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インフラ投資、PPP、PFIを学ぼう
海外のインフラプロジェクト、特に官民パートナーシップ(PPP)の形で実施されるプロジェクトは今後も成長が期待できる分野です。そのような部署に配属されたり、今後関わってみたいという学生などにもおすすめのインフラ投資、PPP、PFIが学べる書籍をセレクトしました。ぜひこれらを手にとってみてください。
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PPPの知識(日経文庫)
PPPがよくわかる
本書は、PPPの基本的な内容を解説している本です。PPPが求められる理由や英国での事例と限界、具体的な手法の紹介や成功させつためのポイントについてまとめています。後半では、自治体と民間企業の事例の紹介やPPPのコンセプトが将来どのように活用されていくのかなど、様々なテーマを取り上げています。
まえがき
今、我が国はかつて経験したことのない少子高齢化の大きな潮流に翻弄されつつあります。少子化に伴う人口減少により公的施設等へのニーズが縮減していく一方、高度経済成長期に集中的に投資した公共施設等が老朽化したことに伴う改築更新のための財政負担が、厳しい財政状況のもとで地方自治体にボディブローのようにきいてくることが見込まれます。
公民連携、PPP (Public Private Partnership)という今まで聞き慣れなかった用語が紙上を賑わすことが多くなったことと、これらの状況の変化は無関係ではありません。公民連携、PPPとは、このような厳しい状況変化に対応できるよう、公共と民間が幅広く連携していくことなのです。「PPPとは何かというとその定義は茫漠としたもので明確なものはありませんが、本書では、一般的にPPPといった際に含まれるもの、そして新たなニーズに対応して最近PPPに含まれるようになったものについて紹介しています。ここでひとつ留意しておかなくてはならないのは、PPPには、いくつかのプリンシプル(原理、原則)があるということです。このプリンシプルの代表的なものはバリュー・フォー・マネー(VFM)評価といい、納税者にとっての価値が最大化するかどうかを評価基準とするものです。
本書では、PFI(民間資金を活用した社会資本整備)の限界にも触れた上で、事例に則した多様なPPPのスキームの整備に向かう英国の状況も解説しました。また、日本にとって今後の大切な行政課題でもある、公共施設等の老朽化に伴う改築更新等について、PPPを使った柔軟なアプローチを提案するとともに、その際に留意すべきプリンシプルについて整理しました。
PPPは、「官から民へ」というキャッチフレーズのもと、完全に民間に移行するという考え方ではなく、公共と民間がそれぞれ異なるリソースと行動原理を有していることを前提としたうえで、協働して解決策を構築していくことがその考え方のコアとなっています。
課題に対する解決策が見えにくい今のような時期こそ、幅広い英知を集める手法としてPPPは様々な分野で取り組まれることが望まれています。PPP手法の活用により、課題について柔軟に、そしてもっとも適切なスキームを構築していく、いわば、新しいフロンティアが開かれていくことを今望んでやみません。最後になりましたが、本書を出版する機会を与えていただいた日本経済新聞出版社に感謝するとともに、執筆にあたり様々なご協力をいただいた鹿島の瀬谷啓二部長、東京都の久米栄一 副参事、横浜市の嶋田稔課長、日本総合研究所の石田直美主任研究員、そして、なによりもPwCアドバイザリー時代以来、有意義な意見交換をさせていただき、今回の出版にあたってもお忙しい中様々なアドバイスをいただいた野田由美子前横浜市副市長に深い感謝の意を表します。
2009年10月
町田 裕彦
目次
[Ⅰ]なぜ今、PPP(公民連携)が求められるのか1 PPP(公民連携)とは何か
1 PPPの定義
2 PPPの具体的な手法
2 PPPを取り巻く状況
1 公共と民間を取り巻く状況の変化と課題
2 これらの課題に対する解決策としてのPPP
1 英国におけるPFI導入の背景
1 小さな政府の実現に向けて
2 低い公共投資水準と施設の劣悪な状況からの脱却
3 財務省の中央集権的な一元管理
4 2003年におきたPFIへの批判
2 公民のコミュニケーションの必要性の再認識とその制度化
1 運営段階における公民のコミュニケーション
2 調達段階における公民のコミュニケーション
3 公共が資金を供給するPFIスキームの登場
1 クレジット・ギャランティ・ファイナンス(CGF)
2 CGFを活用したパイロットプロジェクト
3 CGFの今後の展開
4 よりニーズに即した多様なスキームの整備
1 BSF(将来にわたる学校建設計画)
2 LIFT (NHS地域向上ファイナンストラスト)
5 PFIのコモディティ化
6 PFIの限界と新たな方向
1 PFIの限界
2 多様なスキーム①―コンセッション
3 多様なスキーム②―戦略的インフラパートナーシップ
4 多様なスキーム③―インテグレーター
5 新たな方向に向けて
1 3つに分けられるPPPの領域
2 民間による公共サービスの提供
1 指定管理者制度—M
2 市場化テストーツ
3 手法の応用例―公的施設等のファシリティマネジメントにおける民の活用
1 ファシリティマネジメントという考え方
2 PFIによるファシリティマネジメント―英国社会保険省の例―
3 ファシリティマネジメントにPFIを活用する際の課題―PFIからPPPへ―
4 公有資産の活用による事業創出
1 WMI
2 ネーミングライツ
3 定期借地権の設定等
5 民間活動への支援
1 構造改革特区
2 ビジネスマッチング
1 共通の判断基準としてのVFM
1 納税者にとっての価値最大化のための基準
2 ライフサイクルコストで評価すべきもの
3 リスクをどう評価し、どのようにVFMに反映させていくかが鍵
4 評価プロセスや評価方法に透明性を確保すべきこと
2 ブレークスルーの活用
1 性能発注に基づくライフサイクルの一括管理
2 リスクの最適配分
3 業績連動払い
4 公共と民間の双方向のコミュニケーションの必要性
1 横浜市の例
1 民の活力を幅広く導入
2 共創推進事業本部の設置
3 共創推進の指針について
4 具体的な取り組み
5 今後の展開
2 伊藤忠商事の例
1 包括連携協定
2 PPP手法としての包括連携協定の限界と課題
1 望まれるPPPコンセプトの活用
2 公有資産の活用にかかわるPPPの課題
1 民間のPPP参加へのインセンティブの必要性
2 PPPにかかわるVFM評価のルール化の必要性
3 マスタープランの策定の必要性
4 事業の実施が適切になされることを担保していく仕組みの必要性
3 今後のPPPの展望
1 PPPのあり方―ジョイントベンチャーの提案
2 PPPの推進による公民の融合へ
3 地域発のパラダイムシフトに向けて
参考文献・資料
海外インフラ投資入門
初心者向け!インフラ入門書
本書は、PPP(Public-Private Partnership)の形式で行われる、海外のインフラ事業への投資に関する基礎的な解説を行なっている本です。海外インフラ事業の特徴や解説、実務的な内容だけでなく、事業とPPPの関連性や投資を行う際のポイントの基礎知識も詳しく解説されています。
まえがき
本書は,海外におけるインフラ事業,とりわけ官民連携(Public-Private Partnership, PPP)の形で実施される事業への投資に関して基礎的な解説を行うとともに、PPPの本質を伝えることを目的としている。
日本語で汎用されるインフラとは、インフラストラクチャー (Infrastructure) の略語であり、人々の生活や企業の活動等を支える基盤施設を意味する。代表的な例としては,道路,鉄道,空港,港湾,発電所,上下水道などが挙げられる。また,広義には,学校,病院,福祉施設,廃棄物処理施設等の社会施設も含まれる。本書では,海外を舞台とするそうしたインフラの整備や運営にかかる事業を,海外インフラ事業と称する。
一方,PPPという用語は,我が国を含む多くの国や国際機関においてかなり普及している。しかし,世界的に統一された定義はなく,国や個人によってその解釈や用法が異なっている。そのような実態を踏まえつつも,本書では, PPPを「公共機関と民間事業者が,契約に基づいて連携して公的サービスを提供する手法」と定義し,その解説を行う。
海外インフラ事業におけるPPPの活用が増えたのは、1990年代に入ってからである。世界的な政府の財政難を背景として,英国,東南アジア、中南米などで民間活用型のインフラ事業が数多く実施された。1997年のアジア通貨危機や2007年~2008年の世界的金融危機の影響はあるものの、現在も開発途上国(以降では単に「途上国」と称する)を中心としてPPPの活用は増加している。この大きな趨勢は今後も継続するものとみられる。
PPPの世界的な増加は,多くの民間企業に対して新たなビジネス機会をもたらしている。本邦企業においても,総合商社をはじめとして,建設会社,エンジニアリング会社,メーカー,オペレーター,金融機関等,多くの企業が関心を有し,また実際に事業に参画している。日本政府も,インフラ輸出を国の成長戦略の重要な柱の1つとして位置づけ,本邦企業による海外インフラ事業への参画を支援している。
現実には,海外インフラ事業への参画は,必ずしも容易ではない。多くの場合、事業参画のためには熾烈な国際競争過程を経る必要がある。また,事業を開始した後もさまざまなリスクにさらされる。それらを適切に管理し成功裏に事業を実施するためには,海外インフラ事業やPPPについて,適切な理解や知識を有している必要がある。
しかし、海外インフラの文脈においてPPP事業への投資に焦点を当てた書籍(とりわけ和書)やウェブ情報は少なく,その基礎的な知識を得るのがことのほか難しい状況にある。そのためか, PPPに関する基礎的な理解の不足や誤解がみられることもよくある。
そうしたなかで,本書は,海外インフラ事業におけるPPPというテーマに焦点を当て、その基礎および本質について実務経験に基づくリアルな解説を試みるものである。それを通じて、本邦企業による海外インフラ事業への投資や参画,あるいは政府その他公的機関による関連政策の形成・実施やアカデミアによる研究等に役立てていただくことを意図している。
目次
まえがき
本書における用語について
略語解説
第1部 海外インフラ事業とPPPの基礎知識
1 海外インフラ事業の仕組み
1 インフラ事業の特徴
2 海外インフラ事業の与件
3 海外インフラ事業への参画業種とその役割
4 インフラ事業の実施手法:従来方式とPPP
2 PPPの定義,目的および適用分野
1 PPPの定義
2 PPP活用の目的
3 PPPの適用分野
4 PPPの事業スキーム
5 PPP事業のステイクホルダー
3 海外インフラ事業におけるPPPの変遷
1 PPPのトレンドと期間区分
2 黎明期:1981年~1997年
3 学習期:1998年~2008年
4 創造期:2009年
5 海外インフラ事業においてPPPを加速させた要因
4 PPPの類型①:契約のタイプによる分類
1 コンセッション型
2 オフテイク型
3 アベイラビリティ・ペイメント型
4 それぞれの事業類型の比較
5 PPPの類型②:業務内容/事業方式による分類
1 業務内容による分類
2 事業方式による分類
3 その他の分類
6 PPPとVEM
1 VFMの概念:理論と現実
2 VEMOER
3 VFMの検証
4 PPPの本質〜インセンティブの付与とコントロール〜
7 PPP事業のライフサイクル
1 PPP事業のプロセス
2 事業の特定・準備
3 事業者の選定
4 事業施設の建設
5 事業の運営
6 事業の終了
8 PPP事業におけるリスク分担と管理
1 リスクとは何か
2 リスク分担の原則
3 PPP事業における代表的なリスク
4 「リスク分担」の実態と留意点
9 PPP事業の資金調達と政府支援策
1 従来方式とPPPの資金調達の違い
2 公共ファイナンス
3 民間ファイナンス
4 ハイブリッドファイナンス
5 政府による支援策
10 PPP事業とプロジェクトファイナンス
1 プロジェクトファイナンスとは何か
2 なぜプロジェクトファイナンスがPPP事業に適しているか
3 途上国における多様なプロジェクトファイナンスの例
4 プロジェクトファイナンスの組成プロセス
5 プロジェクトファイナンスの融資実行・返済プロセス
6 バンカビリティとセキュリティパッケージ
7 PPP事業成功の要諦
第2部 海外インフラ投資実務の基礎知識
11 インフラ事業への参画形態
1 インフラ事業への参画形態
2 参画企業の業種ごとの役割等
3 スポンサーの利益相反
4 事業からの撤退(エグジット)について
12 主要セクターにおける事業の特徴
1 有料道路
2 鉄道
3 空港
4 発電
5 水道
6 病院
13 スポンサーから見た事業サイクル
1 PPP事業のプロセスと事業リスクの変化
2 事業情報の入手および応札検討
3 入札および契約.
4 事業施設の設計・建設
5 事業の運営
6 事業の終了またはエグジット
14 契約とリスクのマネジメント
1 契約の種類
2 PPP事業契約の基本構成とポイント
3 PPP事業に関するリスクの分析とマネジメント
4 リスク転嫁の法務テクニックに関する補足説明
15 事業投資分析
1 フィナンシャルIRRとエクイティIRR
2 デモの仮定および前提条件
3 事業投資分析のフレームとデモ結果
4 投資分析に関するその他の知識および留意点
16 PPPとODA等
1 ODAにおけるPPPの意義
2 JICAによるPPP支援
3 JICAによる民間支援
4 ECASによる民間支援
5 国際機関によるPPP支援:ADBの例
あとがき
添付資料1 ASEAN Principles on PPP Framework
添付資料2 モデル事業契約
添付資料3 インフラ事業の詳細リスク一覧(例)
参考文献
索引
本書における用語について
本書においては,官民連携(Public-Private Partnership, PPP)を中心とした海外インフラ事業について解説するが,特に以下の用語については,意識的に使い分けているので、読者におかれてはその点に留意されたい。
■公共機関、公共契約機関等
政府組織,地方政府,独立行政法人などの公的機関については、一般的な文脈で用いる場合には、「公共機関(Public OrganizationまたはPublic Agency)」の用語を用いる。また、PPP事業の公共側の当事者,すなわち発注者としてPPP事業契約を締結する公共機関については,「公共契約機関(Government Contracting Agency)」の用語を用いる。なお,世界的にみると,ソブリン・レベルでの「中央政府(Central Government)」に準ずる組織として、州政府,県政府,市政府などがある。これらのサブソブリン・レベルでの組織の名称や機能はさまざまであるが,本書では支障のない限り,それらについて「地方政府(Local/Municipal Government)」の用語を用いる。
■民間事業者、プロジェクトカンパニー,スポンサー等
インフラ事業に投資やその他の形で参画する民間企業を一般的に称する場合は、「民間事業者(Private Enterprise)」の用語を用いる。また,特にPPP事業を実施する事業主体については,「プロジェクトカンパニー(Project Company)」の用語を用いる。なお,SPC (Special Purpose Company)やSPV (Special Purpose Vehicle)は、特別目的事業体としてのプロジェクトカンパニーの性格を示すものであり、厳密にいうと「プロジェクトカンパニー」と同じ意味で用いるのは適切ではない。
また,一般的にインフラ事業に対して投資を行うことを生業とする民間企業のことを「投資家(Investor)」としている。また、特にプロジェクトカンパニーへの出資企業ということを意識した場合は、「スポンサー(Sponsor)」の用語を用いている⑹。
⑹ 国(例えばモロッコ)によっては、安定期かつ継続的な事業運営を確保することを目的として、国や公的機関による出資を義務付けているものある。この場合の出資は、明らかに収益獲得を目的としたものではない。現実にはこのような例外はあるものの、本書では、「PPP事業のプロジェクトカンパニーへの出資者=スポンサー=投資家」というシンブルな解釈および認識に基づいて、各種の解説を行う。
■金融機関,レンダー 等
インフラ事業に対するローン等のデットの供与者については,本書では広く「金融機関(Financial Institution)」の用語を用いる。また,PPP事業を実施するプロジェクトカンパニーへの融資者を強調する場合には、レンダー(Lender)の表現を用いる。特に,本書でレンダーといった場合は,基本的に市中銀行を想定している。むろん、現実には事業資金の供与者としては、市中銀行以外の金融機関(例えばリース会社や公的金融機関)や,年金基金や保険会社といった機関投資家 (Institutional Investor) が存在するが,本書では差支えのない限り,それらをまとめて「金融機関」と称する。
略語解説
資源・インフラPPP/プロジェクトファイナンスの基礎理論
インフラの理論がわかる!
