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D2Cって何?どのような特徴がある?
D2CとはDirect to Consumerの略で、自らが企画・生産した商品を広告代理店や小売店を挟まずに消費者と直接取引をする販売形態を指します。ダイレクトにやり取りすることによって、仲介コストが削減できたり、顧客との信頼関係を築きやすいなどといったメリットが多くあります。ここでは、今後のビジネスの参考となるD2C戦略について学ぶのにおすすめの本をご紹介します。
D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略 (NewsPicksパブリッシング)
D2Cの本質がわかる
デジタルネイティブかつ、社会性や文脈に共感しやすいミレニアム世代に対してどのように価値提供をすればよいのか。近年マーケティングのキーワードとなっているD2Cに関して、筆者が丁寧に要素分解し解説しています。一度読み終えたあと、また読みたいと思えるような本です。
はじめに
D2Cはデータ×ブランディングの「キメラ」
これから挙げる2つの映画はアメリカの対照的な異なる面を描いている。
1つ目は『プラダを着た悪魔』。
鬼上司とそれに必死でくらいつく新人の女の子、というストーリーラインは一旦忘れ、その世界観を思い出してほしい。メディア企業が多いニューヨークの中でもひときわ格調高い高級ファッション雑誌。そこでは美意識が重視され、「ダサいもの」は忌み嫌われる。目の肥えたニューヨーカーたちに受け入れられようと、数えきれないほどのブランドがしのぎを削る。メディアやファッションという「ニューヨークらしい」華やかな業界の内幕の一端が垣間見える映画だ。
2つ目は、Facebookの創業期を描いたデヴィッド・フィンチャー監督の『ソーシャル・ネットワーク』。
プログラミングに長けたハーバード大学のコンピュータサイエンスの学生たちが、アルゴリズムをもとにプロダクトを作る。会社を大きくするため、エンジニアと投資家の多いシリコンバレーに移り住み、ベンチャーキャピタル(以下VC)から投資を受け、洗練されたユーザー獲得手法を用いて指数関数的成長を遂げる。「シリコンバレーらしい」ハッカー文化がドラマチックに描写されている。
伝統的なメディア企業や高級ブランドを擁する「東海岸」的なブランディングやカルチャー創出。そして、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)を生んだ、シアトル、シリコンバレーやサンフランシスコなどの「西海岸」的なテクノロジーやベンチャー投資の手法。
この本がテーマとするD2C(Direct to Consumer)と呼ばれる新しい業態は、この2つの世界が混ざり合って生まれた。『プラダを着た悪魔』のモデルとも言われ、世界最高峰のファッション誌の1つ『VOGUE(ヴォーグ)』のカリスマ編集長アナ・ウィンターと、FacebookCEOのマーク・ザッカーバーグがキメラのように合体した最強の組み合わせと言える。
高級感のある世界観やブランディングを重視しながら、同時にデータ分析やAIなどを上手に活用するデータドリブンという特徴も持つ。
「テック×小売」による大規模市場のディスラプト
これまで消費者向けブランドの市場は、ベンチャー投資の対象として考えられてはいなかった。その理由はいくつかあるが、実際にモノを製造し販売するため、インターネット企業と比べて立ち上げコストがかさむこと。加えて、従業員数十名でユーザー数千万人(かつてのInstagramがそうだった)といった少ないリソースでの指数関数的な成長が難しいことがその主な要因だろう。
しかし、消費者向けプロダクトのマーケットは巨大だ。テクノロジー関連市場の3倍もある。そしてその中には、言葉は悪いが、伝統的なスタイルに胡座をかいて変化なくビジネスを続けている企業も多い。ここをテック企業が放っておくはずはない。
今、消費者向けブランドの業界が、D2Cという「テック×小売」を実現した新しいスタイルの業態によって、次々とシェアを奪われている。その様子は、2007年にiPhoneが登場して以降、次々と新しいアプリケーションが生まれ、既存の業界がディスラプト(破壊)された姿に似ている。
D2Cが登場して以降、その震源地アメリカでは、衣料品や生活消費財などの業界でいくつかの企業が存続の危機に立たされた。2兆円の規模があるマットレス業界では、業界首位の座から引きずり下ろされ、倒産する企業まで現れている。
いったい、D2Cは既存のビジネスと何が違うのか?
