開発経済学入門 (経済学叢書Introductory)

マクロトピックもある開発経済入門

直近のミクロ応用的な開発経済学だけのスタンスだけでなく、成長理論、貿易、ネットワーク理論なども含まれた一味違う開発経済学入門書となります。

戸堂 康之 (著)
出版社、新世社 (2015/10):出版社HP

はしがき

本書のねらい

本書は,開発途上国が経済的に発展するメカニズムやそのために必要な政策について,わかりやすく説明したものです。序章に詳述したように,基本的には経済学の知見に基づいていますが,政治学や社会学,ネットワーク科学なども動員して,途上国の経済発展について様々な角度から議論しています。

本書は,開発経済学に興味を抱く経済学専攻の学生の方々だけを対象としているわけでは決してありません。途上国に興味を持っている人であれば,政治学,社会学,国際関係論,地域研究,歴史学,文化人類学,工学,農学など経済学以外の専門分野の学生の方々ももちろん対象です。また,途上国開発の現場で働く援助機関やNGOの実務家の方々,国際協力に関する政策立案に関わる方々にも本書が役に立つはずです。さらに,本書の議論は途上国だけではなく先進国にも適用できますから,日本の地方経済の発展に関心のある方々にも読んでいただきたいと考えています。

そのようなわけで,本書は広範な読者層を想定し,何ら経済学の素養を必要とせずに読みこなせるようにきわめてわかりやすく書かれています。
とはいえ,本書は開発経済学に興味を抱く経済学専攻の学生の方々をないがしろにしているわけではありません。開発経済学は,途上国の貧困を削減して人々を幸せにするという社会的に重要な役割を担う学問であり,さらに近年では経済学の中でも学術的な発展が顕著で注目されている分野です。経済学専攻の学生の方の知的好奇心を刺激し,さらに中級・上級の開発経済学を学んでいくきっかけとすることも,本書の大きな目的の一つです。

本書の利用法

ですから,本書は経済学の素養のない方でも自力で読めるようになっています。一部では若干難しめの理論的説明がないわけではありません。しかし,そのような部分はどんどん飛ばして,実証的な分析を中心に読んでもらっても,十分に要点はつかめるはずです。特に最初に読む時にはあまり細部にこだわらずに,各章の要点をつかみ,章と章とのつながりをとらえて,途上国の経済発展に関する大きな絵を自分の頭の中に描くようにしてください。

本書を大学における開発経済学の教科書として利用する場合には,1・2年における半期15回分の講義が最も適しているでしょう。しかし,本書で説明されている理論や実証分析についてより詳細に講義すれば,3・4年の専門科目の教科書としても十分に利用できると思われます。

講義をする上で役に立つように,講義用スライド(PDFファイル)を用意しています。1・2年向けと3・4年向けが別々に用意されており,1・2年向けスライドは本書の内容がそのまま書かれたもの,3・4年向けスライドは本書の内容に即しつつ,理論についてはもう少し詳しく数式を利用して説明し,実「証分析については推計式を利用して説明したものです。その一部は筆者のウェブサイト(http://www.f.waseda.jp/yastodo/)で公開されていますので,参考にしてください。本書を教科書として利用する大学等の教員の方々であれば,筆者に電子メールでご依頼いただき,利用規約をご了承いただければ,すべての回の講義スライドをお送りすることができます。なお,本書の図は2色刷りですが,講義スライドの図はフルカラーで非常に見やすいものとなっています。

謝辞

本書はもともと2010年に新世社の御園生晴彦氏から依頼を受けたものです。しかし,翌2011年に東日本大震災が起き,短期的には自分の研究や社会貢献の軸足をどちらかというと日本経済の復興に移したことや,大学での中間管理職に任命されたことなどから,依頼を受けてから完成まで実に5年間もかかることになってしまいました。その間,辛抱強く待っていただき,折にふれて励ましていただいた御園生氏には心から感謝を申し上げます。また,同社の谷口雅彦氏には非常に丁寧な校正を行っていただいたことを深く感謝いたします。

