ケアする人も楽になる 認知行動療法入門 BOOK2

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具体例で理解する

本書は、具体的な事例を使いながら、どう対処していけばいいのかをまとめられています。具体例としてあげられるのは看護師の例が多いですが、その他の方にもわかりやすく、おすすめの一冊です。

伊藤 絵美 (著), matsu (イラスト)
医学書院 (2011/2/1)、出典:出版社HP

著者略歴

伊藤絵美 (いとう・えみ) 洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長。 臨床心理士、精神保健福祉士、博士(社会学)。 慶應義塾大学大学院修了後、都内の精神科クリニックにてカウンセリングの 仕事をはじめる。その後精神科デイケアの運営に携わるようになり、グルー プの面白さに目覚める。 しばらくの間民間企業で EAP(従業員支援プログラム)の仕事をしたのち、 認知行動療法を専門とするカウンセリング機関を開設し、今に至る。 主な著書に、『認知療法・認知行動療法カウンセリング初級ワークショップ] 星和書店、『認知行動療法、べてる式。』(共著) 医学書院、『認知療法・認 知行動療法事例検討ワークショップ』(共著)星和書店、『事例で学ぶ認知 行動療法|誠信書房、など。訳書にジュディス・ベック『認知療法実践ガイド 星和書店、ロバートリーヒイ『認知療法全技法ガイド』星和書店、ジェフ リー・ヤング『スキーマ療法』金剛出版、ほか。
|ケアする人も楽になる 認知行動療法入門BOOK2 発行 2011年2月1日 第1版第1刷C
2018年12月15日第1版第5刷 著者伊藤絵美 発行者株式会社 医学書院
代表取締役 金原俊 〒113-8719 東京都文京区本郷1-28-23
電話03-3817-5600(社内案内) ブックデザインDESIGN WORKSHOP IIN 印刷・製本アイワード: 本書の複製権・翻訳権・上映権・譲渡権・貸与権・公衆送信権(送信可能化権 を含む)は株式会社医学書院が保有します。 ISBN978-4-260-01246-1 本書を無断で複製する行為(複写、スキャン、デジタルデータ化など)は、「私的使用のための複製」など著作権法上の限られた例外を除き禁じられています。
大学病院,診療所,企業などにおいて、業務上使用する目的(診療,研究活動を含む)で上記の行為を行うことは、その使用範囲が内部的であっても、私的使用には該当せず、違法です。また私的使用に該当する場合であっても、代行業者等の第三者に依頼して上記の行為を行うことは違法となります。 scopy《出版者著作権管理機構 委託出版物> 本書の無断複製は著作権法上での例外を除き禁じられています。 複製される場合は、そのつど事前に、出版者著作権管理機構 許諾を得てください。 (電話 03-5244-5088. FAX 03-5244-5089, info@jcopy.or.jp)

目次

BOOK2へようこそ
無能な同僚管理職に腹が立って仕方がないカオルコさん
第1章
1自分が参ってしまいそうなほどの怒り
2「マナブストレス」を自己観察&アセスメントする
3アセスメントを通じてカオルコさんが気づいたこと
4目標を設定する
5新たなスキーマを作る
6サポート資源を増やす
7コーピング レパートリーを増やす
8カオルコさんが見つけた、現実的な落としどころ
第2章
キレる医師のいる職場に 恐怖を感じるサチコさん
1笑顔で語りながら涙を流すクライアント
2リラクセーション法: 過剰な不安緊張に対するコーピング
3アセスメントを通じて、「自分は悪くない」ことを発見する
4心理教育と読書療法
5再帰属法(円グラフ法)
6バランスシートの作成
7 2年後のサチコさん
8 環境要因が大きい場合、 認知行動療法でどこまで太刀打ちできるか
第3章
精神的に不安定な看護学生とのかかわり方に悩む教員タマキさん
1ふたを開けてしまった教員
2 タマキさんの対応の仕方をアセスメントする
3「境界型パーソナリティ障害」「スキーマ」についての心理教育
4 構造化された枠組みのなかで相談に応じる.
5 アセスメントを一緒に行い、「当事者研究」をする
6当事者を専門家につなぐ
7サポートネットワークを作る
8この事例の読み方
BOOK2で紹介した 早理論・技法・ツール
第5章さらに学びたい人へのガイド
索引
おわりに

