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中国経済の成長生は?日本経済にどのような影響を及ぼす?
中国経済は、新型コロナウイルスの影響によるマイナス成長がありましたが、現在順調に回復に向かっています。世界経済が停滞する中で、むしろ過熱気味とも言える中国経済を理解することは、今後の日本の将来について考えるためにも必要な知識になってきます。ここでは、新たな視点から中国経済の実態や展望について学ぶためにおすすめの本をご紹介します。
中国経済講義 統計の信頼性から成長のゆくえまで (中公新書)
中国経済の知識が幅広い視点から学べる
経済学に基づく良書で、非常に興味深く、重要な指摘や議論に満ちた、
日本の中国経済書としては最高水準の本の一つです。タイトルに「講義」とあるように、中国経済に関して専門的知識を持たなくても理解しやすくなっているため、学び始めの方にもおすすめの一冊です。
この電子書籍は、同名タイトルの中公新書を底本(縦組み)に作成しましたが、一部について底本と異なる場合があります。またご覧になる機種や設定などにより、表示などが異なる場合もあります。
はじめに
中国はGDP世界第2位の経済大国であり、世界経済に対しても大きなインパクトを持つようになった。しかし、その実態については一般に知られていないこともまだ多く、時事的な状況や論者の立ち位置により、その経済力が世界秩序を揺るがすと見る「脅威論」から正反対の「崩壊論」まで評価が大きく揺れ続けている。
本書の特徴は、「中国の経済統計は信頼できるか」「不動産バブルを止められるのか」「人民元の国際化は経済にどんな影響を及ぼすのか」「共産党体制での成長は持続可能か」など、近年の中国経済が直面しているいくつかの重要な課題について、経済学の標準的な理論と、それを前提とした近年の実証研究の結果を踏まえながら、できるだけ簡潔に分析を加えたところにある。
「中国経済講義」とはいかにも堅苦しいタイトルだが、学術論文を含めたアカデミックな議論の水準を踏まえることで、表面的な変化に流されない、腰の据わった中国経済の概説書を提供したい、という思いからあえてつけた次第である。「講義」ということを意識したため、現在話題のトピックについても、その背景にある制度の説明などをできるだけ加えるようにしている。そういった説明はやや退屈に感じるかもしれないが、現在起きていることをきちんと理解するためには必要な知識なので、なんとかついてきていただきたい。
本書は基本的にどの章から読んでいただいてもかまわないが、全体の構成としては前半部分でGDP統計の問題、金融危機のリスクや人民元の国際化など中国経済のマクロ的な側面に焦点を当て、後半部分で農民工の直面する問題と都市化政策の行方、国有企業改革の動向やイノベーションの可能性など、ミクロ的な側面に注目する、という構成になっている。多くの読者にとって、マクロ経済のトピックから入っていくほうが理解しやすいだろうと考えたからだ。
本書の内容について簡単に説明しておこう。まず序章では、近年注目を集める中国のGDP統計の信頼性ならびに「李克強指数」などの代替的な指数をめぐる議論を整理し、中国の経済統計を読み解く上で必要なリテラシーについて詳しく解説する。
2015年夏に上海総合株価指数が急落した。その手当てとして政府による株価維持策、さらには人民元の対ドル基準値の大幅な切り下げが行われて以来、中国経済が抱える「金融リスク」に全世界の市場関係者の関心が集まるようになった。第1章では、グローバル経済と中国の国内経済との相互関係に注目した上で、近年の「金融リスク」を人民元の国際化によって生じた「トリレンマ」の観点から読み解いている。
近年「新常態」と言われる安定成長路線を模索している中国経済だが、その一方で従来の高成長を支えてきた「投資依存経済」の性質をなかなか脱却できないでいる。「投資依存経済」の問題点が最も典型的に表れているのが、不動産を中心とした資産バブルである。第2章では、中国が経済大国化を遂げるなかで投資への依存を強めていったことをデータや実証分析の結果をもとに確認し、そこから脱却した新たな成長パターンへの転換の可能性を検討する。
不動産バブルの背景として、各地方政府が、地域の開発資金の財源を土地使用権の売却益に求め、その結果土地の払い下げ価格が上昇したという経緯がある。このような「開発競争」による地域間の経済格差の拡大は、中国の高度成長が生み出したひずみの代表的なものである。第3章では中国経済の宿命とも言うべき地域格差・所得格差の現状をとりあげ、格差の拡大が中国経済の「ユーロ圏化」とも言われる地方政府の債務拡大という問題をもたらしていることも指摘する。
格差問題のなかでも、農民と都市住民の間の格差は制度的に固定されており、深刻である。両者を隔てる中国独特の戸籍制度は、労働市場や社会保障の面で社会にさまざまなゆがみをもたらしてきた。第4章では、近年学術界で注目を集めている農村の余剰労働力の枯渇、いわゆるルイスの転換点をめぐる論争を整理し、労働力不足が今後の中国経済に与える影響について考える。
鉄鋼や石炭などの旧来型の産業では、「ゾンビ企業」と呼ばれる生産性の低い国有企業が過剰な生産設備を抱え込み、成長の足かせになっていることが指摘されてきた。しかし、多くの雇用を抱える「ゾンビ企業」の退出が進めば、大量の失業者を生み出し、社会の不安定化を招きかねない。第5章では、今後の中国経済に大きな影響を与えうる国有企業改革のゆくえについて解説する。
中国経済において、持続的なイノベーションは可能なのか。主流派の経済学者の見解は概して否定的だ。脆弱な財産権保護、貫徹しない法の支配、説明責任を持たない政府の経済への介入といった中国経済の「制度」的特徴は、持続的な成長のエンジンとなるイノベーションの障害物にしかならないように思えるからだ。一方、現在の中国経済では、広東省深圳における電子産業を中心に活発なイノベーションの発露が見られるのも事実だ。第6章では、先進国とは異なる制度的背景の下でなぜイノベーションが生じるのか、そしてその持続可能性について検討している。
領土問題や歴史問題を中心に、日中両国民の間には感情的なしこりがいまだに残るが、中国に進出した日本企業は、以前よりビジネス慣行の違いなどからさまざまな問題に直面してきた。また、直近の問題である米中貿易戦争は、中国経済に関する政治がらみの「リスク」の存在を改めて思い起こさせた。終章では、日中経済の相互の影響が強まるなかで、できるだけ客観的な中国像を描くにはどうすればよいのか、日本(人)にとっての中国経済との向きあい方を考えたい。
小著が、流動化する国際情勢のなかでますますその重要性が高まっている中国経済への理解の一助となれば、著者としてこれにまさるよろこびはない。
目次
はじめに
序章 中国の経済統計は信頼できるか
1 GDP統計は擬装されているのか
中国が米国を追い抜く日
GDP統計に対する不信感問題の原点-SNA体系への移行
トーマス・ロースキーの問題提起
鉱工業企業統計の改定をめぐる誤差
代替的な推計方法の長所と短所
2 誤差が生まれる理由
サービス部門の付加価値額
GDP実質化に関する問題
地方GDPの水増し報告問題ごまかしの背景
中国経済の「不確実性」について
第1章 金融リスクを乗り越えられるか
1 変調を招いたデット・デフレーション
高度経済成長の終焉と「変調」
人民元切り下げの波紋
過剰債務とデット・デフレーション民間部門の債務急増と二つのリスク
清算主義とリフレ政策
拡大する海外資本移動
2 人民元の国際化と「トリレンマ」
きっかけはリーマンショック
ドルの足かせ金融政策の独自性を失った中国
柔軟な為替政策への転換
3 トランプ・ショック
トランプ就任と金融政策の転換
債券市場におけるリスク上昇
「不確実性」の高まりと金融政策のゆくえ
第2章 不動産バブルを止められるのか
1 資本過剰経済に陥った理由
資本が過剰に蓄積されるとは
胡錦濤政権が陥った「罠」
「資本過剰経済」の二段階
2 不動産市場のバブル体質
不動産市場の動向
土地使用権取引市場の構造
土地の用途による「価格差別化」
バブルへの懸念
3 地方財政と不動産市場
融資プラットフォームを通じた債務
中国版「影の銀行」の肥大化
地方債発行とPPP方式でバブルは防げるか
遅れる不動産税の導入
成長パターンの転換は進むのか
第3章 経済格差のゆくえ
1 個人間の所得格差の拡大
「ジニ係数」の変動から見えてくるもの
「灰色収入」の存在
21世紀中国の資本
2 地域間経済格差の変動と再分配政策
地域格差の推移
均衡発展から「先富論」へ
請負制による再分配機能の低下
分税制による再分配機能の強化
地域協調発展と西部大開発
3 中国経済に立ちはだかる「ユーロ圏の罠」?
単一の金融政策と個別の財政政策
ユーロ圏の制度設計と現実
内陸部の省は「中国のギリシャ」
中央—地方関係のジレンマ
第4章 農民工はどこへ行くのか――知られざる中国の労働問題
1 中国の労働市場と農民工
国有企業改革と失業率
戸籍制度と労働市場のゆがみ
2 ルイスの転換点と新型都市化政策
中国は「ルイスの転換点」を迎えたか
ハウスホールド・モデルの考え方
擬似的な転換点
新型都市化政策とは何か
農民工が居住証を申請しない理由
3 「まだらな発展」が労働者にもたらすもの
建設労働者と「包工制」
包工制のリスク
労働NGOの役割と苦境
社会保険費の未払い問題
「まだらな発展」と労働問題
第5章 国有企業改革のゆくえ――「ゾンビ企業」は淘汰されるのか
1 国有企業は特権を享受しているのか
国有企業改革のこれまで
中国は「国家資本主義」か
「国進民退」は本当に生じているか
相対的な高賃金
格差の固定化
2 台頭する民間企業と国有企業のゆくえ
極端な分業体制が生む活力
企業間の適切な資源配分は可能か
ゾンビ企業とは何か
「失われた20年」に学ぶ
国有企業の「退場」はスムーズに実現するか
第6章 共産党体制での成長は持続可能か制度とイノベーション
1 イノベーションをもたらす深圳のエコシステム
包括的な制度と収奪的な制度
急増する特許出願の内実
知的財産権をめぐる三つの層
知的財産権無視の世界と「垂直分裂」
王道をゆくファーウェイ
オープンソースを通じたイノベーション
「パクリ」とイノベーションの共存
ガイド役としての「デザインハウス」
「囚人のジレンマ」をいかに解決するか
三つの層が補完し合うシステム
2 権威的な政府と活発な民間経済の「共犯関係」
存在感を強める「仲介」行為
ハイエクの「自生的な秩序」と中国経済
治者と被治者との「馴れ合い」
終章 国際社会のなかの中国と日中経済関係
1 「チャイナ・リスク」再考
日中関係は改善するか
相互補完的な日中の経済構造
日中間貿易摩擦の実態
チャイナ・リスクからトランプ・リスクヘ
米中産業界の複雑な関係
2 一帯一路と日本
一帯一路は寄せあつめの「星座」?