本書は、PPPの中でもプロジェクトの基礎理論とプロジェクトファイナンスの基礎理論を解説した本です。基本的な内容だけでなく、プロジェクトやプロジェクトファイナンスで気になるポイントの背景やそれぞれで押さえておきたい特徴など比較的具体的なテーマを詳細に深掘りしています。
推薦のことば
国内外での投資事業およびその資金調達に携わる方々、大規模な事業のビ ジネスに関心をもっている学生や研究者に、本書を読むことをぜひ薦めたい。
プロジェクトファイナンスは、わかりづらい代物である。人によってプロ ジェクトファイナンスについての評価・見方が異なるからである。実際のと ころ、ディールの現場でもさまざまな意見が語られ、まことしやかに伝承される。
たとえば、1プロジェクトファイナンスは、若い担当者だけが取り組むに 値する単なる金融実務にすぎない。2膨大な契約書類は、弁護士を儲けさせ るだけのもので、時間とコストの無駄。3資金力のあるスポンサーならプロ ジェクトファイナンスを利用する必要はない。4経験のある優良スポンサーがいれば、貸付リスクなどないも同然であり、契約書も紙1枚で十分。
5イ ンフラ事業などでは、対象事業の契約ストラクチャーさえしっかりしていれ ばよく、初体験のスポンサーでもプロジェクトファイナンスで貸すことがで きる。6貸し手によるステップインはしょせん空想にすぎず、これを可能と する仕組み・契約は無駄至極である。7そこに費やされる膨大なエネルギー のすべては不要な回り道であり、すべてのプロセスは貸し手側の自己満足に すぎない。8プロジェクトファイナンスは、債権保全がしっかりしていて、 事業の経済性やカントリーリスクが変化しても安心安全だ。9それは突き詰 めるところ倒産隔離が目的である。10わが国のプロジェクトファイナンスも 外国のものも内容は基本的に同じである。
こうした意見・見方のなかには、単純な誤りもある。一方で、必ずしも間違いではないが、見方があまりに一面的すぎるものもある。したがって、初 心者の多くは、プロジェクトファイナンスに接した初期の段階からった見 力を周囲から植えつけられることがある。
プロジェクトファイナンスは、金融の一手法であるが標準化ができていない面もあって、厳格な金融規律や理想的な契約構造が、現場における実務的 要求やバランスのとれた総合的判断と、頻繁に交錯・衝突する実務作業であ る。言い換えれば、理念・理屈が正しく貫かれるべき事項もあれば、実質的 なビジネス判断が大きく優先することもある。
何が守られるべき金科玉条の ルールで、何が柔軟に判断されるべきなのかは、時に判然としない。したがっ て、スポンサーであれ、レンダーであれ、契約交渉をリードするためには相 当の経験、バランスのとれたリスク評価と総合的な判断力が求められる。一 定程度のディール経験を重ねていくと、複数の案件を貫いているこの世界の 真髄が少しずつみえてくるようになる。
しかしながら、回数を重ねて案件を担当していれば、プロジェクトファイ ナンスの基本的な原理原則が、必ずしも簡単に、ごく自然に身についていく わけではない。実務経験、プロジェクトの資金調達交渉体験を重ねるなかで、 本当にこの分野をよく理解している専門家に、原理原則に立ち返った講釈や 確認をしてもらうことを通じて、はじめて「そういうことか」と理解できるようになってくる。
ところが、実際にはディールの現場は、火事場のように 混乱していて、原理原則を確認する暇を与えられることなどなく、若い担当 者はリーダーの指示をいわれたままにこなすしかない。そして、1つの ディールを終えれば別の新しい案件のインフォメモを作成する(あるいは読 む)ことに奔走している。特に優秀な先輩たちはお客さんから引っ張りだこで、なかなか時間をゆっくりとって後輩たちに極意を教えてくれるわけではない。
いまから約15年前、本著者の樋口氏、松井毅氏(現・大阪ガス株式会社執行 役員)と私の3人は、一時期同じ国際協力銀行のプロジェクトファイナンス の現場でディールに取り組み、案件を離れた場でも、プロジェクトファイナ ンスの本来のあり方論についての議論を重ねた。樋口氏は、チームの解散後 も国内のPFIにかかわり、その問題意識を継続してきた。私はある時、樋口氏と共著で本書と同様の企画を試みたが、日々の些事にまみれ、逆に乗り気 になった樋口氏の期待に応えられず挫折してしまったが、辛抱強い樋口氏は本書を単著で完成した。
日本国内の PFI の適切な発展、本邦企業のいっそうの海外事業展開、そし てわが国金融のさらなる発展を祈念して、若い読者が案件に取り組みながら 本書を熟読することを強く期待している。
2014年4月
国際協力銀行 執行役員・企画管理部門長
京都大学経営管理大学院 客員教授
福井県立大学客員教授
安間匡明
目次
第Ⅰ編 序論
1 本書の目的
(1) ホスト国・オフテイカーからの観点
(2) 民間事業者からの観点
(3) シニア・レンダーからの観点
2 関係当事者
(1) ホスト国・オフテイカー
(2) スポンサー(株主)
(3) プロジェクト会社
(4) O&M オペレーター
(5) EPC コントラクター
(6) シニア・レンダー
(7) 独立コンサルタント(エンジニア)
3 契約関係
(1) プロジェクト関連契約
(ⅰ) 事業契約(オフテイク契約)
(ⅱ) O&M 契約
(ⅲ) EPC契約
(ⅳ) スポンサー劣後貸付契約
(ⅴ) プロジェクト・マネージメント・サービス契約
(2) 融資関連契約
(ⅰ) 優先貸付契約
(ⅱ) スポンサー・サポート契約
(ⅲ) 担保関連契約
(ⅳ) 直接協定
(ⅴ) コンサルタント契約
4 2つのケース
(1) プロジェクト会社がマーケット・リスクをとるケース(ケース1)
(2) プロジェクト会社がマーケット・リスクをとらないケース (ケース2)
第Ⅱ編 資源・インフラ PPP プロジェクトの基礎理論
1 資源・インフラ PPPプロジェクトの内容
(1) BOT 形式のプロジェクト
(2) BLT 形式のプロジェクトとの相違
(3) BOTとPFI および PPPとの関係
(4) PFI と PPPとの関係
(5) 施設の設計・建設を含まない単なる物・サービスの提供の PPP
(6) DBOプロジェクト
(7) ハコ物 PFI
2 資源・インフラ PPPプロジェクトが用いられる理由
(1) 資源・インフラ PPP プロジェクトにおける「富」の源泉
(2) ホスト国・オフテイカーにとってのメリットを計る指標
(ⅰ) バリュー・フォー・マネー
(ⅱ) アディショナリティ
(ⅲ) 財政にかわる景気刺激および公共のバランスシートにおける オフバランス
(ⅳ) 「国・地方公共団体にお金がないことから民間のお金を使う」は本質的に誤り
(3) スポンサーにとってのメリットを計る指標
3 資源・インフラ PPP プロジェクトの本質
(1) 資源・インフラ PPP プロジェクトで SPC が用いられる理由
(ⅰ) 複数のスポンサーの存在が理由か
(ⅱ) プロジェクトファイナンスが理由か
(ⅲ) スポンサーからの倒産隔離が理由か
(ⅳ) 資源・インフラ PPP プロジェクトに対するモニタリングが理由か
(2) 資源・インフラ PPPプロジェクトで SPC であるプロジェクト 会社が用いられる真の理由 資源・インフラ PPP プロジェクトに おける民間事業者の「投資」
(ⅰ) スポンサーによる金員の拠出
(ⅱ) スポンサーへの利益のための事業が行われること
(ⅲ) スポンサーにより拠出された金員の資金使途—事業は運営 が対象
(ⅳ) 「投資」における有限責任
(ⅴ) ホスト国・オフテイカーがスポンサーやプロジェクト会社からの各業務の受託者と基本契約を締結することの妥当性
(ⅵ)事業契約におけるリスクが民間事業者に移転することの意味
4 資源・インフラ PPPプロジェクトの特徴
(1) 資源・インフラ PPPプロジェクトは、運営が主体であること
(2) オーナーオペレーターの原則・
(3) スポンサーと EPC コントラクターとの利益相反
(4) 事業の単一性の原則およびプロジェクト会社は特別目的会社で あること
(ⅰ) 事業の単一性の原則
(ⅱ) プロジェクト会社は特別目的会社であること
(5) バック・トゥ・バックの規定およびリスクのパススルーなら びにプロジェクト会社のペーパー・カンパニー化
(ⅰ) バック・トゥ・バックの規定およびリスクのパス・スルー
(ⅱ) プロジェクト会社のペーパー・カンパニー化
(6) シングル・ポイント・レスポンシビリティの原則
(ⅰ) O&M 業務におけるシングル・ポイント・レスポンシビリティの原則
(ⅱ) EPC 業務におけるシングル・ポイント・レスポンシビリティの原則
(ⅲ) O&M 業務と EPC業務においてシングル・ポイント・レスポンシビリティの原則が求められる根拠の相違
(ⅳ) シングル・ポイント・レスポンシビリティの原則が求められるその他の業務
(7) スポンサー兼O&M オペレーターが資源・インフラ PPP プロジェクトの主役
(ⅰ) スポンサー O&M オペレーターによる資源・インフラ PPP プロジェクト全体の統括
(ⅱ) スポンサー兼 O&M オペレーターの事業遂行能力の重要性
(ⅲ)プルーブン・テクノロジーの原則
(ⅳ) 資源・インフラ PPPプロジェクトの格付
(ⅴ) 資源・インフラ PPP プロジェクトの事業期間
(ⅵ) ホスト国・オフテイカーが資源・インフラ PPP プロジェクトの入札段階で審査すべき項目
(8) 設計・建設期間および運営期間
(ⅰ) 設計・建設期間
(ⅱ) 運営期間
(ⅲ) 時系列の観点からのキャッシュフロー
(9) 2種類の資源・インフラ PPPプロジェクト
(ⅰ) マーケット・リスク・テイク型
(ⅱ) 利用可能状態に対する支払型
(ⅲ) テイク・オア・ペイ
(ⅳ) テイク・オア・ペイとアベイラビリティ・フィーとの相違点
(10) 事業期間における事業の固定化
(11) プロジェクト会社はお金のない会社
(12) 資源・インフラ PPP プロジェクトの困難性およびサスティナビリティ
5 主要なプロジェクト関連契約の特徴
(1) 事業契約(オフテイク契約)の特徴
(ⅰ) リスク分担
(ⅱ) 事業契約上の対価
(ⅲ)利用可能状態に対する支払型におけるプロジェクト会社のリ スクの負い方
(ⅳ)プロジェクト終了時にプロジェクトに係る施設をホスト国・ オフテイカーに譲渡する理由
(2) O&M契約の特徴
(3) EPC契約の特徴
(ⅰ) EPC業務の対価
(ⅱ) 性能未達に係る損害賠償の予約
第II編 プロジェクトファイナンスの基礎理論
1 プロジェクトファイナンスの内容
(1) プロジェクトファイナンスの定義
(2) ファイナンスリースを利用した航空機ファイナンスとの相違
(3) 証券化との相違
(4) 事業と資産との相違
2 プロジェクトファイナンスが用いられる理由
(1) プロジェクトファイナンスにおける「富」の源泉
(2) スポンサーにとってのプロジェクトファイナンスのメリット
(ⅰ)プロジェクトファイナンスによるスポンサーの Equity-IRR の向上
(ⅱ) スポンサーの貸付債務に関する法的責任の限定および貸借対照表からの貸付債務のオフバランス
(3) シニア・レンダーにとってのプロジェクトファイナンスのメリット
(4) スポンサーにとってのプロジェクトファイナンスの限界・デメリット
(ⅰ) プロジェクトファイナンスを受けることができるプロジェクトの限定
(ⅱ) プロジェクトファイナンスを受けることができるスポンサーの限定
(ⅲ) 用いることができる技術の限界
(iv) プロジェクトファイナンスに係る費用および時間
(v) シニア・レンダーによるプロジェクト会社の事業遂行に対す るコントロール
(5) シニア・レンダーにとってのプロジェクトファイナンスの限界
(6) ホスト国・オフテイカーにとってのプロジェクトファイナンス のメリットおよび限界
(ⅰ) VFM の向上
(ⅱ) 資源・インフラ PPPプロジェクトの選別機能
(ⅲ) スポンサーの選別機能
(iv) 資源・インフラ PPP プロジェクトのモニタリング機能
(v) プロジェクト立直し機能
3 プロジェクトファイナンスの本質
(1) スポンサーの事業遂行能力に依拠しているファイナンス
(2) 長期の事業金融
(3) シニア・レンダーによるプロジェクトの審査
(ⅰ) スポンサーの事業遂行能力および信用力ならびに用いられる 技術
(ⅱ)プロジェクトの経済性(収益性)
(ⅲ) 対象となる資源・インフラ PPP プロジェクトに含まれるさ まざまなリスク
(iv) 対象となる資源・インフラ PPP プロジェクトのサスティナ ビリティ
(4) シニア・レンダーによるモニタリング
4 プロジェクトファイナンスの特徴
(1) デット・エクイティ・レシオ
(ⅰ) デット・エクイティ・レシオの意味
(ⅱ)デット・エクイティ・レシオが求められる期間
(ⅲ) エクイティ・ラスト
(iv) 運営期間におけるデットエクイティ・レシオ維持には合理性はない
(2) ウォーターフォール規定
(ⅰ) ウォーターフォール規定の内容
(ⅱ) ①公租公課等、O&M 業務委託料および②プロジェクトファイナンスのシニア・ローンの元利金の支払の順位
(ⅲ) ②プロジェクトファイナンスのシニア・ローンの元利金および③株式・劣後ローンに係る配当等の支払の順位
(iv) ウォーターフォール規定における支払順序は、一定期間ごと に適用されること
(v) 配当等の要件
(vi)配当等支払準備口座および配当等支払口座が別々に開設され る理由
(3) キャッシュフロー・ストラクチャー
(ⅰ) スポンサー(株主)による劣後ローンの供与
(ⅱ) スポンサーへの金員の支払の名目は重要でない
(ⅲ) DSCR、LLCRおよびPLCR
5 主要な融資関連契約の特徴
(1) 財務的完工および完工保証
(ⅰ) 財務的完工の内容
(ⅱ) 財務的完工が規定される目的
(ⅲ) 完工保証
(2) スポンサー・サポート
(3) セキュリティ・パッケージ
(4) プロジェクトファイナンスにおける担保権