ちなみに BOOK 1の目次は
第1章 ストレス状況とストレス反応を目に見える形にしてみましょう
第2章 アセスメントしてみましょう
第3章 プリセプティとの相性が悪く 悩む先輩看護師アヤカさん
第4章 BOOK 1で紹介した理論・技法・ツール

伊藤 絵美 (著), matsu (イラスト)
医学書院 (2011/2/1)、出典:出版社HP

BOOK2へ ようこそ

またお会いできましたね。
BOOK 2では、ケアする人たちにとってストレスフルなお悩み事例を取り上げて、BOOK1とはさらに違った認知行動療法の技法を使って解決していきます。
ストーリーを読み進めると、自然に認知行動療法の新しい技法と使い方が理解できます。「こんなとき自分だったらどうするかな」を考えながら読んでみてください。
BOOK2で解説する認知行動療法の新たな理論・技法・ツールは、以下です。
「モードワーク(スキーマ療法)」「リラクセーション法」 「心理教育」「読書療法」「再帰属法(円グラフ法)」 「バランスシート」「コンサルテーション」「構造化」 「当事者研究」「サポートネットワーク」

自分が参ってしまいそうなほどの怒り
認知行動療法を勧められて

カオルコさんは40代半ばのベテランナース。とある精神科病院の慢性期病棟の師長さんです。彼女は隣の病棟のマナブさんという、やはり40代半ばのナースであり師長である同僚の男性に対して、多大なストレスを感じていました。
あるときカオルコさんは看護学校時代の友人と食事に行き、 マナブさんの存在がいかにストレスかという不満をその友人に ぶちまけました。するとその友人はカオルコさんにこう言ったのです。
「カオルコがその人にストレスを感じるのは、すごくよくわかるよ。私の病院にもそういうダメダメ管理者がいるもの。でも話を聞いていると、そのストレスのせいでカオルコ自身がかなり参っちゃっているみたいで、心配なんだけど。そんな奴のせいであなたが参っちゃったりしたら、余計腹立たしいじゃない」。
「カオルコさんは「確かにそのとおりだ」と思いました。するとその友人はカオルコさんに「認知行動療法」を勧めてくれました。
実はカオルコさんに認知行動療法を勧めてくれた「その友人」は、私(伊藤)の元同僚で、私と一緒に働いていたときに 認知行動療法のことを知り、いたく気に入ってくれた人でした。 彼女自身、バーンズの『いやな気分よ、さようなら」*1という本をバイブルにして、認知行動療法を自分のストレス対処の ために実践していました。
というわけで、その友人(私にとっては元同僚)を介して、 カオルコさんは私のカウンセリングの予約をとり、初めてお目にかかることになりました。
初回のカウンセリングではまず、その方の困りごとを共有し、 その困りごとに対して認知行動療法が適用できるかどうか一緒 に検討します。私がカオルコさんに困りごとをたずねたところ、 彼女は以下のことを息も継がずにワーッとまくしたてるように 話しました。

カオルコさんの話の内容
ストレスの元凶は同僚管理職マナブ
シフトも組めない業務能力のなさ

その人はマナブという男性ナースで、私と同じ師長。年 も私と同じ46歳。マナブは業務能力も管理能力もとことんなく、とにかく彼と仕事をするとこちらが尻拭いばかりさせられる。たとえばスタッフのシフトを組むのは私たち師長の仕事だが、マナブは必ずシフトを組み間違えてあとで大変なことになるので、3か月前から上司の指示でマナブの病棟のシフトもチェックすることになったが、 それがかなり大変だし、手間もかかる。だというのに当のマナブは何とも思っていないようで、お礼や謝罪の言葉をいうわけでもない。

患者さんに不利益が出ている
そもそもマナブは鈍感で、患者さんの状態の変化に気づ くのがすごく遅かったり、時には見逃したりして、そのせいで保護室からもっと早く出られたはずの患者さんが出られなかったり、患者さんの症状が悪化してしまったりする。 マナブのせいで病棟全体の看護の質が落ちてしまっている。 ドクターに報告しなければならないこともすぐあと回し したり先送りにするので、そのせいでドクターの指示が遅れて、結局は患者さんの不利益につながっている。