D2Cの辞書的な定義は、以下のようなものだ。
“新しい消費の価値観を持つミレニアル世代以下のターゲットに対し、ユニークな世界観を下敷きにしたプロダクトとカスタマーエクスペリエンス、SNSや店舗を通じた顧客とのダイレクトな対話、垂直統合したサプライチェーンを武器に、VCから資金調達を行い、短期間に急成長を目指すデジタル&データドリブンなライフスタイルブランド”
伝統的なブランドと対比すると、よりイメージしやすいかもしれない(図0-1。それぞれの要素については、第1章で詳しく述べる)。
D2Cは2007年頃にその原型が生まれ、2013~2014年以降、急速に成長を遂げた。VCは2012年以降、D2Cマーケットに合計3,000億円超を投じている。
また、未上場でありながら企業価値が1,000億円を超えるユニコーンと呼ばれる企業も、D2C業界だけで7社も登場している(2019年7月現在)。
化粧品、スーツケース、マットレス、メガネなど、テクノロジーと程遠い場所にあった商材を扱う新興企業が、AIやデータ分析などの高い技術力を武器にSNSを使ったマーケティングを行い、「世界観」のつくり込みと巧みなストーリーテリングによって、シェアを伸ばしている。
「リテール・アポカリプス(小売の終焉)」に逆行するD2Cブランドの出店攻勢
「世界の終わり」を描いたとされる新約聖書の「アポカリプス(ヨハネの黙示録)」。2015年頃から、これに倣い「リテール・アポカリプス(小売の終焉)」という言葉がメディアを賑わせるようになっている。
AmazonをはじめとするEコマースが生活に浸透する中、伝統的な小売店舗は瀕死の危機にある。
日本ではまだ地方を中心にショッピングモールが根付いているが、アメリカでははるか前にそのフェーズは終わった。現在、全米のショッピングモールの約3分の1がテナントの撤退で閉鎖の危機にあるとも言われている。1980年代初頭まで全米第1位の小売業者であり、アメリカを代表する百貨店であったSears(シアーズ)は、2018年に破産法の適用を申請。2016年には傘下に約1,600もの店舗を持っていたが、現在は約200にまで減っている。他の百貨店のMacy’s(メイシーズ)、JCPenney(JCペニー)、その他にも、アメリカの代表的なドラッグストアWalgreens(ウォルグリーン)、玩具大手のToys“R”Us(トイザらス)、衣料品大手のGap(ギャップ)なども多くの店舗を閉鎖。2017年だけで約1億平方フィート(東京ドーム200個分)、2018年は50%増の約1.5億平方フィートもの店舗面積が消え去った。
そんな小売業界の衰退を横目に、D2Cブランドは次々とリアル店舗を開店している。GUCCIやPRADA、Apple Storeなどの高級ブティックが並ぶニューヨークのソーホー地区は、数え切れないほどのD2C店舗が並び、毎週のように新しい店が作られている。今やその一帯を、「D2C通り」と呼ぶ人もいるほどだ。
マットレスを取り扱うCasper(キャスパー)や、メガネを扱うWarby Parker(ウォービーパーカー)などのD2Cブランドは、今後数年で100店舗単位で新規のリアル店舗を開いていくという。
ルールはすでに書き換えられている
D2Cという言葉は、日本国内でも2018年以降メディアを賑わせている。
アメリカでは同分野への巨額のスタートアップ投資が盛んだが、日本でもD2Cは、もっとも勢いのある投資分野の1つになっている。2019年にはFABRIC TOKYO(ファブリックトウキョウ)というオーダースーツを展開する日本のD2Cスタートアップによる10億円規模の巨額調達が大きなニュースになった。
