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企業の価値を高めるためのポリシーがわかる
本書では、市場からの評価を高めるための財務戦略やガバナンス、企業の社会的意義などについてどのように考えるべきかをまとめています。日本企業は、アメリカなどの企業と比べ、経営の効率性が低く、株主を重視する企業が比較的少ないため、市場からの評価が低いとされています。そこで、財務に関係している会社員、学生など幅広い方に向けて、より企業価値を高められる財務・非財務戦略について解説しています。
CFOポリシー
財務・非財務戦略による価値創造
柳良平(著)
はじめに
昨今,次世代CFO(最高財務責任者)の役割が問われている。かつて一橋大学の伊藤邦雄教授は,「この国には真のCFOがいない。スーパー経理部長しかいない」と憂えて,一橋大学にCFOを育成する教育機関を立ち上げた。そこでは筆者も非常勤の講師陣の一員として参加している。
一方,2018年3月,早稲田大学にIMA(米国公認管理会計士協会)のCEOであるJeffrey Thomson氏の姿があった。IMA日本支部のイベントの基調講演で彼はCFOの役割を強調した。「CFOはValue Steward(企業価値の番人)であれ、そしてValue Creator(企業価値を創造する者)であれ」。まさに財務の専門家としてのCFOの企業価値に対する受託者責任を表しているだろう。あるいは「真のCFO」の定義を示唆しているかもしれない。
[もちろん,第四次産業革命(4IR)と呼ばれる,デジタル・AI(人工知能)の新時代において,次世代CFOにはこれまでにないITリテラシーと,それに依拠した経営戦略の策定も求められるであろう。ただし,「デジタルCFO」の側面を本書では取り扱わず,他の文献に譲ることとしたい。]本書では、筆者の早稲田大学会計研究科の客員教授としての理論と,製薬企業であるエーザイ株式会社のCFOとしての実践を融合して,「世界の投資家の視座と企業価値創造」を意識した,新時代のCFOの「財務戦略」と「非財務戦略」にフォーカスして論述する(よって、本書は網羅的な一般のファイナンスの教科書やCFO論とは一線を画する)。
筆者の希少性・新規性のあるリサーチデザインは「グローバル投資家サーベイ」である。上場企業のCFOは、その受託者責任に鑑み、まずは企業価値評価の実態を知るべく、スタートラインとして、資本市場のパーセプション,つまり世界の投資家の声を理解すべきである。
筆者は早稲田大学の非常勤教員という独立した立場で、アカデミック研究のために2007年か
ら2019年まで12年間にわたり、毎年100名以上の世界の投資家の意見を収集している。そのバックグラウンドとして、筆者は2003年から2019年まで毎年約200件の海外投資家との面談を行い,累計では延べ3,000件の海外投資家と意見交換を行った実績があり、その人脈から世界の投資家に直接コンタクトができ,本音の意見が入手できる立場にある。そして,毎年の質問票調査の回答者の日本株投資総額は,2019年3月末現在の時価総額で概み100兆円レベルになっている。短期志向のヘッジファンドやプログラム売買の投資家を除いており、日本企業の株主になっている長期志向のグローバル機関投資家の大部分の声をカバーしていると言ってよい。
本書の前段の第1章,第2章では,類書に例を見ないほど質量ともに豊富な世界の投資家の視座を分析して詳しく紹介している(投資家の個別意見は私目みつ匿名を条件に公開)。
その意味では、本書の「共著者」は数百名の世界の機関投資家の方々である。たとえば、いちごアセットマネジメントのCEOであるスコット・キャロン氏は,第1回から熱心に筆者のサーベイに参加し,他の投資家への呼びかけや紹介なども含めて多大な貢献をしてくれている。そして,本書の結論とも言える第8章の“非財務資本とエクイティ・スプレッドの同期化モデル”(筆者のROESGモデル)と同じ趣旨で,現代版「論語と算盤」を唱えるコモンズ投信の会長である渋澤健氏(渋澤栄一翁の末裔)も長年の盟友として投資家アンケートに協力してくれている。