何事につけ最善を尽くすことがない
マナブはレクリエーションを担当しているが、会議で院長が「笑いが脳を活性化する」と言ったことを受けて、レクリエーションに漫才師を呼ぶという。しかし当日連れて きた漫才師は人を落として笑いをとるタイプで、患者さんをバカにしたようなところもあって、全く笑えないしろも のだった。やらないほうがマシなぐらいで、患者さんから もナースたちからも苦情が続出したのに、「限られた予算しかないから」と言って、他の漫才師を探し出そうともせず、次回も呼ぶという。限られた予算のなかで最善を尽くすのが私たちの仕事なのに、マナブには「最善を尽くす」 ということがない。見ていてイライラする。マナブが患者 さんのケアをよくしたいと本気で考えているのか疑わしい。

皆が私に苦情を言いに来る
見ていてイライラするのは私だけじゃなく、病棟のスタッフ皆がそうみたいだ。特に常勤のドクターとマナブの病棟のナースたちは、ストレスが溜まると、マナブに言っても仕方がないから結局私のところに言いに来る。マナブの悪口を私に言い、しかもこれは冗談だとわかっているが、「カオルコさん、なんとかしてくださいよ」と にする。そう言われると、「なんとかしてほしいのは私のほうだ!」と叫びたくなる。

本人に注意してものらりくらり
私だって最初の頃はなんとかしようと思って、マナブにアドバイスしたり、注意したりしていた時期もある。でも、 やさしく言うと、のらりくらりと言い訳するか聞き流され て終わり。少し強めに注意をすると、「カオルコさん、こわーい!」などと言われてしまい、私がマナブをぶん殴りたくなるだけで、意味がないのでやめた。

管理職だから被害が大きくなる
マナブが単なるヒラのナースならまだしも、こういう奴が管理職であるために、職場への被害が大きく、結局マナブの仕事のできなさが患者さんの不利益につながるので、私としてはとにかくマナブを許せない気持ちでいっぱいに
なってしまう。最近はあいつの顔を見るだけでムカムカし てくるし、仕事が終わってもマナブのことを考えると腹が 立って仕方がない。

なんでこんな奴を管理職にしたんだ
「なんでこんな奴を管理職にしたんだ!」と病院に対して思うが、実はマナブは上層部には受けがよく、上から非常にかわいがられている。この間も病院の全体会議があっ たとき、理事長が「これからの病院経営は・・・・・・」など と理想論を長々と話しはじめた。みんなうんざりしてい るのに、マナブは「理事長のおっしゃるとおりです。僕も ずっと同じことを考えていました!」などと追従するものだから、理事長をはじめ幹部はすごく喜んでマナブを評価するのだが、それを見ている私たち現場の人間はしらける 一方だった。そのせいで、会議で重要な議題について話し 合う時間がますます減ってしまったし……..。現場にお ける治療や看護の質を上げるために私たちがすべきことを 具体的に話し合うのが会議の目的のはずなのに、上の人たちもマナブもバカなんじゃないかと思う。ただでさえ病棟 は忙しいし、立場上、患者さんだけでなく部下のケアまで やらなきゃならないからストレスが溜まるというのに、マナブというバカのせいで余計にストレスを背負わされてしまい、そのことで腹が立って仕方ない。

カオルコさんが感じている「理不尽さ」をどう扱うか
このような話をしているうちにカオルコさんは次第にエキサイトしてきたようで、顔が紅潮し、口調が強く速くなっていきました。お話を聞きながら、私は「ああ、カオルコさんは、 マナブさんにとことん腹を立てているのだなぁ」と実感します。
が、同時に、カオルコさんのまくしたてるような口調に焼れ も感じてしまいました。私の感じたこの「疲れ」はおそらくカオルコさん自身の「疲れ」でもあるに違いないと、まだまだ続 きそうな勢いのカオルコさんの話をさえぎって、このように言 いました。
「カオルコさんがマナブさんにとことん腹を立てていること が、今までのお話からよくわかりました。ところで、そんなに 腹を立て続けるというのは、カオルコさんにとって、ものすご く疲れることなのではありませんか?」。

するとカオルコさんはふうっとため息をついて、今までとは 「異なる口調で、ゆっくりと、というか、うんざりしたように言 いました。
「そうなんですよ。ここを紹介してくれた友人にも言われた のですが、マナブの話になると、ついつい興奮してしまうみた いで……。そして、おっしゃるとおりすごく疲れちゃうんです よね。それで余計腹が立つんです。なんでマナブなんかのこと で、この私がこんなに興奮したり疲れたりしなくちゃな んだ!って」。
私はカオルコさんに認知行動療法の基本モデルを提示して、 マナブさんの存在や彼の仕事のやり方がカオルコさんにとっ て大きなストレス状況になっていること、その結果カオルコさ んのほうにさまざまなストレス反応が生じてしまっていること、 残念ながらカオルコさんがそのようなストレス状況やストレス 反応を自分で処理しきれていないようであることを指摘しまし た。

