ページコンテンツ
星野リゾートはなぜここまで成長できた?経営方針・マーケティングは?
星野リゾートは旅館やホテルを運営する会社で、いまや全国各地で宿泊施設を運営しています。4代目の経営者で現社長である星野佳路氏が、全国展開する企業へと成長させましたが、その経営はどのようにして行われてきたのでしょうか。ここでは、星野リゾートの経営について様々な観点から学べる本をご紹介します。
星野リゾートの教科書 サービスと利益 両立の法則
教科書に則った経営を確かめる
本書は、経営学やマーケティングの教科書に書かれている理論を実践することの有効性について、星野リゾートのケーススタディを通して検証している本です。星野リゾートが実践している方法から、読者自身の経営への応用なども検証するきっかけになる本と言えます。
はじめに
星野リゾートは旅館・ホテルの運営会社である。長野県軽井沢町で創業し、4代目の経営者である星野佳路社長は、顧客満足度アップと収益力向上の両立を掲げ、会社を成長させてきた。この10年で、軽井沢の老舗企業から、全国でリゾート施設を運営する企業へと変身を遂げた。日本各地でリゾートの運営を引き受け、業績を向上させていると同時に、軽井沢や京都では高級旅館「星のや」の展開を進めている。
星野社長の打ち出す経営戦略は、時として常識破りに見える。カレーライスに「おいしさ保証」をつけたり、旅館で働いたことがない社員をいきなり高級旅館の総支配人に抜擢したりする。「話題を作ろうとしているだけではないか」と感じる人もいるだろう。
だが、そうではない。星野社長の経営は、どれを取っても「教科書通り」なのである。社員のモチベーションアップやサービス向上策は、すべて経営学の理論に裏打ちされている。星野リゾートの事業展開の背後には常に「教科書」が存在している。
一流の経営学者が緻密な研究によって導き出した理論に基づいて考え抜き、確信を持ってビジネスを実践する。それが星野社長の経営である。
「経営に教科書なんて役立たない」と疑問を持つ人もいるだろう。しかし、星野社長は、「教科書に書かれていることは正しい」と断言する。「教科書通り」でうまくいかないとしたら、それは理解が不十分で、取り組みが徹底されていないからに違いないと指摘する。
星野社長は、経営上の課題に直面すると、その解決に役立つ本を自分で探し、深く読み込み、理論の教えるところを完全に実践する。その姿勢は社員にも伝播している。
では、星野社長は、どんな教科書から学んで、どんな成果を上げてきたのか。そのとき現場はどう動いたのか。本書では、その具体的な事例を取り上げ、教科書を経営に生かすためのポイントを明らかにする。
本書は1冊丸ごと星野リゾートのケーススタディーだが、その内容はさまざまな分野の課題に応用できる。業種や職種、企業規模などを超えて、多くのビジネスリーダーに参考にしていただければ幸いである。
星野リゾートが運営する施設は、北海道のアルファリゾート・トマムから沖縄の統合予約センターまで全国に散らばっている。本書は、そのすべての施設を2年間かけて取材した成果に基づく。日経BP社発行の経営誌「日経トップリーダー」に連載した記事に加筆した。登場する人物の肩書などは雑誌連載時のままである。
取材に当たって、星野リゾートのみなさまには多大な協力をいただいた。改めて謝意をお伝えしたい。
本書の姉妹編として『星野リゾートの事件簿』(日経BP社)がある。こちらの本では、お客様からのクレームや社員同士の対立など、星野リゾートで実際に起きた「事件」をテーマにしている。事件解決のために星野社長がどう発想し、現場のスタッフがどう動いたかを具体的に記している。ぜひ、本書と併せてお読みいただきたい。
2010年4月
日経トップリーダー副編集長 中沢康彦
目次
はじめに
第Ⅰ部 星野佳路社長が語る
教科書の生かし方
——定石を知り、判断ミスのリスクを最小にする
ステップ1 本を探す
書店に1冊しかないような古典的な本ほど役に立つ
ステップ2 読む
1行ずつ理解し、分からない部分を残さず、何度でも読む
ステップ3 実践する
理論をつまみ食いしないで、100%教科書通りにやってみる
第Ⅱ部 教科書通りの戦略
——難しそうに見えて、実は効果的である
どこにでもある旅館を高級旅館として再生
“その他大勢”から抜け出す
『競争の戦略』
(マイケル・E・ポーター著)
市場で埋没したリゾートを独自戦略で立て直す
他社の追随をやめ、ニッチ市場を開拓
『コトラーのマーケティング・マネジメント 基本編』
(フィリップ・コトラー著)
「予約しやすさ」で他社と差別化する
コモディティ化した市場で勝つ
『The Myth of Excellence』
(Fred Crawford, Ryan Mathews著)
「変えない」でお客様の心をつかむ
長期的な視点で売上高を伸ばす
『売れるもマーケ 当たるもマーケ マーケティングルの法則』
(アル・ライズ、ジャック・トラウト著)
星野社長が参考にした戦略の教科書
『ブランドポートフォリオ戦略』/『競争優位のブランド戦略』/『マーケティング戦略』/『戦略サファリ』/『ストラテジック・マインド』
第Ⅲ部 教科書通りのマーケティング
——「やるべきこと」をやり切れば、すべてが変わる
「おいしくなかったら全額返金します」
スキー場レストランのヒットメニューを育てる
『いかに「サービス」を収益化するか』
(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー編集部編・訳)
お客様への対応は数十秒の勝負
瞬時に最適判断する人材を育てる
『真実の瞬間』
(ヤン・カールソン著)
おもてなし向上へ「気づき」を集める
1人ひとりにピッタリのサービスを提供
『ONE to ONEマーケティング』
(ドン・ペパーズ、マーサ・ロジャーズ著)
顧客が感じる「品質」を長期的に高めていく
ブランド価値を高める改革
『ブランド・エクイティ戦略』
(デービッド・A・アーカー著)
星野社長が参考にしたマーケティングの教科書
『ニューポジショニングの法則』/『ブランディング22の法則』/『経験価個 マーケティング』/『サービス・リーダーシップとは何か』/『顧客ロイヤルティの時代』/『グロービスMBAマーケティング』
第Ⅳ部 教科書通りのリーダーシップ
——すぐに成果は出ないが、必ず成果は出る
社員の気持ちを1つにまとめる
ピジョンを掲げて会社の目指す方向を示す
『ビジョナリー・カンパニー』
(ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著)
熱狂的ファンをつかむコンセプトを作る
