【最新】コロナ後はどうなるか?を知るおすすめ本

コロナ危機後の世界

2020年は新型ウイルスの襲来により世界経済から個人のライフスタイルまで変化が強いられた年でもありました。各国の協調から個人個人の意識の変化でこの危機を乗り越えてきていますが、今後収束した世界はbeforeコロナとafterコロナで違ってくるはずです。今回はafterコロナでの生活・経済はどうなっていくのかを知ることのできるおすすめ書籍を紹介します。

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出典:出版社HP

コロナ後の世界 (文春新書)

コロナのパンデミック後は世界がどうなるのか

新型コロナウイルスは世界中に広まり、今でも感染者数は増え続けています。本書は、「私たちはどうなっていくのか」「このパンデミックは人類の歴史にどのような影響を及ぼすのか」などの疑問や不安を現代で最高峰の知性を持った6人に問いかけています。2020年代を生き抜くためのヒントが詰まっている本です。

大野 和基 (編集)
出版社 : 文藝春秋 (2020/7/20)、出典:出版社HP

目次

はじめに

第1章 独裁国家はパンデミックに強いのか ジャレド・ダイアモンド
コロナ対応にみる各国のリーダーシップ/なぜ中国は野生動物市場を野放しにしたのか/二極化から一丸となったアメリカ/ウイルスとは何者か?/感染拡大を防ぐ方策/ロックダウン生活の過ごし方/危機はコロナだけではない、人口減少はアドバンテージになる/問題は高齢化ではなく定年退職システム/移民の恩恵と問題/女性を家庭から解放しよう、中国、韓国との関係を改善する/ドイツ首相はひざまずいて謝罪/二十一世紀は中国の時代か?/アメリカで二極化が進んだ原因/民主主義の本質は投票すること/次の世代のためにできること

第2章 AIで人類はレジリエントになれる マックス・テグマーク
人類は思っていたほどレジリエントではなかった/パンデミックとの闘いは情報戦/ワクチン・新薬開発にも活用できる/「汎用型」と「特化型」、外部データを使わずに自己学習/データは本当に「新しい石油」か?/AIによる自動兵器の脅威/格差から再分配へ/AIで代替される職業/一回の失敗がすべてを破壊する/越えてはならない一線/SF映画のディストピア

第3章 ロックダウンで生まれた新しい働き方 リンダ・グラットン
「この世の終わり」ではない、デジタル・スキルの向上/健康を保ちつつ歳を重ねる重要性/年収の一七%を毎年貯蓄/六十歳は「年寄り」ではない、年をとることはワクワクすること、人生のマルチステージ化/三つの無形資産/人間らしい力”が必要/日本での結婚は?“不平等”/日本の男性と企業は意識改革を/ポスト・コロナ時代に重要な四要素

第4章 認知バイアスが感染症対策を遅らせた スティーブン・ピンカー
「基準率的思考」と「指数関数的思考」/感染症は戦争を起こさない/船に代わって飛行機がウイルスを運んだ/パンデミックと気候変動/中国の独裁主義が感染拡大を助長した/ジャーナリズムの罪/いいニュースは報道されない/我々はデータを理解できない/環境問題の解決法/AIへの不合理な恐怖/格差よりも不公正が問題/楽観主義になるべき

第5章 新型コロナで強力になったGAFA スコット・ギャロウェイ
ビッグテックはますますパワフルに/電気・ガス・水道と同じ/GAFAは高速道路の料金所/社会を分断するアルゴリズム/我々はメディアではない、世界で最も危険な人物/国家による規制/生き残るのはどこか?企業はいつか必ず死ぬ/「都合の悪い事実」NEXT GAFAの名前/次の一千億ドル長者は

第6章 景気回復はスウッシュ型になる ポール・クルーグマン
「人工的な昏睡状態」/バズーカ砲を撃て/スペイン風邪の大流行に学べ、二歩進んで一歩下がる/消費増税は税収を減らすだけインフレ率を上げろ/統一政府なきEU/ドイツはEUの「問題児」/米中貿易戦争の勝者は?/早期にロックダウンしていれば/トランプ大統領再選というリスク/日本の行く末は/追記

あとがき

はじめに

今世紀最大のパンデミックは中国からはじまりました。グローバリズムによって地球の隅々までがつながった現在、新型コロナウイルスは瞬く間に拡がり、世界中で猛威をふるっています。
人類の歴史は感染症との闘いと言われるように、黒死病やペストなど、私たちはいくつかのパンデミックを乗り越えて生き延びてきました。前の世紀においても、一九一八年にアメリカから大流行した”スペイン風邪”がありました。当時の総人口の四分の一ほどに当たる五億人が感染し、四千万人が死亡したとされます。しかしながら百年以上前のことであり、やはり私たちは自分たちの問題ではなく、歴史上の出来事として捉えていたのかもしれません。
ただでさえわが国は、東日本大震災とそれに伴う原発事故にみまわれました。それから十年足らず、復興のあかしとしてオリンピックを開催する直前に、パンデミックに襲われるとは誰が予想したでしょうか。
後世の歴史家は、コロナ以前/コロナ以後で年表に一線を画すかもしれません。わが国だけでなく、世界的にますます混迷が深まる中、私たちはどうなるのか、人類の未来に羅針盤はあるのか――世界を代表する知性六人に問いました。
テーマは新型コロナのみにとどまらず、少子高齢化や格差問題、人工知能やGAFAが作る未来像など多岐にわたります。混迷を極める二〇二〇年代を生き抜くための考えるヒントがここにあります。

文春新書編集部

大野 和基 (編集)
出版社 : 文藝春秋 (2020/7/20)、出典:出版社HP

コロナ後の世界を語る 現代の知性たちの視線

コロナ禍の今後を考える

新型コロナウイルスは瞬く間に地球上に広まり、いまだに収束が見えません。先行きが不透明なこの時代とどのように向き合えば良いのか不安に感じている人も多いでしょう。本書は、世界の第一線に立つ知識人が示す多様な視点を集め、今後の世界について考える一助となることを期待して書かれた一冊です。

養老孟司 (著), ユヴァル・ノア・ハラリ (著), 福岡伸一 (著), ブレイディ みかこ (著), 朝日新聞社 (編集)
出版社 : 朝日新聞出版 (2020/8/11)、出典:出版社HP

まえがき

朝日新聞の東京本社は、豊洲へと移転した築地市場の跡地のすぐ隣にある。本来ならば、今頃、跡地は東京五輪・パラリンピックの車両基地として、多数のバスや車が連なり、世界各国から詰めかけた関係者でさぞかし華やいでいたことだろう。選手村の予定はすぐ近くだ。
だが、今、がらんと、のっぺらぼうになった跡地に人影はない。つい先日まで、夜になると、窓からは東京アラートで赤く照らされたレインボーブリッジが見えていた。インバウンドで賑わっていた築地場外は、シャッターを下ろしている店も少なくない。今年の初め、この閑散とした夏を誰が想像しただろう。
世界は一体どこへ向かっているのか。
朝日新聞のニュースサイト「朝日新聞デジタル」のデスクとして、アクセス数やツイート数などを分析しながら、毎日のニュースを配信するのが、現在の私の仕事である。築地の本社で、在宅ワークの日は自宅で、日々、様々な指標を眺めていると、世代、性別、国籍を問わず、多くの人が同じ心持ちなのだ、と改めて実感する。緊急事態宣言の間はアクセス数が終日はねあがり、特に感染者数が発表される夜に向けて急増した。何が起きていて、どうすれば命は守れるのか。みんな、息を潜めて見つめていた。
そして、もうひとつ、数値に表れた顕著な特徴は、世界各地の識者がこの状況を読み解いたインタビューへの高い関心である。
ウイルスと生命の深遠なる関係を格調高く綴った福岡伸一氏の寄稿は、朝日新聞紙上に4月に掲載され、デジタルでも配信されると、爆発的に読まれた。『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリ氏への高野遼・エルサレム支局長によるインタビューも同様だった。
混迷する時代を生き抜く指針が求められている。
その後も、各地の特派員のほか、政治部、文化くらし報道部など、各部から続々とインタビューが出稿され、大きな反響があった。
それなら、朝日新聞デジタルでは、1カ所にまとめた特集ページをつくったら読みやすいだろうと、4月末、デザイン部の加藤啓太郎さんがつくった洗練されたメーンビジュアルのもとに、「コロナ後の世界を語る~現代の知性たちの視線」を開設した。ネットでつながりながら、森本浩一郎さん、伊藤あずささん、日高奈緒さんほか、デジタル編集部のみなさんと在宅ワークで、ページづくりに取り組んだ。
『銃・病原菌・鉄』のジャレド・ダイアモンド氏、「不要不急」を問うた養老孟司氏らによる論考が続々と追加され、現在も更新を続けている。その一部を、新書の形でまとめたのが本書である。
思えば新聞の役割は、早く正確なニュースの提供とともに、時代を切り取るすぐれた論考を載せることにもある。齢80を迎えた私の父は新聞をスクラップするのが趣味のひとつだが、楽しみに切って眺め返しているものといえば外部の筆者によるコラムや寄稿ばかりだ。
今回収録されたものは、世界の第一線に立つ知識人が、同じ困難に向き合いながら、語り綴った論考である。新聞社だからこそ成しえた即時性にも意味があると思う。
いまだコロナ禍の収束が見えない中、本書が示す多様な視点が、混迷する世界について考える一助になれば、幸いである。

2020年夏
朝日新聞東京本社デジタル編集部次長 三橋麻子

養老孟司 (著), ユヴァル・ノア・ハラリ (著), 福岡伸一 (著), ブレイディ みかこ (著), 朝日新聞社 (編集)
出版社 : 朝日新聞出版 (2020/8/11)、出典:出版社HP

目次

まえがき

第1章 人間とは 生命とは
養老孟司
私の人生は「不要不急」なのか?根源的な問いを考える
「不要不急」は若い時から悩みの種/学問研究の意味とは?/すべては自分で考えるしかない/俺の仕事って要らないんじゃないのか/ヒトとウイルスは不要不急の関係
福岡伸一
ウイルスは撲滅できない共に動的平衡を生きよ
ウイルスは利他的な存在/ウイルスは受け入れるしかない/ウイルスも生命/無駄な抵抗はやめよ
角幡唯介
人間界を遠く離れた4日間世界は一変していた
感染させる相手のいない地へ/世界でただ一人浮いていた/人々の心を結節させる言葉とは/「あなたは今、世界で一番安全な場所にいる」/自分だけが取りのこされて……
五味太郎
心は乱れて当たり前不安や不安定こそ生きるってこと
学校や社会は、子どもに失礼/いまは本当に考える時期

