【最新】イスラエルについて学ぶためのおすすめ本 – 歴史、経済、政治から最新情勢まで

イスラエルはどんな国?世界が注目する理由は?

イスラエルと聞くと、パレスチナ問題やユダヤ人、ユダヤ教などを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。そんなイメージのあるイスラエルは、実は世界屈指の技術大国であったり、日本に似た教育制度を持っていたりします。ここでは、より広い視点を持って日本社会のことを考える上で注目すべき国、イスラエルについて学ぶのにおすすめの本をご紹介します。

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出典:出版社HP

イスラエルがすごい―マネーを呼ぶイノベーション大国―(新潮新書)

国際社会に対する視野狭窄を解消する

著者はドイツ在住で欧州に見識があり、日本人として日米中の利害関係を考慮した上で、イスラエルの経済について述べている。特に、中国とドイツのイスラエルに対する動きに着目することで、より広い視点から国際情報に目を向けることができる。

熊谷 徹 (著)
出版社 : 新潮社 (2018/11/15)、出典:出版社HP

 

はじめに

私はNHKで8年間記者として働いた後、1990年からドイツのミュンヘンに住み、フリージャーナリストとして欧州諸国について取材、執筆を行っている。その過程でハイテク立国イスラエルにも強い関心を持ち、2003年以来8回訪れた。なぜイスラエルなのか。その理由をご説明しよう。
21世紀に最も重要な資源は、石油や天然ガスではなく、「知識」と「独創性」だ。多くの日本人は感じていないかもしれないが、世界中で知的資源の争奪戦が始まっている。今年建国から70周年を迎えたイスラエルは、知恵を武器として成長する国の代表選手である。
このため欧米では2010年頃からイスラエルに対する関心が急激に強まっており、多くの有名企業がこの国に投資して、独創的なテクノロジーを持つ小企業を次々に買収している。今日イスラエルは、米国のシリコンバレーに次いで、世界で2番目に重要なイノベーション拠点となった。
私が注目しているのは、米国やドイツだけではなく、中国が近年イスラエルとの関係を緊密化している点だ。貿易額、投資額ともに急速に増えつつある。経済のデジタル化を進める中国は、イスラエルのテクノロジーを吸収しようと必死である。
日本では、イスラエルの変貌や、同国に殺到する欧米企業、中国企業の動きについて詳しく知っている人は数少ない。イスラエルという国名を聞くと、大半の日本人は「ハイテク大国」というイメージを抱くのではなく、まず「テロや戦争が絶えない危険な国」と考えてしまうのではないか。イスラエルにテロの危険があることは事実だが、それだけでこの国を判断することはできない。テロの危険は欧州や米国も同じことである。私は、日本人が旧態依然とした先入観にしがみついていたら、イスラエルというハイテク立国をめぐる国際的な潮流に取り残される恐れがあると感じている。日本の一部の大企業は、2017年頃からようやくイスラエルの重要性に気付き始め、資本参加や拠点の設置を始めたが、欧米や中国に比べて大幅に出遅れたことは否めない。
私は28年前からドイツで働いている。外国から定点観測を行うことの利点は、日本だけに住んでいたらわからない複眼的な思考、新しい物の見方が可能になることだ。私がイスラエルに対するドイツ・中国の強い関心や、同国のバイタリティに気づいたのも、ドイツからイスラエルを訪れ、この国について学んだからである。
私は、国際情報に対する視野狭窄症が日本社会に広がっていることに、強い危惧を抱いている。したがって本書の狙いは、イスラエルをめぐるドイツと中国の動きを追うことによって、そうした視野狭窄を克服する一助とすることにある。
2018年11月
ミュンヘンにて熊谷徹

熊谷 徹 (著)
出版社 : 新潮社 (2018/11/15)、出典:出版社HP

 

イスラエルがすごい◆目次

はじめに

第1章 中東のシリコンバレー―日本人が知らないイスラエル
東京23区に満たぬ人口しかない小国が飛躍的成長を続けている。毎年約1000社のベンチャーが起業、巨額の投資が流れ込む。そのGDP比率、世界一。この国で何が起こっているのか。

第2章 イノベーション大国への道―国家戦略と国民性
もはや米国に次ぐイノベーション大国であるイスラエル。その強力な牽引力は世界屈指の軍事・諜報関連技術だ。中核を担う超エリート電子諜報機関を解剖し、イスラエル人の精神を探る。

第3章 恩讐を超えて―関係を深めるドイツ
イスラエルに対して各国が接近を図る中、最も緊密な関係を築いたのは、ユダヤ人虐殺という悪夢の過去を持つドイツだった。いかにして両国は過去を克服し、信頼関係を構築できたのか。

第4章 急接近する中国―一帯一路だけではない
欧米からの巨額投資を呼び込む一方、アジアとの貿易強化を図るイスラエルと近年、蜜月期にあるのが中国だ。同時に中国が次々と行うドイツでの企業買収。三国の連携が生むものとは。

第5章 出遅れた日本―危機とビジネスチャンス
ドイツや中国に比べると、完全に出遅れた感のある日本の対イスラエル戦略。その原因を解明するとともに現状を報告、今後日本が取るべき道を明示する。

おわりに
参考文献

熊谷 徹 (著)
出版社 : 新潮社 (2018/11/15)、出典:出版社HP

 

文中敬称略。
為替レートは便宜上、次の値で統一しています。
1ユーロ=130円1ドル=110円

世界を動かすイスラエル (NHK出版新書)

中東から世界を見る

筆者は実際に中東の紛争地帯を歩いたNHK記者であり、直近の中東の個別の事例が詳細に綴られています。中東で起こった問題は中東の中だけに収まるのではなく、世界的な問題につながっていくということがよくわかる内容となっています。

澤畑 剛 (著)
出版社 : NHK出版 (2020/7/10)、出典:出版社HP

 

まえがき

「中途半端ではなく、やりすぎなくらいのコロナ対策を実行する」
2020年3月4日、イスラエルのネタニヤフ首相が、新型コロナウイルスの国内感染者が12人しかいない段階で、パンデミックの脅威に宣戦布告したときの言葉だ。この言葉は、イスラエルの安全保障政策からイノベーションまで、イスラエルの行動パターンをすべて言い表している。
イスラエルのコロナ対策は、現地在住者から見ても、驚くようなスピード感となりふりかまわぬ突出感があった。水際対策は、外国人の入国を拒否する「鎖国政策」を世界最速で打ち出した。国内の感染対策は、感染者などの行動を徹底して追跡・監視するため、テロ対策用の通信傍受システムを強引に導入した。さらに人工呼吸器やマスクの世界争奪戦が起こるのを見越して、対外工作活動を担うスパイ機関「モサド」を投入し、必要な医療資材を世界中から大量調達して医療崩壊を防ぐ。そしてPCR検査は、当初は日本と変わらない1日100件だったが、わずか1か月で1日1万件の検査を実施する「PCR検査大国」にのし上がり、感染拡大を抑え込んだ。「やりすぎなくらいの対策」を推し進めた結果、ネタニヤフ首相は5月4日、「初期段階のパンデミック危機は乗り切った」と勝利宣言し、イスラエルは、経済活動の大幅な緩和に踏み切るトップランナーとなった。
私がイスラエルを初めて訪れたのは四半世紀前だ。オスロ合意に基づいてパレスチナで暫定自治が始まった1994年、和平実現の期待が高まっていた頃、イスラエル占領下のパレスチナで語学研修のためにひと夏を過ごした。イスラエル・パレスチナ双方の若者たちは平和な未来への希望を語っていた。しかしその後、「第2次インティファーダ」という暴力の連鎖をへて、その希望は霧消した。パレスチナは悲願の国家樹立への展望が開けないままだが、イスラエルはテックブームの時流に乗り、世界的なスタートアップの集積地にのし上がっている。
2007年から5年間、私はNHKカイロ支局とドバイ支局の特派員として中東の紛争現場を歩いた。2012年に帰国してからは、中東を根底から揺るがす「シェール革命」を追いかけた。経済部に転籍し、日本のエネルギー政策を決める経済産業省、エネルギー業界、金融業界を取材で回った。2017年夏、東京証券取引所の兜記者クラブからエルサレム支局に異動し、中東に戻った。こんな取材遍歴の記者も珍しいだろう。
日本で中東に関わる研究者、ジャーナリスト、ビジネスパーソン、外交官、援助関係者たちはどこか風変わりな人が多い。独特な環境に適応していくうちにそうなってしまうという側面もあるが、個々の分野に凝り固まった人も多く、知識の横の交流が乏しいのが実情だ。最近、書店に並ぶ中東関係の書籍を見渡すと、スタートアップ系か紛争系に分断された「縦割り」のものばかりなのはその証左だろう。
今回、中東の政治経済、紛争、エネルギーという多様な取材をへて、自分が持つようになった「横断的な中東観」について語ってみたいという思いから筆をとった。各章では、イスラエルに軸足を置いて、最新の中東情勢をひもといていく。ハイテク技術、ユダヤの歴史、トランプ大統領の中東政策、シェール革命、キリスト教福音派、イスラエルとイランの対立などを俯瞰しながら読み進めてもらえれば、各分野が数珠つなぎの関係にあることが浮かび上がってくるはずだ。本書が、中東情勢を横断的に読み解く一助になれば幸いだ。

澤畑 剛 (著)
出版社 : NHK出版 (2020/7/10)、出典:出版社HP

 