一方で、非常に勢いがあるだけに、「D2Cはただのバズワード」との誹りを受けることも多い。
しかしすでに見たように、D2Cはデジタルと、ブランディングやカルチャー創出という、今までは遠いところに存在していた強力な力が合わさった業態であり、単なる一過性の「ブーム」ではない。D2Cという言葉の裏で、大きな地殻変動が起きていることは間違いない。また、D2Cが起こした、顧客とブランドの関係の質的変化は不可逆であり、今後、多くの業態に影響を与えていくだろう。
筆者は、Takramというクリエイティブ・イノベーション・ファームで、デザインやクリエイティブを起点に新規事業の立ち上げのコンサルティングやブランディングを行っている。詳しくは後で触れるが、D2Cはクリエイティブの活用や顧客体験の差別化、デジタルを活用した事業のグロースが大きな特徴だ。これらはTakramが得意とすることと重なる部分も多いため、これまでスタートアップのD2Cブランドの立ち上げや、大企業のビジネスモデルのD2C化を多くサポートしてきた。加えて、D2Cの震源地ニューヨークにも何度も赴き、現地でそのインパクトを体感してきた。また、ビジネス誌のD2C特集の監修や寄稿も多数行っている。
将来的に、小売の歴史は、「D2C以前」「D2C以降」と分類されて語られることになるだろう。D2Cというモデルは、
-顧客との関係
-ものづくりのプロセス
-ブランディング人材・組織
-プロダクトの売り方
など様々な側面で不可逆の変化をもたらした。
この本で提示するのは、単にいくつかの企業の成功譚ではない。
長い小売の歴史の中で、顧客とブランドの関係にどんなパラダイムシフトが芽吹いているかの解説書としたい。この芽吹きはこれから様々な方法で花を咲かせ、自動車、不動産のようなより大きな消費にも向かっていくはずだ。今後、B2Bの世界に影響を与える可能性もある。
小売やブランドの成功法則や生存のためのルールはもう書き換えられている。この本では、これまでのルールブックを作り直し、どう価値のあるブランドを作っていけばいいのかについての考えを紹介していこうと思う。
Contents
◆はじめに
◆D2Cはデータ×ブランディングの「キメラ」
◆「テック×小売」による大規模市場のディスラプト
◆「リテール・アポカリプス(小売の終焉)」に逆行するD2Cの出店攻勢
◆ルールはすでに書き換えられている
1章 D2C が生んだパラダイムシフト
1-1 ある鈍重な業界に起きた革命
1-2 D2C の定義
1. 「ものづくり屋」ではなく「テック企業」である
2. 「間接販売」ではなく「直接販売」する
3. 「高価格化」ではなく「低価格化」を志向する
4. 「着実な成長」ではなく「指数関数的成長」を遂げる
5. 「プロダクト」ではなく「ライフスタイル」を売る
6. 「X 世代以上」ではなく「ミレニアル世代以下」をターゲットとする
◆厳しい懐事情
◆デジタルへの感度
◆社会的意義の重要視
◆日本のミレニアル世代との違い
7.「顧客」ではなく「コミュニティ」として扱う
1-3 「モノからコト」から「コト付きのモノ」へ
2章 「機能」ではなく「世界観」を売る
2-1 自ら雑誌を発行するスーツケースブランド
◆最初の“プロダクト”は書籍
2-2 プロダクトをあえて売らない
2-3 新しい世界観の作り方
◆「有限」から「無限」へ
◆「単発のステージ」から「連続ドラマ」へ
◆「シングルチャネル」から「マルチチャネル」へ
「刺激-反応モデル」から「語りかけ-理解モデル」へ
1. ポッドキャスト
2.雑誌
3.映像
◆「プロダクトレイヤー」から「ブランドレイヤー」へ
