アンケートによる調査と仮想実験

アンケート調査と施策の仮想実験を学ぶ

顧客満足度などを把握する方法としてアンケート調査が用いられることが多いですが、調査までで終わりになることが一般的です。本書は、アンケート調査の設計・解析の方法だけではなく、調査結果に基づいて顧客満足度を高める具体的な施策を仮想的に実験する方法をセットで解説しています。より効果的に顧客満足度を高めたい人におすすめです。

高橋 武則 (著), 川崎 昌 (著)
出版社 : 日科技連出版社 (2019/7/22) 、出典:出版社HP

まえがき

本書は書名でアンケートと表現しているが,本文中では質問紙調査という表現を用いる.このことについて最初に一言断っておきたい.アンケートという言葉は日本で広く用いられる言葉なので本書の書名にはアンケートの表記を用いている.この言葉はフランス語(enquéte)で,その本来の意味は「質問調査」である.それには口頭で質問して回答を調査者が記録する場合(他記式)も含まれる.しかし,回答者自身が質問紙に記述する場合(自記式)がほとんどである.本書は後者の場合に焦点を合わせるとともに,調査後は質問紙による実験も取り上げているために質問紙調査という表現にしている.

本書の主題は顧客満足度の把握・向上であるが,向上のために「何に対して」,「どういう対策を打つか」ということが不可欠になる.前者を質問紙調査で明らかにし,後者を質問紙実験で設計するというのが本書の主張である.

以上のように本書の目的は,質問紙を用いた調査と実験のための包括的なアプローチを提案するとともに,それをわかりやすく紹介することである.このために,本書は以下に示す4つの特徴のもとに記述している.

①全体を三段跳びの有機的な構造で構成している.
②質問紙調査のための5つの可視化ツールを活用している.
③選抜型多群主成分回帰分析(カプセル型因果解析)で解析している.
④調査と実験と設計(施策の策定)の包括的アプローチを採用している.

第一の特徴である「三段跳び構造」による構成とは,全体を「有機的な関連をもつ3つのステージ」に分けていることを意味する.最初は「ホップ」で,ここではコンパクトで極めてやさしい説明用の例を用いて全体像を理解できるようにしている.次は「ステップ」で,ここでは調査から実験を経て設計(施策の策定)に至るまでの全体を一貫したやさしい演習用実事例を用いて実務で確実に実施できるように解説している.最後は「ジャンプ」で,ここでは2つの実事例を紹介することによって実務で本格的に実施できるようにしている.

第二の特徴である5つの可視化ツールとは以下に示すもののことであり,これらを整合して活用することが調査と実験の成功の鍵を握っている.

(1)概念図:キーワードを本質的な構造でレイアウト(配置)した
(2)特性要因図:要因を漏れなく集めて樹形構造で体系的に整理した
(3)パス図:因果構造の本質の予想の概要を示す図
(4)解析模型図:準備段階で因果構造の本質の詳細を示す図
(5)構造模型図:最終段階で因果構造の本質の結果の詳細を示す図

これらを整合して用いることによってパワフルな調査と実験が可能になる.

第三の特徴である「選抜型多群主成分回帰分析」という「カプセル型の因果解析」とは,主成分を変数のカプセルに見立てて重回帰分析を行うことを意味している.主成分の実体は多数の変数の線形結合であるが,これを多数の変数を内包したカプセル(容器)と考えることができる.質問数が多い場合には,質問間に高い相関が存在することは避けられない.しかし,主成分というカプセルは互いに無相関(独立)なので主成分回帰分析を用いれば相関の問題は回避できる.ただし,多数の質問項目を合理的に群分割(群内での相関は高いが群間での相関はない,もしくは低いという構造に分けること)することがポイントである.主成分は実体のない抽象的なもの(カプセルという入れ物)であるが,主成分というカプセルの中に内包されている各変数は実体のある具体的なものである.つまり,多群主成分回帰分析で変数選択された重要な主成分というカプセルの中の重要な変数が施策の対象となるのである,抽象的な主成分に対して具体的な施策を策定することは至難の業であるため,具体的な変数に注目して具体的な対策を策定することがこの方法の本質である.