世界を動かすイスラエル 目次

まえがき

序章「自滅」となったアラブの春
開かなかったパンドラの箱
アラブの春という大混乱
アラブの盟主の苦境
弱体化したアラブとイスラエルの接近

第1章 イスラエル、イノベーションの春
テクノロジーを目当てに接近するアラブ
紛争がイノベーションの原動力になる
「産地直送」のサイバーセキュリティ
ミサイル技術がデジタル農業に
ニューヨークが主戦場のスタートアップ
世界最古のグローバル民族
日本からの投資が増大している
イスラエルに引き寄せられる日本企業
アラブボイコットの終焉へ

第2章 エルサレムに向かうアメリカ福音派
1つ目の「棚ぼた」、エルサレム宣言
しぼむパレスチナのデモ
勢いづくイスラエル
キリスト教福音派とは
「TRUMP MAKE ISRAEL GREAT」
大使館移転法のロビイスト
エルサレムを目指すアメリカ福音派
無償の福音派ボランティア

第3章「ラスボス」イランとの確執
最前線はゴラン高原
2つ目の「棚ぼた」、イラン核合意離脱
イランは「ラスボス」
イラン最強の先兵、ヒズボラ
イスラエル包囲網の完成
「百倍返し」のなぜ?
「イスラエル・アラブ連盟」のお披露目
カショギ事件の誤算

第4章 トランプとネタニヤフ
イスラエルからの米中間選挙応援
3つ目の「棚ぼた」は、総選挙の直前
ネタニヤフの死角
宙に浮いた和平案「究極のディール」
究極ディールに向けて見切り発車
イスラエルの期待、パレスチナの不安

第5章 中東情勢を揺るがす原油価格
原油100ドル時代、アラブの春の防波堤
野心的外交の原資「ジャパンプレミアム」
原油安時代の到来
底堅かったシェールオイル
虎の子・アラムコ上場へ
イラン制裁解除、経済ブーム
イラン制裁復活で原油価格上昇へ

第6章 イラン危機
イラン危機勃発
裏目に出た溺愛外交
トランプのジレンマ
前提条件なしのイラン対話
北朝鮮問題とイラン問題の違い
イランが仕掛けるプロクシー戦争
読み誤った日本

第7章 中東ドローン戦争の時代へ
イラン製ドローン「アバビール」
イラン流イノベーション
新たな紛争のかたち
イスラエルのハイテク対策新兵器
イスラエルとヒズボラのドローン対決
サウジアラビアへのドローン攻撃
破られた「寸止めのジンクス」
イスラエルの関与
イラク駐留米軍へのミサイル攻撃

第8章 ネタニヤフのサバイバル
二度目のイスラエル総選挙
トランプの言いなりにスクワッド対策
不発に終わった切り札トランプ
続投のためなら戦争も辞さず
勝者のいない選挙結果、三度目の総選挙へ
中東和平が選挙争点にならない時代
起訴日に発表された究極のディール
違法な占領を固定化する和平案
三度目の総選挙、コロナ危機で巻き返し

終章 イスラエル、中東、アメリカの未来
福音派が大統領選で懸念するイラン
イランによるトランプ落選運動
「バイデン大統領誕生」、どうなるイスラエル関係
トランプ和平案、イスラエルが目指すもの
コロナで福音派シフト強まるか
コロナ危機が加速させる中東再編
日本はどう向き合うべきか

あとがき
主な参考文献
本文中の人物の肩書等は取材当時のものです。


中東周辺の概略図

澤畑 剛 (著)
出版社 : NHK出版 (2020/7/10)、出典:出版社HP

 

知立国家 イスラエル (文春新書)

イスラエルからみた日本の課題

現在のイスラエルに関する単なる事実を羅列するだけでなく、その背景にある歴史や社会システムが述べられており、イスラエルの人々の内面まで踏み込んだ分析がなされています。そして、日本の課題を解決する方法も提案されており、更なる興味を掻き立てられることでしょう。

米山 伸郎 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2017/10/20)、出典:出版社HP

 

はじめに イスラエル急成長の秘密を探る

「日本はイスラエルに学べ」

イスラエルと聞くと、一般的な日本人は「パレスチナ問題」「紛争」など、必ずしも明るいイメージを持っていないかもしれない。
ところが、アメリカでは大きく事情が異なる。ICTやバイオ、医薬品関連などハイテク分野を中心に、イスラエルは「わくわくさせられる注目ブランド」で、目を離せないというイメージを持たれている。グーグルやインテルなど、世界最先端を行く企業がこぞってイスラエルに進出し、優秀な人材のリクルートや投資を活発におこなっている。若者の間では、イスラエル独自の農業集産共同体「キブツ」がクールだとして、生活体験ツアーやキブツホテルが人気を集めている。最近ではイスラエルのワインも評価が高い。
だが、こうした変化は、ほんの十数年前には想像もできなかったことである。
筆者は前職の総合商社勤務時代に2回、合計9年間アメリカに駐在した。1回目は1988年から93年までで、ニューヨークとワシントンDCに駐在した。当時はハーバード大学のエズラ・ヴォーゲル教授の『ジャパン・アズ・ナンバーワン』に象徴されるように、ソ連崩壊と相まって、日本の経済力がアメリカにとっての新たな脅威とされていた時代だった。「ジャパン・バッシング」(日本叩き)もあらゆる局面で顕在化した。
一方、当時のイスラエルはアメリカのビジネス界では目立った存在ではなかった。身近なところでは、当時ニューヨークに多数あった日本資本のピアノバーに徴兵義務を終えたイスラエル出身の若い女性がホステスのアルバイトでおり、軍隊で鍛えた腕っぷしの太さを余興で日本人客に披露していたことを記憶している程度だった。また、直接イスラエルとは関係ないが、ニューヨークに多いユダヤ系アメリカ人世帯と日本人駐在員世帯はともに教育熱心なため、レベルの高い学校の周辺にユダヤ人と日本人が集中し、「JJタウン」(JapaneseとJewishの頭文字)と呼ばれたりしていた。
ところが2回目の駐在(2008~12年まで)で、状況は一変していた。アメリカで注目を集めていたのは、日本ではなくイスラエルだったのだ。
当時、筆者は勤務先のワシントンDC事務所長を務めていた。赴任直前にリーマンショックがあり、アメリカ政府は市場経済の負の連鎖を必死に食い止めていた。オバマ政権はもとよりワシントンDCに拠点を置くシンクタンク、そして米国最大の経済団体である全米商工会議所等は、経済復活のため、他国の良いモデルに学ぼうという姿勢を示していた。たとえば、オバマ大統領肝いりの製造業の復活政策に関してはドイツに学ぼうとしていた。
そんな中、経済の活力の源泉となる起業とイノベーションのモデルとして、イスラエルに学ぼうという動きが多々見られたのである。とくに10年には全米商工会議所主催のイスラエル関連のイベントが頻繁に開催されていた。また、同年11月には在日米国商工会議所(ACCJ)が『成長に向けた新たな航路への舵取り日本の指導者への提言』という白書を発表。日本の新成長戦略のお手本としてイスラエルを取り上げ、「日本はイスラエルに学べ」というメッセージを日本の中枢に向けて発信したのである。
意外に思う向きが多いかもしれないが、イスラエルは第二次産業のGDP比が約30%と日本よりも高い。イスラエルは「ものつくり」を含めた実体経済でも「起業」「イノベーション」を起こしているのだ。
一方、アメリカにおける日本の印象は、前回赴任時に比べ見る影もなかった。日本はいわゆる“失われた20年”を脱し切れておらず、低成長で、政治面でも首相も毎年替わる“リーダーシップ不在”の停滞国家というイメージが強かった。メディアが日本を取り上げることも少なく、いわゆる「ジャパン・パッシング」(日本無視)の状態だった。
冷戦後の経済成長率(1991~2015年までの実質成長率)でみると、イスラエルは174%と、日本の20.5%を大きく凌駕している。人口1億3000万に近いわが日本がパッとしない状況の中、当時人口わずか700万人程度のイスラエルがどんどんアメリカで存在感を増し、ビジネスリーダーや知的階層が敬意を表している様子を目の当たりにしたわけである。