競争力向上のカギは「自分たちで決める」
『1分間顧客サービス』
(ケン・ブランチャード著)
社員が持つパワーを引き出して業績回復
「任せる」から、社員は自分で考えて動く
『1分間エンパワーメント』
(ケン・ブランチャード、J・P・カルロス、A・ランドルフ著)
会社に残すべきは経営者の姿勢
堂々とした生き方を見せる
『後世への最大遺物 デンマルク国の話』
『代表的日本人』
(内村鑑三著)
星野社長が参考にしたリーダーシップの教科書
『やまぼうし』/『エクセレント・カンパニー』/『口語訳「古事記」完全版』/『Personnel』/『イノベーターの条件』/『柔らかい心で生きる』
第Ⅴ部 教科書通りに人を鍛える
——「未経験者歓迎」で成長できる理由
トップも知らない星野リゾート 「フラットな組織文化」で社員が勝手に動き出す
現場が意思決定できる星野リゾートの強み
本書は、星野リゾートの現場への取材をまとめた本です。星野リゾートは、経営不振に陥ったホテルを顧客から高い評価を受ける優良ホテルに変革することで評価されています。この背景にある、現場で意思決定ができる企業文化、生産性を高め、従業員も楽しく働ける組織づくりについて、本書でインタビューしています。
はじめに
旅館の建物をつなぐ渡り廊下を歩いていくと、その先に現れたのは、赤と白の提灯が賑やかな昭和の風情漂う酒場と、巨大な金魚ねぷた。どこか懐かしさを感じさせる青森の祭りの風景が広がっていた。
ここは、青森県三沢市にある「星野リゾート 青森屋」。
「青森の文化を丸ごと体験できる温泉宿」をテーマに、青森の文化や魅力が館内の至る所で表現されている。夏の終わりに訪れたときは、夏祭りの季節に町中を飾る「金魚ねぷた」にちなんだイベントが開催されていた。
廊下の天井一面に金魚ねぷたが吊り下げられた「金魚ねぷた回廊」に、部屋に金魚鉢ごと持ち込んで楽しめる「貸し金魚」。ガラスの金魚鉢に入ったかき氷に地酒やワインをかけて食べる「金魚鉢かき氷」は、見た目にも美しい、大人のためのかき氷だ。これらはプログラムのほんの一部だが、すべてこの旅館で働くスタッフが自分たちで発想し、具現化したものである。
青森屋を代表する人気コンテンツの一つに、「みちのく祭りや」がある。これは、食事をしながら青森が誇る夏の四大祭りのクライマックスを楽しめるショーレストランで、迫力ある演奏と踊りが魅力だ。
このショーを企画し、運営するのも、現場のスタッフだ。普段は旅館のサービス業務に携わるスタッフが、囃子や太鼓、笛などの演奏でステージを盛り上げる。ショーのクライマックスには宿泊客もステージに躍り出て、跳人と呼ばれるリズミカルな踊りの輪に加わった。
青森屋の滞在には、まるでテーマパークで過ごすような楽しさがある。その魅力はどこにあるのか。
その一つが、ほかでは体験できないユニークなイベントやプログラムだ。青森屋で働くスタッフは、7割が地元出身者。青森を愛し、青森のことを多くの人に知ってもらいたいという思いが強く、こうした熱い思いが、イベントやプログラムを通して伝わってくるのである。
そしてもう一つは、スタッフが皆、生き生きと楽しそうに働いていることだ。ショーレストランで太鼓や笛を演奏するスタッフも、レストランでサービスするスタッフも、玄関で宿泊客を出迎えるスタッフも、持ち場に関係なく皆が生き生きとしている。スタッフの活気がみなぎる旅館は、滞在するだけで楽しくなれる。この旅館をまた訪れたいと思う宿泊客は少なくないはずだ。
青森屋を運営する星野リゾートは、国内外約40拠点で旅館やホテルを展開するリゾート運営会社。1904年に軽井沢で創業。4代目の経営者である星野佳路代表が運営に特化した経営方針を打ち出し、全国展開するリゾート運営会社へと成長させた。
その成長の原動力となったのは、現場で働くスタッフたちである。青森屋で出会ったスタッフたちもそうだが、彼らはモチベーションを高く持ち、自発的に考えて行動する。自分たちがやりたいことを実現するまで粘り強く取り組み、あきらめない。
そうしたスタッフの情熱とエネルギーが、ほかにはないユニークなサービスを生み出し、企業の競争力を高めてきたのである。
「人を活かす」ための環境づくりは、星野代表が最も力を注いできた仕事の一つに位置づけられる。企業が進化し続けていくためには、世代もバックグラウンドも異なるスタッフが自由に発想し、意見を言えて、やりたいことに挑戦できる環境を整えることが必要だと星野代表は考えた。それが仕事の楽しさややりがいを生み、スタッフのモチベーションを高めるからである。
そうした環境が今、「フラットな組織文化」として星野リゾートに定着している。
本書は、星野リゾートのフラットな組織文化に着目し、「人を活かす」とはどういうことかを明らかにしようと試みるものである。
ここに登場する10人のスタッフは、ホテルや旅館の総支配人から、部門のリーダー、サービス業務を担当するスタッフまでバラエティに富んでいる。各スタッフが、それぞれの立場で何を考え、どのように行動し、周りを巻き込み、やりたいことを実現させていったのか。10のストーリーを通して、一人ひとりの個性や能力を活かすことで企業の競争力につなげるためのヒントを探ることが本書の狙いだ。
労働力が不足する傾向が強まるなか、企業は限られた人材を最大限に活かして生産性を高めることに本気で取り組まなければならない時期に来ている。
こうした動きに先駆けて、星野リゾートではさまざまな改革を行なってきた。限られた人材を最大限に活かすとは、つまり、個人が持つ能力を100%発揮してもらうことにほかならない。そのために不可欠な「フラットな組織文化」をベースに、やる気のある社員に機会を与え、かつ公平に評価する人事評価制度や、社員の自主性を尊重し、現場が意思決定できるための体制を構築してきたのである。こうした星野リゾートの「人を活かす」取り組みは、旅館やホテル業界、サービス業界に限らず、人材不足という逆風のなか、生産性、顧客満足の向上に悪戦苦闘している多くの企業の参考になるはずだ。
現場スタッフ、リーダー、経営者、ビジネスに関わるあらゆる立場の人にぜひ読んでいただきたい。仕事は工夫次第でもっと楽しくなるし、チームはもっとよくなる。そのための手がかりを本書からつかんでいただければ幸いである。
本書は、PHP研究所発行のビジネス情報誌『THE 21』2016年1月号から17年7月号まで1年半にわたり掲載した「遊びが会社を強くする! 星野リゾートの現場力」に加筆し、また新たな事例を加えてまとめたものである。取材にご協力いただいた星野代表および星野リゾートの皆さまには改めて感謝を申し上げたい。