第2章 歴史と国家
ユヴァル・ノア・ハラリ
脅威に勝つのは独裁か民主主義か 分岐点に立つ世界
政治の重大局面/市民による政府監視を/グローバル化、弊害より恩恵/世界が、我々が立つ分岐点
ジャレド・ダイアモンド
コロナを克服する国家の条件とは?日本の対応とは?
危機に対応する5つの条件/世界レベルのアイデンティティーを
イアン・ブレマー
国家と経済の役割と関係が変化 第4次産業革命が加速
リーダーは「トレードオフ(妥協点)」の見極めを/米中関係悪化の経済的な余波に備えよ
大澤真幸
苦境の今こそ国家超えた「連帯」を実現させる好機
グローバル経済が危機を招いた/「封じ込め」では解決しない/国家を上回る国際機関の設立を
藤原辰史
パンデミックの激流を生き抜くためには人文学の「知」が必要
「ルイ16世の思考」は危機の時代に使いものにならない/「長期戦に備えよ」――歴史が伝えること/人文学の「知」を軽視する政権
中島岳志
「声」なき政治に国民の怒りが表出政治は大きな変化を
長年聞いていない首相の「声」/世界観や文明観の大きな変化が必要
藻谷浩介
「応仁の乱」と共通する転換点 地方からの逆襲を
国と地方、どちらにも任せられない/創意工夫を打ち出す地方のリーダー/「全国一律」に限界/全国紙の自治体チェックは努力不足
山本太郎
病原体の撲滅は「行き過ぎた適応」集団免疫の獲得を
病原体も共生を目指す/流行が終わるためには
伊藤隆敏
「リーマン以上」の打撃 実体経済は通説を覆し急速に縮小している
リーマン・ショック以上の経済危機に/ニューノーマルへの転換を

第3章 社会を問う
ブレイディみかこ
真の危機はウイルスではなく「無知」と「恐れ」
「コロナを広めるな」と言われた息子/「未知」=「無知」に「恐れ」の火をつけたら/オンライン授業で見えたこと/「キー・ワーカー」を巡る分断/価値観変化の「種」
斎藤環
非常事態で誰もが気づいた「会うことは暴力」
指が逃れぬ仮想幸福/「会うこと」は暴力/「ひきこもり」の価値
東畑開人
猛スピードの強風で「心は個別」が吹き飛ばされた
どうしてもケース・バイ・ケースになってしまう/「個別性=心」は社会のサポートを失った/その人固有の「速度」を探して
磯野真穂
「正しさ」は強い排除の力を生み出してしまう
「秩序を乱す者を排除したい」/感染拡大を抑制さえすれば社会は平和なのか
荻上チキ
「ステイホーム」が世論に火をつけた一方ポピュリズムに懸念も
問題の広がりは「意外」/成功体験、政治に反応しやすくなった面も
鎌田實
分断回避のために感染した若者に「ご苦労様」と言おう
バッシングは「ストレス解消」/感染者に厳しい=感染症に弱い社会/まずは検査方針の転換必要/終息後、より良き社会に

第4章 暮らしと文化という希望
横尾忠則
作品は時代の証言者この苦境を芸術的歓喜に
共生共存を図る精神の力を絵画に投影/何を人類に学ばせようとしているのか
坂本龍一
パンデミックでも音楽は存在してきた
新しい方法で適応を&昨日と同じことをしていたら……/いまは歴史の分岐点/「時間」を疑う音楽
柚木麻子
暮らしを救うのは個人の工夫ではなく、政治であるべき
コロナを生きる女性たちの「精一杯」/戦時下よりも異常な事態

あとがき

養老孟司 (著), ユヴァル・ノア・ハラリ (著), 福岡伸一 (著), ブレイディ みかこ (著), 朝日新聞社 (編集)
出版社 : 朝日新聞出版 (2020/8/11)、出典:出版社HP

アフターコロナ 見えてきた7つのメガトレンド

コロナ禍の記録

日経BPが、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大、それに対する日本の対応をドキュメント風に振り返り、そして、それは今後の我々の(経済)生活をどう変えるのかについて、著名なビジネスマン、学者、政治家、芸術家、作家など31人へのインタビューを踏まえてまとめたムック本です。コロナ禍の経過の記録として、手元に置いておきたい一冊です。

日経クロステック (編集)
出版社 : 日経BP (2020/6/2)、出典:出版社HP

Contents 目次

プロローグ
描きかけの地図を携えて「アフターコロナ」を生きる
「Stay Home」から始まったルネサンス

1章 ドキュメント
経済ロックダウン
緊急事態宣言の衝撃
未曽有の2カ月が始まった
コラム① 今さら聞けない「新型コロナ用語」

2章 タイムライン
異変から、危機へ128日間の混乱劇
1~2月 中国発、原因不明の肺炎客船の来航で楽観が消えた
3月 始まった需要“蒸発”混乱の舞台は中国から欧米へ
4月 史上初の緊急事態宣言「コロナ倒産」100件超え
5月 緩和と再拡大のイタチごっこ 世界が模索する「共生」
コラム② 感染症とテクノロジーの2000年史

3章 業界別分析
コロナショック、崩れた既存秩序
【自動車】 2000万台の需要が蒸発
【機械】 連鎖する操業停止、受注額4割減に
【電機】 急務となった生産現場改革
【IT】 DX加速、常駐は見直し
【通信】 5G展開計画に不透明感
【医薬】 検査と治療法開発で相次ぐ特例
【建設】 ゼネコンで相次ぐ工事中断
【住宅・不動産】 調達難・営業難・開業延期で混乱
【金融・フィンテック】 3兆円規模で吹き飛ぶ銀行利益
コラム③ 日経クロステック編集長、緊急座談会

4章 キーパーソンが語る
私たちの「アフターコロナ」
日立製作所社長 東原敏昭
アリババDAMOアカデミーAIセンター 華先勝
建築家 隈研吾
日本交通会長 川鍋一朗
衆議院議員 平井卓也
星野リゾート代表 星野佳路
『感染症の世界史』著者 石弘之
経団連会長 中西宏明
連合会長 神津里季生
医師 武藤真祐
理化学研究所 松岡聡
リクルート執行役員 山口文洋
レオス・キャピタルワークス社長 藤野英人
米ズーム・ビデオ・コミュニケーションズCEO エリック・ユアン
ボストン コンサルティンググループ日本共同代表 杉田浩章
作家 竹内薫
編集者 若林恵
ライゾマティクス・アーキテクチャー主宰 齋藤精一
米ムーブン創業者 ブレット・キング
インテル 野辺継男
京都大学大学院教授 藤井聡
東京大学大学院教授 藤本隆宏
社会学者 小熊英二
経済産業省 中野剛志
早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄
経済産業省 江崎神英
情報通信研究機構理事長 德田英举
建築家 內藤廣
慶應義塾大学教授 村井純
ベンチャーキャピタリスト 伊藤穣一
立命館アジア太平洋大学学長 出口治明
コラム④ 新型コロナウイルスの影響を2段階で考える

5章 アフターコロナ
見えてきた7つのメガトレンド
分散型都市
大都市化の終焉、試金石はトヨタ
ヒューマントレーサビリティー
「監視社会」か「救世主」か
ニューリアリティー
オンラインが揺るがすリアルの在り方
職住融合
オフィスと住宅を再発明せよ
コンタクトレステック
「密」回避社会のキーテクノロジー
デジタルレンディング
テクノロジーが仕掛ける「血行促進」
フルーガルイノベーション
危機で輝く逆境生まれの革新術

エピローグ 危機の21世紀
「ビフォーコロナ」を振り切り、人間社会は強くなる

日経クロステック (編集)
出版社 : 日経BP (2020/6/2)、出典:出版社HP

プロローグ 描きかけの地図を携えて「アフターコロナ」をここで生きる

ベストはルネサンスを生んだ。では、新型コロナウイルスは何を生むのかー。
ボッカチオの作小説「デカメロン」から、2本の補助線を引いてみたい。
新しい地図はいまだ存在しない。描きかけの地図を上書きしながら、
我々は「アフターコロナ」を生きていく。

「Stay Home」から始まったルネサンス
「デカメロン」から導く2本の補助線

「ボッカチオの小説「デカメロン」は読みましたか」――。
立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明は今、学外を含めた会議の場などで、会う人会う人にこの古典を薦めている。
14世紀イタリアの作家ジョバンニ・ボッカチオの代表作である「デカメロン」。1348年から53年ごろに書かれたとされる。当時は欧州でペスト(黒死病)が猛威を振るっていた時期であり、この物語はペストの招歌を逃れようとフィレンツェ郊外の別荘に集まった10人の男女の物語だ。
ライフネット生命保険社長を経て現職に転じた「知の巨人」である出口が、周囲に推す理由はここにある。

「デカメロンは『Stay Home』の物語なんです。登場人物たちは『こんな時、ふさぎ込んでいてもしょうがない』と考え、ユーモアが大事だと様々な物語を口々に語っていく。そして、それがルネサンスという“うねり”へとつながっていく」
出口が指摘するように、欧州を飲み込んだベストは、ルネサンスのきっかけとなった。では、新型コロナウイルスは何を生むのか――。本書の序論として、「デカメロン」をヒントに2本の補助線を引いてみたい。

