ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?

カーネマンの研究業績/行動経済学の基礎

本書は、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カールマンの代表的な著書です。著者は、ヒューリスティクスとバイアスが人間の意識の中に存在することを示したことが高く評価されていますが、本書では、第2部でそれらがテーマとして扱われています。

統計に関する直感が専門家であっても、バイアスが確認される事例や、アンカリング効果やハロー効果、利用可能性ヒューリスティクスなどの判断を誤らせる要因について説明しています。その前の第1部では、ファスト&スローのタイトルにもなっている早い思考のシステム1と遅い思考のシステム2について解説しています。直感的な思考であるヒューリスティクスと深く考える遅い思考の違いや関連の説明もしています。第3部では、自信過剰になりやすい人間の心理についてまとめています。

下巻の第3部の最後には、資本主義の原動力と題して、起業家が楽観主義であるとし、自信過剰であることの危険性を指摘しています。第4部では、プロスペクト理論や保有効果、メンタル・アカウンティングについてまとめています。人間は損失を回避したがり、買い物や株式投資の際に非合理的な判断をよく行いますが、それらの判断がなぜ取られるか、を理論的に説明しているため、普段、そのようなことを意識していない方には、新たな発見があるかもしれません。

第5部では、経験する自己と記憶する自己の二つの自己の関係性について解説しています。結論を下巻の後半に記しており、意思決定に関して、多くの視点があることに気付かされます。

行動経済学を知る6冊 – 入門・基本から最先端・応用まで –も確認する

ダニエル・カーネマン (著) , 村井章子 (翻訳)
早川書房 (2014/6/20)、出典:出版社HP

目次 – ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?

序論

第1部 二つのシステム
第1章 登場するキャラクター
システム1 (速い思考)とシステム2(遅い思考)
第2章 注意と努力
衝動的で直感的なシステム1
第3章 怠け者のコントローラー
論理思考能力を備えたシステム2
第4章 連想マシン
私たちを誘導するプライム(先行刺激)
第5章 認知容易性
慣れ親しんだものが好き
第6章 基準、驚き、因果関係
システム1のすばらしさと限界
第7章 結論に飛びつくマシン
自分が見たものがすべて
第8章 判断はこう下される
サムの頭のよさを身長に換算したら?
第9章 より簡単な質問に答える
ターゲット質問とヒューリスティック質問
まとめ

第2部 ヒューリスティクスとバイアス
第10章 少数の法則
統計に関する直感を疑え
第11章 アンカー
数字による暗示
第12章 利用可能性ヒューリスティック
手近な例には要注意
第13章 利用可能性、感情、リスク
専門家と一般市民の意見が対立したとき
第14章 トム・Wの専攻
「代表性」と「基準率」
第15章 リンダ
「もっともらしさ」による錯誤
第16章 原因と統計
驚くべき事実と驚くべき事例
第17章 平均への回帰
誉めても叱っても結果は同じ
第18章 直感的予測の修正
バイアスを取り除くには

第3部 自信過剰
第19章 わかったつもり
後知恵とハロー効果
第20章 妥当性の錯覚
自信は当てにならない
第21章 直感 対 アルゴリズム
専門家の判断は統計より劣る
原注
索引

第3部 自信過剰(承前)
第22章 エキスパートの直感は信用できるか
直感とスキル
第23章 外部情報に基づくアプローチ
なぜ予想ははずれるのか
第24章 資本主義の原動力
楽観的な起業家

第4部 選択
第25章 ベルヌーイの誤り
効用は「参照点」からの変化に左右される
第26章 プロスペクト理論
「参照点」と「損失回避」という二つのツール
第27章 保有効果
使用目的の財と交換目的の財
第28章 悪い出来事
利益を得るより損失を避けたい
第29章 四分割パターン
私たちがリスクを追うとき
第30章 めったにない出来事
「分母の無視」による過大な評価
第31章 リスクポリシー
リスクを伴う決定を総合的に扱う
第32章 メンタル・アカウンティング
日々の生活を切り盛りする「心理会計」
第33章 選好の逆転
単独評価と並列評価の不一致
第34章 フレームと客観的事実
エコンのように合理的にはなれない

第5部 二つの自己
第35章 二つの自己
「経験する自己」と「記憶する自己」
第36章 人生は物語
エンディングがすべてを決める
第37章「経験する自己」の幸福感
しあわせはお金で買えますか?
第38章 人生について考える
幸福の感じ方

結論
謝辞
解説/友野典男
原注
付録B 選択、価値、フレーム
付録A 不確実性下における判断
ヒューリスティクスとバイアス
索引

ダニエル・カーネマン (著) , 村井章子 (翻訳)
早川書房 (2014/6/20)、出典:出版社HP
ダニエル・カーネマン (著) , 村井章子 (翻訳)
早川書房 (2014/6/20)、出典:出版社HP