本書で紹介されている筆者の研究は,多くの公的・私的研究費によって可能となりました。特に,社会ネットワーク論や政治経済学に関連した近年の研究は,日本学術振興機構科学研究費新学術領域研究「新興国の政治と経済発展の相互パターンの研究」および同基盤研究B「途上国の経済発展における社会ネットワークの役割——社会実験とミクロデータによる分析」,早稲田大学「次代の中核研究者育成プログラム」による助成を受けています。また,研究の一部分は経済産業研究所における研究プロジェクト「企業ネットワーク形成の要因と影響に関する実証分析」において実施されました。これらの機関に篤く御礼申し上げます。

筆者が曲がりなりにも本書のような開発経済学の教科書を書けるようになったのは,これまでの人生における多くの方々との出会いとつながりのおかげです。特に,開発経済学全般については大塚啓二郎(政策研究大学院大学),澤田康幸(東京大学),園部哲史(政策研究大学院大学),第2章・第3章で論じた経済成長論では筆者の指導教員であったチャールズ・ジョーンズ(スタンフォード大学),第6章の国際経済学では若杉隆平(新潟県立大学),第7章の空間経済学では藤田昌久(甲南大学・経済産業研究所),第8章の社会ネットワーク論ではPetrMatous(シドニー大学),第9章の制度の経済学では故青木昌彦(スタンフォード大学),第10章の政治経済学では白石隆(政策研究大学院大学)の各氏の薫陶を受けました。これらの尊敬すべき研究者の方々に心から感謝を申し上げるとともに,今後のますますのご指導をお願いしたいと思います。

また,本書を執筆するにあたって早稲田大学政治経済学部学生の柏木柚香氏,石田早帆子氏に草稿を校正してもらったことを記して謝意を表します。学部生ならではの指摘は,本書を読みやすくする上で大いに役に立ちました。

もともと筆者が途上国に関心を持ったのは,大学生の時に半年ほどかけて行った東南アジアへのヒッピー旅行がきっかけです。初日から強盗に遭ったために日本に逃げ帰ろうと思っていた私を当時時事通信マニラ支局長であった高橋純氏は励まし,お金まで貸していただきました。そのおかげで私は旅を続けることができ,途上国との縁が切れることもなく今に至っています。今は天国にいらっしゃる高橋氏にはただただ感謝の気持ちでいっぱいです。

最後に,私を育ててくれた両親にもこの機会に感謝の気持ちを述べたいと思います。子供のころから偏屈者の私を見捨てることなく辛抱強く見守ってくれたおかげで,多くの回り道をしながらも何とか一生を懸けられる仕事に就くことができました。本当に,本当にありがとうございました。

2015年6月
戸堂康之

戸堂 康之 (著)
出版社、新世社 (2015/10):出版社HP

目次

序章

第1部 経済成長論の基礎
第1章 開発途上国の経済発展
1.1 開発途上国での暮らし
1.2 開発途上国の経済成長・経済停滞
1.3 なぜ1人当たりGDPが重要か
1.4 所得レベルを測る
1.5 まとめ

第2章 新古典派経済成長論
2.1 生産と消費の仕組み
2.2 ソロー・モデル
2.3 技術進歩を想定したソロー・モデル
2.4 投資率・人口成長率の増減による定常状態の変化
2.5 条件付き収束
2.6 政策の効果
2.7 まとめ

第3章内生的経済成長論
3.1 内生的経済成長論の概要
3.2 技術・知識の創造
3.3 AKモデル
3.4 ローマー・モデル
3.5 途上国を想定した内生成長モデル
3.6 人口規模は経済成長の要因か
3.7 ソロー・モデルとの比較
3.8 技術の計測
3.9 資本蓄積 vs. 技術進歩
3.10まとめ

第4章 貧困の罠
4.1 貧困の罠とは
4.2 貧困の罠の理論モデル(1)
4.3 貧困の罠の理論モデル (2)
4.4 経路依存性と成長期待
4.5 政策の効果
4.6 政府の失敗
4.7 貧困の罠はあるのか?
4.8まとめ