(ⅰ) プロジェクトファイナンスにおいて担保権が設定される理由 消極的(防御的)理由
(ⅱ) プロジェクトファイナンスにおいて担保権が設定される理由 積極的理由
(ⅲ) ①旧スポンサーが有する株式および劣後ローン債権の新スポンサーに対する譲渡、ならびに②旧プロジェクト会社のすべての資産の新スポンサーが有する新プロジェクト会社に対する譲渡のメリット・デメリット
(iv) 担保権設定の時期
(v) 担保権の実行に求められる手続
(vi)プロジェクト関連契約のうえへの担保権の設定
(vii)事業契約のうえへの担保権の設定
(5) 直接協定およびステップ・インの権利
(ⅰ) プロジェクト関連契約(上のプロジェクト会社の権利)のうえに設定された担保権に関する対抗要件の具備
(ⅱ) ステップ・インの権利
(ⅲ) プロジェクト関連契約に係るプロジェクト関係当事者のプロジェクト関連契約上の義務を遵守するシニア・レンダーに対する義務
あとがき 志の高い若き諸君のために
事項索引
インフラ投資 PPP/PFI/コンセッションの制度と契約・実務
PFIがよくわかる
本書は、インフラ投資の概要とPPPを含むインフラ投資を取り巻く環境について解説した本です。基本的な内容や具体的な事例の紹介の他にも、セクター別でのコンセッション事業の動向やインフラ投資の契約と実務などが記載されています。インフラ投資の制度の背景や全体的な潮流をまとめています。
はじめに
わが国におけるインフラビジネスが花開きつつある。空港コンセッションを中心とするPPP/PFIの分野での新しい取組みが、関係者の長年にわたる努力を経てようやく実を結びつつある。再生可能エネルギー分野を中心とする国内プロジェクト投融資市場が大きな発展を遂げたことも、周知のとおりである。
しかし、課題は少なくない。世上言われる幾つかの例を挙げると、コンセッションに関しては一部インフラ資産を除き期待されたほどには案件が出てこない、官民連携にかけるモーメンタムが公共サイドでどの程度働いているのか見えにくい、制度面での環境整備は相当進んだが改善の余地もまだ残されている、案件組成・契約実務に不透明な部分が残っており海外を含む幅広い投資家・金融機関の参加を確保するための水準に未だ達していない、セカンダリー投資市場が未整備なため資金循環のメカニズムが形成されていない等々。
とはいえ、ポジティブな材料も数多く見出される。空港以外のインフラ資産のコンセッションは、産みの苦しみの時期にあるともいえるが、幾つかの案件が既に組成途上にあり、関連する法制・ガイドライン等の整備も進められている。契約実務上の論点も、案件数を漸次積み重ねる中で、関係者の創意と工夫を通じて自ずと適切な市場標準が形成されることが期待される。何よりも、根本的な事情として、老朽化した社会資本の維持・整備のために民間の資本および経営力を活用するニーズは間違いなく存する。民間の力の活用は地域住民の利益と背馳するものではなく、むしろこれを増進する可能性に満ちている。問題は、この途をどのようにして突き詰めていくかである。
本書は、わが国最大手の法律事務所である森・濱田松本法律事務所に所属する弁護士と、インフラ投資に関わる最先端の情報を発信し続ける株式会社三井住友トラスト基礎研究所の主席研究員が、変化・発展が著しいインフラ市場の「実務に携わる過程で培った現在の実務や今後のあるべき方向性に関する旺盛な問題意識をぶつけることにより出来上がったものである。
本書の特徴は以下のとおりである。
第一に、コンセッションに関する実務の説明・検討に重点を置いた。コンセッションは、従来型のPFIとは取引内容や契約実務が全く異なる。運営権者はインフラ施設の維持・運営に係る事業に従事することになるが、その実態は、民間から見た場合、官民連携という土俵上での(期限付きの) M&A案件ないしプロジェクト投資である。このような取引の特色から派生する様々な問題に光を当て、あるべき実務上の対応を考える際のヒントを可能な限り示すように努めた。
その際、空港のように既に実績がある程度積み上がった分野はもちろん、上下水道、スタジアムその他文教施設のように、今後の案件形成が期待される分野にも相当程度紙幅を割き、今後の新たなビジネスの展開に備えるための材料を提示した。
第二に、プロジェクトファイナンスや運営権者SPCへのエクイティ出資等を通じた、PPP/PFI事業のための資金調達に関わる問題の解説に力を注いだ。その延長線上にある、SPC株式・持分の流動化やインフラファンドの組成に伴う論点にも踏み込んだ。金融・資本市場との結び付き、資金循環のメカニズムへの理解なくして、今日のPPP/PFIを語ることはできないからである。
第三に、民間事業者や投資家・金融機関の目線からの記述が中心となっている。海外を含む幅広い投資家・金融機関の参加を確保するために、何に留意する必要があるか、どこに改善の余地があるかという問題意識が基礎にある。他方で、公共の担当者から見た場合でも、事業スキームや契約内容の策定に際して有用な視点の提供になり得ているのではないか、と考えている。
インフラ投資の実務は変化が激しい。特に個別事例やガイドライン等に関する情報は、それほど間を置かずして、本書で述べた内容が最新のものでなくなる可能性もある。その点はご容赦頂きたい。しかし、本書に通底するインフラ 投資に関する基本的な発想は、時代を越えて妥当するものと信じている。
最後に、本書の趣旨に賛同して下さり、執筆・出版作業にお付き合い頂いた日経BPの日経 xTECH副編集長の瀬川滋氏と、執筆作業に関わった株式会社 三井住友トラスト基礎研究所の方々、森・濱田松本法律事務所の同僚弁護士、秘書・スタッフに、この場を借りて厚く御礼申し上げたい。
2019年9月
編著者を代表して 森・濱田松本法律事務所
弁護士佐藤 正謙
推薦の辞
PFI 3.0:次の20年への羅針盤
−PFI法20周年におけるインフラ投資の詳細解説と展望−
PFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)は1999年7月に制定された。本書はそれからちょうど20周年の節目に刊行される。PPP/PFI/コンセッションに関する現状における制度と契約および実務に関する分かりやすい解説とともに、これまでの20年を振り返り、そして、これからの20年を展望する時宜を得た意欲あふれる著作である。執筆陣はインフラ市場の最前線で活躍中の精鋭ぞろいである。本書は全編を通してその豊かな経験とそこから得られた知見に裏付けされている。
わが国は高齢化の世界トップランナーであるとともに、都市自体もインフラ老朽化などのハードだけでなく、時代変化に取り残された諸制度などのソフトのエイジングも進行している。このように人も都市もエイジングしていく中で、短期的判断でのアンチエイジングではなく、長期的視野に立ち都市が賢く成熟化するスマートエイジングを目指すべきだと私は提唱してきている。本書では 都市のスマートエイジングに欠かせないインフラ制度改革が語られている。
本書の題目である「インフラ投資」は、民間鉄道事業などを除き少し前までは公共投資がほとんどであった。インフラがもたらすサービスは公共財としての特性や利用者以外にもたらす外部経済効果が大きいことから、基本的には国や地方公共団体自らが社会的厚生を高めるために公債や税財源に基づき投資をする構図であった。本書の「インフラ投資」もその事業の必要性に関してはインフラ整備がもたらす社会的便益が目的であることに変わりはない。しかし、従米は公共が独占的に担ってきたその調達市場に民間が参入することにより、広い意味でのバリューフォーマネーが高まるとの判断にもとづいて、様々な事業力式が世界的に展開し、わが国においても多くの努力のもとに導入されてきた。
しかし、本来公共事業を対象としていたことから、いまだに従来型の名残と新しい市場への対応の遅れなどの制度上の課題がある。
本書においてはまずはコンセッションを中心に現状の制度における実務上の対応について分かりやすく解説している。インフラの基本的考え方から事業方式はもちろん契約制度さらには金融・資本市場に関わる内容も、専門でない読者にも理解が容易なように丁寧に説明がなされている。その内容は基本的には民間事業者や投資家・金融機関の視点からの解説ではあるが、公共側にとっても事業形成に際して重要な情報を与えるものである。それだけでも十分に価値が高いが、本書はそれにとどまらず、先に記した現状制度における課題を論旨明快に明らかにし、さらにその解決の方向性に関しても極めて合理的な提案をしているところに類書にない特色がある。
また、本書ではPFI法制定後初期のハコモノPFIが中心の状況をPFI 1.0、コンセッション方式導入後をPFI 2.0、そして、これからの方向性を国際的な標準を視野にPFI 3.0と定義している。PFI 3.0では、インフラ投資のセカンダリー市場の確立と、事業運営における民間ノウハウのより積極的な活用方式の導入が掲げられ、本書ではその課題と展望を明示している。
本書が広くPPP/PF1関係者に読まれることにより、直近の事業形成への貢献はもとより、次の20年につながるPFI 3.0への羅針盤となることを期待するものである。
2019年9月
東北大学名誉教授、東京都市大学名誉教授
パシフィックコンサルタンツ株式会社技術顧問
宮本 和明
目次
はじめに
推薦の辞
略語の凡例
第1章 いざインフラ投資の世界へ
|1|インフラ投資とは何か
1 インフラの種類とリスクプロファイル
2 「PPP」「PFI」「コンセッション」の包含関係
|2|インフラ投資は年金基金や保険会社に最適
1 公共を悩ませるインフラの老朽化
2 運用難に苦しむ投資家
3 年金基金や保険会社こそ資金の出し手に
4 インフラはリアルアセットの1つ
|3|インフラ投資市場の規模感
1 世界のインフラ投資市場規模は60兆円強
2 利用料収入を伴う国内インフラストックは185兆円
3 現在の市場規模は1.2兆~1.7兆円か
|4|インフラ投資のリスク・リターン特性
1 直接投資や間接投資など3つの形態
2 分散効果が期待できる非上場インフラ
3 インフラは個別性が強いアセット
COLUMN ファンドが主導する世界のインフラ投資市場
第2章 PFIの変遷とコンセッションの潮流
|1|ガラパゴス化していた日本のPFI
1 民間の力を生かしきれない従来型ハコモノPFI
2 変化が求められる地方公共団体の役割
3 SPC株式の流動化も課題に
4 SPCの所有と運営の分離
5 コンセッションで高まる流動化の期待
6 所有と運営の分離への理解を
|2|「PF1 1.0」から「PFI 2.0」へ
1 ハコモノの建設が主導した第1世代
2 コンセッション方式が登場した第2世代
3 空港事業の民営化が議論をリード
4 アクションプランで数値目標を掲げる
第3章 PFIとコンセッションの法制度
|1| PFIとコンセッションに関する日本の法制度
1 PFI法
行政財産の貸付けに関する例外措置
公共施設等運営権
PFI推進機構の役割
2 PFI基本方針
3 各種ガイドライン
PFI事業実施プロセスに関するガイドライン
PFI事業におけるリスク分担等に関するガイドライン
VFM(Value For Money)に関するガイドライン
契約に関するガイドライン
モニタリングに関するガイドライン
公共施設等運営権及び公共施設等運営事業に関するガイドライン
|2|欧州における制度の変遷
1 英国:世論の批判を取り入れた制度改正など
PFIの導入
PF2への改革
PFI/PF2OŠE IL
英国のPPP/PFIの特色
PFI/PF2廃止宣言が日本に与える示唆
2 フランス:2つの類型に整理・統合
コンセッション契約
パートナーシップ契約
フランスのPPP/PFIの特色
第4章 セクター別コンセッション事業の動向と論点
|1|空港
1 日本の空港事業を巡る動き
空港事業の現状
空港事業の課題
民活空港運営法の制定
2 空港コンセッションの基本的な仕組み
民活空港運営法の内容
運営法と基本方針に基づくコンセッション
3 優先交渉権者の選定手順と方法
基本的な考え方
第1次審査
競争的対話
第2次審査
4 空港コンセッションの実務上の論点
設備投資の取り扱いなど
ターミナルビルの取得方法
リスク分担
議決権株式譲渡に関する事前承認
その他の論点
5 小括
|2|道路
1 日本の道路事業を巡る動き
道路事業の現状
道路事業の課題
2 道路事業における官民連携
道路事業の法的な位置づけ
特区方式によるコンセッション
コンセッション方式以外の官民連携手法
3 愛知道路コンセッション
概要
事業範用
運営権対価
愛知道路コンセッションの実務上の論点
リスク分担
4 海外の道路事業民営化
収入源やリスクに応じて3つの種類
5小括
|3|水道
1 日本の水道事業を巡る動き
水道事業の現状
水道事業の課題
2 課題解決に向けた方策
民間事業者の裁量拡大と効率化
第三者委託、包括委託、官民共同出資事業化
コンセッション方式
3 水道法と水道事業のコンセッション
水道法における水道事業認可制度
水道法の2018年改正
4 水道コンセッションの実務上の論点
事業範囲
利用料金の改定
利用料金の徴収方法
災害などの不可抗力
モニタリング
5小括
|4|下水道
1 日本の下水道事業を巡る動き
下水道事業の現状
下水道事業の課題
2 下水道事業における官民連携
3 下水道コンセッションの基本的な仕組み
下水道法との関係
事業スキーム
運営権者の業務範囲
下水道利用料金と下水道使用料の設定
利用料金などの徴収・収受方法
利用料金などの滞納者への対処方策
管理者から運営権者への補助金などの交付
モニタリング
リスク分担
4 小括
|5|文教施設
1 日本の文教施設を巡る動き
文教施設の現状と課題
導入実績が多い指定管理者制度
コンセッション導入の期待と動向
2 文教施設コンセッションの実務上の論点
「公の施設」と特定の第三者による利用
文教施設の設置目的との関係
施設の特徴とコンセッション導入目的との関係
多様なステークホルダーとの関係
専門的人材の確保
3 施設の種類ごとに見た実務上の論点
スタジアム・体育館など
博物館・美術館など