星野代表に、スタッフの方々の活躍や、旅館やホテルで人気コンテンツとなったサービスについて感想を伺う場面で、「私の知らないうちにこうなっていた」「私が知ったのは、ずっとあとのこと」といった発言が何度かあったのが印象的だった。
人を活かそうとすれば、現場のことは現場スタッフに任せるのが一番である。そうやって大きく成長してきた星野リゾートを象徴するコメントではないかと思う。本書のタイトルである「トップも知らない星野リゾート」には、そのような思いも込めている。
前田はるみ
トップも知らない星野リゾート 目次
はじめに
第1章 勝手に決める社員たち
1 苔メン現る
2 雲海テラスの仕掛人
3 変革するブライダル
4 温泉ソムリエの秘策
コラム 体験! 魅力会議 楽しく仕事をするため仕掛け
第2章 組織の常識に挑む社員たち
5 現場の決断「冬季営業再開!」
6 私のやり方を貫く
7 調理場は誰のものか
コラム 密着! 立候補制度 やる気のある人に機会を与える仕組み
第3章 職場を飛び出す社員たち
8 島人とリゾートの架け橋になる
9 自分が輝ける場所を探して
10 バリに日本旅館をつくる
コラム 潜入! 麓村整 主体的に学びたくなる仕掛け
解説 フラットな組織文化こそが競争力の源泉
——星野リゾートの組織論
星野佳格(星野リゾート代表)
本文写真提供 : 星野リゾート
競争優位を実現するファイブ・ウェイ・ポジショニング戦略
ファイブ・ウェイ・ポジショニングとは何か
本書は、マーケティング理論の一つであるファイブ・ウェイ・ポジショニングを解説している本です。このモデルでは、物やサービスのコモディティ化が進む現代で、マーケティングをどのように行うべきかが問われています。従来の理論をブラッシュアップするものでもあり、マーケティングに関係している方には参考になるでしょう。
監修者 まえがき
この本が私の教科書である2つの理由
マーケティングの神様、フィリップ・コトラーが2000年代前半に来日した際、こう発言した。
「マーケティングの4Pを実践していますと誇らしげに言う人がいたので、『あれはもう古くて使いものにならない』と伝えたんだ。マーケティングを取り巻く環境が大きく変化する中で、新しく興味深いポジショニング理論が沢山生まれている。ファイブ・ウェイ・ポジショニングも注目すべき理論の一つだ」
私は、すぐにその理論者を探し読んでみることにした。そしてそれは私に大きな影響を与えるものであった。
「コトラーが薦めた」
この言葉だけでも「一読に値する」と読者に思わせる十分な惹句になるのだが、本書に入る前のイントロダクションとしてファイブ・ウェイ・ポジショニングが実践的で良いといえる理由を2つ、本理論の実践者として説明したい。
第1は、コモディティ化という経営課題へのアプローチという側面だ。
かつては、商品やサービスの機能や質が他社より優れていれば競争に勝てた。しかし今、機能上の差別化がますます難しくなってきている。私は出張先でよくレンタカーを利用するが、どの車に乗っても素晴らしくよく走る。レストランでは、“美味しい”ということが競争力になっていたが、今は美味しくないレストランを探す方が難しくなった。スーパーの棚に並んでいる洗剤はどれも同じくらい素晴らしく汚れを落とすものだから、私たちは洗浄機能以外の要素で洗剤を選んでいる。
このように、商品やサービスにおいてメーカーごとの機能や質などの差が不明瞭化あるいは均質化することをコモディティ化といい、それはなぜ起こっているのだろうか。マイケル・E・ポーターが「生産性のフロンティア」という概念でこれを解説している。必要な経営ノウハウは今では誰にでも容易に手に入るようになり、どの会社もみな最適な生産性に達してしまう。これがコモディティ化を生み、かつては優位なポジションにいた誠実でまじめな経営者たちが「どうしていいのかわからない」と嘆く状況を生み出しているというのである。
脱コモディティ化を説き、その方法を提示する書籍は多数存在するが、コモディティ化という経営課題への対処法を論じているケースが多い。一方で本書は、コモディティ化にそもそも陥っていない、埋没していない企業の事例研究から、その経営戦略の中に法則性を見い出している点が興味深い。
分かりやすく言えば、風邪にかかった場合の対処療法を紹介するのが前者で、そもそも風邪にかからない健康体のつくり方を説くのが後者・本書であり、この点で本書が優れていると言えるのだ。
第2は、多くのケースで、使用可能な経営資源は限られているという現実があり、本理論は経営における“選択と集中”へのアプローチを紹介している点だ。
ファイブ・ウェイ・ポジショニングを説く本書では、経営に関わる要素として、価格・サービス・アクセス・経験価値・商品の5つをあげ、さらにそのポジションをレベルⅠ(業界水準)・レベルⅡ(差別化)・レベルⅢ(市場支配)と区分している。見い出した法則とは、コモディティ化に陥らない企業は、5つの要素全てでレベルを高めようとはしていない、むしろ意図的にそうしないことが大切だということだ。
消費者の要求に全て答えようとし、あらゆる面でレベルⅢにしようとする試みは、そもそも難しいしコストもかかり過ぎる。本書では、5つのうち1つでレベルⅢを、別の1つでレベルⅡを、残り3つで業界水準であるレベルⅠを維持することが最適と説いている。限られた資源で何を達成すれば持続可能な競争優位性を保てるのかを把握できるし、そのコンビネーションは数多く想定できるので、各企業の個性や強みを反映することが可能だ。
経営者であれば誰もが直面する“資源の有限性”という困難に、「5つのうち3つは業界水準でいい」というメッセージはとてもポジティブで勇気づけられるものだ。
2010年に刊行された『星野リゾートの教科書 サービスと利益両立の法則』[日経BP社]にて、私が経営をするうえで教科書としてきた書籍を30冊紹介した。その内、本書は邦訳が存在していなかった教科書であり、そういう意味で今回日本版が出版されることを大変嬉しく感じている。
読者の皆さんには、まずは第2章まで読み進めてほしい。本書の良さといえる理論とエッセンスが第2章目にまとまっているからだ。そして、そのエッセンスを理解したうえで、皆さん自身の教科書とするかどうかを決めてほしい。これは私の持論であるが、教科書になるかならないかは理論の内容とともに、今読者が抱えている経営課題の内容と深く関わっている。商品やサービスのコモディティ化という課題に直面した時、本理論は、教科書通りにやってみる価値が十分にあると私は考えている。
星野リゾート社長 星野佳路
CONTENTS
監修者まえがき
序文
CHAPTER1 今、消費者が企業に求めているものとは?
