公開され、第一の資料となっていた。そこに戦争前の北朝鮮の基本的出版物がそろっていたのである。この資料を体系的に使ったのはチャールズ・アームストロングの「北朝鮮革命一九四五~五〇」(101)である。しかし、ソ連終焉期になると、韓国の若い研究者金聖甫、田鉱秀、奇光舒らがモスクワでソ連占領軍の文書資料を系統的に調査して、その成果をつぎつぎに発表した。田鉉秀のモスクワ大学博士論文は九七年に出たし、金聖甫は韓国で北朝鮮土地改革の研究を二〇〇〇年に出版した。韓国の研究者がロシアの文書館で発見した最も重要な資料は朝鮮共産党北部朝鮮分局の機関紙「正路」全号である。私もモスクワでこの新聞の幻の創刊号と感激の対面を果たした。この資料は本書の叙述にとりこまれている。

朝鮮戦争については、スターリン、毛沢東、金日成の往復書簡などの極秘文書が一九九四年にソ連から韓国に渡され、一九九六年にはアメリカの冷戦史国際プロジェクトの努力で、これがすべて利用可能になった。私はこの資料を他の中国の資料などと合わせて分析し、『朝鮮戦争全史』を二〇〇二年に出版した。その後明らかになった最も重要な資料は一九五二年のモスクワでのスターリン、金日成、朴憲永の問答の記録である。
戦後の復興期、社会主義建設期については、ロシア人ランコーフがソ連外務省の文書を使って、五六年の反対派について先駆的な論文を九五年から発表し、以後も研究をつづけて最新の本、『一九五六年八月―北朝鮮の危機』(二〇〇九)にいたっている。だが、二〇〇〇年代に入って、一九五三~五七年のソ連共産党中央委員会外国共産党連絡部資料が公開されマイクロフィルム化されたものを下斗米伸夫が発見するに及んで、研究が大いに進むことになった。下斗米はこの資料を使って、二〇六年、『モスクワと金日成一九四五~六一』を刊行した。この本はあまりに誤りが多く、テキストとしては依拠できないが、資料ガイドとして役にたつ。他方で韓国の中央日報系のKデータベースが五〇年代のソ連外務省の文書を獲得し、ネット上で公開している。二つの資料群を合わせると、一九五五~五八年のソ連大使の日誌をもれなく見ることができる。
一九四五年より一九六一年までの時期については、北朝鮮の新聞雑誌、それに労働党中央委員会発行の「決定集』(一九四五~五六)に基づいて、体系的に書き上げた徐東晩の著書『北朝鮮社会主義体制成立史」二〇〇五)が最も基本的な研究である。

というわけで、ここまでは北朝鮮の歴史はほぼ解明できるようになった。しかし、六〇年代に入ると、ソ連の大使館も北朝鮮の内部情勢がわからなくなる。ソ連・東欧・中国・ベトナム・キューバの大使たちは集まって、意見を交換するが、誰も飛び抜けた情報をもっていない。この段階以降のことについては、いまや平壌の旧東ドイツ大使館の資料が最も重要視されている。そこに特別の情報があるというわけではないが、文書資料がドイツ連邦共和国に受け継がれ、全面的に整理・公開され、最も利用しやすいからである。ドイツ人の研究者ベルンド・シェーファーがこの資料を使って、基本的に一九六六~七五年の時期についてすでに三本の論文を発表しているが、北朝鮮独自の体制が生まれる六〇年代後半の決定的時期について、ヒントになる資料を私もベルリンで発見した。