資本輸出型の経済発展戦略、三つの意味
一帯一路をどう評価するか
3 製造業のイノベーションと新たな日中関係
トップダウン型の関係構築とその限界
メイカーたちが担う日中関係
問われる普遍的価値との対峙
おわりに
中国の人名について、日本で著名な人物についてのみ、日本語読みのルビを振った。また、英語の参考文献の著者については、漢字表記の後に欧文表記を補った。
序章 中国の経済統計は信頼できるか
1 GDP統計は擬装されているのか
中国が米国を追い抜く日
1978年の改革開放以来、中国は、貧しい農業国から新興工業国に急変貌を遂げ、今日では世界経済の動向を左右する巨大な存在になっている。2010年に中国のGDPは日本を追い抜いたが、このトレンドが今後も一定期間継続し、やがては米国経済の規模を追い抜いて世界一になるのだろうか。筆者と東京大学の丸川知雄は、数年前に出版された書籍のなかで、中国の名目GDPがいつ米国を追い抜くのかについての「シナリオ」を示した。中国経済の発展の持続性に楽観的な見通しを示す丸川の予測(表0-1中の「楽観シナリオ」)に基づくと、中国のGDPは2020年代後半に米国を追い抜くことになる(米国の成長率を2011~6年は3.1%、6~3年は2.2%と仮定した場合)。
一方、筆者は資本の増加率を低めに見積もったほか、労働の生産弾力性(就業者数の1%の増加によってGDPが何%増えるかを示したもの)が今後の労働人口の減少を反映して大きく上昇することを考慮に入れた「慎重シナリオ」を示した。このシナリオだと、中国のGDPが米国を抜くのは2030年代前半となる。筆者らがこの「シナリオ」を示したのは2015年初頭だが、その後中国政府は、2015年の全国人民代表大会(国会にあたる)において、経済がそれまでの高度経済成長時代から「新常態」と表現される安定的成長段階に入ったことを強調し、成長率目標を前年までの年率7.5%前後から7%前後に引き下げた。その後、全人代において示される成長率は、6年には6.5~7%、7年には6.5%前後と3年続けて引き下げられた。こうして見ると「楽観シナリオ」は経済成長率をやや高く見積もりすぎており、現時点では「慎重シナリオ」のほうが現実味を帯びてきている、といえるかもしれない。
もちろん、こういった将来の予測は外れるのが常である。それでも大きな政治上の混乱や、世界経済を巻き込むような経済危機がない限り、それほど遠くない将来、中国が米国を凌駕して世界最大規模の経済大国となることは、ほぼ間違いないといってよいだろう。
GDP統計に対する不信感問題の原点――SNA体系への移行
その一方で、中国経済に関する議論の前提となるGDPなど経済統計の信頼性には、絶えず疑問が投げかけられてきた。例えば、2015年の上半期に実質GDPの成長率が7.0%になるという数字が公表されると、その信頼性に疑問が噴出した。多くの工業製品の名目の生産額がマイナスになっていたにもかかわらず、工業部門の付加価値は実質6%の伸びを記録するなど、統計間の不整合が目立ったためである。こういった状況を受けて、中国のGDP統計は大嘘だ、とか、GDPは公式統計の3分の1で実際は世界第3位だ、といった煽情的なタイトルの書籍が日本の書店に並ぶ一幕もあった。しかし、中国のGDP統計の問題点については専門家による地道な議論が積み重ねられてきており、たとえ統計の信頼性に疑問が持たれるとしても、それらの「誤差」がどの部分から生じるのかという点について、おおよそのコンセンサスができている。
もちろん、現在の中国のGDP統計に問題があるのも事実である。では、具体的にどのような問題があり、にもかかわらずそれが「デタラメ」ではないとなぜいえるのか、その点をきちんと述べておかなければ説得力を欠くだろう。以下では、やや煩雑だが、中国GDPの「誤差」がどのような要因によって生じるのかを、いくつかのトピックに分けて詳しく見ておくことにしよう。
なお、以下の文章を読み進めていく上では、GDP統計に関する名目値と実質値を区別することが重要になる。名目値とは、実際に市場で取り引きされている価格に基づいて推計された値であり、実質値とは、名目値から物価の上昇・下落分を取り除いた値である。経済成長率を見る場合、名目値は、インフレ・デフレによる物価変動の影響を受けて大きく変動するために、デフレータ(名目値から実質値を算出する際に用いられる価格変化の指標のこと。実質GDP算出に用いられるデフレータを特にGDPデフレータと呼ぶ)によって、それらの要因を取り除いた実質値を用いるのが一般的である。
中国が改革・開放政策といわれる市場経済化路線を歩み始めるに伴い、それまでの計画経済時代に採用されていた統計システムも見直しが迫られるようになった。具体的には、1980年代後半から1990年代にかけて、マルクス主義経済学に依拠したソビエト型の統計システムであるMPS(Material Product System)から、先進国を中心に国際標準としてより広く採用されてきたSNA(System of National Accounts)へという、統計システムの大規模な移行が行われた。ソビエト型のMPSの最大の問題点は、イデオロギー的な観点から、小売りや物流などサービス部門(第三次産業)の活動を統計に含めていなかった点にある。また、統計データの収集を独立の機関が行うのではなく、企業からの一方的な報告に依存していた点も、データの捏造を日常的なものにしていた。そのことが1958~8年の大躍進の際の統計の水増し報告につながったと考えられている。
そういった問題点の多いMPSから、現在のSNAへの移行のポイントは、いかにしてサービス部門の経済活動を把握して、この部門の統計を整備するか、という点にあった。
まず、1985年には国家統計局によって「第三次産業統計の樹立に関する報告書」が提出され、サービス部門の統計の整備と、それをもとにしたGDP統計の作成が開始されるなど、徐々に統計システムの移行が行われていく。特に、1991年から光年を対象に行われた第三次産業センサス(全数調査)の結果によって、GDP統計がカバーする範囲は大幅に拡大した。
これらの成果を基盤にして、1993年から全面的なSNAへの移行が始まる。だが皮肉なことに、統計データの国際標準への移行と、長期的なGDP統計の推計値が整備されるのと並行して、海外から公式統計におけるGDP成長率の過大評価を指摘する研究が相次いで発表されるようになった。その代表例が、以下に紹介するロースキーによる研究である。
トーマス・ロースキーの問題提起
2000年代初頭、中国のGDP統計の信頼性への疑問がジャーナリスティックなレベルでも注目を集めることになる。きっかけとなったのは、著名な中国経済研究者であるピッツバーグ大学のトーマス・ロースキーが、2001年『チャイナ・エコノミック・レビュー』誌に発表した論文「中国のGDP統計に何が起きているのか(“What is Happening to China’s GDP Statistics?”)」である。同論文でロースキーは、1998年から2000年までの公式の実質GDP統計およびその成長率の信憑性を疑問視し、特に1998年の実質成長率は公式統計よりも大幅に低く、マイナス成長の可能性さえある、と主張した。ロースキーによる指摘は、主に他の経済統計との整合性に関するものだった。例えば、1998年には公式統計では7・8%の成長率を記録したにもかかわらず、エネルギー消費額の統計はマイナス6・4%を記録した。過去に長期にわたって高度の経済成長を続けてきた日本やアジアNIES(韓国、台湾、香港、シンガポール)のケースでは、いずれも経済成長に伴ってエネルギー消費も大きな伸びを記録しており、1998年以降の中国のようなケースは極めて異質だ、と彼は指摘する。・ロースキーは、1998年における航空輸送量の伸びが2・2%であったことから、その数値が成長率の上限とみなせるとし、1998年の経済成長率の推計値として、マイナス2.0%からプラス2.0%という、公式統計を大幅に下回る数字を主張した。これは、経済活動の実態を反映していると考えられる信頼性の高い指標をベースに、GDPもそれに同調して動いていると仮定して推計を行うものである。ちなみに後で触れる「李克強指数」を用いてGDP成長率を推計するやり方も、基本的にこの方法を踏襲したものである。
彼の発表した論文が世界の広い関心を集めたため、中国の政府関係者や、海外の中国研究者からの反論が行われた。そのなかには、後述するように工業企業の統計データの連続性の問題から、この時期のエネルギー消費の統計もまた過小評価されている可能性が高く、その数字がGDP成長率と乖離しているからといって、必ずしもGDP成長率が大幅に過大評価されているわけではないという有力な指摘もあった。一連の議論の結果、1998年から2000年にかけて公式統計がGDP成長率を一定程度過大評価している可能性は高いものの、ロースキーのように大幅な下方修正が必要だとする主張もまた根拠を欠いているというのが多くの専門家の判断だった。ロースキー自身も、のちには、エネルギー消費量の統計など彼が根拠とした指標自体にも問題点が多いことを認めている。
鉱工業企業統計の改定をめぐる誤差
ここで、ロースキーの問題提起が、1998年以降のGDP統計について行われたことの意味について説明しておこう。実は、1998年には、鉱工業企業に関する生産額や利潤額の推計方法が大きく変化した。その際の統計の連続性の欠如や、サンプル調査の精度の低さが、GDP統計の信頼性の低さの背景の一つになっていることが指摘されている。_1998年以前は、中小企業に関するデータを、個々の企業から地方の統計局に対して行われる自己申告をもとに集計していた。しかし、その際しばしば虚偽の報告がなされたため、統計局が行うサンプル調査をベースに全体の推計値を算出するという方法へと変更されたのだ。具体的には、すべての国有企業と一定規模以上の非国有企業については統計局が直接データを収集し、それ以外の売上額500万元未満(2011年より同2000万元未満)の非国有企業については、省や県レベルの統計局が実施するサンプル調査のデータを用いて全体の集計値を算出するという方法がとられることになった。
このような統計制度の見直しによって、鉱工業企業に関する統計には明らかな「非連続性」が生じることになる。データの非連続性が存在する以上、1998年前後における工業企業の生産額や成長率の評価にはかなりの慎重さが要求される。例えば、香港科技大学のカースラン・ホルツは、ロースキーが指摘したエネルギー消費額のデータは、サンプル調査によってはカバーされないため、統計データを直接収集する企業の範囲が狭まったことによって大きく減少した可能性がある、と指摘している。
代替的な推計方法の長所と短所
ロースキーに限らず、中国のGDP統計に不備があるとして、多くの専門家が代替的な数値を計算してきた。それらは大きく分けて二つに分類される。
一つは経済の実態をより反映していると考えられる指標を組み合わせた代替的な成長率を用いるものである。ロースキーのころから、GDP統計と他の経済変数との整合性のなさを問題にする議論は存在したが、そのなかでも最も有名になったのが貨物輸送量、電力消費量、銀行融資残高の伸びを経済成長の指標として用いる、いわゆる李克強指数であろう。だが、李克強指数は、現首相の李克強が国有企業を中心として、鉄鋼業などの重厚長大型の産業に多くを依存する遼寧省のトップだったときの発言であり、これをそのまま用いるとそれらの産業の状況を過大に評価した結果が出てしまう、という問題がある。
この点で、より洗練されているのがキャピタル・エコノミックスによるチャイナ・アクティヴィティ・プロキシ(CAP指標)を用いた代替的な推計である。CAP指標は、発電量(製造業の代理変数、以下も代理変数を指す)、貨物輸送量(経済活動全般)、建設中の建物床面積(不動産開発)、乗客輸送実績(サービス業)、そして海運輸送量(国際貿易)の5つの指標を加重平均したもので、これらの指標の伸び率を総合して、実態に近いGDP成長率を推計しようとするものである。
李克強指数やCAP指標といった代替指標の示す成長率は、2014年から5年にかけて実質GDP成長率を大きく下回り、この時期のGDP統計が偽造されているという議論の一つの根拠になった。しかし、2016年になり、中国政府が需要を下支えするために積極的な公共事業を行うようになると、貨物輸送量や電力消費量といった「オールド・エコノミー」の代表的な指標が急激に上昇し、その結果、李克強指数の成長率は公式GDPの成長率をむしろ上回るようになった(図0-1)。
「中国政府のごまかしが利かない」究極の統計として、米国の軍事気象衛星により撮影された夜の地球表面の画像データを用いた研究がある。この衛星画像による夜間の光強度データは、都市域の拡大、人口分布面の推計、エネルギー消費量・GDPの推計などの人口・経済指標と強い相関を持つことが知られている。ニューヨーク連邦準備銀行エコノミストのハンター・クラークらの研究グループは、衛星画像から得られた2005年から3年までの各省ごとの夜間の光強度の年間累計値と公式GDP統計、李克強指数などGDPの代替的な指標との関係を求めた上で、それをベースに2014年と5年の実質GDP成長率について独自に補正を行った。そして、2015年後半に中国経済が急速に収縮したという多くの専門家の指摘に反し、実質成長率に関する彼らの独自の推計値は公式統計の数値よりも高いという結果を示している。もっとも、この方法で用いられている夜間光のデータは2013年までのものであり、1年以降のデータを用いて同様の推計を行った場合は異なる結果が得られる可能性がある。
一方、GDPの代替的な推計のもう一つのやり方は、デフレータの算出やサービス部門の推計など、疑わしいと思える部分に独自の仮定を置いてGDPの推計をやり直すものである。一橋大学のハリー・ウー(WU, Harry Xiaoying)による推計がその代表的なものである。ウーは、1970年代からの公式GDP統計の信頼性に疑問を投げかけ、特にサービス部門の付加価値と価格指数について独自の仮定を置いて推計を行った。その結果、1978年から2014年までの実質GDP成長率は公式統計の年平均9.8%より低い平均7.1%であり、1990年価格で測った実質GDPも公式統計より5%ほど低くなる、と結論づけている。
ただ、ウーの推計は長期間にわたってサービス部門における労働生産性がまったく変化しない、などかなり無理な仮定を置いているといった指摘もあり、彼による代替的な推計は、実質GDP推計に関する一つの「下限」を示すもの、と考えたほうがよさそうだ。また彼が行っている代替的な推計は、あくまでも特定の年を基準とした実質GDPの値に関するものだという点にも注意が必要である。その値が過大評価されているということは、必ずしも2014年の名目GDPが大幅に水増しされている、ということを示すものではない。後述のようにGDPデフレータの信頼性には大きな疑問があることを踏まえれば、彼の推計結果はあくまでもデフレータが過小評価されている可能性を示唆するものと考えたほうがよいだろう。
また、李克強指数はもとより、CAP指標のような洗練された代替指標でもサービス産業の伸びを十分に補足できているわけではなく、このため製造業からサービス産業への移行が急速に生じたここ数年に実体経済との乖離が生じている可能性がある。
このように代替的な指標や推計にもさまざまな問題点があり、切り札となるような推計があるわけではない。複数の推計結果が示している通り、2014年、6年あたりの実質GDP成長率については、ある程度過大評価されていた可能性は高そうだが、これは決して恒常的な成長率の水増しが行われていることを示すものではない。現に、2016年に経済が回復を始めると、李克強指数などの代替指標が軒並みGDP成長率を上回ったこともあり、GDP成長率の過大評価を指摘する声も次第に下火になっていった。
2 誤差が生まれる理由
サービス部門の付加価値額
それでは、現在の中国のGDP指標を見るときに、どのような点に注意すればよいのだろうか。GDP統計に誤差が入り込む要因のうち、最大のものの一つが、サービス部門の統計の精度の低さである。すでに述べたように、中国の統計制度が国際水準にのっとったSNA体系に移行する過程で、サービス部門の統計をどのように整備するか、という点が最大の懸案となった。その後サービス部門の付加価値額の統計に関しては、センサス調査などを通じてたびたび改訂が重ねられてきたが、その評価をめぐっては現在でも議論が続けられている。