消費者が望んでいるのは、割引じゃない
一流にこだわるのは、的外れ
消費者は、満たされていない
消費者は、価値観を求めている
新たな消費者像と、そのニーズに応えるには?
消費者の立場で、自社をながめる
CHAPTER2 ファイブ・ウェイ・ポジショニングという新たなビジネスモデル
消費者からも、仕入れ業者からも好かれる小売店
5つの要素の新たな意味合い
消費者が期待する、企業の姿勢とは?
消費者が判断するのは、企業の「総合点」
5要素の適切なバランスとは?
| ケーススタディ | ウォルマート :理論を実践に
CHAPTER3 価格で市場を支配する
企業は激安価格を過大評価している
価格の上げ下げは、消費者に不信感をうえつける
1ドルショップの売りは、激安だけではない
価格で戦うには?
| ケーススタディ | ダラー・ジェネラル : 「1ドルに見合う価値を」
CHAPTER4 サービスで市場を支配する
サービスは人がすべて
優れたサービスは、優れた社員から生まれる
消費者が求めていないサービスは、サービスではない
サービスの低下が当たり前の時代
消費者が本当にほしいサービスとは?
サービスと経験価値の関係性
サービスで戦うには?
ケーススタディ | スーパークイン :サービスに次ぐサービス
CHAPTER5 アクセスで市場を支配する
アクセスは立地がすべて、ではない
消費者は、「さっと買える」を求めている
心理的なアクセスとはなにか?
アクセスの悪さは、長期的な成長戦略にふさわしいか?
アクセスで戦うには?
規模の大きさは、アクセスにプラスかマイナスか?
立地がモノを言う場合とは
| ケーススタディ | サークルズ : アクセスこそが商品
CHAPTER6 商品で市場を支配する
消費者は、最高級品を求めていない
ブランドが問われない時代のビジネス
「そこそこの品」でなぜ十分なのか?
消費者に合わせた商品の選定
「商品」の可能性の拡張
商品で戦うには?
ケーススタディ | レコードタイム :ファイブ・ウェイ・ポジショニングのビートに合わせて
CHAPTER7 経験価値で市場を支配する
「楽しませさえすればいい」という誤解
消費者は、企業からの敬意を求めている
顧客の気分で利益が変わる
経験価値で戦うには?
消費者から信頼される企業の実態
ケーススタディ1 | キャンベル・ビューリー・グループ : 本物のアイルランドを体験できる
ケーススタディ2 | グルメ・ガレージ :ロックンロールなスーパーマーケット
CHAPTER8 ファイブ・ウェイ・ポジショニングを実践するには?
企業の今とこれからを指し示すツール
見解のズレを生み出す原因
居心地の悪い企業になる原因
経営戦略の変更についての注意点
ファイブ・ウェイ・ポジショニングにおける人材
リーダーの役割とは?
CHAPTER9 供給プロセスの現実
メーカーの狙いは、消費者まで届くのか?
消費者のニーズをとらえたメーカー
多角化戦略の整理のために
取引先と同じビジョンを描けているか?
チャネル戦略の重要性
インターネットがメーカーに与えた影響
CHAPTER10 ファイブ・ウェイ・ポジショニングは未来にも通用するのか?
未来は予想できるか?
未来の状況とファイブ・ウェイ・ポジショニング
現時点で未来について断言できること
バーチャルな世界へ: オンラインでのファイブ・ウェイ・ポジショニング
ビジネスの未来予想図
消費者の声が力を持つ時代へ
監修者あとがき
序文
“It’s not what you don’t know that hurts you, it’s what you know that ain’t so!