目的はただ1つ「生存」

なぜイスラエルがアメリカで急速に存在感を増したのか。第1の理由に、ハイテク分野におけるめざましい進歩がある。国民一人あたりの起業率、ベンチャーキャピタル投資額、教育費、研究開発費(対GDP比)、博士号保有者数、特許数、そしてノーベル賞受賞者数(自然科学分野)で、イスラエルは世界トップクラスである。パソコンの心臓部であるインテル製CPUの画期的モデル、医療分野で活躍するカプセル型内視鏡、砂漠で農産物の大量生産を可能にしたハイテク農業などは、いずれもイスラエルから出てきたものである。これらのハイテク分野の勃興は、イスラエル軍独特のエリート教育と密接な関連がある。この詳細については第3章で詳述する。
第2の理由として、イスラエルはアメリカの原点でもある移民活用を今なお実証していることがある。移民によって、開拓者魂、失敗を恐れない挑戦、冒険、そして創造といった「建国の精神」が、たえずイスラエルにフレッシュな状態で注ぎ込まれている。本書では、これを「起業家精神」と「イノベーション」という側面から見て行きたい。
こうした起業家精神とイノベーションはアメリカと一見似てはいるものの、その動機は両国で大きく異なる。アメリカは世界におけるヘゲモニー(覇権)を担保する軍事力を支える経済力・技術力で先端を行くために起業家精神とイノベーションを必要としているのに対し、イスラエルは「国の生存」のためにそれらを必要としているからだ。
ユダヤ人は歴史上、凄まじい迫害に晒されてきた。生物の生存戦略と同様、なるべく多様なフィールドに「遺伝子」を残し、最も環境に適応した個体が生き延びてゆくという選択肢を取らざるを得なかった。また、軍事や情報・通信、医薬・バイオなど、人間の安全・生存に直結したジャンルに知を集結し、その分野からイノベーションが生まれてくるという特徴がある。ドローン(小型無人機)、サイバーセキュリティ、自動運転技術などはその最たるものである。
一方、日本の場合、ヘゲモニーの維持や国の生存といった切実な動機がない。太平洋戦争後の荒廃からは、ソニーやホンダといったイノベーション企業が彗星のごとく登場したが、1990年代前半のバブル崩壊後、日本経済には停滞感、閉塞感が漂っている。町工場の職人技など特定分野を極める力の発露こそあるものの、自ら先頭に立って新たな地平を開拓するイノベーターが出なくなって久しい。
その点、イスラエルは「俺がやらずして誰がやる!」というメンタリティを感じさせる。なにしろ「国の生存」がかかっている。それは危機感と表裏一体である。だからこそイスラエル国内はもとより、世界中のユダヤ人がネットワークで繋がり、助け合う。目標はただ1つ、「生存」。そのために、イスラエルは「知」を結集してきたのである。

日本に注目するイスラエル人

筆者がイスラエルに関与するきっかけとなったのは、ワシントンDC勤務時代に、イスラエル政府元高官O氏と出会ったことだった。O氏は外交官時代に日本在住経験があり、大の日本びいきだった。率直で飾らない彼の人柄もあって親しくなり、O氏の家族とも交流が始まった。詳しくは第2章以降で述べるが、彼の長男はイスラエル軍の超エリートプログラム「タルピオット」出身、長女と次男はサイバー諜報組織「8200部隊」の出身だ。
そんなつわもの揃いのO氏一家は、日本(人)の能力を信じて日本で新たなビジネスを起こしつつある。イスラエルでの経験や資産・人脈なども使いながら、日本とイスラエルのイノベーションの協働を目指しているのだ。
もっとも、日本のアントレプレナー(起業家)をイスラエルのエコシステムに入れれば、すぐに日本版グーグルが生まれてくるというほど簡単には行かないだろう。だが、知日派のイスラエル人たちは、日本に大きな「伸び代」があることを感じ取っている。少なくともイスラエルに比べて、日本のベンチャー市場にはまだまだダイヤの原石が埋もれていると彼らがみているのは間違いない。今後、日本とイスラエルが協働してその伸び代を実現させる可能性は大いにある。
本書ではまず、イスラエルの「起業家精神」と「イノベーション」を育むエコシステムがどう優れているのかを検証する。起業家精神とイノベーションに対するイスラエル独自の考え方、メンタリティの背景を建国前後にまで遡る。そこでは「移民」が重要なキーワードになってくる。また、イスラエル独自の傾向として、軍事と徴兵制がハイテク産業やイノベーションにもたらしている影響を読み解く。そのうえでイスラエルのエコシステムづくりに、ユダヤ人特有の宗教、文化、組織、教育制度等が、どのように貢献してきたかを探る。そして最後に、日本とイスラエルの比較を行い、両者が互いに学びあう上でのヒントを提言したい。
ビジネスでのイノベーションやブレークスルーを模索する方々だけでなく、ごく普通の方々にとっても、本書で紹介する「イスラエル的な発想」が1つのヒントとなり、「自己変革」「職場の変革」などに繋げていただければ幸いである。

米山 伸郎 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2017/10/20)、出典:出版社HP

 

目次

はじめに イスラエル急成長の秘密を探る
「日本はイスラエルに学べ」/目的はただ1つ「生存」/日本に注目するイスラエル人
基礎データイスラエルの概要

第1章 爆発するイノベーション
あなたの周囲はイスラエルだらけ/「個の強さ」にこだわる/世界最高の投資家が「最良の国」と絶賛/組織内でも「正面突破」/CPUの限界を突破したイスラエル技術者/「イスラエル中毒」になったインテル/クルマの未来を変える/マイクロソフトもイスラエルで人材集め/豊富な博士号人材/「キブッ」という産業革命/自給自足こそ最大の国防/ピンチをチャンスに転化した軍事産業/製造業が伸びているイスラエル/アメリカを徹底活用する戦略/アメリカとの緊張関係/政冷経熱/アメリカ中枢に刺さり込むための基金「BIRD」/アメリカの将来
を先取りする「2028プロジェクト」/うるさがられるほどの自己主張/「イスラエルを見習え」在日米国商工会議所の提言

第2章 移民がもたらす「頭脳」と「多様性」
移民が支えた急成長/ユダヤ人であれば無条件に帰還/オスロ合意で移民流入が急増/資源は「人間」しかない女性、LGBTに優しい国/ロシア系移民の頭脳/高学歴移民をベンチャー企業に駆り立てる/ソリューションを見つけ出す能力を高める教育/あるイスラエル人一家の肖像/0氏一家の家系/パイオニア精神とフロンティア精神/人種のるつぼ化/アイデンティティは「ヘブライ語」と「国防」/ユダヤ教徒以外の人材も囲い込む必要性/移民を引き寄せる求心力/移民を受け入れない日本

第3章 世界最強イスラエル軍の超エリート教育
徴兵制度が若者を一人前に育て上げる/トップ頭脳集団「タルピオット」豪華絢爛のエリートたち/「速く結果を出す」ことの重要性/アルゴリズム開発で500億円/軍が才能と自立心を養う、最強のサイバー諜報組織「8200部隊」/ITベンチャーの創業者が続々誕生/8200部隊の経験が起業につながる/兵役で養われる「人の見分け方」と「人的ネットワーク」/兵役で知る「個」のエゴを上回る「大義」/「軍産官学」の連携/「国家ビジョン」が確立されている国

第4章「失敗を恐れない」教育と知的執着
「ユダヤ人は優秀」の謎/ワイツマン科学研究所の啓発プログラム/起業家を生み出す教育/民族の失敗、弱さ、愚かさを聖典に残す/ユダヤ人の完璧主義と日本人の完璧主義/自由な議論と知的執着/独特のユーモア、執拗に「なぜ?」を連発/ほめる教育/早い英語教育と英語を必要とする環境/海外放浪する若者たち/目的第一、ルール第二/失敗を恐れず図々しく生きる

第5章 イスラエル・エコシステムと日本の協働
イスラエルの何に学ぶべきか?/動き出した協働枠組みづくり/中国の影と日本への期待/イスラエルと地方都市の協働イノベーション/大学の連携/イスラエルで「自由な議論」のシャワーを浴びる/日系人とのネットワーク/徴兵制度に替わるもの/多様性(ダイバーシティ)/日本語と古典の大切さ/コミュニケーションスタイルの違いを自覚する/自己主張の必要性/「0から1」と「1から100」/イスラエルを日本の土俵に引きずり込む/日本の起業家をイスラエルと協働で育てる/頭脳流出と「IT1本足打法」への不安/格差とナショナリズム/「ほっとする日本」/日本の持続性とのハイブリッドを目指す

あとがき
謝辞
主な参考文献

タイトルをクリックするとその文章が表示されます。

【基礎データ】
■建国:1948年5月
日本とイスラエルは、1952年5月に外交関係を樹立。
(アジアで初めてイスラエルを承認した国であり、両国間の関係は深い)
■政体・首都:共和政・エルサレム
■人口:約868万人(2017年5月現在)
■面積:約2.2万平方キロメートル(日本の四国程度)
■民族:ユダヤ人(約75%)アラブ人その他(約25%)
■言語:公用語はヘブライ語とアラビア語。ビジネスでは英語が通用する。
■GDP:約3,187億ドル(2016年世界34位)
1人あたりGDP約36.6千ドル(同年世界26位)
(参考:日本37.4千ドル同年世界25位)
■通貨:NIS(シェケル)≒31円(2017年9月現在)
■経済成長率:約2.9%(2017年4月推計)
■失業率:約4.84%(同上)
■インフレ率:約0.73%(同上)


出典 世界銀行のデータより抜粋

イスラエルの概要

米山 伸郎 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2017/10/20)、出典:出版社HP

 

物語 イスラエルの歴史 アブラハムから中東戦争まで (中公新書)

イスラエルの長い歴史を学べる

本書は、紀元前からイスラエル王国建国とその後の中東戦争まで、永きに亘ってのイスラエルの歴史が綴られています。しっかり情報量のある本書を読むことによって、イスラエルのバックグラウンドを把握し、特にパレスチナの現状を大きな歴史の流れの中で理解することができます。

高橋 正男 (著)
出版社 : 中央公論新社 (2008/1/1)、出典:出版社HP

 

