【最新】USJの成功を導いたマーケティングを学ぶためのおすすめ本 – 森岡毅氏のマーケティング術を学ぶ

USJはなぜ復活できた?マーケティングの考え方とは?

USJは、なかなか集客を伸ばせず経営危機に陥った時期もありましたが、ここ数年で急速に業績を上げ、見事に復活を遂げました。その要因はマーケティングを重視するようになったことにあります。ここでは、USJ復活の立役者となった森岡毅氏の執筆した本をご紹介します。マーケティングの考え方やノウハウなどを学びたい方におすすめです。

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出典:出版社HP

USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門

USJの経営から学ぶ

USJは「マーケティング」を重視するようになってから、集客率が劇的にアップした企業です。そんなUSJの経営を知ることで、マーケティングの基礎を学ぶことができます。本書を通して、個人・会社がビジネスを成功させるためのカギであるマーケティング思考が身につきます。

森岡 毅 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/4/23)、出典:出版社HP

プロローグ USJがTDLを超えた日

次々と押し寄せる笑顔、笑顔、笑顔……。連日押し寄せる笑顔の津波は、多い日には10 万人に及ぶこともありました。それはまるで1つの市の人口が丸ごとこのパークを飲み込むような光景でした。ユニバーサルシティ駅のプラットホームからどんどん押し寄せる笑顔の津波は、改札を越えてどんどん太く連なり、パーク前で幾重にも巨大なトグロを巻いてから入場ゲートを貫き、更に勢いを増して黄色い波音を立てながら魔法界のホグワーツ城へと押し寄せていきます。家族連れや、カップルや、若者のグループの、笑顔、笑顔、笑顔。この仕事をしていて、これほど報われる瞬間はありません。

テーマパーク、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)は、社運を賭した「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」の大勝負に勝ったのです!
2014年のハリー・ポッターのオープン後、USJは爆発的な快進撃を続けています。しかし現在のUSJの盛況は、ハリー・ポッター1つの大成功で作られたものではありません。最も集客が落ち込んだ2009年度に比べて、年間で600万人以上を増やしていますが、実はその半分以上はハリー・ポッター以外の効果で達成しています。ハリー・ポッターがオープンする3年前から、お金のない中で無数の新企画を当て続け、毎年値上げをしながら100万人ずつ集客を増やすことに成功し、奇跡のV字回復を果たしてきたのです。

そしてハリー・ポッターをオープンした2014年度のUSJの年間集客は1270万人、ついに悲願だった開業年度の記録1100万人を大きく塗り替えました。更に、多くの人がさすがに落ちるだろうと思っていたハリー・ポッターオープン の翌年である2015年度も勢いは衰えません。様々な施策を当て続けたことで年間集客を100万人以上伸ばして1390万人(見込み)と、大幅な記録更新が続いています。2015年10 月には過去最高の月間175万人を集客し、USJの3倍の商圏人口に陣取る東京ディズニーランドをも超えて、単月ではありますがついに集客数日本一のテーマパークになることもできました。

2001年の開業こそ華々しかったとはいえ、すぐに経営危機に落ち込んだUSJ。あの苦しかった頃に、一体誰が、今日のような盛況を取り戻す日が来ると想像できたでしょうか。USJはなぜ復活し、大成功をおさめることができたのか?なぜ次から次へと新しいアイデアが出てきて、なぜやることなすこと上手くいくようになったのか?
その秘密は、たった1つのことに集約されます。
USJは、「マーケティング」を重視する企業になって、劇的に変わったのです。
かつては新規事業の成功率は30%程度でした。それが今や、90%! 「全弾命中」といっても過言ではありません。
人々の購買行動を決定的に変えてしまう恐るべき職能、それが「マーケティング」です。

私はその職能を専門にするプロの1人、「マーケター」です。USJではCMOを務めています。CMOを採用している会社は日本ではまだ少ないのでなじみが薄いかもしれません。「マーケティング最高責任者」という意味です。

「マーケティング? 知ってるよ。市場調査したり、プロモーションプランを作ったりする仕事でしょう?」

多くの方の認識は、まだその程度のものかもしれません。
しかしそれは間違っています。日本の多くの、いや、ほとんどの企業は、マーケティングの本当の意味を理解していません。マーケティングを正しく理解できれば、必ず成功できます。それはUSJの劇的なV字回復を見ていただければ一目瞭然だと思います。

私はできるだけ多くの人に「マーケティングの考え方はマーケターだけのものではない。学ばないともったいないですよ」と伝えることにしています。マーケティングの基本の考え方である「マーケティング思考」は、全ての仕事の成功確率をグンと上げるからです。 ビジネスで成功したい全ての人は、マーケティング思考を一度しっかりと学んでおくべきです。

なぜならばマーケティングこそがビジネスを成功させるための方法論だからです。マーケティングの考え方は会社業績を上げるための道しるべとなります。マーケティングの根本にある戦略的な考え方は、仕事内容に関係なく、あなたが周囲から期待される成果を大きく上回っていくための必勝法なのです。
本書のテーマは「マーケティング思考」と「キャリアの成功」です。ビジネスで成功したい人は、必ず読むべきです。私が実体験から学んだ成功の秘訣をお教えします。「マーケティング思考」は、全てのビジネスに通用します。私は日用品を売る会社からテーマパークに転職しましたが、基本的にやっていることは同じです。考え方を変えれば、全てが変わるのです。

マーケティング思考の一番大切な根幹部分は、実は誰にでも理解できるのです。しかも学ぶタイミングに遅すぎるということはありません。もちろん早いに越したことはないですが、いつ学んでもその日から必ず役にたちます。あらゆる仕事における「業務効率」と「良い結果が出る確率」が上がるのです。全く消費者を相手にしない仕事をする人でも、マーケティングの考え方を知っていると、成功の確率が劇的に上がります。ターゲット消費者を「上司」や「恋人」などに置き換えて考えるだけで、人生が拓けていくのです。

私はマーケティング思考を知ったおかげで、人生の主役が自分自身であることを実感できるようになりました。会社業績の向上に貢献するだけでなく、残業せずに毎日家族と夕食をとることもできていますし、ヴァイオリンのレッスンに通ったり、魚釣りに行ったり、 趣味も楽しんでいます。
私はマーケティングの恐るべき力を実感しながら、20年間の社会人生活の全てをマーケティング最前線のドンパチに費やしてきました。そして国の発展を願っている1人の日本人でもあります。そんな私がいつも焦燥感をもっていたのは「日本には強力なマーケターが足りない」ということです。

そしてある日、私は気付いてしまいました。大学受験が近づいている長女から矢継ぎ早に質問をされたときのことです。
娘「お父さん、人がビジネスで成功するために学んでおくべきことって何?」
私「人も、会社も、ビジネスで成功する近道は『マーケティング』を知っておくことだよ」
娘「マーケティングって何?どんなことをするの? なんでそれを知ってると成功できるの? 教えて、教えてー」
社会人2年目で授かったこの子がもう進路を考えるような年齢に達していることに少なからず驚きました。しかし長女にとって大学選びや学部選びは、大学の先にある社会人キャリアにもつながる大事な選択です。

そこで私は「うーん、大事な質問だからちゃんと答えたいな。わかりやすい本を探しておくから、ちょっと待ってて」と答えました。
そしてワクワクしながら本探し。マーケティングについて書かれた本……。本屋さんにはたくさんあります。いろいろと目を通してみました。が、しかし……。いわゆるマーケター向けの「ガチンコ」の本はそれなりにあります。偉い学者先生が書いたアカデミックな本や、実務者がその業界や領域について書いたマニアックな本はいくつもあるのです。
しかし、「マーケティングを知らない人に向けて書かれた、マーケティングの根本を理解してもらうためのわかりやすい本がない」のです。
マーケティングについてわかりやすく書かれた本が不足していることは、非常に好ましくないと思いました。これはまさしく、マーケティング業界として Point of Market Entry(ある商品カテゴリーを認識する最初のタイミングで消費者の心に入り込もうとするマーケティング手法)に、大きな穴があいている状態ではないのかと。こんなことでは日本の企業の競争力はどんどん失われていくのではないかと。

マーケティングの考え方や魅力をわかりやすく伝える本があれば、日本にも傑出したマーケターがたくさん出てきて、遠からず日本社会をもっと活性化させるだろうと思います。マーケターでなくても、マーケティングの考え方を理解できる人が増えれば、それだけで多くの企業は変わるはずです。マーケターではない圧倒的多数の社会人や若者こそ、マーケティングの考え方を知ることが重要だと思うのです。