ボッカチオによる「人間回帰」
デカメロンが別荘に集まった10人の物語であることは既に述べた。作中、この10人は好き勝手に作り上げた物語を1日に1話ずつ語っていく。10日で10人が紡いだ掌編は計100話。「デカメロン」はギリシャ語の「deka hemerai=10日」に由来し、「十日物語」とも訳される。出口が言うように、10人が語る物語はユーモアにあふれる。ペストからの逃避の物語であるにもかかわらず、妙に明るく、振り切れているのだ。
象徴的なのが、5日目第8話で語られる「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」だ。「ビーナスの誕生」で著名な画家サンドロ・ボッティチェリがこの物語を下敷きに描いた絵画でも知られる(上の絵画を参照)。
主人公のオネスティは好意を抱いていた女性に振られ、傷心して森の中を歩いている。そこで、裸の女を追い回す騎士と出くわす。2人は亡霊であり、騎士はかつてその女に結婚を申し込んだが断られて自殺していた。恨みは消えず騎士は亡霊となり、未来永劫、女を殺し続けていく。その凄惨さは、ダンテが「神曲」で描いた地獄のオマージュとも考えられる。オネスティは森での出来事を好意を抱く女性に伝え、「断ると、あなたもこうなる」と告げる。脅しにも似た言葉で、女性は結婚に同意する一。何とも不思議な話である。この物語だけではない。100話には、不倫や破滅、略奪、好色など、欲望に忠実な人間の性をありのまま躊躇なく描いた物語であふれている。ペストがまん延し、欧州で5000万人が命を落とす中で、ボッカチオが志向したのは「人間への回帰」あるいは「神の支配からの脱却」だったのだろう。ボッカチオが憧れたダンテの「神曲」になぞらえ、デカメロンが「人曲」と呼ばれるゆえんはここにある。この試みは、人間を中心として描くヒューマニズム(人文主義)へと発展していく。
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が落ち着いた後の世界にも、同様の志向がみられるに違いない。アフターコロナを読む第1の補助線として、本書では、「人間中心」というキーワードを挙げたい。
4章で登場する多くの論客が、異口同音に「人間への回帰」を意味する言葉を口にした。「密」の回避は、企業に対し「従業員ファースト」を迫った。「ひふみ投信」を運用するレオス・キャピタルワークス社長の藤野英人は、利益至上主義の限界を指摘し「健康経営が本当に浸透しているかどうかが試されている」と語る。
消費者の行動も変化するだろう。日立製作所社長の東原敏昭は、「アフターコロナのポイントは、人間中心社会だ」とした上で、テクノロジーからイノベーションが生まれるのではなく、人々のニーズが次のテクノロジーを生むという「反転」が起こると予想する。
効率を優先した都市構造やオフィスの在り方も、人々がより働きやすい形に姿を変えるだろう。APU学長の出口は、ペストによって宗教改革が起こったことを引き合いに「生き方改革が起こる」とみる。こうした変化を、本書5章では「分散型都市」「職住融合」「ヒューマントレーサビリティー」というトレンドとして描く。

制約が生んだ新たな物語
デカメロンから引くもう1つの補助線は「制約が生み出す価値」である。
同書がルネサンスにもたらした功績は、その内容だけではなかった。
この小説が特殊なのは、その構造にある。登場人物が織りなす人間模様が描かれるのではなく、10人それそれが創作した物語を、1日に1話ずつ語り部として紡いでいく「物語中物語」という入れ子構造を取る。「枠構造」とも呼ばれるこの様式によって、ボッカチオは市井の人々が自分の言葉でストーリーを紡ぐことを可能にした。デカメロンが「世界初の近代小説」と呼ばれる理由の1つはこの構造に起因する。以後、同様の構造を持つ小説が欧州で生まれていく。ボッカチオは、登場人物が語るという「フレーム=枠」を設定し、新たな物語を発明した。この「制約下でこそ生まれる発明」は、文学の領域だけにとどまらないだろう。テクノロジー、カルチャー、サービス…。
新型コロナ幅で生きる我々の手掛かりになるはずだ。
対面が難しいという制約条件は、あらゆる産業に再発明を迫る。「コンタクトレステック」の必要性が高まる一方で、オンラインとリアルが融合した「ニューリアリティー」とも言える概念も生まれ始めている。危機下でスピードが求められるなか、「デジタルレンディング」と呼ばれる新たな融資の在り方も見えてきた。
逆境は、イノベーションの方法論にも変革を要請している。ひっ迫する医療分野を筆頭に、従来のサービスや製品を基に、現場のニーズに合った安価で高機能な製品を再設計する方法論が脚光を浴びる。「フルーガル(検約的イノベーション」と呼ばれるその方法は、アフターコロナを象徴するキーワードになるはずだ。「人間中心」「制約が生み出す価値」ー。2本の補助線はやや抽象的で、おぼろげだ。新型コロナによる短期的な混乱が明けたフェーズを「アフターコロナ」と定義するなら、我々はまだその世界の新しい地図を手にしていない。ただ、そのヒントは見えてきた。描きかけの地図を更新しながら、私たちは新常態(ニューノーマル)を生きていく。(文中敬称略)

日経クロステック (編集)
出版社 : 日経BP (2020/6/2)、出典:出版社HP

コロナショック・サバイバル 日本経済復興計画

コロナ時代を生き残る

新型コロナウイルスによるパンデミックで、世界経済は生産と消費を大幅に抑制しなければならなくなりました。この苦難をきっかけとして、新たな会社のかたちやあり方を創造し、成長機会を掴み取るためにはどのようなことをすればいいのでしょうか。本書は、コロナの時代を生き残り、成長するために必要な経営的エッセンスを紹介しています。

冨山 和彦 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2020/5/9)、出典:出版社HP

目次

はじめに 破壊的危機に、どう対処すべきか

第1章 L→ G → F_経済は3段階で重篤化する
Lの第一波/Gの第二波/Fの第三波/今回は中国頼みの回復に大きくは期待できない/要注意・ダメージが長引くリスクがあるのはGとF、そして外需依存型のL

第2章 企業が、個人が、政府が生き残る鍵はこれだ
新時代の幕開けに世界的リスクイベントあり/誰が生き残る確率が高かったのか?/日本の金融危機とリーマンショックの歴史が示唆する学びとは/修羅場の経営の心得/修羅場の「べからず」集/悲観的・合理的な準備、楽観的・情熱的な実行/個人として身構えておくべきこと/政策的課題として想定しておくべきこと/緊急経済対策、守るべきは「財産もなく収入もない人々」と「システムとしての経済」/政策対応の撤収タイミングとメリハリが重要/危機の経営、再生のプロが減少している日本のリスク

第3章 危機で会社の「基礎疾患」があらわに
約10年おきに「100年に一度の危機」が起きる時代/大企業の基礎疾患の核心とは、「古い日本的経営」病/中堅・中小企業の代表的な基礎疾患は「封建的経営」病/今までの危機対応のショックが残した生活習慣病回帰、ゾンビ事業延命の罠にはまるな

第4章 ポストコロナショックを見すえて
Lの世界、Gの世界の両方に構造改革の好機が到来/真の淘汰と選択は危機時に始まる。ベンチャービジネスも同様/DXは加速する、そして破壊的イノベーションも加速する/モノからコトへの流れは加速する/GからLへ流れは変わる、LDXを起動せよ/株式会社、市場経済、資本主義の基詞も変わる/さらば「DXごっこ」/CXこそがDXへの本質的な解/TAはCXの大チャンス

おわりに 日はまた昇る、今は200%経営の時

冨山 和彦 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2020/5/9)、出典:出版社HP

はじめに 破壊的危機に、どう対処すべきか

コロナショックがやって来た。新型コロナウイルスによるパンデミック(世界的大流行)で、少なくとも数カ月、場合によっては年単位で世界経済は生産と消費の両方を大幅に抑制せざるをえない情勢である。もちろん我が国の経済も。まさに破壊的な危機が私たちの生命と経済の両方に対して襲いかかっているのだ。
ここでシステムとしての経済が不可逆的なダメージを受けてしまうと、私たちの社会はパンデミックを克服した後に、今度は経済的な苦境に長期にわたって陥ることになる。産学官金が力を合わせウイルスとの闘いと並行して、産業崩壊、金融崩壊、雇用崩壊、経済崩壊の危機との戦いにも勝ち抜かなければならない。今回の危機はその広さと深さと長さにおいて、リーマンショックといった今までの危機を上回る破壊性を持っている。
新型コロナウイルスとの闘いはグローバルスケールで長期戦の様相である。他のウイルス性疾患のパンデミックと同様、一定程度の集団免疫の形成とワクチンや抗ウイルス剤の開発と普及で爆発的な感染と重症化をコントロールできる状況になるまでは落ち着かないであろう。要は数週間でかたのつく話ではないということだ。
言うまでもなく、それまで人々の経済活動は生産サイド、消費サイドの両面で著しい制約を受け続ける。特に消費の消滅は企業の存続に直結する激しいインパクトを持つ。企業にとってキャッシュ流入の大半は売り上げによるものであり、それが消えるとあっという間にお金がなくなる、すなわち人間でいえば重度の失血状態になり、ここでキャッシュショートすれば直ちに「死」に至る危機に直面する。
この過酷な現実は企業の大小、業種を問わない。リーマンショックの時、米国において、巨額の販売金融債権(と供務)を抱えている自動車産業の需要が消え、世界最大級の企業であるGMやクライスラーがたちまち倒産した。経営基盤が極めて強固なトヨタでさえ北米で資金枯渇の危機に遭遇し、急遽、奥田碩相談役(当時)が自ら動き、JBIC(国際 協力銀行)の協力を得て巨額の資金を米国に送金している。
同じ頃に日本では、国際線中心で、もともと高固定費体質に喘いでいたJALが需要の急減に直面し、やはり倒産に追い込まれた。2009年9月、私は故高木新二郎弁護士とともにJAL再生タスクフォースのリーダーとして弊社(IG PI)のプロフェッショナルたちとともに危機的状況に対峙したが、資金減少の度合いは凄まじく、月単位で最大800億円、毎日数十億円の現金が流出し、金融機関への元利支払いを止めてもあと一カ月余りでまったく資金が枯渇して給料も燃料代も払えなくなり、全面運航停止となり、かつてパンアメリカン航空が陥ったようにそのまま破産消滅する寸前まで追い込まれていた。
実際、今回のコロナショックでも、JALに代わってわが国の国際線のトップエアラインになったANAが、月間10 00億円レベルの現金流出にさらされ、日本政策投資銀行から急遽3000億円を借り入れるというニュースが先日、流れていた。
欧米の首脳はパンデミックとの戦いを既に「戦争(War)」(短期で終わる「戦闘(Battle)」ではない)と呼んでいるが、経済的にも戦時に入っていく可能性が高いのだ。そうなると企業経営における最大の課題はまず何よりもこの「戦争」を生き残ること、まさにサバイバル経営の時代に入るのである。

