ゲノム編集の光と闇 – 人類の未来に何をもたらすか

全目次 -ゲノム編集の光と闇を確認する
目次
はじめに
序章遺伝子組み換えの夜明け
1975年、アシロマへの招待/
世界初「遺伝子組み換え」論文
/DNA、RNA、染色体、遺伝子、ゲノム
/動物の遺伝子を大腸菌で増やす/
「プラスミド屋」コーエン、「ハサミ」を持つボイヤー/
「我々はどんなDNA組み換えられるようになった」/
遺伝子組み換えのハサミとのり/
遺伝子を「取る」「切ってつなぐ」が日常的に/
「アシロマ指針」が投げかける問題群

第1章クリスパー誕生物語
女性ペアが切り開く/
ゲノム編集の「探して、切る」メカニズム/
第1、第2世代はたんぱく質が「探し当て」「切断する」/
第3世代クリスパー・キャス9の利点と弱点/
技術と社会の接点にある倫理的課題/無名の研究者エマニュエルの旅/
ニッチから大輪の花へ/
自然界のCRISPRと免疫機構/
侵入者の「記憶ファイル」を利用する/
日本人が発見した配列/
Cas(ハサミ機能)の発見/
クリスパー機構の証明/
敵に隣接する目印PAM/
エマニュエルの発見/
トレイサーRNAとは/
「2つのRNAと1つのたんぱく質」/
二人の出会い/
世紀の「人工ツール」の発表/
ダウドナがRNA研究で名声を得るまで/
ダウドナとクリスパーの縁」

第2章人工の遺伝子編集ツールを作る
3つの要素と切断メカニズム/
万能DNA切断マシンの汎用性/
ブロード研チームがヒト細胞で参戦/
マウスの遺伝子改変/標的遺伝子組み換え/
相同組み換えと遺伝子シャッフル/
ES細胞=万能細胞/
キメラマウスから標的遺伝子改変マウスへ/
望みのノックアウトマウスまでの苦難の道/
「複数遺伝子の改変が1カ月でできる」!/
数分間のコンピュータ操作と、数十ドルのコスト/
「ゲーム・チェインジャー」クリスパーの威力

第3章遺伝子治療をこう変える
4歳児への日本初の試み/
従来の遺伝子治療/
臨床研究の紆余曲折/
遺伝子治療薬の商品化/
ゲノム編集でHIVに抵抗する/
白血病の少女にゲノム編集治療/
クリスパーを利用した初のがん治療/
体内投与によるゲノム編集治療も/
並み居るバイオベンチャーと治療戦略/
遺伝子「修理」は試行錯誤まっただ中/
筋ジストロフィー、難聴、……ゲノム編集治療への期待/
日本で実践された研究/
「バラ色の未来」は待っているか?

第4章ヒト受精卵を編集する
2018年1月、香港ショック/ノーベル賞を受賞した「実用的技術」/
卵子、精子、受精卵、子宮を別々に/
受精卵の遺伝子改変を禁止/
クローン技術と「動物工場」/
ES細胞とiPS細胞は再生医療の福音か/
ゲノム編集で「パーフェクトベビー」を設計する?/
有力誌、マスメディアが相次いで警鐘を鳴らす/
ダウドナが主催したナパ会議での勧告/
「アシロマ会議ゲノム編集版」に役者が揃う/
サミットの結論は……/
NASは「厳格な監視体制」の条件付きで方針転換/
英国の評議会も条件付きで容認へ/
HIVの感染防止というが……/
「ルル」「ナナ」の実在は否定できず/
子どもたちへの悪影響は未知数/
中国当局も調査へ/
ヒト受精胚をめぐる日本の議論/
生命倫理専門調査会のゲノム編集の議論/
求められる現場の透明性/学術会議は法規制の必要性を強調/
シャーレの中で進められる受精卵治療/
着々と進む「受精卵編集ベビー」に向けた試み/
英国における万全な規制と透明性

第5章種を「絶滅」に導く遺伝子ドライブの脅威
そんなことができるの?/
蚊は撲滅できるか/
不妊遺伝子を利用した遺伝子ドライブ/生態系の改変につながらないか?/
自然界のバランスを壊さずに……/
遺伝子ドライブの歴史/
実験室での”自動変異コピペマシン』の威力/
世代を超えて伝わる「遺伝子ドライブ」/
赤目の敗ばかりに/
予期せぬ変異を拡散させるリスク/
軍事転用の懸念/
DARPAが助成する7つの研究/
「軍民両用」の最たるものになるのか/
哺乳類の遺伝子ドライブ