例えば、前節で名前を挙げたウーは、政府の公表する実質GDP成長率が長年にわたって過大評価されてきた要因として、第一にサービス部門の成長率が雇用統計の伸びに対して明らかに過大に評価されていること、第二に価格指数の信頼性が乏しいことを挙げている。一方、香港科技大学のホルツは、現在のGDPの水準が、いまだカバーされていないサービス部門や、「ヤミ経済」の存在によって、過小評価されている側面を強調する。これまでにも、帰属家賃(自己の持ち家についても借家や借間と同じような付加価値を生んでいると仮定し、その分をGDPに参入したもの)および福祉サービスの漏洩などいくつかの項目を十分にカバーしておらず、過小評価されている面があることは専門家によってたびたび指摘されてきた。これらのことからホルツは「代替的な推計も不十分で、公式統計よりも優れているとはいえない」とし、公式統計には十分な利用価値があると結論づけている。
さらにセンサス調査に基づきサービス部門を中心にGDPの値が修正される場合、過去のデータとの整合性をどうするのか、ということが問題になる。例えば、2004年の第1次経済センサスの際は1993年に遡及して名目・実質GDPの値が上方修正された。中国のGDPが過去に遡及して修正される際には、「トレンド階差法」という方法が用いられる。これは、まず1992年の値および旧方式で求めた2004年の値によって旧データのトレンド値を求め、次に1992年の値と新方式で求めた2004年の値を用いて新データに対するトレンド値を求める。そして1993年から2003年までの旧データと新データのトレンド値とを比較することでその比率係数を求める。最後にこの比率係数を使って過去の実際のデータを改訂する、というものである。
ただ、このような修正が行われることにより、公表されるGDPの成長率は変動の少ない、滑らかなものになる傾向がある。その過程において、特定期間における成長率の落ち込みなどが隠されてしまう可能性がある。いずれにしても、サービス部門の統計は整備の途上であり、今後も見直しが続けられていくものと思われる。
GDP実質化に関する問題
実質GDPの成長率に誤差が生じるもう一つの大きな要因は、デフレータの推計である。実質成長率は、名目成長率から価格上昇分を除いたものなので、その値はデフレータによって大きく左右される。しかし、このデフレータにも大きな問題が存在する。中国の場合、例えば工業部門の付加価値は、1990年代末まで企業自らがその実質値を申告しており、GDPデフレータは、そのようにして求められたGDPの実質値と名目値との比率として求められるにすぎなかった。このようなやり方では、企業がきちんと実質化を行ったかどうかのダブル・チェックができず、信頼性に欠けるとされてきた。
北京航空航天大学の任若恩(REN, Ruoen)は、このようにして求められるGDPの実質値に代わり、統計局が独自に調査を行って算出した価格指標(農産物買付価格、工業製品出荷価格など)をベースに推計を行い、1985年から4年までの実質GDP成長率を、公式統計の年平均9.8%に対して、6.0%だったと結論づけている。
現在では、実質GDPを求める際に、国家統計局が独自に推計したデフレータを用いて実質化を行っている。しかし、そのやり方は、まず各産業における付加価値を総生産値から中間投入財を引いて求め、その付加価値をデフレータを用いて実質化するという、いわゆるシングル・デフレーション法である。この方法は、総生産値と中間投入財の物価上昇率が同じであれば問題はないが、両者の間に乖離があるときは付加価値の実質値に過大/過小評価をもたらす。この点を補正しようと思えば、総生産値と中間投入財の名目値をそれぞれ別のデフレータによって実質化した上でその差より実質付加価値を求めるダブル・デフレーション法を用いる必要があるが、中間財の価格指標を求めることの技術的制約により、中国では用いられていない。
GDPの実質化をめぐる議論は現在でも続いている。例えば松岡秀明ら日本経済研究センターの研究チームは、中国のGDPデフレータが輸入価格の変化を十分に反映していないという批判を受けて、GDPの各項目別にデフレータを推計し、独自に実質GDP成長率の推計を行った。その結果、7%と公表された2015年前半期の実質GDP成長率は、実際には5.2~5.3%程度だったのではないかと指摘している。
いずれにせよ、サービス部門の付加価値の推計と実質化の際の価格指標の問題は、中国のGDP統計の構造的な「アキレス腱」だといえるだろう。
地方GDPの水増し報告問題
中国では、これとは別に引の省・市・自治区(地方政府)が公表する地方GDPの統計があり、こちらもまた固有の問題を抱えている。というのも、これら省レベルの地方政府が発表するGDP統計の合計が中央政府(国家統計局)のそれと合致しない、という問題があるからだ。その背景として、地方のGDP成長率が地方指導部の評価を左右するといった中国独自の官僚の考課制度をはじめとした、政治的な要因もあることが指摘されてきた。
例えば2017年8月に、遼寧省の2017年1~6月期の名目域内総生産(GDP)が前年同期比マイナス20%に急減したと発表され、国内外で驚きをもって受け止められた。一方、同省の実質成長率はプラス2・1%。1~6月期の消費者物価や卸売物価はともにプラスと発表されており、名目成長率の統計とまったく整合性がとれていない。なぜこのような混乱が見られたのか。同年8月1日付で中国政府は「統計法」実施条例を施行し、経済統計の水増しや捏造を厳しく摘発するようになった。この背後には、反腐敗キャンペーンを進める習近平政権の強い意向があるといわれている。腐敗が蔓延している地方ほど、役人の都合のいいように統計数字が操作されやすいと考えられるからだ。
遼寧省を含む東北地方は、重厚長大型の国有企業を多く抱える地域であり、鉄鋼の過剰生産が問題になる昨今は特に低迷が伝えられている。その意味で、実態を隠すために数字のごまかしが継続的に行われていた可能性は高いと考えられる。つまり、2017年に、それまでの過大評価されていた数字を修正した名目値を出したため、前年比較の成長率が大きく落ち込んだ、と見るのが自然だろう。
キャッシュレス国家 「中国新経済」の光と影 (文春新書)
キャッシュレス社会を切り口に解説
本書は、中国に在住している著者により、中国で起きている数々の変化を時に自身の体験を交えながら、また時には詳細に調べ上げたデータを駆使しながらわかりやすく解説してくれている。中国のキャッシュレス事情を中心とした経済状況について詳細に述べている一冊となっている。
*読む際のご注意、お断り等についてはこちらをお読み下さい。
*この電子書籍は縦書きでレイアウトされています。
はじめに
中国の首都・北京市の北東部に位置する対外経済貿易大学。私が教鞭をとるこの経済金融系重点大学のそばに、中国人の同僚や友人たちとよく行く、お気に入りの四川料理店がある。好物の「麻辣香鍋」や「口水鶏」などの料理と一緒に、北京の地酒「牛欄山二鍋頭」をたらふく飲んでも一人0元(約800円)程度で済むローカルレストランだ。
店には紙のメニューもあるが、私は使わない。テーブルの端に設置してあるQRコードをスマートフォン(スマホ)でスキャンすると、写真付きの料理一覧が出てくる。商品名をタップして数量を入力し、決定するとオーダーされる。食事後は、食べた料理の名前と品数、値段をスマホ上で確認。支払いボタンをタップして指紋認証で完了。店員は料理を運んでくる以外、一切かかわらない。
お店への支払いはアリババの決済(支払)アプリ「支付宝」(アリペイ)を使うが、食後に友人たちと割り勘にするときは、アリババと並んで中国ではポピュラーな決済アプリ、テンセントの「微信支付」(ウィーチャットペイ)を使うのが私流。
のちほど詳しく解説するが、中国人の生活に、すっかり溶け込んでいるチャットアプリ「微信」(ウィーチャット)には割り勘機能がある。アプリのアドレス帳から参加メンバーを選びグループチャットを作成して、食事代の総額を打ち込むと、自動で頭割りの金額が計算されて、メンバー全員に請求が届く。支払い状況もチェックできるので安心だ。
モバイル・インターネットの時代に突入し、すでにスマホが社会のインフラとなった中国。スマホにインストールされた決済アプリをプラットフォーム(ビジネスの基盤)にして、これまでなかった新しいタイプのビジネスが次々に生まれ、それらが互いに結びついた巨大なエコシステム(ビジネスの生態系)がダイナミックに広がっている。これが「中国新経済」の現在の姿だ。後述のように、無人コンビニなど「買う」場面、フードデリバリーなど「食べる」場面、シェア自転車など「移動する」場面、無人カラオケなど「遊ぶ」場面のような、生活の様々な消費シーンにおいてモバイル決済が使われている。これらだけではなく、公共料金の支払い、先ほど述べたレストランでの割り勘などユーザー同士の送金、ご祝儀やお年玉、宗教施設でのお布施や災害義援金の支払いにいたるまで、ありとあらゆる場所でモバイル決済が利用されており、財布を持たずにスマホ一台で生活できる社会が実現している。
一方、日本でも、この「決済」について大きな変革が起きつつある。中国ではすでに一般的となっているQRコード決済サービスだが、日本でもついに導入が始まり、シェア獲得に向けたキャンペーン合戦が繰り広げられている。2018年2月、ソフトバンクとヤフーの合弁会社が展開する「PayPay」は、店舗側の初期導入費用や決済手数料を無料にする一方で、ユーザーに対しては100億円を投じた大規模なキャッシュバックキャンペーンを行った。当初4ヶ月を見込んでいたこのキャンペーンは、わずか10日で予算を使い切り終了するなど、その反響は大きかった。その後、ライバルの「LINE Pay」も3%還元を実施した。この2サービス以外にも、「楽天Pay」「ORIGAMI Pay」「d払い」「メルペイ」などがすでにQRコード決済などのサービスを始めており、セブンイレブンの「7Pay」や、ゆうちょ銀行の「ゆうちょPay」など、金融機関や小売りといった業種の企業が参入を予定している。
また、2019年10月に予定されている消費増税に伴う景気の落ち込み対策として、キャッシュレス決済時のポイント還元も予定されている。「平成」が終わり新元号となった2019年は、後に「キャッシュレス元年」「モバイル決済元年」と呼ばれるようになるかもしれない。
中国ではこのモバイル決済の普及が起点となり、それまで想像もしなかったようなサービスが相次いで開発され、社会が劇的な変化を遂げた。いま日本でも、スマホのアプリを通じたモバイル決済は徐々に広まりつつあるが、この点では中国がはるかに先行している。いち早く「新経済」が発展し、キャッシュレス国家へと変貌しつつある中国の現状を知ることで、今後、日本の社会や経済がどのように変わっていくのかを占うことができるだろう。
本書ではこの「中国新経済」について、データ分析やケーススタディだけにとどまらず、読者がより身近に感じられるよう、北京で実際に生活する私自身の実体験や友人・知人の話など、リアルな現場の情報を織り交ぜながらわかりやすく解説する。
第1章では、「新経済」エコシステムの中核を担う「決済」の発展の過程を紹介する。中国でなぜ「オンライン決済」が普及したのか、スマホの登場によって国内決済市場の勢力図がどのように変化し、スマホを使ったモバイル決済がどのように利用されているのかをみていく。
第2章では、モバイル決済というプラットフォーム上に、ダイナミックに広がる「新経済」のエコシステムについて、中国人の生活に欠かせない「買う」「食べる」「移動する」「遊ぶ」の4つの視点から、具体的なサービス名や内容、マーケット状況などの情報を交えながら紹介する。財布を持ちあるく必要がなくなった中国人のリアルな生活状況がわかるはずだ。
第3章では、中国で「新経済」が発展してきた背景を説明する。中国政府は「イノベーション駆動型の経済成長」の実現に向け、その原資となる「ヒト」「モノ」「カネ」が集まる政策を積極的に推し進めている。そして、それをチャンスと捉えリスクを恐れず起業にチャレンジする人材が、実際にイノベーションを生み出している。また、中国国内に山積する「社会問題」にビジネスチャンスがあり、そこでイノベーションが起こっているという社会的構造についても解説する。
第4章のキーワードは「信用」である。「新経済」は、経済活動において最も信用が必要とされる「決済」が基盤となっており、プラットフォーム企業には多くの信用情報が集まる。それをスコア化し利用者の囲い込みに利用している現状について、アリババの実際の取り組みを例にみていく。一方で、信用社会の実現を目指す中国政府は、これら民間企業が集めた信用情報を利用し始めている。「新経済」がビジネスの枠組みを飛び出し、社会システムの基盤となりつつある現状を紹介する。
最終章では、世界第2位の経済大国となった中国と、日本が「新経済」という新しいビジネスにおいて、どのような協力関係を結べるのかを考察している。本書は単純な中国礼賛本ではない。「新経済」は中国社会をどのように変えたのか、そしてどこに向かっているのか。「光」の部分のみにとどまらず、その「影」の部分も指摘する。中国では新しいビジネスが数多く誕生しているが、それは裏を返せば、他国に代わって壮大な社会実験を行っているとも言える。そのため成功ばかりでなく、失敗するケースも少なくない。最近では、かつてもてはやされたシェア自転車が、規制強化や労働コストの上昇を背景に退潮傾向にある。また、キャッシュレスが進んだことで新たな手法の犯罪が横行。銀行などではリストラが始まっている。スマホを利用した料理のデリバリー・サービスが急成長しているが、それにともない配達員の乗る電動バイクの事故や料理を入れるプラスチックごみの大量廃棄といった新しい課題もみられるようになってきた。
今の中国で実際に起こっているこうした現象から、われわれ日本人が学ぶ意義は大きい。本書が「中国新経済」に対する理解を深め、これからの日本がどのような未来を選択していくべきかを考える一助となれば幸甚である。
目次
はじめに
第1章
「中国新経済」の二大プラットフォーマー
決済を制する者が、「中国新経済」を制す
スマホの登場が勢力図を変えた
第2章
これが「中国新経済」のエコシステムだ
「買う」――ネットからリアル店舗へ急拡大
「食べる」――拡大するデリバリー・サービス
「移動する」―新サービスの誕生で快適に
「遊ぶ」広がる余暇の過ごし方
第3章
「中国新経済」はなぜ発展したのか
中国政府が目指すイノベーション駆動型の経済成長
イノベーションで社会問題を解決する
第4章
「中国新経済」を支える信用システム
「信用スコア」がもたらす様々な特典
社会統治に組み込まれる「新経済」
第5章
「中国新経済」のゆくえ~日本はどう向き合うか~
「中国新経済」の影
キャッシュレスのメリットとデメリット
規制される「新経済」
日本の商機をさぐる
おわりに
日本と中国経済- 相互交流と衝突の100年 (ちくま新書1223)
歴史を振り返りながら今を学ぶ
本書で述べられている日中間の経済に関する指摘は、実証的な研究に基づき、冷静に分析されたものです。戦前・戦中あたりの日中経済関係をしっかり振り返り、現在の経済、社会、外交等について理解するのにおすすめの書籍です。
〈お断り〉本作品を電子化するにあたり一部の漢字および記号類が簡略化されて表現されている場合があります。
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目次
はじめに
第一章 戦前の労使対立とナショナリズム
中国の近代化とナショナリズム
近代中国経済が不安定な理由
在華紡のストライキの背景
在中日本人のなかの捻じれ
第二章 統一に向かう中国を日本はどう理解したか
国民政府の成立と日本の焦り
満洲事変以降の路線対立
新興国としての中国への態度
第三章 日中開戦と総力戦の果てに
日中戦争の開始と通貨戦争の敗北
「総力戦」がもたらしたもの
日本の敗戦と国民政府の経済失政
第四章 毛沢東時代の揺れ動く日中関係
中華人民共和国の経済建設
「政経分離」と「政経不可分」との対立
文化大革命期の民間貿易
国交回復に向けて
第五章 日中蜜月の時代とその陰り
市場経済へと舵を切る中国
緊密になる日中経済関係と対中ODA
天安門事件による対中感情の動き
「日中蜜月の時代」の背景
第六章 中国経済の「不確実性」をめぐって
さらなる市場化へ
経済的相互依存関係の深まり
中国共産党と反日ナショナリズム
中国経済はリスクか、チャンスか?
