食の未来について考える5冊 – 人工肉からゲノム編集まで も確認する。
はじめに
偏りがちな食生活,さまざまな病気の引き金となる肥満,脳の働きを助けるという食材の真の実力……。このように食は現代人にとって大きな関心事だ。一方では,世界人口が75億人を突破し、新たな技術を導入した食糧戦略が求められる。さらに自然環境の悪化が作物に与えるダメージも深刻化している。別冊日経サイエンス222『食の未来地中海食からゲノム編集まで』では,食と健康にかかわる最新の話題を中心に多様なテーマを取り上げる。以下にいくつかの注目記事を紹介しよう。
野菜はビタミンが豊富で健康によいといわれるが,実はそう単純ではないようだ。植物は害虫を撃退するために有毒物質を作り出すが、野菜や果物にも微量の毒素が含まれている。私たちがこの毒素を体内に取り込むと、細胞に穏やかなストレス反応が生じ、より強いストレスへの抵抗力や回復力が強化される。この「ホルミシス」と呼ばれる過程が解明できれば、アルッハイマー病や脳卒中など脳の病気の予防法につながる可能性がある(6ページ「野菜が体によい本当の理由微量毒素の効用」)。
スローフードブームの火付け役になった地中海食(地中海式ダイエット)は、日本の和食と同じく伝統的かつ健康的な食事として注目され、ユネスコ無形文化遺産にも登録されている。地中海沿岸の国々では、野菜や果物,精白していない全粒穀物,魚や鶏肉、オリーブオイル,ナッツ類やベリー類といった食事が好まれるが、ここ10年の研究から、こうした食事は心臓や血管など循環器系の病気を防ぐ効果があるほか、加齢による認知力の低下を遅らせることがわかってきた。調査研究では4年程度の期間で効果が認められることから,食習慣の改善が比較的短期間で健康面の変化をもたらすことに期待が寄せられている(13ページ「地中海食と脳の健康」)。
収量が高く、害虫や腐敗に強い作物を作り出すことは人類が農耕を始めて以来の課題と言ってよいだろう。遺伝子組み換え技術の登場で育種に費やす時間は大幅に短縮されたが、それを上回るスピードでさらなる変化が起きようとしている。CRISPRという新しい遺伝子編集技術は、かつてない高い精度でゲノムを改変できる。操作が簡単で費用もかからないため、ベンチャー企業もこの分野への参入に意欲を見せている。必要最小限のゲノムだけを編集する技術は、従来の育種法に比べて植物のゲノムへの影響が少ないという主張もあり、長年続いてきた遺伝子組み換え食品に関する議論の方向性が変わる可能性もある(56ページ「CRISPRと『組み換え作物バイオ農業の行方』」。
いま世界の農地の1/4近くが塩害に侵され、作物が育たなくなっている。不適切な減法や海面上昇による塩水の浸入が原因だ。こうした土地で育つ作物を生み出すために、塩分に耐性をもつ塩生植物が本来備えている機能を高めて、根から吸収される塩分を逃断したり細胞内の液胞に隔離する方法が開発されている。希釈した海水や塩分を含む再生水で作物を育てることができれば、今世紀半ばまでに増加するとみられる20億人に食料を供給する糸口になるだろう(78ページ「塩水で農業」)。
本書は月刊誌「日経サイエンス」に掲載された記事で編集した。記事中の登場人物や著者の肩書きは特にことわりがない限り初出当時のものとした。2017年10月日経サイエンス編集部
目次 – 食の未来 地中海食からゲノム編集まで
はじめに
野菜が体によい本当の理由 微量毒素の効用
M.P. マトソン
地中海食と脳の健康
D.F. マロン
脳を元気にする食物
I. キーファー
ビタミンDの多彩な効用 がんや感染症にも!
L.E.タペラーメンドーサ/ J. H. ホワイト
クマからの健康アドバイス
SCIENTIFIC AMERICAN編集部
肥満社会の処方箋
D.H.フリードマン
まだある肥満の危険
C. ゴーマン
過食を生む脳
K.ロートワイラー・オゼッリ/N. D. ボルコフ
体を守る苦味受容体
R.J.リー/N.A.コーエン
食べ物が出す指令
SCIENTIFIC AMERICAN編集部
CRISPRと「組み換え」作物
バイオ農業の行方
S.S. ホール
幹細胞から食肉
J. バートレット
省エネしながら食糧増産
M.E.ウェバー
塩水で農業
M.ハリス
下水を飲み水に
0.ヘファナン
温暖化が脅かすワインの味
K.A. ニコラス
オリーブ危機 イタリアで広がる謎の病害
B.L.ナドー
トウモロコシを守れ ネクイハムシとの戦い
H. ノードハウス
食糧不足で現代文明が滅びる?
L. R.ブラウン