第6章古代人の再生は可能か
「ジュラシック・パーク」メソッド/
絶滅生物を復活させた事例/
マンモスの受精卵?/
クリスパーによる生態系の巻き戻し/
ネアンデルタール人の復活?/
シャーレの中で「ミニ臓器」をつくる/
「ネアンデロイド」は何を語るか/
思考実験はどこまでも

終章そこにある「新世界」は素晴らしいか
倫理的、法的、社会的な影響/
「望み通りの子ども」デザイナーベビー/
何のための着床前診断か/弟か妹をデザインする/
治療を超えた「強化」はどこまで許されるか/
だれでもできる「DIYバイオ」/優生学からの問い/
ミトコンドリア置換や配偶子編集/
ゲノム編集農産物、魚、家畜/
ゲノム編集農産物への規制をどうするか/動物をヒト

用移植臓器の工場に?
おわりに
主な引用・参考文献

2018年11月、中国の研究者が「ゲノム編集をした受精卵から双子の赤ちゃんを誕生させた」という衝撃なニュースが世界を驚愕させました。

かつて2015年に中国の大学がヒトの受精卵にゲノム編集を行ったという論文を発表しました。しかし同年に行われたヒトゲノム編集国際会議ではヒトの生殖細胞や受精卵へのゲノム編集については、適切な法的、倫理的なルールのもとに行われるべきこととした。つまり、「そこから人間を生み出すことは許されない」というのが世界の共通の認識としてありました。そんな中「ゲノム編集ベビーを誕生させた」と発表したのだから、「重大な倫理違反」として世界中から批判されるのはしかるべきと言えるでしょう。

本書はゲノム編集という最先端テクノロジーを紹介しながら、これまでのテクノロジーの歴史を辿ることで今後私たちの暮らしに最先端テクノロジーもたらす利益と問題点を筆者である青野由利氏が明らかにしてくれます。

はじめに
いつかはこういう時がくるだろう。そうは思っていましたが、まさかこんな形でやってくるとは――「中国の研究者がゲノム編集した受精卵から双子の女の赤ちゃんを誕生させたと主張している」「改変したのはエイズウイルスの感染に関わる遺伝子だという」

そんなAP通信の特ダネが流れてきたのは2018年11月5日のことでした。この記事を見たとたん、「えっ、まさか」という思いと、「事実かもしれない。そうだとしたら大変なことだ」という思いが交錯しました。

ゲノム編集は2012年ごろから注目を集めるようになった「遺伝子を狙い通りに切り貼りできる技術」です。「ワープロで文章を編集するように、人間の設計図に相当するゲノムを自在に編集する技術」と言ってもいいでしょう。
特に「クリスパー・キャス9」と呼ばれるゲノム編集の分子ツールは、正確で効率がよく、扱いが簡単で、安いという、3拍子も4拍子もそろった技術で、野火のように世界の研究室に広がって行きました。

すでに野菜や家畜、魚の遺伝子改変はこれまでの何倍ものスピードで進み、肉付きのよいマダイや角のない牛、芽に毒素を含まないジャガイモといった「ゲノム編集生物」が生み出されています。「ゲノム編集を使ってマラリアを媒介する蚊を根絶してはどうか」というアイデアも出てきました。

体細胞の遺伝子を改変して病気を治そうとする「ゲノム編集治療」の試みも、急速に進もうとしていますシャーレの中で人間の受精卵をゲノム編集する研究もわずかながら行われてきました。実は、こうした実験を最初に公表したのも中国の別のチームで、議論を巻き起こしました。

「病気を根本的に治すことにつながるかもしれない」という
期待がある一方で、こうした実験がやがては「人間の改変」や「人間の選別」、さらには「未知の生物の創造」につながるのではないか、という懸念があったからです。

いずれにしても、「そこから人間を生み出すことは許されない(少なくとも現時点では)」というのが世界のコンセンサスでした。なぜなら、生まれてくる子どもにとっての安全性は未知数で、思わぬ障害が現れる恐れが十分にあるからです。しかも、受精卵の遺伝子改変は、そこから生まれる子どもだけでなく、その子どもへと世代を超えて伝わって行くからです。親が望み通りの子どもをもうける「デザイナーベビー」にもつながるかも知れません。

だからこそ、ある日突然「ゲノム編集ベビーを誕生させた」と公表した中国の研究者は「重大な倫理違反」として世界中から批判を浴びたのですこんなふうに言うと、「これまでだって遺伝子組み換え技術があったのに、なぜ今ごろ騒ぎに?」と思う人がいるかもしれません。確かに「遺伝子組み換えによる人間の受精卵の
改変の是非」についてはこれまでも議論されてきました。