Mark Twain
知らなかったことのせいで、
痛い目に遭うのではない。
君を痛い目に遭わせるのは、知っているという
思い込みだ。
マーク・トウェイン
マーク・トウェインの言葉が、これほど当てはまる時代があっただろうか。とくに、現代のビジネス戦略と実践に、ぴったりな一言だ。私たちは、3年間かけて実施した調査のおかげで、ビジネスの本質についての独りよがりな思い込みから抜け出ることができた。それまではビジネスについて知っているつもりだったせいで、刻々と変化する商売の現実からずっと目をそらしていたのだ。
私たちはビジネスの本質をがっちり掴んでいると信じていたし、顧客が企業に求めているものもよく知っていると思っていた。何が商売を動かすかについて、よそよりも心得ていると自負していた。そう思えるだけの根拠が山ほどあった。だから、顧客に価格の話を振れば、当然「安ければ安いほどいい」という答えが返ってくると思い込んでいたが、実際はそうではなかった。
それに顧客は、選べるならば間違いなく、「最高品質の商品がほしい」と答えるものだと思っていたが、それも違っていた。さらに、おそらくこれが一番大きな間違いだったと思うのだが、すべての企業は、あらゆる面で「ベスト」になることを目指すべきだ、と私たちは信じていた。正直なところ、これ以上の勘違いもなかったわけで、私たちの経験がみなさんへの警鐘になればと願っている。
私たちが気づいたのは、世界中のあらゆる業界において、企業は何十億ドルも費やして、的外れな、場合によっては不快なメッセージを顧客に送り、損を積み重ねている、ということ。顧客が理解できて、意味深いと感じる言葉で語りかける代わりに、ほとんどの企業が顧客に対して敬意を持っていず、本当は顧客がどんな人間なのか知らないのだ。それは、広告、マーケティング、マーチャンダイジング、商品の選択や品ぞろえ、取引の条件、サービスのレベル、といったビジネスに関わるすべての面で起こっているのだ。
「英国とアメリカは、使う言語こそ同じだが、まるで別物だ」と言ったのは、英国の劇作家、ジョージ・バーナード・ショーだった。それをもじって言うなら、「企業と顧客は、使う言語こそ同じだが、ますます溝を深めている」。どちらも同じ言葉を使っているのに、意味がまるで違っている。
大企業も中小企業も、顧客にあらゆるものを提供しているのに、顧客が心底求めているものだけは差し出せていない。何千という企業が、日々グループインタビューや調査、コールセンターの報告書の分析に、何百億ドルも費やしているが、それほど効果を生んでいない。ほぼすべての業界で、大手を含むあらゆる企業が、思わぬライバルにいつ出し抜かれてもおかしくない状況で営業している。
考えてみてほしい。スーパーやスポーツ用品店から宝石店、金物店に至るまで、どれほど多くの地元企業が長年にわたって胸を張っていたことだろう。顧客のことも、顧客が重視しているものも心得ていると。日々どれほど能天気に、うちは安泰だと油断していたか。それが、顧客と顧客ニーズを真に理解した、ウォルマートが町に進出してきた途端、こぞって廃業に追い込まれてしまった。
あるいは、IBMや、ゼロックスでさえ「コンピューター・ユーザーのニーズなら把握しているさ」とどれほど自信たっぷりだったか、考えてみてほしい。それが、マイクロソフトやデル、ゲートウェイ、アップルといった「新興企業」にさっさと市場を奪われてしまった。そして、アップル自身も同じ罠にはまったことにも、思いをはせてほしい。
つまり、グローバル企業も、あなたの企業だって、知らず知らずのうちに、そして避けようもなくこういった深刻な事態に向かっているのだ。
1つよくないお知らせをしよう。今日、あらゆる業界の大手企業は、危険にさらされている。世の中は今や、顧客による革命が起こるかどうかの瀬戸際なのだ。革命軍の要求が、今ほど明確に口にされたこともなかった。「私たちを1人の人間として認め、敬意を払いなさい。今後は私たちが求めるやり方でビジネスをやるように」
では、よいお知らせもしておこう。私たちが学び、これから伝える教訓に耳を傾ける企業は、この危機を防げるだけでなく、空前の成長のチャンスに活かすこともできる。
たしかに、新たなビジネスのやり方を求められた企業の多くは、じりじりと危機へ追い込まれている。だが、商品の品質も、提供する商品やサービスもますます似通ったものになり、サービスのレベルも標準化され、価格設定もある程度正常化された世の中で、顧客心理を解読し、従来のやり方を手放せる企業は、ライバルより相当優位に立つことができる。
本書の使命は、どんな要素があなたの会社を脅かしているのかを説明し、あなたの会社の今後の成功に向けて、計画を練ることだ。
経済がどれほど好調でも不調でも、売上や利益がどれほど増えても減っても、企業の成功は、砂上の楼閣のように危ういものだ。顧客は企業とのやり取りにかなり憤慨し、不満を抱いているからだ。史上初めて、企業は商売以外のことをするよう、求められている。人生の経験にフラストレーションを募らせている顧客は、企業に商品価値だけでなく、人間的な価値を補ってくれることも求めている。取引の条件は変化した。新たな条件で営業するすべを見出せない企業は、破綻してしまうだろう。
顧客が望んでいるものも、それに応える一番の方法も取り違えた結果、世界有数の企業でさえ、「一流の神話」と私たちが呼んでいるものを、信じ込んでいる。それは、企業はすべてにおいて一流を目指さなくてはいけない、という思い込みだ。問題が何なのかを見あやまれば、ほぼ確実に、誤った解決策を選んでしまうのだ。
企業は、長きにわたる関係を育んだり、取引に関わる顧客の価値観に気をもむよりも、商品やサービス自体の価値を上げることで頭をいっぱいにしている。そのため、取引のあらゆる要素で一流を目指す戦略を、何も考えずに選んでしまっている。その結果、何を重視しているかわからない企業になって、結果的に顧客を混乱させ、遠ざけてしまうのだ。
私たちは、何十人もの世界的なビジネスリーダーにインタビューをした結果、繰り返し同じ言葉を耳にすることになった。
「うちの会社は、最低価格で最高品質の商品をお客さまにお届けしています」
「楽しさと最高のサービスにあふれた売り場への、とびきり簡単なアクセスを提供しています」
彼らは、顧客から「聞いた」話を元に、文字通り莫大な金をつぎ込んで、商品やサービスを改良していた。だが、彼らはいつだって、顧客が本当は何と言っているかを聞けてはいない。私たちが聞いてみると、顧客はまったく違う話をしてくれる。