本書執筆のきっかけはそれです。マーケターでない人が読んでもわかる本を、ビジネスで成功したい全ての人に向けてわかりやすく書きます。ビジネスで成功したいと思っている社会人の皆さん、近い将来に就職活動をする学生の皆さん、これからのキャリアを考えている社会人の皆さん、最も大切な基本を再確認したいマーケティング実務者の皆さん、大げさに言えば、これからの日本を背負っていく全ての皆さんに役立つものを書きたいと思います。

森岡 毅 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/4/23)、出典:出版社HP

本書の目的

この本の目的は、実戦経験者の視点で、次の2つのニーズにできるだけわかりやすく答えることです。高校生の娘にもわかるように書きます。

●個人も会社もビジネスで成功するためのカギである「マーケティング思考」を伝えること。
●私が体得してきた「キャリア・アップの秘訣」を伝えること。

私はマーケティング・カンパニーとして世界で最も伝統と定評のあるP&Gという会社でマーケティングを学びました。また日常のヘアケアビジネスを伸ばす業務に加えて、P&Gの社内教育機関「P&Gマーケティング大学」で長年 Principal (校長先生)を務め、若手社員を対象にマーケティングを徹底的に教える責任者もしておりました。現在のUSJでもマーケティングの講義をいくつも持ち、社内育成に力を入れている現役トレーナーでもあります。
今回は「私のマーケティングを教えるノウハウ」を総動員して、汎用性の高いマーケティングの考え方を紹介していこうと思います。ただしマーケティングの理論に関しては、いくつものやり方が存在します。私自身、P&Gを卒業した後も、USJで得られた新しい知見など、独自の練り込みを加えて進化させ続けています。
本書では最も大切な基本を中心に、私のやり方を紹介します。それは、さまざまなビジネスの局面において、成功するビジネス戦略や戦術を導き出す強力な武器となる「マーケティング・フレームワーク」です。これを理解することで、ビジネスもキャリアも成功の確率が段違いに好転すると私は確信しています。
本書を読めば、我々が暮らしている毎日の中で、今まで何も気がつかずに使っていたもの、聞いていたものや感じていたものが、実はマーケター達が意図的に仕掛けていたことだと気づくようになります。多くの方々にとってマーケティングがもっと身近に感じられるようになることを願っています。
そしてキャリアの成功のために重要だと私が信じていることも、全力で書きたいと思います。わかりにくくて考えにくい「キャリア」という漠然としたイメージに、「きっかけ」と「とっかかり」を得られるように念じて書きます。どう考えればキャリアの成功確率が高まるのか、次に行動すべき焦点は何なのか、それらの指針が明瞭になっていけば幸いです。
皆様の成功を祈って。

2015年2月 著者

森岡 毅 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/4/23)、出典:出版社HP

目次

プロローグ USJがTDLを超えた日

第1章 USJの成功の秘密はマーケティングにあり
V字回復の着眼点とマーケティングの役割
変えたのは1つだけ
なぜ「消費者視点」は簡単にできないのか?

第2章 日本のほとんどの企業はマーケティングができていない
多くの日本企業は「技術志向」に陥っている
TVCMから日本のマーケティングの現状を考える
マーケティングはもともと日本にはなかった学問
マーケティングが日本で発達してこなかった理由
「技術」と「マーケティング」の両方を手に入れた企業が勝つ

第3章 マーケティングの本質とは何か?
マーケターって誰のこと?
マーケティングって何?
マーケティングの本質

第4章 「戦略」を学ぼう
戦略って何?
戦略的に考えるってどういうこと?
良い戦略と悪い戦略をどう見分けるのか?

第5章 マーケティング・フレームワークを学ぼう
マーケティング・フレームワークの全体像
1. 戦況分析(Assessing The Landscape)
2. 目的の設定(OBJECTIVE)
3. WHO(誰に売るのか?)
4. WHAT(何を売るのか?)
5. HOW(どうやって売るのか?)
WHO・WHAT・HOWが全てうまくいくとビジネスは爆発する!

第6章 マーケティングが日本を救う!
日本って素晴らしい
日本人の戦術的な強み
合理的に準備して、精神的に戦う
マーケティングが日本を救う

第7章 私はどうやってマーケターになったのか?
会社と結婚してはいけない
「実戦経験」の積み重ねでしかマーケターは育たない
人を育てる伝統
成長できる環境で貪欲に泳ぐ

第8章 マーケターに向いている人、いない人
マーケターに向いている4つの適性
「スペシャリスト」か「ゼネラリスト」か?
マーケターに向いていない人

第9章 キャリアはどうやって作るのか?
うどん屋の大将の年収は決まっている
玉数を知った上で、必ず好きな台に座ること
会社ではなく「職能」を選ぶ
強みを伸ばして成功する
なかなか変われないのはなぜか?
自分の強みを知るにはどうするか?
常に前向きに、目的を持つ

エピローグ 未来のマーケターの皆さんへ

森岡 毅 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/4/23)、出典:出版社HP

確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力

数学マーケティング

ビジネス戦略の成否は「確率」で決まり、その確率はある程度操作することができます。本書では、USJで実践した勝ち方が紹介されており、勝つための戦略を導き出せるようになります。また、市場構造や消費者の本質を理解することができるため、マーケティングに関わる人は必読の1冊です。

森岡 毅 (著), 今西 聖貴 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/6/2)、出典:出版社HP

序章 ビジネスの神様は シンプルな顔をしている

ビジネスの神様はシンプルな顔をしている。それはプレファレンス(Preference)である。
ビジネスにおいて、1つ2つのヒットやホームランを打てることはありますが、ヒットやホームランを連続して打ち続けることは非常に難しいと言われています。極めて稀ですから、長期的なヒットの継続を目撃すると「まるでマジック(魔法)のようだ!」と人は驚きます。しかしそれはマジック(魔法)ではなく、本当はタネも仕掛けもあるマジック(手品)なのです。
魔法ではどうすれば良いか見当もつきませんが、手品ならば訓練次第で誰もがそれなりにできるようになります。同じように、戦略の成否のタネと仕掛けを理解することができれば、誰もがビジネスの成功確率をグンと上げることができるのです。マジックのようだと驚いてくれるのは、手品と同じように、ほとんどの人がまだそのタネと仕掛けを知らないからです。

テーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USI)」は、ここ5年間で60以上もの新規プロジェクトを連続でことごとくヒットさせ、激しくV字回復しました。毎年100万人ずつ集客を積み上げて、この5年で660万人も集客を増やし、ハリー・ポッターをオープンさせた2014年度の年間集客は過去最高の1270万人、翌2015年度も過去最高をさらに大幅に更新して1390万人を達成しました。
世間的にはハリー・ポッターの大成功が突出して目立っていますが、実はハリー・ポッターによる増客効果は増えた660万人のうちの4割にも満たないのです。V字回復の大半は、ワンピースやモンスターハンターなど映画以外のコンテンツを取り入れた試みや、従来にない発想のハロウィーン・イベントや、新ファミリーエリアの建設、後ろ向きに走るジェットコースターなど、様々な新規プロジェクトのホームランとヒットの積み重ねで獲得してきたのです。

2010年の入社以来、2016年が明けた現在までの、私(森岡)のマーケターとしてのUSJでの通算成績は、64打数63安打、打率9割8分4厘、本塁打率は51%です(多くの新規事業を含む無数のプロジェクトにおいて、期待どおりコストを回収して会社に収益をもたらしたものを安打、その中でも期待値を著しく上回ったものを本塁打としています)。
飽きられやすく、めまぐるしく入れ替わりの激しいエンターテイメント業界では、連続でヒットを生み続けることは極めて難しいとされてきました。何年にもわたって成功確率98%のようなことは偶然では起こり得ません。
当然ですが、タネも仕掛けもある話です。私は不思議な魔法を使っているのではなく、単純な話、勝てる戦いを探しているだけなのです。

勝てる確率の低い戦いはできるだけ避けて、勝てる確率の高い戦いを選んでいるのです。だって、勝てない場所で戦っても、勝てない相手と戦っても、やっぱり勝てないじゃないですか(笑)。私はめちゃくちゃ負けず嫌いなので、勝てる戦を探すことと、勝てる方法(戦略)を考えることに人並み外れて必死なのです。そうやって勝つべくして勝つことを心がけた、結果としての数字が成功確率98%です。
また、市場構造や消費者の本質を理解していると、八方塞りに思える局面や勝てそうにない相手に対してでも、勝つチャンスのある戦い方、つまり勝つ確率の高い戦略を導き出すことができるようになるのです。頭脳1つの使いようで、大きな仕事を成し遂げたときが、私にとって最高の瞬間です。特に知力と気力を振り絞って、小が大を倒す感動は筆舌に尽くしがたいものがあります。