第5章 中所得国の罠
5.1 中所得国の経済成長
5.2 中所得国の罠とは
5.3収束による理論的説明
5.4 複数均衡モデルによる理論的説明
5.5 まとめ

第2部 経済発展の諸要因
第6章 国際貿易・海外直接投資
6.1 貿易・海外直接投資の発展
6.2 リカードの比較優位の理論(1)
6.3 リカードの比較優位の理論 (2)
6.4 輸入代替工業化の理論
6.5 貿易による技術伝播を想定した理論
6.6 貿易の経済成長効果の実証
6.7 海外直接投資の経済成長効果の実証
6.8 途上国の経済成長に利する貿易・投資政策
6.9 まとめ

第7章 産業集積
7.1 産業集積とは
7.2 集積の利益
7.3 空間経済学の理論モデル
7.4 規模の経済の実証分析
7.5 産業集積の事例
7.6 産業集積のための政策
7.7 まとめ

第8章 社会関係資本・社会ネットワーク
8.1 社会関係資本・社会ネットワークとは
8.2 社会関係資本・社会ネットワークと経済発展
8.3 様々なネットワーク構造の効果
8.4 強い絆の負の側面
8.5 つながり支援のための政策
8.6 まとめ

第9章 社会・経済制度
9.1 制度と経済発展
9.2 制度とは
9.3 制度の決定の理論
9.4 制度と経済成長の実証分析
9.5 経済発展を促す制度変革
9.6 まとめ

第10章 経済発展の政治経済学
10.1 途上国における民主化
10.2 政治制度と経済制度の補完性
10.3 民主化と経済発展
10.4 なぜ一部の独裁制は成功するのか
10.5 政治制度・所得の不平等・経済成長
10.6 まとめ

第11章 農村開発
11.1 経済発展における農業の役割
11.2 農業から非農業部門への労働移動
11.3 農業技術の普及
11.4 農業技術の普及における学習の役割
11.5 農業技術の普及におけるリスクの影響
11.6 まとめ

第12章 農村金融
12.1 途上国農村における金融の特徴
12.2 なぜ農村金融は高利なのか
12.3 マイクロファイナンス
12.4 消費の平準化のためのインフォーマル金融
12.5 まとめ

第13章 経済協力
13.1 政府開発援助(ODA)
13.2 ODAのマクロ的効果
13.3 国際協力プロジェクトのインパクト評価
13.4 民間資金の役割
13.5 日本のODAの今後
13.6 まとめ

終章

索引
著者紹介

戸堂 康之 (著)
出版社、新世社 (2015/10):出版社HP

序章

本書の概要

開発途上国(以降,途上国と略します)では多くの貧しい人々が生存のために日々格闘しています。途上国の中でも特に所得の低い低所得国(といっても総人口は8億人います)1では,20人に1人が1歳になるまでに亡くなり,平均寿命は60歳程度でしかありません2。日本では1歳までに亡くなる子供は500人に1人でしかなく,平均余命は83歳であるのにくらべると,非常に大きな違いです。

このように厳しい途上国の生活環境は,所得が少ないことに起因していることが多いのです。1日たった1.25ドル(150円)以下で生計を立てている人たちは,全世界で約10億人もいます。低所得国では平均的な年間所得は740ドル,つまり月に7000円程度でしかありません。日本では平均所得は1月30万円以上ありますから,その差は40倍以上もあります。このような経済的な貧しさのために,途上国の人々は十分な栄養や医療を享受できずに,健康が蝕まれて寿命が削られているのです。

ですから,途上国の人々が健康でより幸せな生活を送るためには,経済的な発展,所得レベルの成長が不可欠です。本書はこのような問題意識に立ち,途上国がどのような要因で経済的に発展していくのか,そしてどのような要因で発展が阻害されるのかを,主として経済学の理論と実証研究の結果に基づいて論じるものです。

1 本章における低所得国中所得国は,世界銀行が定義するlow-income countries, middleincome countries にそれぞれ対応しています。詳細な定義については,第1章1.1節を参照してください。また,世界銀行については,第13章で紹介しています。
2 本章におけるデータは,すべて世界銀行「世界開発指標」(World Bank, World Development Indicators)に基づきます。このデータは(http://data.worldbank.org/)よりダウンロードが可能です。データの詳細については,終章「自分で分析するためのデータソース」を参照してください。