2-4 意義を求める世代
◆本物へのこだわり
◆歴史ある大企業に対する信頼の低下
◆若者が求めるのは「精神性」
2-5 D2C ブランドの世界観の築き方実例
◆アメリカ文学史のカリスマと現代的 UX の統合:Warby Parker
◆原価をすべて開示する過激なまでの透明性:Everlane
◆Radical Transparency
◆利益を労働者に還元する Black Friday Fund
◆SNS でシェアしたくなる ED(勃起不全)薬:Hims
◆健康の問題をオープンに語る社会へ
2-6 ブランドのメディア化、プロダクトのコンテンツ化
◆メディア化するブランド
◆ブランド化するメディア
◆そして、プロダクトはコンテンツ化する
◆思わず語りたくなるストーリーはあるか
◆モノが買えるメディア「北欧、暮らしの道具店」のコンテンツ戦略
◆なぜユニクロは元雑誌編集長をヘッドハントしたのか
2-7 非効率な「ムダ」がブランドを生む
2-8 顧客を「コントロール」せず、「エンカレッジ」する
◆バズは重要ではない
3章 「他人」ではなく「友人」に売る
3-1 「オフィスに遊びに来ませんか?」
3-2 顧客とブランドの間の「壁」が壊れた
◆顧客とブランドを隔てる2つの壁①:販売チャネル
◆デメリット 1:顧客データの喪失
◆デメリット2:ブランドの世界観の毀損
◆デメリット 3:ユーザー体験の毀損
◆顧客とブランドを隔てる2つの壁②:広告・プロモーション
3-3 「単発取引」から「継続的な会話」へ
◆複雑なプロセスを逆手にとった“Home Try-On”
◆データ取得と顧客の満足を両立する
3-4 「顧客の購入」から「顧客の成功」へ
3-5 「冷たいデジタル」から「優しいデジタル」へ
◆いつでも会える医師」
1. オンラインで完結する問診
2. エビデンスに基づいた中立的な記事
3. 顔の見えるメディカルチーム
4. ログ&シェア機能
5. 充実したオンボーディング
◆店頭ではできない施策をデジタルで実現する
◆「優しいデジタル」 3つの条件
1. データの適切なフィードバック
2. 場所・時間の制約からの解放
3. コラボレーションの感覚を生む
3-6 「売る」から「一緒に作る」へ
◆社員化する顧客
4章 D2C の戦略論
4-1 D2C の「ビジネスモデル」はメーカーのそれとまったく異なる
4-2 「トランザクション」から「リレーション」へ
4-3 「個人的ジャーニー」から「社会的ジャーニー」へ
◆ 4A から5Aへ
◆情報発信量の逆転
◆ファネル型は死んだ
4-4 4P から 4E へ
◆ Product → Experience(体験)
◆Price → Exchange(交換)
◆ Promotion → Evangelism(伝道)
◆ Place → Every Place(あらゆる場所)
4-5 なぜリアル店舗が必要か
◆ CPA(顧客獲得コスト)の低下と LTV(顧客生涯価値)の向上
◆「後付けデジタル」は機能しない
4-6 D2C の3類型
◆類型D:売り切り型
◆類型2:サブスクリプション型
◆類型3: SaaSta Box型
◆「白いキャンバス」としてのデバイス
5章 D2C を立ち上げる(スタートアップ・大手ブランド・大手小売)
5-1 ベンチャーキャピタル(VC)が投資する D2C の条件
5-2 D2C スタートアップの作り方
◆「カリスマ創業」から「共同チーム創業」へ
◆デフォルトツール、AWS と Shopify
◆クリエイティブエージェンシー
◆点ではなく波
◆競争力の源泉としてのデザインとブランディング