一九七〇年代以降は内部資科が得られない時期である。その面では亡命者の証言がたよりになる。八〇年代はじめに亡命した、労働党対外情報調査部副部長であったといわれる申敬完の証言は鄭昌鉉が記録して、彼の本に紹介している。邦訳は「真実の金正日――元側近が証言する』(二〇一)である。彼は六〇年代末から中央委員会で働きはじめたと言われ、そのころからの情報に価値がある。一九九七年に亡命した党書記黄長雄の証言は研究者にとって最も興味ひかれるものである。彼は韓国でいくつかの本を書いた。しかし、重要な証言をすることを避けたままに死んだという印象である。彼の本から得られる情報は残念ながら多くない。私は亡命後一度も会う機会がなく過ごしたのを残念に思っているが、彼が自由に話してくれたかどうかは疑問である。
というわけで、一九六一年までの内部資料に基づく歴史認識に立脚して、モデルをつくり、公式資料によって、それを検証するという作業によって、私は本書を書いた。叙述は政治・外交にかたより、民衆の生活はほとんど出てこないものとなっている。それは資料や分量の制約というよりは、著者の研究のレベルの反映である。

本書以前に書かれた北朝鮮史の叙述としては、韓国では、金学俊の「北朝鮮五十年史――「金日成王朝」の夢と現実』(一九九七)と金聖甫・奇光舒・李信微「写真と絵で見る北朝鮮現代史』(1010)をあげることができるし、日本では、小此木政夫編著「北朝鮮ハンドブック』(一九九七)と、平井久志「なぜ北朝鮮は孤立するのか――金正日破局に向かう「先軍体制」』(1010)をあげることができる。平井の本はひどいタイトルをつけられているが、金正恩への移行期について書いたもう一つの本とともに、信頼しうる本である。
本書がこれらの先行の業績に新しいものを付け加え、北朝鮮をよりよく認識する一助となってくれればうれしい。

和田 春樹 (著)
出版社 : 岩波書店 (2012/4/21)、出典:出版社HP

<著者略歴>

和田春樹
1938年大阪に生まれる.東京大学文学部卒業,東京大学社会科学研究所教授,所長を経て、現在,東京大学名誉教授、東北大学東北アジア研究センター・フェロー専攻はロシア・ソ連史,現代朝鮮研究
主著に『ニコライ・ラッセル――国境を越えるナロードニキ」(上・下,中央公論社)、『歴史としての社会主義』(岩波新書),『テロルと改革アレクサンドル二世暗殺前後』(山川出版社)、『ある戦後精神の形成1938-1965』(岩波書店),『日露戦争起源と開戦』(上・下,岩波書店),『日本と朝鮮の一〇〇年史』(平凡社新書)ほか

和田 春樹 (著)
出版社 : 岩波書店 (2012/4/21)、出典:出版社HP

拉致と核と餓死の国 北朝鮮 (文春新書)

北朝鮮で何が起きているのかを独自に分析

この本は、朝鮮問題のエキスパートで、かつて、『赤旗』の特派員として、平壌で生活した体験を持つ萩原遼氏が、自分と朝鮮の関わりを回想した第一章に始まり、小泉首相の北朝鮮訪問についての厳しい総括と、北朝鮮で起きた飢餓の原因についての分析を展開しています。幅広い方に読まれていい著作です。

萩原 遼 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2003/3/20)、出典:出版社HP

まえがき


昨年(二〇〇二年)の八月三十日のことだった。私が名誉代表の一人をつとめる「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」(山田文明代表)が支援している在日朝鮮人帰国者の裁判の判決の日であった。愛知県岡崎市から朝鮮総連の甘言にだまされて北朝鮮に渡り、夢破れて命がけで三十八度線を突破して韓国に脱出した金幸一さんが原告となって朝鮮総連の責任を問う裁判である。朝鮮総連のおどしに怯えたのか三輪和雄という裁判長は実質的な審議に入らず、時効で逃げる門前払いの判決であった。