たとえば、2015年10月にUSJは過去最高の175万人を集客し、東京ディズニーランド(TDL)の同月の集客数(推計値は約160万人)を抜いてついに集客日本一のテーマパークとなりました。たった1ヶ月ではありますが、約3倍もの人口圏に陣取る最強の東京ディズニーランドの集客を超える日がまさか本当に来るとは、USJがボロボロだった10年前に想像できた人は全くいなかったはずです。USJの関係者でさえ全く想像していなかったのですから(笑)。しかしそれらは決して魔法ではなく、「確率を理解することで操作できるようになる」タネと仕掛けのある手品なのです。
本書のテーマは「確率思考」です。本書に一貫するメッセージは、「ビジネス戦略の成否は『確率』で決まっている。そしてその確率はある程度まで操作することができる」ということです。私はその考え方を、「数学マーケティング」とも、「数学的フレームワーク」とも呼んでいます。

本書はとっつきにくくてややこしい数学を強制する本ではありません。むしろ、数学が苦手な人でも理解できるように、その結論と考え方の「美味しいところ」をわかりやすくお伝えする本です。これまでの無数の実戦体験の中で、数学を使って必死に苦労して解き明かしてきた、勝つための普遍的な真理をお教えします。数学が苦手な方は、数式などは読み飛ばして下さい(数式は透明性の担保のために載せているだけで本書の理解には関係ありません)。
世の中には、現象だけを見れば千差万別に思えることの方が多いのですが、実はたくさんの違って見えるビジネスの局面には、本質的に共通している「法則」があります。数学はその法則を解き明かします。ビジネスにはわからないことが多いのですが、数学的に証明できていることや数式で導き出される有力な仮説など、すでにわかっていることもたくさんあるのです。数式そのものの理解は必ずしも必要ではありませんが、導かれた結論であるそれらの法則を理解しているだけで、成功確率が非常に高い戦略をつくれるようになります。

その法則に従って衝くべきビジネス・ドライバーを見極め、そこへ経営資源を集中することで「確率」を有利に操作するのです。そうすることで、勝てる戦いを選んで戦えるようになります。あるいは勝てそうにない戦いを、勝てる戦に変えることができます。企業ならもっと成長しますし、個人ならもっと成功するでしょう。
また、本書は数学が大好きな方のニーズにも対応しています。巻末にビジネスに勝つ策を立てる上で非常に便利な「数学ツール」をいくつも、なんと取り扱いの説明まで丁寧につけて紹介しています。なぜ私はそこまでして「数学マーケティング」のノウハウを開示することにしたのか?それは日本経済の今後の発展を願うからに他なりません。現在は絶滅危惧種である私のような「数学マーケター」が未来に増えてくれれば、あちこちの会社がV字回復したり、もっと成長したりして、今後の日本経済の活性化に繋がるだろうと思っています。

そして、私がいずれこの世からいなくなっても、この本が残っている限り、きっといつか数学マーケティングの領域を発展させてくれる人が現れると信じています。本書で紹介する数学ツールが使いこなせれば、個別の課題に合わせて「確率」を事前にどう読み解くのか?という難しい課題にも、1人でチャレンジできるようになります。新しい手品のタネや仕掛けを自分で作れるようになるのです。数学そのものに興味のある方は、是非とも巻末の数学ツールを自分の道具箱に入れて、ビジネスの世界で役立ててください。

この「数学マーケティング」のノウハウは、私の盟友と二人三脚で培ってきた実戦ノウハウです。ここで、共著者である今西聖貴さんを紹介させてください。今西さんは私の古巣であるP&Gの世界本社(米国シンシナティ)で、20年以上にわたり全世界にまたがって需要予測モデルの開発や予測分析をリードしてきた人物です。元「P&G世界本社の最高頭脳」の1人です。私が米国シンシナティにあるP&G世界本社に赴任した際に、そこで長年活躍していた今西さんと親しくなりました。彼とはビジネスの担当分野が違い、仕事上の接点は無かったのですが、数学好き同士の波動に導かれて意気投合しました。
私も今西さんも数学を活用したビジネスのノウハウを持っていますが、強みが異なります。マーケターである私は、戦略立案と意志決定の主体であるストラテジストとしてのノウハウを、アナリストである今西さんは、より客観性と需要予測分析に強みのあるリサーチャーとしてのノウハウを、それぞれ積み重ねながらキャリアを歩んできました。今西さんに会うまでは、私は独自のやり方で数学的検証をやっていたのですが、戦略の主体である私自身ゆえの「主観の重力」から完全に自由になることが難しい宿命を抱えていました。また、今西さんは広範囲で深い数学的検証のノウハウを持っていましたが、私とは逆に客観に主軸を置くがゆえに戦略に不可欠な「主観による意志」を生み出すところは専門ではありませんでした。つまり我々2人は、底辺に分厚い数学愛を共有しつつ、その上でお互いの得意分野の凸凹が完璧に噛み合った、最高のコンビネーションだったのです。

我々2人の強みを重ね合わせたライフワークとして、数学をもっとマーケティングに活かすことに取り組んできました。既存のノウハウを新しい実戦データで磨き上げたり、組み合わせたり、戦略的な思索の新たな思考領域を広げるべく試行錯誤を繰り返して、マーケティングに役立つ数学ノウハウの実用化に取り組んできました。
その後、私はP&Gを卒業してUSJに加わることになりました。そして入社早々にぶち上げたハリー・ポッターの需要予測に数学的確証を得るために、社外で最も信頼できる需要予測の専門家を雇うことにしました。発注先はもちろん、P&Gを勇退されたばかりの盟友・今西さんでした。

社運を賭けたあまりに恐ろしいリスクでしたから、異なる哲学で導き出したいくつかの需要予測結果を比べてみないことには、夜も眠れなかったのです。今西さんが予測した数字と、自分達で導き出した数字が符合したことで、私はUSJでのハリー・ポッターの成功に数学的な確信を持てたのです。その確信こそが、当時のUSJには分不相応な総投資額450億円という壮大な冒険に踏み切る最大のエネルギー源でした。数学的確信があったからこそ、私は腹をくくって周囲を説得できたのです。
現在、今西さんは、私の三顧の礼で拠点を米国から日本に移し、USJのマーケティング本部で「数学マーケティング」のノウハウの普及と後進の育成に尽力してくれています。私だけで「数学マーケティング」の本を書くよりも、需要予測の専門家として今西さんが長年培ってきたアナリスト視点の生々しい経験談や真髄も一緒に盛り込むほうが、後世の日本社会にとってより有用な本になるはず。そう確信し、彼に共著者として参画してもらうことにしました。

本書は、全編にわたり私と今西さんの2人で考えを練り込んだ完全なる共著です。どうすれば我々の考えていることが伝わるのか。構成、内容、文章、事例、数式、それらを2人で試行錯誤しながら書き上げました。前半の戦略パートは戦略家としての私の視点で書いてあり、後半の消費者調査パートは需要予測の専門家である今西さんの視点で書いてあります。書き手の視点はそうなっていますが、全ての章を2人で考えています。私の知識だけでなく、世界の第一線で何十年も市場分析や需要予測を極めてきた「第一人者」である今西さんの示唆に富んだ貴重なメッセージを融合させることで、より価値の高い書物になると確信しています。
本書の執筆の目的は、日本社会の合理性を高めることに寄与することです。日本企業の戦略立案の合理性を高めるノウハウを開示することで、我々2人が愛してやまないこの日本社会を少しでも活性化したい、少しでも恩返ししたいという願いがあります。多くの実務者やその卵の皆様に役立てていただきたいのはもちろんですが、できれば多くの日本の経営者や経営幹部の皆様にも、本書が言わんとするところをご理解いただければ幸いです。

本書を読めば、戦略の確率を事前に知り、コントロールしやすい領域とコントロールできない領域を見分け、経営資源をコントロールできる領域へと集中させることで、成功確率を劇的に高めることができるようになります。無意識に情緒的な意志決定をやりがちな日本人が「もっと合理的に準備して、精神的に戦う」ことができるようになれば、世界と対峙する日本の将来はきっと明るくなるだろうと信じております。

著者
森岡毅
2016年2月10日

森岡 毅 (著), 今西 聖貴 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/6/2)、出典:出版社HP

目次

序章 ビジネスの神様はシンプルな顔をしている

第1章 市場構造の本質
1 「客引きの兄ちゃんはみんな同じ顔をしている!」
2 市場構造を理解する意味
3 市場構造とは何か?
4 市場構造の本質はすべて同じ
5 ブランドも同じ法則に支配されている
6 経営資源を集中すべきは、プレファレンスである