CFOのコーポレート・スチュワードシップとも言うべき日本企業の企業価値創造に関して,2008年のACGA(アジア諸国のガバナンス改善を促進する投資家団体)の日本に関する白書(ACGA(2008))が「日本企業は貯金箱(savingbox)モデルだ」と揶揄してから10年以上が経過したが,第3章で詳説しているように,2019年3月末現在で上場企業(金融除く)のバランスシートには200兆円近い広義の現金(現金+有価証券)が積み上がり,上場企業の15%近くで「広義の現金のほうが時価総額よりも大きい」状態にある。第3章では「日本企業の保有現金100円の価値評価は50円」という衝撃的な事実が完性的・定量的証拠と共に明かされる。アベノミクス前後で株価もROE(株主資本利益率)もほぼ倍増したが,企業価値の創造は未だ十分ではないのである。この背景には,企業における資本コストの意識の欠如に代表されるようなCFOの財務リテラシーの不足もあるのではないだろうか。
その解決策の一助とすべく,第4章では筆者が「理論と実践の融合」かりエーザイCFOポリシーとして策定した「財務戦略マップ」を提唱している。さらにその戦略マップの3本柱である「ROE経営」、「投資採択基準」、「配当政策」について,第5章,第6章,第7章で詳説している。世界の投資家の視座も織り込み、ファイナンス理論を深掘りして応用したロジックに加えて,「200種類のハードルレート」など,実際のエーザイCFOの実務において,企画・立案・実行して世界の投資家から評価を得た実践も可能な限り紹介したつもりである。
一方,企業価値に占める無形資産の割合は今や8割とも言われ、「見えない価値を見える化」することが重要になっている。ESG(環境,社会,統治)ブームの中,ROEを忌み嫌う一部の経営者も非財務情報のアピールには熱心であるが,日本企業のPBR(株価純資産倍率)はほぼ1倍で推移しており,非財務資本の価値が付加価値として市場から認識されていない。筆者は海外投資家と毎年約200件面談しているが、いまだに日本企業の価値創造に関する彼らの不満は根強い。
日本企業の非財務の価値は十分に顕在化されていないのだ。これは世界第3位の経済大国にとって「不都合な真実」ではないだろうか。そこで,ESGとROEを統合して説明責任を果たすためのCFOの「非財務戦略」が必要になってくる。一橋大学の伊藤邦雄氏は近年,「ROESG」というキャッチーな造語で啓蒙している。本書の結論でもあるが,ある意味で伊藤先生への「答申書」として,第8章で「非財務資本とエクイティ・スプレッドの同期化モデル(筆者のROESGモデル)」を「見えない価値を見える化する」概念フレームワークとして提案した。日本IR学会や一橋大学CFO教育研究センターでもお世話になっているメンターの伊藤先生には心から感謝申し上げる。
本書の第9章では筆者の「ROESGモデル」を裏付けるために自身の関与した複数の実証研究をエビデンスとして詳説した。世界の投資家を説得するための客観的な支援材料になっているが,ESGと企業価値の関係性を研究する学者や学生の方々にも一定の示唆があれば幸甚である。
筆者は日本企業のESGをはじめとする非財務資本の潜在価値の高さを確信しており,それをCFOによる「ROESGモデル」の訴求を経由して解き放ちたいと考えている。「日本企業の実力はこんなものじゃない。もっと資本市場から、世界の投資家から評価してもらいたい。それによって日本企業の長期的な企業価値は倍増できる」という思いがある。
究極的には,企業価値は非財務資本から財務資本に転換されて生成されると考えられるが,いかにしてそれを具現化して資本市場の理解を得ていくのか。潜在的には非財務資本の価値が極めて高いはずの日本企業の価値があ陥っている現状を打破し,コーポレートガバナンスや財務リテラそのIR(インベスター・リレーションズ:説明責任の履行)を改善する、まり「次世代CFOの財務戦略・非財務戦略」によって、大きな企業価値のが図れるのではないか。