傍聴券の抽選のため並んでいるとき顔見知りの記者が「いま本社から入った緊急連絡」として、「九月十七日に小泉が平壌に行き金正日と会談する」と教えてくれた。その日から私の身辺もにわかにあわただしくなった。九・一七以降は文字どおりほんろうされた。
そのとき私は、二年あまりアメリカに滞在しながら九〇年代の北朝鮮とアメリカの関係を調べていたが、裁判傍聴を含めて二週間の予定で一時帰国中であった。早くアメリカに戻って調査のけりをつけたいとあせったが、連日のマスコミへの対応や雑誌執筆などで帰れないまま三ヵ月あまり過ぎた。
そんなとき、文藝春秋の文春新書編集長の浅見雅男さんから本書の執筆を勧められた。浅見さんは私がためらっているのを励ますためか「広い意味のエッセーでもいいですから」といわれた。私の気持ちが軽くなると同時に、パリで会った成惠現さんという北朝鮮からの亡命女性が心をよぎった。小学生のときの一九五〇年に、革命家の両親に連れられて韓国から北朝鮮に移住した人である。新生の社会主義国である朝鮮民主主義人民共和国のために両親もご自身もすべてをなげうって献身したあげくに夢破れて一九九六年に亡命の道を選んだ。いまもヨーロッパのどこかでさまよっているはずである。

金日成・金正日親子ほどおびただしい人々をだまし、夢を破り、破滅させた例は歴史にも珍しい。息子金正日は、九〇年代に入って、国を完全に破綻させ、自分の生き残りのために三百五十万人もの自国民を餓死殺人するという稀代の奇策で乗りきった。私がいまアメリカで研究しているテーマもまさにそれである。成惠最さんと金親子の過去六十年近い流れの中でいま進行している日朝関係を考えるというヒントを浅見さんが与えてくれた。


拉致の事実を金正日は自供した。悔い改めたからではない。自身の生き残りの策略として。しかし拉致が行われたというその事実に日本人は驚愕した。むりもない。六十年近く平和な島国に生きていて、外国の特殊部隊に襲われるなど夢にも思わなかった。それが現実におこなわれたということを知ったとき人々の意識は急速に変わる。
朝日新聞や岩波書店の雑誌『世界』、和田春樹などの北朝鮮シンパたちが唱えてきた「拉致はない」「疑惑に過ぎない」などという妄言が完全な虚偽であったことが判明して、彼らの周章狼狽ぶりは見苦しいほどである。第二次大戦後、戦犯がきびしい指弾を受けたように、人の命をもてあそんだ彼らの言行がきびしい審判を受けるのは当然である。しかるにこの期におよんでも朝日新聞は、拉致究明の世論を「不健康なナショナリズム」(二〇〇三年元旦号社説)と呼ぶ。戦前の軍国主義への嫌悪感がまだ強く残っている日本国民に媚を売って風圧をかわそうとするものだ。北朝鮮と朝鮮総連が、拉致究明の日本世論を、かつての日本軍国主義の復活だとか国家主義と呼び、「反日感情」をあおって逃げ切ろうとする動きと軌を一にする。

いま日本の朝日新聞や和田春樹などの親北朝鮮分子と北朝鮮が強調するのは、かつての三十六年間の日本による朝鮮植民地支配の事実である。このことは日朝両国が何十年もかけて真剣な検討と究明によって事実を明らかにし、日本はしかるべき謝罪と賠償をするべき行為であることはいまさら言うまでもない。だが拉致がさしせまった解決を迫られているこの時に、あえて六十年前の問題をいま解決せよという論は、拉致の解明という国民的関心に煙幕を張って覆い隠す意図があるといわれても仕方なかろう。彼らに共通する欠陥は、金正日の暦政によってすでに三百五十万人以上が殺され、いまも日々殺されている北朝鮮の民衆の惨状についてはまったく言及しないことである。そして金正日=北朝鮮国民と思いこんでいるその幼児性である。
国内でほしいままに殺人を犯す北朝鮮の独裁者であるからこそ他国の国民を平然と拉致し洗脳し奴隷として番使できるのである。この日本において拉致を糾弾し、その完全解決を要求することは、北朝鮮で圧政に苦しむ国民と連帯し、彼らとの共同闘争を展開することにつながる。