目次

序章 イェルサレム
三大啓示宗教の拠点
イェルサレムの語義
古都の起源
旧市街
西壁
コラム・西壁の石組み
安息日と祭り
コラム・日本人巡礼者

第1章 パレスティナ・イスラエルの国土
国土
人口
気象
水資源イェルサレムの気候・景観
オリエント史の時期区分
カナァン・パレスティナ
中東

第2章 王政以前
民族名としてのイスラエル
民族の起源
族長物語の史的背景
西洋文明の源流
イブラーヒーム伝
イブラーヒーム生誕の地
ハラン
イスマーイールは長子か
エジプト脱出
イスラエル人の神ヤハウェ
十誠
コラム・シナイ山(モーセ山)
コラム・過越の祭り
カナァン定着
英雄時代
海洋民族の漂着

第3章 第一神殿時代―紀元前10世紀~紀元前6世紀
三つの時期
王政の誕生
ダビデの生い立ち
ダビデの即位
イェルサレム遷都
ソロモンの治世
コラム・国際街道
ソロモンの治世の晩年
コラム・シェバの女王のイェルサレム訪問
イスラエル統一王国の分裂
北王国イスラエル
分裂両王国の推移
南王国ユダ単立時代(前七二一~五八七年)
ヒゼキヤ以後
イェルサレム陥落(前五八六年)
バビロニア捕囚時代(前五八六~五三八年)

第4章 第二神殿時代―紀元前538~紀元後70年
第二神殿時代の時期区分
第二神殿の竣工
ラビのユダヤ教時代の出発点
「成文律法」と「口伝律法」
コラム・ラビ
アレクサンドロス大王以後
七十人訳聖書(ギリシア語訳聖書)の翻訳の開始
ハスモン家の叛乱
サドカイ派、ファリサイ派、エッセネ派
クムラーン宗教集団暦
真実の暦
重要な祝祭日
日時計
コラム・ユダヤ人
イエスの誕生と裁判
ピラトゥスの審問・判決
刑場へ連行
コラム・ヴィア・ドロローサ
原始キリスト教団の成立

第5章 対ローマユダヤ叛乱―紀元後66~74年/132~135年
第一叛乱・第二叛乱
叛乱の基本史料
第一叛乱の概要
コラム・死海西岸
議会と学府の再編
第二叛乱の勃発
アエリア・カピトリーナの建設
成文聖書の成立

第6章 ビザンツ帝国時代から初期ムスリム時代へ―324~1099年
ビザンツ時代の時期区分
母后ヘレナのイェルサレム訪問
コラム・パレスティナ最古の地図――メデバ・モザイク地図
ペルシア軍の来襲
預言者ムハンマドの出現
正統カリフ以後
正統カリフ・ウマル・イブン・ハッターブのイェルサレム入城
岩のドーム
岩のドームの変遷
アルアクサー・モスク
コラム・セム的一神教の成立

第7章 十字軍時代―1099~1187年
狭義・広義の十字軍
キリスト教徒武装集団「フランク人」と公会議議事録等
城外退去命令西方ローマ・カトリック教会の一部の代表
イェルサレム初代国王
十二世紀のイェルサレム
テンプル騎士団の拠点十字軍の後代への影響

第8章 アイユーブ朝からマムルーク朝へ―1187~1517年
イェルサレム奪取
ダビデの塔の破壊と再建
ラビ・モシェ・ベンナフマン
イブン・ジュバイルとイブン・バットゥータル
コラム・聖墳墓教会聖堂入口の鍵

第9章 オスマン帝国時代―1517~1917年
オスマン帝国興亡史
コラム・東方問題
十九世紀の国際関係
コラム・ステイタス・クオ
コラム・電信・鉄道の開通
第一次世界大戦勃発

第10章 ツィオニズム運動の開始
ツィオニズムとは
アンティ・セミティズム
テオドール・ヘルツェル
ツィオニスト会議開催
コラム・ヘルツェルの丘
三つの協定・密約の締結
「フサイン・マクマホン往復書簡」(一九一五年七月十四日~一六年三月十日)
「サイクス・ピコ協定」(一九一六年五月九日、十六日)
「バルフォア宣言」「同返書」(一九一七年十一月二日/十一月四日)
コラム・アラビアのローレンス
アレンビー将軍の入城
ファイサル・ヴァイツマン協定(一九一九年一月三日)
パリ講和会議
サン・レモ会議
第一次パレスティナ分割
パレスティナの境界の劃定
パレスティナ委任統治システム
軍政から民政へ
エリエゼル・ベンイェフダー

第11章 反ユダヤ暴動から建国前夜まで
最初の暴動(一九二〇年三月)
地下自衛軍
イェルサレム・ヘブライ大学の創設(一九二五年)
パレスティナ問題調査団の派遣
委任統治放棄

第12章 イスラエル国誕生
イスラエル国誕生前夜
独立宣言/新生イスラエル国誕生
イスラエル国独立宣言
新生イスラエル国承認
第一回総選挙
初の国会
コラム・国造りの骨子

終章 中東戦争
中東戦争の呼称
第一次中東戦争
第二次中東戦争
第三次中東戦争
コラム・黄金のイェルサレム
第四次中東戦争
コラム・殉教者記念堂
中東戦争後
コラム・ダヴィッド・ベングリオン(一八八六~一九七三)

あとがき
参考文献抄


イスラエル要図


イェルサレム旧市街

高橋 正男 (著)
出版社 : 中央公論新社 (2008/1/1)、出典:出版社HP

 

序章 イェルサレム


イェルサレム市の紋章

三大啓示宗教の拠点

イェルサレムは古くは「ダビデの町」と呼ばれた。ユダヤ人にとってイェルサレムは、旧い都だったというだけでなく、古代のヤハウェ宗教、のちのユダヤ教の中心、第一神殿(現在の神殿の丘にソロモンが建立した神殿。前十世紀~前六世紀)・第二神殿(バビロニア捕囚後、前六世紀に再建~後七〇年。後七〇年にローマ軍に破壊されて以来いまだ再建されていない)建立の地だったという事実がかれらユダヤ人の共通の記憶のなかに脈々と生き続けている。
ユダヤ教を母体とするキリスト教徒にとっては、晩年のイエス(前四ころ~後三〇ころ)とも関係が深く、多くの聖蹟をもつ聖なる都である。
次いでユダヤ教、キリスト教と同根の神アッラーを拝するイスラーム教徒にとっては、預言者ムハンマド(五七○ころ~六三二)がここから天界へ飛翔、旅立ったという伝えから、イェルサレムはマッカ(メッカ)、アルマディーナ(メディナ)に次ぐ第三の聖地であり、最初は礼拝の際に向かう方角(キブラ)でもあった。これら同根の三大啓示宗教(セム的唯一神教とも)にとって共通の聖域として古来親しまれてきたイェルサレムは、イスラエル人、パレスティナ人それぞれの拠点でもある。

イェルサレムの語義

イェルサレムへ上るには二つのメインルートがある。ひとつは西方のテルアヴィヴ・ヤッフォからイェルサレムに至る街道のルート、もうひとつは東方のヨルダン渓谷から上るルート。イェルサレムは標高およそ八百メートルの高地にあるため、それぞれの道のりはかなり険しい。同地は起伏に富んだ天然の要害で、北側を除く東、南、西の三面はそれぞれ深い峡谷に囲まれ、これらの丘陵を景観とする美しい町である。加えて、イスラエルの南北を結ぶ中間に位置し、東はヨルダンに国境を接し、首都アンマンを経てシリアのダマスカスに通じ、西は地中海沿岸の肥沃な平原に面し、近代都市テルアヴィヴ・ヤッフォとは鉄道(一八九二年に開通)、道路で結ばれている。テルアヴィヴはヘブライ語で「春の丘」の意である。
イェルサレムの全域は約百二十六平方キロ(行政上は東、西という概念はない)。現在の人口は約七十二万(イスラエルの総人口約七百十五万)、うちユダヤ人約六六%、イスラーム教徒、キリスト教徒、ドゥルーズ派他約三四%、小さな町である。
イェルサレムは、ヘブライ語(ヒブル語、ヘブル語とも)でイェルシャライム、アラビア語では七~九世紀ころにはイーリヤーウ(ローマ植民都市「アエリア・カピトリーナ」の訛)、次いでアルバイトルマクディス(「聖なる家」「聖域」の意)、現代ではアルクドゥス(アルコッズとも。「聖なるもの」「イェルサレム」の意)と呼ばれる。「イェルサレム」の名は、民間語源伝承によると、長い間、ヘブライ語の「イール・シャローム」、「平和(平安)の町(都)」(日本流にいえば「平安京」か)とか「平和の礎」という意味をもつと考えられてきた。「基礎」「礎」を意味する「イェルゥ」と、「平和」を意味する「シャローム」に繋がる「シャライム」あるいは「シャレーム」(ヘブライ語と同系のアラム語)という二つの語から構成されているように解されていたからである。しかし、西方セム語の語彙イェルゥとシャレームとの複合語とされるイェルシャライム(またはイェルシャレーム)をシャロームと結びつけるのは無理があり、近年では、「イェルサレム」を指す語は、シャレームという名の神の玉座、すなわちシャレーム神殿の所在地から由来すると解されている。とすれば、イェルサレムはシャレーム神礼拝の中心地、「シャレーム神によって礎石が据えられた場所」であったということになる。「(神)シャレーム」は、古代セム人にとって、曙の神シャハルと並んで、黄昏の神シャレーム、「美しくしかも優雅な神」と形容された神だった。旧約聖書創世記その他に言及されている縮小名「サレム」も古い呼称である。その昔、山岳地イェルサレムに移り住んだ人びとは毎夕黄昏の光景を眺め見ては「神サレム」の臨在と加護とを身近に感じとって日々暮らしていたことであろう。
イェルサレムはイスラエル国の基本法上の首都であるが、国際社会はこの措置を認めていない。それぞれ大使館をテルアヴィヴ・ヤッフォに残している。