終章 過去から何を学び、どう未来につなげるか
参考文献一覧
はじめに
二〇一五年の春節(旧正月)、「爆買い」というそれまでなじみのなかった言葉が日本のお茶の間(すでに死語かもしれませんが)をにぎわせたのは記憶に新しいところです。中国人観光客によって、日本製の炊飯器や水洗トイレ便座が飛ぶように売れていく様子をテレビのワイドショーがおもしろおかしく報道し、家電量販店やドラッグストア、ホームセンターには、中国語で書かれた説明が必ず掲げられるようになりました。
この「爆買い」現象は、この本を執筆中の現在には大分下火になったとはいえ、個人消費が伸び悩む日本の景気を下支えするのに大いに役立ったと思われます。しかし、多くの日本人にとって、こういった「爆買い」やインバウンドを、諸手を挙げて歓迎する気分にはどうしてもなれなかった、というのが正直なところではないでしょうか。それは、何といってもほんの数年前に、やはりテレビで繰り返し流された、尖閣諸島問題に起因する過激な反日デモや日系スーパーに押し寄せた暴力的な群衆の様子が、まだ記憶に新しかったからでしょう。
もちろん、数年前の反日デモに参加していた群衆と、日本に観光に訪れ、「爆買い」を行っている人々とは直接重なっているわけではありません。むしろ、生活水準も社会階層も考え方も、同じ中国人としてくくることができないほど、両者の間には大きな隔たりがある、といってよいでしょう。それでも、日本社会における一般的な中国人のイメージとして、二つの映像がそれほど間をおかずにマスメディアで流された結果、「あの時はあれほど日本人や日本製品を嫌っていたのに、なぜ今度は喜び勇んで日本製品を買いあさりに来るのか?」という釈然としない思い、あるいは言いようのない不信感を感じた日本人の方が多かったのではないでしょうか。
反日デモと爆買い。今の日本で「日中間の経済交流」というと、真っ先にイメージされるのはこの二つの現象かもしれません。この二つの現象から、現在の日中経済交流が置かれている、一種のアンビバレンツな状況が浮かび上がってくるのではないでしょうか。すなわち、日中関係は「経済関係がうまくいっているようでも、必ずどこかで「政治」問題がその邪魔をする」という側面をもつ一方、「どんなに政治的に冷え込んでいるようでも、「経済」的なつながりを求める動きがやむことはない」という側面も持っています。これは、少し考えればわかるように、コインの裏と表のような関係にあります。本来なら、なんとか政治的にも経済的にも良好な関係を、と願いたいところですが、そういった関係を両国が築くことは、残念ながら近い将来には望み薄だ、と言わざるをえません。では、このややこしい両国の関係をどう考えていけばよいのか、少し歴史をさかのぼって考えてみよう、というのがこの本の直接のねらいとなります。
……と大見得を切ったものの、私は一次資料を自由に読みこなすことのできる歴史学の専門家ではありませんし、中国近現代史の専門家からみれば、本書に新しい知見といえるものはほとんどないといっていいでしょう。それでも、近代以降の日中間の経済交流の歴史を概観した本をこのような形でまとめておくことには、以下のような点で何らかの意義があると自分なりには思っています。
一つには、中国近現代史の大まかな流れを押さえた上で、日中間の経済問題について考える、という視点で書かれた一般向きの書物がこれまでほとんど存在しなかったことがあげられます。例えば、二〇一二年の反日デモ・暴動について考える際に、一九二〇年代の在華紡に対するストライキやボイコットについて振り返ることは不可欠だと私は考えていますが、そういった視点から過去の歴史と現在の課題とを結びつけてくれる議論というものには、ほとんどお目にかかることができませんでした。これは歴史の専門家と現代中国の研究者との間にかっちりとした「分業関係」があるためですが、いつまでもそういうお行儀のいいことを言ってもいられないのではないか、という私なりの「危機意識」から、あえて蛮勇をふるってみた、という次第です。
もう一つには、近代以降の日中間の経済交流がたどってきたある種の「パターン」を頭の中に入れておくことで、これから生じうるある種の誤謬を避けることができる、と考えるからです。すでに述べたように、現在の日中関係は、「経済関係がうまくいっているようでも、必ずどこかで「政治」問題がその邪魔をする」「どんなに政治的に冷え込んでいるようでも、「経済」的なつながりを求める動きがやむことはない」という、コインの裏と表のようなもどかしい動きで特徴づけられます。しかし、すこし歴史を振り返ってみれば、このようなジレンマはなにも最近になって生じたわけではなく、近代以降の両国の交渉において、何度となく繰り返されてきたパターンだということが分かります。私は、まずそのことを念頭に置いて今後の日中関係を考えていくべきだと思っています。
この本では詳しく述べていませんが、近代以降の日中間がなかなか政治・経済の両面で良好な関係を築くことができないのは、基本的には日中の社会の成り立ちの仕組み、特にその「統治」に関する根本的な考え方が異なるからだ、と私は考えています。ですので、「政治的にもう少し歩み寄りさえすれば―端的には「対米従属」路線を変更すれば――日中関係は基本的にうまくいくのだ」、といった楽観的な日中友好論に私は賛成できませんし、むしろこれから両国が新たな関係を築いていくためには障害になると考えています。こういった点については私の前著である『日本と中国、「脱近代」の誘惑――アジア的なものを再考する』(太田出版)あるいは『「壁と卵」の現代中国論――リスク社会化する超大国とどう向き合うか』(人文書院)で詳しく論じていますので、そちらを参照してほしいと思います。
本書の執筆に当たっては、今までにないほど多くの方から直接的・間接的なご協力をいただきました。新尚一(神栄株式会社)、片山啓(アジア経済知識交流会)、土井英二(兵庫県貿易株式会社)の各氏には、国交回復以前の日中民間貿易に関する貴重な体験談を聞かせていただいたほか、関連する資料もお貸りしました。梶谷浩一氏(公益財団法人有隣会)には、倉敷市にある旧クラレ倉敷工場資料館をご案内いただき、大原總一郎に関する資料を紹介していただきました。伊藤亜聖氏(東京大学)からは深圳のドローン産業についての写真をお借りしました。また、加島潤(横浜国立大学)、高木久史(安田女子大学)、木村公一朗(アジア経済研究所)の各氏には、草稿段階で本書に目を通していただき、各分野の専門家の立場から適切なアドバイスを受けることができました。心より感謝いたします。
本書の企画は今から約四年前に、筑摩書房の橋本陽介さんから、拙著(『「壁と卵」の現代中国論』)を読んだところ、なかなか面白かったので、日中関係に関する新書を書いてみないか、という丁寧なお手紙を受け取ったことに始まります。それ以来、なかなか執筆が進まなかったのを、今日まで気長に待っていただきました。月並みな謝辞になってしまいますが、橋本さんの強い勧めと粘り強い催促がなければ、近代以降の日中間の経済交流を概観する、という大それたテーマを完成させることなど、とてもかなわなかったでしょう。この場を借りて改めてお礼を申し上げたいと思います。
本書の執筆が大詰めに差し掛かっていた八月末、思いがけず恩師であり同僚でもあった神戸大学の加藤弘之教授の訃報に接することとなりました。加藤先生からは、大学院の修士課程の時代から、中国経済という対象を日本人という「異邦人のまなざし」で見ること、その全体像を常に念頭に置いて具体的なテーマを研究すること、この二つの姿勢の重要性を繰り返し叩き込まれました。直接日中関係に関する著作をお書きになることはありませんでしたが、特にその晩年には、日中はどうすればうまくお互いの利益を尊重しあいながら付き合うことができるのか、常に念頭におかれながら、その研究活動を続けてこられたように思います。もう半年ほど早く完成させていれば先生にも読んでいただけたのに、と思うと、今回ばかりは自分の非力が無念でなりません。謹んで、この小著を今は亡き加藤先生に捧げたいと思います。
二〇一六年一〇月梶谷懐
3つの切り口からつかむ図解中国経済
中国の政治経済の現状が概観できる
統計数字や図表を駆使しており、数値的に中国の経済について確認できます。目次にあるような3つの視点から中国の政治経済の現状を述べているので、情報も整理されており、入門的に読む方にも理解しやすくなっています。
本書の著作権は著作権法により保護されており、本書の全部または一部についての、無断での複製ならびに転載、データ配信(Webサイトへの転載なども含む)、改変、改竄等の行為は固く禁じられています。本書購入時にご承諾いただいた規約により、有償・無償にかかわらず、本書を第三者に譲渡することはできません。
この電子書籍は、『3つの切り口からつかむ図解中国経済』(三尾幸吉郎著、ISBN9784-561-92304-6C0033 2019年8月26日発行[第一版第一刷])を元に、電子書籍の仕様を踏まえ編集を行い、制作しました。
はじめに
本書は、中国経済の入門をしたい方々に向け、またさらに上を目指し、自分の力でその先行きを読み解いていきたい方のことも意識しながら執筆しました。
中国経済の現状を見極めることは決して容易なことではありません。経済分析を行う際には統計が頼りとなりますが、中国の経済統計に対する不信感には深刻なものがあります。中国経済を専門に分析するどのエコノミストも、「中国の経済統計は信頼できる」と自信を持って答えることはないでしょう。地方ごとの国民総生産(GDP)である域內総生産(GRP)水増しの発覚や、定期的に公表されていた経済統計の突然の発表中止、また、つじつまの合わない経済統計が散見されるなど、お聞きになったことがある方も多いでしょう。
ただし、経済統計を幅広くフォローし、長期にわたる推移や国際比較などで補完しながら分析を深めると、中国経済のおおよその姿をつかむことは可能です。先ほど触れたGDPを例に検討してみます。国際通貨基金(IMF)発表の名目GDPによると、中国経済は2010年に日本を超え、世界第2位の経済大国になりました。しかし、根強い不信感から、今もそれを疑う声があります。
まず、世界の自動車市場を調べてみます。2017年に中国で販売された自動車は3千万弱で日本の5.6倍に達し、世界シェアは約3割を占め、米国の8%を大幅に超えています。さらに、日本の輸出統計を見ると、中国向けは米国向けと一・二を争う金額に増加しており、欧州連合(EU)向け輸出の2倍前後となっていることが分かります。貿易統計は中国が発表するデータと貿易相手国が発表するデータとを突き合わせることができるため、ごまかしにくく信頼性の高い統計です。加えて、中国からの旅行者が大挙して日本の各地を訪れるようになり、彼らのインバウンド消費が地方経済を活性化させる起爆剤となっているという実感も確かにあります。こうした状況を総合的に勘案すると、中国政府が公表するGDPがやや不正確であったとしても、中国の経済規模が日本を超えて米国に次ぐ世界第2位の経済大国であることは、ほとんど間違いない現実だと考えられます。本書では、中国の発表する統計もこのように注意しながら用い、分析を行っています。
もうひとつ、中国経済の先行きを読み解く際のチャレンジがあります。日本人が欧米先進国の経済を見る場合には、各国で制度に多少の違いはあっても、言論の自由や民主主義、財産権の保護、法の支配などの価値観や、資本主義という経済の基本的枠組みが共通しているため、日本の常識を前提に推論を展開すれば読み解けることが多い一方、「中国の特色ある社会主義」を掲げる中国では、中国共産党による国家の指導(中国語では「領導」)を正当化するとともに、その指導は国有企業ばかりか民間企業や外資系企業にも及ぶ「国家資本主義」的な経済運営が行われているので、日本の常識を前提に推論を展開すると大きな間違いをおかす恐れがあります。したがって、日本人が「中国は債務危機に陥るのか?」「中国の住宅バブルは崩壊するのか?」といった諸問題を読み解くにあたっては、中国共産党が国家をどのように指導しているのか、を十分に踏まえた上で推論を展開する必要があります。例えば、「マルクス・レーニン主義」「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」「主要な矛盾と主要でない矛盾」など、馴染みの薄いイデオロギー的な用語も登場しますが、みなさんにも理解しやすいよう、折に触れ分かりやすくご説明しています。
また本書は、ふんだんに図表を盛り込んでいます。経済を読み解く上では、ボリューム感やトレンドを把握することが欠かせません。グラフを処理するのはなかなか大変なのですが、入門者にも分かりやすくということを心掛けました。さらに、中国経済を自らの力で読み解けるようになりたいという方に向けての工夫として、多少高度な内容をコラムでご紹介したり、参考になる統計資料をご紹介しています。
本書は「中国経済アウトルック編」「中国の先行きを読み解くキーワード編」「中国経済深層分析編」の3編から構成されています。「中国経済アウトルック編」では、中国経済の現状をできる限り簡単かつ多角的に把握できるように、104個に及ぶ図表を使ってビジュアルに解説しています。中国経済の基本を押さえ、さらに先行きを自分の力で読み解けることを目指すにあたっては、中国に関する主要な経済統計を一通り、実際に確認してみることが欠かせません。
具体的には、「世界における地位」では世界における中国経済の地位がどのような変遷を辿って現在に至ったのかを、「「改革開放」以降の4つの経済転換点』では改革開放開始(1978年)、社会主義市場経済導入(1993年)、WTO加盟(2001年)、世界金融危機(2008年)の4つの時点に着目し、経済構造がどう変化してきたのかを、「所得水準と所得格差」では世界における所得水準の位置や中国における所得格差の現状を概観しています。また、「消費市場に関する基礎知識」と「投資に関する基礎知識」では、消費と投資という、米国と好対照を示す2つの主要なカネの使い途から経済の実態に迫ります。「輸出の特徴と経常収支」と「輸入の特徴と輸入元としての日本」では中国の貿易の現状と特徴を解説し、世界各国への経済的なインパクトも実感していただけます。そして、「金融市場に関する基礎知識」では資金調達と資金運用の基本構造や中央銀行と市中銀行の関係、それにシャドーバンキング問題などを取り上げ、「証券市場に関する基礎知識」では株式・債券市場における業種構成や投資家構成などの基礎知識、さらに日本の株式市場との相違点をまとめ、今後、開放が進む中国の金融についてご理解いただけます。最後の「バラエティに富む地方経済」では、さまざまな指標の地域ランキングから、その経済環境の多様さを示しました。