精選された純度の高い(明快な)主成分をつくるには事前に特性との相関の低い変数は排除するという選抜が必要である.ただし,この選抜は全体寄与率を覚悟して作成するモデルの明快さを優先することが実践の場では重要である.

第四の特徴である調査と実験と設計の包括的アプローチの採用とは,調査の設計から始まって調査結果の解析を行い,注目すべき質問項目に焦点を合わせたうえで質問紙実験を実施して,その結果から重回帰式を求めて最適化して施策を策定するということを意味している.そもそも質問紙調査というものは大きなコスト(費用)とパワー(労力)とタイム(時間)を要するものである.したがって,一度これを行うとなったら考察(解析とそれにもとづくコメント)だけにとどまるのはもったいない.その先の取組みとして,質問紙実験を行って重回帰式を求め,それを用いて有効な施策を策定し,その実現性の確認を行い,最終的にそれを実施して確実に成果を挙げることが重要である.

以上の中でもとりわけ重要なことは調査・実験の対象をどうとらえるかということで,これを図にしたものが概念図である.次に重要なのは,それにもとづいて因果構造を図にしたものがパス図である.この間に特性要因図を作成すると,かなり具体的な因果構造のパス図を作成することができる.ここでは概念図とパス図に関して簡単に解説して本書の特徴の一端を示したい.

《ホップ》で取り上げるビジネスホテルの顧客満足度の向上のようなテーマを扱う場合には,まず図1(1)のように「客の行動」と「ホテル側の対応」の構造を可視化した図1(1)のような概念図を作成する必要がある.

[A]客の行動は以下の6ステップである.
①予約,②チェックイン,③滞在,④睡眠,⑤食事,⑥チェックアウト

[B]ホテル側の対応は以下の3ステージである.
・ソフト(接客):フロントでの接客対応で,客と接触する.
・ハード(客室):客室の準備対応で,客とは非接触(接触せず)である.
・モーニング(朝食):セルフなので原則として客とはほぼ非接触である.

これにもとづいて顧客満足度(総合満足度)は図1(2)のように整理でき,このように矢印を用いて因果構造を可視化したものがパス図である.この後,3つのキーワード(その実態は複数の質問の集団を意味する群のラベルである)各々に複数の質問項目を準備すれば質問紙ができあがる.質問紙作成の詳細およびその後の調査,解析,実験,設計(対策立案)については本文で詳述している.

本書は質問紙の設計から施策の策定までの包括的なアプローチ方法を提案し,その内容と進め方をやさしくかつ事例を用いて具体的に解説するものである.しかしながら,視覚的説明を優先し数理的説明は極力避けている.このために主成分分析については必要最小限の図による説明にとどめている.近年,多くの統計ソフトは主成分分析の重要な結果を見やすい図(因子負荷量図など)として出力してくれる.したがって,出力された図があれば本書が取り上げている必要なことは図的操作でできるため,これを用いて視覚的説明を行っている.

また,本文では表現を変えてはいるが同じ内容を重複して説明する場合がいくつか登場する.それは繰り返すことで重要であることを強調するとともに,角度を変えた説明で多面的な理解を促したいからである.

本書の出版にあたり,日科技連出版社の鈴木兄宏氏には格別のご尽力をいただいた.原稿のすべてに目をとおしていただいたうえで数多くのご指摘とご助言を頂戴したことにより出版に漕ぎつけることができた次第である.ここ記して深甚の謝意を表したい.

2019年6月
高橋武則・川﨑昌

高橋 武則 (著), 川崎 昌 (著)
出版社 : 日科技連出版社 (2019/7/22) 、出典:出版社HP

本書の構成

本書は,ホップ・ステップ・ジャンプの三段跳びの構造で構成している.