本書の特徴

本書の特徴は3つあります。第1に,本書のタイトルは『開発経済学入門』ですが,現在の開発経済学における主流である「開発のミクロ経済学」だけではなく,経済成長論,国際経済学,空間経済学,制度の経済学,政治経済学,ネットワーク科学,行動経済学などを利用して,様々な角度から途上国の経済発展について論じています。

開発のミクロ経済学とは,その名の通り途上国の問題を農民や零細事業者といったミクロの視点から考察するものです。半面,経済成長論や国際経済学などは,より大きなマクロの視点で一国の経済全体の問題を考察しています。また,制度の経済学,政治経済学では,経済学だけではなく,政治学,歴史学の視点を融合させた研究が発展しています。さらに,ネットワーク科学とは,数学,物理学,工学,社会学,政治学,経済学などの分野の研究者によって学際的に発展している新しい学問分野です。ですから,本書は経済「学におけるミクロとマクロの両方の視点だけではなく,学際的な視点をも持って途上国の経済発展を議論していると言えます。

第2の特徴は,データによる実証分析を重視していることです。各々の章では,もちろん理論的な考察も紹介しています。しかし,理論的に導き出された結果が,確かに現実と整合的なのかについて,実際のデータや既存の実証研究の成果を利用して検証し,多くの図表を提示した上で結論を述べるようにしています。

なお,厳密には単に図表を提示するだけでは必ずしも十分に結論づけられないこともあります。しかし,本書で図表から結論づけられているように見える結論のほとんどは,実は応用ミクロ計量経済学を用いた厳密な実証研究の結果を基にしており,脚注でその研究を引用しています。厳密な検証に興味がある読者は,引用されている参考文献を参照してください。

第3に,本書は最貧国が貧困から脱出するための経済発展について論じるだけではなく,中程度の所得の途上国(中所得国)の経済発展にも注目し,中所得国が先進国に追いつくための方策についても論じています。上述の通り,まだまだ途上国に貧困は蔓延しているのですが,この15年で大きく改善されてもいます。国際連合は2000年にミレニアム開発目標を掲げて,途上国の貧困に関わる様々な目標を設定しました。その一つは,2015年までに途上国において1日1.25ドル以下で生活する絶対的貧困者の割合を1990年の47%から半減するというものです。2015年にはこの割合が14%となり,目標をはるかに上回る数字が達成されました。数の上では,絶対的貧困者の数は実に11億人減少しています3。

このように,絶対的貧困者が減少している半面,中所得国が世界経済に占める割合は急増しています。G7諸国(米・英・日・仏・独・伊・加)が世界のGDPに占めるシェアは1990年には66%でしたが,2013年には46%と激減しました。逆に,中国,インド,タイ,インドネシアなどの中所得国のシェアは1990年の13%から2013年の32%に急増しています。
ですから,途上国の経済発展を論じる上で,今や中所得国を無視することはできません。特に,新興国といわれる高成長を遂げている中所得国がこのまま成長を持続して先進国になることができるのか,できないとしたらその要因は何かといったことは,現代の開発経済学にとっては貧困削減と同様に重要なテーマだと言えます。このような問題意識から,本書は中所得国の経済発展についても多くの紙面を割いて論じています。

本書の構成

本書の構成は次の通りです。まず第1部「経済成長論の基礎」では,第1章で途上国の経済成長や停滞について概観した後,第2章・第3章で経済成長論の基本的な理論モデルとその現実との整合性について解説します。さらに,第4章・第5章では,経済成長が長期的に停滞する可能性について考察します。これらの考察から,途上国経済が長期的に成長するためには,先進国の技術を吸収する力が最も重要だということを明らかにしていきます。
第2部「経済発展の諸要因」では,技術を効率よく吸収して経済発展するための方策についてより具体的に検証していきます。特に取り上げるのは,経済のグローバル化(第6章),地理的な産業集積(第7章),社会ネットワ一ク·社会関係資本(第8章),経済·政治制度(第9章·第10章),農村開発(第11章・第12章),政府開発援助(第13章)です。

3 United Nations (2015). The Millennium Development Goals Report 2015, United Nations, (http://www.un.org/millenniumgoals/).