古都の起源

古都イェルサレムの曙期は太古の霧に包まれている。過去百五十年余の国内外の調査隊による考古学の踏査・発掘調査によって明らかにされた成果によれば、イェルサレムに最初の聚落が建てられたのは紀元前第三千年紀(前三○○○~前二〇〇一年)の初頭、オフェルの丘の東斜面の上だった。キドロン峡谷のギホンの泉に近かったからである。
イェルサレムの名が旧約聖書以前の記録にはじめて見えるのは、それより一千年後の紀元前十九世紀前後に土器片や土偶に書き誌された、エジプト中王国第十二王朝末期もしくは第十三王朝に属する呪詛文書(サッカラ他出土)で、そのなかに「カナァン人の町」として言及されている。時代が下って、紀元前十四世紀のエジプト新王国第十八王朝時代の外交文書アルアマルナ書簡(テル・アルアマルナ出土)のなかにも言及されている。これまでの考古学・文献学の成果から、イェルサレムが、紀元前十九世紀から同十四世紀にかけて、ユダ丘陵地帯のもっとも重要な戦略上、政治上の中心だったことが明らかにされている。イェルサレムは都邑としてもすでに四千年の歴史を有することになる。現存世界最古の都市のひとつである。
イェルサレムがカナァン(シリア・パレスティナの古名)においてもっとも重要な町となったのは紀元前十世紀にさかのぼる。その経緯については第3章を参照されたい。

高橋 正男 (著)
出版社 : 中央公論新社 (2008/1/1)、出典:出版社HP

 

世界のエリートはなぜ「イスラエル」に注目するのか

イスラエルの技術をヒントに新たな視点を示す

イスラエルの教育システム「タルピオット」に着目し、エリートを育成するプロセスが解説されています。多様な論点から日本とイスラエルを対比しながら、日本の進むべき針路への示唆されています。教育・人材育成において新たな視点を与えてくれる一冊です。

新井 均 (著)
出版社 : 東洋経済新報社 (2020/5/22)、出典:出版社HP

 

まえがき

私自身の社会人としてのスタートはNTT(当時日本電信電話公社)の研究者である。電電公社は典型的なドメスティック企業だったが、1985年に民営化してNTTとなってからは国際通信にも関わり、私自身の仕事も海外との接点が増えていった。ただ、そのほとんどがアメリカだった。イスラエルとの接点ができたのは、NTTを辞めて7年後の2007年である。イスラエルという国に特に関心があったわけではなく、単に興味ある技術を持つ提携先企業の国がたまたまイスラエルであった、に過ぎない。もちろん、当該企業とのビジネスをうまく進めるために、“ありがとう”という言葉をヘブライ語ではなんと言うんだろう、といった程度の好奇心はあったが、その後13年間も多くのイスラエルの人々と付き合い、彼らから学ぶだけではなく、彼らの生活・文化にまで興味を持ち、自ら調べることになるとは想像もしていなかった。逆に、新聞やニュースでイスラエルが非難される報道を見聞きすることもあり、正直なところ、当初は“あまり関わらないほうがよい”とも考えていた。
それが、仕事の範囲を超えてイスラエルに興味を持つようになった理由の一つは、出会ったイスラエル人たちの多くが、とてもよく日本のことを知っており、総じて親日家であったということが大きい。それも教科書やガイドブックの知識レベルではない。息子の好きな漫画が『NARUTO(ナルト)』で彼は全巻持っている、と言った企業経営者や、僕は梶芽衣子の歌が好きでCDを持っていると言った若いエンジニアもいた。彼らは日本にこれだけ興味を持ち、色々なことを知っているのに比べ、自分はイスラエルのことを何も知らなかった。私が知っていたことといえば、ホロコースト以外には、1972年に日本赤軍の岡本公三がイスラエルの空港で銃を乱射して大勢の人々を殺害したこと、好きな音楽家の一人であるイツァーク・パールマンがユダヤ人であること、くらいであった。さすがに余りに何も知らないというのはビジネス儀礼上も失礼かと考え、少しずつ調べ始めたところ、学べば学ぶほど、イスラエルという国(及び建国前のユダヤ人)の長い歴史・文化・習慣等が日本のそれとは大きく異なる部分がある一方で、逆にとても似ている側面もある、ということに興味を抱くようになった。それが、以降13年間にわたりイスラエルと付き合うことになったきっかけである。
日本と異なる点がたくさんある中で、彼らを理解する上で重要だと思う事例の一つは、「彼らは早く大人になる」という事実である。ユダヤ教の成人式は、男子がバル・ミツバ(写真)と呼ばれ13歳、女子はバット・ミツバと呼ばれ12歳である。ミツバとはユダヤ教の戒律のことであり、戒律を守ることができる年齢が成人とされる。もちろん、成人といっても結婚できるとか、選挙権が与えられるという意味ではないが、宗教的には戒律を守ることができる、自分の行動に責任を持てる年齢になったと見なされる。この成人式には、外国に住んでいる親類縁者もお祝いのために駆けつけ、男子はトーラーと呼ばれる聖書の律法(人々が守るべきルール)を参加者の前で暗唱せねばならない。この儀式はエルサレムの聖地「嘆きの壁」の前で行われることも多いという。私も嘆きの壁を訪れた際、何度かその場面に出会った。無事に式が終わると、親族だけではなく、その場にいる人々も歓声をあげて祝福する。その後、参加者は家やレストランに移って、大勢でお祝いの宴をする。13歳の少年が、大勢の人々の前でかなり長い聖書の言葉を暗唱するのは、かなりのプレッシャーではないかと想像する。しかし、彼らは皆それを乗り越え、社会から大人として扱われるようになる。戒律を自分で守れる年齢になり、もしその義務を果たせずに過ちを犯した場合には、自分自身で責任を取る、という存在となる。不思議なもので、この日を境に、子供たちはすっかり頼もしくなってゆくようだ。

写真バル・ミツバ

撮影者Yonatan Sindel
Credit attribution requested for the photographer and for the Israel Ministry of Tourism.

それは宗教上の儀式だろう、と思う人もいるかもしれないが、イスラエルでは宗教は日常生活の中に深く組み込まれているので、我々日本人の感覚に照らして言えば、七五三のお宮参りをするのと同じレベルの「生活に根付いた文化・習慣」であると言ってよいだろう。かつ、日本の場合はこのような「文化・習慣」のイベント色が強くなっているが、イスラエルの場合は「それに付随する意義」がなお大変大きな意味を持っており、日常生活の中に影響を与えているのだ。例えて言えば、我々は、大相撲を興行・スポーツとして楽しむが、もとを正せば相撲は「神事」である。この「神事」の部分を頑なに守り、それが日常生活の中で大きな意味を持っているようなものである。さらに、後の章でも触れるが、イスラエルの若者は男女共に18歳で兵役に行く。13歳で社会から大人として迎え入れられ、18歳になると兵役という厳しい経験をすることで、若者たちは、日本の10代よりもずっと早く大人の自覚を持ち逞しくなる。こんなことに言及したのは、これが、年間1000社以上のスタートアップを輩出するというダイナミズムを持つ今のイスラエルを作り上げた、彼らの強みにつながっていると感じているからである。
言うまでもなく、今の日本は変革を求められている。1970年代に高度経済成長が終わり、1990年代にバブルも崩壊して不況期に入って以降、いまだデフレから抜け出せないにもかかわらず、日本社会全体はその状況変化に対応できないまま惰性で生きているようなものである。過去の成功体験からなかなか抜け出せない、ある種の思考停止状態と言ってもよい。2010年以降、過去に経験したことがない人口減少の局面に入り、何も手を打たなければ経済は縮小してゆくことは自明であるにもかかわらず、“問題の先送り”以上のことにはなかなか踏み切れない。状況を打開するために求められるのは、産業構造の変革であることは間違いないだろう。品質の良いモノを大量生産することで、世界第2位の経済大国であった時代ははるか昔に過ぎ去り、グーグルやアマゾンのようなイノベーションを興すことで、成長軌道に回帰することを模索する以外には我々が進むべき道はないはずだ。
そのグーグルやフェイスブックのような多くの世界の先端企業がイスラエルに進出し、投資をし、あるいはイスラエルの技術を取り入れて自らの事業に活かしている。つまり、イスラエルには、これら先端企業の競争力の源泉ともなる魅力的な“資源”があるのだ。我々も先達に倣ってその資源を探し、その資源を生み出しているスタートアップ・ネーション、イスラエルのやりかたを学ぶこと、が必要ではないだろうか。当初、そこまでの問題意識はなかったものの、親日家である彼らの国のことを少しでも知ろうとして13年間付き合ってきた中で、我々日本人にとって参考になることが色々見えてきたのである。本書では、様々な形で日本とイスラエルを比較し、彼我の比較
において、我々が学べることがないか、を模索する。前半では、筆者自身がイスラエルをより良く理解するために、ユダヤ人の歴史や宗教、イスラエルの取った経済政策等を学びながら振り返った。しかし、読者によってはこれらの内容が教科書的で退屈かもしれない。その場合には第2章、第3章は読み飛ばして頂いて構わない。ただ、第4章の「超エリートを育てるタルピオット・プログラム」だけは是非読んで頂きたい。余り知られていないこの独自の「エリート教育」こそが、現在のイスラエルの強さを作り上げた秘密であり、我々が学ぶべき点であると考えるからである。
2020年4月
新井均

