サブスクリプション・マーケティング――モノが売れない時代の顧客との関わり方

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サブスクリプションを効果的に使うには

本書は、サブスクリプションがマーケティングに及ぼす影響などについて解説しています。サブスクリプションのビジネスにおける意義から価値を生み出すための戦略、実際にサービスに反映させて、成功させるためのやり方などがまとめられているため、マーケティング関連に携わっている方には役立つかもしれません。

アン・H・ジャンザー (著), 小巻靖子 (翻訳)
出版社 : 英治出版 (2017/11/15)、出典:出版社HP

イントロダクション

私は、ここ数年、自分の購買行動が微妙に変化しているのに気づいた。「モノ」を以前ほど買わなくなったのだ。断捨離をしたわけではない。買わないのは、買う以外にも選択肢があるからだ。以前なら購入していたようなものを、今はサブスクリプションという形で利用することができる。

音楽をよく聴くが、以前のように何枚ものCDを買ったりはしない。DVDも買わずに、ネットフリックスかレッドボックス〔米国のDVDレンタル大手〕でレンタルする。ネットフリックスやアマゾンのストリーミング配信サービスを利用することもある。

私のオフィスの棚にソフトウェアの箱やマニュアルがぎっしり詰まっていたのは過去の話。ウェブサイト、メールのプラットフォーム、文書作成ソフト、マイクロソフトのOffice365など、ほぼすべてのものを私は定額料金で利用している。こうしたデジタルサービスを利用できるのは、ブロードバンドとスマートフォン(この2つも定額制で利用)のおかげである。また、以前からずっとサブスクリプション方式で契約してきたものもある。地元のYMCAのメンバーシップと『ニューヨーク・タイムズ』だ——何が言いたいのか、おわかりいただけたと思う。
日々の生活で私はさまざまな選択をしなければならないが、多くの場合、選択肢の一つにサブスクリプションがある。あなたの場合もたぶんそうだろう。

あなたは何種類のパスワードを使い分けているだろうか。ますます拡大するサブスクリプションの世界にどこまで入り込んでいるか、パスワードの数から見当がつく(賢明な人なら、パスワードの増加というありがたくない状況に対処するため、パスワードの管理をしてくれるサブスクリプションサービスを利用しているかもしれない)。
これには世代という要素も関わっている。成人した私の子どもたちは私よりはるかに多くのサービスを利用している。半調理食品、衣類、カミソリの刃。数え上げればきりがない。

私たちの社会は、サブスクライバーの社会になろうとしている。サブスクリプションは判断を下すときの煩わしさを和らげてくれる。所有や維持に伴う負担を軽減してくれる。自動的、あるいは定期的にサービスが提供され、便利である。また、サブスクリプションボックス〔毎月一定の料金を支払うと、販売会社の選んだ品が届く定期購入サービス〕なら、楽しさも味わえる。私たちは「今すぐ購入する」ボタンではなく、「サインアップする」「登録する」ボタンをどんどん押すようになっている。

初版の出版後、何が変わったか

本書(原書)の初版が2015年1月に出版されたとき、私はよくいぶかしげな目を向けられた。サブスクリプション・マーケティングだって?雑誌や新聞を売ろうっていうのか?
今ではそのようなことはほとんど起きない。
継続的な収益(リカーリング・レベニュー)が得られるビジネスモデルを導入する企業、有料、無料のサブスクリプションサービスを提供し始める企業が、毎月多数現れている。サービスには次のようなものがある。

・ソフトウェアを利用し、使った分だけ支払うクラウドベースのサービス。
・有料の会員制コミュニティや購入プログラム。
・モノ、あるいはデジタル商品の定期購入。
・専門的、あるいは産業用サービス。たとえば、プリンターや化学薬品などのモノとサポー
トサービスをパッケージにした「管理サービス」。

こうした動きがどこまで広まっているか把握するために、ズオラ(Zuora)が発表したサブスクリプション・エコノミー・インデックス(SEI)を見てみよう。ズオラはサブスクリプション型ビジネスを支援するソフトウェアの開発会社で、サブスクリプション・エコノミーというコンセプトの支持者である。サブスクリプションの比重が大きい企業を顧客とするズオラは、現在のトレンドを知る絶好の立場にある。