さらに困ったことに、マナブさんは他のスタッフ(医師、 ナース)のストレス状況にもなっていて、そうしたスタッフが カオルコさんにマナブさんへの文句を訴えてくることが、カオ ルコさんにとってのさらなるストレス状況になってしまっており、それがストレス反応を悪化させている可能性があることに ついてもお話ししました。
カオルコさんは大きくため息をついて、「おっしゃるとおり です。マナブのせいですごく参ってしまっているんです。
でも、悪いのはマナブなのに、なんでマナブ自身ではなく 私が参らなくてはならないんでしょう?……そんなの理不尽だ と思いませんか!?」と言いました。言いながらカオル はまた少しエキサイトしたようでした。
カオルコさんの言う「理不尽」はもっともです。マナブさんは現場のスタッフにとってストレスを撒き散らすもとであり、カオルコさんをはじめ皆が多大なストレスを感じているん いうのに、当のマナブさん自身はさほどストレスを感じること もなく、しかもなぜか病院の上層部から評価されるという恩恵 (?)にあずかっているのですから。
しかし、こうした理不尽なことはどこの職場でもあるものです。もちろんカオルコさんもそんなことは百も承知で、だから こそ職場では黙って耐え、マナブさんに対する他のスタッフの 訴えを聞いてあげたりもしているのでしょう。そして気の毒な ことに、そのせいでさらにカオルコさんのストレス反応が強く なってしまっているのです。

「理不尽」としか言いようのない事態です。
のカウンセリングに来ない人を 変えることはできない
私はカオルコさんに次のように言いました。

★ カウンセラーである私が、カオルコさんの話を一方的に鵜呑みにして、マナブさんを悪人扱いしていると感じられる方もいらっしゃるかもしれません。全くそのとおりで、 は基本的に相談者の話を鵜呑みにするところからはじまります。
カウンセリングにおいてまず重要なのは「何が客観的な事実か」 談者にとって何が事実か」ということだからです。自分の思っていること、感じていることを事実として受け止めてもらえなかったら、相談者はカウンセラーを信じて話をすることができなくなってしまいます。逆に自分の思っていること、感じていることを、そのまま「その相談者にとっての事実」として受け止めてもらえると、相談者は安心して自分の思いをカウンセラーに伝えることができるようになります。 この事例の場合、マナブさんにはマナブさんの言い分があるのでしょうが、私は学さんではなくカオルコさんの担当カウンセラーなので、カオルコさんの話をまず鵜呑みにして、マナブさんを「ストレスを撒き散らす存在」として扱ったのです。

「カオルコさんが“理不尽”とおっしゃるのは、もっともなことだと思います。カオルコさん自身はちっとも悪くないのに、 マナブさんにストレスを撒き散らされて、そのせいで苦しんで いらっしゃる。“理不尽”以外の何物でもないですよね。カオル コさんにしてみれば、張本人であるマナブさんにこそ、研修を 受けるなりカウンセリングを受けるなりしてもらって、まとも になってもらいたい、周囲にストレスを撒き散らさないように なってもらいたい、と思うのではないでしょうか」。 「カオルコさんは、うんうんと何度も首を縦に振って、私の話を聞いてくれています。 「私は続けました。「しかし、実に残念なことに、周囲にスト レスを撒き散らして平気でいるような張本人は、絶対に自ら研 修やカウンセリングを受けようとはしないんです。そんなこと をするぐらいなら、そもそも周囲にストレスを撒き散らしたり はしないはずですから。そして結局さらに理不尽なことに、そ のような張本人に苦しめられている周囲の“まともな人”がカウ ンセリングを受ける羽目に陥るんです。カオルコさんだって、 今日ここにいらっしゃったこと自体、ご自身にとっては理不尽 なことですよね」。 カオルコさんは、うんうんと首を縦に振り続けています。