◆クリエイティブエージェンシーの役割
◆不動産
◆ベンチャーキャピタル
◆ PR エージェンシー
5-3 大手ブランドの D2C 化
◆小売の「ミレニアル世代化」をどう進めるか
◆マインドセットの変革
◆エンジニアリングの重視
◆ストーリーテリングの管理
◆ビジネスモデルの再構築
◆人事評価の設計
◆製品開発 / 改善プロセスのオープン化
◆世界有数のブランド、Nike の D2C 化計画
◆組織変革
◆買収
◆チャネル改革
◆アプリへの移行
◆D2C の職種一覧
5-4 大手小売の D2C 化
◆ Walmart の買収戦略
◆ Target の提携戦略
◆大手小売 D2C 化の3ステップ
◆ Phase 1: デジタルトランスフォーメーションによるスキルの獲
◆ Phase 2: D2C 中核組織の立ち上げ
◆ Phase 3 : D2C ブランドの展開
6章 D2C の先にあるもの
6-1 成長の踊り場を迎える D2C ブランド
6-2 日本で D2C を展開する際の留意点
◆①価格帯
◆②流通
6-3 D2C の今後の潮流予測
1 : D2C 商材の多様化
2 :RE コマース
3:D2C コングロマリット
6-4 全業界、全企業は「D2C 化」していく
◆おわりに
リテール・デジタルトランスフォーメーション D2C戦略が小売を変革する
D2Cの基礎から具体的事例まで
小売業のDX化を推進する活動を背景に、D2Cの基礎知識、世界観の作り方、オンラインとオフラインの融合(OMO戦略)、マーケティング戦略、組織運営、さらにその先の未来の話(RaaS)まで、具体的な事例やデータを盛り込みながら解説しています。D2Cによる小売推進・変革のための事業戦略を徹底解説する一冊です。
リテール・デジタルトランスフォーメーションを目指したい小売事業者、中間流通業者、メーカーと、すべてのD2Cスタートアップに、本書をささげます。
はじめに
まずは、私が経営に参画しているFABRIC TOKYOのサービスについて、簡単に説明させてください。
FABRIC TOKYOは、「Fit Your Life.」をブランドコンセプトに、体型だけでなく、お客さま一人ひとりの価値観やライフスタイルにフィットする、オーダーメイドのビジネスウェアを提供するブランドです。サービスを開始してから6年間にわたり、D2Cモデル(Direct to Consumerの略で、自らがメーカーであり、オリジナルブランドを持つ企業が、自社の製品を直接顧客に販売するビジネスモデルのこと)で事業を運営してきました。店舗で採寸した体型データをクラウドに保存しておくことで、以降はオンラインからオーダーメイドの一着を気軽に注文することができるサービスです。リアル店舗も自社で展開し、2020年1月現在、関東・関西・名古屋・福岡で合計4店舗を運営しています。
D2Cはアメリカで生まれたビジネスモデルですが、近年日本国内でも注目されるようになりました。今では数多くのスタートアップが立ち上がり、D2Cモデルへ展開を図る大手企業も増えてきています。また、最先端のテクノロジーや最新のブランディング理論を兼ねそなえていることから、低迷する小売業を救いうるモデルとしても注目されています。
しかし、2020年に発生した新型コロナウイルスは、D2Cといえども例外なく大きな打撃を受けまし
た。D2Cモデルが勃興したアメリカで、その草創期からブランドを運営するEverlaneが、約300人の従業員を一時解雇するというニュースが出たのも、同年4月のことです。ウイルスが世界に蔓延してまだ間もない頃ですが、その影響は急速に業界全体に及んでいきました。