エセ言論機関や工セ知識人がまきちらしてきた誤った論は、拉致被害者家族によってただされた。二十数年間金親子に苦しめられてきた人々の北朝鮮を見る目は正確であり、そこに幻想はない。そして拉致の解決は原状回復しかない、というまっとうな主張で一貫している。家族会(北朝鮮による拉致被害者家族連絡会)とそれを支えた救う会(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会)が、苦悩の中で得た認識がいまや世論となって政府すら動かしている。
拉致一色という揶揄の声もあるが、いまの日本外交で拉致以上にさしせまった重大な案件がどこにあるのか。また救う会には右翼がいるといって忌避する声もあるが、拉致の解決は国民的課題である。右も左もない。私は過去五十年近く日本共産党員として活動し、うち二十年は赤旗記者として共産党本部で働いた。そのことを誇りとして生きている。思い出すのは戦前の中国の国共合作である。銃火を交えたがいに殺しあった敵どうしの国民党と共産党が「抗日」の一点で大同団結したことである。いまこの日本で生まれつつある北朝鮮の国家犯罪と対決する国民戦線に拉致解決の一点で団結し、左右を問わず、思想信条を問わず、心あるすべての人が結集することが望ましい。

この本の中でまだ仮説ながら金正日による三百五十万餓死殺人について紹介した。日本国民による拉致の解決と、大量殺人容疑者金正日を糾弾することは同一線上にあると考えるからである。
革命の首脳部を攻撃する者は爆殺するというのが金正日一派のおどしの常套句である。私もつい先日六十歳半ばを過ぎた。十分に生きた。命は惜しくない。拉致された同胞を救い、金正日に日々殺されているわが愛する北朝鮮民衆を救援する中で、稀代のファシスト金正日一派のテロは覚悟のうえである。

この書を、苦しむ日朝両国の犠牲者を救い出す新たな私の闘いの闘争宣言とする。

二〇〇三年二月十二日 萩原遼

萩原 遼 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2003/3/20)、出典:出版社HP

目次

まえがき

第一章 わが青春の北朝鮮
一 遠い思い出
二 朝鮮戦争のころ
三 大阪
四 人生の転機
五 私の朝鮮の原点 尹元一
六 大阪文学学校
七 在日詩人金時鐘
八 大阪外大朝鮮語科
九 郭宗久
十 徐勝事件
十一 金思燥先生
十二 美しい歌
十三 一九六七年金日成クーデターの裏側

第二章 策謀渦巻く日朝交渉
一 春はめぐりくるか?
二 修羅場の五日間
三 「朝日」に変化のきざし?
四 「日朝平壌宣言」を検証する
五 金正日は拉致をカードに身代金交渉
六 売国のピエロ小泉首相と田中身
七 小泉は寓話の愚かなニワトリ
八 核開発を自白した金正日
九 日朝国交正常化は空中楼閣
十 朝鮮半島は紛争地、日本だけでは北と国交できない
十一 金丸信のあえない失脚
十二 和田春樹の鉄面皮
十三 朝鮮総連は拉致幇助の責任をとれ
十四 総連指導部は即退陣せよの声
十五 拉致被害者救出の「国民戦線」
十六 たたかう決意こそが
十七 おどしやすいアメリカと韓国、おどしにくい日本

第三章 仮説・金正日による三百五十万餓死殺人
一 大転換の一九八八年
二 チャウシェスク夫妻処刑のショック
三 生き残りの手段としての核
四 北朝鮮の核開発の歩み
五 アメリカをおびきだした金正日
六 仮説への試行錯誤
七 北朝鮮はなぜアメリカを脅せるのか
八 もうひとつの恐怖の仮説
九 餓死者の数字
十 抹殺の土壌は「成分」という身分制度
十一 抹殺の武器、配給制度
十二 飢餓地獄絵
十三 銀死殺人という奇策

「やがてはそうなるであろう」―あとがきにかえて、

萩原 遼 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2003/3/20)、出典:出版社HP