私がCEOをつとめる経営共創基盤(IGPI)は、わが国最強の企業再生プロフェッショナル集団であり、危機の時代のリアル経営における精鋭200名で構成されるプロフェッショナルファームと自負している。
約20年前の我が国の金融危機、そして約10年前のリーマンショック(世界金融危機)、東日本大震災と原発事故に続き、今再びコロナショックによる危機の時代。私を含む設立メンバーの出身母体である産業再生機構時代、そしてIGPIになってからの3年間を通じて、名前を出せる案件だけでも三井鉱山、カネボウ、ダイエー、ミサワホーム、地方バス会社群、日光鬼怒川の旅館群、JAL、東京電力、新日本工機、商工中金……私たちは数々の、そして多種多様な修羅場をくぐって来た。
ある時は、アドバイザー、公的なタスクフォースや委員会のメンバーとして。ある時は、ハンズオン(参画)型で送り込まれた経営者、取締役、経営スタッフとして。またある時は、自ら対象企業を買収して経営し、さらにはその企業群の一部が大津波被害と原発事故に直接対峙することで。そこでIGPIのプロフェッショナルたちは、危機の時代における経営のリアルに直面し生き抜き、その後の再成長への転換点とする要諦を体得してきた。
今回のコロナショックは、その広さと深さと長さにおいて、過去の危機を上回る破壊性を持っている。その一方で、繰り返されてきた危機の底流においては、グローバル化とデジタル革命による破壊的イノベーション、産業アーキテクチャー(構造)の大転換も進行している。そこでは大きな産業やビジネスモデルが数年で消滅するような破壊的変化も起きている。イベント的な危機が発生しているときも、産業アーキテクチャーの転換が進行しているときも、いずれにせよ「破壊の時代」を私たちは生きているのである。
じつは今回のコロナショックが起きる直前から、私は、コーポレートトランスフォーメーション(CX)こそが、日本企業生き残りの今年最大のキーワードとなると確信していた。CXとは、破壊的イノベーションによる産業アーキテクチャーの転換が続く時代に、日本企業が会社の基本的な形、まさに自らのコーポレートアーキテクチャーを転換し、組織能力を根こそぎ変換することを意味する。
しかし、現実のCXを仕掛けるときに、じつは最初の難関となるのが「始動」だ。部分的にデジタルトランスフォーメーション(DX)を取り入れて業務改革を行うような話ならともかく、産業や事業が消えてしまうような劇的環境変化に対し、持続的に対応できる企業に進化することは、企業の根源的な組織能力の進化、多様化、高度化が求められる。そこに手をつけることは非常に大きなストレスを伴う、時間のかかる改革の始動になる。組織も人間も習慣の生き物である。何か大きなきっかけ、強烈な体験に遭遇しないと、本質的な改革を始動するのは難しい。
そこにコロナショックが突然襲来した。危機の経営の第一のメルクマール(指標)はなんと言っても生き残りである。同時により良く生き残る、すなわち危機が去った後に誰よりも早く反転攻勢に転じ、CXによる持続的成長を連鎖的に敢行できるように生き残ることである。過去、危機の局面をその後の持続的成長につなぐことに成功した企業は、危機の克服や事業再生、すなわちTA(Turn Around)モードを引き金としてCX(Corporate Transformation)を展開した企業である。
コロナショックという破壊的危機の時代を生き残る修羅場の経営術を、喫緊に共有するべきであるとの使命感から、私は、本書(TA編)を約一週間で書き上げ、緊急出版することにした。なお、続編(CX編)も追って刊行される(2020年6月予定)。著者という形を取ってはいるが、本書は最強のマネジメントプロフェッショナルファームを代表して、約3年にわたり「破壊的危機」と「破壊的イノベーション」の時代を戦ってきた約200名のプロフェッショナルたちの経験、方法論、ノウハウを凝縮して公開するものである。

昭和の後半の30年間、日本の経済と企業は戦後復興から高度成長を走り抜け、国内的にはバブル経済のピーク、国際的にはジャパン・アズ・ナンバーワンへと駆け上がった。ところが、次の平成の約10年間は、バブル崩壊と日本経済の長期不振、そして売り上げ成長、収益力、時価総額のあらゆる面で、日本企業の存在感が失われた時代となった。この間、中国など新興国企業の勃興もあったが、同じ先進国である米国や欧州の企業との差も大きく広がっている。
繁栄の30年、停滞の30年。そして年号が令和に代わり、まさに新たな30年が始まるタイミングで日本はコロナショックに対峙したのである。この苦難を乗り越え、かつ経済危機で色々なものが壊れるなかで、それをきっかけとして、新たな会社のかたち、あり方を創造できるか。より柔軟でしなやかな多様性に富み、新陳代謝の高い組織体、企業体に大変容、トランスフォーメーションできるか。日本企業は再び、試されている。
危機はチャンスである。本書で紹介する経営的エッセンスを活用してもらい、今度こそ、大中小の規模を問わず多くの日本企業がこの危機を乗り越え、かつその後の抜本的な改革と成長機会を掴み取ることを切望している。

2020年 4月15日
冨山和彦

冨山 和彦 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2020/5/9)、出典:出版社HP

コロナの時代の僕ら

コロナ時代のイタリアの様子を知る

2020年春、新型コロナウイルスの感染者が急増し、イタリアで非常事態宣言が出され、外出が制限されるようになりました。本書は、イタリアを代表する小説家が非常事態宣言時のローマで書いた感染症のエッセイ集です。

パオロ・ジョルダーノ (著), Paolo Giordano (著), 飯田亮介 (翻訳)
出版社 : 早川書房 (2020/4/24)、出典:出版社HP

目次

地に足を着けたままで
おたくの午後
感染症の数学
アールノート
このまともじゃない非線形の世界で
流行を止める
最善を望む
流行を本当に止める
慎重さの数学
手足口病
隔離生活のジレンマ
運命論への反論
もう一度、運命論への反論
誰もひとつの島ではない
飛ぶ
カオス
市場にて
スーパーマーケットにて
引っ越し
あまりにたやすい予言
パラドックス
寄生細菌
専門家
外国のグローバル企業
万里の長城
パン神
日々を数える

著者あとがき
「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」
訳者あとがき

地に足を着けたままで

今、コロナウイルスの流行が、僕らの時代最大の公衆衛生上の緊急事態となりつつある。この手の危機は初めてではない。これが最後ということもなければ、もっとも恐ろしい危機となることもないかもしれない。きっと、いったん終息すれば、過去に流行した多くの感染症を犠牲者の数で上回ることもないだろう。だが、今度の感染症はその登場から三カ月ですでにひとつの記録を樹立している。
新型コロナウイルスことSARS-CoV2は、こんなにも短期間で世界的流行を果たした最初の新型ウイルスなのだ。ほかのよく似たウイルスは、たとえば前回のSARS-CoV、いわゆるSARSウイルスもそうだが、発生しても短期間のうちに鎮圧された。さらにHIVをはじめとするほかのウイルスは、何年もかけてひっそりと悪だくみを練り上げてから、ようやく流行を始めた。
ところがSARS-CoV-2のやり方はもっと大胆だった。そしてその無遠慮な性格ゆえに、僕らが以前から知識としては知っていながら、その規模を実感できずにいた、ひとつの現実をはっきりとこちらに見せつけている。すなわち、僕たちのひとりひとりを――たとえどこにいようとも互いに結びつける層が今やどれだけたくさんあり、僕たちが生きるこの世界がいかに複雑であり、社会に政治、経済はもちろん、個人間の関係と心理にいたるまで、世界を構成する各要素の論理がいずれもいかに複雑であるかという現実だ。
この文章を僕が書いている今日は、珍しい二月二九日、うるう年の二〇二〇年の土曜日だ。世界で確認された感染者数は八万五千人を超え、中国だけで八万人近く、死者は三千人に迫っている。少なくとも一カ月前から、この奇妙なカウントが僕の日々の道連れとなっている。
現に今も、ジョンズ・ホプキンズ大学がウェブで公開している世界の感染状況を集計した地図を目の前の画面に開きっぱなしにしてある。地図上で感染地域は灰色の背景に鮮やかな赤丸で示されている。警告色だ。配色はもっと慎重に決めてみてもよかったかもしれない。でもきっと、ウイルスは赤、緊急事態は赤、と相場が決まっているのだろう。中国と東南アジアはたったひとつの大きな赤丸の下に隠れて見えない。しかし、残りの世界も赤いぶつぶつだらけだ。発疹は悪化の一途を遂げるに違いない。
イタリアは、この不気味な競争の上位入賞を果たし、多くの人々を驚かせた。だが、これは偶然の産物だ。数日のうちに、ひょっとしたら突然、ほかの国々が僕たちよりもずっとひどい苦境におちいる可能性だってある。今回の危機では「イタリアで」という表現が色あせてしまう。もはやどんな国境も存在せず、州や町の区分も意味をなさない。今、僕たちが体験している現実の前では、どんなアイデンティティも文化も意味をなさない。今回の新型ウイルス流行は、この世界が今やどれほどグローバル化され、相互につながり、からみ合っているかを示すものさしなのだ。
僕はそうしたすべてを理解しているつもりだが、それでもイタリアの上にある赤丸を見れば、暗示を受けずにはいられない。みんなと同じだ。僕のこの先しばらくの予定は感染拡大抑止策のためにキャンセルされるか、こちらから延期してもらった。そして気づけば、予定外の空白の中にいた。多くの人々が同じような今を共有しているはずだ。僕たちは日常の中断されたひと時を過ごしている。
それはいわばリズムの止まった時間だ。歌で時々あるが、ドラムの音が消え、音楽が膨らむような感じのする、あの間に似ている。学校は閉鎖され、空を行く飛行機はわずかで、博物館の廊下では見学者のまばらな足音が妙に大きく響き、どこに行ってもいつもより静かだ。
僕はこの空白の時間を使って文章を書くことにした。予兆を見守り、今回のすべてを考えるための理想的な方法を見つけるために。時に執筆作業は重りとなって、僕らが地に足を着けたままでいられるよう、助けてくれるものだ。でも別の動機もある。この感染症がこちらに対して、僕ら人類の何を明らかにしつつあるのか、それを絶対に見逃したくないのだ。いったん恐怖が過ぎれば、揮発性の意識などみんなあっという間に消えてしまうだろう。病気がらみの騒ぎはいつもそうだ。
読者のみなさんがこの文章を読むころには、状況はきっと変わっているだろう。どの数字も増減し、感染症はさらに慶延して世界の文明圏の隅々にいたるか、あるいは鎮圧されているかもしれない。だが、それは重要ではない。今回の新型ウイルス流行を背景に生まれるある種の考察は、そのころになってもまだ有効だろうから。なぜなら今起こっていることは偶発事故でもなければ、単なる災いでもないからだ。それにこれは少しも新しいことじゃない。過去にもあったし、これからも起きるだろうことなのだ。

おたくの午後

高校の最初の二年間、ひたすら数式を整理して過ごした午後のことは今もよく覚えている。教科書から物凄く長い記号と数字の列を書き写し、一歩一歩、式を変形し、0、-1/2、a2、といった簡潔でしかも理解可能なかたちにしていく。窓の外が段々と暗くなり、風景が消え、やがてランプに照らされた僕の顔がガラス窓に浮かび上がる。平和な午後の数々。それは秩序のシャボン玉だった。自分の心の中のことも外のことも―とりわけ中のほうだったが何もかもが混沌に向かうように思えたあのころの僕にとっては。
文章を書くことよりもずっと前から、数学が、不安を抑えるための僕の定番の策だった。今でも朝起きてすぐ、その場で思いついた計算をしてみたり、数列を作ってみたりすることがあるが、たいていそれは、何か問題がある時の症状だ。そんな僕はおそらく、数学おたくと呼ばれても仕方のない人種なのだろう。別に構わない。気まずいが、まあ、自業自得ということにしておこう。でも、この瞬間、数学は単なるおたくの暇つぶしではなく、現在進行中の事象を理解し、自分の受けた暗示の数々を振り払うために欠かせぬ道具となっている。