企業価値評価という点ではESGと相関するはずのPBRのトレンド把に言えば,過去10年では概ね日本1倍,英国2倍,米国3倍になっていて日本企業が潜在的なESGの価値を顕在化すれば,少なくとも英国並みのDDY2倍の国になれるのではないだろうか。ESGが救世主になり「日本企業の価街は倍増できる」「令和の時代に日経平均は4万円になる」と筆者は信じたい。そして、その鍵を握るのは高度な財務・非財務戦略を具備したCFOなのである。
本書は前著「ROE革命の財務戦略』(柳(2015d)),『ROE経営と見えない価値」(柳編著(2017))を大幅に加筆・統合・更新して,改めて新時代のCFOの財務戦略・非財務戦略を理論と実践から提言した集大成の書籍となっているが,多くの素晴らしい方々のご支援・ご協力を得てきた。「既述のように,CFO教育を唱え,「ROESG」という造語のリーダーでもある「伊藤邦雄氏,同趣旨で現代版「論語と算盤」を継承する渋澤健氏,「共著者」で「ある世界の投資家を代表してスコット・キャロン氏。さらに,筆者の描くモデルの実証研究に協力してくれた野村アセットの上崎勲氏,ニッセイアセットの吉野貴晶氏,SMBC日興証券の伊藤桂一氏,AXAアセット(ロンドン)のYoTakatsuki氏など枚挙にいとまがない。加えて,NY州年金基金の山口絵里氏にはケースでも協力いただいた。
さらに、国際統合報告評議会(IIRC)のCEOを2019年に退任したRichardHowitt氏には、筆者の「THRC-PBRモデル」に関して、IIRCの5つの非財務資本と企業価値を同期化する概念を長年支援していただき,筆者の英文論文(Yanagi(2018a))のIIRCのウェブサイトへの掲載,IIRCの国際会議での登壇,英文図書(Yanagi(2018b))への推薦文掲載やロンドンでのプロモーションでも大変お世話になった。
そして、本書のデータ整理,レイアウト,推敲等では、エーザイの財務・投資戦略部の白鳥沙紀氏,エグゼクティブ・セクレタリーを務める多賀糸奈央氏に多大なる尽力をいただいた。この場を借りて、改めて深く感謝申し上げたい。
なお,本書の読者は,日本企業の現在あるいは未来のCFOをはじめ、経営者,経営企画,経理財務,IRで働くコーポレートスタッフなどの企業人,投資家・アナリスト諸氏,コーポレートガバナンスを担う立場にある取締役・監査役,あるいは研究者,学生等を幅広く念頭に置いている。さまざまな分野の読者の皆様に本書に対する高い識見からのご示唆をいただければ,著者としては望外の喜びである。
末筆ながら、企画段階から校正,完成まであたたかく導いてくれた中央経済社の取締役専務である小坂井和重氏に,厚く御礼申し上げたい。なお,最終的な文責は全て著者にあり、読者諸氏の叱咤激励をお待ちする。
2020年元旦
東京オリンピック幕開けの年明けに
柳良平
(なお、本書はあくまで、筆者の独立した私見であり,筆者が過去および現在所属する組織の見解ではないこと,また本書で取り上げるケースについては,筆者はあくまで独立した中立の立場であり,言及した企業の評価や発行する有価証券の売買の推奨などには一切関係がないことをお断りしておきたい。)
目次
はじめに
第1章
わが国のガバナンス改革と世界の投資家の視座の変遷
第1節
ガバナンスの環境変化とダブルコード・伊藤レポートが求める企業価値向上
第2節
日本企業のガバナンスに係る時系列に見た世界の投資家の意見:2007年-2019年調査
第2章
近年の世界の投資家の視座:2018年調査の詳細と2019年調査速報
第1節
世界の投資家サーベイ2018の詳報
1 日本企業のコーポレートガバナンスに対する満足度
2 日本企業のROEに対する満足度
3 日本企業の保有する現金・有価証券の水準の妥当性
4 日本企業の保有する現金・有価証券の価値
5 日本株投資に係る株主資本コスト:投資家の最低要求リターン
6 エクイティ・スプレッド(ROE-株主資本コスト)の支持率