拡大を続けるこの経済分野に、今、ほぼすべての業界が参入している。スタートアップ企業
はサブスクリプション型ビジネスを立ち上げ、既存の大企業は参入の道を見出している。たとえば、ユニリーバは2016年にカミソリの刃の定期購入サービスを提供する企業を10億ドルで買収した。あなたの会社がサブスクリプション・エコノミーと無縁でも、競合他社はたぶん、取り組みを始めているだろう。
エコノミーといえばサブスクリプション・エコノミーを意味する時代がすぐにやってくるかもしれない。
ズオラのチーフ・データ・サイエンティストは、同社を利用する顧客のデータを集め、サブスクリプション・エコノミーの動向を示すサブスクリプション・エコノミー・インデックスを作った。2012年1月から2016年9月までのサブスクリプション・エコノミーの売上高は、S&P500企業の売上高の9倍、米国小売売上高の4倍の勢いで伸びた。サブスクリプション・エコノミーの成長は著しい。
サブスクリプションの売上高は、本書の初版が発行された2015年の初め以降、とくに大きな伸びを示している。本書で述べることは、2年前よりさらに多くの企業にとって意味のあるものとなるだろう。

チャーンの世界

サブスクリプションの売上高が増えると、一方で、成長を阻害する最大の要因であるチャーン(churn:解約、離脱)も増えていく。チャーンとは、顧客が去っていくこと、継続的な収入が消えてしまうことである。チャーンは成長の対極にある。
便利だ、楽しい、手頃だ。私たちはさまざまな理由でサブスクリプションサービスを利用する。だが、さまざまな理由で解約し、契約数を減らしたりもする。私たちは喜んで解約ボタンをクリックする。自分の生活をざっと振り返るだけで、チャーンがいかに大きな問題かわかるだろう。
おもしろそうなソフトの無料お試しを申し込んで、使うのをすっかり忘れていた。そんな経験はないだろうか(私にはある)。

オンラインコンテンツの登録をし、数カ月後、受信トレイにたまった膨大な数のメッセージに圧倒され、一気に解約したことはないだろうか。
サブスクリプションサービスへの支払いを抑えるために定期的な見直しをし、たとえば、携帯向けサービスの利用数やケーブルテレビの契約チャンネル数を減らす人もいるだろう。このような行動は企業にとって、顧客数は減らないものの、レベニューチャーン、つまり、収益の減少を意味している。

高価なサブスクリプションサービスを解約して、まったく別のサービスに切り替えたという人もいるだろう。たとえば、ケーブルテレビの契約を解約し、複数のストリーミング配信サービスの利用を申し込むのだ。
解約のハードルは低い。食品の配達サービスを定期利用していて、友人にもっといいのがあると言われたら、すぐにそちらに切り替えることができる。企業向けITの世界では、ソフトウェアのサブスクリプション契約を変更すると研修やデータの移行が必要になるかもしれないが、新しいアプリケーションインフラストラクチャーを構築するよりは手軽だ。

私たちはチャーンの世界に住むサブスクライバーである。
ズオラのサブスクリプション・エコノミー・インデックスからは、チャーンに関する厳しい現実もわかる。平均チャーンレート(解約率、離脱率)は企業向け(B2B)サービスが年率26%、消費者向け(B2C)サービスが年率35%だった。

●平均チャーンレート(年率)
B2B: 26%
B2C: 35%
テレコミュニケーション: 29%
SaaS: 25%
メディア: 36%

Zuora, Subscription Economy Index 2017
www.zeora.com/resource/subscription-economy-index/

この数字、高いとお感じだろうか。実際、高い数字である。あなたの会社が急成長している限り問題はない。だが、たとえチャーンレートがこれと似たような水準にあったとしても、打つ手はある。

アン・H・ジャンザー (著), 小巻靖子 (翻訳)
出版社 : 英治出版 (2017/11/15)、出典:出版社HP

これはマーケティングにとって何を意味するのか

私たちはチャーンの世界で生きている。しかし、高いチャーンレートを唯一の現実として受け入れる必要はない。
伝統的なビジネスモデルでは、マーケティングや営業の担当部署は新しい客が競合他社に流れることを心配した。ところが、サブスクリプション型モデルでは既存顧客を競合他社に奪われかねない。定期的に支払いをする顧客は、このまま顧客としてとどまるのか(更新)、他社へ移るのか(チャーン)、繰り返し判断を下している。あなたの会社が先行投資をしなければ、顧客は鞍替えしようという気になるかもしれない。