CEOが「うちはターゲット市場に合わせて、商品もサービスも改良しました」と得意げに語るのを何度も耳にしたが、結局、その後何カ月にもわたって、売上を落としていく姿を目にすることになるのだ。本書のリサーチの一環として、インタビューした企業の中には、最終原稿ができ上がる前に、倒産してしまったところもある。繰り返し目にしたのは、一見利益が出そうなら、何にでも散財してしまう企業の姿だった。彼らの失敗が、本書の土台を成している。ビジネスは、ギリシャ悲劇ではない。他者の過ちから学ぶことが、きっと運命を変える力になってくれる。
分析をする都合上、私たちは、すべての取引を5つの要素——価格、サービス、アクセス、商品、経験価値——に分類している。この5つの要素を選んだのは、対消費者ビジネスでも、企業間ビジネスでも、取引をする際には必ず、これらの要素が関わってくるからだ。私たちは、企業の5つの要素に点数をつけていった。ある要素で市場を支配しているなら5点、ある要素で差別化に成功しているなら4点、ある要素で市場競争に首尾よく参加できてはいるが、ライバルをしのげていない場合は3点を与えた。
顧客の目からビジネスを見て、顧客1人ひとりが意義を見出せるような条件でビジネスを行い、さらに利益につなげる戦略を、私たちはファイブ・ウェイ・ポジショニングと呼んでいる。
ファイブ・ウェイ・ポジショニングのレンズを通して世の中を見ると、とびきり優れた企業が、どんな戦略を取っているかが見えてくる。彼らは、価格、サービス、アクセス、商品、経験価値の5つの要素のうち1つで「市場を支配」し(世界で通用するレベルに達している)、もう1つの要素で「差別化」に成功し、残り3つの要素で「業界の標準」(平均)レベルを保っている。5段階評価で言えば、5点が世界レベル、4点が差別化レベル、3点が業界標準レベル、そして1点は受け入れがたいレベルだ。理想的なスコアは、5、4、3、3、3である。
ここに、さらに2つの「ルール」を適用した。1つは、5つの要素を通して、企業は、業界標準レベルからすべり落ちてはいけない。もう1つは、2つ以上の要素で5点や4点を目指してはいけない、ということ。
5つの要素のどれか1つでも業界の標準を下回っていると、長くは生き残れない。消費者が、その企業の提案する価値を、いずれ拒絶することになるからだ。一方、2つ以上の要素で5点や4点を獲得している企業は、無用な差別化をして金を失っている。
取引のコンテンツ(商品やサービスの価値)とコンテクスト(ビジネスにまつわる価値観)のギャップは、広がる一方だ。私たちは、的外れな企業を次から次へと目にしてきた。彼らは、商品価値が価値観の代わりを務めてくれると信じていたし、商売が成立すれば、顧客が求めている関係をつくったことになる、と思い込んでいた。
すべてにおいて一流を目指している企業が、こうした勘違いに陥ると、商品やサービスの価値が、知らず知らずのうちに大きく損なわれていく。いまいちな企業の場合は、そんな勘違いをきっかけに、最悪の事態へ向かっている。
顧客は企業に、1人の人間としてより深いレベルで認めてほしい、価値観をはっきりと打ち出してほしい、と求めているが、彼らの訴えは、ほとんど無視されている。企業が消費者と関わるコンテクストは重要度を増し、今や商品やサービスといったコンテンツをしのぐほどになった。ほとんどの企業は、創業以来、商品やサービスの向上に努めているが、コンテクストについては、つけ足しのような扱いだ。ひたすら差別化を目指して突っ走る際の必要悪、といったところだ。今や現代ビジネスの通貨は、商品価値ではなく、人としての価値観だというのに。
では、ウォルマートについて、具体的な話をしよう。ウォルマートは、価格設定のリーダーとして知られているが、同社の価格が常に、業界一安いわけではない。そんなウォルマートが価格で市場を支配(5点を獲得)しているのは、消費者がこう信じているからだ。ウォルマートの「エブリデー・ロー・プライス」の哲学が、ひそかな策略などなしに、あらゆる商品カテゴリーで、妥当な価格を提示してくれる、と。
ウォルマートの公正さと、消費者が評価しているものへの真の理解が、同社の価値観や顧客への対応に反映されている。ウォルマートは、商品で差別化に成功(4点を獲得)しているので、商品の品質は高いが、主要なライバルであるターゲットほど高くはない。そして、サービス、アクセス、経験価値の3要素については、業界の標準レベルを保っている(3点を獲得)。
どの企業も同じだなんて、私たちは思っていない。むしろ、同じ企業は2つとない、と信じている。だが私たちは、近所の理髪店からマイクロソフトに至るまで、ありとあらゆる企業が自己診断するにあたって、活用しカスタマイズ可能な手法を発見した。
その手法とは、まず、その企業の利害関係者全員が、企業をどう見ているかを図にマッピングする。次に、競合他社の分析に移る。そして最後に、自社の未来を詳細に計画する、というものだ。さらに、自社の現状を把握しさえすれば、市場には大きなチャンスがあることも、説明していきたいと思う。それは、経費を削減し、さらに売上と利益を最大限に伸ばすチャンスなのだ。
本書を読むべき理由はほかにもある。ビジネスとは、企業と顧客の相互的な関係で、ビル・ゲイツから英国女王に至るまで、みんなが誰かの顧客だ。本書は、取引する両者に理解力をもたらすだろう。企業は顧客の目で、顧客は企業の目で、ビジネスを見ることがきっとできるようになる。
星野リゾートのおもてなしデザイン
星野リゾートのデザインがわかる
本書は、星野リゾートのハード、ソフトのもてなしのデザインについて紹介している本です。高い顧客満足度を実現する星野リゾートのシステムでは、独自の洗練された世界観があります。星野リゾートのそれぞれのブランドのコンセプトから、如何にして、顧客が満足するホテルを生み出せるのかが学べます。
はじめに 日本流で世界を目指す
日本のリゾート業界で異彩を放つ星野リゾート。経営に行き詰まったりした旅館やリゾート施設の運営を請け負い、さまざまな工夫で事業を再生させてきた。「リゾート運営の達人」と呼ばれるゆえんだ。手がける拠点数は2018年には38カ所、大阪でも都市型観光ホテルを2022年に開業する計画だ。取扱高(星野リゾートの売上高ではなく、運営施設の収入の合計)は東日本大震災があった2011年を除いて毎年伸びており、2017年は509億円に達した。