第2章 戦略の本質とは何か?
1 勝てる戦を探す
2 戦略の焦点は3つしかない
3 「認知」の伸び代を探す
4 「配荷」の伸び代を探す
5 プレファレンスの伸び代を探す

第3章 戦略はどうつくるのか?
1 ゴール地点で見るべきドライバー
2 プレファレンスについて
3 戦略はゴールから考える

第4章 数字に熱を込めろ!
1 意志決定に「感情」は邪魔になる
2 人間は意志決定を避ける生き物
3 日本人の相手はサイコパスだと思った方がいい
4 目的からズレるとなぜ危ないのか?
5 意識と努力で冷徹な意志決定はできるようになる
6 確率の神様に慈悲はない
7 「熱」を込めて戦術で勝つ

第5章 市場調査の本質と役割―プレファレンスを知る
1 市場調査の本質
2 シングル・プロダクト・ブラインド・テスト
3 コンセプト・ユース・テスト
4 購入決定は感情的である
5 道具には用途と限界がある
6 本質的な理解は質的データから
7 未来は質的データから
8 未来が難しいのであれば過去がある

第6章 需要予測の理論と実際―プレファレンスの採算性
1 需要予測は大きく外さないことを目指す
2 「絶対値を求めるモデル」と「シェア・モデル」
3 予測モデルは理解のためと、予測の両方に使う
4 予測の精度と予測モデルの精度は異なる
5 ハリー・ポッターの需要予測への挑戦
6 大枠をおさえることが大切!
7 映画の観客動員数からの予測
8 増加率を使った予測
9 テレビ CM を使ったコンセプト・テストによる予測
10 コンセプト・テストを基に絶対値を予測する時の注意点
11 一般的なシェアの予測方法(直接プレファレンスを測る)

第7章 消費者データの危険性
1 消費者データは、常に現実と対応させて読む
2 消費者データの比率・好き嫌いの順番は比較的正確
3 消費者データは「使う目的」と「調査状況」を考慮して使う
4 毒入り消費者データは無味無臭
5 市場サイズの現実は「整合性」を手掛かりに把握
6 データは曇りを取って診る
7 現実は、昆虫のように複眼でみる

第8章 マーケティングを機能させる組織
1 前提となる2つの考え
2 マーケティング組織の思想
3 市場調査部の編成
4 組織運営について私が信じていること

巻末解説1 確率理論の導入とプレファレンスの数学的説明
1 二項分布(Binomial Distribution)
2 ポアソン分布(Poisson Distribution)
3 負の二項分布(Negative Binomial Distribution)
4 「ポアソン分布」と「負の二項分布(NBD)」のまとめ
5 売上を支配する重要な式(プレファレンス、K の正体)
6 デリシュレー NBD モデル

巻末解説2 市場理解と予測に役立つ数学ツール
1 ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデル
2 負の二項分布
3 カテゴリーの進出順位モデル
4 トライアルモデル・リピートモデル
5 平均購入額・量モデル
6 デリシュレー NBD モデル

終章 2015年 10 月に USJ が TDL を超えた数学的論拠

今西よりご挨拶
森岡よりご挨拶
参考文献・資料

森岡 毅 (著), 今西 聖貴 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/6/2)、出典:出版社HP

USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか? (角川文庫)

USJのV字回復戦略

初年度に比べて集客が伸びなかったUSJが、ピンチを乗り越えるために試したマーケティング方法について紹介されています。USJを題材にしているため、初学者でもかなりイメージしやすいです。戦略を検討する上でどのように論点を絞ったのか、どのように品質を担保していったのか、後ろ向きコースターなどの斬新な企画が生まれた背景がよくわかります。

森岡 毅 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/4/23)、出典:出版社HP

プロローグ 私は奇跡という言葉が好きではありません

完成間近のホグワーツ城の前で

「やっと、ここまで辿りついた……」
私は込み上げてくる嬉しさを抑えることができず、自然とつぶやいていました。ここに辿りつくまでのやっかいな重い記憶の数々も、この壮麗な城の前では消し飛んでしまいます。
「うーん、美しい!」
私はハリー・ポッターのホグワーツ城をベストアングルから見上げています。誰よりも早く、この景色を独り占めできる。こういう役得はこの仕事の楽しみの1つです。
真っ青な空へ高く突き刺さる城の尖塔も、目の前の視界を全て覆うほど巨大な岩壁も、見れば見るほどに精緻な造作です。まさにハリー・ポッターの映画そのものの世界が再現されています。
この調子だと城の外郭工事は1月中にほぼ終わり、早ければ春先には足場が外れるでしょう。そして工事の中心はホグズミード村へ集中し、計画通り進めば2014年の夏休み前には、日本中、いや、アジアの全域から、多くのゲストをお迎えすることができるでしょう。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに、ついにテーマパーク・エンターテイメントの結晶「The Wizarding World of Harry Potter」がオープンするのです。
私が働くテーマパーク、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)は、2001年にハリウッド映画のテーマパークとして誕生しました。世界中のどのテーマパークよりも早いペースで開業からの来場者数が1000万人 を突破し、年間の来場者数も1100万人を達成しました。しかし、その後は800万人前後に落ち込み、私が着 任する直前の数年間は700万人台の前半まで低迷していました。
それがここ3年で業績を急上昇させて、「USJが奇跡的なV字回復!」と、多くのメディアで取り上げていただけるようになりました。2012年度の年間集客は、低迷時の1・4倍近い1000万人に迫るところまで伸び、2013年度も見込みではさらにそれを上回る勢いです。
数字だけを見ると、確かに鮮やかで奇跡的な成功に見えます。しかし、改革の陣頭に立って走り続けてきた当人には、美しかったり鮮やかだったりする側面はどこにも見えないのです。悪戦苦闘、七転八起の連続だった泥臭い足跡と、何度も訪れた絶体絶命のピンチをなんとか切り抜けてきたヒヤヒヤの残像……。私の脳裏に蘇るのは、発狂しそうなくらいドラマチックだった3年間の記憶です。
私は「奇跡」という言葉が好きではありません。外から見たら「奇跡」のような成功に見えるのかもしれませんが、ここで起こったことはただの偶然ではないのです。ここに絶対に辿りつこうと歯を食いしばって、執念でアイデアを振り絞って、皆と力を合わせてここまで来ました。
もちろん戦いを始める前にもそれなりの勝算はあったのですが、想定外のピンチがバンバン起こり、この3年間の道程はあまりにも険しいものでした。もし少しでも何かが狂っていれば、今、私が見上げている城は全然違ったものになっていたかもしれません。いや、もしかしたら見上げるものすらなく、途方に暮れていたかもしれません。
そう思うと、しみじみ感慨が込み上げてくるのです。
テーマパークは究極の集客ビジネスです。「人はエンターテイメントがないと生きていけない」と私は信じていますが、消費しなかったとしても命に別状がないのがエンターテイメントです。食品や生活用品のように安定的な需要はありません。景気が悪ければ真っ先に家計からカットされるのが、テーマパークのような娯楽ビジネスです。そして面白ければ爆発的にヒットし、つまらなければあっという間に衰退する、常に厳しい生存競争にさらされている「集客アイデアの実験場」でもあります。
鳴り物入りでオープンした当初は人が溢れていたのに、わずか数年でさびしい客足になっている集客施設は、日本国中に星の数ほどもあるのではないでしょうか。集客で悩んでいるのはTVで紹介されるような大型集客施設ばかりではありません。ショッピングモールや商店街はもちろん、御近所の理髪店や花屋さんも本屋さんも……。これらは全て集客施設なのです。消費者を相手にしている小売業に関わる人ならば、USJが直面したのと同じ問題に悩んでいるはずです。新しいもの好きな日本の消費者に、どうやったら、ずっと長く、もっと多く来ていただけるのか?
USJは開業から10年も経った決して新鮮とは言えない時期に、しかも世の中がアベノミクス前のデフレどん底の時期に、価格を上げながら大幅に集客を増やし、おかげさまでV字回復することができました。USJが実践してきたノウハウの核心部分は、世の中の多くの集客ビジネスに役立てていただけるのではないかと思います。