私がこの本を執筆し始めたのも、世界がコロナ禍で混乱する真只中のことでした。4月に緊急事態宣言が発布され、FABRIC TOKYOも約2ヶ月間にわたり、9割の店舗が休業となり、新規顧客の獲得ができない状況に苛まれました。その間、売上高も急激に低下し、苦しい経営を余儀なくされました。サプライチェーン全体が混乱に陥り、取引先や関係者等々、非常に苦しい事業環境となり、「これまでの事業の運営方法では立ち行かなくなる」といった声が多数、私の耳にも聞こえてきました。売上高が急激に下がり、固定費が多く発生している企業は非常に苦しい経営状態に追い込まれたことでしょう。
奇しくも、コロナ禍による影響で、アパレル業界だけでなく、小売業界全体、さらにはそれにかかわるサプライチェーン全体における構造上の問題が浮き彫りになってきたのでした。立ち上げ当初からD2Cモデルで事業を運営してきた我々もまったく例外ではなく、今までのやり方や考え方を抜本的に方向転換していくことが急務となりました。経済環境、資金調達環境の悪化により、資本調達(エクイティファイナンス)に基づく拡大路線を突き進む経営から、PL(損益計算書)を重視した経営にシフトする必要性に迫られました。
その間、あらゆる取引先、関係者の皆様とお話する機会があり、私自身改めてアパレル業界、ひいては小売業界全体の課題として、目の前の危機を捉え直すようになりました。その中でも、特に我々がサービス開始から6年かけて培ってきたD2Cモデルの手法や仕組みが、小売業界全体の課題解決に資するのではないか、という想いが日に日に強くなっていきました。
店舗モデルによる固定費比率の高さから、高コスト体質で非効率な経営をしている業界もあったことと思います。また、サプライチェーン全体でムダ・ムラ・ムリが祟った業界、デジタル化の遅れが叫ばれた業界もあったことでしょう。そうした反省から、特にコロナ禍の苦境を顧みた結果として、EC化やDX化が強く叫ばれるようにもなりました。
しかし、そもそも小売業界全体が改善すべき課題の本質は、EC化やDX化で済むような話なのでしょうか。そうではなく、もっと業界全体が根本から変わるような、本質的な部分を見直さなければならない時に来ているのではないでしょうか。
そのような想いから、本書は弊社が培ってきたD2Cの考え方やノウハウを開放するだけにとどまらず、広く小売業界全体を変革するという展望のもとに執筆しました。まだまだ成長途中の弱小スタートアップ企業ではありますが、我々が属するアパレル業界のみならず、小売業界全体、さらにはサプライチェーン全体での業界変革の一助になれれば幸いです。
本書は、D2Cスタートアップの起業を考えている、もしくは起業している経営者や起業家は当然として、D2Cへのモデル転換を図りたい小売事業者、中間流通、メーカー、その他関連企業様に向けて書かれています。もちろん、小売事業だけでなく、サプライチェーン全体のデジタルトランスフォーメーションを図りたい企業様などにも、読んでいただきたいと思っています。
6年間、FABRICTOKYOの経営を通して培ってきた考え方やノウハウをふんだんに盛り込んであります。ぜひ、最後までお読みいただければと思います。
三嶋憲一郎
はじめに
第1章 D2C戦略が小売を変革する
リテール・デジタルトランスフォーメーションとは何か
CDX化のHOWばかりに囚われてはいけない
WHOやWHATからの根本的な見直しが急務
○変革はビジョンから始まる
D2Cとは何か。
○直接販売することの効果OEC利用の差
○販売チャネル、マーケティングの差
〇サプライチェーン統合型D2C
D2Cと従来の小売業では何が違うのか?