パオロ・ジョルダーノ (著), Paolo Giordano (著), 飯田亮介 (翻訳)
出版社 : 早川書房 (2020/4/24)、出典:出版社HP

コロナ危機の社会学 感染したのはウイルスか、不安か

コロナ危機と社会意識との関連を学ぶ

新型コロナウイルスは現在でも世界中で猛威をふるっており、各国で様々な対応がされています。本書では、新型コロナにおける世界や日本での経緯と対策を概観し、コロナ危機と社会意識の関連を論じていきます。コロナ危機の検討を通じて、有事に現代的な不安といかに向き合うべきかを考えることを期待しています。

西田 亮介 (著)
出版社 : 朝日新聞出版 (2020/7/20)、出典:出版社HP

目次

序章 感染の不安/不安の感染
感染症の猛威と「不安」
自然災害に比べ経験不足だった感染症対策
「管理できないもの」というリスク
世界的流行の始まりと「小休止」まで

第1章 アウトブレイクの経緯
中国からアジア、世界の危機へ(19年12月~20年1月)
WHOが緊急事態を宣言。中国は春節へ
日本政府、感染症の発生をいち早く認知し対応
補血:感染症を社会学から考える
全国一斉休校、総理が初会見 (20年1月31日~)
“小規模”な印象を与えた日本の経済対策
専門家会議が発足
2月27日、一斉休校の速報が流れる
国内感染拡大、パンデミック宣言(20年3月1日~)
マスクを求めて連日の行列
WHOが「制御可能なパンデミック」と認定
新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正へ
小池百合子都知事の「ロックダウン」発言
緊急事態宣言に向けて、高まる待望ムード

第2章 パンデミックに覆われた世界
緊急事態宣言。総動員的自粛へ(20年4月1日~)
一変した新年度の風景
4月7日、緊急事態宣言が粛々と発出
「ニュー・ノーマル」「新しい生活様式」の模索
補論:国によって異なる出口戦略の志向性
宣言の解除と新しい生活 (3年5月1日~)
前倒し解除で再開する日常

第3章 コロナ危機の分析
混迷するメディアと社会意識
最初の総理会見は遅かったのか
メディアによって増幅する不安
自粛を余儀なくされた湘南の海
感染拡大によって生じた問題
「迅速な」初動と「遅れた」WHOの判断?
繰り返し呼びかけられた「通常の対策」
ダイヤモンド・プリンセス号の混乱と「不評」
新型インフルエンザの忘却と反復
新型インフルエンザが国内で発生
感染拡大の反省から特措法立法へ
過去にも実施された学校休業
インフォデミックという新しい問題
賛否両論を呼んだ「実名反論」
「耳を傾けすぎる政府」
与野党ともに進むSNS利用
重なった政治スキャンダル
耳を傾けすぎた結果、残された禍根

第4章 新しい冗長性の時代
突きつけられた、古くて新しい問い
良識的な中庸はいかにすれば可能か
社会に求められる。新しい冗長性
イノベーションの源泉は余剰と余力

おわりに

参考文献

ブックデザイン
遠藤 陽一 (DESIGN WORKSHOP JIN Inc.)
図版作成
川添 寿 (朝日新聞メディアプロダクション)

西田 亮介 (著)
出版社 : 朝日新聞出版 (2020/7/20)、出典:出版社HP

コロナ危機の経済学 提言と分析

ポストコロナの経済・社会の展望

新型コロナウイルスによって、日本の産業や経済は甚大な影響を受けています。感染拡大を抑制しつつ、経済活動を維持するためにはどうすればいいのか、最適な政策やコロナ禍の実態がよくわかる1冊です。

小林 慶一郎 (著, 編集), 森川 正之 (著, 編集)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2020/7/18)、出典:出版社HP

目次

序章――森川正之
コロナ危機と日本経済

第1部 今、どのような政策が必要なのか

第1章――小林慶一郎・奴田原健悟
コロナ危機の経済政策――経済社会を止めないために「検査・追跡・待機」の増強を
第2章――鶴光太郎
コロナ危機の現状、政策対応及び今後の課題――「大いなる制度変化」に向けて
第3章――八田達夫
パンデミックにも対応できるセーフティネットの構築
第4章――佐藤主光
コロナ経済対策について――財政の視点から
第5章――小黒一正
迅速な現金給付と「デジタル政府」の重要性――COVID-19の出口戦略も視野に
第6章――戸堂康之
コロナ後のグローバル化のゆくえ
第7章――山下一仁
新型コロナウイルスと食料安全保障
第8章――楡井誠
社会的距離政策・外部性・デジタル技術
第9章――土居丈朗
コロナ危機で露呈した医療の弱点とその克服
第10章――中川善典・西條康義
ポスト・コロナのフューチャー・デザイン

第2部 コロナ危機で経済、企業、個人はどう変わるのか

第11章 ――関沢洋一
感染症のSIRモデルと新型コロナウイルスへの基本戦略
第12章長――長岡貞男
創薬による新型コロナウイルス危機の克服
第13章――小西葉子
POSで見るコロナ禍の消費動向
第14章――宮川大介
コロナ危機後の行動制限政策と企業業績・倒産――マイクロデータの活用による実態把握
第15章――菊池信之介・北尾早霧・御子柴みなも
新型コロナ危機による労働市場への影響と格差の拡大
第16章――黒田祥子
新型コロナウイルスと労働時間の二極化――エッセンシャル・ワーカーの過重労働と日本の働き方改革
第17章――森川正之
コロナ危機と在宅勤務の生産性
第18章――藤田昌久・浜口伸明
文明としての都市とコロナ危機
第19章――近藤恵介
感染症対策と都市政策
第20章――中田大悟
パンデミックの長期的課題――子供への影響を中心に

終章――小林慶一郎・佐藤主光
コロナ後の経済・社会へのビジョン――ポストコロナ八策

あとがき――今、求められる対処と長期的な展望

索引
執筆者紹介

小林 慶一郎 (著, 編集), 森川 正之 (著, 編集)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2020/7/18)、出典:出版社HP

序章

コロナ危機と日本経済
森川正之*
* 一橋大学経済研究所教授、経済産業研究所(RIETI) 所長

1. はじめに

コロナ危機の影響
本書は、新型コロナウイルス感染症(以下、「新型コロナ」)の世界的な拡大と深刻な経済的影響――「コロナ危機」――と政策対応について、日本の経済学者の分析と提言をまとめたものである。
2019年末に中国で発生した新型コロナは、グローバルな人の移動を背景に急速に拡散した。感染者は世界のすべての国にわたっており、6月下旬の時点で累積感染者数は1,000万人を、死亡者数は50万人を超えている。最近は発展途上国での増加が顕著になっている。日本でも感染者数は累計1万8,000人を超え、死亡者数は1,000人近くなっている。ただし、感染者数はあくまでも検査で確認された数字に過ぎず、無症状者を含めた実際の数字ははるかに多いと考えられている。また、感染の有無がわかっていない死亡者も相当数あると見られ、感染率や死亡率の公表値には不確実性が極めて大きい。
コロナ危機は、ほとんどの人が想定していなかった事態である。例えば世界経済フォーラムのGlobal Risks Report 2020(2020年1月)において、感染症は発生確率の上位10項目に含まれておらず、発生した場合の影響度でも下位に位置付けられていた。経済予測の専門家の中にもこの事態を想定していた人はいなかった。
コロナ危機は既に世界経済に深刻な影響をもたらしている。本書が出版されている頃には既に2020年第2四半期の経済指標がほぼ明らかになっているはずだが、日本を含む主要国の経済指標は世界金融危機時を上回るマイナスを記録している可能性が高い。OECD(経済協力開発機構)の世界経済見通し(2020年6月)は、年内にコロナ感染症の第二波が起きた場合、2000年の世界の経済成長率-7.6%という大きなマイナス成長を予測している(日本は-7.3%)。2021年には+2.8%という回復を見込んでいる(日本は-0.5%)が、不況の深さや長さの不確実性は高い。今後、世界や各国の経済見通し改定が頻繁に行われているだろう。
5月頃から各国で社会的離隔(social distancing)措置を緩和する動きも広がったが、平時と同様の活動ができるようになったわけではなく、また感染動向次第で再び規制が強化されることも十分ありうる。コロナ危機が最終的にいつ終息するかによるが、戦後の大きなショックを上回り、戦前の世界恐慌に匹敵する可能性もないとは言えない。

コロナ危機の経済分析
コロナ危機は、石油危機、世界金融危機、東日本大震災といった大型のショックと比較されることが多いが、過去の経済危機や自然災害とは顕著な性質の違いがある。生産・消費といった経済活動自体が感染を拡大するという特異性である。不況に対しては、金融政策・財政政策で需要を刺激するのが教科書的な処方箋になるが、コロナ危機の場合、需要拡大策自体が感染拡大を助長し、危機を深刻化する。生産活動が外部不経済効果を持つという点では、水質汚濁、大気汚染といった公害問題と類似した面があるが、対象が広範なセクターに及び、消費活動も負の外部性を持ち、拡大のスピードが極めて速いという点で大きく異なる。
こうした事態に直面し、経済学者の研究も活発化しており、3月頃からコロナ危機に関する論文が急増している。査読付き学術誌での刊行には時間がかかるため、現時点ではディスカッション・ペーパーなどの形で公表されているものがほとんどだが、欧州の代表的なシンクタンクである経済政策研究センター(CEPR)は、3月下旬からコロナ危機に関連する代表的な研究論文をまとめたCovid Economicsという電子雑誌をスタートし、高頻度での刊行が続いている。
最も特徴的な研究は、医学分野で標準的な感染症の数理モデル(「SIRモデル」)を経済活動を折り込む形に拡張した理論モデルを構築し、一定の仮定の下に感染者数と経済的影響をシミュレーションして、最適な社会的離隔政策を検討するタイプの分析である。ランダムなPCR検査や抗体検査を行う国が現れており、また、外出禁止令遵守の実態や感染抑止効果を事後評価する分析結果も出始めているので、次第に精度の高いシミュレーションが可能になると期待される。
もう一つ特徴的なのは、コロナ危機の広がるスピードが極めて速いため、経済的影響をリアルタイムに近い形で把握した分析が活発なことである。政府統計も徐々に利用されるようになってきたが、月次や四半期の統計データは遅れるので、株価、携帯電話の位置情報、クレジットカードの購買履歴やPOSデータ、民間のオンライン求人求職データ、新聞報道のテキスト分析など、日次や週次の高頻度データを活用した研究が多い。海外ではいくつかの企業が携帯電話の位置情報データを研究者に無償で公開したり、新型コロナ関連の論文を無料で閲覧可能にしたりしており、研究の進展に貢献している。個人や企業を対象としたインターネット調査に基づく研究も徐々に進んでいる。