戸堂 康之 (著)
出版社、新世社 (2015/10):出版社HP

開発経済学入門 (経済学叢書Introductory)

マクロトピックもある開発経済入門

直近のミクロ応用的な開発経済学だけのスタンスだけでなく、成長理論、貿易、ネットワーク理論なども含まれた一味違う開発経済学入門書となります。

戸堂 康之 (著)
出版社、新世社 (2015/10):出版社HP

はしがき

本書のねらい

本書は,開発途上国が経済的に発展するメカニズムやそのために必要な政策について,わかりやすく説明したものです。序章に詳述したように,基本的には経済学の知見に基づいていますが,政治学や社会学,ネットワーク科学なども動員して,途上国の経済発展について様々な角度から議論しています。

本書は,開発経済学に興味を抱く経済学専攻の学生の方々だけを対象としているわけでは決してありません。途上国に興味を持っている人であれば,政治学,社会学,国際関係論,地域研究,歴史学,文化人類学,工学,農学など経済学以外の専門分野の学生の方々ももちろん対象です。また,途上国開発の現場で働く援助機関やNGOの実務家の方々,国際協力に関する政策立案に関わる方々にも本書が役に立つはずです。さらに,本書の議論は途上国だけではなく先進国にも適用できますから,日本の地方経済の発展に関心のある方々にも読んでいただきたいと考えています。

そのようなわけで,本書は広範な読者層を想定し,何ら経済学の素養を必要とせずに読みこなせるようにきわめてわかりやすく書かれています。
とはいえ,本書は開発経済学に興味を抱く経済学専攻の学生の方々をないがしろにしているわけではありません。開発経済学は,途上国の貧困を削減して人々を幸せにするという社会的に重要な役割を担う学問であり,さらに近年では経済学の中でも学術的な発展が顕著で注目されている分野です。経済学専攻の学生の方の知的好奇心を刺激し,さらに中級・上級の開発経済学を学んでいくきっかけとすることも,本書の大きな目的の一つです。

本書の利用法

ですから,本書は経済学の素養のない方でも自力で読めるようになっています。一部では若干難しめの理論的説明がないわけではありません。しかし,そのような部分はどんどん飛ばして,実証的な分析を中心に読んでもらっても,十分に要点はつかめるはずです。特に最初に読む時にはあまり細部にこだわらずに,各章の要点をつかみ,章と章とのつながりをとらえて,途上国の経済発展に関する大きな絵を自分の頭の中に描くようにしてください。

本書を大学における開発経済学の教科書として利用する場合には,1・2年における半期15回分の講義が最も適しているでしょう。しかし,本書で説明されている理論や実証分析についてより詳細に講義すれば,3・4年の専門科目の教科書としても十分に利用できると思われます。

講義をする上で役に立つように,講義用スライド(PDFファイル)を用意しています。1・2年向けと3・4年向けが別々に用意されており,1・2年向けスライドは本書の内容がそのまま書かれたもの,3・4年向けスライドは本書の内容に即しつつ,理論についてはもう少し詳しく数式を利用して説明し,実「証分析については推計式を利用して説明したものです。その一部は筆者のウェブサイト(http://www.f.waseda.jp/yastodo/)で公開されていますので,参考にしてください。本書を教科書として利用する大学等の教員の方々であれば,筆者に電子メールでご依頼いただき,利用規約をご了承いただければ,すべての回の講義スライドをお送りすることができます。なお,本書の図は2色刷りですが,講義スライドの図はフルカラーで非常に見やすいものとなっています。

謝辞

本書はもともと2010年に新世社の御園生晴彦氏から依頼を受けたものです。しかし,翌2011年に東日本大震災が起き,短期的には自分の研究や社会貢献の軸足をどちらかというと日本経済の復興に移したことや,大学での中間管理職に任命されたことなどから,依頼を受けてから完成まで実に5年間もかかることになってしまいました。その間,辛抱強く待っていただき,折にふれて励ましていただいた御園生氏には心から感謝を申し上げます。また,同社の谷口雅彦氏には非常に丁寧な校正を行っていただいたことを深く感謝いたします。