アイデアは天才のひらめきではなく、ある発想法から生まれる

USJに「The Wizarding World of Harry Potter」をオープンするには、450億円もの投資が必要でした。よく誤解されるのですが、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンを運営する「株式会社ユー・エス・ジェイ」は、現在では米国のユニバーサル社とは資本関係が一切ない独立した経営体です。年間売上が800億円程度の企業が、450億円もの投資に踏み切るには相当な勇気が必要でした。
皆さんの会社に当てはめて考えてみて下さい。年間売上の半分以上の金額を1つの事業に投資するなんて、尋常ではありませんよね。
しかも450億円の投資をしても、すぐに利益が回収できるわけではありません。オープンまでの3年間は、最 小限の出資で最大限の利益を上げ続けなくてはならない。さもなければ、この計画は頓挫する運命でした。
数多くのピンチからユニバーサル・スタジオ・ジャパンを救ってくれたのは、消費者を惹き付ける奇抜な「アイデア」の数々でした。
最近、私のことを革新的なアイデアを次々に生み出す「アイデアマン」だと褒めてくれる人がいます。しかし本当の私は、そういうタイプの人間ではありません。むしろ、クリエイティブなひらめきでアイデアを次々に生み出す天才とは真逆の、頭の中が四角いタイプです。論理や数字を頭の中でカクカク動かすタイプの人間です。
私はよく思っていたのです。ピンチに直面したとき、それをチャンスに変えるアイデアを軽やかに生み出すことができたなら、どれだけ人生を高く飛ぶことができるかと。そういう人をいつもうらやましく思っていました。かつての友人や同僚の中には、突拍子もない発想で次々に面白いアイデアを考え付く「クリエイティブ」な頭を持った人間が少なからずいたのです。
しかし、決してクリエイティブではない私でも、追い詰められた中でめちゃくちゃに加圧されると、頭の中で眠っている何かが目を覚まして、生き残るためのアイデアを生み出せるようになりました。そういうことを繰り返すうちに、かなりの高確率でアイデアを生み出せる方法を編み出したのです。
柔らかくも面白くもない私の頭の中から出てきたこの3年間のアイデアは全て、ある発想法によって生産されています。それは実は誰にでもできることなのです。私はそのアイデア発想法を「イノベーション・フレームワーク」と呼んでいます。
天才的な右脳人間になれなくてもいいのです。常識的に物事を考える凡人ならではの強みを活かせば、必ず最高のアイデアに辿りつくのです。このイノベーション・フレームワークを使えば、天才から凡人の手にアイデアを取り戻すことができます。
そして何より皆さんに伝えたいのは、「アイデア」こそが最後の切り札になりうるということです。お金がなくても、コネがなくても、「アイデア」だけはあなたの頭の中に眠っているのです。あなたがそれに気づいていないだけなのです。それを呼び起こす方法を、包み隠さずお教えしたいと思います。

2013年11月 著者

森岡 毅 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/4/23)、出典:出版社HP

目次

プロローグ 私は奇跡という言葉が好きではありません
完成間近のホグワーツ城の前で
アイデアは天才のひらめきではなく、ある発想法から生まれる

第1章 窮地に立たされたユニバーサル・スタジオ・ジャパン
日本人はどうしてリスクを冒さないのか?
私が戦う「最大の敵」
こだわるポイントが間違っている
3段ロケット構想
9回裏二死ランナーなし!

第2章 金がない、さあどうする? アイデアを捻り出せ!
「映画だけ」のテーマパークは不必要に狭い!
「差別化」という名の誤ったこだわり
USJは世界最高のブランドを集めた「セレクトショップ」
お金がなくても感動は作れる!
手を貸してくれ!ワンピース
10周年のスタートで大転倒。震災自粛ムードを吹き飛ばせ!
人こそ最強のアトラクション! ホラー・ナイトでゾンビが踊る
需要予測を現実が超える瞬間

第3章 万策尽きたか! いやまだ情熱という武器がある
モンハンを呼ぶにはモンハンを知り尽くすこと!
動きながら考える方が良いこともある
情熱が予測もできない局面突破を呼び込むことがある
世界一の光のツリー

第4章 ターゲットを疑え! 取りこぼしていた大きな客層
「大人だけ」のテーマパークも不必要に狭い!
JAWS事件でわかったUSJの弱点
助けてくれ! エルモ、キティ、スヌーピー
「ユニバーサル・ワンダーランド」でファミリー層を取り戻す

第5章 アイデアは必ずどこかに埋まっている
一難去ってまた一難、2013年を生き抜くには?
リノベーションというマーケティング技法
誇りを持って世界中からアイデアを探す
スパイダーマンをリノベーションせよ!
答えは必ず現場にある
技術陣の大反対
ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド~バックドロップ~の誕生

第6章 アイデアの神様を呼ぶ方法
ピンチをチャンスに変える「イノベーション・フレームワーク」
フレームワークでポイントを絞る
戦略的フレームワーク
数学的フレームワーク
「リアプライ」でアイデア探し
日ごろからストックを蓄える
コミットメント~どれだけ必死に考え続けられるか
ビギナーズ・ラックの正体
アイデアは実現させないと意味がない!
生存確率限りなくゼロ! 「バイオハザード・ザ・リアル」の苦闘

第7章 新たな挑戦を恐れるな! ハリー・ポッターとUSJの未来
なぜハリー・ポッターで450億円ものリスクを取るのか?
世界最強のブランドで勝負できるのは今しかない!
エクセキューション段階での失敗リスクが小さい!
関西依存の集客体質から脱却しないと手遅れになる!
戦略と情熱の狭間の決断!
世界最高のテーマパーク・エンターテイメントの結晶
ユニバーサルの技術の粋を注ぎ込んだ造形と演出のクオリティー
世界最高のライド「Harry Potter and the Forbidden Journey」
トイレまでがアトラクション
長時間列に並ばなくてもエリア入場できる整理券システム

エピローグ USJはなぜ攻め続けるのか?
中小企業が生き残るには勝ち続けるしかない!
戦略的に経営資源を選択集中し、とことんアイデアで勝つ!
USJから日本を元気にしたい!

文庫版あとがき 打ち上げられた「ハリー・ポッター・ロケット」
世の中のUSJへの認識を変えたかった
なぜその日に止まる?
追い詰められた8月

森岡 毅 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/4/23)、出典:出版社HP

マーケティングとは「組織革命」である。 個人も会社も劇的に成長する森岡メソッド

成功のための「社内マーケ」術

USJのV字回復の立役者である著者がその経験に基づいて書いているため、本書は非常に説得力がある1冊です。著者の主張である「マーケティングの本質は組織革命である」という意見に納得でき、組織を機能させる上で今、自分に何ができるのかがよくわかります。

はじめに 一人でも会社に変化は起こせる!

最強の経営資源は何か?それは「ヒト」です。
カネでも、モノでも、情報でも、時間でも、知財でもなく、ヒトだけがその他の全ての経営資源を使いこなすことができるからです。そもそも企業とは「ヒト」の集合体であり、「ヒト」の力をどう引き出して「ヒト」をどう成長させるかに、企業の命運が懸かっているのです。その貴重な「ヒト」の繋がりを「組織」と我々は呼んでいます。
本書は、これまで私が培ってきた、「ヒト」の力を活かす「組織」をつくるための本質と、一人のサラリーマンでも「組織」を動かす起点になるための秘訣の2つをお伝えすることが目的です。2年前に執筆した『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』は、マーケティングの本質を世界で一番わかりやすく理解できる入門書として執筆し、大好評をいただいております。本書も、ビジネスで最重要な「ヒトと組織」の本質を理解できるものとして世界で一番わかりやすい本になることを目指します。

私は、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)再建の使命を果たし、2017年にマーケティング精鋭集団「株式会社刀」を立ち上げ、日本をマーケティングの力で活性化する挑戦に踏み出しました。V字回復したUSJでの経験を振り返ると、真っ先に頭をよぎるのは「ヒト」と「組織」がめちゃくちゃ大事だと言うことです。マーケティングのノウハウは重要ですが、そのノウハウを“実行できる組織”を同時に構築できなければ、業績を継続的に向上させることはできません。
マーケティングに限ったことではないですが、策を立てるよりも実行する方が100倍は難しい…。逆に“実行できる組織”を構築できたのであれば、少数の個人技に依存しすぎることなく、その組織は継続的にある程度の結果を出し続けることができます。私が去った後もUSJがまだ好調を維持しているのは、ノウハウを導入しただけでなく、そのための「組織」までしっかりとつくったからです。

「集団知は個人知に勝る」という考えを私は信じています。どんな人間にも盲点があり、発想の起点を増やして意志決定の死角を減らす、集団での知恵を引き出せる組織が中長期では必ず強いのです。一人の天才的経営者でも活躍できるのはせいぜい30年、企業の平均寿命もだいたい30年です。一人一人の情報や発想を活かせなければ、企業は変わり続ける市場に対応できず、いずれ淘汰されます。

