現在の冤罪について知る5冊 – 他人事でなく知っておきたいこと

日本の刑事裁判での有罪率は約99.9%といわれています。これは他の国に比べてもかなり高い有罪率であるといえます。これは、検察官が確実に有罪にできると考える事件を起訴していることが理由であるなどともいわれますが、そのほかにも様々な要因が絡み合って起こるものです。そして、その99.9%の中には、本当に犯罪を行った人が有罪判決を受ける場合ももちろん含まれますが、実は無罪の人が有罪判決を受ける「冤罪」も含まれている可能性があります。過去に有罪判決を受けた被告人が再審無罪となる例があることからも明らかといえるでしょう。

本記事では、警察の捜査から判決が出るまでの過程において、どのような要因が絡み合って冤罪が生じるのか、この点についてメインで扱った2冊を紹介します。また、あまりにも高い有罪率の中で、無罪判決を獲得するために弁護士がどのように事件に取り組み、被告人と向き合うか、この点について扱った3冊も紹介します。

ここで紹介する書籍の中にも記述がありますが、冤罪は決して他人事ではなく、いつ自分の身に降りかかるかわかりません。ここで紹介する書籍を読み、一度、刑事事件について考えてみてはいかがでしょうか。

冤罪はこうして作られる

小田中 聰樹 (著)
出版社: 講談社 (1993/4/16)、出典:出版社HP

本書は、冤罪が生まれる仕組みについて、松山事件と布川事件を主な題材として、様々な要因を詳細に紹介し、冤罪を防止するためには何が必要かを考えていくものです。著者は、東北大学法学部長、専修大学法学部教授などを歴任した、刑事訴訟法学者の小田中聰樹氏です。

松山事件や布川事件といった重大な殺人事件において、無実の人が逮捕・起訴されて、有罪判決を受けるに至るまでに何が起こっているのか、どうして冤罪が生じてしまうのかについて、逮捕後の取り調べから鑑定などの証拠収集、裁判官の判断などに至るまで、各場面における被疑者・被告人とのやりとりなどを詳細に紹介したうえで、考えていきます。冤罪の悲劇は、捜査当局の見込みの誤りにはじまり、それが検察当局にも裁判所にもチェックされず、追認され、上塗りされて作り上げられていくと著者は述べます。

そして、冤罪が生じるメカニズムの実体は、刑事手続に関与する人々の、具体的状況における様々な判断の集積にほかならないといいます。その様々な判断について、各局面でどのような判断がなされて積み重ねられていくのか、上記2つの事件を題材に紹介していきます。

本書が執筆されたのは1990年代前半であり、現在とは法制度が異なっている部分もありますが、本書の出版から約20年後に出版された『冤罪と裁判』で紹介している冤罪の生じる仕組みの説明と重なる部分もあり、また、過去に冤罪が生じていた仕組みを学ぶことができるため、今後、冤罪を防止するために何を変えなければならないのかを考えるのに役立ちます。

本書の著者が冤罪防止に必要な対策としてあげているもので、取り調べの録音・録画の義務付けや陪審員制の導入などは、形を異にしながらも実現しているものもありますが、いまだ冤罪が生じているのは現実の問題としてあるため、冤罪をさらに減らすために何をすべきか、本書を読むことで改めて考え直すことができるでしょう。

無罪請負人刑事弁護とは何か?

弘中 惇一郎 (著)
出版社: KADOKAWA/角川書店 (2014/4/10)、出典:出版社HP

本書は、著者である弘中惇一郎弁護士が、過去に担当してきた刑事事件にどのように取り組んできたのかを紹介するというものです。弘中弁護士は、時に「無罪請負人」と呼ばれ、ロス疑惑の三浦和義氏や政治家の小沢一郎氏・鈴木宗男氏、堀江貴文氏らの弁護人を務めたほか、近年ではカルロス・ゴーン氏の弁護人を務めるなど、社会的耳目を集める多くの事件に携わってきた方です。このように刑事弁護人として活躍してきた著者が、自身の携わってきた刑事事件を紹介するスタイルを中心としながら、刑事事件の抱える問題点について読者に考える材料を提示していきます。

本書の基軸となるのは、刑事事件と時代との関わりというテーマです。著者は、刑事事件は時代に応じて変化する社会の問題点を映し出す鏡であると述べる一方で、刑事事件には、警察・検察という国家権力の不正・不当なやり方という時代を超えて変わらない問題もあると述べています。この点を主軸にしながら、刑事事件に関する問題点を考えていきます。本書は、5章構成となっています。

1章では、郵便不正事件という冤罪事件について取り上げ、現在の刑事司法が抱える問題点についてみたうえで、本書で紹介する他の事件にも共通する刑事司法の構造をみていきます。2章では、政治家などを標的とした国策捜査について取り上げます。小沢一郎氏や鈴木宗男氏の逮捕に至る検察の捜査などについて言及します。

3章では、刑事事件とマスコミとの関わりについて取り上げます。マスコミが主導したロス疑惑や薬害エイズ事件の問題点について考えます。4章では、弁護士とカネの問題など、弁護士の役割やモラルについて取り上げます。5章では、刑事事件の捜査と裁判、弁護活動が抱える課題について、その対処法も含めて、広く見ていきます。

冤罪と裁判

今村 核 (著)
出版社: 講談社 (2012/5/18)、出典:出版社HP

本書は、弁護士としてこれまでに多くの冤罪事件を担当してきた今村核氏が、自身が担当した事件を含め実際の事案を紹介しながら、冤罪がなぜ起きるのか、日本の刑事司法や警察捜査にどういった問題点があるのか、裁判員制度の導入により冤罪の減少等の変化が起きるのかなどといったことについて考えるものです。