サブスクリプション・エコノミーでは、売り上げばかりに目を向け、顧客を無視しているマーケターは務めを半分しか果たしていない。

サブスクリプションサービスを提供している企業では、どのマーケターも常にチャーンレート(あるいは、楽天家なら、その反対の顧客維持率)に注目しなければならない。
チャーンが多いということは、それだけチャンスがあるということだ。キャンペーンやカス
タマーサクセス〔顧客がかかえる問題を能動的に解決し、顧客を成功へと導くこと」を通じてこれを下げることができれば、長期にわたって売り上げと成長にプラスの影響がもたらされる。
チャーンはさまざまな問題の存在を示しているかもしれない。自分ではどうしようもない問題もある。だが、顧客の契約時の期待とその後の経験にズレが生じて解約されるというケースも多い。期待外れだったというわけだ。
サブスクリプションのチャーンレートを下げるには、次のような方法がある。

・顧客の本当のニーズを理解し、対処する。
・適切な客、つまり、あなたの会社が提供するソリューションから最大の価値を引き出すことのできる客を引き寄せる。
・契約後も長期にわたってカスタマーエクスペリエンス〔顧客経験価値。商品やサービスの購入過程、利用過程での経験を通して顧客が感じる価値]を高めていく。
・顧客と長期的な関係を築いて顧客ロイヤリティを高め、信頼を得る。

伝統的なマーケティングの戦略・手法は、契約を1つとって見込み客を客に変えることに主眼をおいている。だが、サブスクリプション型ビジネスを手がける企業は、顧客との長期的関係を築いていくことに重点を移している。実際、サブスクライバーは見込み客であり、常に関わり、育てる必要がある。
本書では、価値の育成(バリュー・ナーチャリング)をマーケティング活動の基本的目標に加えることをマーケターに求めたい。客が最初に何かを買ってくれた時点から価値の育成は始まる。その目的は、顧客があなたの提供する商品、サービスから価値を最大限引き出せるよう支援することにある。
価値の育成は、企業の長期的利益にかなっている。価値を引き出した顧客は契約を更新する
だろう。他社がその顧客を誘い込むにはたいへんな努力が必要である。また、顧客はより上位のプランに移行する、他のサービスも契約するなどして、売り上げを増加させてくれるかもしれない。ロイヤリティの高い顧客には口コミも期待できる。

だれが本書を読むべきか

私は本書の初版で、マーケティング担当者は何をすべきか、どのようなスキルが必要かを中心に述べた。その後、さまざまな人と話をするうちに次の点に気づいた。

組織内に境界線を引くと顧客の経験価値を損なう。

価値の育成について詳しくは後述するが、価値の育成はマーケティング部門の外で進むケースが多い。カスタマーサクセスチームには、顧客を獲得する、あるいは、新機能の採用や契約の更新を促すためのキャンペーンを立案、実施する仕事を任された人々がいる。彼らは契約後、効果的にマーケティングを進めていく。
サブスクリプションサービスを提供し、成功を収めている企業には次の特徴がある。

・マーケターは自分が所属する居心地のよい部署にこもるのではなく抜けだして、顧客の全
体像を把握することに注力している。
・他の部署の人々もマーケティングの手法を採用し、マーケティングメッセージを発信している。

この第2版では、伝統的なマーケティングとは異なる新しいマーケティングのための助言や戦略を提示したい。サブスクリプション型のビジネスにはどのようなものがあるのか、サブスクリプションへの移行が進む世界に適応するにはどのように組織を再編すべきか、注意すべきリスクや問題点は何か。こうした点についても論じたい。
ここで述べる戦略やコンセプトは次のような人々のためのものである。

・サブスクリプションベースで商品、サービスを提供している企業、あるいは提供を検討し
ている企業のマーケター。
・サブスクリプションモデルに移行中の企業で役員を務め、それがマーケティング戦略や企業文化にとって何を意味しているかを理解したいと考えている人。
•何千人、何万人という顧客に新機能の利用を促し、ロイヤリティを高めるための「ロータ
ッチ〔人の接触を最小限に抑えて販売するビジネスモデル〕」な戦略、あるいは作業の自動化を求めているカスタマーサクセスチーム。
・成熟したサブスクリプションビジネスを行う企業で、顧客を満足させ、解約を最小限に抑
える方法を求めている役員。
・「グロースハック〔ユーザーの声やデータを分析して、商品の品質向上や企業の成長を図る一連の取り組み)」によって成功を収めようとしているスタートアップ。

本書ではさまざまな業界のB2B企業、B2C企業を実例としてとりあげる。サブスクリプションというコンテクストのなかでは、フォーチュン100社と向こう意気の強いスタートアップには思った以上の共通点が見られるだろう。自社と顧客について考えるときは、競合他社の動きに注目するのではなく、もっと広い視野に立つことを勧めたい。

