はじめての認知療法 (講談社現代新書)

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認知療法入門書

本書は、初心者向けにわかりやすく解説されているので、認知療法の入門書としておすすめです。まずは認知療法を理解するところから、具体的な方法であるコラム方まで載っているので、認知療法について一通り学ぶことのできる一冊です。

大野 裕 (著)
講談社 (2011/5/18)、出典:出版社HP

まえがき

五人に一人が一生に一度かかる病気。それが精神疾患です。
医学的な治療が必要な病気とは言えなくても、悩みをかかえた人はもっともっとたくさんいらっしゃいます。二〇〇七(平成一九)年の労働者健康状況調査によれば、仕事に関して強い不安やストレスを感じている人は六割近くになるということです。悩みは仕事に限りません。家事や育児、人間関係などで落ち込んだり不安を感じたりすることも、よくあり ます。

そうしたときに利用していただきたいのが、本書で紹介する「認知療法」(「認知行動療法」とも呼ばれます)のメソッ ドです。認知療法は、うつ病や不安障害などの精神疾患の治療法として、薬物療法と同様に世界的に注目されている精神療法(カウンセリング)です。

認知療法は、ラスカー賞(臨床医学研究部門)を受賞し、ノーベル賞にもノミネートされたとされる米国の精神科医ア ーロン・T・ベック博士が初めて提唱し、その効果を実証しました。認知療法が米国の精神科医療で注目されだしたの は、私が米国に留学していた一九八〇年代半ばのことです。
その後、認知療法は、うつ病だけでなくパニック障害や強迫性障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの不安障害、摂食障害、パーソナリティ障害、双極性障害(躁うつ病)、統合失調症など多くの精神疾患の治療や再発予防に効果的であることがわかってきました。こうして認知療法は世界の標準的な治療法になってきたのです。
さらに、認知療法には日常生活でのストレスを和らげる効果があることもわかってきました。認知療法を利用した社員 向けの講習会で、社員のうつ度が改善したという報告もあります。トレーダーなどのビジネスマンのセルフコーチング や、教育現場の生徒指導などにも活用されています。

ストレスを感じるとどうしても私たちは悲観的に考えがちになって、問題を解決できない状態に自らを追い込んでいくのですが、認知療法では、そうした考え方のバランスをとってストレスに上手に対応できるこころの状態を作っていきま す。悲観的になりすぎず、かといって楽観的にもなりすぎず、地に足のついた現実的でしなやかな考え方をして、いまの 問題に対処していけるように手助けします。

こうしたしなやかな考え方や対処は特別なことではなく、私たちがいつもなら普通にできていることです。ところが、 ストレスのためにそれができなくなることがあります。そうしたときに認知療法のメソッドを使えば、自分の持っている 「こころの力」を取り戻し、さらに伸ばしていくことができるようになります。
二〇一〇(平成二二)年は、わが国の認知療法にとって大きな転換点でした。認知療法がうつ病の治療法のひとつとし て認められ、医療保険が使えるようになったのです。これにより、薬物療法中心だったわが国の精神医療の変革が期待で きるようになりました。米国に遅れること二〇年あまりで、わが国にもようやく認知療法が広まる基盤ができたのです。

しかし、認知療法に対する誤解はまだまだ残っています。そのひとつが、薬物療法には問題が多く、認知療法は万能で あるという誤解です。これは、認知療法で言う「白か黒か」の発想です。薬物療法は副作用もありますが、効果もじゅう ぶんに期待できる治療法です。また認知療法も効果が期待できますが、万能ではありません。精神疾患を効果的に治療す るためには、それぞれの治療法の長所を理解して、上手に組み合わせていくことが大切です。

認知療法は、うつ病の人の間違った考え方を変える治療法だという誤解もあります。つらい環境が続いていても、考え 方次第で楽に感じられるようになるはずだと言われることもあります。しかし、いくら考え方を変えても環境が変わらな ければ、また、問題を解決できなければ、楽になれないことがあるのもたしかです。
自分の極端な考えに縛られすぎていて、問題を解決できなくなっていることがあります。そうしたときに、その考えか らいくらかでも自由になれれば気持ちが楽になりますし、問題を解決する糸口も見つけやすくなります。もちろん、自分 の考えがすべて間違っているというわけではありません。ある面、当たっているところもあります。そうしたときに、そ の極端な考えに縛られないようにするためには、もう一度ていねいに現実を見直して問題に対処していくこころの柔軟性 を持つことが大事です。