新井 均 (著)
出版社 : 東洋経済新報社 (2020/5/22)、出典:出版社HP

 

世界のエリートはなぜ「イスラエル」に注目するのか――目次

まえがき
プロローグ

第1章 身近にあるイスラエル技術
パソコンの頭脳であるインテルのプロセッサ
世界のエリートはなぜ「イスラエル」に注目するのか
USBメモリー
チェリートマト
インスタントメッセンジャーの元祖はICQ
フェイスブックの顔認証
VoIP通信
ファイアウォール
シスコのハイエンドルータCSR-1
カプセル内視鏡

第2章 生きるために制約を乗り越える:イノベーションを生む土壌
不毛の地で水を確保する
限られた水の有効利用:点滴灌漑
海水から水を作る
産業政策:BIRD
産業政策:ヨズマ
移民社会の持つ多様性

第3章 人を育ててきた歴史とイスラエルが取った戦略
建国の歴史と中東戦争
ユダヤ人の歴史
移民政策
経済成長の実現

第4章 超エリートを育てるタルピオット・プログラム
ジューイッシュ・マザーとは?
技術エリートを育てるタルピオット・プログラム
1万人から50人を選び出すプロセス
3年間のエリート教育の厳しい内容
活躍するタルピオット卒業生たち

第5章 教育を重視するイスラエルの文化的背景
人種の多様性
バラガン、フツパーと言われるイスラエル人の気質
失敗を尊ぶ文化
「学ぶ」宗教

第6章 日本とイスラエルとの違い
静の日本、動のイスラエル
均質な日本、多様性のあるイスラエル
学力をつける日本、子供の好奇心を育てるイスラエル
会社組織中心社会日本、誰とでもつながるソーシャルネットワーク社会イスラエル
品質管理の日本、QA(クオリティ・アシュアランス)のイスラエル
付加価値の作り方が異なる
他国に支配されたことのない日本、他国に支配され続けたユダヤ人
ハーバードの研究結果でも対極に置かれた日本人とイスラエル人
産業革新投資機構(JIC)とヨズマ

第7章 イスラエルから学べること、我々がなすべきこと
規制緩和
学ぶことが楽しい教育
多様性を尊ぶ社会
挑戦することが尊ばれ、失敗を許容する文化
日本が世界から求められる価値を育てる
尖った人材を育てる

あとがき
参考文献

新井 均 (著)
出版社 : 東洋経済新報社 (2020/5/22)、出典:出版社HP

 

プロローグ

取っ掛かりとして、多少長くなるが、私自身のキャリアとイスラエル企業との関わりから始めることをご容赦願いたい。
「まえがき」で述べたように、私自身はNTT(当時日本電信電話公社)の研究者として社会人をスタートした。今なら優秀な人材が集まるのはGAFAかもしれないが、1980年当時としては、NTTの研究所は日本でもトップクラスの人材を集めた研究機関であり、自分自身がその一員になれたことは正直誇らしかった。新しい部品・装置の技術開発を進める研究所の一員として、約10年間、主にアモルファスシリコンを用いたトランジスタとその応用の研究開発に従事した。残念ながら、大勢の優秀な人材の中に埋もれた私自身は、研究者としては全く能力不足で大した成果を上げることはできなかった。まともな論文は1件しか書いていない。厚顔にも、それを棚に上げて勝手なことを言わせてもらうと、この10年にわたる研究所生活での主な発見は、
・研究者とは総じて保守的であり、自分の得意な研究フィールド、テーマを守り、新たな分野への挑戦をしたがらない人種である
・新たな研究計画を作り予算のための審議をしてもらうときには、必ず「先行事例」「競合他社比較」を求められた
・優れた成果を出している研究者は、必ずしも新たな分野の研究企画をすることが得意であるとは限らない
という三点であった。当時の仲間には不興を買うであろう暴言であることを承知で言えば、当時NTTの研究所で行われていた研究テーマの多くは、特に基礎研究ではなく応用に近い領域では、革新的であるというよりも、既に誰かが取り上げている課題についてアプローチを変えているようなテーマが多かった。また、研究者として多くの論文・研究成果を生み出す問題解決能力に優れた人材は大変多かったが、これらの優れた研究者が必ずしも新たな課題(研究テーマ)を掘り起こし、提起する力があるわけではなかったと思う。
モノ作りをする企業を「メーカー」と呼ぶのに対し、NTTのような通信企業は「ユーザ」と呼ばれる。メーカーの作るシステムを導入する(利用する)ことで、自社のサービスを提供するから、である。NTT研究所で開発した有力な技術はメーカーに技術移転され、そのメーカーが作る通信システムの中に導入されてNTTの通信ネットワークの中で使われる。NTT研究所の使命自体が通信サービス・ネットワークの高度化・経済化に寄与する技術開発、であることは間違いないので、優れた成果が活用されることはもちろん望ましいことである。ただし、NTT自身が毎年兆円単位の投資をしているので、いわばNTT自身が一つの「市場」であることを理解せねばならない。無論、他社よりも劣った自前の技術を無理に採用する、ということは絶対になかったが、オープンな市場の中で競合他社の類似技術と競争し、性能やコストで顧客に選ばれる、という世界とは少し異なっていた。電電ファミリーという言葉がその市場の中でNTTの計画に沿って技術開発に協力してくれるメーカー群を指すように、ある意味ではよくできた仕組みであることは間違いないが、平場で競争にしのぎを削る環境、とは少し異なっていた。
その後、アメリカのビジネススクールに留学したことも契機となり、研究者から方向転換してビジネスの世界に入り、2000年にはNTTも退職して外資系メーカー企業で働くなどいくつかの転職を経験した。そして、2007年にチャンスにめぐりあい、イスラエルのインフォジン社(当時)の技術を利用してモバイルサービスを提供するベンチャーを数名で始めた。そのサービスとは、パソコン向けのホームページを、携帯電話やその後出てきたスマートフォンの画面で最適なサイズ・レイアウトで読めるように自動変換を行う、というものである。現在では当たり前となった手法だが、まだiPhoneが日本市場に登場していない2007年当時では、類似のサービスは他に1、2件しかない目新しいものであった。これが冒頭に述べた、私とイスラエルとの最初の出会いである。その後7年間、大手のクレジットカード会社、銀行、航空会社等、いくつかの日本の大手企業へサービスを提供したが、30件以上の安価な競合サービスが登場し、自身の経営者としての能力不足もあってビジネスを思うように伸ばすことができず、2014年に会社ごとサービスを他社に譲渡して59歳のときに仕事人生に区切りをつけることにした。大企業のサラリーマンから起業まで、更には研究開発から営業や顧客サポートまで、およそ自分がやれそうなことは大体経験したという思いもあり、その後はリタイアの気持ちでいたが、7年間モバイルサービスのために共に働いて仲良くなったイスラエルの友人の求めに応じて、イスラエルのスタートアップ、C社のトレーニングサービスの日本市場開拓支援に携わることとなった。
C社のサービスとは、電力や鉄道など社会インフラとも言われるシステムを運用する事業者へのサイバーセキュリティ・トレーニングである。顧客のチーム(5~15名程度)に、タービン発電機やその制御システム等の実設備の備わったC社のトレーニングアリーナに来てもらい、実際に顧客が日常業務で実施しているようなシステムのオペレーション作業をしてもらう。そこにC社のハッカー(レッドチーム)が“本物のサイバー攻撃”をしかけ、攻撃を受けるとシステムがどうなるか、を顧客に実体験してもらうのだ。当初、私自身がなかなかこのサービスの意義を理解することができなかったが、理解できたときにはその発想の面白さに愕然とした。
当時、日本におけるサイバーセキュリティ対策といえば、ファイアウォールをはじめとして、IDS(不正侵入検知システム)、IPS(不正侵入防止システム)等、社内システムやウエブサイトを外部の攻撃から如何に守るか、という視点での様々な技術・ツールを導入することであった。すなわち、「如何に外部からの攻撃をブロックし、企業ネットワーク内部に侵入されないようにするか」という「入口対策」のソリューションがすべてと言っても過言ではなかった。ところが、このイスラエル企業、C社の発想は全く異なっていた。彼らは、サイバー攻撃を100%防ぐということはあり得ない、という前提に立っている。所詮技術の世界なので、どんな素晴らしい防御技術を導入したところで、早晩それを超える攻撃技術によって破られる、と考えているのである。であれば、攻撃されて被害が発生したときに、如何に迅速に原因を把握し、効果的なリカバリ対策を打てるか、という点に注力したほうが現実的なメリットがある、と彼らは考えているのである。すなわち、入口を守るのではなく、「出口の対策」に注力するのだ。そのために必要なのは、「実際の攻撃とそれにより発生する被害を常日ごろ経験しておくことであり、演習が重要だ」というのが彼らの発想なのである。常日ごろ演習で経験を積んでおけば、万が一本物の被害に遭ったときに、迅速に的確な対策行動がとれるのである。
考えてみれば、これは、日本人が定期的に学校や企業で経験している「地震・火災を想定した避難訓練」の考え方と全く同じである。2020年の現在、この「出口対策」という考え方は日本のサイバーセキュリティ分野の中でも既に市民権を得ている。しかし、私が日本市場開拓を始めた2014年には、「いくら入口のセキュリティ対策をしてもどうせ破られるのだから、出口対策をしましょう」というメッセージを理解した日本企業は一社もなかったと断言できる。
イスラエル人とは、こういう現実的かつ面白い思考・発想ができる人達なんだ、とわかり、それまでもイスラエルとは付き合っていたが、更に興味を持ってイスラエル企業並びにイスラエル人をウォッチし始めた。意識して見始めると、イスラエルのスタートアップが開発している商品には非常にユニークな視点のものが多かった。最近の有名な事例では、自動車の衝突防止システムに利用されるモービルアイ(https://www.mobileye.com/)がある。衝突防止システムとしては、日本でもスバルのアイサイトが有名だが、アイサイトが二眼のカメラで前方障害物・車間距離等を計測するというオーソドックスな手法であるのに対し、モービルアイはカメラが単眼であるにもかかわらず、情報処理技術により前方車間距離や車線、歩行者等を検知することができる。この技術はヘブライ大学のアムノン・シャシュア(Amnon Shashua)教授(当時39歳)により開発された。この独自の画像処理アルゴリズムをもとに、EyeQチップというプロセッサを開発した。2017年8月にインテルが約153億ドル(1.7兆円)という高額でモービルアイを買収したのは記憶に新しい。単眼のカメラで深度を測定するということで、後付けの衝突警報装置として広く普及している。現在(2018年12月)、EyeQチップの搭載されている車両は世界で2400万台あると言われる。日本車では日産のセレナに使われている。モービルアイは更にREMと呼ばれる道路情報収集・解析機能を開発した。道路の情報、存在する障害物等を、数センチの単位で理解し、コネクテッドカーであればそのデータをクラウドに送信し、そのデータをもとに高精細の地図を作成することができる。自動運転のプロジェクトでは、車はカメラやレーダーからの情報とこの地図とをもとに状況認識・判断を行う。GPSを利用する場合の位置精度は約1メートルだが、モービルアイのカメラでは5センチの精度が可能である。また、REMではリアルタイムの地図が作られるため、ゼンリンの地図やグーグルマップには現れない工事現場とか、その標識等も含まれる地図となり、例えば工事のためにある区間が片側車線の相互通行になっているなど、より現実に即した、いわば人間のドライバーが認知するのに近い判断材料を自動運転車に提供することが可能となる。モービルアイが装着された2400万台の車が走るだけでこのような地図がリアルタイムで生成され、それをまたモービルアイが利用しながら車の運転をアシストする世界を想像すると、モービルアイは、単に衝突防止システムだけではなく、自動運転の世界のインフラにもなる可能性があることが理解できるのではないだろうか。
また、モービルアイ共同創業者であるアムノン・シャシュア教授とジブ・アビラム(Ziv Aviram)氏は、2010年に別の企業オーカム社(https://www.orcam/ja/)を創業し、2015年にメガネに取り付けて視覚障害者の生活を支援する小型のデバイスMy Eye(写真0-1)を開発した。視覚障害のある方が付けているMy Eyeのカメラが、捉えている新聞の文字を読みあげる、店で服の色を識別し教えてくれる、目の前の人の顔認証をしその名前を言ってくれる、等のアシストをする。視覚障害のある人々だけではなく、記憶力が悪くて“顔はわかるが名前がなかなか思い出せない”筆者のような人間にとっても大変魅力的なツールである。2017年2月の時点で、企業価値が10億ドル以上と評価されている、いわゆるユニコーン企業となった。