しかしながら、そういうことはわかっているのに、実際の多くの会社が集団知を活かすための組織構造になっていないのはなぜでしょうか?本当のことが言えない、ちゃんと議論すらできない、そんな会社が山ほどあるのはなぜでしょうか?消費者や顧客のことを考える時間はごく僅かで、上司や同僚を付度している時間ばかりが異様に長い毎日を過ごしているのはなぜでしょうか?業績がジリジリと悪化しているのに、皆が言われたことをやる作業ばかりに終始して、毎年同じようなことを繰り返して一向に新しいやり方が芽生えないのはなぜでしょうか?「組織」は「一人」の力を発揮させるためにどのような仕組みを備えるべきか?その秘訣は「人間の本質」を理解し、精神論ではないシステマティックな仕組みを構築することです。一人一人が組織のために正しい行動を取る“確率”を高めることなのです。本書ではその核心となる本質的な考え方をわかりやすく解説します。問題意識のある経営者や経営幹部や人事関係の皆様に読んでいただきたいのはもちろんですが、むしろそういう立場にないビジネスパーソンの皆様にこそ広く読んでいただきたいと切に願っています。組織についての理解や知識は上層の人達だけに必要なのではありません!上層の皆様は今の体制の既得権者です。変革の未来はむしろ次世代の気付きとその情熱に懸かっています!私はその将来を見越して、考え方の種をできるだけ広く撒きたいと思うのです。

では逆に、「一人」はどのような方法で「組織」をより良く変えていくことができるのか?組織を変える個人技とは、端的に言えば「提案を通すスキル」です。もちろん組織によって提案の通しやすさには差がありますし、同じ組織でも勝てたり負けたり色々あります。しかし、このスキルの核心は実は会社を選ばず、このスキルが強い人ほど変化の起点になれる確率が高いのです。たった一人のサラリーマンでも、下からでも、会社を動かすことは可能です。正確に言えば、たった一人で全て実現できることは僅かしかないけれども、たった一人でも、“変化の起点”になることはできます。
私自身がやってきたことも、それが可能であることを示しています。今までの私は、常に下の立場で上を変えてきました。私は、大きな組織の創業者だったわけでも、その御曹司でも、株主でもなく、雇われ社長ですらありませんでした。USJのCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)だった頃も絶対権力などには程遠く、上には怖い社長や泣く子も黙るファンドの株主、横には人生の大先輩の役員諸兄、下にも年長者の方が多いような状態。そんな中でも、マーケティングの枠をも超えてあらゆる提案を通しまくって、会社組織まで大改革したのです。

社内で自分の提案を売っていく技術は、いわば「社内マーケティング」です。組織の中で、周囲を勝てる場所へ連れていくためにも、自分自身がやりたいことを実現してキャリアを切り拓くためにも欠かせません。また、自分の部下や同僚が素晴らしいアイデアを持っている時に、その力があればあなたは「人を活かす」という最高の働きができる。このスキルに長けることで多くの人の力を束ねて、一人や小さな集団では達成できない大仕事が実現できるでしょう。本書では、私自身の当事者経験に根差して、提案を通すのが上手い人に共通に見られる「Target Analysis(ターゲット・アナリシス)」のスキルを中心に秘訣をお伝えしようと思います。

私は本書を、実務者である私が書くことによって「組織の本質」がわかる本にしたいのです。アカデミックな組織関係の本は山ほど存在しています。しかしながら、実務者が実戦経験で培った組織の本質をシンプルに解き明かした本は少ないと感じています。当然と言えば当然ですが、教養として知識の枝葉を茂らせる目的ならばともかく、“本質”は実際に組織づくりで悪戦苦闘した経験のある人にしかわからないのです。自分が、組織を動かしたり、大きな組織改革をやったり、理論と実際を行き来した経験がなければ、山ほどあふれている情報や現象の奥底にある“本質”を洞察することはできない。組織論に限らず、実務に役立つのはシンプルな本質の理解です。

私はずっと実務家として、当事者としての一人称で組織と向き合ってきました。また、当事者として奮闘しておられる多くの経営者の皆様のご相談も受けております。つくづく、実戦で役立った組織の本質は一貫していると感じますし、実戦で役に立つ“道具”もシンプルなものに限られます。それはシンプルでないと実戦では扱えないからです。というわけで、本書は、よくある組織論の本のように、組織図やその理論をどっさり覚えるような“フォーマット暗記型”ではありません。本書は実務家として役立つ本質を腹落ちしていただくことに焦点を当てたいと思います。私の“実戦フィルター”を通して遠慮なく書かせていただきます。
本書は大きく言うと、以下のような3部構成になっています。最初にビジネスパーソンであれば誰しもがしっかりと認識しておくべき、組織を活性化させる方法について述べます。組織全体をどう編成し運用するかという会社規模の大きな視点に留まらず、人間の本質を理解することで自分の小さなチーム内の生産性を高めるのにも役立つはずです。次に一人の人間が下からの立場で会社を動かすことに成功する確率を上げる方法についてお伝えします。このおかげで私は新エリア、「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」に450億円も費やす無謀な冒険にUSJを引きずり込んで大成功させることができました。そして最後に、起点となって世の中を実際に変えた方々と私のインタビュー記事を掲載します。2017年度に日経トレンディで連載した「森岡毅のビジネスに役立つマーケティング対談」からのピックアップです。

Ⅰ 組織に熱を込めろ!~ 「ヒト」の力を活かす組織づくりの本質~
Ⅱ 社内マーケティングのススメ ~ 「下」から提案を通す魔法のスキル~
Ⅲ 成功者の発想に学べ!~起点となって世の中を変えた先駆者たち~

少し飛躍してしまいますが、日本社会をより良くしていくことにも、実は一人一人の国民が「変化の起点になる」ことが求められているのではないでしょうか。会社において社長ができることが限られている以上に、政府や総理大臣ができることは本当にビックリするほど限られているのです。国は本来、国防と外交と防犯など政府にしかできないことをやるのが使命で、経済発展は民間こそが主体のはず。
日本経済がこの20年以上も停滞したのは、我々一人一人が日本の経済をより良くする行動を十分にやってこなかった積み重ねの結果ではないでしょうか?今、数字の上では好景気がずいぶん長く続いているように見えますが、日本経済のファンダメンタルがその数字ほど強いと信じられない人は多いでしょうし、何よりも国際社会で日本経済の立ち位置が相対的にどんどん下がってきている。今こそ、我々一人一人が各自の持ち場で“2歩だけ”前に出る時ではないでしょうか?政府はそもそも何もしてくれないし、政府に何かしてもらうことを期待してはいけない。素晴らしい「お上」が登場するまで何もできない水戸黄門ドラマのような日本人では困ります。

正直なところ、ちょっと精神論に近いのですが、私はデフォルトとしてもっと一人の可能性を信じることにしています。我々一人一人が、自分の属する社会をより良く変える力を持っているはずだと。なぜならば、社会は確かに我々一人一人の集合体だからです。その時代を生きる一人が、何かの起点になって社会を大きく発展させることは幾度となく歴史上に確認されていますし、そんなスーパーマンの話でなくても、自分の目が届いている周囲をより良く変えることは誰もがやろうと思えばできる。実際に多くの人が自分のことだけ考える範疇を超えてやっています。一人だけで全てを変えられることはほとんどないでしょうが、一人だけでも変化の起点になることはできます。

自分の目に見える範囲で良い、誰でも自分の景色をより良く変えることができる。そう考える方が、意識がより前向きになって「得」です。そう考えないと得るものがないのです。だって、そう思わなければ、自分の存在や人生にワクワクしなくなるじゃないですか。自分の人生を面白くするのは自分しかいませんので、私はそう信じることにしているのです。日本や世界はともかく、もっと小さな単位である会社、しかも人の顔と名前が一致する自分が所属する部署くらい、自ら起点になってより良くできないわけがない。目的の正しさとやり方によっては可能なはずだと、まずはそう信じることです。

そして日々の仕事の中でそれに実際に挑戦する!自分の取れるリスクの範囲で構わないので、今までの枠を“2歩だけ”踏み出してみるのです。一度しかない人生の中の最も充実した何十年もの時間を費やす仕事…。自分が起点になって自分の周りを変える力は、一度しかない人生をよりエキサイティングに変えていくでしょう。
本書がそのための一助になることを願っています。

2018年春
株式会社刀 代表取締役CEO 森岡毅

Contents

はじめに 一人でも会社に変化は起こせる!

第一部 組織に熱を込めろ!
「ヒト」の力を活かす組織づくりの本質

第1章 USJを劇的成長に導いた森岡メソッド
1 「持続可能なマーケティング力」を目指して
2 「60点を90点にする組織」とは何か?
3 会社を支えるのは、たった4つの機能
4 「ボトルネック」を解消する組織づくり

第2章 マーケティング革命とは「組織革命」である。
1 会社はなぜ成長できなくなるのか?
2 マーケティング・ドリブンな組織は生存確率が高い
3 「売れるものをつくる」組織づくりの本質とは?