「中国の先行きを読み解くキーワード編」では、中国経済を読み解く上でカギを握るキーワードを挙げて解説しています。具体的には、少子高齢化への対応が待ったなしの状況にある「人口問題」を最初のキーワードとしました。次に、習近平国家主席が肝いりで推進する「三大堅塁攻略戦」を取り上げました。重大リスク防止・解消、的確な貧困脱却、汚染防止の目標を達成する期限が2020年となっており、当面の経済運営に大きな影響を及ぼすと考えられるからです。また、国際関係を読み解くキーワードを3つ挙げました。中国主導の「北京コンセンサス」は、米国主導の国際協調の枠組み、ワシントン・コンセンサスと対峙し、世界を舞台に縄張り争いが広がりつつあります。そして、米ドルが基軸通貨となっている現在の国際通貨体制に挑む「人民元の国際化」、中国主導で開発が進む「一帯一路」の3つです。最後に、中国経済の命運を左右するキーワードを3つ挙げました。中国は生産要素投入型の経済からの脱却を目指して「イノベーション(創新)」を推進し、積極的にヒトとカネを投入してきており、成果も出始めています。そして、米中貿易摩擦の火種ともなっている「中国製造2025」、そして、さまざまな分野にインターネットを取り入れてプラスすることによりイノベーションの加速を目指す「インターネットプラス」の3つです。
最後の「中国経済深層分析編」は、講演会で質問をいただいたり、マスコミからの問い合わせを受けることの多いテーマを取り上げ、それに対する筆者の現在の見方を示しました。具体的には、「中国共産党はどのように統治するのか?」「中国は中所得国の罠にはまるのか?」「中国は債務危機に陥るのか?」「中国の住宅バブルは崩壊するのか?」「チャイナ・ショックは再来するのか?」「中国の外貨準備は十分か?」「米中対立はどうなるのか?」「習近平政権二期目の経済運営のどこに注目すべきか?」の8つを取り上げています。ここでは「中国経済アウトルック編」で解説した中国経済の各断面を縦軸、「中国の先行きを読み解くキーワード編」で解説したキーワードを横軸としながら、必要に応じ、世界の先行事例などを踏まえた視点という第三の軸も加えるという分析手法を取っています。
筆者の中国経済に関する研究歴は10年を超えました。学生時代には中国政治を専攻し「4つの近代化」をテーマに卒論を書きましたが、その後、四年間、グローバル証券運用を仕事としていました。そして、さまざまな世界的な金融危機を運用現場で実際に体験し、ニューヨーク駐在時には、世界金融危機で破綻に追い込まれたリーマン・ブラザーズ社に約半年お世話になったこともあります。こうした経歴が本書の執筆に役立った面ももちろんありますが、中国経済アウトルック編で取り上げたテーマはやや証券金融関連に偏っているかもしれません。中国経済を読み解くテーマは、本書で取り上げたもの以外にもいろいろあるでしょう。今後も、新たな問題を取り上げ、筆者自身も読み解く力を鍛えていくつもりです。また、読者の方々が、ご自身の関心のある分野について中国経済を読み解いていく際に、本書がその一助となれば幸いです。そして、いつの日か、読者のみなさんと中国経済に関する諸問題を議論する機会が得られれば、筆者にとってこの上ない幸せです。
最後に、本書の出版に当たっては森安圭一郎氏と寺島淳一氏に大変お世話になりました。「中国経済アウトルック編」の原案となった「図表でみる中国経済」(筆者が所属するニッセイ基礎研究所で発行してきた調査レポートシリーズ)の読者でいらした森安氏には励ましとお力添えを頂きました。また、白桃書房の寺島氏には編集に当たり有意義な助言を数多く頂戴しました。このお二人のご支援がなければ本書が出版に至ることはなかったでしょう。この場を借り、心より感謝申し上げます。2019年7月
三尾幸吉郎
目次
はじめに
図表一覧
中国経済アウトルック編
世界における地位
「改革開放」以降の4つの経済転換点
コラム:「改革開放」前の中国経済
所得水準と所得格差
消費市場に関する基礎知識
コラム:景気テコ入れに使われるのは鉄道建設?
輸出の特徴と経常収支
輸入の特徴と輸入元としての日本
金融市場に関する基礎知識
コラム:シャドーバンキング問題
コラム:中国の政策金利は何か?
証券市場に関する基礎知識
バラエティに富む地方経済
コラム:地方GRP合計と全国GDPの乖離
中国の先行きを読み解くキーワード編
「人口問題」
「三大堅塁攻略戦」
「北京コンセンサス」
「人民元の国際化」
「一帯一路」
「イノベーション(創新)」
「中国製造2025」
「インターネットプラス」
中国経済深層分析編
日中国共産党はどのように統治するのか?
コラム:第8期3中全会
中国は「中所得国の罠」にはまるのか?
コラム:「中所得国の罠」の特質
中国は債務危機に陥るのか?
コラム:国際比較で見る中国の債務の特徴
コラム:商業銀行の不良債権の特徴
中国の住宅バブルは崩壊するのか?
チャイナ・ショックは再来するのか?
中国の外貨準備は十分か?
米中対立はどうなるのか?
コラム:米中貿易の上位0品目
習近平政権二期目の経済運営の注目点はどこか?
参考文献
索引
日本語―中国語・英語対照表
中国語読みをフリガナで示しました。日本語読みで難読のものは()内に示しました。なお、重要な語句について巻末に日中英の対照表がありますのでご参照ください。
図表一覧
中国経済アウトルック編
1 世界における地位
図表-1世界の名目GDP(2017年)
図表-2(世界)名目GDPシェア(2017年)
図表-3(世界)個人消費シェア(2017年)
図表-4(世界)投資シェア(2017年)
図表-5(世界)名目GDPシェアの変化
図表-6(世界)名目GDPシェア(2022年、予測)
図表-72022年までの名目GDP増加額見通し(2017年起点)
図表-8世界パワーバランスの変化と日本
2 「改革開放」以降の4つの経済転換点
図表-1名目GDPの推移
図表-2実質成長率の推移
図表-3産業構成(2018年)
図表-4産業別の就業者数の推移
図表-5就業者一人当たり実質GDP成長率の推移
図表-6世界の製造業の比率(2017年)
図表-7世界の第三次産業の比率(2017年)
図表-8産業構成の変化
図表-9需要構成(2017年)
図表-10世界の個人消費比率(2017年)
図表-11世界の投資(総固定資本形成)の比率(2017年)
図表-12需要構成の変化
3 所得水準と所得格差
図表-1世界の一人当たりGDP(2017年)
図表-2一人当たりGDPの世界順位比較・推移
図表-3都市部と農村部の所得格差推移
図表-4地域間の所得格差推移
図表-5行政区別の一人当たりGRP(2017年)
図表-6都市内部の所得格差推移
図表-7 3つの所得格差の比較…
4 消費市場に関する基礎知識
図表-1個人消費の推移
図表-2世界の個人消費シェアの変化
図表-3一人当たり消費支出の構成比(2018年)
図表-4一人当たり消費支出の変化(2013~18年)
図表-5電子商取引(EC)の推移
図表-6ネットユーザーの数・普及率の推移
図表-7小売売上高の推移
図表-8小売売上高(限額以上企業、2018年)の増加率
図表-9小売売上高(限額以上企業、2018年)
図表-10消費者信頼感指数の推移
図表-11雇用関連指標の推移
5 投資に関する基礎知識
図表-1投資(総固定資本形成)の推移
図表-2世界の投資シェアの変化
図表-3業種別の投資シェア(2017年)
図表-4地域別投資シェアの変化
図表-5投資に占める国有・国有持ち株企業の比率の推移
図表-6資金源別投資シェアの変化
図表-7投資の累計公表ベースと月次推計ベースの対比推移
図表-8投資の3本柱の動き
図表-9_国有企業と民間企業の投資対比月次推移
図表-10企業家信頼感指数の推移
コラム景気テコ入れに使われるのは鉄道建設?
図表-1鉄道運輸業の投資の推移
図表-2各種インフラ投資の伸び率の推移
図表-3インフラ投資の構成比
6 輸出の特徴と経常収支
図表-1輸出額(ドルベース)の推移
図表-2輸出相手先別シェアの変化
図表-3輸出額の品目別シェアの変化
図表-4鋼材の輸出先シェア(2018年)
図表-5自動車の輸出先シェア(2018年)
図表-6中国の経常収支の推移
図表-7サービス収支と旅行収支の推移
図表-8世界の国際観光支出(2017年)
図表-9主要経常黒字国のGDP対比の推移
7輸入の特徴と輸入元としての日本
図表-1輸入額(ドルベース)の推移
図表-2輸入元別シェアの変化
図表-3輸入金額の品目別シェア(2017年)
図表-4加工貿易比率の推移
図表-5原油の輸入元別シェア(2018年)
図表-6石炭の輸入元別シェア(2018年)
図表-7天然ガスの輸入元別シェア(2018年)
図表-8鉄鉱石の輸入元別シェア(2018年)
図表-9鉄材の輸入元別シェア(2018年)
図表-10自動車の輸入元別シェア(2018年)
図表-11日本の相手先別輸出額の推移
図表-12日本の主な対中輸出品(2017年)
図表-13日系中国本土現法の売上構成(2016年度)
8 金融市場に関する基礎知識
図表-1資金過不足の推移
図表-2非金融企業の資金調達の内訳推移
図表-3家計の資金運用の推移
図表-4家計の資金運用の内訳推移
図表-5社会融資総量残高の内訳(2018年末)
図表-6社会融資総量残高の推移
図表-7中国工商銀行の資産と負債(2017年)
図表-8中国人民銀行の資産と負債(2017年)
コラムシャドーバンキング問題
図表-1短期金利の推移
図表-2社会融資総量残高(除く銀行融資残高)の推移
図表-3銀行理財商品残高の推移
図表-4銀行理財商品の販売者(2018年)
図表-5銀行理財商品の購入者(2018年)
図表-6金融市場のイメージ図
コラム中国の政策金利は何か?
図表-1各種金利の推移
9 証券市場に関する基礎知識
図表-1中国株市場の沿革と主要な市場統計
図表-2MSCI(ACWI)の構成比(2018年末)
図表-3対外・対内株式投資の推移
図表-4株式市場の業種構成比較
図表-5上海証券取引所の株式保有構成(2017年)
図表-6上海証券取引所の株式売買構成(2017年)
図表-7債券残高の推移
図表-8債券市場の種別構成(2018年末)
図表-9債券市場の投資家構成(2018年)
図表-10対内債券投資(残高)
10 バラエティに富む地方経済
図表-1中国の省級行政区
図表-2各省級行政区の人口(2017年)
図表-3各省級行政区のGRP(2017年)
図表-4省級行政区の実質成長率(2018年)
図表-5各省級行政区の債務残高(2018年)
コラム地方GRP合計と全国GDPの乖離
図表地方GRP合計と全国GDPの推移
中国の先行きを読み解くキーワード編
1「人口問題」
図表-1人口の推移
図表-2人口ピラミッドの変化
図表-3出生率・死亡率の推移
図表-4経済活動人口と生産年齢人口(15-64歳)
図表-5従属人口比率の推移
2「三大堅塁攻略戦」
図表-1社会融資総量残高(対GDP比)の推移
図表-2農村貧困人口の推移
図表-3汚染防止に関する数値目標(2020年までの3年)
図表-4世界のPM2.5による大気汚染比較(2016年平均)
3「北京コンセンサス」
図表-1世界の実質成長率の推移
図表-2世界経済成長への寄与率分析(2009~18年)
図表-3リーマンショック後の世界の動き
4「人民元の国際化」
図表-1人民元国際化に向けた動き
図表-22016年のSDR構成通貨の変更
図表-3人民元建て貿易決済額の推移
図表-4世界の貿易・金融決済額の通貨別シェア(2018年12月)
図表-5世界の外貨準備の通貨別シェア(2018年4Q)
5「一帯一路」
図表-1「一帯一路」を巡るこれまでの主な動き
図表-2「一帯一路」の元となったシルクロード経済帯と21世紀海上シルクロード
図表-3「六郎」開発の進捗状況
図表-4第1回「一帯一路」国際協力サミットフォーラムの成果
図表-5開発途上国にとっての日本と中国
6「イノベーション(創新)」
図表-1第13次5ヵ年国家科学技術イノベーション計画の主要目標
図表-2世界イノベーション順位(2018年)
図表-3研究開発の人員と投入費用
図表-4日米中の研究開発費の推移比較
図表-5研究開発人員の内訳
図表-6研究開発費の内訳
図表-7世界大学学術ランキング(トップ500内の学校数)
図表-8世界トップ1000入りした大学数の日米中比較(2019年)
図表-9日米中の科学技術論文数の推移比較
図表-10TOP10%補正論文数の変化
図表-11新規設立企業数の推移
図表-12日米中の国際特許出願の推移比較
図表-13世界の国際特許出願件数(PCT、2017年)
図表-14スマートフォンの世界シェアの変化
図表-15世界の知的財産権収入の比較(2017年)
図表-16日米中の知的財産権(収入-支出)の推移
7「中国製造2025」
図表-1中国製造2025の10大重点分野
図表-2中国製造2025と戦略的新興産業
図表-3中国製造2025の長期ビジョン
8「インターネットプラス」
図表-1日米中インターネット利用率の推移比較
図表-2「インターネットプラス」行動計画を積極的に推進することに関するガイドラインに挙げられた具体例
図表-3国家情報化発展戦略要綱の戦略目標(ポイント)
図表-4インターネットユーザー数世界シェア(2016年)
図表-5モバイル医療の利用者数の推移
図表-6ネット教育の利用者数の推移
図表-7就業者の構成比(2017年)
図表-8電子商取引業務量指数の推移
図表-9TOP500に入ったスーパーコンピューターの数(2018年6月)
中国経済深層分析編
1 日中国共産党はどのように統治するのか?