できるのは、ストレス反応に対する対処法を一緒に探すことだけ

「カウンセリングでできることは非常に限られています。まず、ここに来ない人を変えることはできません。カオルコさんがここに通われたからといって、カオルコさんのストレスであるマナブさんが変わることは、残念ながらほとんど期待できません。またマナブさんが変わることが期待できないし、期待したら、マナブさんのせいでもたらされるカオルコさんの、 ストレス反応を予め防いだりゼロにしたりすることもできません。 ここでできることは、カオルコさんのお話をうかがって、カオルコさんの理不尽な思いを共有させてもらうことと、マナブさんによってもたらされたストレス反応に対する対処法を一緒に探していくことだけです」。 私は続けました。
「今の話をお聞きになって、“悪いのはマナブさんなのに、なんで自分がカウンセリングに通ってお金と時間を使わなきゃな らないのか、なんで自分だけが頑張らなければならないのか” と、さらに理不尽に思われたかもしれません。そのお気持ちももっともだと思います。ですが、働いていると、理不尽なこ とってたくさんありますよね。カオルコさんもこれまで仕事を してきたなかで、さまざまな理不尽なことを体験し、乗り越えてこられたのではないでしょうか。そして今、マナブさんとい う新たな理不尽に直面し、今のところそれを乗り越えきれずに いて、ご自身が参ってしまっている。ただ、これまでも数々の 理不尽を乗り越えてこられたカオルコさんですから、今はつらくても、そのうちご自身で乗り越えられるのではないかと私は思います。ですがもう1つの選択肢として、ここに通って 知行動療法に取り組むことで、新たな乗り越え方を私と一緒に 探すこともできます」。
カオルコさんは黙って聞いています。 「こういう言い方をすると無責任だと思われてしまうかもし れませんが、私としては、カオルコさんが、ここに通わずに1 人で今の理不尽を乗り越えるという選択をしてもよいし、ここ に通って私と一緒に乗り越えるという選択をしてもよいし、ど ちらでもよいのではないかと思いますが、いかがでしょうか?」。

私がこのように話し終えると、カオルコさんは次のように話 してくれました。
「正直言って、今日ここに来るまでは、まさに先ほど先生が おっしゃったとおり、マナブのせいで私がカウンセリングを受 けなくちゃいけないということについて腹を立てていました。 もちろん今でもそういう気持ちはあります。でも先生が先ほ どはっきりと“理不尽だ”と言って、私の気持ちをわかってくれ たことで、胸のつかえが少し取れたような気がします。それに、 今の先生のお話で、確かに自分はこれまでもいろいろと理不尽 な目にあってはきたけれども、そういえばそれらを1つ1つ なんとか乗り越えることができてきたんだなぁ、と思ってハッ としました。マナブのことで頭がいっぱいになってしまっていて、これまでそのことを思い出せずにいたのでしょう。だから本当はマナブの件もできれば1人で乗り越えたいと思いますし、 時間をかければ乗り越えられるのだろうとも思います」。 カオルコさんは一呼吸置いて続けました。 「でもクミ(カオルコさんに私を紹介してくれた看護学校時代の友人)がここを紹介してくれて、クミ自身が認知行動療法を気に入っているという話ですし、私も精神科のナースとして認知行動療法を学びたいと前から思っていましたので よい機会と考えて、先生に教えていただきながら、認知行動療法を身につけたいと思います。私が認知行動療法を学べば、それを病棟のナースに教えることができるようになりますし、それが結果的に患者さんの役に立つことにつながるのではないか、 と思いますので、頑張りたいと思います。どうぞよろしくお願いします」。

私は話を聞きながら、カオルコさんの向上心や患者さんに対する思いやりの深さに、感心というより、ほとんど感動に近い ものを覚えました。そういうカオルコさんだからこそ、マナブ さんのような人にひどく腹が立つのでしょう。

結局私たちは、マナブさんに対する怒りをターゲットにして 認知行動療法を開始することに合意し、初回のセッションを終 えました。 「カオルコさんに感想をたずねると、「第三者に話を聞いてもらうって、こんなに気持ちがスッキリするんだということが実 感できました。明日から今よりもっと患者さんの話をちゃんと 「聞いてあげたいなと思いました。あと、やはり第三者から“理 不尽だ”と言ってもらえたことで、すごくホッとしました。人 にわかってもらえるって、とても安心できることなんだなぁと いうことが実感できました。このことも明日からの仕事に活かせそうです」と話してくれました。

伊藤 絵美 (著), matsu (イラスト)
医学書院 (2011/2/1)、出典:出版社HP