でもあえて大胆に言うならば、ゲノム編集と従来の遺伝子組み換えは、似て非なるものなのです。従来の遺伝子組み換えは効率も精度も悪く、多くの場合に細胞のDNAのランダムな場所でしか作用せず、狙った通りに遺伝子を組み換えることは困難でした。人間の受精卵に意味のある改変を加えることは、原理的に可能だったとしても、事実上は不可能だったのです。

ところが、「クリスパー・キャス9」の登場で状況は変わりました。細胞の中の遺伝子を狙い通りに操作することが、-以前に比べてずっと簡単にできるようになりました。その結果、人間の受精卵でさえも、ネズミや家畜の受精卵のように、遺伝子改変の対象と見なす人々が出てきたのです。

「できない時に、やってはいけないというのは簡単だった」ゲノム編集の人への応用と倫理を議論するために、さまざまな分野の人を集めて2015年2月に米国のワシントンで開かれた初の国際会議で、遺伝カウンセラーが述べたそうです。この一言こそ、まさに現状を言い当てていると感じます。「ゲノム編集ベビーを誕生させた」という中国の研究者は、APの記事から2日後に香港で開催中の国際会議で自分が関与した実験内容を話しました。

皮肉なことに、この会議は2015年にワシントンで開かれた国際会議の第2回に当たるものでした。人を対象とするゲノム編集の科学的進展を評価し、社会的対応について改めて議論しようとした矢先に、この研究者が爆弾を投げたのです。
詳しい話は本文に譲りますが、もちろん、本書が扱うのはゲノム編集ベビーの話だけではありません。この技術がどのように生まれ、今後どのように使われていくのか。道筋をたどると、さまざまな点で「デジャブ」(既視感)を感じます。私が科学記者になって以来、30年近くフォローしてきた生命科学をめぐるさまざまな技術、あらゆる論争がそこにある、という気さえしてきます。たとえば、思いつくキーワードを挙げるだけでもこんな感じです。

遺伝子組み換え、遺伝子治療、体外受精、着床前診断、クローン技術、ES細胞、iPS細胞、遺伝子ターゲティング、ヒトゲノム計画、異種移植、絶滅動物再生、デザイナーベビー、優生学、エンハンスメント(強化)ーいずれも、ゲノム編集と多かれ少なかれ関係のある技術や倫理的課題です。ですので、本書は「ゲノム編集」という最先端の生命科学技術を紹介するだけでなく、それが拠って立つ「生命科学の歴史と系譜」をも辿ることになります。

2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロさんは記念講演の終盤でこう語っています。「ゲノム編集のような遺伝子技術、人工知能(AI)やロボット工学の発展、これらは私たちにすばらしい利益をもたらすでしょう。その一方で、アパルトヘイトにも似た容赦のない能力主義や、現在のエリートにまで及ぶ大規模な失業を生み出すかもしれません」

AIやロボット工学と並んで、文学者も注目するゲノム集とはどういう技術なのか。本書ではまず、序章で「ゲノム編集以前」の遺伝子組み換えについて紹介します。

第1章ではゲノム編集の中でも革命的と言われる「クリスパーの誕生物語」について、第2章で「ゲノム編集ツール」が世界の実験室をどう変えたか、第3章で体細胞を標的とする「ゲノム編集治療」、第4章で衝撃の「ゲノム編集ベビー」も含めた「ヒト受精卵の編集」、第5章で生物の絶滅さえ可能にするかもしれない「遺伝子ドライブ」、第6章でゲノム編集による「絶滅生物の復活」は可能かを紹介し、終章で改めてゲノム編集が提起する生命倫理の課題を考えます。

はじめにお断りしておくと、本書では「ゲノム編集」という言葉以外に、「遺伝子編集」という言葉が使われることもあります。ゲノムはある生物の全遺伝情報、遺伝子はそのうちたんぱく質に翻訳される情報のことで、どちらもその本体はDNAです。ですので、ゲノム編集も遺伝子編集も、基本的には生物のDNAを切り貼りして編集する操作だと思って読んでいただければと思います。

目次
はじめに
序章遺伝子組み換えの夜明け
1975年、アシロマへの招待/
世界初「遺伝子組み換え」論文
/DNA、RNA、染色体、遺伝子、ゲノム
/動物の遺伝子を大腸菌で増やす/
「プラスミド屋」コーエン、「ハサミ」を持つボイヤー/
「我々はどんなDNA組み換えられるようになった」/
遺伝子組み換えのハサミとのり/
遺伝子を「取る」「切ってつなぐ」が日常的に/
「アシロマ指針」が投げかける問題群