本書の意図
強力な離隔政策は感染者数や死亡者数を抑制する上で間違いなく有効だが、少なくとも短期的な経済コストは非常に大きい。経済活動を完全に停止すれば感染者数の増加は大幅に低減できるが、人々の生活はもちろん医療活動も維持できなくなる。そうしたトレードオフの中での最適な政策選択を扱うことは、経済学の比較優位である。
コロナ危機は経済活動全般に及んでおり、マクロ経済学、医療経済学、労働経済学、ファイナンス、行動経済学、国際経済学など経済学のほぼすべての分野の研究課題である。本書の各章は、日本の経済学者のうち、経済産業研究所(RIETI)の研究に何らかの形で関わっている方々、したがって政策志向の強い研究者が執筆に当たった。専門分野は様々であり、知名度の高いベテランからフレッシュな中堅・若手の研究者までバラエティに富んでいる。5月末頃までの情報をもとにした暫定的な論考であり、執筆時期から本書刊行までのラグを考えるとout of dateになる部分があるかもしれない。しかし、書籍として公刊することによって多くの方々の目に触れ、批判的なものを含めて見を仰ぐことが、今後の研究や政策提言の深化にとって有益だと考えている。
第1部、第2部の各章において具体的な分析や政策提言を行うが、この序章では、①感染拡大への対応、②経済への影響を緩和するための経済政策、③中長期的影響と課題に分けて、本書各章の議論や最近の研究にリファーしつつ、コロナ危機の影響と政策対応について概観したい。

2.感染拡大への対応

感染症モデルと経済学の融合
新型コロナへの対応策の中心になってきたのは、水際対策のほか、外出禁止、営業活動の制限といった社会的離隔政策である。日本の新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言、「三つの密」を避けるための営業・外出自粛などの措置もこれに当たる。
標準的な感染症モデルによれば、「基本再生産数」――感染率が高いほど、回復率が低いほど大きくなる――が1を超える場合、感染者数の急速な拡大が生じる(第11章関沢論文参照)。マスク着用や手洗いの励行、不要不急の外出自粛、感染防止に配慮した営業といった個人・企業の行動によって感染拡大のスピードは鈍化する。感染症モデルに経済行動を折り込んだ理論モデルのシミュレーションのいくつかは、外出禁止令など政府の関与がなくても個人の行動変化を通じて感染のピークが後ずれし、死亡者数はかなり減少するという結果を報告している(Krueger et al., 2020; Farboodi et al., 2020; Brotherhood et al., 2020)。
政府が強い関与を行わず国民の主体的な取り組みを基本としたいわゆる「スウェーデン方式」は、こうした考え方に基づくものと考えられる。実際、携帯デバイスの位置情報に基づく人の移動の分析は、外出禁止令といった政府の措置が発動されるよりも早い段階で地理的移動が減少しており、人々が自発的に外出を自粛したことを示している(Alfaro et al., 2020; Gupta et al., 2020)。スウェーデンが仮に外出禁止措置をとっていたとしても感染者数の動向に大きな差はなかったとする反実仮想分析もある(Born et al., 2020)。
しかし、感染症には二つの負の外部効果がある(Jones et al., 2020)。一つは、利己的な個人にとって他者への感染リスクを減らす誘因は十分に大きくないこと、もう一つは、医療サービスの供給制約がある中で、病院の混雑をもたらすという外部性である。すなわち感染拡大を避けようとする個人や企業のインセンティブは、社会全体として望ましい水準に比べて過小になると考えられ、この外部性は量的に大きい(Bethune and Korinek, 2020)。特に「医療崩壊」と言われる病院の混雑は深刻な問題で、感染カーブをフラット化するためには、出入国制限、外出禁止令、感染リスクの高い業種の営業禁止といった政府の関与が必要になる。
感染症は地域を越えてスピルオーバーするので、地方自治体レベルではなく国全体としてコーディネートされた対策をとることが望ましい。例えば、ある自治体が経済的影響を避けようとして緩い措置をとった場合、当該地域だけでなく他地域の感染者も増加する(第19章近藤論文参照)。さらに国際的なスピルオーバーも存在するので、各国自身の利害のみに基づいて感染抑制政策の選択が行われた場合、制限は過小になったり過剰になったりする。人の移動を通じた感染症の伝搬のほか、ロックダウンによって中間財貿易が影響を受け、グローバル・サプライチェーンを通じて他国の生産活動に影響を及ぼす経路も存在する(第6章戸堂論文参照)。今後、正常化に向けた出口戦略の動きが広がる中、出入国管理などの規制の国際的コーディネーションも重要になるだろう。また、一国主義に基づく貿易制限措置を抑制するなど通商ルールの役割も大きい(第7章山下論文参照)。
感染症モデル(SIRモデル)に経済行動を折り込んだ拡張モデルを用いた最適な離隔政策――タイミング、強度、期間――のシミュレーションが活発に行われてきた。モデルの構造やパラメーター値の設定によって結果に幅はあるが、総じて言えば、①強力な抑制政策をとるほど経済への負の影響が大きくなるというトレードオフが存在すること、②政策関与がない自然体では感染が過大になること、③感染拡大の比較的早い段階で営業制限・外出規制などの強力な社会的離隔政策を行うことが望ましいと示すものが多い。トレードオフの存在を前提として、死亡者の生命を経済価値(VSLY : value of statistical life year)に換算すると、経済に対して大きなコストを伴う強力な離隔政策が十分正当化されることも指摘されている(Goldstein and Lee, 2020)。
ただし、新型コロナウイルスの検査率は低く、サンプルにバイアスがあるため、感染率、死亡率、抑止政策の効果などを表す基礎的なパラメーター自体の不確実性が大きい。このため、シミュレーションの定量的な数字は相手な誤差がありうる前提で解釈する必要がある。日々の感染者数がメディアで盛んに報じられてきたが、PCR検査の対象数は限られており、特に日本は主要国と比較して人口当たりの検査率が低い。しかも検査対象がランダムではないため、国民全体の感染率を知る上での役割は限られる。状況は次第に改善しているが、経済活動とのトレードオフを緩和する最適な政策立案のためには、ランダム検査によって感染者数や感染死亡率を正確に把握することが極めて重要になる。さらに言えば、検査の拡大自体が経済対策としての意味も持つ(第1章小林・奴田原論文参照)。

感染症経済モデルのバリエーション
基本的な感染症経済モデルは国民全体を同質的に捉えているが、実際には個人特性(年齢、健康状態)、産業・職業特性によって、感染・重篤化・死亡のリスクには大きな違いがある。このため年齢による重篤化・死亡リスクの違いを折り込んだモデルでのシミュレーション(Acemoglu et al., 2020; Brotherhood et al., 2020; Rampini, 2020)、複数の産業を含む形にモデルを拡張して感染リスクの産業による違いを考慮したシミュレーション(Baqaee et al., 2020; Bodenstein et al., 2020; Favero et al., 2020)も見られる。
こうした観点から、いわゆる「三つの密」の可能性が高い業種・業態をターゲットした政策には妥当性がある。他方、個人特性に着目した政策はあまり採用されていないが、感染した場合の重篤化リスクが高く、医療サービスの混雑の外部性が大きい高齢者と健康な若者を区別して扱うことが望ましいとする研究結果が多い。そして若年者と高齢者のリスクの違いを考慮した社会的離隔政策、年齢に応じた段階的な制限解除といった提言がされている。リスクの低い健康な若者は、医療サービスを混雑させる度合いが小さく、その就労拡大によって経済活動の低下を小さくできる。また、重症化リスクの低い人がある程度のスピードで感染して免疫を獲得することは、社会全体を平時に戻す上で望ましい(=正の外部性)面もある。
財政コストにまで拡張した分析は見られないが、医療サービスの供給制約緩和だけでなく、医療財政への負荷軽減にも寄与する可能性がある。ただし、活動レベルが高い若年者からの感染リスクは大きいので、高リスクの高齢者との接触を減らす措置をとる必要がある。スーパーマーケットでの買い物や各種窓口の利用時間帯を年齢で分ける措置はそうしたやり方の一種である。シルバーパスなどの仕組みも、新型コロナ感染症が続く間は高齢者の感染リスクを助長するおそれがあるので、感染拡大時には停止するなど運用を工夫することが考えられる。

感染抑止政策の事後評価
社会的離隔措置導入後のデータが利用可能になるのに伴って、政策の因果的な効果を事後評価する研究も始まっている。国際比較データを用いた分析、国内の地域別データを用いた分析など様々な例があるが、総じて外出禁止政策や営業停止措置が感染拡大や死亡者数の増加を抑制する上で有効だったことを示している。感染拡大抑止と雇用維持の間のトレードオフの存在も確認されているが、救われた生命を金銭換算すると費用対便益は十分高かったという分析がある。
本稿執筆時点において、日本を含む主要国の感染者数増加は一旦ピークアウトし、強力な規制を段階的に緩和した国が多い。しかし、有効なワクチンはまだ開発されていないし、人口の6~8割が感染して集団免疫を獲得する時期はまだ遠い可能性が高い(Fernández-Villaverde and Jones, 2020)。そうだとすれば、当分の間は規制を緩和することで感染者が再び増加し、医療サービス供給の上限を超えない範囲にとどまるようコントロールする期間(=「新しい生活様式」)がかなり長く続くだろう。感染者が獲得する免疫が完全ではなかったり、ウイルス自体が変質する場合、新たな感染の波が来る危険性も排除できない。費用対効果の観点から、事業活動別の感染リスク、個人特性別の重篤化・死亡リスクに応じた政策を、政策評価の結果も踏まえて工夫することが望ましい。また、引き続き検査能力の拡充、感染者を離隔する施設の整備、機関の中での的確な役割分担が必要である(第9章土居論文参照)。
もちろん、有効な治療薬やワクチンの開発・普及は、健康と経済のトレードオフ自体を解消する上で最善の対応策である(第12章長岡論文参照)。ただし、開発のインセンティブは知的財産権の保護をはじめ様々な政策的要因に依存する。なお、集団免疫にどの程度近づいたかを把握する上で、PCR検査だけでなく無症状の既感染者を把握するための抗体検査の役割も高まってきている。