私の恩師でもあるアーロン・T・ベック博士は、「肌で体験する」ことの大切さを常に強調していました。経験を通して認知を再検討することが大事なのです。認知療法は決して頭の体操ではないのです。博士は私にも、彼の本拠地である フィラデルフィアに滞在し、認知療法を肌で感じて帰国するように勧めてくださいました。私が、ニューヨークにあった コーネル大学からペンシルベニア大学に移ったのはそのためです。おかげで多くの体験をすることができました。
認知療法を利用する人には「肌で体験する」ことを大切にしていただきたいと思います。

わが国の認知療法の治療者の育成体制のどれも大きな問題です。認知療法を受けたいと希望する人たちが多い一方で、 認知療法を実践できる治療者はまったく不足しています。こころの健康危機が大きな問題になっているいま、認知療法の 役割は大きく、国家的な対応が望まれています。それはまた、私たち専門家の課題でもあります。私も、そのために専門 家の研修・育成に力を注ぎながら、書籍やモバイルとウェブのサイトで認知療法について広く知っていただく努力を続け ています。
本書を通して、さらに多くの方が認知療法について知り、充実した毎日を送っていただけるようになれば望外の幸せです。

大野 裕 (著)
講談社 (2011/5/18)、出典:出版社HP

目次

まえがき

第一章 気持ちを切り替えるために――認知療法を理解する
うつ病特有の考え方/悲観的になり自分を責める/こころの中の悪循環/自動思考/現実に目を向けるために/ 解決策を考える第一歩/こんなふうに考えを切り替える/考えの偏りに気づく、「ポジティブ思考万能説」のワ ナ/自分はなぜ悩んでいるのか/ 「自動思考」に気づこう/「スキーマ」という落とし穴/精神科医にできるこ と/認知の修正/柔軟に考える余裕を/気持ちを切り替えるために「考え」に注目する/自分の「こころのク セ」を知る/認知療法の流れ
コラム―コンピュータ支援型認知療法「うつ・不安ネット」

第二章 まず行動を少しだけ変えてみよう
あきらめないで行動を起こしてみる/思い切って行動すると、意欲がわいてくる/できることから少しずつ/ 「活動記録表」のすすめ/「楽しいことリスト」/毎日の計画に反映してみよう/優先順位をつける/行動計画 を立てることの意味/できることから行動範囲を広げていく/行動計画の立て方/計画は大まかに/修正し、振 り返る/「できない」のではなく「していない」/行動するのがつらいのには理由がある/行動の結果を評価し て次に生かす/自動思考と快適睡眠
コラム―「一度にたくさん」でなく、「できることからひとつずつ」

第三章 問題を解決する手順
問題を解決しましょう/「問題リスト」で、取り組む問題をはっきりさせる/「問題解決技法」を使って問題に 対応する/認知的リハーサル/自分の良いところをリストアップする/死にたいほどつらいときにも「問題解決 技法」/問題を解決できなくても自分を責めない
コラム―人生に「万策が尽きる」ことはない

第四章 身体とこころをリラックスさせる方法
ひと休みのすすめ/注意転換法/腹式呼吸と漸進的筋弛緩法でリラックスする
コラム―「自分」を感じ取る力を育てるマインドフルネス・ウォームアップ

第五章 自分の気持ちを伝えるには
人間関係における距離の関係・力の関係/人間関係はストレスの最大要因である/自分の気持ちを上手に伝える。 アサーション/気持ちを伝えるキーワード「みかんていいな」/自分の気持ちを伝える前に―ロールプレイの すすめ
コラム―相手の長所を認めた上で要望を伝える

第六章 コラム法のすすめ
コラム法を使ってバランスの良い考え方を手に入れる/どんな用紙を使うか/非機能的思考記録表(コラム、思 考バランスシート)の書き方/特徴的な認知の偏り/適応的思考を三つの視点で見直し、評価する/認知の偏りを修正するためのヒント/非機能的思考記録表(コラム、思考バランスシート)の記入例|Aさんの場合/非 機能的思考記録表(コラム、思考バランスシート)の記入例―Bさんの場合

第七章 「後ろ向きスキーマ」に気づくために
スキーマとは何か/前向きスキーマと後ろ向きスキーマ/後ろ向きのスキーマの特徴/六つの後ろ向きスキーマ /自分のスキーマに気づこう/自分の個人的な「テーマ」は何かを考える/下向き矢印法でスキーマを見きわめ る/スキーマに挑戦して、現実的なものに変えていく/行動を通してスキーマを修正する/最後に

付録1 「こころのクセ」チェック
付録2 QIDS-Jうつ度チェック
付録3 快適睡眠のコッ
付録4 認知療法面接チェックリスト
あとがき

大野 裕 (著)
講談社 (2011/5/18)、出典:出版社HP