裁判員の判断の心理: 心理学実験から迫る

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目次 – 裁判員の判断の心理: 心理学実験から迫る

はじめに
第一章 裁判員裁判における心理的問題
1裁判員制度の概要
2裁判員制度のQ&A|―心理学の視点から
3陪審制との比較から見た裁判員制度の問題点
4感情が裁判員の有罪無罪判断に及ぼす影響
5事実認定判断と量刑判断―手続二分論をめぐる議論外
6二重過程理論
第二章 実験的研究1 被害者遺族の意見陳述の影響
1方法
2結果
3考察
第三章 実験的研究 2 説示の影響
1方法
2結果および考察

第四章 実験的研究 3 感情の役割と感情制御
1方法
2結果
3考察

終 章 統括とこれからの課題
あとがき
参考文献

伊東 裕司 (著)
出版社: 慶應義塾大学出版会 (2019/5/21)、出典:出版社HP

はじめに

様々な期待や批判の下で裁判員制度が始まり、本書執筆の段階でほぼ一〇年が経過した。その間、心理学者による裁判員の判断に関する研究も多数行われるようになり、成果も上がりつつある。著者は裁判員制度が開始する前後より、裁判員の判断過程の心理学的な問題に興味を持ち、いくつかの実証的研究を行ってきた。本書では、われわれの研究室で行った実証的研究のいくつかを紹介し、心理学から見て裁判員制度にどのような問題があるのか、裁判員制度をより良いものにするために心理学からどのような提言ができるのか、将来心理学者がどのような研究を行う必要があるのかについて論じたい。

現実的な問題の多くには、その重要な要素として人間が含まれている。裁判員裁判をめぐる問題に関してもそれは当てはまり、裁判員、裁判官や被告人をはじめとして、被害者やその関係者、証人、検察官、弁護士など多くの人々が裁判員裁判に関わり、判決の行方を左右し、相互に影響を及ぼしあっていると考えられる。したがってこれらの人々の心理的な特性は、裁判が公平、公正に行われ適切な判決を出せるかどうかにおいて大きな意味を持つといえよう。中でも裁判員の役割は重大で、かつ特殊な位置づけにある。

裁判員は、裁判官とともに被告人の有罪無罪や量刑を判断するが、法律や裁判に関する十分な経験や知識を持っていない、さまざまなバックグラウンドを持っている、などの点で職業裁判官とは大きく異なっている。はたして、専門的な経験や知識を持っていない、さまざまな考え方を持つ人々の集まりが、適切なやり方で適切な判断を下すことができるのだろうか。裁判員の心理に大きな影響を与え、その結果判決を思わぬ方向に大きく歪めてしまうような要因はないのだろうか。実際に、陪審制など一般市民による裁判への参加が古くから行われてきた諸外国においては、このような問題はさまざまな形で議論されてきており、心理学的な研究も行われてきた。

裁判員の心理的な特性が、裁判員裁判が適切に行われるか、裁判員制度がうまく機能していくかに大きく関わると考えられる以上、心理学的な見地から裁判員の心理的な問題に関して科学的に研究することは、重要な意味を持つと考えられる。のちに述べるように、心理的な問題といってもさまざまな側面が存在するが、われわれの研究室では感情が裁判員の判断にどのように影響するのか、という問題に取り組んできたので、本書でもこの問題を取り上げる。

第一章では、感情と裁判員の判断をめぐって、具体的にどのような問題であるのか、なぜこれらの問題に取り組んできたのかを説明するために、最初に裁判員制度の概要について簡単にまとめ、次に裁判員制度に関連してどのような心理的問題が存在すると考えられるのかについて、最高裁判所のウェブページのQ&Aを参照しながら論じる。次いで日本の裁判員制度の特徴について、陪審制と比較しながら論じ、感情が裁判員の有罪無罪判断に影響を及ぼす可能性を示す。

さらにこの心理学的な影響と密接に関連する裁判手続における問題に触れ、最後に裁判員の判断過程を考察する際に関連する心理学の理論である「二重過程理論」について触れる。本書の後半では、感情を掻き立てるような情報と裁判員の感情、判断との関連についてわれわれの研究室で行った三つの実験的研究を紹介する。第二章では、法廷での被害者遺族による感情的な意見陳述が裁判員の有罪無罪判断に影響を与えることを示した研究を紹介する。

第三章では、このような影響を防ぐための方法を検討した研究を紹介する。この研究では、裁判員の考え方における個人差についても触れている。第四章では、被害者遺族の意見陳述と裁判員の感情、有罪無罪判断の間の関係を明らかにしようとした研究を紹介する。これらの実験的研究には、すでに英文誌に発表したものも未発表のものも含まれるが、裁判に関する問題に心理学実験を通してアプローチする研究について、心理学を専門としない読者にも実感していただきたいと考え、心理学の実験論文の形式を踏まえた構成としてある。

最後の終章では、これらからの考察を踏まえて裁判員制度の問題点を指摘し、どのような対応が可能であるかについて私見を述べる。これらを通して司法の問題における心理学的な実証研究の必要性について考えていきたい。

伊東 裕司 (著)
出版社: 慶應義塾大学出版会 (2019/5/21)、出典:出版社HP