図表-1統治体制の比較(イメージ図)
図表-2第19期の指導部人事
図表-3習近平政権の一期目の主な動き
図表-4習思想の14条の基本方針
コラム第18期3中全会
図表-1第18期3中全会で決定された「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」の章建て
2 中国は「中所得国の罠」にはまるのか?
図表-1アジア諸国の一人当たりGDPの推移
図表-2アジア諸国の一人当たりGDPの推移(基準年方式)
図表-3アジア諸国の一人当たりGDPの相対水準比較
図表-4経済発展段階と成長率の関係
コラム「中所得国の罠」の特質
図表-1「中所得の罠」のイメージ図
3 中国は債務危機に陥るのか?
図表-1中国の非金融セクターの債務残高構成(2018年6月末)
図表-2中国の非金融セクターの債務残高(対GDP比)の推移
図表-3アジア諸国の投資比率の屈折
図表-4同時期の経済成長率の推移比較(アジア諸国)
図表-5中国の投資比率と債務残高の推移
図表-6[再掲、P17図表-11]世界の投資(総固定資本形成)の比率比較(2017年)
図表-7世界の製造業シェア(2017年)
図表-8世界の製造業シェアとGDPシェアの差比較(2017年)
図表-9世界の対外債務残高比較(対GNI比1997年・2017年)
図表-10世界の貯蓄率比較(対GDP比、2016年)
図表-11債務危機に陥るシナリオ
コラム国際比較で見る中国の債務の特徴
図表-1世界の非金融企業の債務残高(G20、2018年6月末)
図表-2世界の一般政府の債務残高(G20、2018年6月末)
図表-3世界の家計の債務残高(G20、2018年6月末)
図表-4世界の非金融セクター合計の債務残高(G20、2018年6月末)
図表-5日本の非金融セクター債務残高(対GDP比)の推移
コラム商業銀行の不良債権の特徴
図表-1商業銀行の不良債権比率の推移
図表-2商業銀行貸出残高の内訳(2018年12月末)
図表-3業種別に見た不良債権比率(2017年)
図表-4銀行の融資先構成(2016年)
図表-5省級行政区別の不良債権比率(2017年)
図表-6商業銀行の貸倒引当金と貸倒引当金カバー率の推移
図表-7商業銀行の自己資本比率推移
4 中国の住宅バブルは崩壊するのか?
図表-1分譲住宅販売価格の推移
図表-2経済成長率と不動産開発投資の伸び率の推移
図表-3分譲住宅販売価格と名目GDP・消費者物価の推移
図表-4住宅価格とその所得の倍率の推移
図表-5地区別の住宅価格/所得の倍率(2017年)
図表-6東京都のマンション販売価格の年収倍率推移
図表-7中国の住宅主要取得層(25~49歳)の推移
図表-8日本の住宅主要取得層(25~49歳)の推移
図表-9世界の都市化率の推移比較
5 チャイナ・ショックは再来するのか?
図表-1チャイナ・ショック時の上海総合指数の推移
図表-2世界各国の株価指数騰落率(2014年)
図表-3チャイナ・ショック時の上海総合指数の信用買い残高推移
図表-4人民元ショック時の基準値の上下限と市場実勢の動き
図表-52015年のアジア新興国通貨(対米ドル)の推移
6 中国の外貨準備は十分か?
図表-1人民元レート(対米ドル)の推移
図表-2国際収支の推移
図表-3直接投資収支の推移
図表-4証券投資収支の推移
図表-5その他投資収支の推移
図表-6現預金の内外移動の推移
図表-7貸出/借入の内外移動の推移
図表-8準備資産と外貨準備の推移
図表-9国際収支の変化と外貨準備
図表-102015年の国際収支
図表-112015年の対外対内投資
7 米中対立はどうなるのか?
図表-1米国の貿易赤字ランキング(2018年)
図表-2米国の貿易赤字に占める対中赤字のシェア推移
図表-3世界の最恵国(MEN)税率の単純平均(2017年)
図表-4世界の関税・自由度マトリクス
図表-5[再掲、P30図表-2]世界の個人消費シェア(2017年)
図表-6[再掲、P190図表-7]世界の製造業シェア(2017年)
図表-7米ドルに対する割安度(米ドル=100とした場合、2018年末)
図表-8 3つの切り口から見た米中対立の構図
図表-9モバイル通信規格と台頭した企業
図表-10新旧の、2超大国の対立と「第三世界」の構図の比較
コラム米中貿易の上位10品目
図表-1米国の対中輸入トップ10(2017年)
図表-2米国の対中輸出トップ10(2017年)
8 習近平政権二期目の経済運営の注目点はどこか
図表-1経済成長モデルの新旧比較
図表-2世界名目GDPシェアの変動(1980→2012年)
図表-3実質成長率の推移
図表-4「安定」を最重要視する習経済学(シーコノミクス)
図表-5非金融企業の債務残高推移(対GDP比)
図表-6GDP需要構成の変化(2012→17年)
図表-7GDPの産業構成変化(2012→17年)
中国経済 アウトルック編
世界における地位
「改革開放」以降の4つの経済転換点
コラム:改革開放前の中国経済
所得水準と所得格差
消費市場に関する基礎知識
投資に関する基礎知識
コラム:景気テコ入れに使われるのは鉄道建設?
輸出の特徴と経常収支
輸入の特徴と輸入元としての日本
金融市場に関する基礎知識
コラム:シャドーバンキング問題
コラム:中国の政策金利は何か?
証券市場に関する基礎知識
バラエティに富む地方経済
コラム:地方GRP合計と全国GDPの乖離
中国経済はどこまで崩壊するのか PHP新書
中国経済を様々な角度から分析
本書は、感覚的な話ではなく統計に基づいて話が展開されており、中国経済のこれまでとこれからについて論理的に述べられています。中国経済の行方を考えるための「枠組み」を提供してくれる、タイムリーな一冊となっています。
はじめに
筆者はいわゆる中国経済の専門家ではない。為替市場や株式市場といったマーケットの動きを、マクロ経済の観点から調査・分析するエコノミスト業務を生業としている。したがって出版界の「常識」では、中国経済を語るにふさわしくない存在なのかもしれない。中国経済の現状および制度やその仕組みを解説するのは、中国経済の専門家に任せたほうがよい、という点はたしかに一理あると思う。
もちろん中国経済に関する本は、主に中国の専門家として自他ともに認める論客の方々により、これまで数知れないほどに出版されてきた。筆者もそのうちの何冊かを実際に手にとってみたが、その多くはヒステリックなほどの「中国崩壊論」か、無条件に中国経済を賞賛した内容になっている(もしくは独自に入手した「ここだけの話」的な情報)。
そこで本書はエコノミスト的な「枠組み」を用い、データや歴史的な事実との比較から客観的な考察を試みた。筆者の顧客にはいわゆる投資家といわれる人が多いが、彼らは毎日新しい「知識」を得るためにかなりの勉強をしている。だが投資やビジネスは、受験勉強でも、クイズ番組でもない。そこで必要なのは「知識」ではなく、考え方の「枠組み」ではないか、と常日頃から考えてきた。なぜなら投資やビジネスには、あらかじめ確定した答えがないからだ。知識や情報を得ただけでは、どうにもならない。これは中国経済とて、例外ではない。
だからこそ本書では、中国経済の行方を読者の方々が考えるための「枠組み」を紹介することに主眼をおいたつもりだ。そして、その「枠組み」とは近代経済学の教えである。本書では今後の中国経済について、主に「経済成長論」「国際金融論」の道具立てを用いて考察を加えた。中国関連本の多くが知識や情報を伝えるものであることを考えれば、それこそが他の中国経済本と本書が異なる特色である。学術書以外で、しかも高成長一辺倒の時代から「どこまで悪化していくのか」という段階に中国経済が移って以降、本書のような試みはまだ、ほかにないのではなかろうか。
筆者が中国経済に関する本を出版しようと思った動機は、じつは二〇〇九年にまでさかのぼる。当時は二〇〇八年九月に発生したリーマンショックの影響により、一九三〇年代の大恐慌以来、世界経済は約七十年ぶりの大不況に陥りつつあった。そうした状況下、筆者は『恐慌脱出』(東洋経済新報社)という本を上梓させていただいた。この『恐慌脱出』のなかで、リーマンショック後の世界経済について、危機の震源地であるアメリカが最も早く立ち直るであろうこと、の一方で、リーマンショックの影響が軽微といわれているユーロ圏と中国を中心とした新興国は、今後、大きな経済危機に見舞われる可能性が高いこと、を指摘した。
多少自分に甘めだが、その見通しは的中したのではないかと思っている。しかし当時は、筆者の新興国(とくに中国)経済に対する見方には根拠がなく、悲観的すぎるのではないかという批判を多く頂戴した。もちろん筆者は自分なりに客観的考察をした結果、このような結果を導き出したつもりであり、正直、そうした批判を受けるたびに世悦たる思いを抱いてきたのである。だからこそ、中国経済に関する考察をアップデートしたい、とつねに考えてきた。
あえて中国の専門家に意見を求めることなく、自らの考えの「枠組み」に従った本書はある意味で、読者の方々と同じ目線の議論を展開しているといってもよいだろう。この試みが中国経済の今後に対して新しい見通しをもたらすことはもちろん、読者の方々が自らの頭で物事を考える際の「枠組み」としても機能することを、筆者は期待している。
目次
中国経済はどこまで崩壊するのか
はじめに
第1章 「バブルリレー」のバトンは中国が握っている?
二〇〇九年に論じた「新興国ブームの終焉」への反応
リレーに譬えられる「バブルの発生と崩壊」のサイクル
中国当局は「正しい」政策運営を実行できていない
ウォーレン・バフェットによるバブルの定義
すべてのバブルの根本には「過剰な成長期待」がある
中国はいま「中所得国の罠」にはまるかどうかの瀬戸際
中国経済はすでに「バブル崩壊」を終えた状態?
個人投資家が株価を先導することは不可能だ
中国はアンカーか、次の走者にバトンを渡すのか
第2章 中国経済ハードランディング論の真実
金融緩和を講じつつ、人民元買い支えを行なう矛盾
人民元の買い介入は米政策当局へのアピール?
「ゴーストタウン」のような不良債権はどれだけあるのか不動産バブル崩壊の影響がそれほど大きくない理由
「マーケット・エコノミスト」的な見方に潜む問題点
場合によってはマイナス成長に陥る可能性も
財政出動は機能しないどころか、無駄に終わる
第3章 崩壊サイクルに入った人民元の固定相場制
通貨危機に陥る前提条件は満たされつつある
変動相場制回避のための資本取引規制は逆効果
通貨アタックから再び世界的な金融危機へ
通貨アタックに備えて「参加者」を募るソロス氏
中国の外貨準備高は決して盤石ではない
いまだに中国の金融財政政策に期待する市場関係者たち
「資本ストック-調整がどう進行するかに注目せよ
第4章 中国人の経済思想から未来を読み解く
日本にデフレをもたらした為政者の「清貧の思想」
故小室直樹氏の著作が教えてくれたこと中国共産党のテーゼと鄧小平改革の危うい均衡
不正を抑え込めれば中国社会主義は次の段階に進む?
「儒教的な道徳観」と「法家の思想」からなる二重の体系
地方政府の官僚にとって「所有と占有の混同」は当然
あらためて、中国経済の行方を見通す論点を整理する
第5章 これから十年、中国経済・三つのシナリオ
「経済予測の的中度」を競うことの無意味さ
最も楽観的なシナリオは名目五%成長の実現
「対外開放」のあとにもう一度バブルが来る可能性
「中所得国の罠」による長期停滞のプロセス
通貨当局はどのように資本取引規制をかけるのかインフレの定着からスタグフレーションへ?
中国経済にとっての「ブラックスワン」とは
中国の対外強硬路線が世界経済を脅かす日
終章 AIIBから日本への影響まで――残された論点
扱いきれなかった三つの論点
DAIIB設立の謎
日本経済への影響は?