星野リゾートには「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO」という4つのブランドがある。星のやは日本発のラグジュアリーなリゾート。界は現代の快適さを備えた温泉旅館。リゾナーレはアクティビティーを重視したスタイリッシュなリゾートだ。そしてOMOは2018年に新たに誕生した都市観光型ホテル。このほかにも個性的な宿泊施設、日帰り利用施設を全国で運営している。
さまざまなタイプの施設を抱えながら、星野リゾートの客室稼働率は平均80%に達するという。観光庁の調査によると2017年の旅館の客室稼働率(速報値)は38.1%、リゾートホテルは57.8%に過ぎない。星野リゾートの水準がいかに高いかが分かる。
一度は経営に行き詰ったりした旅館やリゾートを、なぜ再生できるのか。そこに、星野リゾート流のノウハウがある。ハードとソフト両面のおもてなしをデザインし、それを裏から支える効率的な運営システムを構築したからこそ、再びお客を呼び寄せることができるのだ。
星野リゾートのおもてなしを見るとき、注目すべきポイントはソフト面だろう。もちろん「星のや東京」をはじめとするラグジェアリーなリゾートの建築やインテリアなど、ハード面にも目を見張るものがある。しかし、同社が運営を開始した施設は、投資余力の問題からすぐに大規模なリニューアルを実施できないことも多い。それでも客数が伸び、事業が好転し始めるのは、接客サービスをはじめとするソフト面の力が大いにモノを言っているからだ。
星野リゾートを支えるソフト面には3つの特徴がある。それが「日本旅館メソッド」「マルチタスク」「フラッな組織文化」だ。
日本旅館メソッドとは、迎える側がさまざまな趣向を凝らし、お客はそれを楽しみにして宿を訪れるという日本の旅館文化をべースにした考え方であり、もてなし方を指す。具体的には、その土地ならではの魅力を発見し、磨き上げ、お客に提供するという取り組みだ。星野リゾートはあらゆる拠点でこの考え方を徹底している。
こうしたおもてなしを支えるのがマルチタスクだ。魅力的なもてなしをしようとしても、コストが掛かり過ぎては経営は立ち行かない。そこで星野リゾートは各スタッフがフロントや客室清掃、レストランサービスなどさまざまな業務をこなせるように教育する。1人で何役もこなすことで効率を上げ、その分をプラスアルファの魅力づくり=おもてなしに振り向けるのだ。
星野リゾート独特のフラットな組織文化が、マルチタスクに取り組むモチベーションを生んでいる。例えば、星野リゾートでは各拠点で地元の魅力を発見する「魅力会議」が定期的に開かれるが、そこでは入社履歴や職位に関係なく対等な関係の中で議論し、自由に発言できる。
こうしたソフト面の仕組みこそ、星野リゾートのおもてなしデザインの肝だろう。その強みは、日本国内だけでなく、すでに海外でもテスト中だ。日本のおもてなしが、いよいよ海外にも輸出されようとしている。
目次
はじめに 日本流で世界を目指す
1章 OMO
OMO&OMOレンジャー
「観光」を切り口に新たな都市型ホテルを“創造”
OMO5東京大塚
空間デザインにより広く感じ、快適な客室
星野・OMOの「本気」に地元と行政も動く
インタビュー
和のテイストを生かした都市型ホテル
佐々木達郎 佐々木達郎建築設計事務所 代表取締役
OMO7旭川
星野流で老舗ホテルのスタッフを意識改革
「街とつながる」コンセプトの根幹を引き出す
開業直後のOMO
「世の中になかったサービス」を伝えていく力が問われている
インタビュー
都市型でファン層を広げ、スケールメリットを狙う
星野佳路 星野リゾート代表
2章 星のや
星のや東京 世界の都市で通用する日本旅館
星のや富士 アクティブなアウトドア体験を楽しむ拠点
星のやバリ 星野流マルチタスクは海外でも有効
インタビュー
西洋に媚びない現代の日本らしさとは何かを考えたデザイン
東利恵 東環境・建築研究所 建築家/代表取締役
インタビュー
大きな風景全体が地域の魅力を高めていければいい
長谷川浩己 オンサイト計画設計事務所 代表取締役
3章 界
界 加賀 従業員のマルチタスクが支えるおもてなし
界 松本 地元の魅力を徹底的に磨き続ける温泉旅館
界 アルプス “ぜいたくな田舎”を魅力的な体験に
4章 リゾナーレ
リゾナーレトマム 雲海テラスに続くファーム構想とは?
リゾナーレ八ヶ岳 大人のワインリゾートへ、地元と共存共栄
インタビュー
豊かなエクスペリエンスこそ大事
Astrid Klein クラインダイサムアーキテクツ代表
久山幸成 クラインダイサムアーキテクツ
Mark Dytham クラインダイサムアーキテクツ代表
5章 そのほかの個性的な宿
青森屋 アイデアを生む「魅力会議」で成長し続ける宿
ロテルド比叡 京都を捨て、再発見した地域の魅力
6章 総支配人座談会
「好きなものを伝えたい」が原動力
星野佳路と考えるファミリービジネスの教科書
同族経営の利点と課題がわかる
星野リゾートとその他の注目企業のケーススタディを、ビジネス理論で解析しています。同族経営のメリットや対策すべき課題について、データに基づいて分析することができます。また、普段は聞けない経営者たちの本音トークもおすすめです。同族経営を理解する上で必読の1冊です。
はじめに
日経トップリーダー編集部 小野田鶴
この本は、星野リゾート代表・星野佳路さんが、ライフワークとして続けているファミリービジネス研究のプロセスをたどり、そこで得られた知見をまとめる1冊です。私は雑誌の連載の編集担当者として、その研究のアシスタント兼記録者といった役割をこの4年ほど務めてきました。
ファミリービジネスは、日本では一般に「同族企業」と呼ばれています。しかし、星野さんの視点を借りて見えてくる姿は、同族企業という、どこかおどろおどろしい響きの言葉が持つイメージとは違います。家族であると同時にビジネスパートナーでもある面々が、ときに大喧嘩をしたり、大小さまざまな事件を繰り広げたりしながらも、いきいきと活動するパワフルな組織です。大きなイノベーションの可能性を隠し持つダイナミックな存在でもあります。
そこで本書では、同族企業という言葉を、ファミリービジネス、ファミリー企業と呼び、創業家についてもファミリーと言い換える場面が多くなります。まだ定着しきっていない言葉ですが、ものの見方において呼び名は大事な要素です。
ファミリービジネスは近年、注目が高まっている経営学の一分野です。
きっかけは、ファミリー企業の業績が一般に、非ファミリー企業よりも良いということが、統計分析などから明らかになったことです。1990年代から2000年代にかけて、ROE(株主資本利益率)、ROA(総資産利益率)といった資本効率や利益率、売上高成長率といった数値において、ファミリー企業のほうが優れているという研究結果が、米国、イギリス、フランス、イタリアなど世界各国で発表されました*。
