西洋美術史入門 (ちくまプリマー新書)

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美術史の入門書

本書は、美術史とはどのような学問なのかを西洋美術、特に絵画を通して説明した美術史という学問の入門書です。絵の読み方、社会と美術、経済原理の視点や技法・ジャンル等について取り上げており、多角的な解説書となっています。

池上 英洋 (著)
出版社 : 筑摩書房 (2012/12/5) 、出典:出版社HP

口絵

はじめに

中学生の頃、もの書きになりたかった私は、手にとった澁澤龍彦や春山行夫の本の面白さにうたれ、彼らのようになんらかの専門領域に立った文筆家にあこがれを抱くようになりました。自分にはなにがあるだろうと考え、歴史と美術がとくに好きだったので、ならばどちらか一方に絞らなければならない、どちらか一方を捨てることになる、と一丁前に悩み始めました。

そんなある日、高階秀爾という人が書いた『名画を見る眼』(岩波新書、一九六九年)を読みました。「ここでは、何もかもが魔法の世界のように輝いて見える」(三ページ)という魅惑的な一文で始まる第一章(ファン・エイクの〈アルノルフィニ夫妻の肖像〉)から、絵画の世界にぐいぐいとひきこまれた私は、軽い興奮を抑えられませんでした。その時の私は内容を充分に理解できたとはとても言えませんでしたが、なにより歴史と美術のどちらも捨てなくて良い「美術史」という学問分野があること自体に感激したのです。それから美術史を学べる大学へと進み、今はそれを生業としています。

大学に勤めていると、年に数度あるオープンキャンパスという行事で、現役の高校三年生と一対一で話す機会があります。大学受験を控えた彼らは、自分の将来像について悶々と考え、ついてはどこの大学のどの学部へ行くべきか大いに悩んでいます。私は、所属している大学で美術史を教えているので、高校には存在しないこの学問がはたしていかなるものなのか知ろうとして、彼らは興味深げに質問してきます。ヨーロッパのほとんどの国では、高校の段階でたいてい勉強させられる分野なので、かなりの人がそれがいかなるものか知っています。しかし日本では、大学の人文系の学部で学んだことのある人なら一般教養の講義としてうけたことがあるかもしれませんが、一般的にはさほど親しみのある名前とはいえません。ただでさえ就職に有利になるようには思えない学科名ですから、オープンキャンパスで私たちのブースをたずねてくる高校生の数こそ多くありませんが、それでも年をおうごとにその数ははっきりと増えてきています。つまり、その実際の姿はあまり知られていない状態ながらも、なぜか美術史は関心をもってくれる人を年々増しているのです。

そんな時、「高校生の関心に応えるような本がもっとあれば良いのに」と思うことがあります。もちろん、前掲書をはじめ、美術史の良書は日本にもたくさんあります(巻末にリストを附しておきます)。しかし、ゼロからスタートして、短く簡潔ながらもひととおり美術史のなんたるかが理解できるような導入書となると、その数は一気に減ります。もちろんいくつかはあるのですが、他分野と比較して、そのニーズの高さのわりにはあまりに少ないと感じています。

そのため本書は、美術史への最初の導入書となることを目的としています。もちろん、美術史を専門として学びたいという学生よりも、教養として一応知っておきたいという読者のほうがはるかに多いでしょうから、本書では、この学問がどのようなものなのか、そのさわりだけでもご紹介することで、美術史により親しみを感じていただきたいと考えています。ページ数も限られているため網羅的な説明まではできませんが、むしろ簡潔であることを利点としたいと思っています。そのため、私が大学でさまざまな学科の初年次学生を対象として開いている、「西洋美術史I」という導入講義を、さらにダイジェスト版にしたものが本書のベースとなっています。

進路で悩んでいた頃の自分の姿が、ブースで目の前に座っている今日の高校生の姿と重なります。全国にいる“彼ら”におくりたい――それが本書を書いた私の願いです。

池上 英洋 (著)
出版社 : 筑摩書房 (2012/12/5) 、出典:出版社HP

目次

はじめに

第一章 美術史へようこそ
1 美術史とはなにか
2 なぜ美術を学ぶ必要があるのか
3 絵を“読む”ということ
4 絵を読むための手続き(一) ―スケッチ・スキル
5 美術作品が持つふたつの“側面”
6 絵を読むための手続き(二) ―ディスクリプション・スキル

第二章 絵を“読む”
1 記号としてのイメージ
2 イメージとシンボル
3 シンボルとアレゴリー
4 アトリビュート
5 イコノグラフィーとイコノロジー
6 “後段階”におけるイコノロジー――主題と社会背景
7 “前段階”におけるイコノロジー――図像の成立背景

第三章 社会と美術
1 社会を見るための“窓”
2 トビアスの冒険――ルネサンスを開花させた金融業
禁止されていた“高利貸し”/両替商のシステムと主題の流行
3 法悦の聖女——バロックの劇場
無原罪の御宿り/幻視/観る者を観客として参加させる“劇場型バロック“
4 フェルメールのアトリェ——一七世紀オランダ社会の特質
世界地図/ラヴ・レター
5 大英帝国がかかえるコンプレックス
一八世紀の修学旅行
6 悲しき<落穂拾い>からルノワールのレストランへ——階級差・鉄道・レジャー
“描かれた貧困層”を買う人々/みずからの善行をアピールするために/汽車というモチーフ/鉄道に見る階級差/オリエンタリズムの流行/レジャーとしての旅

第四章 美術の諸相
1 美的追求と経済原理
2 パトロンのはなし
皇帝と教会による独占/再び市民パトロンへ/パトロンの移り変わり
3 技法のはなし
壁画の主流となったフレスコ/板絵の主流となったテンペラ/油彩+カンヴァスという最終形/番外編:“印象派”という一大技法実験
4 ジャンルのはなし
風景画——画家はいつだって風景を描きたいと思っていた/風景画を創り出すもの——制作意図と純粋性/静物画——もうひとつの“ニュートラル”主題/風俗画——食事・モデル・注文主

第五章 美術の歩み
【エジプトとメソポタミア】【エーゲ文明と古代ギリシャ】【エトルリアとローマ】【初期キリスト教時代とビザンティン】【ロマネスクとゴシック】【プロト・ルネサンス】【ルネサンス】【北方ルネサンス】【マニエリスム】【バロック(イタリア・フランス・スペイン)】【バロック(17世紀オランダ)】【ロココ】【新古典主義とロマン主義】【印象派】【後期印象派と新印象派(点描派)】【世紀末芸術】【フォーヴィスムとキュビスム】【その後~現代美術】

おわりに
さらに学びたい人へ——目的別推薦文献リスト

池上 英洋 (著)
出版社 : 筑摩書房 (2012/12/5) 、出典:出版社HP