小林 慶一郎 (著, 編集), 森川 正之 (著, 編集)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2020/7/18)、出典:出版社HP

3. 経済活動への影響と経済政策

不確実性と金融政策
新型コロナの拡大は、消費・投資行動を慎重にさせて財・サービス需要を減少させると同時に、生産活動を制約することを通じて供給力を低下させている。自然災害とは異なり需要側/供給側の複合的ショックである。グローバルにも、観光客の減少など需要側の影響、グローバル・サプライチェーンの機能不全による供給側への影響という二面性がある。コロナ危機には、経済活動自体が感染を拡大するという特異性があるため、感染者数の抑制を目的とした営業・外出制限などの社会的離隔政策が、需給両面の経済的影響を増幅する。
こうした新しいタイプのショックは、先行きの不確実性を著しく高めた。感染実態の不透明性、終息時期(治療薬やワクチンの開発を含む)の予測不可能性が根本にあるが、営業自粛・外出禁止措置の見通しなど政策の不確実性も存在する。こうした感染症の不確実性は、二次的にマクロ経済や企業業績の先行き見通しを困難にする。不確実性を測るために様々な代理変数が使用されているが、最も代表的で容易に利用可能なのは株価に基づく不確実性指標である。米国のVIX指数(「恐怖指数」)や日本の日経平均ボラティリティー指数の動きを見ると3月半ばには世界経済危機時に匹敵する水準まで高まった。
一般に経済の不確実性が前向きの投資行動を抑制する傾向を持つことはよく知られている。また、予備的動機に基づく貯蓄増加は家計消費を低迷させる。コロナ危機に伴う不確実性増大の結果、例えばBaker et al. (2020a)の推計によれば、2020年の米国GDP(国内総生産)は前年同期比でマイナス10%以上低下し、90%信頼区間を見るとマイナス20%を超える低下もありうる。GDP低下のうち約6割は、新型コロナウイルスに起因する不確実性増大の影響によるとしている。
VIX指数は依然として高水準で推移しているものの、3月下旬以降はピーク時に比べてかなり低下した。株価の水準も3月半ばまで急落した後は持ち直しており、これまでのところ世界金融危機時に比べて下落幅の累計はずっと小さい。為替レートも一部の新興国通貨を除けば世界経済危機時と比較して安定している。日本銀行を含む各国中央銀行の金融緩和や主要国の緊急経済対策が、システミック・リスクや先行き不確実性を低減し、投資家のパニックを回避する上で有効だった可能性を示唆している。うまくいっている政策は注目されないが、世界金融危機の教訓、その後の多数の経済分析の成果が生かされているように見える。
今後も予期せざるイベントによって株価が大きく変動する可能性はあるが、株価はフォワード・ルッキングな指標であり、本稿執筆時点では、いずれかの時点で感染症が終息し、(V字かU字かL字か空かはともかく)経済が回復経路に向かうことが折り込まれていると解釈できる。

財政政策による支援措置
危機時における積極的な財政政策の役割――特にゼロ金利制約で金融政策の有効性が限られる場合――を否定する人は少ないだろう。しかし、前述の通り、経済活動を活発化すること自体が感染拡大を助長するコロナ危機においては、需要創出よりもマスク・防護服の生産、検査体制の整備を含めて医療サービス供給能力を拡大するための政府支出に加えて、営業自粛に伴う雇用維持への助成や一時的な失業者への給付、生活困窮者の支援といった政策が望ましい。在宅勤務をしやすくするための投資への支援措置にも大きな意義がある。実際、日本の「緊急経済対策」でもこうした政策に力点が置かれている。
生活に困窮すれば、自身が感染する、あるいは他人に感染させるリスクがあっても経済活動を自粛するのは難しいから、突然仕事を失った人への失業保険給付や所得が大幅に減少した人への所得移転といった政策は、所得再分配だけでなく感染症の拡大抑止という観点からも必要である。ただし、経済学的には困窮者にターゲットした対策ほど効率性が高いというのがコンセンサスである。例えば最近の米国における家計への現金補助が消費支出に及ぼした分析によると、低所得世帯、金融資産保有額が少ない世帯で食料品を中心に支出が増加した一方、銀行預金残高が多く流動性制約のない高所得世帯の消費支出を増やす効果は見られなかった(Baker et al., 2020b)。また、社会的離隔政策の下での消費の減少は家計行動の慎重化による予備的貯蓄行動を反映しており、所得移転の消費拡大効果は通常の不況時に比べて小さいことが指摘されている(Coibion et al., 2020b)。
この点で、国民全員を対象とした一人10万円の給付金が最善だったと考える経済学者はおそらく少ない(第2章鶴論文参照)。正当化するとすれば、対象を限定した政策の実施には執行コストと時間がかかるという観点からだけだろう。この意味で、マイナンバーカードの普及率の低さ、所得や資産の補捉が不完全であることなど、平時から指摘されていた日本の所得再分配政策の問題点が顕在化したと言える(第5章小黒論文参照)。
コロナ危機を契機に、ターゲットを絞った効率的な所得再分配を迅速に可能にする仕組みを構築する必要がある。感染症への対応が長期化する可能性を考えると、マイナンバーカードの使い勝手を抜本的に改善した上で保有者への給付を優先するなど普及拡大を加速することが考えられる。さらに広い視野から言えば、失業及び所得減少に対応するための基本的なセーフティネットのツールである雇用保険制度及び生活保護制度の問題点を克服し、頑健な社会保険体制を再構築することが必要である(第3章八田論文参照)。
ただし、緊急時における財政支出の拡大は、中長期的には政府財政の持続可能性に影響する。万が一コロナ危機が終息する前に財政が破綻するようなことがあれば、国民生活への影響は甚大になる。短期と長期のトレードオフの中で、助成のターゲットを絞ったり、対象期間を制限するなど過大な支出規模にならないような工夫も必要になるだろう。ウイルス感染症拡大を抑制するための外出自粛などの社会的離隔政策によって最も大きな損失を受けるのは、営業が停止された産業の若い就労者、最も利益を享受するのは仕事から引退した感染リスクの高い高齢者である(Glover et al., 2020)。つまりコロナ危機は、世代間問題という側面を持っている。その点でも、就労していない年金生活者まで給付対象にすることの妥当性には疑問がある。

産業構造と新陳代謝
製造業よりもサービス産業が大きな影響を受けている点も、コロナ危機が過去の経済危機と大きく異なる点である。一般にサービス産業に比べて製造業の方が生産のボラティリティーが高く、石油危機、世界経済危機、東日本大震災といった過去の大きなショックでも製造業が強い影響を受けた。しかし、コロナ危機では、宿泊業、飲食業、娯楽業をはじめ対個人サービス業への影響が深刻である。近年、外国人訪日客増加の恩恵を受けてきた宿泊業は、コロナ危機により客室稼働率が東日本大震災直後を下回る歴史的な低水準に落ち込み、廃業・倒産した施設も増えている(第14章宮川論文参照)。コロナ危機が長期化した場合には、資金繰り難によって倒産件数はさらに増加するおそれがある。
サービス産業、特に対人サービス業の多くは「生産と消費の同時性」という特徴を持っており、人と人の直接的な接触を前提としている。在庫というバッファーが存在しないので、需要変動が稼働率——宿泊業の客室稼働率、旅客運輸業の座席占有率など——、ひいては企業業績に直結する性質を持っている。そして対人サービスという性格から、感染拡大防止のための自粛要請の対象と位置付けられる傾向も強く、在宅勤務の実行可能性も乏しい。
一方、医療サービスは需要超過の状態が続いたし、情報通信業や宅配サービスも在宅勤務や遠隔授業の拡大に伴う追加需要が生じた。小売業は業態による違いが大きく、百貨店が深刻な打撃を受けた一方で、食料品を中心に扱うスーパーマーケットは堅調だし、ネット通販は在宅勤務関連の財を中心に好調に推移した。健康関連品、パソコン、食品、化粧品など取り扱い品目による違いも顕著である(第13章小西論文参照)。サービス産業の中でも業編って状況は大きく異なる。
サービス産業はフェイス・ツー・フェイスのコミュニケーションが活発に行われる大都市ほど集積の利益を享受し、生産性が高いという性質を持っている。この点も、対人接触を抑制することが求められるコロナ危機の下では不利に作用している。今後の展開にも依存するが、東京一極集中や地方分今後の地域構造や都市政策のあり方にも関わる問題である(第18章藤田・浜口論文参照)。
企業レベルでは、同じ産業の中での企業間での違いも見られる。需要が急減する中、日本企業に限らず、流動性が潤沢で借り入れの少ない企業ほど株価への影響が小さかった(Ramelli and Wagner, 2020; Ding et al., 2020)。コロナ危機の前、日本企業の過剰なキャッシュ保有はしばしば批判され、政府は積極的な投資を促してきたが、皮肉なことに不確実性が増大する中、予備的なキャッシュを潤沢に保有する企業が市場から高く評価された。
企業倒産はサンクされた投資を無駄にするし、一時的な資金繰り難による倒産増加はシステミック・リスクにつながるおそれもあるので、過渡的なショックの下での企業の資金繰りを支援することは十分正当化される。個人に対する所得移転と同様、感染リスクの高い事業活動を自粛する誘因としての意味もある。例えば、事業継続の困難に直面している中小企業に対して、実質無利子・無担保の融資、持続化給付金といった政策がとられている。
店舗などに係る賃料への補助制度(家賃支援給付金)も追加的に行われたが、これには議論の余地がある。結果として補助金の利益が帰着するのは土地・建物の所有者だし、自己所有の場合の帰属家賃・地代は対象にならない。建物や土地は自己所有だが賃料以外のコストが大きい企業もあるだろう。費用構成は産業・企業によって異なるので、使途を限定した補助制度よりも、汎用的な緊急時支援の方が合理性が高いように思う。
ただし、不況時に非効率な企業が退出し、効率性の高い企業が成長すること――新陳代謝――は、経済全体の生産性を高める上で重要なメカニズムである。ショック直後の連鎖倒産リスクが落ち着いた段階では、将来の成長力を高めることを視野に入れる必要がある。人々の生活様式や事業活動スタイルの変化により、コロナ危機後の産業・就業構造がおそらくコロナ前と異なることを念頭に置くならば、労働や資本の産業間・企業間での移動を促していくことが必要になる。こうした問題意識からBarrero et al. (2020)は、①過大な失業給付、②企業内での雇用維持への補助、③職業資格制度・土地利用規制、④創業への規制(特に医療分野)を資源再配分を阻害する要因として指摘している。次に述べる労働市場政策とも関係があり、日本がこれからとるべき政策を考える上でも示唆に富む。