劇場・音楽堂など
4 小括
COLUMN インフラ運営を通じて地域活性化に一役
第5章 インフラ投資の契約と実務
|1|事業実施プロセスと事業者選定手続き
1 官民による事業の構想と検討
構想・検討段階における官民対話
PFI法における民間提案制度
2 事業化に向けた検討
実施方針の策定・公表
特定事業の選定
債務負担行為の設定
公募条件検討段階における官民対話
3 民間事業者の募集と評価・選定
事業者選定の方法
入札説明書や募集要項の公表
資格審査
競争的対話
提案書類の作成
提出に向けた検討
審査
4 事業者選定後の手続き
選定結果の公表
契約の締結
運営権の設定
|2| PPP/PFIの事業スキーム
1 サービス購入型
2 独立採算型
3 混合型
4 最低収入保証とレベニュー・シェアリング
5 所有権の移転に着目した分類
BTO
BOT
BOO
6 建設・運営を統合したコンセッションの可能性
7 バンドリングで事業規模を拡大
8 民間資金を伴わない官民連携
民間委託
指定管理者制度
DBO
|3|官民のリスク分担
1 不可抗力リスク
義務の免責
経済的損失の填補
保険で対応できない場合のリスク分担
事業の終了
2 法令変更リスク
法令の内容に応じたリスク分担
3 提供情報リスクと既存施設の瑕疵リスク
情報の正確性と完全性
既存施設の瑕疵リスク
4 リスク分担の具体的な方法としての補償措置
補償の内容と支払い方法
事業期間の延長による補償
損害輕減義務
|4|事業期間満了前の終了手続き
1 終了事由
公共側の事由による終了
事業者側の事由による終了
不可抗力による終了
2 終了に伴う補償
公共側の事由による終了に伴う補償
コンセッション方式におけるPFI法上の補償
事業者側の事由による終了に伴う補償
不可抗力による終了に伴う補償
3 事業の終了時における対象施設の取り扱い
|5|コンセッション方式の実務上の論点
1 既存施設の瑕疵リスクへの対応
情報開示・デューデリジェンス
瑕疵担保責任
2 更新投資による増加価値の取り扱い
3 運営権対価の支払い方法
4 エクイティ保有を通じた公共側の継続関与
5 インフラ投資市場の拡大に向けた取り組み
セカンダリー・マーケット醸成の意義
制度・運用上の課題とルールの整備
ファンドを通じたSPC株式への投資と取得ルール
6 コンセッション促進のための環境整備
第6章 「PFI 3.0」の官民連携モデル
|1|海外の先端プロジェクトに学ぶ
1 「三方よし」のアベイラビリティ・ペイメント
米国の道路事業で採用が増える
インターステート595号線改良事業…
マイアミ港トンネル事業
2 アセット・リサイクリング・イニシアティブ
3 シュタットベルケ型まちづくりモデル
浜松市のシュタットベルケ構想
総合ユーティリティ企業構想を掲げる大津市
浦添市はエネルギー事業で連携
4 公的不動産の活用に適したLABV
|2|JV型官民連携モデル
1 JV型の水道事業官民連携
2 JV型の地域新電力会社
|3|コンセッション方式以外の手法の追求
1 代表企業スイッチモデル
2 運営事業者選定先行型入札
第7章 PPP/PFIとインフラファイナンス
|1|プロジェクトファイナンス
1 プロジェクトファイナンスの意義
プロジェクトファイナンスが用いられる理由
融資者が果たす審査機能などに期待
2デットストラクチャー
調達資金の分担
優先貸付契約
3 担保パッケージ
株式担保の意義
劣後貸付債権や匿名組合出資持分に対する担保設定
地位譲渡予約
4 ステップイン
ステップインの方法
5 スポンサーサポート
スポンサーサポート契約の主な内容
6 直接協定
直接協定の主な内容
|2|インフラファンド
1 上場インフラファンドの法令規則
投信法関連法令
特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令
租税特別措置法関連法令
投信協会規則
2 インフラファンドの上場制度
インフラファンド市場の上場商品
インフラ資産とインフラ関連有価証券
オペレーター
内国インフラファンドの新規上場
適時開示
上場廃止
特例インフラファンド
3 投資対象
再生可能エネルギー発電設備
公共施設等運営権(コンセッション)
その他のインフラ資産
4 ストラクチャー構築上の論点
インフラファンドの法形態
間接投資形態の可能性
議決権過半保有禁止要件の制約
導管性要件の制約
5 私募インフラファンド
おわりに
キーワード索引
略語の凡例
本書では特に断りのない限り、以下の略語を用いる。
運輸・交通インフラと民力活用:PPP/PFIのファイナンスとガバナンス
実務家・政策担当者必携の1冊
本書は、PPP(Public Private Partnership)とPFI(Private Finance Initiative)を利用した政策と経済学的な観点についてまとめた本です。従来の経済学の課題をPPPやPFIの活用によってどのように改善できるのか、各国の交通インフラのスキームの事例を紹介しながら解説しています。
はじめに
1990年代初頭にイギリスで導入された PFI は、公共的目的と民間の事業活動を程良くバランスさせることに特長があった。周知のように、当時のイギリスは、80年代を通じて推進された公企業の民営化について、総仕上げか行 われる段階にあった。イギリスの民営化は、長く続いた保守党と労働党の攻権交代の結果として膨張した公的部門の再整理を主目的としていた。当初イギリス政府は、公共事業に民間資金を導入することに慎重であったが、事業リスクの移転とVFM (Value for Money)の達成を条件にそれを認め、誕生したのがPFI である。最初の PFI プロジェクトとなったクイーン・エリザベス爪橋(ダートフォード橋とも呼ばれる)は、既存トンネルの激しい混雑を緩和 し、当初予定を圧倒的に短縮する期間で資金回収が実現した。まさに、公共 の目的と民間的な事業能力の両立が成功した事例となった。
遡れば、1920年代に登場したイギリスの公企業は、民間企業の効率性と公的部門の公共性を融合することによって、公共目的の実現と社会的費用の最 小化をめざすものであった。その後公企業は、労働党政権のもとで拡大を続 け、一時は、電力、ガス、水道、鉄道などの公益事業だけでなく、炭鉱、自動車製造のような一般産業にまで及んだ。しかし、市場によるテストの圧力が小さく、また、経営に関する「ソフトな予算制約」のために、その結末は 「親方のユニオンジャック」と揶揄された非効率の塊の出現であった(少なくとも多くの経済学者の目にはそう映った)。1979年首相の座についたマーガレット・サッチャーは、民営化と市場原理の導入によって非効率を徹底的に排除するとともに、一般市民を株主とすることを促進して大衆の参加意識を高めた。それは、資本主義を復活、定着させるという政治的方針を明確にするものであった。
イギリスに生まれた PFI が、このようなある種イデオロギー的葛藤を背景としていたことは事実であろう。資本主義を「資本の論理を原点とする経済システム」と位置づければ、産業活動の市場化の延長として、公共事業への民間資金投入は、いわば当然の施策であった。注目すべきはそれが徹底していたことで、病院や学校等の建築物だけでなく、橋梁に始まり道路、鉄道な ど、大規模な交通インフラ整備が対象とされた。また、資本という観点からすれば、金融部門が先導して社会資本の整備、維持管理を担うビジネス・モ デルを構築したことは驚くにあたらない。
このように、発祥の地ではダイナミックに展開されたPFI であったが、わが国の PFI は必ずしも本家のような大胆な政策転換とはならなかった。イギリスに遅れること約10年、1999年の通常国会で「民間資金等の活用による公 共施設等の整備等の促進に関する法律」(いわゆるPFI法)が成立した。しかし、そのもとで実施されたわが国の PFI は、対象が庁舎や公務員宿舎、教育 施設等のいわゆる「ハコモノ整備」に終始した。ほとんどの事業の施設整備、維持管理の内容は建築物であり、社会インフラとしての道路、港湾、空港のような大規模施設は対象とならなかった。数少ない例外は、羽田空港の国際 線旅客、貨物それぞれのターミナル・ビルとエプロン整備に関するものだが、ターミナル・ビルの運営はまさに羽田空港の日本空港ビルデングやその他の三セク会社による運営実績があり、また、エプロン PFI は、技術的な問題は ともかく形としては、発注者側が大半のリスクを負う、いわゆる「サービス購入型」の域を出ていなかった。
事業手法については、法務省の矯正施設の事例や自治体が実施している病院のケースのように、民間事業者がある程度のリスクをとって運営を広く実施するような事例も見られるが、多くの場合はサービス購入型 PFI であり、整備事業費の延べ払い、闇起債的な手法とのりも聞かれるところであった。イギリスの PFI が資本主義と価格メカニズムの再構築を謳い、公共部門の守備範囲と事業手法の再定義を伴っていたのとは対照的である。このような意識もあってか、制度導入以来案件数、投資金額ともに順調に伸びていた PFI 事業も、2000年代末には新規案件の減少が顕著となり、ある意味では見直しの時期に入ったと理解できる。サービス購入型として公共が民間債務の負担を保証する方式は、財政の抜本的改善をもたらすものではなく、逆に割賦払いのツケによって後々の財政の硬直化、窮乏を招くものである。PFIの「公共の肩代わり」的な運用に限界があることが明らかになったのである。
このような中、2011年 PFI法改正によって、「公共施設等運営権事業」(いわゆるコンセッション方式)が導入された。コンセッション方式は、公共施設について、所有権を公共側に残したままその運営権を設定し、選定された事 業者が対価を支払って運営するものである。選定事業者は事業収益によって投資資金を回収する。つまり、公共の資産を民間事業者によって有効かつ効 率的に利活用することを通じて、公共サービスの提供を確保するとともに民 間事業者への投資機会を与えるものである。この種の事業スキームは、国に より若干の制度上の違いはあるが、主としてヨーロッパで広く活用されており、道路、空港など対価の徴収が可能な大規模交通インフラストラクチャーがその対象となっている。わが国でも空港施設が有力な候補として挙げられ、 本書執筆時点で、コンセッション第1号となる仙台空港の事案が進行している。
* * *
登場以来15年を経過し、変容しつつある日本の PFI事業をいかに成功に導くか。効率的かつ有効な仕組みをいかにして構築するか。言うまでもなく、本書を通じたわれわれの問題意識はここにある。日本の PFI は、最初の法律が議員立法であったことに見られるように、主として政治主導で実現した。その主目的は、公共と民間の関係に新しいフレームワークを持ち込むことにより行政全体の革新、変革をもたらすことのはずであった。しかし、歴代内 閣の意図は、この制度を使って公的資本形成を増加させ、経済の拡大、景気浮揚を促進することであったように思われる。国も地方自治体もそれに便乗 して、懸案になっていたさまざまな案件を実施に移した。公共がリスクを抱えたまま推進する事業は PFI 本来のものではなく、その顛末が上述のような 事業の停滞になったと考えられる。本書では、諸外国の事例や後半部分での数量分析を通じて、制度設計、方針策定に寄与する知見の提供に腐心したつもりである。
本書のもう1つの目的は、PFIについて経済理論からとりまとめを行うことにある。PFI の歴史もイギリスの最初の事例から25年を超えようとしている。経済研究者は当然それを1つの経済現象と捉えて分析を加えてきた。特にPFIは、公共部門という組織の中で行われてきた作用を市場に委ねるなど、組織と市場の新しい関係性を提示していること、また、事業の本質が公共部門と民間部門の契約のあり方に依存することなど、最近の経済分析に格好の 材料を提供しており、その結果、論文の集積もある程度の段階に達している。本書の前半部分では、それらの研究動向をとりまとめて紹介している。紙幅と作業の都合上、詳細かつ網羅的な分析は今後の研究に委ねるとして、本書 は、その性格上、理論と政策、考え方と実務の相互関係を重視して構成した。より多くの方に評価していただければ幸いである。
なお、本書における「PFI (Private Finance Initiative)」、「PPP (Public-Private Partnership)」という用語について付言しておく。イギリスその他の国におい て、当初 PFIとして事業が導入されたが、事業手法や事業範囲の多様化、拡 大とともに PPP が使われるようになった。わが国においてもPFI事業として出発し、コンセッション方式の導入等を契機としてPPP という名称が用いられるようになった(それ以前にも PPP が用いられなかったわけではない)。本書では、原則として PFI という用語を用い、著者の意図からより広い概念を扱う場合に PPP/PFIという表現を用いることとする。
* * *
本書は、平成24年度、一橋大学大学院商学研究科および同大学公共政策大 学院と一般財団法人運輸政策研究機構とで行われた共同研究「運輸・交通事 業におけるPFI・PPP の活用可能性について」の成果に基づくものである。同プロジェクトの立案、構成、実施に尽力された同財団ほか多くの関係者の 方々に御礼申し上げる。また同研究会および本書の出版については、日本財 団から多大な支援をいただいた。ここに記して感謝の意を表す次第である。
山内 弘隆
目次
はじめに
序章 交通社会資本と民間活力
1 経済社会の構造変化と交通社会資本
2 民間活力を用いた交通社会資本整備
3 新しい民間活力の必要性
4 交通 PFI の方向性
第I部 「PPP/PFIの経済学」入門
第1章 市場と組織の経済学——取引費用と範囲の経済
1 PFI事業の特徴と可能性
2 組織の経済学
3 組織の経済学からの PFI への示唆
4 おわりに
第2章 公共の経済学——契約の失敗と政府の失敗
1 はじめに
2 なぜPFIか
3 発想の転換
4 公共サービスの質的向上
5 なぜPFIは進まないのか?