危機が収束する「ウルトラC」はあるのか
おわりに
主要参考文献
中国経済はどこまで崩壊するのかPHP新書
装幀者芦澤泰偉+児崎雅淑
データで読み解く中国経済―やがて中国の失速がはじまる
統計データに基づく中国経済の変化の様子
本書ではタイトルの通り科学的データを用いて「中国」というシステムが鮮やかに解剖されていきます。「中国の急速な成長の源泉は何だったのか」「投資はどこからやってくるのか」など、中国について知る上では必読書と言っても良いくらいの一冊です。
この作品は、2012年11月東洋経済新報社より刊行された書籍に基づいて制作しています。
電子書籍化に際しては、仕様上の都合により適宜編集を加えています。
また、本書のコピー、スキャン、デジタル化等の無断複製は、著作権法上での例外である私的利用を除き禁じられています。
本書を代行業者等の第三者に依頼してコピー、スキャンやデジタル化することは、たとえ個人や家庭内での利用であっても一切認められておりません。
データで読み解く中国経済
はじめに
「敵を知り、己を知れば、百戦殆うからず」。この格言は戦争でも交渉でも商売でも相手があるケースでは常に心がけるべきものであろうが、昨今の日中関係を考える上では特に重要と考える。ちなみに、この言葉は中国の兵法書「孫子」に書かれているのだが、中国について書く本の冒頭にその言葉を引用しなければならないことは、われわれが容易ではない相手と対峙していることを示している。ちょっとした知識、聞きかじり程度の情報では太刀打ちできない。きちんと相手を知ることがなければ、国益を損なうことにもなりかねない。ひいては長い目で見たときの日中関係にも悪影響を及ぼそう。
2012年4月、石原慎太郎東京都知事が米国のワシントンで講演した際に、都が尖閣諸島を購入することを発表した。東京都が開設した口座には7月7日までに3億9000万円もの寄付が集まった(『産経新聞』2012年7月9日)。多くの国民が身銭を切ってでも尖閣諸島を守ろうとしている。そのような国民の声に押されて日本政府は2012年9月に尖閣諸島を国有化した。
しかし、それは予想以上の中国の反発を招くことになった。中国各地で反日デモが繰り返され、一部の暴徒化したデモ隊が日系の工場や商店を破壊する事態にまで発展した。尖閣諸島周辺の海域には数多くの漁船や漁政部の監視船、海洋監視船、果ては中国海軍のフリゲート艦までが出没してその一部は領海を侵犯し、海上保安庁の巡視船の警告を受けて領海外に出るなどの行為を繰り返している。接続水域と呼ばれる領海周辺に船舶を滞留させ一部の船が日本の領海への侵入を繰り返す行為は、中国政府が尖閣諸島問題に対して真剣に対応していることを国内にアッピールするためのようであり、この原稿を書いている時点(2012年0月)では、中国漁船が日本の領海に侵入して漁を強行したり、武器を持った中国人が多数尖閣諸島に上陸したりするような事態には発展していない。ただ、情勢の変化いかんによっては、今後、そのような事態も想定される。それが日中の武力衝突のきっかけになるかもしれない。
1914年6月にサラエボで起きたオーストリア皇太子暗殺事件を聞いた多くのヨーロッパ人は、それによってバルカン半島で小さな戦争が起こることはあっても、まさかそれがあのような大戦争(第一次世界大戦)に発展するとは夢にも思わなかったそうだ。歴史の教訓である。
昨今、新聞やテレビ、雑誌などを通じて、中国について多くのことが語られている。その多くは外交官OBやジャーナリストによるものであり、そのコメントが間違っているとは思わないが、これまでの経験や取材に基づいたものであり、それほど深い分析にはなっていない。
今回のように、戦争になるかもしれないという思いが頭をかすめるようなときにこそ、相手を広い視点から多角的に分析し、相手が置かれた状況を深読みする必要がある。その作業から相手の弱みもわかるし、有利な解決法を見出すこともできよう。冒頭にも述べたように、今回の相手は「敵を知り、己を知れば、百戦殆うからず」という格言を生んだ国である。反日デモで日本企業に狼藉を働く若者はともかくとしても、中国共産党の幹部たちは日本について、密かに本書と同様の「深読み」を行っている可能性がある。そんな中で日本が冷静に中国を分析することを怠り、表面的な情報のみに基づいて行動すれば、それは日本の国益を大きく損なうことになろう。筆者はすでに2年前に『農民国家中国の限界――システム分析で読み解く未来』(東洋経済新報社、2010年)を上梓しているが、本書ではその分析をより深めて、中国社会をより包括的に捉えたいと思う。前書に引き続き本書でも統計データを見やすい図や表に直して、それに基づいて分析するという姿勢を貫いた。そのために、筆者の分析や推論に異論を持たれる方でも、本書が提供する図や表は中国を理解する上で役に立つと思う。
昨今の出来事を見ていると、中国の振る舞いは乱暴で自制心に欠けていると思うことが少なくない。そのことに腹を立てて声を荒らげて非難することは自由だが、それでものごとは解決できない。相手が乱暴な振る舞いに出たときこそ、なぜそのような振る舞いに出るのか、その真の原因を冷静に探るべきである。人でも国家でも、乱暴な振る舞いに出るときは、必ず弱みを抱えているものである。そして、その弱みを見つけるには、少し遠回りになるが集めて多角的に考えてみるしかない。本書が中国の粗暴な振る舞いを冷静に判断する一助になれば幸いである。
数字に基づいた分析がない
尖閣諸島問題が注目される以前から中国の政治、経済、社会に関しては、多くの本が出版されている。今回、本書を書くためにそのいくつかを手に入れて読んでみたが、学者・研究者によるものは対象を狭く限定したものが多く、多くの人が知りたいと思っていることに適切に答えてはいないと思う。全体像を伝えようとした本はジャーナリストになるものが多いが、それらは取材の印象を取りまとめたようなものになっている。ジャーナリストが書いたものは、それはそれで価値があり本書を書くにあたっても大いに参考にさせていただいたが、その多くはデータに立脚していない。見聞きした一部のことから全体を類推しようとしている。多くは新聞社の特派員や在外公館の過ごした日々の印象を語るものであり、事情通の話の域に留まっている。そのために、中国について書かれた本をいくら読んでも、中国の全体像を理解することができなかった。
現代中国は研究し難い
学者・研究者はなにをしているのだろう。中国を研究している学者・研究者こそ、日中関係がこれほどまでに悪化し、戦争になるかもしれないなどといった言葉が飛び交う時代に、日本国民に対して正確な中国像を伝える義務がある。一部にはそのような努力をしておられる方もいるが、その発信する情報が少なすぎる。また、細切れの情報ではなく、一般の人が理解可能な全体像を伝えるべきである。
実は、中国を研究している学者・研究者は、現代中国を研究することが苦手になっている。だから情報発信が少ない。これは、本書の最後に示した参考文献のリストを見ていただければよくわかるが、学者・研究者が書いた中国について包括的な情報を伝えようとする本は1世紀に入ってからめっきり減っている。
なぜ苦手になったのかといえば、現在の学問が実証主義をその中核に据えているからである。確実なデータをつくる。そして確実なデータに基づき議論する。それが学問であると考えている。しかし現代中国を対象とする場合には、この実証主義が難しい。
研究者にとって現地調査は重要である。現地調査をよく行う人は、研究者仲間でも評価が高い。しかし、現在の中国では、意味のある実地調査を行うことがきわめて難しくなっている。私は過去約20年間にわたり中国の農村を歩き、そこでいろいろな人に会い、農民に対して聞き取り調査も行ってきたが、それはその時々の相手側の好意によるものであり、組織的な農村調査を行ったことはない。
もちろん当たり障りのない調査なら可能かもしれないが、中国人研究者によると中国政府は外国人が農村に入ること、それ自体を歓迎していないと言う。ある研究者の好意により、ある農村の共産党書記(その村一番の実力者)に会い、いろいろな話を聞く機会があった。その書記はきわめて優秀で村の状況をよく把握しており、0人の村人に会って話を聞くよりも良質な情報を短時間で得ることができた。その話にウソはなく、率直に村の実情を話してくれたと感じたものだ。
その会談に際して、仲介してくれた研究者は、彼と名刺交換をしてはいけないと言った。それは私に会ったことが広く知れ渡れば、仲介してくれた研究者も書記も困るからだと言う。会った痕跡を残さないほうがよいと言うのだ。
会って話を聞くだけでも、用心深くしなければならない。そんな状況だから、筆者が中国社会を分析する上でのツボと考えている農地の使用権やその売買に関する事柄について、組織的な調査を行おうとすれば、それは許可されないだろう。許可を取らずに調査を行えば、スパイ行為とみなされて逮捕されるかもしれない。
理科系の研究者が行う中国の気温や水質に関する共同研究でも、たとえ日本が資金を出して共同で取ったデータであったとしても、最終段階になると当局の許可が下りないから日本側にデータを渡せないなどと言われることがある。中国での調査はそれほどに難しい。実際にデータを持ち出そうとして逮捕された日本人研究者もいると聞く。
研究者にとって中国の現状について調査して論文や本を書くことは難しい。文部科学省の研究費などを取ることができて中国と共同研究を行うにしても、中国側の研究者に迷惑がかからないようにしなければならない。そうであれば、日本側が本当に知りたいと思うことを研究することは難しい。当たり障りのないテーマでお茶を濁すことになりかねない。だから、ごく一部の事柄だけに言及し、中国にとって都合の悪いことには触れない本になってし
まう。
全体像を伝えるために、中国が発表するデータに基づいて研究しようと思っても、本書でたびたび言及することになるが、中国の発表するデータはどこまで本当かわからないものが多い。また、各種のデータが公表されているにもかかわらず、肝心なデータは伏せられている。
そんな状況だから、研究者が現代中国の全体像について研究することはほとんど不可能になってしまった。改革開放路線の初期段階には、日本人によって多くの優れた中国経済の核心に迫る研究が行われたが、それはまだ中国経済が単純であり、生産請負制など政策の変更が経済に及ぼす影響を研究すればよかったからである。
だが、中国が巨大な存在になり、かつ現地調査が難しく多くのデータの信頼性に疑問が呈されるようになると、中国の全体像は学者・研究者の手に余るようになってしまった。実証主義を掲げている以上、お手上げなのである。
その結果、一般の読者が中国でなにが生じているのか、どうなっているのか、これからどうなるのかなどについて知りたいと思ったときには、評論家やジャーナリストが書いたものに頼らざるを得なくなってしまった。自戒を込めて書くのだが、現代の日本の学者・研究者は皆が本当に知りたいと思っていることは研究しない。研究しやすいところ、それなりの論文にまとめやすいところを研究している。
格差社会の根本に迫る
現在、多くの日本人は中国が尖閣諸島にあれほど固執し粗暴な振る舞いを繰り返すのは、中国共産党が民衆の不満を逸らすために外に敵をつくりたいからであると理解している。その理解は正しいと思う。しかしそうであるならば、なぜ民衆が不満を持っているかについて正確に知る必要がある。|マスコミは民衆が不満を持つ理由を、貧富の格差が拡大し、かつ幹部の汚職が絶えないからと説明している。だが、これは中途半端な説明である。現象を正しく理解するには、なぜ貧富の差が拡大し汚職が絶えないのか、その理由にまで遡って説明しなければならない。
しかし、いくら探しても、中国で貧富の格差が拡大し汚職がはびこる原因を、納得のいくかたちで説明した書籍や論文を見つけることはできなかった。それならば、自分で研究してみようと思った。私はアジアを中心とした世界の食料生産について、システム分析という手法を用いて研究している。この手法については、ほかに書いたから興味のある方は読んでいただきたいと思うが、システム分析は第二次世界大戦中に英国で発達した手法であり、不確実な情報やデータに基づいて、的確な判断を行うことを目的にしている(『「戦略」決定の方法――ビジネス・シミュレーションの活かし方』朝日新聞出版、2012年)。
現代中国の研究は、実地調査が難しくかつデータの信頼性にも問題があるのだが、そのようなテーマを考えるのに、システム分析は打ってつけの手法になっている。この手法を用いて、中国で貧富の格差が拡大し汚職がはびこる原因を「深読み」してみたいと思う。
2012年10月
川島博之
データで読み解く中国経済 目次
はじめに
データで読み解く中国経済一やがて中国の失速がはじまる
序章 奇跡の成長とバブル
奇跡の成長
陰りが見え始めた。
数字が語る奇跡の成長
はずれ続けた共産党支配崩壊予測
第1章 急速に少子高齢化する中国
中位推計と低位推計
人口のピークは2025年頃、A億人
日本の年齢別人口構成
日本によく似る中国の年齢別人口構成
中国は日本の9年遅れ、バブルも9年遅れ
9世紀は中国の時代か
米国の時代が終わり、米国の時代がやってくる
コラムA
アジアで人口が減少する理由
天安門事件の再来はない
本当に怖いユース・バルジ
第2章 中国はごく普通の開発途上国―投資額が異常に多いいびつな構造
不自然なエネルギー消費量の変化
コラム2
信頼性に欠ける中国の統計
いまだに少ない1人当たりのエネルギー消費量
中国は石炭社会
エネルギー効率は低い
日本の2倍もの石油を消費している
教育程度は開発途上国並み
農業から見ても開発途上国
中国は世界一の工業国
サービス業は発達していない
小さな政府でも大きな政府でもない
消費は低調
投資がGDPに占める割合が異常に高い
輸出に依存する成長
第3章 成長から取り残される農民
中国統計年鑑
農民を蔑視する国家
農村人口の変遷
戸口(都市戸籍、農民戸籍)
農村から都市への移動人口
農民は貧しい
農村の所得階層別データ
農民の消費は1年間4.5兆元、貯蓄は0.5兆元
農民の食生活
中国の食料生産
なぜ農民は貧しいのか
第4章 都市住民は豊かになったのか
北京のレストランで
都市部でも平均所得は高くない
都市の上位階層はそれなりにリッチ
都市の消費は1年間9・5兆元、貯蓄は4・2兆元
冷蔵庫の普及率から探る生活程度
自動車の普及率
誰が自動車を買ったのか
マンションを買うことはできない
第5章 中国解剖図奇跡の成長のからくり
驚異的に伸びる投資額
投資の中身は自己資金
固定資本形成
中国解剖図:お金の流れ
農地は奇跡の成長の原動力
農地と中国革命史
土地は公有制
人口の都市集中と地方の過疎
地価の上昇土地開発公社
自己資金の調達法
汚職の原因
中国の裏マネー
富裕層は2000万人
中産階級は1億人
コラム3
薄熙来事件想像を絶する汚職
中国の土地の価格1:都市面積の増加と投資資金からの推定
中国の土地の価格2:地価総額の推定
土地総額はGDPの6倍:絶対にバブルだ
コラム
9名経営者はいない
第6章 中国共産党と国家
党員8000万人を擁する政党
中国解剖図:社会階層
政治局常務委員会と派閥
中央と地方:中華連邦
中央と地方の予算
支出の内訳
誰から税金を得ているか
地方交付税交付金
コラム
チベット問題と胡錦濤
第7章 中国の「失われた20年」が始まった
バブルの崩壊が始まった
急速に発展した北京の交通網
郊外住宅の価格は日本のバブル並み
都市部のインフラの整備はほぼ終わった
鬼城:無人マンション
強くなった農民
投資による成長は限界
内需では奇跡の成長は続けられない
なぜバブル崩壊は顕在化しないのか
それでも中国共産党の支配は崩壊しない
中国の失われた20年が始まった、閉塞感のある社会へ
日本にとっての不安材料
第8章 日本への影響
中国は最大の貿易黒字国
中国はお得意様
日本の不況の下支え、輸出ドライブ
中国はどこと交易しているのか
日本はなにを中国に輸出しているのか
おわりに
参考文献
習近平が隠す本当は世界3位の中国経済 (講談社+α新書)
3つのケースでシミュレーション
「中国GDP47兆円水増し」という記事が産経新聞の見出しに上がり、遼寧省が3年間で毎年財政収入を20%以上水増ししたことが判明しました。そんな中国GDP1100兆円の嘘を徹底的に暴き、中国経済の現状や日本経済への影響について分かる1冊です。
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まえがき―中華思想とGDPの関係
二〇一七年二月九日の「産経新聞」の一面を読んで、私は「やはり今年もそうだったか」と思いました。その記事は「中国、GDP四七兆円水増し昨年地方合算が全国上回る」というものです
中国経済をウォッチしている人間にとって、この手の話は常識です。もう何年も前から、中国の地方政府が集計したGDP統計の合計が、国家統計局のまとめたGDPの集計値を上回るという現象は起こっていました。それをこのときも、またやらかしてしまったわけです。
この点について中国政府は、何度も海外のマスコミからツッコミを入れられてきましたが、これまではのらりくらりと答えをはぐらかして、統計の虚偽を認めることはありませんでした。
ところが二〇一七年一月、中国の統計を巡って歴史的な事件が起こりました。中国で最も景気が悪いといわれている遼寧省で、二〇一一~一四年に経済統計を水増ししていたことが判明したのです。しかも、一月一七日に開かれた同省の人民代表大会(省人代、地方議会に相当)において、陳求発省長がこれを公式に認めました。「日本経済新聞」(電子版)は、「地域経済の成長が鈍化するなか、複数の地域で税収を実際よりも多く見せかけていた」と報じています(「中国・遼寧省、統計数字水増し認める一一~一四年の税収」二〇一七年一月一七日)。
また「産経新聞」は、その期間の遼寧省の水増し分は、なんと財政収入の二〇~二三%近くだったと報じています(二〇一七年一月一八日)。やった、これで中国経済の本当の姿が明るみに出る!多くの中国経済ウォッチャーが希望を持ち始めた矢先、それに冷や水を浴びせるようなニュースが飛び込んできました。
【北京時事】中国国家統計局の寧吉詰局長は二〇日、記者会見で「全国レベルの統計は正確で信用できる」と述べ、このところ国内で急速に高まっている統計捏造疑惑に反論した。
遼寧省の陳求発省長が一七日、財政統計の数字は虚偽だったと表明したのが騒ぎの発端。中国メディアが相次いで報じ、国内総生産(GDP)統計もうそではないかとの疑念が一気に強まった。
遼寧省のケースでは、省内の県などの自治体が二〇一一~一四年に財政収入を二割ほど水増しして報告していた。出世を目指す幹部が、地元経済の好調ぶりをアピールする狙いがあったようだ〉
(『中国の統計は正確』=捏造疑惑に高官反論」/「時事ドットコム」二〇一七年一月二〇日)
ああ、やっぱりそうか、この国は何も変わっちゃいない……かつて魯迅は中国人の迷信深さ、近視眼的で強欲で醜い様を嘆き、人民の心を治療しようとして医学から文学に転じました。私はそのときの魯迅の気持ちが何となく分かったような気がしました。
そもそも、これには根深い問題があります。中華人民共和国という国家の存在そのものに大きな虚偽が含まれているからです。そもそも彼らが大陸を統治する正当な理由は、一体どこにあるのでしょう?