7 日本企業のESGとその開示についての投資家意見
8 日本企業のESGを企業価値評価(PBR)に織り込むべきか
第2節
世界の投資家サーベイ2019の速報
1 日本企業のコーポレートガバナンスへの満足度
2 ROEの投資家満足度
3 日本企業は過剰資本・過剰現金保有か
4 日本企業が保有する現金100円はいくらの価値があるか
5 配当政策の要諦
6 株主資本コストのコンセンサス
7 エクイティ・スプレッドの支持率
8 日本企業のESGへの要望
9 ESGをPBR(株価純資産倍率)に織り込むか
第3章
不都合な真実: 日本企業の保有現金100円は50円
第1節
日本企業のバランスシートに積み上がる現金・有価証券
第2節
ガバナンスディスカウントの定性的証拠:「日本企業の保有現金100円の価値は50円」
1 日本企業の保有現金の価値評価に係る投資家サーベイ結果
2 現金の価値に係るグローバル投資家の主要コメント:事例
第3節
ガバナンスディスカウントの定量的証拠
1 先行研究
2 柳・上崎(2017)の評価項目と重回帰分析モデルの設定
3 柳・上崎(2017)の重回帰分析の結果
第4章
企業価値を高めるCFOポリシー:財務戦略マップ
第1節
CFOの受託者責任と財務戦略マップ
第2節
現場に落とし込む
CFOの日本型
ROE経営:管理会計とのつながり
1 ROEのデュポン展開による全社への浸透
2 現場にカスケードダウンする日本型ROE経営管理会計
第3節
価値を創造するための高度な投資採択基準を考える
第4節
最適資本構成に基づく最適配当政策
第5章
ROE経営とエクイティ・スプレッド
第1節
中長期的なROE経営の重要性
第2節
ROE経営に係るCFOの留意点: 「良いROE」と「悪いROE」
第3節
株主資本コスト=最低要求ROE8%の根拠
第4節
価値創造の代理指標としてのエクイティ・スプレッド
第5節
エクイティ・スプレッドとパフォーマンスに係る定量分析
第6節
ケース研究:リキャップCBの留意点
第6章
企業価値創造する投資採択基準(VCIC)
第1節
資本支出予算における投資採択基準における日米比較:資本コストの意識が問われている第2節
CFOポリシーとしての価値創造の投資採択基準(VCIC)
第3節
M&AにおけるCFOの受託責任
第4節
株式持ち合いの検証におけるCFOの受託者責任
第7章
最適資本構成に依拠した最適配当政策
第1節
配当パズルと日本企業の誤認
第2節
決算短信分析に見る日本企業の横並び意識と投資家とのギャップ
第3節
CFOポリシーとしての「最適資本構成に基づく最適配当政策」
第4節
ケース研究:TBSと中野冷機の事例
1 東京放送HDのケース
2 中野冷機のケース
第8章
CFOの非財務戦略としての「ROESGモデル」の提言
第1節
拡大する非財務資本の価値とESG投資の急増
第2節
研究開発の価値(知的資本)にフォーカスしたTintrinsicValueモデル」の追求
第3節
エーザイCFOポリシーの「IIBC-PBBモデル」
第4節
「非財務資本とエクイティ・スプレッドの同期化モデル」(ROESGモデル)の提言
第5節
ROESGモデルを示唆する定性的なエビデンス
1 エーザイの事例(エーザイの統合報告書2019)
2 独SAP社の事例(SAP社の2015年統合報告書より)
3 NY州退職年金基金のESE統合とエンゲージメントの事例
第6節
良好なESGが株主資本コストを低減する
第9章
ROESGモデルの定量的エビデンス
第1節
IIRCの5つの非財務資本とPBRの相関関係
第2節
研究開発投資のROE,株価への遅延浸透効果
第3節
市場付加価値(PBR1倍超の部分)と「人的資本」,「知的資本」の相関関係
第4節
PBRと「自然資本」の関係性
第5節
グローバル医薬品セクターのESGマテリアリティ
第6節
エーザイのESGのKPIとPBRの関係性
第7節
まとめ:CFOの財務・非財務戦略が国富の最大化へ貢献する
参考文献
索引