6 2つの失敗
7 契約の失敗
8 モデルによる説明
9 政府の失敗
10 政府間関係
11 おわりに
Column 新しい公共と民間活用
第3章 情報の経済学——不完備契約と情報の非対称性
1 はじめに
2 PFIと再交渉の問題
3 不完備契約と建設と運営のバンドリング
4 おわりに
第II部 日本の現状と制度・政策課題
第4章 日本におけるPFI 制度の歴史と現状
1 はじめに
2 わが国におけるPFIの導入
3 2001年12月の PFI法改正 42005年8月のPFI法改正
5 競争的対話方式の導入、2007年 PFI推進委員会報告およびそのフォローアップなど
6 コンセッション方式の導入等——2011年6月の PFI法改正
7 PFI推進機構の設立——2013年6月の法改正
8 PPP/PFIの現状と課題
第5章 所有形態と資金調達コスト——PFI・財投・民営化
1 はじめに
2 所有形態と資金調達
3 PFI、財投、民営化の比較
4 交通事業とPFI
5 おわりに
第6章 ファイナンス・スキームの選択——民営化関連法とPFI法
1 はじめに
2 民営化関連法のスキーム
3 PFIのスキーム
4 分析と検討
5 おわりに
第7章 日本のPPP/PFI 制度活用の課題と方向性
1 現行 PF 制度の課題
2 原因は何か
3 今後の方向性
4 おわりに
第Ⅲ部 イギリスの代表事例と実施スキーム
第8章 イギリスのPPP/PFIの動向とその特徴
1 はじめに
2 イギリスにおけるPPP/PFIの導入と発展の経緯
3 PFI事業の検証
4 PPPに対する新たな取り組み
5 イギリスにおける教訓とわが国への示唆
◆イギリスにおける PPP/PFIの事例
事例1 ロンドン地下鉄
1 事業スキームの概要・導入背景
2 事業の状況
3 事業スキームの制度的特質、ガバナンスの特徴
事例2 M6 有料道路
1 事業スキームの概要・導入背景
2 事業の状況
3 事業スキームの制度的特質、ガバナンスの特徴
4 事業の社会的効果
事例3 ルートン空港
1 事業スキームの概要・導入背景
2 事業の状況
3 事業スキームの制度的特質、ガバナンスの特徴
4 事業の社会的効果
■諸事例から得られる政策的含意——考察に代えて
第8章補論 イギリスにおける最近の動向
1 はじめに
2 IUKと国家インフラ整備計画(National Infrastructure Plan)
3 欧州政府債務危機とPPP/PFI
第Ⅳ部 アジアの代表事例と実施スキーム
第9章 アジアの PPP/PFIの動向とその特徴
1 はじめに
2 アジアの運輸・交通インフラ市場
3 アジアの運輸・交通セクターにおけるインフラ PPP
4 運輸・交通セクターにおける PPP のビジネスモデルと日本企業にとっての事業機会
5 事例
◆アジアにおけるPPP/PFI の事例
事例4 ソウル地下鉄9号線
1 PPP導入背景
2 事業スキーム
3 事業の状況
事例5 マニラMRT3号線
1 PPP導入背景
2 事業スキーム
3 事業の状況
事例6 クアラルンプール STARなど
1 PPP導入背景
2 事業スキーム
3 事業の状況
事例7 デリー空港線
1 PPP導入背景
2 事業スキーム
3 事業の状況
第V部 PPP/PFIをめぐる国際研究動向
第10章 世界のPPP/PFI の実施状況
1 はじめに
2 低・中所得国の PPP/PFIの実施状況
3 ヨーロッパの PPP/PFI の実施状況
4 日本の PPP/PFI の実施状況
5 おわりに
第11章 PPP/PFI の成功要因・評価方法の研究動向
1 はじめに
2 PPP/PEI の実施に影響を与える要因に関する先行研究
3 PPP/PFI 成功の決定要因に関する先行研究
4 おわりに
第12章 PFI入札過程における VFM 変化要因分析
1 はじめに
2 入札理論のインプリケーション
3 データの整理
4 実証分析
5 おわりに
終章 運輸・交通インフラにおける民力活用の展望
1 施設整備から資産活用へ
2 コンセッション事業の展望
3 運輸・交通分野における官民連携のあり方
4 運輸・交通分野におけるPPP/PFIの可能性
索引
執筆者紹介
序章 交通社会資本と民間活力
1 経済社会の構造変化と交通社会資本
わが国経済社会の構造変化が言われて久しい。グローバル経済への対応、高度情報通信ネットワークの構築とその活用、人口減少と超高齢社会への準備。いずれもが今後21世紀の日本の進路に大きく影響するものであり、わずかとはいえ余力の残された現代の日本社会にとって喫緊の課題である。
経済社会の構造変化は、当然ながらそれを支える交通社会資本へのニーズ を変化させる。経済のグローバル化には、国内・国際の切れ目がなく、かつ適切な費用負担で利用可能な交通インフラストラクチャーが必要である。 ICT の進展は、貨客の移動の質的な変化をもたらすとともに、ICT により交通システム自体が高度化する可能性がある。さらに、少子高齢化の時代に は、バリアフリーを実現する移動摩擦を極力抑えたハードの構築や、都心回帰やコンパクトシティといった都市構造の変化への対応が要請される。
交通社会資本に対するこの種の新しい要求に応えるためになすべきことは、まず既存のインフラストラクチャーを可能な限り有効に利用し、時代の要請に見合った交通システムを構築することである。長期にわたって蓄積された 欧米先進国のそれと比較して、わが国の交通社会資本整備は立ち後れているとの指摘がなされてきた。しかしながら、8,000kmを超えた高速自動車国道ネットワーク、国土を縦貫しつつある新幹線、100を数えようとする空港の存在を考えるとき、大規模な交通インフラストラクチャーの整備は、「概成」の域に達したと判断できる。まず第1に必要なのは、それらをいかに活用するか、新しい経済社会からの要請にいかにそれを整合させるかである。
ただ、それでも今後、交通社会資本整備の必要が消滅するわけではない。大都市部の道路交通は深刻な渋滞問題から抜け出せず、首都圏では鉄道の混 雑状態が続いている。大都市圏の空港は都市自体のグローバルな競争という観点から必ずしも十分ではない。物流コストの低減と産業のグローバル展開を前提としたロジスティクスの確立こそ、わが国製造業の国際競争力回復に欠かすことはできない。地方では人口減少を前提としながらもサステイナブルな集約型都市の構築が求められ、新たな産業振興として観光を主体とする まちづくりが注目されている。そしてさらに重要なのは、上で「概成」と表現した社会資本ストック自体が今後、維持・更新の時期を迎え、本来の性能 を発揮するために多大なリソースが必要になることである。言うまでもなく、失業対策、景気浮揚目的の公共投資が許容されるわけではない。また、政治的「ばらまき」は論外である。しかし、まさに経済基盤としての交通社会資 本の重要性に変わりはなく、整備も含めそれを適切にマネイジする能力が問われているのである。
本格的な高齢社会の到来に向けて、特に公共用交通サービスについては、質的な面でのボトムアップが求められる。戦後、わが国の公共用交通の整備は、量的充実を旗印に行われてきた。それは、急速に拡大する経済を支えるためのものであり、肥大化する都市とその周辺部における移動需要の急増を 満たすものであった。このような時代的背景を考慮すれば、絶対的な輸送量を確保することは当然の施策であった。しかし、人口構成上高齢者の割合が高まれば、そこで求められるのはバリアフリーなど、利用者の立場に立った施設の再構築である。高齢者にとっての「優しい乗り物」の実現が今後の課題であり、そのために官民挙げての対応が必要とされているのである。
社会資本の新しいニーズに対して財政的余裕は限られている。あらためて 指摘するまでもなく、多額の財政赤字と公的負債は経済を圧迫し将来への不安を残している。財政を立て直し、それを再建することが国家的見地から喫緊の課題である。つまり、現在の日本においては、公的資金が絶対的に不足 していることを前提として、新しい社会資本整備や大規模維持・更新投資を行うという、相矛盾する諸問題の解決が求められているのである。
わが国において20世紀末に導入された PFI (Private Finance Initiative)は、このような困難な状況の打破を意図したものであったと理解することができる。 PFI は、1990年代初頭にイギリスで開発された社会資本整備の一手法であるが、本来柔軟な事業スキームの設計が可能であり、理論的には、求められる目標を実現するために最も効率的な仕組みを見出すことができる。さらに、 PFIによって新しいビジネス・モデルが提供され、それは公共サービスに関 する費用負担の新しい仕組みに結びつく。PFIをどう利用するか、交通に限らず現代の社会資本整備に投げかけられた課題であろう。
2 民間活力を用いた交通社会資本整備
(1) 運輸・交通における民間の役割
このように PFIに期待される役割は大きいと考えられるが、これまでのところ、わが国における交通社会資本整備において PFI が積極的に用いられてきたわけではない。地方自治体で、駐輪場、駐車場などの相対的に小規模な交通関係施設が PFI方式によって整備された事例は散見されるが、道路、港 湾、空港のような大規模インフラ整備における事例は稀である。唯一の事例は、東京国際(羽田)空港再拡張に伴う国際線整備地区の国際線旅客、貨物ターミナル事業、エプロン等整備事業である(2005年実施方針公表)。
このような状況は PFI発祥の地イギリスと対照的である。同国において PFI 第1号案件となったのは、クイーン・エリザベスII橋であった。同プロジェクトは混雑著しい旧来のトンネル事業と新架橋事業を一体化するなど、巧みな需要リスク回避策によって早期の投資回収を可能としたことで知られる。また、ドックランドの再開発における鉄道システムや地下鉄の更新事業なども PFI スキームが活用された。イギリスでは交通分野が PFIの主要な対象だったのである。
わが国の運輸・交通分野において、なぜ PFI がそれほど利用されてこなか ったのだろうか。これにはいくつかの理由が考えられる。最も重要なのは、若干逆説的だが、そもそもこの分野では公共部門だけでなく民間部門が大きな役割を果たしてきたことである。
たとえば、鉄道は、長い間日本国有鉄道という公社によって主要路線が運営されてきた。しかし、国鉄時代にも主要都市、地方には有力な私鉄が存在 した。さらに1987年の国鉄分割民営化によって、日本の鉄道すべてが「民鉄」に分類されるようになった。たしかに、JR 北海道、四国、九州の三島 会社と貨物は政府が株式を保有しており、大都市では地方公営業による地下鉄が存在する。地方第三セクター鉄道の中には公的部門の役割が大きいもの が存在する。しかし、もはや鉄道の太宗は民間資本によって運営されているのである。日本の鉄道事業は官営により出発したが、拡大し発展させたのは民間資本である。明治期の鉄道整備は当時急速に蓄積されつつあった民間資本にとって格好の投資先であった。国鉄は、明治期末に国策としてそれを国 有化して登場したものである。
鉄道だけでなく、公共部門の役割が大きいと思われる港湾や空港でも民間の役割は小さくない。港湾の場合には、自治体直営の埠頭公社に加えて、民 間資本による埠頭が数多く存在し、港湾地区を形成する上屋、蔵置地区の多くは民間資本によって整備されている。空港については、当初滑走路、誘導 路、エプロンなどの基本施設を公共(国、自治体)が整備し、旅客・貨物のターミナルについては純民間資本ないし第三セクターによって整備された。さらに、成田国際空港は公団方式をとったが、旧関西国際空港、中部国際 空港については国、自治体、民間出資の株式会社(特殊会社)によって整備された。特に中部国際空港については、国、自治体、民間の出資比率が4:1:5ときわめて民間色の強い事業スキームが採用された。この結果、同空港の整備事業費は当初計画7,680億円に対し実績5,950億円とじつに約22%の節約を果たすなど、これまでの大規模公共工事としては異例(空前絶後?)の成果を上げているか。
以上のように、鉄道、港湾、空港においては、従前から民間の役割が大きく、PFI のスキームが開発されたことで、それを何とか活用して事業を推進 しなければならないというインセンティブに乏しかったと理解される。その意味で、現段階においてなぜ PPP/PFI スキームを活用する必要があるのかという疑問は残る。この点については後に述べるが、さまざまな改正を経て PPP/PFI のスキームは新しい公共と民間の関係を規定しており、交通社会 資本を取り巻く環境、条件の変化への対応がこれによって可能になるという利点が指摘できる。
(2) 道路事業の特殊性
鉄道、港湾、空港と比べれば、道路整備については民間の役割はそれほど 大きいものではない。道路の歴史を振り返れば、英米でターンパイクと呼ばれる民間有料道路が存在したが、その後道路整備の主役は公共部門に移行した。わが国においても、芦ノ湖スカイライン、箱根ターンパイク、比叡山ドライブウェイ等の民間所有の「有料道路」が存在するが、そもそもこれらは道路法上の道路ではなく、道路運送法を根拠とする(道路運送法第2条第8項) 自動車専用道路であり(「自動車専用有料道路」と呼ばれる)、通常の意味での道路(高速自動車国道、一般国道、都道府県道、市町村道[道路法第3条])以外に位置づけられる。もちろん、道路運送法上の自動車専用道は道路ネットワークの中でごくわずかを占めるだけであり、その役割は大きいものではない。
道路運送法上の自動車専用道路の存在が例外的なことは、運輸・交通分野においてPFIが目立った存在になっていない2つ目の理由に関係する。「公物管理」の問題である。上で「通常の意味での道路」は高速自動車国道、一般国道、都道府県道、市町村道であると書いたが、名称から明らかなように道路は公的部門によって管理されることが法的に決められている。道路は不特定多数のものの利用を前提として、法的に、公的な物いわゆる「公物」と分類され、その管理者が特定されている。したがって、この法律が存在する限り単純に言えば民間部門が運営することを前提とする PFIには馴染まないことになる。
道路運営には、高速道路をはじめとする各種の有料道路が存在する。道路は道路法によって無料開放の原則が規定されているが、有料道路は、整備 促進のために無料開放原則に対する例外措置として導入されたもので、道路整備特別措置法によって導入されたものである”。原則が無料開放であるから、一定期間利用者から料金を徴収するが、料金収入の合計によって、建設費、維持管理費、運営費、その他の費用が「償還」されれば、当該道路は無 料開放されることになっている。これは「償還主義」と呼ばれ、高速道路を含む有料道路に独特のシステムである。
周知のように、高速道路公団の民営化については、2002年末から道路関係四公団推進委員会において議論が行われ、05年には日本道路公団、首都高速道路公団、阪神高速道路公団、本州四国連絡橋公団が9つの株式会社と1つの独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構に組織替えされた。ただ、株式はすべて国が保有したままの特殊会社であり、民間資金が経営に関与しているわけではない。また、民営化後も償還制度は維持されている。
民間会社による有料制は、必ずしも道路の整備と維持運営を PFI手法で行うための必要条件ではない。第8章で詳しく論じられるが、イギリスの道路 整備では、シャドー・トールと呼ばれる擬似的な有料制によって行われた事 例がある。これは道路の設計、建設、資金調達、運営を民間会社が行い、発 注者である公共部門が通行した車両台数に応じて会社側に支払いをするという仕組みである。この方式は原理的にはわが国でも一般道路について適用可能ではあるが、上記の管理者の特定という問題等もあり、わが国では実施されていないのが実態である。
1) ITS: Intelligent Transport Systemがその具体的事例である。
2) わが国の交通社会資本整備の考え方、沿革、政策については、竹内・根本・山内(2010)、第 1音第4節「交通社会資本の整備政策と費用負担」を参照されたい。
3) 2007年7月、株式会社に移行。
4) 中部国際空港は1990年代後半に事業が決定されたが、その事業方式について、当時導入が議論 されていたPRIL 方式を採用してはどうかという提案があった。しかし、PFI法の成立が遅れたこともあり、形態的には第三セクター的な事業方式となった。
5) 道路法第3章第1節「道路管理者」。
6) 道路法第25条は「有料の橋又は渡船施設」を規定しており、その反対解釈として、それ以外については無料で開放されるとされている。
7) 道路整備特別措置法第1条「この法律は、その通行又は利用について料金を徴収することができる道路の新設、改築、維持、修繕その他の管理を行う場合の特別の措置を定め、もつて道路の 整備を促進し、交通の利便を増進することを目的とする。」
8) ここで用いられる「償還」は全額が返済されることを意味しており、通常の用法と異なるが、 道路整備特別措置法第23条第1項で定められる料金基準の1つを満たすものとして、有料道路の 場合に用いられる。
9) 償還制の原理について詳しくは、山内・竹内(2002)を参照されたい。
10)この点は成田国際空港株式会社法により株式会社化された成田空港も同じである。
3 新しい民間活力の必要性
(1) 日本型 PFIの限界
PFIは、比較的柔軟な事業スキームの設計が可能であり、公共施設、インフラの費用負担のあり方を変える可能性がある。しかしながら、わが国の PFI が、このような求められる役割を十分に果たしてきたかについては疑問 が残る。発注者である公共主体は、柔軟な事業手法を手にしたにもかかわらず、前例主義、形式主義に陥りがちであり、画一的、硬直的な事業設計に終始したように思われる。
庁舎、宿舎、学校等施設、いわゆる「ハコモノ」を民間資金によって建設させたうえで、15年から20年にわたって維持・管理させる。発注者側がその間に施設建設費と維持・管理・運営費の代金を割賦で支払う。すなわち「サービス購入型」と呼ばれる手法であるが、このやり方は本来ならば公的負債であったものを民間に付け替えただけであると批判を浴びた。事業者側も、基本的にリスクをとらずに事業運営が可能なこの方式に安住し、革新的な事 業の提案を怠ってきた。気がつけば「後年度負担の増加」と呼ばれる借金返済問題が財政をさらに硬直化させるというジレンマに陥っている。それが日本の PFIの実態なのかもしれない。
サービス購入型の PFI事業にまったく意味がなかったわけではない。筆者は神奈川県が行ってきた各種の PFI事業について客観的な評価を行う研究会に参加したが、これまで PFIに大きな関わりを持たなかった中立的委員から、意外なことに、サービス購入型の事業は整備を早期に実現するという音 味を持ったと指摘された。たしかに、公的必要性が確認されている整備事業については、民間事業者を介在させることによって整備を早め、その便益効果を早い時点で手にすることに意義がある。問題は、PFI の能力はそれに限られるわけではなく、さらに重要な民間の革新性や効率性を現実のものにすることである。
(2) コンセッション制度の導入
2011年の PFI法改正によって、わが国でも「公共施設等運営権事業」いわゆる「コンセッション制度」が導入された。コンセッションとは、将来にわたって収益を生むことが期待される公的施設についてその運営権(公共施設 等運営権)を設定し、その権利を民間事業者に売却することによって公共側は収入を得、民間事業者は事業からの収益によって利益を上げていく事業方 式である。PFIはさまざまな柔軟な事業方式を設計できると指摘したが、事実ヨーロッパで実施されてきた PFI事業では日本のコンセッション方式に あたる手法が見られる。見方によっては、日本の PFI自体が PFI法により規定されていることもあって形式的であり、このような方式が実現すること自 体遅きに失したと言えるかもしれない。いずれにしても、この新しい手法を使って、いかにしてわが国が抱える社会資本整備の課題を解決するか、これこそが現段階で議論すべきテーマであろう。
コンセッション方式とこれまでの PFIとの最も大きな違いは、ビジネス・モデルすなわちお金の流れである。旧来型の典型的な PFI はサービス購入型であり、民間事業者が提供する施設と維持・運営サービスの費用負担は少なくとも、形式的には発注者の公共主体が行う。事業者は提供するサービスの質が要求水準を満たしていれば、ほぼリスクを負うことなく事業を進めることができる。一方、コンセッション方式は、民間事業者が運営権を「購入し て」 事業を行うのであり、事業者は施設の利用者から収入を得る。当然事業者は需要の変動等種々のリスクを負うことになる。このリスクが事業者側の 効率化と需要対応、創意工夫へのインセンティブになることは言うまでもない。
これまでも独立採算型の PFI 事業がないわけではない。前述の羽田空港の 旅客・貨物国際線ターミナル事業は独立採算であり、PFI事業の破綻第1号で有名になった福岡の温浴施設事業も、基本的には当該事業からの収入によって公的施設、サービスを提供することが前提になっていた。新設されたコンセッション方式がこれらと異なるのは、コンセッションで設定される事業 権は、原則として公共側に所有権がある施設、既存事業を前提としていることであり、新規施設建設は例外的な扱いになる点である。
いずれにしても、ここで言うビジネス・モデルの違いは、社会的観点から大きな意味を持つ。典型的な公共サービスは公的主体が提供し、税金によってその費用が負担される。最終的な費用負担者は納税者である。日本で導入された旧来型の PFIは、サービス供給の部分を民間に任せた。基本は施設を整備することだが、市民・住民に具体的サービスを提供するケースも含めて、費用負担の方式は財政を通じて行われる。これも最終的な費用負担者は納税者一般である。
これに対してコンセッション方式の PFIはビジネス・モデルが異なる。原則としてコンセッショネアは事業運営権を取得してその費用を利用者からの 料金収入によって返済し、投資家へのリターンを生む。この場合、費用の最 終負担者はそのサービスを享受するものになる。つまり、通常の公共サービスの提供の場合とはお金の流れが違うのである。
もちろん、このようなビジネスモデルが成立するためにはいくつかの条件が必要である。そもそも、民間事業者が事業の運営権を取得して事業を行うためには、サービスを享受するものから対価を収受できなければならない。経済学の定義で言う「純粋公共財(消費の競合性が存在せず、排除原則が適用 できない)」は、原則として対象にならない。シャドー・トールは道路という公共財に民間活力を導入した例になるが、対価の支払いが利用者の負担に 結びついていない。コンセッション方式はある意味での擬似的な市場を公土サービスの供給に持ち込むことであり、財政を通じた費用負担から直接的な 利用者負担に転換することにより、財政と事業自体の効率化を促すことに の意義があると思われる。
4 交通 PFIの方向性
PFI 自体が1つの転換点にある現在、交通社会資本整備は、PFI の方向性を先導する形で、この制度の活用を図るべきであろう。すでに述べたとおり、交通分野事業はその形態からして、民間資本が活躍できる素地を備えている。これまでわが国では、成長拡大する経済を前提として、交通社会資本整備は 民間事業者が担ってきた。公共サービス提供における公的主体の役割を見直すことによって、新しい形での「ビジネス・モデル」が成立する。
人口減少や超高齢社会の到来といった社会構造の変化とともに、移動・交通への基本的な欲求が変容している。一方で、わが国の公的部門の余力は限られており、新しい社会的ニーズに対応するためには、新しい事業のあり方、 費用負担のあり方について工夫が必要である。PFIとりわけ新しく制度化された「コンセッション方式」は、相矛盾するこれらの要求を満たす可能性がある。本書で述べられる交通社会資本整備における民間活力の活用事例とその分析から、できるだけ多くの示唆が与えられれば幸いである。
[山内弘隆]
11) 2011年8月神奈川県設置「県有施設の整備に係るPFI検証委員会」。
12) 「公共施設等連営事業とは、特定事業であって、・・・・・・公共施設等の管理者等が所有権・・・・を有 する公共施設等(利用料金・・・・・・を徴収するものに限る。)について、運営等(運営及び維持管理 並びにこれらに関する企画をいい、国民に対するサービスの提供を含む。以下同じ。)を行い、利用料金を自らの収入として収受するものをいう。」(PFI法第2条第6項)
参考文献
竹内健蔵・根本敏則・山内弘隆編(2010)『交通市場と社会資本の経済学』有斐閣。
山内弘隆・竹内健蔵(2002)「交通経済学』有斐閣。
インフラPPPの経済学
政策担当者だけでなく民間事業者も必読!