本書で紹介されている筆者の研究は,多くの公的・私的研究費によって可能となりました。特に,社会ネットワーク論や政治経済学に関連した近年の研究は,日本学術振興機構科学研究費新学術領域研究「新興国の政治と経済発展の相互パターンの研究」および同基盤研究B「途上国の経済発展における社会ネットワークの役割——社会実験とミクロデータによる分析」,早稲田大学「次代の中核研究者育成プログラム」による助成を受けています。また,研究の一部分は経済産業研究所における研究プロジェクト「企業ネットワーク形成の要因と影響に関する実証分析」において実施されました。これらの機関に篤く御礼申し上げます。

筆者が曲がりなりにも本書のような開発経済学の教科書を書けるようになったのは,これまでの人生における多くの方々との出会いとつながりのおかげです。特に,開発経済学全般については大塚啓二郎(政策研究大学院大学),澤田康幸(東京大学),園部哲史(政策研究大学院大学),第2章・第3章で論じた経済成長論では筆者の指導教員であったチャールズ・ジョーンズ(スタンフォード大学),第6章の国際経済学では若杉隆平(新潟県立大学),第7章の空間経済学では藤田昌久(甲南大学・経済産業研究所),第8章の社会ネットワーク論ではPetrMatous(シドニー大学),第9章の制度の経済学では故青木昌彦(スタンフォード大学),第10章の政治経済学では白石隆(政策研究大学院大学)の各氏の薫陶を受けました。これらの尊敬すべき研究者の方々に心から感謝を申し上げるとともに,今後のますますのご指導をお願いしたいと思います。

また,本書を執筆するにあたって早稲田大学政治経済学部学生の柏木柚香氏,石田早帆子氏に草稿を校正してもらったことを記して謝意を表します。学部生ならではの指摘は,本書を読みやすくする上で大いに役に立ちました。

もともと筆者が途上国に関心を持ったのは,大学生の時に半年ほどかけて行った東南アジアへのヒッピー旅行がきっかけです。初日から強盗に遭ったために日本に逃げ帰ろうと思っていた私を当時時事通信マニラ支局長であった高橋純氏は励まし,お金まで貸していただきました。そのおかげで私は旅を続けることができ,途上国との縁が切れることもなく今に至っています。今は天国にいらっしゃる高橋氏にはただただ感謝の気持ちでいっぱいです。

最後に,私を育ててくれた両親にもこの機会に感謝の気持ちを述べたいと思います。子供のころから偏屈者の私を見捨てることなく辛抱強く見守ってくれたおかげで,多くの回り道をしながらも何とか一生を懸けられる仕事に就くことができました。本当に,本当にありがとうございました。

2015年6月
戸堂康之

戸堂 康之 (著)
出版社、新世社 (2015/10):出版社HP

目次

序章

第1部 経済成長論の基礎
第1章 開発途上国の経済発展
1.1 開発途上国での暮らし
1.2 開発途上国の経済成長・経済停滞
1.3 なぜ1人当たりGDPが重要か
1.4 所得レベルを測る
1.5 まとめ

第2章 新古典派経済成長論
2.1 生産と消費の仕組み
2.2 ソロー・モデル
2.3 技術進歩を想定したソロー・モデル
2.4 投資率・人口成長率の増減による定常状態の変化
2.5 条件付き収束
2.6 政策の効果
2.7 まとめ

第3章内生的経済成長論
3.1 内生的経済成長論の概要
3.2 技術・知識の創造
3.3 AKモデル
3.4 ローマー・モデル
3.5 途上国を想定した内生成長モデル
3.6 人口規模は経済成長の要因か
3.7 ソロー・モデルとの比較
3.8 技術の計測
3.9 資本蓄積 vs. 技術進歩
3.10まとめ

第4章 貧困の罠
4.1 貧困の罠とは
4.2 貧困の罠の理論モデル(1)
4.3 貧困の罠の理論モデル (2)
4.4 経路依存性と成長期待
4.5 政策の効果
4.6 政府の失敗
4.7 貧困の罠はあるのか?
4.8まとめ

