本書を手にした読者の中には、記憶、知覚に認知科学や心理学に精通している読者もおり、多くの点で本書には目新しさはないと思うかもしれませんが、これまでの心理学・認知科学・行動経済学の分野で明らかな理論を使い、この研究における、新たなフロンティアを創造的に再パッケージ化したものが本書となります。
タイトルにもあるScarcity(希少性・欠乏)つまり自身が空間的に、また物理的に必要としているものよりも基準に満たない・少ないという感覚が、人々の心理的状況にどのように働くのか、影響するのかが本書のトピックです。
その欠如がお金、時間、友人、または食べ物であるかどうかにかかわらず、Scarcity(希少性・欠乏)は人間の認識、選択、そして行動に著しく似たような影響を及ぼすことを本書では残りの章を割いて説明しています。
大まかには3つのセクションに分けられた10章での構成になっており、最初の1,2章でScarcity(希少性・欠乏)の考え方を行動経済学の知見からフレームワークとして焦点を当てており、また、3-7章では実際に何か欠乏している状態がさらなる欠乏状態へなってしまう道のりを示しており、8-10章では実際の社会、日々の中での何かを欠乏している状態の認識がどのような物事と生活と作用しているのかといった流れ、またそのようなときどのような政策や社会設計が良いのかに焦点をあてています。
セクション1
セクション1では、人々の生活においてScarcity(希少性・欠乏)の性質と役割、またから始まります。 希少性は、意識と無意識の両方の脳の機能に影響を及ぼし、行動に影響を与えます。
自分にとって必要なものが足りないと感じると、人の心に何が起こるのか。まずはその不足をどうにかしようと集中しようとします。集中するということは、ほかのことをシャットアウトするということであって、これを本書ではTunneling(トンネリング)と表現していいますが、トンネルに入ると視野が狭くなって周囲の景色が見えなくなるのと同じように、集中してやっていること以外には気が回らなくなります。
つまり、トンネリングとは、極度にその目先にある欠乏になっているものに過剰に意識をもっていかれてしまうのです。将来的な貯蓄ももちろん必要だと分かっていますが、今日一日をどう生きるかに意識が向いてしまいます。
もちろんマイナスの要素だけではないことがここではあります。つまり、時間・物理的な何かが少ないからこそでてくる集中力、本書ではそれをfocus dividend(集中ボーナス)と名付けています。
このように、Scarcity(希少性・欠乏)は、生活における様々な基本的なニーズから大切な決断まで、重要な要素をしめ、プラスとマイナスの両方に波及します。
Scarcity(希少性・欠乏)はまた、bandwidth(処理能力)に対して影響も与え混ます。これは比喩的な表現でなく定量的に測ることのできる人の頭脳の力量になります。これがいっぱいいっぱいになると思考処理が低下して解決策を思いつくための認知空間にも負担をかけます。それが日常生活に必要な機能や能力が阻害されます。
セクション2
ここではSlack(スラック)という事が重要な概念となります。本来たるみなどを意味するSlackは、個人に利用可能な残りのリソース(お金、時間など)の余裕度のようなものを指します。これが欠乏のサイクルに最も重要な影響を与えます。
Slack(スラック)のある人とない人は、まったく異なる方法で影響を受けます。 低所得者の場合、支出1ドルが予算に与える影響は大きいため、高所得者の支出1ドルとは違ったものになるでしょう。つまり、低所得者はこのため、何かを購入する際、特定の価格や割引にもっと注意を払い購入の意思決定をしています。より頻繁に彼らが行っている取引の機会費用を天秤にかけ評価しようとしています。
しかしこれが起こりすぎるとやがて問題を熟考なしでその場しのぎで解決しようとする、最終的な帰結としてjuggling(ジャグリング)という状態に陥ります。
低所得者は、将来の計画が不十分であるためこう頻繁にこのジャグリングのサイクルに陥ることがあります。計画性のあることも一度止まってやってみれば、必要と考えることもできるのですが、常に緊急の問題(その日にやらなくてはいけないことばかり)に気を取られ取り組めない例がこのセクションでは様々な例をもとに紹介されています。
セクション3では、解決に対する筆者の考え、そして実践的なところが言及されています。筆者たちが奉仕するグループにとって(筆者たちの専門である途上国での貧困層の例がここでは多い)より効果的になるように改善される可能性があると示唆しています。実際は本書で確認してもらいつつもやはり、欠乏の罠のメカニズムを根拠にしているからこそ、説得力もある提言になっています。
読者もレベルの程度はあれ、同じような経験があるに違いありません。それは毎日まいにち、仕事や学校で時間がないというのは誰しもが持っていることでありますが、本書によって原因を探ってみて、自身がはまっている欠乏の罠から抜け出すことができるかもしれません。
また本書とはテーマは異なりますがTEDTalkでも筆者の1人のセンディル ムッライナタンは終わりの方でこちらの結論と近いことも伝えています。