写真0-1MyEye

ORCAM社ホームページより

このような事例は枚挙にいとまがない。イスラエル企業は、独自の視点で、現実に役に立つものを開発し、投資家という第三者の高い評価を得るのである。イスラエルでは年間1000社以上にも及ぶスタートアップが登場するが、そのほとんどに独自のエリート教育を受け、兵役として軍の技術開発に関与した“トップ・オブ・トップ”の人材が何らかの形で関わっているそうだ。かつ、マイクロソフトやグーグルをはじめとする世界中の300社以上にも及ぶ多国籍企業が、彼らの技術力を活用するためにR&Dセンターをイスラエルに開設している。この事実は、技術立国を標榜してきた日本にとっても、イスラエルは見逃すことのできない国であると考えざるを得ないことに気づかせてくれる。人口900万弱の国では国内の市場というものはないに等しい。従って彼らは最初からアメリカ市場、ヨーロッパ市場で勝負することを前提に技術開発を進めている。そして有望な技術・事業には数億ドルという規模の投資も集まる。そこには、自分で開発した技術を自分で使う仕組みのあるNTTの研究開発部門で見た技術開発とは、全く異なるワクワク感があった。
イスラエルのように、魅力的なスタートアップを次々に興してゆくには、我々はどうすればよいのだろうか?我々に足りないものは何なのだろうか?
今一度歴史を振り返ってみると、資本や人材に恵まれた大企業がある種の武器としていた“情報の非対称性”がインターネット関連技術の進化により崩れ、特徴のある中小企業や独自の技術を持つスタートアップが対等以上の競争力を持ち始めた。イスラエルはそのような「競争力の宝庫」であると言える。かつて一世を風靡したiモードというビジネスモデルもスマートフォンとともに市場から退場し、日本メーカーはそのスマートフォン端末市場からもほぼ撤退した。ドコモ向けに数百万台のスマートフォン端末ビジネスをしてきた日本メーカーと、世界市場で数千万台/1シリーズのスマートフォンを売っている中国・韓国メーカーとでは、コスト競争力が桁違いであることは今更比較するまでもない。日本市場向けの仕様がグローバルな市場ニーズと異なることもあるが故に、世界市場を狙おうとすると追加の開発コストもかかることになる。中途半端に大きな日本市場でそれなりのビジネスができるがゆえに垂直統合型を志向した日本企業は、ディスインテグレーション(分業)の流れに乗り遅れていると言える。
高等教育課程で学ぶ学生自身もあまり専門能力を身につけているとは言えないかもしれないが、学生が学んできた力を即戦力として活用するという発想ではなく、新卒学生を一括採用して、企業文化も含めて新人研修で訓練して自社で使える人間として育ててゆくことの多い日本企業では、企業独自の業務プロセスを理解し、内部調整能力の優れた人間が幹部として活躍しがちである。多くの日本人にとって、就職=就社であり、人材の流動性も昔に比べれば多少改善されてきたとはいえ、外国に比べて決して高くはない。一つの会社(及びその子会社、関連会社)で35年から40年間勤め上げることがまだまだ多数派であり、それを前提とした退職金、企業年金という仕組みは、中途採用者や海外から来たエンジニアには不利にできている。このような状況は、50年前の高度経済成長時代も、停滞期にある現在も残念ながらあまり変わらない。
「変わらない」根本原因の一つは我々の社会の「均一性」ではないだろうか?子どもたちは同じ教科書で同じことを一斉に学ぶ。小学校では落ちこぼれを出さないように、低いレベルに合わせた授業内容になりがちだ。確かに、画一的な教育は、それなりに質の高い多数の労働者を生み出し、大量生産のモノ作りによる高度経済成長時代のビジネスを支えた。しかし、それで成功した時代はとうに終わりを告げたにもかかわらず、教育の現場は変わっていない。このような画一的な教育で育った大人たちが、他者と異なる意見と意見を戦わせるような機会も少ない均一な社会で「空気を読みながら」働く。その結果、世界の多様性と向き合い、議論し、変化を捉えながら自らの進むべき方向を見出す力、に乏しくなっているのではないだろうか?
このような素朴な疑問に対して、多様性に溢れた社会の中で、トップ・オブ・トップのエリートたちがイノベーションのダイナミズムを作り出すイスラエルに、我々が参考とすべき答えのヒントがあるのではないか、と感じるようになった。「まえがき」で紹介したように、イスラエルの少年は3歳で責任ある大人として扱われ、18歳で厳しい兵役を経験する。このような経験を通して、養われる胆力も、多くの若者が起業という挑戦に立ち向かうだけのエネルギーにつながるのではないか。また、3年間の兵役(女子は2年)の間、共に暮らし、厳しい訓練を受けた仲間同士の関係は、人間関係が希薄になってきている日本人には想像できないほど深く、濃いもので、その関係は一生続くという。この濃いネットワークが、起業にも大いに役立つらしい。このような、文化・習慣も含め、社会の仕組み、教育のありかた、等で、日本がイスラエルから学べるのではないかと考えられる点、が多々見え始めた。特に、タルピオット・プログラムという技術エリートを育てるプログラムを知ったときに、その思いは更に強くなった。

新井 均 (著)
出版社 : 東洋経済新報社 (2020/5/22)、出典:出版社HP

 

日本人のためのイスラエル入門 (ちくま新書)

日本とイスラエルの関係を知るための入門書

本書は、パレスチナ問題にも触れながら、日本とイスラエルの対比と関係性が具体的に詳しく書かれています。イスラエルに関しては謎が多く、ミステリアスな印象を抱く人が多いかもしれないが、本書を通してイスラエルと日本の現状について初歩から学ぶことができる。

大隅 洋 (著)
出版社 : 筑摩書房 (2020/3/6)、出典:出版社HP

 