第3章 理想の組織とは「人体」である。
1 明確な役割による人体の恐るべき「共依存関係」
2 多くの会社で神経伝達回路が破断されている!
3 コミュニケーション不全に陥る「3つの呪い」

第4章 人間の本質とは「自己保存」である。
1 人はなぜ緊張するのか?
2 行動パターンの原点は「個人 > 組織」
3 社員を「羊」に変えてしまう組織とは?
4 「自己保存」の本能を逆手に取るアメとムチ
5 パチンコの釘のように確率を操作せよ!

第5章 社員の行動を変える「3つの組織改革」
1 集団知を活かすための「意志決定システム」
2 個人の強みを引き出す「評価システム」
3 成功する「相対評価システム」の5つのステップ
4 社員のモチベーションを上げる「報酬システム」
5 人事制度改革は、USJ再生の「一丁目一番地」だった!

第二部 社内マーケティングのススメ
「下」から提案を通す魔法のスキル

第6章 自分起点で会社を変える個人技
1 社内マーケティングのフレームワーク
2 「顧客視点」でなければ提案は売れない!
3 変えられること、変えられないことの違いはどこに?

第7章 あなたは一体何を変えたいのか?(目的の設定)
1 その提案に「大義」はあるのか?
2 上司と目的を共有しないと報われない!
3 目的や戦略があいまいな組織でやるべきこと

第8章 成功のカギはターゲット理解が9割(WHO)
1 社内マーケティングのWHOは2つある!
2 勝ち筋を見つける「ターゲット・アナリシス」の技術
3 優先順位をつけてターゲットを絞り込む!

第9章 何が相手に響くのか?(WHAT)
1 「公の便益」に訴える
2 提案に“やりがい”を盛り込む
3 相手の感情を揺さぶる「真実の迫力」

第10章 伝え方の技術(HOW)
1 まずは「スタイル」を理解すべし
2 対話の真理は「押し引き」にあり
3 スタイルの幅が成功確率を上げる

第三部 成功者の発想に学べ!
起点となって世の中を変えた先駆者たち

鈴木敏文氏 セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問
秋元康氏 作詞家
佐藤章氏 湖池屋社長
佐藤可士和氏 SAMURAIクリエイティブディレクター

終章 マーケティングの力で日本を元気に!

苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」

“自分”をマーケティングする方法

USJ復活の立役者である著者が、自分をマーケティングする方法について述べています。自分の過去・現在・将来に対する漠然としたモヤモヤを解消でき、納得のいく人生を歩むための手がかりを掴めます。中高生や就活生にも非常におすすめの1冊です。

はじめに

残酷な世界の”希望”とは何か?

私は4人の子供たちと一緒に、まるで動物園のようにカオスな我家でワイワイと騒がしく暮らしてきた。一番下はまだ中学生だが、長男は高校生になろうとし、次女はもう大学生、そして長女はなんともう大学を出ようとしている。ああ、ついに私の子供たちが一人ずつ巣立ってしまう!そのことを考えると寂しい気持ちで一杯になる……。修学旅行などで一人いなくなるだけでも、急に家のなかが寂しく感じられて我慢ならないのに!それ以前は一体どうやって生きていたのだろう?全く思い出せないほどだ。遠くない未来に子供たち全員が巣立ってしまうと、妻と二人だけで静まり返った家で私はどうやって過ごすのか?それはもう全く想像できない世界だ。
しかし……自分もそうだったように、子供が親元から旅立つときは必ず来る。子供たちは自分の世界を飛ぶために生まれてきた。ちゃんと巣立たないと困るのだ。そんなことは頭ではわかっていた…。
数年前のある週末の午後、私はリビングでスマホをいじっている長女に話しかけた。
「もう2年が過ぎた。大学生もあと2年しかないよ。大学を出たらどうするつもりなの?」
「え?うん……」
質問と同時にリビングの空気の色が明らかに変わった。
「就活とか、大学院とか、そういう目先のことを聞いているのではないよ。将来はどんな仕事がしたいの?」
「うん…」
ゆっくりとスマホを置いて、こちらに顔を向けたまま、娘は困った表情をして何も言わない。
娘とはいつも会話の高速キャッチボールを楽しんでいる。しかしこういう話題のときだけは、娘は決まって石のように寡黙になるのだ。私はここで自分から言葉を継いではいけないと思い、じっと我慢していた。長い沈黙の後、娘は小さな声でゆっくりと呟いた。
「何がしたいのか、よくわからない……」
沈黙のガマン競べには辛うじて勝ったが、バカ親の貧弱な忍耐力は早くも限界に近づいていた。
「じゃあ、自分が何をしたいのか、どうすればわかるようになると思う?」
「うん….」
娘の表情がだんだん強張っていくのがわかった。
「そういうことも、よくわからない……」
ああ、このままではまずい!いつものパターンに陥るぞ!そうわかっているのに、どうしてその地雷を踏み込んでしまうのか!
「じゃあ、誰かに相談してみたのかな?」
「…」
「そんな大事なことがよくわからないのに、放っておくのは一番まずいよね?わからないならわからないなりに行動を起こさないと。今まで何かしてみたの?」
「昨日と今日で全く差がない毎日を100年続けたって、問題は何も解決しないよね?どうしたらいいと思う?」
言葉に熱が入ってきた私が続けて話そうとした途端、娘の目つきが悲しげに変わった。
「だから、そういうことはわかるけど、わからないんだよ……」
娘はリビングを出て行ってしまった。

ああ、やはりこうなった……。沈黙との戦いはいつも分が悪い。子供のことになるとついつい熱くなってしまう。こちらの思い入れが強ければ強いほど、最後はケンカみたいになってしまうのだ。伝えたいことは山のようにあるのに、上手く伝えられない。
もはや父親として、してあげられることがどんどん限られていく……。
しかし、そこでバカ親は考えたのだ。それでも何かできることはないものだろうか?娘は確かに悩んでいて、その悩みを本人が紐解いていく方法を私は確かに知っているように思える。ならば、私らしく『パースペクティブ(本人が認識できる世界)」を体系化して、わかりやすく書き出して伝えよう。文章ならば、伝える方も聴く方も冷静になれるだろう。
答えは一人一人が自分で出さねばならないが、自分の将来や仕事のことを考える際の「考え方(フレームワーク)」は知っておいた方が良いのは間違いない。言うなれば、子供たちがキャリアの判断に困ったときに役に立つ『虎の巻』をつくろうと思ったのだ。それから仕事の合間や、ふと思いついた日の晩などに、ちょくちょく書き足していった。気がつけば丸1年以上にわたって筆を入れ続けた『虎の巻』は、かなりの分量になっていた。