共産党は、「抗日戦争」を戦って日本の軍国主義者から人民を解放したと言い張ります。しかし、日本軍と中国大陸で戦っていたのは中華民国(国民党政府)であり、国民党に追い詰められた弱小軍閥である共産党ではありません。もちろん、第二次国共合作で建て前上は共同して日本と戦っていたことにはなっていますが、実際には中国共産党軍(中共軍)は日本軍から逃げ回り、徹底的に戦闘を避けていました。実際に毛沢東は、日本軍と戦闘に及んだ現場指揮官を粛清したりしています。
そうやって日本軍との戦闘を徹底的に避けて、ひたすら戦力を温存した毛沢東ら中共軍は、日本がポツダム宣言を受諾すると、満州でソ連軍に武装解除された日本軍の武器を強奪しました。さらに、日本の軍人、軍医、技術者などを拉致して中共軍のために働かせました。日本人を使い中共軍の軍事力を強化したのです。結果、国民党軍を台湾に追い出すことができました。
中国共産党が覇権を握れたのは、国民党軍が日本軍と戦って消耗したからであり、中共軍が日本の遺産を乗っ取って利用したからです。少なくとも毛沢東は、そのことを分かっていましたし、そう発言しています。しかし、革命第三世代にもなると、そういう恩義は忘れてしまったようです。
二〇一五年九月三日に「中国人民抗日戦争ならびに世界反ファシズム戦争勝利七○周年記念行事」なるイベントが開催されました。彼らの面の皮は、私たちの想像を絶する厚さでした。一体どこの中国共産党が日本と戦ったのでしょうか?日本の逃げ遅れた軍人たちは、お前らの革命に協力してやったのに!信じられないような嘘つきであり、恩知らず。これが中国共産党の正体です。考えてもみてください。そんな嘘まみれの中国共産党にかかれば、経済統計の偽装など当然、朝飯前ですよね?
まして、現在の中華人民共和国は共産党による一党独裁国家であり、経済統計が担当者自身の評価や出世に直結しています。たとえ、それが嘘やごまかしであったとしても、それが通ってしまえば勝ちなのです。
そういう人たちは、意図的な偽装にも良心が痛むことはありません。中国のような独裁国家においては、経済統計が持つ意味が日本とはまったく違う、そのことを忘れてはいけません。もちろん中国の官僚のなかには、もっと正確な統計が必要だと考え、それに向けて努力している人がいることは否定しません。また国家として正確な統計を算出するため、いろいろな試みがなされていることも事実です。水増しは事実としても、それをもって、すべての統計が間違っているともいいません。
しかし、それらをいくら割り引いてみたところで、それでもなお毎年、統計の水増しは事実として行われてきました。少なくとも遼寧省では、六年前から三年前までやっていたことを公式に認めました。果たして本当にその期間だけだったのか?真相は未だ藪のなかにあります。
とはいえ「高度な政治的要因」が存在することを示唆する統計上の矛盾は、いくらでも挙げられます。中国の公式発表する経済統計は、経済学の常識に反しているからです。
その端的な例は、輸入統計と経済成長率の不整合。詳細は本章に譲りますが、たとえば二〇一五年の中国の輸入額は一三・二%も減っているにもかかわらず、実質経済成長率は六・九%という極めて高い数字になっています。
通常、輸入が減るときは国内の需要が縮小して、自国の供給力が余っています。その反対に、輸入が増えるときは国内の需要が旺盛で、そのため自国の供給力では足りません。輸入が一三・二%も大幅に減少した年に六・九%もの高い経済成長を達成することは、常識的には考えられません。
中国の公式発表によれば、二〇一四年の実質経済成長率は七・三%だったので、二〇一五年の経済成長率は確かに○・四%減っています。輸入が一○%以上減っているのに、経済成長率がたったの○・四%の減少……こんなことはあり得るでしょうか?
私はOECD加盟国三○ヵ国の過去一五年のデータを検証しました。が、そのような事例は一つもありませんでした。どう考えても、輸入の伸び率のマイナス幅に比べ、経済成長率の鈍化が控えめ過ぎるように思えます。やはり、中国共産党が経済の掟をねじ曲げているとしか考えられません。建国の歴史ですら嘘で塗り固める中国共産党にとって、経済統計の捏造など朝飯前なのですね。
そこで大きな疑問が湧き上がってきます。世界第二位といわれる中国のGDPは、本当は一体、どれぐらいの規模なのか?本書は、その真実に近い姿をお見せするために書きました。
真実を知るためのヒントは、中国の兄貴分だった旧ソ連の統計偽装のテクニックにあります。さらに私は、中国経済に関するニュースや論文を、日本語、英語、中国語のメディアに当たって片っ端から調べました。その結果、ある結論に達しました。
以下に述べることは、中国が一九八五年から実質経済成長率の水増しを始めたと仮定し、水増し率を三%、六%、九%の三通りでシミュレーションした結果です。もちろん、中国が建国当初から経済統計の水増しをしていたかもしれないのですが、敢えて改革開放路線が始まった一九八五年から、と仮定しました。これは「産経新聞」が報じた記事に依拠したものです。
すると、三つのケースいずれの場合でも、GDPで中国は、日本を抜いていませんでした。いちばん甘い三%水増しのケースであっても、二〇一六年の中国の実質GDPは最大で四三七兆円……日本の実質GDP五二二兆円には及びません。一体、私たちは、何を信じ込まされていたのでしょうか?日本と中国のあいだでは、軍事力による衝突は未だに起きていませんが、「戦争」はすでに始まっています。
現代の戦争は見えない戦争。宇宙空間やサイバー空間における中国軍の侵略は、いま世界中で問題になっています。そして、もう一つのフィールド、私たちの心のなかにも、彼らは侵略戦争を仕掛けてきている。それこそが、まさに「中国は世界第二位の経済大国」という心理攻撃なのです。中国は経済統計を武器に使って、日本に対して心理戦を挑んでいます。私たちは中国共産党の発表を鵜呑みにしたマスコミによって、日本経済は中国経済に追い抜かれたと信じ込まされていました――一体、何のために?
尖閣諸島に押し寄せる武装漁民、海上警察、そして海軍……何度スクランブルをかけてもしつこくやってくる戦闘機。日本の左巻きのマスコミは中国経済を礼賛し、日本はもう負けたと言い続けました。二〇一七年三月四日の「朝日新聞」では、中国全国人民代表大会の報道官、傅瑩氏の発言をもとに、まったく自社の分析も加えず、「中国の国防費が初めて一兆元(約一六兆五○○○億円)の大台を超える」と報じています。これらがすべてつながって
いるとしたら――。
二〇一六年にアメリカで誕生したドナルド・トランプ政権によって、世界秩序が大きく変わろうとしています。そして幸運なことに、日本では、安倍晋三総理が長期政権を築いています。一方、中国経済は、いま音を立てて崩れ去ろうとしています。もう、ごまかしも利かなくなりました。
いまこそ、日本人が中国による「経済洗脳」を解く絶好のチャンスです。本書が読者の皆様の脱洗脳の一助になれば、作者として幸甚です。
【註記】「中華人民共和国」という名称は、華夷秩序のなかで、シナ大陸の国家を「中華」、日本を「夷狄」と位置づけることを意味しています。こういった周辺諸国に対するヘイトスピーチは受け入れがたいものであり、本来、同国は「シナ(支那)」と呼称されるべきです。
しかし本書においては、読者の理解を助ける意図のもと、敢えてその俗称である「中国」という表記で統一させていただきました。これは便宜上の措置であり、支那共産党のいう華夷秩序を受け入れるということではありません。あらかじめご理解いただければ幸いです。
目次
まえがき―中華思想とGDPの関係
第一章
こんなにおかしい中国GDP
日本人の「上海メガネ」とは何か
独裁国家の統計の意味
「一日で済む仕事を三〇日で」
統計数字も中華思想に基づいて
国民所得九〇倍は六・五倍だった
三%の嘘でも一五年で一・五倍に
全国より四七兆円増の地方GDP
権力闘争の結果として認めた粉飾
役人がGDPを水増しする理由
実際の中国の経済成長率は何%?
中国の成長率・輸出相関の不思議
中国の統計をソ連に当てはめると
控えめに見てもGDPは日本以下
ソ連と同じ運命をたどる中国
第二章
トランプ後の中国経済
「韜光養晦」とは何か
アメリカをすっかり騙した鄧小平
中国人が見てもウソと分かる記事
リーマンショックで大きな勘違い
「兵は詭道なり」で国際法も無視
クルーグマンとナヴァロの批判
貿易自由化をしたため日本は
悪夢となったアメリカ大統領選
トランプへのアリバイ作り
米中軍事衝突なら中国経済は崩壊
中国の海が浅いがために石油は
日米首脳会談が打ち砕いた野望
第三章
驚くべき虚偽統計の数々
統計がおかしいと分かると役人は
中国経済の実態を表す三つの数字
ゾンビ企業は最低でも七・五%
デフォルトどころか社債の偽造も
素人でも分かる失業率の不思議
従業員資格を持つ失業者とは
税収とGDPが相関しない不思議
第四章
中国から続々と逃げ出す日本企業
日本の工場が中国に進出した背景
日本を奈落に突き落とした犯人
金融緩和で激減した対中投資
都市への人口流入が止まると
一〇年で九○万も減った村落
特派員の給料は北京の口座に滞留
二〇一五年から始まった中国撤退
中国商務省の滑稽な反論
大幅に減少した中国の在留邦人
中国の遅延行為で企業の夜逃げも
第五章
断末魔の習近平、そして中国経済
極秘レポート「穏増長会議紀要」
なぜ中国人の貯蓄性向は高いのか
物理的にも人民を殺す過剰設備
PM2.5で肺がんが死因一位に
中国は外国から四○○兆円も借金
固定相場が招くハルマゲドン
ビットコインで分かる人民元の価値
変動相場制への移行で人民元暴落
AIIBと一帯一路で好転するか
最も危うい国に危ない銀行が融資
第六章
米中衝突で浮上する日本経済
日米首脳会談後の中国の反応で
親イスラエル路線で日本が重要に
中国の尖閣での漁民救助の狙い
ソ連崩壊と同じ轍を踏む中国
日本の軍備増強で一石三鳥の効果
あとがき―中国経済崩壊の先にあるもの
軍事衝突も日本にはチャンス
意外と軽微な中国経済崩壊の影響
第一章
こんなにおかしい中国GDP