目次

はじめに
「わが世の春」/本書の構成

序章 イスラエルに関心を持つべき五つの理由
1岐路に立つ日本
革新のきっかけ
2イスラエルに関心を持つべき五つの理由
①高い出生率と家庭中心の社会/②伝統を中心として回る社会/③「常識」を打破する精神/④市民社会と軍隊との関係/⑤徹底した安全保障意識と自存自衛の精神

第一章 イノベーションの起きる国――躍進の起源とそのわけ
1イスラエルの現在
海に開かれた世俗の町テルアビブ/分水嶺の頂きに立つ宗教都市エルサレム/三宗教の聖地が折り重なる旧市街/乾いた風景と美味しい野菜/インフォーマルでフラットな社会/交通渋滞/物価は日本の二・五倍/パレスチナ人労働者からアジア人の出稼ぎ労働者へ
2「人に歴史あり」
ゼロから作り上げた歴史/リロン一家の歴史/ビサン一家の歴史/様々なストーリー集団的記憶の通奏低音
3社会主義共同体からアメリカ型資本主義へ
防衛費が対GDP三五%!/一人当たりGDPで日本を超えた!
4「スタートアップ・ネーション」
イスラエル企業の成功/世界的競争力を誇るサイバー防衛分野

第二章 イスラエルの強さの秘密
1国防軍―イスラエルそのもの
イスラエル国防軍の四つの機能/①社会のるつぼとしての機能/②社会人教育施設としての機能/③職業訓練学校としての機能/④同窓会の機能/軍と市民社会
2イスラエルをイスラエルたらしめる文化的特質
英国はなぜ資本主義で先鞭をつけられたのか?/起業家とイノベーションを支える四つの文化的特質/①高いリスクを許容し取っていく精神(ハイ・リスク・テーカー)/②階層のない社会(ノー・ヒエラルキー)/議論を尽くす文化/③失礼千万(イムポライト)/④短気(イムペイシャント)/「非順応」という態度の決定的重要性/「理論的な議論」を培った宗教的伝統/「二○○○年の比較優位」の消失

第三章 イスラエルが抱えるリスクとは?
1順境を享受する社会
この国は、しばらく「買い」
2人口構成上のリスク
アラブ系の人口比率は増加しない/現代イスラエルの建国を認めなかったユダヤ教超正統派/超正統派の伸長勢力はイスラエルをどこに導くのか
3中東的素性の顕現というリスク
ヨーロッパとも少し違うイスラエル/「法の支配」/司法積極主義の功罪
4「平和」のリスク
「生存の危機」の時代は終わった/一方でまだ平和は近くなったとは言えない/イラン神政体制との戦い/ロシア、アメリカとの関係/最大の悪夢/ヨルダン川西岸地区及びガザ地区のどうしようもない状況/「平和」の二次的な価値/フラットな社会は歴史の蓄積に耐えられるか?

第四章 イスラエルとのビジネス協力――壁を突破するために
1イスラエルの強み
「非順応」「議論」というユダヤ文化の伝統/注目が集まったイスラエルの技術/イスラエルの技術開発レベルはどのくらい高いのか/シリコンバレーとは何が違うのか?
2日本企業のイスラエル進出
日本企業にとってなぜイスラエルか?/日本企業進出の現状/研究開発の拠点の設置
3成功への課題
シリコンバレーでの失敗/日本企業が抱える課題/「やってみなはれ」の精神/いくつかの成功例、興味深い例/日本企業とイスラエル企業の真の協業

第五章 高まるイスラエルの政治的存在感
1中東の混迷
揺れ動くアイデンティティ/オスマン・トルコ帝国の崩壊とイスラミズムの勃興/民主主義とイラクの分裂
2存在感を増すイスラエル
米国の中東からの退出/米国の福音派との戦術的パートナーシップ/イスラエルのアウトリーチ
3アラブ・ボイコット
アラブ・ボイコットの形骸化/「BDS(ボイコット・投資撤退・制裁)運動」

第六章 日本の役割
1日本と中東和平
評価されている日本のパレスチナ支援/日本の姿勢とパレスチナへの期待/イスラエル側の事情
2イスラエルと米国及び中国との関係
難はあるものの底流は変わらない米・イスラエル関係/トランプ大統領とユダヤ系米国人/イスラエルに寄付するユダヤ人/米国の建国物語と重なるイスラエルの物語/中国の進出により問題となったインフラ投資/王岐山国家副主席の訪問/米国によるイスラエルへの懸念表明/技術強国イスラエルの選択
3日本とイスラエルの二国間協力
政治・安全保障の新機軸/深堀りすべき科学技術協力/端緒がついたばかりの大学間交流/若者は嗅覚を研ぎ澄ます/最も有名な日本人、杉原千畝/武道とアニメで日本を知る/日本旅行の人気はうなぎのぼり

終章 イスラエルを通して振り返る日本
1イスラエルからの視点
「ニホンジンは歴史と伝統へもう少し敬意を払ったらどうですか」/欧米とは違う日本を見る視線
2調和と停滞
自然に帰依し調和する多神教の伝統が遺った日本文明/大陸から隔絶されたがゆえに続いた日本/日本は職人と達人の国/カール・マルクスとスタートアップ/停滞と硬直化から抜け出すのに苦しむ日本/混沌として見えるアメリカの歴史は断続的に変革、調和の日本の歴史は不連続に飛躍する/「生かされた自分たちの使命とは何か」
3イスラエルは日本の変革の触媒となり得る
大きな変革のとき/イスラエルという変革のための触媒

あとがき
参考文献


イスラエル周辺地図(及びガザ地区])

大隅 洋 (著)
出版社 : 筑摩書房 (2020/3/6)、出典:出版社HP

 

はじめに

「わが世の春」

ひと昔前は、イスラエルと言えば、(信徒であるか否かは別として)聖書の世界への憧憬、原始共産主義とも言える「キブッ」への共鳴、あるいは中東紛争のニュースをきっかけに興味を持つ人がほとんどであり、日本での関心は限定的だった。
しかし最近は、イノベーション大国へのビジネス的関心や、スタートアップ文化の魅惑など、興味の対象、そして興味を持つ階層や世代も変化するとともに、裾野も広まってきている。日本からのビジネス関係者の訪問は著しく増えてきており、ときどき私がイスラエルにて勤務していたことに会話のなりゆきで触れると、「一度行ってみたいんですよ」という反応が返ってくることが少なくない。
二〇一七年七月からの約二年間、私はイスラエルのテルアビブにある日本大使館の公使(及び経済担当)として勤務した。そこで見たイスラエルは、「わが世の春」を謳歌していた。混迷するアラブ諸国とは対照的に、この一世紀超にわたりゼロから自分たちで作り上げた経済・社会は、大地に力強く根を張っている。「スタートアップ・ネーション」として頭角を現し、小国ながらも最先端技術の大国としての地位を確立してきている。
建国からわずか七〇年あまりの現代イスラエルの海岸沿いには新しいビルが立ち並び、テルアビブ勤務はさしずめシリコンバレー出張所勤務の感もある。米国の中東からの退潮、イスラム教内での宗派間対立もあり、イスラエルと関係を持つとアラブ諸国から経済ボイコットを受けていた時代とは様変わりした。経済的、そして地域及び国際政治的にもイスラエルは重要な国になってきている。
日本は、令和という新しい時代への希望と、ラグビー・ワールドカップ開催の成功を背に東京オリンピック・パラリンピックへの期待に包まれている。その一方で、少子化、経済・社会の大きな変革期の不安感、地域・国際情勢の成功経験の無効化の危機に遭遇している。また、新型感染症の影響も影を投げかけている。
少子化は国の雰囲気を暗くギスギスさせている。日本経済の屋台骨と言われる自動車産業は一○○年に一度の変革の時期を迎え将来が不透明な一方、デジタル化、AI、グローバル化に日本は大きな比較優位を持っていない。また、冷戦後のアメリカ「帝国」の幻想はイラク戦争を境に逆旋回し、全体主義的位相をますますはっきりさせてきている中国が興隆する一方で、今や自由民主主義諸国は守勢に回っているという批評が多くなされている。
このような状況にある日本の視点からイスラエルを見ると、1高い出生率と家庭中心の社会、2伝統を大切にしてそれを中心として回る社会、3「常識」を打破する精神がもたらすイノベーション、4市民社会と軍隊との関係、5徹底した安全保障意識と自存自衛の精神など、参考にできることがある国であり社会であると思う。
そして、日本がイスラエルと付き合う必要性はこれまでになく増している。もちろん歴史や背景も違うので、単純に移植できるものはほとんどない。しかし、現代の我々の考えるヒント、行動するヒントとして、イスラエルが提示してくれるものは色々ある。
本稿は、そのような考えから、私がイスラエルを自分の目で見て肌で(違和感を)感じたことからスタートして考え、そして日本に帰ってきてからその考えを反芻し、まとめたものである。

本書の構成

序章では、本書を通観するテーマとして、現代日本がイスラエルを参考にすべき理由についてもう少し敷衍してみた。
第一章は、イスラエル社会の現在について点描しつつ、イスラエルが実際はどんな国でその市民はどんな社会に生きているか、そして「スタートアップ・ネーション」と呼ばれるまでの道のりについて記した。

大隅 洋 (著)
出版社 : 筑摩書房 (2020/3/6)、出典:出版社HP