本書は、PPPの概要やそれが利用されている背景、国別事例や実施すべき条件などをまとめています。PPPの実務的な話題よりもPPPの理論的な話題が多いですが、現実に沿った内容が多く、経済学的な観点からPPPをうまく機能させる方法やPPPに関わる様々なテーマを解説しています。
日本語版への序文
PPPsは、いくつかの国において公共インフラを調達するための重要な手 段となっている。しかしながら、私たちが2014年に本書(原題:The Economics of Public-Private Partnerships)を著した時には、日本はどちらかといえば、PPPsが発展する可能性は低いところであるように思われた。日本では公共インフラが中央政府・地方政府および高速道路会社(NEXCO) のような公的機関によって十分適切に提供・維持管理されてきている、というのがその主な理由である。実際のところ日本では、1999年のPFI法施行以 来、PPPsが、主に公共施設の建物を調達するために使われ、毎年の平均事 業規模は、2,500億~3,000億円程度と、どちらかといえば控えめな金額である。まさにこうした理由から、安間匡明氏が本書を日本語に翻訳すると申し出てきてくれた際には、喜びとともに興味をそそられた。
折しも、日本政府は、既存の道路インフラを費用効率的に維持管理するために、あるいは、増加しているインバウンドの訪日旅行客を受け入れるべく6つの空港を改装するためにPPPSを推進しようとしているという。日本政 府は、2013~2022年までの10年間に総額21兆円(約2,000億米ドル)の事業規模を計画している。世界の毎年のPPP投資総額がほぼ1,000億米ドルである ことをふまえれば、この金額は相当に大きいものである。
このようにPPPSを推進するなかで、PPPプログラムの成功のための前提条件を明確に示す本書は、何かしらお役に立てるのではないかと考える。ひとつは、公共インフラに民間資本を導入することによって、まさに1980年代の英国においてウイリアム・ライリー卿が導入した原則のとおり予算外で公 共支出をいっさい増やすことなく、納税者にとっての費用負担を削減できることである。PPPSが公共予算制約を緩和するという広く知れ渡った考え方は、実は間違いであることがわかっており、PPPSを正当化する論拠は、もっばら効率性にかかっている。もうひとつは、需要リスクの移転を行うことは、需要そのものがコンセッション事業者の行為によってなんら影響を受け ないのであれば、PPPプロジェクトでは必ずしも良い考えとはいえない。最後に、PPPSのためには政府の十分な対応能力が必要であることを本書は強調している。PPPsはあくまでも公共インフラを調達するための手段であり、政府は、計画、プロジェクトおよび契約の設計、建設、実行、そして、契約執行やモニタリングを含めたあらゆる段階のプロセスに関与しなければならない。
PPPsについて関心をもつ2つ目の理由は、日本の建設会社は日本国内で数十年にわたって道路を建設・維持管理してきた技能を挺に世界展開し、 PPPの活動を世界中で拡大して利益をあげることができる可能性である。しかしながら、これが現実の機会となるかどうかはさほど単純ではないことを本書は示している。ひとつの理由は、先ほどのわずか年間1,000億ドルという数字にもあるように、世界のPPP産業の規模は依然として比較的控えめなものにとどまっている。おそらく、さらに重要なことであるが、ほとんどの国において、PPPSは頻繁に再交渉されており、多くの再交渉は事業者側から引き起こされている。したがって、PPPS事業を行うグローバル企業が発揮する重要なスキルは、政府を相手取って契約を再交渉することにあるといってもよい。しかし、これは、日本の競争優位性がある分野とは思われな いし、まさにそのことが、世界のPPP産業において日本企業が大きく展開していない理由を説明しているかもしれない。
とまれ、PPPは世界で成長している産業である。日本においてPPPsが普及していくことを期待し、本書が以上のような文脈で、どんなに控えめなものであっても、一定の役割を果たせることに刺激を受けている。最後になるが、安間氏が本書に関心をもち翻訳してくれたことに心から感謝したい。
エドアルド・エンゲル
ロナルド・D・フィッシャー
アレキサンダー・ガレトビッチ
はじめに
過去25年間、多くの開発途上国と先進国が、ファイナンス、建設、運営を 民間企業との長期契約のなかにバンドリングする官民パートナーシップ (PPPs)を導入してきた。本書では、PPPSの実務経験と学術論文の相互作用 から得られる主な教訓と考えられるものが示される。主な課題としては、政府はいかなる場合に従来型事業」ではなくPPPを選択すべきなのか、PPPsはどのように実施するべきなのか、PPPsの適切なガバナンス構造などがあげられる。PPPsの財政的なインパクトは従来型事業と同様であり、PPPsは公的資金を解放するものではないと著者は論じている。PPPSは、効率性向上 とサービス品質の改善にその拠り所が立脚しているが、それらは往々にして とらえどころのないものである。実際には、頻繁な再交渉、誤った財政会計 制度、お粗末なガバナンスにより、PPPモデルは危険にさらされている。
エドアルド・エンゲルは、現在、チリ大学の経済学の教授、イエール大学 の客員教授、エコノメトリック・ソサイエティのフェロー。2002年には同ソサイエティのフリッシュメダルを受賞。America Economic Review、 Econometorica, Jounarl of Political Economy, Quarterly Journal of Economicsなどの主要学術誌に論文多数。マサチューセッツ工科大学経済学博士、スタンフォード大学統計学博士、チリ大学工学職業専門学位。
ロナルドD.フィッシャーは、現在、サンチアゴのチリ大学産業工学部の経 済学の教授。官民パートナーシップの経済学、金融市場の非効率性と経済パフォーマンスの関係性、海港等の規制産業の経済学を中心に研究。Jounarl of Political Economy、Quarterly Journal of Economicsなどの主要学術誌に 論文多数。ペンシルベニア大学経済学博士。
アレキサンダー・ガレトビッチは、現在、サンチアゴのロスアンデス大学の経済学の教授。官民パートナーシップの経済学、産業構造の均衡決定理論、電力市場の経済学などを研究。Jounarl of Political Economy、Review of Economics and Statistics Journal of the European Economic Association、Harvard Business Reviewなどの主要学術誌に論文多数。プリンストン大学経済学博士。
序文
最近数十年の間に、インフラ・サービスを提供するための重要な組織形態が新たに出現した。官民パートナーシップあるいはPPPと呼ばれているこの手法は、しばしば、公共事業がと民営化の間に位置づけられるものであ る。本書において、PPPに関する実務経験と学術研究を相互に参照すること から得られる主な教訓と筆者の考えを要約して示す。
10年あるいは20年前に知らなかったことで、私たちはいま何を知っているのだろうか。PPPsと公共事業のどちらを選ぶのかという設問に対して、実務経験は経済分析とともに、どのような回答を提供できるのであろうか。 PPP契約を設計するための最良の手法とはどのようなものだろう。
最近まで、高速道路、橋梁、空港、学校、刑務所などのインフラ施設は、公共財であると考えられてきた。インフラ施設は、そういうものとして政府によって建設され、税金でファイナンスされ、公的機関によって管理されて きた。1980年代後半にいくつかの国でPPPsが利用され始めた。PPPは、ファ イナンス、建設と運営を、調達当局と民間企業の間に結ばれる単一の長期契 約のなかに一括りにしたものである。契約期間中、初期投資、運営費用、維 持管理支出の対価として、企業は一連の収入を受け取る。契約にもよるが、 その収入は、受益者負担金、調達当局からの支払、あるいはその両方から構 成される。契約が終了すると、資産は政府に帰属する。
時には誤った理由から、PPPsの重要性はおそらく引き続き高まるだろう。 政府は、PPPSsをインフラ投資から資金を解放し別のプログラムに再配置するための、費用のかからない方策とみなしている。典型的にはPPPsは財政赤字に影響を及ぼすことなく、公的債務にも計上されないなど、予算制度の 不備によりPPPsを選択する追加的なインセンティブがもたらされている。さらに、公共事業によるインフラは多くの場合品質も悪く費用もかかるため、PPPsは民間企業の効率性を期待させる。ホワイト・エレファント、ポークバレルは、公共事業契約の透明性の欠如、標準以下の維持管理・サービス品質など、公共事業にはいろいろな欠陥があることからも、PPPSによってより良いパフォーマンスとサービス品質がもたらされることを政府が望む 理由がある。
過去のPPP契約で評判が芳しくないことといえば、契約がごく当たり前に再交渉しされていることである。契約が長期間にわたり、コンセッション期 間中に状況が変化することから、再交渉が当然に期待されているものもある。しかしながら、契約の受注後間もなくコンセッション事業者側に好都合 な条件で再交渉が起きていることを示す広範な証拠がある。再交渉によって PPPsがもたらすとされる便益については疑念が湧く。再交渉が起きると、 ロビー活動に比較優位性をもっているけれども、施設の建設や運営にはさほど慣れていない企業が引き寄せられてしまうことから、いわゆる「逆選択の 問題」につながる。さらに、再交渉が前提となると注意深くプロジェクトを設計・選択をしようという政府のインセンティブがそがれ、コストの削減を 図る企業のインセンティブも減退してしまうことでモラルハザードの問題が起きる。最後に、再交渉は現職政治家が支出の先取りをする新たな手段ともなりうる。
本書では、PPPsが、インフラ施設の公共事業あるいは民営化と類似している部分を正確に示す。PPPsのなかには受益者負担金でまかなわれているものがあるので、PPPsは政府にとって費用のかからないものであるとか、 政府の貸借対照表に計上されるべきではないといった考えになりがちである。しかしながら、異時点間の政府予算への影響を考慮すれば、PPPSは政府の貸借対照表に計上されるべきであり、その影響はあたかもPPPsが公的部門の一部であった場合と同じであるとの結論に至る。その結果、公共ファ イナンスの観点からは、PPPsは公共事業に近いものである。しかしながら、特定の地域で頻発している契約の再交渉さえ起きなければ、PPPの仕組みによって効率化しインフラ・サービスの提供コストを引き下げるインセンティブが生まれる。
このようにPPPは、もたらされるインセンティブをみると民営化に似ている。しかしながら、根本的な意味でPPPsは民営化とは異なる。たとえば、契約期間の長さを調整することで民営化では不可能なリスク分担の取決めを つくりだすことができる。特に、社会厚生の向上により大きくつながる可変期間契約を設計することが可能となる。
PPPsに関する誤った理解があるが、PPPsの本当のメリットとは何だろうか。第1に、ライフサイクルコストを削減するインセンティブによって、断 続的な維持管理よりもずっと費用のかからない継続的な維持管理が促進されることがあげられる。高速道路のようにサービス品質が契約で規定可能”で あるのならばこの点は特に貴重である。PPPsでは、ほかにもより良い維持管理を期待できる理由がある。PPP契約では、契約の最終期限にインフラが 良い状態で返還されなければならないことを約定することができる。これによって同一のプロジェクトを公共事業として行った場合には得られない維持 管理へのインセンティブが生まれる。
第2に、受益者負担金を回収するPPPプロジェクトでは、利用者は良いサービスを要求できる権限をもっていると感じることができるので、継続的 な維持管理が必要になる。公共インフラ・プロジェクトについて受益者負担 金が回収される際には、その資金は一般会計予算に入るとみられるか、あるいは、せいぜいインフラ一般基金に入るとみられるので、利用者は自身がそのような権限をもっているとは感じにくい。
PPPsのもうひとつの潜在的なメリットは、プロジェクトが受益者負担金 だけでファイナンスされている場合には、機会主義的な再交渉の余地はなく、民間企業はプロジェクトを自分で評価してホワイト・エレファントの案 件を切り捨てる。さらにPPPでは、公共事業のプロジェクトに比べて受益者 負担金を引き下げる圧力はより小さくなるので、インフラ・プロジェクトからの潜在的な収入額が大幅に増えることにつながる。最後に、受益者負担金からの収入はPPPが直接に徴収するので、一般歳入税あるいは資金を民間企 業に渡すために必要な政府の官僚主義的な実務に伴う費用のいずれによっても税の歪曲は起きない。
そのすべてに説得力があるわけではないが、むしろ公共事業のほうが良いという反論がある。目にみえるファイナンスコストは民間企業よりも政府のほうが低くなる。しかしながら、これは政府が資源を焼いてしまうためにも 借りることができ、政府債務の金利は大きくは上昇しないからである。つまり、貸し手はグローバルな債務状況だけをみており、個々の公共プロジェクトは評価していない。こうしてみると、PPPsが直面しているより高い借入コストは、部分的には貸し手がより良いプロジェクト評価をしたことによる ものであって、これは価値のあることである。また、PPPsのより高い借入コストはむしろ間違った契約設計や規制的収用や国有化のリスクによるかも しれない。さらに、PPPのより高い借入コストは、モラルハザードを防ぐとともに、費用削減のインセンティブならびに適切なサービス品質の提供・運営のモニタリングを強化するために、内生的なリスクを移転したことに伴う費用を含むものである。公的資金調達によるプロジェクトに賛同する説得力 のある議論は、PPPsが政府の貸借対照表に計上され、議会の監視を離れて公共支出の先取りをすることには使えないというものである。最後に、政府のプロジェクトでは建設段階で機会主義的な再交渉の余地はあるものの、その後になると、PPPsでは最も重要な問題のひとつである機会主義的な再交 渉の可能性はなくなる。
これまでの議論から、途上国ではPPPsよりも公共事業が選好されるべき である。いったん資本が投下されたら、政府は規制的収用も国有化も行って はならないので、制度的な発展がPPPsにおいては公共事業の場合よりもより大きな役割を果たす。PPPのもとでは、継続的な関係によって機会主義が 生じる余地がより大きくなる。したがって、本書の議論は、制度的な環境が十分に発達した中所得国および先進国に集中する。