労働市場への政策対応
日本はコロナ危機前の時点で深刻な労働力不足の状況にあったため、今のところ失業率の上昇は大きくないが、非正規労働者に集中する形で雇用への影響が生じている。米国では、失業よりも非労働力化という形での影響が顕著なことが確認されている(Coibion et al, 2020a)。日本でも失業率の上昇が限られている要因として、休業者の増加や女性・高齢者の労働市場からの退出が寄与している。
サービス産業は、需要変動への柔軟な対応の必要性が高いことから、もともとパートタイマー、アルバイトをはじめ非正規労働者比率が高い。コロナ危機の下、平時における季節・時間帯による需要変動とは比較にならない極端な需要減少に見舞われた。また、対人サービス従事者は在宅勤務を行うことが難しいので、雇用調整の対象になりやすい。本社の間接部門は在宅勤務による対応の余地が大きいが、在宅勤務が可能な労働者は高学歴で賃金水準も高い傾向がある(第15章菊池・北尾・御子柴論文参照)。こうした事情から、コロナ危機は労働者の中での格差を拡大する傾向を持っており、失職した生活困窮者にターゲットした金銭的助成や再就職支援が必要である。雇用だけでなく労働時間の面でも二極化が見られ、特に医療従事者をはじめとするエッセンシャル・ワーカーの過重労働が深刻である。コロナ危機の長期化を視野入れた働き方の見直しが必要である(第16章黒田論文参照)。
経済対策の中で力点が置かれている雇用調整助成金は、対象範囲の拡大、支給率の引き上げなどの措置が講じられており、コロナ危機後に従来の産業・就業構造に戻るとすれば、時限的な支援措置として合理性がある。しかし、新型コロナが完全に終息するにはまだ時間を要すると考えられ、政府が「新しい生活様式」を唱道している中、また、第二波、第三波の可能性も排除できないことを考慮すれば、既存企業の中に労働者を維持する施策だけでなく、労働市場でのマッチングを改善し、労働需要が増加するセクターでの雇用吸収を促す政策にも力点を置くことが望ましい。コロナ危機で労働需要が増加しているセクターも存在し、宿泊・飲食サービス従業者の他社への派遣など民間レベルでの取り組みが起きている。労働市場のマッチング機能を改善する対応策として注目される。
もともと特定求職者雇用開発助成金、中途採用等支援助成金、地域雇用開発助成金といった雇用吸収側の企業を対象とした制度が存在し、東日本大震災のときには被災離職者を雇い入れた企業への助成も行われた。また、最近は副業を可能にするための制度整備が進められてきた。コロナ危機が完全に終息するまでの期間の長さやその後の就業構造の変化を想定するならば、企業内での雇用維持を前提とした雇用調整助成金から受け手側への助成に力点を移していく必要があるだろう。

4. 中長期的影響と課題

長期停滞への懸念
自然災害や戦争と異なり、コロナ危機は資本設備の毀損がほとんどなく、死亡者の多くは労働市場から引退した高齢者が占めていて就労人口への影響は小さい。このため集団免疫の達成またはワクチンの開発によって感染症自体が終息すれば、経済は回復するというのがおそらく基本シナリオである。特に、コロナ危機の影響を大きく受けたサービス産業は需要が戻れば生産も回復に向かうはずである。ただし、感染症経済モデルに基づく分析の多くは集団免疫の達成(あるいはワクチンの開発)を前提としており、免疫が完全ではなく再び感染する可能性が残るなど、この前提が崩れると感染症の終息自体が遠くなる。1918~19年のスペイン風邪のように、第二波、第三波が起きる可能性もある。
過去の感染症爆発の経済的影響は長期にわたって持続し、自然利子率の低下が何十年にも及んだという分析がある(Jordá et al., 2020)。コロナ危機が終息した後も世界経済が長期停滞に陥るかどうかは、不可逆的な履歴効果(hysteresis)があるかどうかによる。成長会計の枠組みで考えると、生産要素投入量、生産性の動向がどうなるかによる。このうち資本蓄積(=投資)は長期的な労働投入量と全要素生産性(TFP)の伸びに依存する内生変数なので、中長期的な潜在成長率の行方にはコロナ危機後の生産性の動向が大きく影響する。
履歴効果を持つ可能性のある要素として、コロナ危機下で非労働力化した人の完全な引退やスキルの劣化、学校教育の質の低下に起因する子供の学力低下、企業・個人のリスク回避度の高まりによる予備的なキャッシュ保有性向の高止まり(=投資・消費意欲の低下)、グローバル化の後退などが考えられる。企業行動の保守化は、長期的に生産性を高めるような無形資産投資を減少させるかもしれない。スタートアップ企業の減少が長期にわたって持続的な影響を持つことも懸念される(Sedláček and Sterk, 2020)。この点で休業や在宅勤務と並行して新しいスキルを身に付ける努力(=人的資本投資)を後押しすることが望ましい。このほかまだよくわかっていない要素として、出生率や子供の健康への長期的影響もありうる(第20章中田論文参照)。

危機が生産性を高める可能性
他方、コロナ危機後の生産性を高めうる要素もある。日本が遅れているとされてきた生産性向上余地の具体化である。ここでは、①デジタル技術の活用、②企業の業務改善、③規制改革、④新陳代謝の4つを挙げておきたい。コロナ感染症の拡大に伴って在宅勤務、遠隔教育、オンライン診療などデジタル技術の活用が半強制的に進展した。コロナ危機終息後には必要不可決でなくなるが、この過程で人々のIT(情報技術)スキルは向上したはずだし、デジタル・ツールを使うことへの抵抗感は低下した。対人業務に感染リスクがトを活用する例も現れており、コロナ危機が自動化技術の採用を促港を示す分析も存在する(Leduc and Liu, 2020)。
ホワイトカラー労働者の多くが経験した在宅勤務は、書類への押印や決裁手続き、厳格だが煩瑣な社内ルールの中に無駄なものが多かったことを明らかにした。(第17章森川論文参照)。コロナ危機を契機に必要に迫られて実施された業務改革の中にはもとに戻らないものも多いだろう。制度面では治療薬の迅速な治験・承認、オンラインでの初診診療、歯科医によるPCR検査など、「岩盤規制」の改革につながったものもある。まだ不必要な規制やコンプライアンスが多数残存していると思われるが、この機会に合理化していくことは将来の成長力向上につながるだろう(第8章楡井論文参照)。
コロナ危機に限らず不況は、生産性の低い企業が撤退し、回復局面で生産性の高い企業が成長するという形で、経済全体の生産性を高める新陳代謝効果を持つ。繰り返しになるが、労働や資本の産業間・企業間での再配分を阻害しないような形で緊急時の政策を行うことが、危機後の成長力を高める上で重要になる。

政府債務と世代間問題
コロナ危機後の経済に影響する政策的な要素として、財政支出拡大に伴う財政収支の悪化、政府債務の増大も無視できない。政府債務残高は世界各国とも大きく増加したが、日本はコロナ危機前の時点での政府債務のGDP比が特に高く、基礎的財政収支も赤字が続いていたので、政府債務が長期的な経済成長に負の効果を持つとすれば、日本は最も深刻な影響を受けかねない。
好況局面で過大な成長見通しを前提に経済財政運営を行ってきたツケとも言えるが、財政や社会保障制度の持続可能性が疑われるおそれもあり、コロナ危機終息後、少なくとも財政破綻を回避するための枠組みを再構築することが課題になる(第4章佐藤論文参照)。ただし、この問題はコロナ危機特有のものではなく、自然災害や戦争に伴う財政支出拡大、あるいは少子高齢化による社会保障支出の増大と経済学的に本質的な違いはない。この問題への対応には、将来世代を意識したフューチャー・デザインが関係する(第10章中川・西條論文参照)。

5.おわりに

コロナ危機は想定外のショックだったが、経済分析は急速に進んでいる。感染症の疫学モデルと経済モデルを融合した理論モデルが開発・利用されるなど、文理融合型の研究が進んでいる。精度の高い基礎データが限られているため、政策シミュレーションに使用される感染率など重要なパラメーターの不確実性はまだ大きい。しかし、当面どのような政策を講じるのが望ましいかについての定性的な理解はかなり深まった。新型コロナとの闘いはまだまだ続くので、疫学的なデータの蓄積に伴い、感染者数を医療供給制約の範囲内に抑えつつ、経済的コストを小さくする費用対効果の高い政策が明らかにされていくことを期待したい。
しかし、感染者・死亡者の動向が国によって大きく異なるのは何故なのか、どのような政策が実際に有効なのか、わかっていないことも多い。特にPCR検査件数や集中治療設備が少なく、マスクや消毒薬も不足し、罰則付きのロックダウンといった強力な手段を用いなかった日本で、人口当たり死亡者数が欧米主要国に比べてはるかに低水準にとどまっている理由は謎である。
エビデンスに基づく政策形成(EBPM)の観点から、経済対策としてとられた助成金、税制、金融措置などが実際にどの程度の効果を持ったかの解明も、今後の政策選択に貢献する重要な課題である。コロナ危機対策の中には自然実験的な要素が多々含まれており、実証研究の素材は山積みしている。
人々の移動パタン(携帯電話の位置情報)、消費行動(クレジットカード情報、POSデータ)、求人求職行動(オンライン・マッチング・サービス情報)など民間のリアルタイム・データを活用した研究が盛んに行われている。海外ではではいくつかの企業がこうしたデータを研究目的での利用者に無償提供しており、定量的な分析に活用されている。日本でもこうした動きが広がることを期待したい。今後は精度の高い公的統計のミクロデータを用いた研究も進んでいくだろうが、統計データの収集・計測・加工もコロナ危機の影響で様々な困難があることに注意が必要である。
最後に本書の構成を簡単に述べておきたい。第1部は、これまでにとられてきた政策、今後必要となる政策についての議論に重点を置いた論文を集めている。第2部は、実証研究や理論についての記述を中心に、政策的含意にも触れる分析的な論文を集めている。終章では、各章の議論を踏まえつつ、コロナ危機後の経済社会のビジョンについて総括している。いずれの章も5月末頃までのデータや文献に基づいて執筆されたもので、日々刻々と状況が変化する中、分析や提言自体が暫定的な性格のものであることを留保しておきたい。また、本書全体を通じて意見にわたる部分はすべて執筆者の個人的見解である。

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小林 慶一郎 (著, 編集), 森川 正之 (著, 編集)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2020/7/18)、出典:出版社HP