第1章クリスパー誕生物語
女性ペアが切り開く/
ゲノム編集の「探して、切る」メカニズム/
第1、第2世代はたんぱく質が「探し当て」「切断する」/
第3世代クリスパー・キャス9の利点と弱点/
技術と社会の接点にある倫理的課題/無名の研究者エマニュエルの旅/
ニッチから大輪の花へ/
自然界のCRISPRと免疫機構/
侵入者の「記憶ファイル」を利用する/
日本人が発見した配列/
Cas(ハサミ機能)の発見/
クリスパー機構の証明/
敵に隣接する目印PAM/
エマニュエルの発見/
トレイサーRNAとは/
「2つのRNAと1つのたんぱく質」/
二人の出会い/
世紀の「人工ツール」の発表/
ダウドナがRNA研究で名声を得るまで/
ダウドナとクリスパーの縁」

第2章人工の遺伝子編集ツールを作る
3つの要素と切断メカニズム/
万能DNA切断マシンの汎用性/
ブロード研チームがヒト細胞で参戦/
マウスの遺伝子改変/標的遺伝子組み換え/
相同組み換えと遺伝子シャッフル/
ES細胞=万能細胞/
キメラマウスから標的遺伝子改変マウスへ/
望みのノックアウトマウスまでの苦難の道/
「複数遺伝子の改変が1カ月でできる」!/
数分間のコンピュータ操作と、数十ドルのコスト/
「ゲーム・チェインジャー」クリスパーの威力

第3章遺伝子治療をこう変える
4歳児への日本初の試み/
従来の遺伝子治療/
臨床研究の紆余曲折/
遺伝子治療薬の商品化/
ゲノム編集でHIVに抵抗する/
白血病の少女にゲノム編集治療/
クリスパーを利用した初のがん治療/
体内投与によるゲノム編集治療も/
並み居るバイオベンチャーと治療戦略/
遺伝子「修理」は試行錯誤まっただ中/
筋ジストロフィー、難聴、……ゲノム編集治療への期待/
日本で実践された研究/
「バラ色の未来」は待っているか?

第4章ヒト受精卵を編集する
2018年1月、香港ショック/ノーベル賞を受賞した「実用的技術」/
卵子、精子、受精卵、子宮を別々に/
受精卵の遺伝子改変を禁止/
クローン技術と「動物工場」/
ES細胞とiPS細胞は再生医療の福音か/
ゲノム編集で「パーフェクトベビー」を設計する?/
有力誌、マスメディアが相次いで警鐘を鳴らす/
ダウドナが主催したナパ会議での勧告/
「アシロマ会議ゲノム編集版」に役者が揃う/
サミットの結論は……/
NASは「厳格な監視体制」の条件付きで方針転換/
英国の評議会も条件付きで容認へ/
HIVの感染防止というが……/
「ルル」「ナナ」の実在は否定できず/
子どもたちへの悪影響は未知数/
中国当局も調査へ/
ヒト受精胚をめぐる日本の議論/
生命倫理専門調査会のゲノム編集の議論/
求められる現場の透明性/学術会議は法規制の必要性を強調/
シャーレの中で進められる受精卵治療/
着々と進む「受精卵編集ベビー」に向けた試み/
英国における万全な規制と透明性

第5章種を「絶滅」に導く遺伝子ドライブの脅威
そんなことができるの?/
蚊は撲滅できるか/
不妊遺伝子を利用した遺伝子ドライブ/生態系の改変につながらないか?/
自然界のバランスを壊さずに……/
遺伝子ドライブの歴史/
実験室での”自動変異コピペマシン』の威力/
世代を超えて伝わる「遺伝子ドライブ」/
赤目の敗ばかりに/
予期せぬ変異を拡散させるリスク/
軍事転用の懸念/
DARPAが助成する7つの研究/
「軍民両用」の最たるものになるのか/
哺乳類の遺伝子ドライブ

第6章古代人の再生は可能か
「ジュラシック・パーク」メソッド/
絶滅生物を復活させた事例/
マンモスの受精卵?/
クリスパーによる生態系の巻き戻し/
ネアンデルタール人の復活?/
シャーレの中で「ミニ臓器」をつくる/
「ネアンデロイド」は何を語るか/
思考実験はどこまでも

終章そこにある「新世界」は素晴らしいか
倫理的、法的、社会的な影響/
「望み通りの子ども」デザイナーベビー/
何のための着床前診断か/弟か妹をデザインする/
治療を超えた「強化」はどこまで許されるか/
だれでもできる「DIYバイオ」/優生学からの問い/
ミトコンドリア置換や配偶子編集/
ゲノム編集農産物、魚、家畜/
ゲノム編集農産物への規制をどうするか/動物をヒト

用移植臓器の工場に?
おわりに
主な引用・参考文献