PPPsとインフラの種類に関しては、高速道路、トンネル、橋梁といった、品質が契約で規定可能であって検証できる分野であれば、PPPsが生み出す ことのできる社会厚生の向上は大きくなる余地があると考える。さらに、契約は設計のあり方次第では、いずれの当事者からも機会主義的に振る舞う余 地を大きくすることなく、変化する条件に適合するようにできる。論拠はあまり明確ではないものの、空港のようなその他の種類の交通インフラについ ても、PPPsは公共事業よりも望ましいだろう。対照的に、病院や学校などの複雑なインフラ・プロジェクトの場合には、PPPsのメリットのほとんど は発現しない、もしくは発現させることがむずかしい。
筆者は、約20年前からPPPsについて研究を始め学術論文を書き、政府や国際機関に助言してきた。2年前にこの経験から著者が学んだ主な教訓を詳 述した本を書くことに決めた。本書の主な結論は、より少ない費用でより良いインフラを構築するための政府の政策を設計することに役立てると考えて いる。本書の目的は、政策担当者に意味のある教訓を引き出し、現実世界の 証拠と裏に潜んだ経済学的議論を組み合わせることである。この理由から、 本書は他の研究者の業績に大きく依拠した総合の作業である。そうはいっても、本書はすべてを包含するような中立的な概観書ではないので、だれもが 本書の結論に同意するわけではないだろう。
まさに、著者はいくつかの論点については強い自説にこだわった意見をもっており、その他の論点についてはいまだ最終的な結論は定まっていないと考えている。政策のレベルでは、PPPsはイデオロギーの問題となってき た。ある評者は、PPPsが政府の役割を制限するというので賛成だったし、 他の評者は同じ理由から反対した。対照的に、本書では証拠と経済分析を使って偏見を和らげるように努力した。読者はどの程度その試みが成功した のかを判断できるだろう。
[訳者注] i “public provision”の日本語訳として、ここではあえてわかりやすく平易な日本語として「公共事業」という言葉を用いているが、本書における “public provision” は、単に政府・自治体などの公的部門がインフラ建設のための建設請負工事契約を発注する契約事業という意味ではなく、公的部門がインフラの資産を建設・所有し、かつ自ら運営・維持管理も行って、公共インフラ・サービスの提供を行うといった観点で「公共インフラ・サービスを公的部門で営んで根 供する事業」(=あえて無理に略せば「公営事業」)という意味で使っている。ii “white elephants”のこと。使い道のない、役に立たないものの英語のたとえ。必要性・需要のない事業のことをいう。昔のタイでは、白い象は珍しく神聖な 動物で、王様に献上され王様だけがそれに乗ったが餌代が高くかかった。王様 が、気に入らない家来にホワイト・エレファントを与えると、それを処分することも許されず、ただ餌代がかさみ破産したことにちなむ。
iv “pork-barrel”の訳。選挙区での議員の人気とりを目的とした開発基金のことをいう。米国南部、南北戦争時代に、農場で、奴隷に、樽に入れた塩漬け豚肉 を与えたことから使われた言葉。
v “renegotiation”の訳。当初締結ずみのPPP契約の条件の変更を伴う新たな交渉のことを意味している。
vi 「支出の先取り」は、“anticipate spending”の訳。anticipateの意味には、まだ確保できていないものを先に使うとか支出するという意味があり、本書では、 本来は支出できないはずのものを先取りして使うという意味で訳している。 vin “contractible”、”contractibility”の訳。本書では、PPPsにおいて公的部門が求めて民間企業が提供するインフラ・サービスの品質基準を、両者間の契約書において明確に規定することが可能であるかが、PPPsが有効に機能するか否かを判断するうえで重要な基準になっている。単に品質基準の規定が普通の言葉として両当事者間で理解可能かということにとどまらず、最終的には契約書にある当該規定を裁判所に持ち込んだ場合において法的に強制執行可能なものとして認められるほどの明確性があるかが問われることになる。
謝辞
私たちは、エドアルド・ビットラン、アントニオ・エスタシェ、J・ルイス・ グアッシュ、ウイリアム・ホーガン、マイケル・クライン、ギジェルモ・ペ リーとジャン・ティロールが私たちのPPPsに関する研究の初期段階から激励と意見をくれたことにとりわけ感謝する。彼らは、私たちを何年も考えさ せる質問をすることで研究へ刺激を与えるという重要な役割を果たした。
多くの仲間が本書の第1ドラフト段階から各章に惜しみないコメントを提供してくれた。私たちは、アンデス開発公社(CAF)から受けた寛大な財政支援に深く感謝している。フィッシャーとガレトビッチは、2005年以来のエンジニアリング複雑システム研究所からの支援に感謝している。ガレトビッチは、スタン フォード国際開発センターとフーバー研究所のもてなしにも感謝している。
ケンブリッジ大学出版会のスコット・パリスとカレン・マロニーに感謝する。そして、最終稿の校正と索引の作成についての際立った助力について は、マリナ・イグナシア・ヴァレラに感謝している。
本書を通じて、方程式の使用を回避するのは容易ではなかった。そこに関 心がある読者のために、本文で言及した多くの結果を可能な限り簡単に公式化したベアボーンモデルを含む補遺をつけた。一方、本書ではできる限り参 照文を避けるかわりに、参考文献注記メモを各章末に挿入し、私たちが情報 を得た主な論文を記載した。本書では、以下の私たちの過去の業績からも引用している。
目次
第1章 概論
1.1 本書の取扱範囲
定義
公共事業、PPPs、民営化
PPPの範囲
1.2 傾 向
1.3 公共事業の問題点
ずさんなプロジェクト選択
インフラ・メインテナンス
非効率な価格設定
権力と腐敗
制度設計の問題
再交渉
1.4 期 待
政府予算制約の緩和
効率性向上
競争導入
適切な受益者負担金設定
ホワイト・エレファントをフィルターにかける
所得分配
1.5 経 験
よく知られている欠陥
再交渉
ソフト・バジェット
1.6 概要
第2章 国別事例
2.1 英 国
評価
2.2 チリ
歴史
コンセッションプログラム
[Box 2.1] チリ最初のコンセッション
[Box 2.2] 契約監督者としてのMOP
MOPの汚職
再交渉
[Box 2.3] 第三者監視のない再交渉
コンセッション法の改正
2.3 米国
効率性
通行料
ホワイト・エレファント
再交渉
歳出を先取りする
[Box 2.4] シカゴ・スカイウェイ
将来展望
2.4 中国
中国のPPP
中国のPPPの課題・
[Box 2.5] 汚職の事例:安徽省合巣荒高速道路事業
[Box 2.6] 福建省の不正競争の事例
[Box 2.7] 隠れた収用の事例:湖北省の襄荊高速道路
[Box 2.8] 学習の事例:北京メトロの4号線と5号線
[Box 2.9] 青島湾橋
2.5 結論
第3章 高速道路
3.1 物理的特徴と経済的特徴
[Box 3.1] 契約で規定可能な高速道路サービス
3.2 PPPはどのような場合に高速道路に適切なのか
[Box 3.2] 伝統的事業における維持管理の改善
3.3 PPPの実施のあり方
[Box 3.3] 最初のPVRオークション
3.4 結論
第4章 インセンティブ
4.1 いかなる場合にPPPSは機能するのか
4.2 リスク分担とPPPSのインセンティブ
4.3 民間事業者提案
4.4 結論
第5章 プライベートファイナンス
5.1 PPPSの金融の仕組み
PPPファイナンスのライフサイクル
[Box 5.1] 高速道路PPP事業のライフサイクルの事例
SPVが締結している諸契約の関係
収入原資、需要リスクとファイナンス・ 格付機関と保険会社の役割
プロジェクトファイナンス vs. コーポレートファイナンス
5.2 PPPプレミアム
分散化と契約
[Box 5.2] 瑕疵のある契約設計とPPPプレミアム
PPPのリスクと効率性
取引費用
5.3 結 論
第6章 パブリック・ファイナンス
6.1 財政の会計制度
[Box 6.1] 既存施設のPPPと政府支出
政府による収入保証
[Box 6.2] ライリー・ルール
6.2 政府予算の負担を軽減する
資金制約のある政府
[Box 6.3] 国際機関の役割
6.3 最適契約
税金ファイナンスと社会的費用便益分析
[Box 6.4] ミズーリの800の橋梁を再建するアベイラビリティ契約
受益者負担金ファイナンス
[Box 6.5] ポルトガルの可変期間型高速道路コンセッション
6.4 結論
第7章 再交渉
7.1 会計制度と支出の先取り
7.2 逆選択とモラルハザード
逆選択と再交渉
モラルハザードと再交渉
7.3 柔軟性と再交渉
7.4 再交渉と契約のあり方
7.5 結論
第8章 ガバナンス
8.1 PPPが良好なガバナンスを必要とする理由
8.2 PPPSとガバナンス:経験
8.3 PPPガバナンスについての提案
8.4 結論
第9章 いかなる場合にどのようにPPPSを実施すべきか
9.1 いかなる場合にPPPSを利用すべきか
制度
PPPは公的資金を解放するのか
効率性とPPP
民営化かPPPか
PPPプレミアム
いかなる場合にPPPを使い、あるいは使うべきでないのか
9.2 PPPSをどのように設計・実施すべきか
契約の設計
ガバナンス
財政会計制度
9.3 PPPの将来
補遺 公式モデル
A.1 基本的前提
計画者の問題
A.2 無差別な結果
A.3 履行
A.4 効率性向上:資金を貸し付ける費用
A.5 効率性向上:契約規定不可能なイノベーション
公共事業
PPP
積極的な努力のための条件
最適契約と履行
PPPプレミアムと契約規定不可能なイノベーション
A.6 仮定を緩和する
需要
計画者の目的関数
イノベーションからの便益
参考文献
事項索引
PPP-PFI事業提案書の作り方 プロが教える発注者に評価されるテクニック
提案書作成のコツがわかる
本書は、PPP-PFIの受注・選定に向けた提案書づくりのノウハウをまとめている本です。最近関心が高まっている、PPP-PFIの基本的な背景から重要となるポイント、事業提案書をつくる体制の構築と実行プロセス、評価の高い提案書にするための極意などを紹介しています。
はじめに
◎PPP-PFIへの関心の高まり
PPP-PFIへの関心が、ここへきて、俄かに高まっているように思えます。本書を手に取ってくれた方々には、釈迦に説法となりましょうが、 「PPP-PFI とは」を簡単に説明します。
PPP はパブリック・プライベート・パートナーシップの略で、公民 連携(官民連携)と呼ばれ、PFI、指定管理者制度、市場化テスト、公 設民営(DBO)方式、包括的民間委託、自治体業務のアウトソーシン グ等のさまざまな事業形態があります。
一方、PFIはプライベート・ファイナンス・イニシアティブの略で、公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金とノウハウを活用する公共事業の手法です。さらに、公共施設等運営権制度を活用した PFI 制度については、コンセッション方式と呼ばれています。
では、なぜ、今、PPP-PFI なのか…。その背景には、「国や地方自治体の財政健全化に向け、民間の資金とノウハウを活用した効率的で効果的な公共サービスの提供、2地方創生や地域活性化に向け、民間活力による魅力ある地域づくり、3経済活性化に向け、民間部門への新たな ビジネスチャンスの提供――等々があります。
◎金額だけでなく提案内容の表現技量で大きく勝ち負けに差がつく
PPP-PFI の入札・公募においては、金額と提案が総合的に評価され るため、提案内容の表現技量で大きく勝ち負けに差がついてしまいます。
本書は、そんな PPP-PFIの関連業務に実際に携わる人たち、特に民 間事業者として提案する立場の人たちが、何をどうすれば、首尾よく受注・選定につながるかについて解説しています。具体的には、事業発注者(自治体等)が示す募集要項や要求水準書をどう読み解くか、どのようなプロセスで提案書を作成していくのか、高評価が得られる提案書を作成する際のキーポイントは何か、プレゼン ションを成功させるには何が必要かについて詳細に示しています。
◎提案書づくりとプレゼンのエキスパート集団を率いて
私が、PFI の萌芽期に事業提案書づくりに携わってから、早や20年近くが経とうとしています。私は若いころ、化学メーカーや機械メーカーでプラントエンジニア、企画担当等の仕事に就き、海外のプラント建設も経験しました。プラントづくりを通して、土木・建設、機械設備に関する知識・ノウハウを身に付け、施設の維持管理について学びました。そうした現場体験を活かすべく、今から15年前に立ち上げた会社がベックスです。
ベックスは、「効率的で質の高い公共サービスの実現」をお手伝いする会社です。公と民の橋渡しをするコンサルティング会社ともいえます。メイン業務としては、民間サイドに立った、提案書の作成支援、デザイン・パース類の制作、公共施設の管理運営・立ち上げ支援、各種モニタリングの実施・評価に取り組んでいます。最近では、民間企業による都市再開発事業や海外向けの事業案件等にも取り組む一方で、自治体 等発注者サイドの仕事もお手伝いしています。
◎地域住民ファーストの視点
公と民。双方の視点から、公民連携の“最適解”を探すのが当社のミッションだとも思っています。最適解を導き出すのに欠かせないのが、まず地域住民ありきという「地域住民ファースト」の視点です。例えば、公共スポーツ施設や公営住宅を建てる際には、スポーツだけ、居住だけに目を向けるのではなく、顧客である地域住民のニーズ、ウォンツを探り出し、それらに応える幅広の提案を行うことが大切だと考えています。
ベックスでは、地域住民ファーストを形にするべく、全体を俯瞰する鳥の目、ディテールにこだわる虫の目、流れを見て取る魚の目の3つの 目を持って、日々、公と民の橋渡しに努めております。
◎本書の構成と内容について
長年の実務経験やセミナー・講演会での気づきを一冊の本に要約し公開すれば、PPP-PFI の普及発展の一助となるのではないか…。そう考えて本書を出版しました。
第1章では PPP-PFI をはじめ、コンセッション、指定管理者制度、および総合評価方式等、公共事業の各種事業形態や評価方式に触れ、公共施設・サービスに関わるトレンドを概説しています。第2章では発注者は何を求めているのか、募集要項や要求水準書から何を掴めばいいのかについて私なりの見解を述べています。第3章~第6章では、提案書にまつわるあれこれを詳述しています。全ページ数の半分以上をこの部分が占めます。受注・選定獲得のキモとなるのが提案書なので、ぜひ目 を通していただきたい部分です。第7章では、ここへきて、その重要性が一段と高まっているプレゼンテーションについて言及しました。各章 の末尾には個人的な思いやエピソードを綴ったコラムを配しています。