PART1「サブスクリプション・シフト」では、さまざまな業界でサブスクリプションへの移行が進むなか、どのような状況が生まれているのか、そうした変化がマーケティングにどんな影響を及ぼすのかを論じる。サブスクリプション型のビジネスにはどのようなものがあるかを見、伝統的なマーケティングのセールスファネル〔多数の見込み客が成約までの間に絞り込まれていくようすをファネル(漏斗)に譬えたもの」という考え方には限界があることを示す。ここでは、顧客がより満足のいく経験をできる価値の育成とはどういうものかを明らかにしたい。

PART2「価値育成のための戦略」では、カスタマーサクセスを推し進める、価値を実証する、ソリューション以外のものにも価値を付加する、顧客と価値観を共有するなど、価値育成のためのさまざまな戦略を示す。価値育成の最初の段階、つまり、無料お試しで獲得したユーザーを契約者に変えるということについて、1章を割いて述べたい。PART2で述べる戦略はマーケティングの手法をベースにしたものだが、サブスクリプション型のビジネスでは、実際、だれもがマーケティングに関わっていることを忘れないでほしい。

PART3「戦略の実践」では、PART2で述べた戦略の実践法について述べる。価値育成の重要性について会社の人々に納得のいく説明をする、契約後マーケティングをさらに推進する、顧客を育てる方向にうまく進んでいくために組織面の調整を行うなど、話は多岐にわたる。サブスクリプション型ビジネスのマーケティングに伴うリスクや課題について論じた章もある。他社の轍を踏まないことが重要だ。
サブスクリプションモデルを新たに導入した企業は、本書を読んで進むべき道を考えてほしい。価値の育成をすでに始めている企業は、PART2で述べる戦略を参考にしてさらに取り組みを進めるとよい。常に改善の余地、挑戦の余地があるはずだ。

だれもがサブスクリプションのエキスパートになれる

本書を読み進めながら、周囲の世界を好奇心をもって眺めてほしい。あなたは毎日サブスクリプション型ビジネスのさまざまなマーケティング戦術を体験している。あなたにピッタリくるのはどの戦術だろう。それぞれの戦術からどんな印象を受けるだろう。何があなたを行動へと駆り立てるだろう。
私たちは皆、創造的で有能なマーケターになる力を備えている。重要なのは、従来の考え
方、つまり、これまでのやり方や競合他社の動き、業界の動向にとらわれない広い視野をもつことだ。
サブスクリプション型ビジネスで長期的な成功を収めるには、価値の付加、実証、育成によって、顧客と継続的な関係を保つことが必要だ。どんな企業に目を向けても、きっと何か得るものがあるだろう。
あなたはサブスクリプション型ビジネスのマーケティングについて学ぶ上級クラスに入ったも同然である。周囲を見回せば、いくらでも学ぶことができるのだ。

アン・H・ジャンザー (著), 小巻靖子 (翻訳)
出版社 : 英治出版 (2017/11/15)、出典:出版社HP

目次

イントロダクション

PART1 サブスクリプション・シフト
1 サブスクリプション・エコノミーの拡大
2 サブスクリプションへの移行
3 マーケティングへの影響
4 ファネル再考
5 価値の育成

PART2 価値育成のための戦略
6 カスタマーローンチプランを作成する
7 早期の成功をめざす
8 顧客の習慣作りを助ける
9 トレーニングプログラムを提供する
10 顧客のストーリーを共有する
11 価値を数値化する
12 成功を祝う
13 コンテンツを通じて価値を創造する
14 コミュニティを作る
15 ファンとアドボケイトを育成する
16 アドバイスやインプットを求める
17 解約には快く応じる
18 自社のストーリーを共有する
19 ビジネスモデルに価値観を組み入れる
20 無料お試し利用者を育成する

PART3 戦略の実践
21 価値育成のためのビジネスケース
22 価値の育成を開始する
23 組織的なサポート体制を作る
24 共通の課題とリスク
25 価値育成のための4つの基本的ルール
26 マーケティング機会

謝辞
資料と注

(編集部注)
*本書の原書、Anne H. Janzer, Subscription Marketing:Strategies for Nurturing Customers in a World of Churnは米国にて2015年1月に第1版が発行され、2017年3月に第2版が発行されました。本書は第2版の邦訳です。
*読者の理解を助けるため、著者の許諾の下、本文中に適宜、原書にはない写真・図を掲載したほか、直近の状況を踏まえた情報の更新を行いました。
*訳注は文中に〔 〕で記しています。

アン・H・ジャンザー (著), 小巻靖子 (翻訳)
出版社 : 英治出版 (2017/11/15)、出典:出版社HP