《ホップ》アプローチの概要

《ホップ》のパートでは,多群質問紙調査の解析手法の一つである「選抜型多群主成分回帰分析」の考え方,手順をシンプルな事例を用いてわかりやすく説明する.このパートを読めば,解析結果にもとづく提案のアプローチの本質を理解することができる.
第1章多群質問紙調査とは
「ビジネスホテルの満足度調査」の例
第2章 第3章 第4章
【解析の基礎知識】と調査票の作成例

《ステップ》汎用的な基本的アプローチ

《ステップ》のパートでは,[多群質問紙調査]⇒[選抜型多群主成分回帰分析結果にもとづく質問紙実験]⇒[実験結果にもとづく施策提案]まで,一貫してやさしい例を用いて解説する.このパートを参考にすることで,多くの質問紙調査や質問紙実験に本書の解析手法を適用することが可能になる.
第5章 第6章 実践力をつけるための一貫事例
「スマートフォンの満足度調査」の解析例と質問紙実験例

《ジャンプ》ハイレベルな応用的アプローチ

《ジャンプ》のパートでは,市場調査やオンライン調査の高度な実事例を紹介する.これらの質問紙調査や質問紙実験の活用例を応用することで,実務や研究の幅を広げることができる.
第7章 実務で使うための準備
第8章 【市場調査事例】
第9章 【オンライン調査事例】

筆者らは,最低限《ホップ》と《ステップ》のパートを読み,本書で提案する統計的アプローチを実践的に活用してほしいと願っている.しかし,可能ならば《ジャンプ》まで読み進んで知識の幅を広げることにより,読者の実務・研究における問題や課題において,パワフルな解析を行っていただきたい.

質問紙における多数の質問(項目)の間には強い相関の問題が避けられないため,安易にそのまま重回帰分析を行うと失敗するリスクが極めて高い.そこで,似ている質問同士をまとめて複数の群として合理的な群分けをする.そのうえで群ごとに主成分をとることにより,多数の質問の間に存在する強い相関の問題を合理的に回避することができる.すなわち,群間の質問は似ていないので相関は低く,群内の似ている質問は主成分をとることでそれらは主成分というカプセル(容器)の中に保持されるとともに因子負荷量図で質問間の状況は視覚的にクリアに把握することができる.そして,同一群の主成分は互いに独立で群間の主成分の相関は低いのでこの回帰分析(多群主成分回帰分析)は明快な式となる.変数選択の結果として選択された主成分の中の重要な質問(主成分と相関の高い質問)が原因系の重要な質問として選抜され対策の設計対象になる.この一連の過程を示す可視化資料は関係者の合意形成に役立つ.

以上のアプローチにより,結果系の質問(顧客満足)に対して重要な原因系の質問の選抜が客観的でかつ視覚的にクリアな形で可能になる.なお,結果系の質問(顧客満足)が複数ある場合にはここでも主成分を用いることになる.

これまでの過程で得た情報にもとづいて質問紙による仮想実験(コンジョイント分析)を行うことによって対策の設計を行う.仮想実験までに得らた情報の活用により因子と水準は確実なものが準備できるとともに被験者の層別もしっかりと行われるので,実験結果から確度の高い設計が可能になるのである.

本文では統計ソフトを用いた結果を示すが,それらはSAS Institute社のJMPによるものである.

高橋 武則 (著), 川崎 昌 (著)
出版社 : 日科技連出版社 (2019/7/22) 、出典:出版社HP

目次

まえがき
本書の構成

《ホップ》
第1章 多群質問紙調査とは
1.1 ビジネスホテルの満足度調査における多群質問紙調査票の例
1.2 多群質問紙調査の解析ステップ
1.2.1 step1 結果系の質問項目の主成分分析
1.2.2 step2 原因系の質問項目の選抜
1.2.3 step3 概念群ごとの主成分分析
1.2.4 step4 選抜型多群主成分回帰分析
1.2.5 step5 重要な質問項目の確認と考察
1.3 多群質問紙調査結果にもとづく提案
1.3.1 ベクトルにもとづく提案の方向性
1.3.2 質問紙実験にもとづく具体的な提案