第5章 中所得国の罠
5.1 中所得国の経済成長
5.2 中所得国の罠とは
5.3収束による理論的説明
5.4 複数均衡モデルによる理論的説明
5.5 まとめ

第2部 経済発展の諸要因
第6章 国際貿易・海外直接投資
6.1 貿易・海外直接投資の発展
6.2 リカードの比較優位の理論(1)
6.3 リカードの比較優位の理論 (2)
6.4 輸入代替工業化の理論
6.5 貿易による技術伝播を想定した理論
6.6 貿易の経済成長効果の実証
6.7 海外直接投資の経済成長効果の実証
6.8 途上国の経済成長に利する貿易・投資政策
6.9 まとめ

第7章 産業集積
7.1 産業集積とは
7.2 集積の利益
7.3 空間経済学の理論モデル
7.4 規模の経済の実証分析
7.5 産業集積の事例
7.6 産業集積のための政策
7.7 まとめ

第8章 社会関係資本・社会ネットワーク
8.1 社会関係資本・社会ネットワークとは
8.2 社会関係資本・社会ネットワークと経済発展
8.3 様々なネットワーク構造の効果
8.4 強い絆の負の側面
8.5 つながり支援のための政策
8.6 まとめ

第9章 社会・経済制度
9.1 制度と経済発展
9.2 制度とは
9.3 制度の決定の理論
9.4 制度と経済成長の実証分析
9.5 経済発展を促す制度変革
9.6 まとめ

第10章 経済発展の政治経済学
10.1 途上国における民主化
10.2 政治制度と経済制度の補完性
10.3 民主化と経済発展
10.4 なぜ一部の独裁制は成功するのか
10.5 政治制度・所得の不平等・経済成長
10.6 まとめ

第11章 農村開発
11.1 経済発展における農業の役割
11.2 農業から非農業部門への労働移動
11.3 農業技術の普及
11.4 農業技術の普及における学習の役割
11.5 農業技術の普及におけるリスクの影響
11.6 まとめ

第12章 農村金融
12.1 途上国農村における金融の特徴
12.2 なぜ農村金融は高利なのか
12.3 マイクロファイナンス
12.4 消費の平準化のためのインフォーマル金融
12.5 まとめ

第13章 経済協力
13.1 政府開発援助(ODA)
13.2 ODAのマクロ的効果
13.3 国際協力プロジェクトのインパクト評価
13.4 民間資金の役割
13.5 日本のODAの今後
13.6 まとめ

終章

索引
著者紹介

戸堂 康之 (著)
出版社、新世社 (2015/10):出版社HP

序章

本書の概要

開発途上国(以降,途上国と略します)では多くの貧しい人々が生存のために日々格闘しています。途上国の中でも特に所得の低い低所得国(といっても総人口は8億人います)1では,20人に1人が1歳になるまでに亡くなり,平均寿命は60歳程度でしかありません2。日本では1歳までに亡くなる子供は500人に1人でしかなく,平均余命は83歳であるのにくらべると,非常に大きな違いです。

このように厳しい途上国の生活環境は,所得が少ないことに起因していることが多いのです。1日たった1.25ドル(150円)以下で生計を立てている人たちは,全世界で約10億人もいます。低所得国では平均的な年間所得は740ドル,つまり月に7000円程度でしかありません。日本では平均所得は1月30万円以上ありますから,その差は40倍以上もあります。このような経済的な貧しさのために,途上国の人々は十分な栄養や医療を享受できずに,健康が蝕まれて寿命が削られているのです。

ですから,途上国の人々が健康でより幸せな生活を送るためには,経済的な発展,所得レベルの成長が不可欠です。本書はこのような問題意識に立ち,途上国がどのような要因で経済的に発展していくのか,そしてどのような要因で発展が阻害されるのかを,主として経済学の理論と実証研究の結果に基づいて論じるものです。

1 本章における低所得国中所得国は,世界銀行が定義するlow-income countries, middleincome countries にそれぞれ対応しています。詳細な定義については,第1章1.1節を参照してください。また,世界銀行については,第13章で紹介しています。
2 本章におけるデータは,すべて世界銀行「世界開発指標」(World Bank, World Development Indicators)に基づきます。このデータは(http://data.worldbank.org/)よりダウンロードが可能です。データの詳細については,終章「自分で分析するためのデータソース」を参照してください。