提案書やプレゼンのくだりには、PPP-PFI の実務のみならず、さまざまなビジネスシーンでも有用となる普遍的な事柄を少なからず紹介しています。本書がPPP-PFIの受注・選定を目指す企業関係者はもとより、 行政機関の関係者、さらに各方面で活躍されるビジネスマンの方々の目 に留まり、少しでもお役に立つことができましたら幸甚の至りです。
なお、本書の執筆に当たって、多大なご尽力をいただいた山下郁雄氏と日刊工業新聞社出版局の土坂裕子氏に厚く御礼申し上げます。
2018年11月
ベックス株式会社 代表取締役 岡崎明晃
目次
はじめに
第1章 公共施設等の整備・運営事業を取り巻く環境
1-1 中野サンプラザの民営化の変遷
1-2 公共事業の入札・公募をめぐる動き
1-3 PPP-PFIの歩みと今日
1-4 注目のコンセッション方式
1-5 指定管理者制度とは
1-6 その他の PPP 関連事業
1-7 総合評価落札方式の変遷と現状
1-8 PPP-PFIの必要性と振興策
column 1 地域住民のニーズの多様化とマズローの欲求段階説
第2章 要求水準等の公募資料を読み解くポイント
2-1 発注者は何を求めているのか
2-2 公募資料を読み込むポイント
2-3 上位計画及び関係法令・条例等の把握
2-4 要求水準と関係書類の位置づけ
2-5 要求水準書を読み解く
2-6 審査委員への対応
column 2 ストロングマネージャーとマネジメント
第3章 事業提案書作成のための体制づくり
3-1 最近の入札・公募結果のトレンド
3-2 事業提案書とは
3-3 事業提案書の作成フロー
3-4 現地調査の実施と現地情報の重要性
3-5 提案力アップに向けた基本方針と方策
column 3 ジョハリの窓とコミュニケーション
第4章 事業提案書作成のプロセス
4-1 事業提案書作成に向けた4段階
4-2 様式集(フォーム)の作成
4-3 モック(提案骨子)の作成と提案内容の整理
4-4 用語(禁則)集の作成
4-5 スケジュールの策定と管理
4-6 プロジェクトルーム活用による集中作成
4-7 枚数確認表と業務分担表の作成
4-8 ドキュメント管理
4-9 図表等で使用する色彩の確認
4-10 作業の効率化とコストセーブ
column 4 提案書の切り口とイノベーション
第5章 事業提案書のポイント
5-1 主な審査項目
5-2 理念と実施方針のまとめ方
5-3 理念と実施方針の主な記載内容
5-4 事業計画の考え方
5-5 施設の設置目的と役割に対する考え方
5-6 広報・PR 活動の考え方
5-7 運営業務の提案のポイント
5-8 維持管理業務の提案のポイント
column 5 図表や写真等のカタチ
第6章 高評価の事業提案書の作成ノウハウ
6-1 評価される事業提案書とは
6-2 発注者側の意図の理解
6-3 要求水準に対する明確なアウトプットとインプット
6-4 アウトプットとインプットの記載方法
6-5 ロジックの整理
6-6 事業提案書の変遷
6-7 読みやすさと分かりやすさ
6-8 文字は少なく、図表で表す
6-9 ストーリー性のある表現
6-10 地域住民と読み手への配慮とやさしさを大切に
column 6 親しみのある色使い
第7章 プレゼンテーションに挑む
7-1 プレゼンの実施例と確認事項
7-2 プレゼンの目的
7-3 プレゼン準備の基本方針
7-4 プレゼン資料作成のプロセス
7-5 想定問答集の作成
7-6 プレゼン力をアップさせるポイント
7-7 パワーポイントの活用及び演出効果
column 7 ベックスの設立と本の執筆に至るまで
参考文献・資料
実践! インフラビジネス (日経ムック)
PPP/PFIの成功の秘訣がわかる
本書は、インフラビジネスのPPP/PFIに関する基本的な内容を解説している本です。政府の方針やコンセッションの現在の状況、先行している自治体の市長へのインタビュー、PPP/PFIの成功事例なども掲載されています。
CONTENTS
PART1 老朽インフラ崩壊の危機
東洋大学PPP研究センター長 根本祐二氏
PART2 政府の方針 政策はこう進む
統一的な基準による地方公会計の活用
総務省 大宅千明氏
日本の下水道PPP/PFIの現状・課題と政府の取組
国土交通省 今泉誠也氏
PPP/PFI推進アクションプラン(平成30年改定版)のポイント
内閣府 营建太朗氏
公共施設等の適正管理のさらなる推進について
総務省 小谷知也氏
国土交通省におけるインフラ老朽化対策における取組
国土交通省
強くしなやかな国づくりを目指す国土強靱化の取組について
内閣官房国土強靱化推進室
PART3 コンセッションの最新事情
さらなる活用が求められるコンセッション
一般財団法人日本経済研究所 エグゼクティブ・フェロー金谷隆正氏
CASE STUDY 高松空港
PART4 先進自治体の市長に聞く
富山市長 森雅志氏
和光市長 松本武洋氏
須崎市長 楠瀬耕作氏
PART5 国内外インフラ投資の現状
世界のインフラ需要動向
東洋大学大学院経済学研究科 准教授 難波悠氏
NEXCO西日本
三菱重工業 三菱商事
明電舎
PART6 PPP/PFIの成功事例
CASE 1 鹿屋市「ハグ・テラス」
CASE 2 四日市市小中学校施設整備事業
CASE 3 神奈川県寒川浄水場排水処理施設
CASE 4 大分市鶴崎市民行政センター整備業
CASE 5 豊橋市バイオマス資源利活用施設整備・運営事業
CASE 6 桑名市書館等複合公共施設
CASE 7 安城市中心市街地拠点整備事業
CASE 8 豊川市斎場会館「永遠の森」
CASE 9 徳島県県営住宅集約化事業
PART1 老朽インフラ崩壊の危機
公共施設や道路などのインフラの老朽化が深刻化している。 老朽化の問題はインフラ機能に支障をきたすだけでなく、 人々の命を脅かす恐れがあることだ。 老朽インフラの更新に必要な 年額9.1兆円もの費用を捻出することが厳しい中、 有力な選択肢としてPPP/PFIが注目されている。
老朽インフラ崩壊の危機
2011年の東日本大震災を機に、 老朽化したインフラの危険性が広く認知されるようになった。 しかし、老朽インフラの更新には「年額9.1兆円の費用がかかる」と 東洋大学PPP研究センター長の根本祐二氏は指摘する。
待ったなしの老朽インフラ問題の解は何か。
東洋大学PPP研究センター長根本祐二氏
震災による事故
天井や橋崩落、庁舎損壊、ダム決壊―
全国で相次ぐインフラ事故
インフラは、経年劣化していく素材 であるコンクリート、金属、木などで 構成されている「物」である。老朽化 につれて徐々に劣化していき、最終的 には損壊、倒壊する。インフ ラが本来果たすべき機能が果 たせなくなるだけでなく、国 民の生命にも重大な危険を及 ぼす。
インフラ損壊による事故は 昔から起きていたが、特に注 目されるようになったのは、 2011年の東日本大震災 以降であろう。東京九段の九 段会館(築77年) の天井崩落、 茨城県北浦の鹿行大橋(築43 年)の崩落、福島県須賀川市 の藤沼ダム(築63年)決壊に よる死亡事故が発生してい る。これらは、いずれも津波 被害を受けておらず、また震 度7の地域でもなかった。つまり、震災はきっかけであり、真の原 因は老朽化にあったと見るべきだ。
庁舎の損壊も相次いだ。岩手県遠野 市本庁舎(築55年)、茨城県高萩市本庁舎(築53年)など約30棟の使用停止 が報告されている。本来は被災時の司 令塔になるべき庁舎の被害は、早期の 復旧の足かせにもなる。
だが、東日本大震災では津波や原発 事故の記憶のほうが大きく、老朽化し たインフラを警戒すべきという機運が 高まったとはいえない。むしろ見過ご してしまったといったほうが正しいだろう。
熊本地震によって大きな損害を受けた5階建ての宇土市役所。4階が大きく崩れ、 倒壊寸前の状態になってしまった。
その後も震災のたびに老朽化による と思われる事故が起きている。16年の 熊本地震では、宇土市役所(築55年) が全壊している。建築物の耐震基準は かなり強化されてきており、これほど の全壊事故は近年まれである。体育館 の天井損壊事故にも驚かされた。すで に避難所として使用していた学校体育 館の天井が損壊し、金属部材が外れて しまい再度の避難を余儀なくされた。 体育館は耐震補強済みであり、改めて対策の困難さが浮き彫りになった。
また、18年の大阪北部地震ではコン クリートブロック塀の倒壊による死亡 事故が起きた。建築基準法の基準は 1980年に制定されていたにもかか わらず、対応できていなかった。
このように、基準強化の対策は取ら れてきたが、それでも事故を防げてい ない。法令上の強化に加えて、実際に 老朽化対策を進めることが急務なのである。
老朽化による事故 高速道路の大規模更新・改築には 5~10兆円の投資が必要
もちろん、老朽化したインフラが事 故を引き起こすのは地震発生時だけで はない。平常時も事故が発生する可能 性はある。
すべての国民がインフラ老朽化の恐 ろしさを知ったのは、2012年12月 の中央自動車道笹子トンネル天井板崩 落事故であろう。トンネル自体は築35 年でありさほど老朽化していない。だ が、換気用空間を確保するためのコン クリート板を天井から吊り下げる金属ボルトや接着剤は経年劣化してい た。ついに支えられなくなった結果、 130mにわたって天井板が崩落し、 9人死亡、2人重軽傷という悲惨な事 故になった。
翌13年2月には浜松市のつり橋であ る第一弁天橋のワイヤーが破断した。 通行していた数人の高校生がすんでの ところで助かったが、本来は死傷事故 になっていてもおかしくない事故で あった。
高速道路の老朽化も進んでいる。首 都高速道路は1962年の京橋~芝浦 間の開通から50年以上を経過した。首 都高速は全線の76%を高架橋が占め、 道路というよりも橋梁であり、劣化に よる崩壊は人命に直結する。首都高速 道路会社では、劣化の進んでいる1号 羽田線、3号渋谷線等の約8kmで橋梁 の架け替えや床板の取り換え等の大 規模更新することを含めて、総額約 6300億円の急的な対応を始めて いる。
全国の高速道路も同様である。8年 の技術検討委員会中間とりまとめで は、劣化した施設は通常修繕だけで は機能を維持し続けることができな いとした上で、大規模更新・改築に、5~100兆円の投資が必要と発表している。
一般道路の場合は、道路陥没事故に要注意だ。陥没事故の多くは、地中に埋設された下水道管が老朽化して損壊した穴の影響で周囲の土砂に生じた空間に起因する。国土交通省のデータによると、下水道損壊に起因する道路陥 没事故は年間3000件以上発生しているとされる。水道管の事故も少なくない。水道技術研究センターのデータによると、管路事故件数は年間2万件を超えている。
18年7月には東京都北区の商店街近くの50年前に設置された鉄製の配管に亀裂が発生し周辺が断水する事故が起きた。この付近では半月前にも同様の事故が起きている。上下水道とも安心していられる状況にはないのである。
インフラ老朽化問題の本質
日本のインフラ投資はピラミッド型
更新費用は毎年9.1兆円
このように、インフラの老朽化は事 故につながる。特に、地震の場合には大事故になる可能性があることが明らかになった。であれば、古くなったら作り替えればよいではないか、多くの人はそう思うであろう。
残念ながら、今の日本ではそれは実 現不可能である。なぜならば、日本のインフラ投資(つまり公共事業)がピラミッド型で行われてきたからである。
図表1は我が国の公共投資をイメージした図である。多くのインフラは70年代の高度成長期を頂点とするピラミッド型で整備され、その後急激に減少している(第1のピラミッド)。インフラが未来永劫使えるなら何の問題もないが、コンクリートや金属である以上限界がある。仮に50~60年と考えると、2020~30年代には老朽化し更新の必要が生じる(第2のピラミッド)。例えば、橋梁の場合、70年代に年間1万本建設された後年々減少し、近年では年平均1000本となっている。2020~30年代には年間1万本の橋を架け替えなければならなくなるが、そのための予算は年間1000本分程度しかない。更新投資予算は大幅に不足する。
橋の予算がないからといって他の分野から予算を回すこともできない。学校、公営住宅、水道など他のインフラも同様にピラミッド型の投資をしているからだ。
インフラ同士で予算を融通できないなら、他の方法はないか。一度ピラミッド型投資ができたのであればもう一度予算配分を見直して、公共事業に振り向けることができるのではないかと思う人もいるかもしれないが、これも無理である。第1のピラミッドのときにはウェイトの低かった社会保障費用が急激に増大しているからである。社会保障を大幅に減らせばインフラの更新投資分(第2のピラミッド)を確保することは可能かもしれないが、自然増を圧縮することすら困難な社会保障費 から予算を割くことを期待するほうが無理である。
ちなみに、筆者は「現在あるインフラを同じ量で更新投資するためにいくら必要か」という試算を行っている※1。公共施設(建築物)、道路、橋梁、 水道(管楽)、下水道(管楽)を対象にして、それぞれの物理量(公共施設、 道路、橋梁は演積水道、下水道は管径別距離)を統計データから算出し、これに個々の標準単価をかけ、個々の標準的な耐用年数で割り算し、これを合算することで総額を求めている。
その結果、年額9.1兆円という数字が算出されている。1回9.1兆円を支出すればすむのではなく、毎年支出し続けなければならないのである。我が国の公的固定資本形成(名目GD Pベース)が年間20兆円台であることを考えると、9.1兆円の規模が、予算のやりくりや好景気時の税収の自然 増で生み出されるものではないこと明らかである。
残りの方法は増税と国債となる。家計消費200兆円全部を消費税の対象にして、なおかつ、引き上げによる消費の落ち込みがないという強い仮定を置いても、単純計算で4~5%の引き上げが必要である。8%から10%への引き上げのコンセンサスも得られない現状では厳しいと思われるが、重要な選択肢であることは間違いない。
確かに、現在の日本同様にインフラ 老朽化問題に見舞われた80年代の米国は、ガソリン税率を引き上げた。だが、人口急増時代の米国人口減少期 に入った日本とでは背景が違う。市場が縮小する中での増税は方向違いであろう。
一方、国債はどうか。すでに老朽化 対策は始まっており、結果的に不足する予算は国債で賄われている。その意味では、すでに手段として講じられているといえる。しかし、OECD(経 済協力開発機構)先進国中、最悪の負 債依存度にある日本が、今後も継続的 に国債に依存し続けられるわけではない。本質的な対策は別次元で必要となる。
※1 根本祐二「インフラ老朽化に伴う更新投資の規模試算(2016年度版)」東洋大学PPP研究センター紀要