第2章 多群質問紙調査から施策提案までの流れとその準備
2.1 調査手法の特徴と多群質問紙の構造
2.1.1 オンライン調査と多群質問紙調査
2.1.2 企業におけるオンライン調査の活用
2.1.3 因果分析を前提とした多群質問紙調査票の構造
2.2 多群質問紙調査票のつくり方
2.2.1 調査計画
2.2.2 準備段階で用意したい5つの図表
2.3 調査の目的と仮説
2.4 概念群と質問項目
2.5 属性(フェイスシート)項目

第3章 基本的な解析
3.1 単純集計
3.2 平均値と標準偏差
3.3 グラフ
3.4 1変量の分布と要約統計量

第4章 多群質問紙調査の解析手法
4.1 調査および解析の歴史的変遷
4.2 多変量解析の発展
4.3 本書で活用する多変量解析
4.3.1 重回帰分析
4.3.2 主成分分析
4.3.3 従来の主成分回帰分析
4.4 選抜型多群主成分回帰分析

《ステップ》
第5章 「スマートフォンの満足度調査」の解析
5.1 多群質問紙「スマートフォンの満足度調査」の質問項目
5.1.1 結果系の項目
5.1.2 原因系の項目
5.2 入力データのチェック
5.3 「漫画をよく読む人」の選抜型多群主成分回帰分析
5.3.1 step1 結果系の質問項目の主成分分析
5.3.2 step2 原因系の質問項目の選抜
5.3.3 step3 概念群ごとの主成分分析
5.3.4 step4 選抜型多群主成分回帰分析
5.3.5 step5 重要な質問項目の確認と考察
5.3.6 「漫画をよく読む人」の提案の方向性
5.4 「漫画をあまり読まない人」の選抜型多群主成分回帰分析
5.5 解析結果にもとづく提案の方向性

第6章 「スマートフォンの満足度調査」の解析結果にもとづく質問紙実験
6.1 因子と水準の設定
6.2 プロファイルカードの作成
6.2.1 直交表の作成
6.2.2 プロファイルカードの準備と並べ替えの手順
6.2.3 実験の実施
6.3 データ解析
6.3.1 重回帰分析
6.3.2 得られた式の検討
6.4 提案施策の設計
6.5 確認調査

《ジャンプ》
第7章 実務で使うための準備
7.1 質問紙調査と質問紙実験における分類
7.1.1 属性分類
7.1.2 統計分類
7.1.3 上位の分類と下位の分類
7.1.4 事前層別と事後層別
7.2 群の再構成
7.2.1 事前と事後の群の構成の違い
7.2.2 層に分けた場合の解析
7.2.3 群の再構成の例

第8章 [市場調査事例]対応のある質問紙調査の積み重ね解析
8.1 対応のある調査票の活用
8.2 「コンビニエンスストアの満足度調査」の概要
8.3 個別および積み重ねデータによる重回帰分析
8.4 積み重ねデータによる選抜型多群主成分回帰分析
8.5 まとめ

第9章 「オンライン調査事例]キャリア意識に影響する要因の探索的検討
9.1 オンライン調査の準備
9.1.1 「キャリア意識」に関する概念図
9.1.2 「キャリア意識」に関する特性要因図とパス図
9.2 オンライン調査の概要
9.3 重回帰分析
9.3.1 事後層別
9.3.2 事後層別結果にもとづく重回帰分析
9.4 大企業で年収500万円以上の選抜型多群主成分回帰分析
9.5 他の層の分析と考察
9.5.1 大企業で年収500万円未満の既婚者の重回帰分析
9.5.2 大企業で年収500万円未満の未婚者の選抜型多群主成分回帰分析
9.6 階層の探索的アプローチにも
9.7 まとめ

付録1 選抜型多群主成分回帰分析【Excelでの実施手順】
付録2「スマートフォンの満足度調査」の調査票

あとがき
引用文献
参考文献
索引

高橋 武則 (著), 川崎 昌 (著)
出版社 : 日科技連出版社 (2019/7/22) 、出典:出版社HP