序論

本を書く人なら誰でも、読者が自分の本から得た知識をどんな場面で活用するのか、頭の中に思い描いているのではないだろうか。

私の場合には、それは、オフィスでの井戸端会議である。意見を交換し噂話に盛り上がる、あれだ。読者が誰かの判断や選択を批評したり、会社の新しい方針や同僚の投資の品定めをしたりするときに、もっと正確で内容のある言葉を使ってほしいと私は考えている。なぜ井戸端会議に狙いを定めたのかといえば、他人の失敗を突き止めてあれこれ言うほうが、自分の失敗を認めるよりずっと簡単でずっと楽しいからだ。自分の信念や願望を疑ってみるのは、ものごとがうまくいっているときでも難しい。

しかも、それを最も必要とするときに一段と論難しくなる。だが、ちゃんと事情に通じた第三者の意見が聞こえてくれば、いろいろと得るものが多いことだろう。また私たちはたいていの場合、自分の判断を友人や同僚がどう評価するか、何となく予想がつくものである。となれば、予想されたその評価の質や内容が問題になってくる。さらに、根拠のある噂話での評価は、真剣に反省するきっかけにもなる。今年は会社でも家でも判断ミスを減らそう、といった新年の誓いを立てている人もいるかもしれないが、そうした誓いなどよりずっと強力な動機になるだろう。「医者はよい診断を下すために、大量の病気ラベルを頭の中にしまっておかなければならない。

ラベルは一つひとつ、病名と症状、前例と考えられる原因、起こりうる経過と予後、治癒または症状緩和のために可能な治療法と関連づけられている。医学を学ぶことの一部は、医学の言葉を学ぶことだ。同じように、判断と選択についての理解が深まるほど、日常用語では間に合わない語彙がどっさり必要になる。事情通の噂話からは、人間が犯すエラーの顕著なパターンが見つかると期待できる。

エラーの中でも特定の状況で繰り返し起きる系統的なエラーはバイアスと呼ばれ、予測が可能だ。たとえば自信たっぷりの美男子が講演会の壇上に上がったら、聴衆は彼の意見に本来以上に賛同すると予想がつく。このバイアスには「ハロー効果(Halo effect)」という診断名がついているので、予測することも、認識し理解することも容易になっている。
いま何を考えているのかと訊ねられたら、あなたはたぶんすらすら答えられるだろう。自分の頭の中で起きていることぐらいわかっているとほとんどの人が信じているし、ある考えから次の考えが浮かぶという具合に、順序立てて思考が進むと思っている。だが頭はいつもそういうふうに働くわけではないし、それが標準的であるとも言えない。

印象や考えのほとんどは、どこから出てきたのかわからないままに、意識経験の中に浮かび上がってくるものである。たとえば、目の前の机の上にデスクライトがあるという認識はどこから出てきたのか。電話に出た瞬間に妻(または夫)が怒っていることをなぜ察知できたのか。運転中、路上の障害物をはっきり認める前にどうやって回避できたのか――あなたは説明できないだろう。印象や直感、そして多くの決定を生み出す知的作業は、頭の中でひっそりと進められている。

本書で論じることの大半は、直感のバイアスと関係がある。とはいえ、医学書が病気に注意を払うからといって健康を否定するわけではないのと同じように、エラーを取り上げるからといって人間の知性を過小評価するつもりは毛頭ない。私たちの大半は、たいていは健康で、判断や行動もほとんどの場合はまずまず適切である。日常生活を送るうえで、ふだんはとくに迷わず印象や感覚に従い、自分の直感的な判断や好みがだいたいは正しかったと自信を持っている。だが、いつも正しいわけではない。私たちは、まちがっていながら自信たっぷりのことがよくある。そんなとき、客観的な第三者なら当人よりまちがいを発見しやすい。

井戸端会議に私が期待することをまとめておこう。まずは他人について、そして最終的には自分自身について、判断や選択のエラーを突き止め理解する能力を高めることである。そのために、本書ではより正確で適切な語彙を紹介していく。そして少なくともいくつかのケースでは、エラーの適切な診断によって、不適切な判断や選択が引き起こしがちなダメージを防ぐ治療法を提案できると考えている。

ダニエル・カーネマン (著) , 村井章子 (翻訳)
早川書房 (2014/6/20)、出典:出版社HP
ダニエル・カーネマン (著) , 村井章子 (翻訳)
早川書房 (2014/6/20)、出典:出版社HP