本書は2部構成となっており、第1部では、冤罪がどのようにして生まれるのかについて、著者自身が担当した事件も含め、過去の冤罪事件についての詳細な説明も加えながら、虚偽自白、目撃証言、偽証、物証、情況証拠といった項目に分けて説明し、第2部では、裁判員制度の導入により冤罪を減らせるのかというテーマのもと、裁判員裁判における審理のあり方、捜査のあり方などについて言及しながら、裁判員制度の冤罪に対する影響について考えていきます。

第1部のなかで、自分が犯人でないのに自分が犯人だと虚偽の自白をしてしまうのはなぜかを紹介する項がありますが、そこでは被疑者と警察官の取り調べ等でのやりとりが詳細に紹介されており、どのような心理状態で虚偽自白をしてしまうのかがわかり、読者自身が被疑者の立場になったら自分は自白してしまうのかを考えさせられます。ほかにも、目撃証言の不正確さや大きな誤判原因となる科学鑑定の誤りなど、冤罪に導く様々な要因が紹介されます。

第2部では、有罪率が99.9%であるなど日本の刑事裁判の特色を紹介した上で、裁判員制度の導入によって刑事裁判がどのように変化しているのかを紹介し、また冤罪・誤判を防止するために裁判員制度はどのように変わるべきかについて考えていきます。最高裁判決など理解するのが難しい内容の紹介もありますが、本書はできるだけわかりやすい文章で記されており、刑事裁判の入門書として気軽に読みやすい1冊といえます。

刑事弁護人

亀石 倫子 (著), 新田 匡央 (著)
出版社: 講談社 (2019/6/19)、出典:出版社HP

本書は、ある窃盗団の一員の弁護を引き受けた著者亀石倫子弁護士が、事件を受任してから最高裁判所大法廷で前例のない判決を受けるまでの実話を描いたものです。本書の題材となった事件は、被告人を中心とした窃盗団の捜査の過程で、警察が被告人らの車やバイクにGSP端末を取り付けて位置情報を取得して追跡していたというもので、そのような捜査の違法性が問題となりました。

GPSで位置情報を取得するという捜査は令状が必要な捜査にあたるのか、必要ならば令状なく行われたGPS捜査は違法なのかという点が一番問題となりますが、この点についての前例はありませんでした。このような難しい事件に、亀石弁護士がどのように取り組み、最高裁大法廷まで進んだのか、弁護団の会話や亀石弁護士の様々な局面での心境、判決内容など、詳細に書かれており、臨場感あふれる文章は、まるで小説のように読むことができます。刑事訴訟に関する専門用語も多く使われているため、難しいと感じる人もいるかもしれませんが、随所に著者が用語の説明を加えているため、法律を勉強したことがない人でも読みやすいものとなっています。

随所に登場する弁護団の会話では、人間味あふれる弁護士にどこか親近感を覚え、弁護士という職業に対する見方も少し変わるかもしれません。また、本書の最後には、亀石弁護士が刑事弁護という仕事に対してどのような誇りや使命感を持っているのかについても書かれています。“刑事弁護人は、事件の背景にある「物語」を知ろうとする。

それは、被疑者・被告人に対する適正な量刑を求めるために欠かすことのできない重要な仕事なのだ。” “被疑者・被告人の権利を国家権力から守るのは、結局は、この社会で生きる自分たちの自由を守るためなのだ。偏見や先入観は真実を見えなくする。” このような著者の考えに触れることで、犯罪を犯した被告人を弁護する弁護士に対する見方も変わるかもしれません。

雪ぐ人 えん罪弁護士

佐々木 健一 (著)
出版社: NHK出版 (2018/6/21)、出典:出版社HP

本書は、2016年にNHKで放送された『ブレイブ 勇敢なる者「えん罪弁護士」』を、放送に収まりきらなかった内容を大幅に盛り込み、再構成して書籍化したものです。取材の対象となるのは、今村核弁護士です。今村弁護士は、「えん罪弁護士」とも呼ばれ、過去に無罪14件という実績をおさめています。

起訴された事件の有罪率が99.9%といわれる日本の刑事司法の現状において、無罪判決を14件も得るというのは決して簡単なことではありません。それなのに今村弁護士がどうして無罪判決をそこまで得ることができたのか、今村弁護士だけでなくその周囲の人々へのインタビューも交えながら迫っていきます。

本書は、有罪率99.9%という刑事司法の問題について考えるという側面も有していますが、中心となるのは、今村弁護士がえん罪にどのように向き合っているのが、どうして今までえん罪事件を扱い続けてきたのかなどといった点であり、今村弁護士の人間性、弁護士としての生き様といったものにフォーカスを当てています。今村弁護士は、なぜえん罪弁護を続けるのかという問いに対して、「私がいきている理由、そのものです。」と答えています。高い有罪率の中で無罪を獲得するためには、かなりの時間と労力を要し、他の仕事を犠牲にすることが必要になることもあります。

そのようなえん罪事件を扱い続ける理由について、今村弁護士が生きている理由そのものと答えたその真意はどこにあるのか、彼の弁護士としての生き方、被告人に対する向き合い方などを通じて知ることができます。そして、本書を通じて、えん罪を減らすために刑事司法がどのように変わっていかなければならないのかについても、考えることができます。

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冤罪はこうして作られる
冤罪と裁判
無罪請負人 刑事弁護とは何か?
雪ぐ人 えん罪弁護士 今村 核
刑事弁護人