そんなある日、お世話になっている編集者が事務所に訪ねてきた。新作の催促に来たのだ。次に書きたいネタとして取り組んでいた研究は自分の中で整理ができておらず、実はまだ1文字も書けていなかった。「まさか全然書いてないなんてことはないですよね?」彼は疑るように私の目を見た。
「いや~、思うように進んでなくて。申し訳ない……。こんなのは書いているんですけどね」
私は苦し紛れに、「虎の巻」を取り出した。
「でも、これは子供たちのために書きためたものなんで、ちょっと違う内容なのですけど」
「何だ、書けてるじゃないですか。ちょっと読ませてくださいよ」
「いや、だからこれはプライベートなもので……」
マイペースな彼は冊子を奪い取るとニヤニヤしながら読み始めた。次第にその目は真剣になり、瞬きを忘れた静止画のように原稿に釘付けになっていた。シーンと静まり返った会議室で、彼は黙々と原稿を読んでいる。私は手持ち無沙汰になって席を外した。
しばらくして戻ると、驚くような状況になっていた。日頃は感情をほとんど顔に出さない彼が、目を真っ赤にしながら唸っている。
「すごいですよ、これ……。どんどん引き込まれて、後半で完全にやられました」
読み終わった原稿の上に涙の染みができていた。
「森岡家の家宝にしておくだけではもったいない原稿です。これは世に出すべきです!森岡さんの子供たちだけでなく、就活に臨む若い世代、いや、キャリアに悩むすべての人に役立つ本質的な書籍になります!」
そもそも”キャリア”という言葉は、日本語に訳することすら難しい。「出世」と訳してしまうと何かいやらしいし、「職務経歴」と訳しても、1つの会社に一生勤め上げることが美徳だと感じている人にはピンと来ない。以前にも「会社と結婚するな、職能と結婚せよ!」という私のメッセージが、さまざまなメディアで反響(炎上?)を頂いたことがあった。キャリアに対しての考え方は、十人十色なのでとにかく反感を買いやすい。だから「私はこれを信じる!」と明確に書くにはそれなりの勇気がいるのだ。とりわけ本書の原稿は、森岡家でのドメスティックな使用を前提に書いた生々しい本音の集積だからなおさらである。「そもそも人間は平等ではない」など、そのまま世に出してしまって良いものか?私は躊躇した。
しかしながら、結局は生々しいままで行くことになった。第1章から第6章までの内容は、ずっと書きためていたものから抽出したそのままズバリである。それらは、一人称(オリジナルでは父)や二人称(オリジナルでは娘の名前)の呼び名を修正したり、出版用に読みやすくなるように構成を編集したりはしたが、基本的にほぼすべてリアルな原稿そのままだ。したがって、所々に激しい表現や、身内以外にはわかりにくい世代間ギャップがある比喩表現(『北斗の拳』の死兆星など)や事例などが含まれているが、リアリティを可能な限り大切にするためにほぼそのまま残すことにした。
修正して取り繕った「よそ行き」のキャリア論にしてしまうと、伝わる力が弱くなってしまうと思ったからだ。学者でもなく、評論家でもなく、マーケターでもなく、私は父親としてそれらの原稿を書いた。ビジネスの最前線で生きてきた実務家としての私ならではの視点を、子供の成功を願う父親の執念で書き出したのだ。その生々しさこそが本書のレアな“特徴”だと信じることにした。したがって、この本はきっと今まで以上に読者の好き嫌いが分かれるだろうと予想する。本書独特のリアリティ、が、一人でも多くの読者にとって良い意味で刺さることを願っている。
この原稿を書く上で、これまでの書籍と変わらずに一貫させたこともある。それはできるだけ。本質的。であろうとするアプローチだ。現実を見極め、正しい選択をすることで、人は目的に近づくことができる。そのために重要なのは、さまざまな現実を生み出している。構造』を明らかにすることだ。キャリアにおいてもそれは同じだと痛感している。社会で成功をつかむためには、覚悟をもって“構造を直視し、その本質を大きくしっかりと把握せねばならない。
キャリアにまつわる世界も、“構造”によって生み出された、“残酷な真実”に満ちている。この世界は、創った神様にとっては極めてシンプルな“平等の精神”に根差しているのだが、その結果の偏りは一人一人にとっては極めて“不平等”になるのだ。神様の正体は「確率」であり、1つ1つの事象の配分は極めて平等に“ランダム”に行われているが、結果には“偏り”がある。したがって、神様のサイコロの結果、一人で幸運を3つも4つも享受する人もいれば、一人で不運を3つも4つも背負う人もいる。それこそがこの世界の残酷な真実だ。
そんな“残酷な世界”と向き合って、自分はどうやって生きていくのか?キャリアとは、その質問に対する一人一人の答えなのだ。本書で説いているのは、「神様のサイコロで決まった“もって生まれたものを、どうやってよりよく知り、どうやって最大限に活かし、どうやってそれぞれの目的を達成するのか?」ということに他ならない。そのために己の特徴を知ること、特徴を強みとして発揮できる。文脈”を見つけること、そして“強み”を徹底的に伸ばすこと、それらがなぜ重要なのかを私の子供たちに理解させるために、具体的に解説している。

神様の“ランダム”の結果、目には見えない内面にはむしろ外見以上の特徴の”差”がついて人は生まれてくる。自分特有の先天的特徴、自分を育んだ特有な後天的環境、それらの組み合わせによって、世界で唯一無二の存在である”自分”になっている。泣いても喚いても、その特徴を大きく変えることはできないのだ。であれば、過去に振られたサイコロを受け入れて、前を見よう。人と比べて凹んでいる場合ではない。変えられるのは未来だけなのだ!
では、希望とは何か?最大の希望は、「それでも選べる」ということだ。どのような特徴を持って生まれてきたとしても、人生の目的も、それに向かう道筋も、自分の人生をコントロールする”選択肢”を握っているのは実は自分自身しかいない。そのことに一人でも多くの人に気づいて欲しいと私は切に願っている。
50年前よりも20年前よりも、今はより多様な生き方を選べる社会になっている。画一的な日本企業しか選択肢がなかった時代や、転職市場がほとんどなかった時代や、女性に総合職の選択肢すらなかった時代もあった。さらに私の世代と比べても今の世代の方が明らかに選択肢は増えているし、職能はもちろん、業態、勤務形態、はたまた起業など、働き方の選択肢はこれからもっと多様化するだろう。
本当は選ぶ必要がない方が、大多数にとってはむしろ楽だから好ましいことは知っている。しかし世界と繋がったこの時代ではもはやそんなことは許されない。多様な選択肢が更に多様化していくことも避けられない。したがって、”選べる人”こそが、より有利にキャリアを構築する時代へもっと加速していくだろう。
我々は、”クラゲ”のような人生を送っていないか?世の中のうねりは、受動的に生きている大多数の人々をすぐに飲み込んでしまう。自分をちゃんともっていないと、誰もがすぐに世の中に影響されて流されてしまうのだ。自分では都度の課題に対処しながら一生懸命に動いているつもりでも、その人の真実はフワフワしながら潮に流されているだけだ。明確な意志を持っていないので、潮の流れの中で自由に泳ぐことができない。10年、15年経って、かつての知人が潮の中でも俊敏に動ける魚になっているのを目の当たりにしたとしたら、己のクラゲ人生に満足できるだろうか。
我々は、”エスカレーター”に身を任せていないか?目の前にエスカレーターがあると、階段を登るよりも楽そうだから、誰もが思わず飛び乗ってしまいたくなる。でも、エスカレーターは一度乗ってしまうと、最終地点まで一定の軌道上を動く以外に自由がなくなるのだ。前方にはオッサンたちの背中が一直線でひしめいている。すぐ後ろには後輩たちがうらめしそうにこちらを見ている。サンドイッチになって身動きが取れず、降りられる気もしない。本当は嫌なら脱出すべきなのだが、多くの人がその選択肢を選べずにずっと乗ったままだ。そして実際には、到着点までは乗せてもらえないことが多いにもかかわらず、「降りろ」と言われるまで自分から降りることを選択しない。

実は”選べた”のに、今からでも”選べる”のに、多くの人はそれでも選択しない。なぜならば、神様が”選択のサイコロ”だけは自分の手に委ねてくれているのに、それに気がついていないからだ。頭の中にない選択肢は選べない。
しかし、もしも好きなことを選べたならば、ワクワク、ドキドキ、しびれるような達成感や、叫びたいような興奮に包まれることが、何度も何度もある!その興奮と感動が「やりがい」であり、人はそれを味わうために生まれてきたのではないか?と私は思っている。最も充実した時期の何十年もの人生を捧げるキャリアなのだから、どうせ働くならば「やりがい」のある道を選びたくはないか?そう思う人はその道を選ぶべきだ!まだ選んでないのなら、選びなおすことを選べば良い!もしも1社目で失敗したとしても、2社目を選べば良いのだ!本書はそのためのガイドブックである。
どうか一人でも多くの日本人が本書を読んで、ずっと手の中にあった”選択”のサイコロの感触を確かめて欲しい。私が子供たちに理解させたかったことも、皆様に伝えたいのもこのことだ。
この世界は残酷だ。しかし、それでも君は確かに、自分で選ぶことができる!
すべては、あなたらしい道筋をみつけるために。
本書がその一助になることを願っています。

著者
森岡毅
2019年新春吉日

目次

苦しかったときの話をしようか

はじめに残酷な世界の”希望”とは何か?

目次
第1章 やりたいことがわからなくて悩む君へ
やりたいことがわからないのはなぜか?
「経験がないのに考えても仕方ない」は間違い!
君の宝物は何だろう?
会社と結婚するな、職能と結婚せよ!
大丈夫、不正解以外はすべて正解!

第2章 学校では教えてくれない世界の秘密
そもそも人間は平等ではない
資本主義の本質とは何か?
君の年収を決める法則
持たない人が、持てるようになるには?
会社の将来性を見極めるコツ

第3章 自分の強みをどう知るか
まずは目的を立てよう
君の強みをどうやって見つけるのか?
ナスビは立派なナスビになろう!

第4章 自分をマーケティングせよ!
面接で緊張しなくなる魔法
「My Brand」を設計する4つのポイント
キャリアとは、自分をマーケティングする旅である

第5章 苦しかったときの話をしようか
劣等感に襲われるとき
自分が信じられないものを、人に信じさせるとき
無価値だと追い詰められるとき

第6章 自分の”弱さ”とどう向き合うのか?
「不安」と向き合うには?
「弱点」と向き合うには?
行動を変えたいときのコツ
未来の君へ

おわりに あなたはもっと高く飛べる!