○製品開発/仮説検証の違い人材の違い
○KPIの違い
○店舗の役割の違い
OMOがユーザー体験の鍵を握る
顧客課題の解決から価値提案へ
○ワービーパーカーの価値提案
○エバーレーンの価値提案
○オールパーズの価値提案
○FABRI CTOKYOの価値提案
アップルとナイキが体現するD2C
○すべての産業はD2C化していく
第2章 D2C立ち上げ時に考えるべきこと
サービス選びは原体験によって決める
○ワービーパーカーの創業物語
○原体験からさらにその先へ
商材選びを決める六つの基準
①商品の差別化
②LTVの算出
③市場規模の把握
○ニッチな市場で始めて多角化する
④ストーリー作り
⑤アマゾンと競合しない商材
⑥海外投資家の目線
ビジョン、ミッションに創業メンバーの想いを結集する
○3ヶ月の合宿で策定したビジョン、ミッション
ブランディングはビジョンに結び付ける
○ブランドイメージの再構築
ブランドとして顧客と約束する
○ライフスタイル提案としてのコンテンツメディア運営
勝機はどれだけアセットを構築できるか
○クリエイティブを科学する
○組織カルチャーから生み出されるアセット
○アセットを蓄積する
データis king、データはone to oneの体験価値の向上に
○データは付加価値を付けて顧客に返すためのもの
○データをかけ合わせてブランド価値を高める
ポジショニングではなく、事業と組織のケイパビリティで勝つ
○トランスフォーメーションし続ける
体験価値や利便性だけでない、広がりのあるコア・コンピタンスを特定する
第3章 マーケティング戦略
D2Cのためのマーケティング
スプリント1 WHY~北極星を発見~
スプリント2 WHO~真の課題を発見~
スプリント3 WHAT~解決策を発見~
二人のペルソナ(WHO)を作る
○理想の顧客像
○顧客獲得のためのターゲットとなる顧客像
○WHOをきちんと区別する
問いを立てWHATで解決する
〇サービス初期は購入タイミングを掴むことが集客を左右する
○購入タイミングの特定と訴求の実際
○デジタルS級立地を確保する
チャネル戦略、オンラインか、×オフラインか
○オフラインで顧客獲得コストが下がる
D2Cの出店方法、商業施設の契約形態
○店舗運営のリスクを低減する
小売の最先端はOMO
○OMOは体験価値を最大化する
第4章 LTVの最大化
商材の購買頻度を把握する
〇あるべきARPUを目標にする
○クロスセルのARPUの想定
コホートによるリピート率を管理する
○グロースの前のバケツの穴を埋める
タッチポイントの最適化がLTV最大化の鍵
OMO戦略におけるタッチポイント
カスタマーサクセスポイントを把握する
○カスタマーサクセスとは約束を果たし続けること
○顧客のエンゲージメントを高める
揺りかごから墓場までを制する
○時間軸だけで考えるのは難しい
○顧客との関係性を強固にする
○利用時の課題にフォーカスする
○購入から利用へ、小売からサービス業へ
第5章 組織運営
D2C最大のボトルネックは組織
○多様なメンバーをビジョン、ミッション、パリューで統合
○組織運営のためのバリュー
○メンバーの役割を明確分解し、すべてをビジョン、バリューに結集する
サイエンスとアートのバランス
○複眼思考の組織運営
既存大手がD2Cに参入しにくい理由は組織運営にある
①既存店舗や人材の壁
②経営手法の壁
③OMOの壁
④人事評価の壁
⑤システム開発の壁
⑥世界観の壁
○組織の変革が必要
専門家の知恵を借り、社内にストックする
第6章 ファイナンス&提携
アメリカでのD2Cファイナンスの現状
D2Cファイナンス戦略
○時価算定の差はなぜ生じる?
○ユニットエコノミクス、LTV、CACの算定
D2Cの資金調達戦略
○シード期(創業期)
○アーリー期(事業化期)
○ミドル期(成長初期)
○レイター期(成長後期)
○焦らず、しっかりとした戦略を
D2Cの成長曲線
○D2Cブランドの成長低迷ケース①「チャネルの枯渇」
○対策
○D2Cブランドの成長低迷ケース②「損益分岐点遅行型」
○対策
○D2Cブランドの成長低迷ケース③「バランス性遅行症」
○対策
D2Cの事業計画の作り方
D2Cのユニットエコノミクス
D2Cの提携戦略
第7章 D2Cのその先へ
日本が勝つ道はサステナビリティ?
○顧客価値があってはじめて共感が生まれる
顧客価値を構成する提供価値にサステナビリティを織り込む
○サーキュラー・エコノミーへの取り組み
○顧客価値を高めるサービスへ
○日本だからできることもある
D2Cのその先のビジネスモデルRaaS
○RaaSの特徴
○RaaSの事例
○RaaSがもたらす顧客への提供価値
利用後のサービスをどう考えていくべきか
「D2C×●●」が事業の成長性を左右する
おわりに
第1章 D2C戦略が、小売を変革する
D2C Strategy for Retail Digital Transformation