本書の特徴

本書の特徴は3つあります。第1に,本書のタイトルは『開発経済学入門』ですが,現在の開発経済学における主流である「開発のミクロ経済学」だけではなく,経済成長論,国際経済学,空間経済学,制度の経済学,政治経済学,ネットワーク科学,行動経済学などを利用して,様々な角度から途上国の経済発展について論じています。

開発のミクロ経済学とは,その名の通り途上国の問題を農民や零細事業者といったミクロの視点から考察するものです。半面,経済成長論や国際経済学などは,より大きなマクロの視点で一国の経済全体の問題を考察しています。また,制度の経済学,政治経済学では,経済学だけではなく,政治学,歴史学の視点を融合させた研究が発展しています。さらに,ネットワーク科学とは,数学,物理学,工学,社会学,政治学,経済学などの分野の研究者によって学際的に発展している新しい学問分野です。ですから,本書は経済「学におけるミクロとマクロの両方の視点だけではなく,学際的な視点をも持って途上国の経済発展を議論していると言えます。

第2の特徴は,データによる実証分析を重視していることです。各々の章では,もちろん理論的な考察も紹介しています。しかし,理論的に導き出された結果が,確かに現実と整合的なのかについて,実際のデータや既存の実証研究の成果を利用して検証し,多くの図表を提示した上で結論を述べるようにしています。

なお,厳密には単に図表を提示するだけでは必ずしも十分に結論づけられないこともあります。しかし,本書で図表から結論づけられているように見える結論のほとんどは,実は応用ミクロ計量経済学を用いた厳密な実証研究の結果を基にしており,脚注でその研究を引用しています。厳密な検証に興味がある読者は,引用されている参考文献を参照してください。

第3に,本書は最貧国が貧困から脱出するための経済発展について論じるだけではなく,中程度の所得の途上国(中所得国)の経済発展にも注目し,中所得国が先進国に追いつくための方策についても論じています。上述の通り,まだまだ途上国に貧困は蔓延しているのですが,この15年で大きく改善されてもいます。国際連合は2000年にミレニアム開発目標を掲げて,途上国の貧困に関わる様々な目標を設定しました。その一つは,2015年までに途上国において1日1.25ドル以下で生活する絶対的貧困者の割合を1990年の47%から半減するというものです。2015年にはこの割合が14%となり,目標をはるかに上回る数字が達成されました。数の上では,絶対的貧困者の数は実に11億人減少しています3。

このように,絶対的貧困者が減少している半面,中所得国が世界経済に占める割合は急増しています。G7諸国(米・英・日・仏・独・伊・加)が世界のGDPに占めるシェアは1990年には66%でしたが,2013年には46%と激減しました。逆に,中国,インド,タイ,インドネシアなどの中所得国のシェアは1990年の13%から2013年の32%に急増しています。
ですから,途上国の経済発展を論じる上で,今や中所得国を無視することはできません。特に,新興国といわれる高成長を遂げている中所得国がこのまま成長を持続して先進国になることができるのか,できないとしたらその要因は何かといったことは,現代の開発経済学にとっては貧困削減と同様に重要なテーマだと言えます。このような問題意識から,本書は中所得国の経済発展についても多くの紙面を割いて論じています。

本書の構成

本書の構成は次の通りです。まず第1部「経済成長論の基礎」では,第1章で途上国の経済成長や停滞について概観した後,第2章・第3章で経済成長論の基本的な理論モデルとその現実との整合性について解説します。さらに,第4章・第5章では,経済成長が長期的に停滞する可能性について考察します。これらの考察から,途上国経済が長期的に成長するためには,先進国の技術を吸収する力が最も重要だということを明らかにしていきます。
第2部「経済発展の諸要因」では,技術を効率よく吸収して経済発展するための方策についてより具体的に検証していきます。特に取り上げるのは,経済のグローバル化(第6章),地理的な産業集積(第7章),社会ネットワ一ク·社会関係資本(第8章),経済·政治制度(第9章·第10章),農村開発(第11章・第12章),政府開発援助(第13章)です。

3 United Nations (2015). The Millennium Development Goals Report 2015, United Nations, (http://www.un.org/millenniumgoals/).

戸堂 康之 (著)
出版社、新世社 (2015/10):出版社HP