大脱出――健康、お金、格差の起原: これまでの人類の貧困からの大脱走(Great Escape)についてとこれからの未来

アンガス・ディートン (著), 松本 裕 (翻訳)
出版社: みすず書房 (2014/10/25)、出典:amazon.co.jp

構成・要約

世界はこれまでの過去に比べ、人々はかつてないほど豊かになり健康になり,寿命も伸びました。しかし世界を見渡せば今なお,国家間またそれぞれの国での人々の中でも不平等が存在しています。筆者のディートンは本書の中で世界のこれまでの体験を進歩と格差の終わりなきダンスと表現しておりますが、しかしながら格差についてはマイナス面だけではないと言います。誰かに追いつこうとして奮い立たせてくれたり,後進の者への豊かさへの道標になったりする役目も果たすからです。しかし先に豊かになったものが構造的な壁をつくり,自分たちの既得権益を守ろうとした時,格差は黙認できないと言います。(このあたりはロバート・ライシュの最後の資本主義を読んでも良いかもしれません。)

大きく分けて第1部ではロングヒストリーで有史以前からの人口を中心に熱帯地方における箇所,また現代の健康について。第2部ではお金や富について,それと付随した格差について書かれております。第3部では唯一,援助や途上国支援でのことについて言及されております。ここは1章分しかさかれていないのですが,現代の援助ドナーの問題,開発問題を端的に述べております。

援助研究への批判

また,ディートンは今のランダム化比較試験(RCT)が 市民権を得ている開発経済学の流れがあまり好きではなく異論を唱えています。彼のいうところは完全に因果関係を見るには優れたRCTの研究も所詮 local averageとかの推計しか見ることはできないし,操作変数を探すのに躍起になってその蓄積をほかの途上国の問題に応用できることは少ないということ。 もっとその背後にある理論を織り交ぜることを彼は推奨しています。

ディートンの今後の考察

Great Escapeは捕虜収容所からの脱走を描いた映画ですが,ディートンがこの映画をメタファーとして用いたのは,もちろん捕虜収容所を貧困とみて,そこからどのように(先進国の)国々が”脱出”できたかを描くストーリーがある一方,捕虜収容所に取り残された(未だ貧困のままになっている途上国の)人々のストーリーでもあります。ディートンは本書の最後にこの映画と違う結末(つまり今の世界は貧困と言う名の捕虜に問われたままにならずにすることができるか)が待っているのだろうかという問いに対しては,

None of these things can be expected to improve everywhere, or to do so uninterruptedly. Bad things happen, and new escapes, like old ones, will bring new inequalities Yet I expect those setbacks to be overcome in the future, as they have been in the past. おそらく答えはNoかもしれない。世の中で良くないことが起こるだろうし,新たな脱走(これからの途上国の成長)は新しい格差を生むかもしれない。それでも過去に乗り越えてきた挫折を未来はまた乗り越えられるはずだと締めくくっています。

何点か翻訳での残念な点は、出版社も大脱走とタイトルとつけてしまうと,おそらく映画本と書店で勘違いが起こるかもしれないという観点で大脱出とされたのかもしれませんが,あえて,そこは上記の意味を込めてディートンもGreat Escapeとつけたので大脱走でも良かったのではないかと思いました。
またこちらの書籍もディートンがノーベル経済学賞受賞前の翻訳だったところもあったのかもしれせんが,このような解説本にあった,第一人者の解説付きで,最後締めくくられても良かったかもしれません。

アンガス・ディートン (著), 松本 裕 (翻訳)
出版社: みすず書房 (2014/10/25)、出典:amazon.co.jp