2020年を迎えようとする今では、「ファミリー企業が強い」という事実は、日本のビジネスパーソンにも徐々に知られつつあり、遠くない将来、常識になることでしょう。しかし、このような研究論文が次々に発表された当初は、驚きをもって受け止められました。「同族企業」という言葉の響きに感じられる、前近代性、非合理性は業績に負の影響を及ぼしているはず、という思いこみがありました。
なぜ、ファミリービジネスが強いのか。後ほど、星野さんの見解を交えて、たっぷりご紹介します。
一方で、ファミリービジネスには特有の弱みや課題があることも事実です。15年にメディアを賑わせた大塚家具に象徴される、経営者の親子や家族、親族の確執。そして、絶対的権力を握る創業家出身社長の長期政権下で進む、組織の腐敗など。星野さんも嫌というほど経験しています。父親を社長から解任する形で、星野温泉旅館(現星野リゾート)の社長に就任し、その後もさまざまな同族をめぐる課題と向き合い、解決してきました。
このような問題が、なぜ起こるのか。
そして、ファミリービジネスが特有の課題を乗り越え、本来の強さを存分に発揮するには、どうしたらいいのか。
星野さんは、この4年間、忙しい社長業の合間に全国各地に足を運び、この問いに対する答えを探求してきました。私はその記録者です。知的刺激にあふれた星野さんとの旅路を、読者の皆さまにも存分に味わっていただきたいと思います。
そこから得られる知見は何よりまず、ファミリービジネスの経営者や後継者、社員にとって大いに役立つものです。が、それだけではないと思います。
何しろ、日本の企業のおよそ97%がファミリービジネスとも言われます。海外でも創業家を中心とする経営体制をとる企業は多くあります。非ファミリーの上場企業の社員であっても、ビジネスでファミリー企業と取引をしたり、接点を持ったりすることは多いはずです。その際、自社の常識がまったく通じないことに戸惑った経験を持つ人は少なくないと思います。
そこで「わけが分からない」と嘆くのではなく、アカデミックな知見も武器に、ファミリービジネスの強みと弱みを認識して付き合えるのと、付き合えないのとでは、ビジネスで得られる成果には、大きな違いが生まれるはずです。
ファミリービジネスは、かつて「ビジネススクールでは教えてくれないこと」でした。しかし、今では、ビジネススクールの一科目として確立されつつあります。
ファミリービジネスの特性の理解は、日本でもこれから、ビジネスパーソンにとって基本的な素養の一つになっていくことでしょう。
本書は、5部構成です。各部で語り手が星野さんであったり、私(=編集部の小野)であったり、さまざまですが、その点も含めて、最初にざっと流れをご紹介します。
第1部と第2部は、星野佳路さんと、星野さんが経営する星野リゾートについて。本書では、星野さんの経験をケーススタディとして多く引用します。そこでまず、星野さんという経営者のこれまでを概観します。
第1部は、星野さんの生い立ちから、なぜファミリービジネス研究をライフワークにするに至ったのか。個人的な事情と社会的な意義という2つの側面から、ご本人に解説していただきます。
第2部は、星野リゾートの成長過程を、星野さんの証言を追って、編集部の小野が振り返ります。後段との関係で注目していただきたいのは、星野さんが長い時間をかけて、ビジネスモデルのイノベーションを成功させたこと。IT業界のスタートアップなどとはまた違う、中長期的なイノベーションは、第3部で解説するファミリービジネスの強みです。すなわち、星野リゾートが実は「強い同族企業の典型例」であることを、明らかにします。
第3部は、欧米のビジネスクールで教えられているファミリービジネスマネジメントの概論です。編集部の小野の取りまとめで4つのフレームワークを紹介します。
案内役は、ジャスティン・クレイグ教授。米ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院「ファミリービジネスセンター」の前センター長で、星野さんが信頼を寄せる第一人者の一人です。クレイグ教授が「世界のファミリービジネスのベストプラクティスの一つ」とする、星野さんの事例を解説しながら、理論を紐解きます。
第4部と第5部は、星野さんの研究レポートです。
第4部は、ケーススタディです。星野さんが全国各地に足を運んで、さまざまなファミリービジネスの経営者や関係者、識者などと語り合った内容を、対談形式でまとめました。それぞれの対談にテーマがあり、ファミリービジネスの主な論点を概観できるように構成しています。ファミリービジネスの後継者で、その苦労をよく知るから星野さんだからこそ引き出せた深い話もたくさんあります。
実のところ、実際にうかがったお話はもっと生々しく、掲載できなかったエピソードも少なからずあります。対談を申し込んだ時点で「このテーマについてはお話しできない」と、断られたこともたびたびありました。それどころか、取材をして原稿まで書いた後で「やっぱり掲載しないでください」と頼まれ、泣く泣くボッにしたものもあります。ファミリービジネスは、奥深い世界です。
そして第5部、星野さんよる現時点での研究成果のまとめで、本書を締めくくります。
最後に補遺として、星野さんとお父さんのその後の物語を伝える貴重な資料を収めました。掲載をお許しくださった星野さんに、深く感謝いたします。
では、いよいよ本題へ。
まずは、星野温泉旅館の創業者のひ孫(4代目)に生まれ、跡取りとして経営者となった星野佳路さんの自己紹介。経営者としての足跡と、なぜファミリービジネス研究をライフワークにするに至ったか——。
*「日経ベンチャー」2007年4月号特集「ファミリー企業の時代」PART1「データが証明!ファミリー企業は強い」(小野)
星野佳路と考えるファミリービジネスの教科書―目次
はじめに
第1部 星野さんはなぜ、ファミリービジネス研究を始めたのか
——個人的な事情と、社会的意義
第2部 星野リゾートは典型的な「強い同族企業」だった!
——「30年に一度のビジネスモデル自動転換システム」の実例として
第3部 ファミリービジネスの4つのフレームワーク
——ジャスティン・クレイグ教授を招いて、星野さんの事例を参照しつつ
フレームワーク1 : スリーサークル
フレームワーク2 : 4L
フレームワーク3 : スチュワードシップとエージェンシー理論
フレームワーク4 : ビッグテントと4R
第4部 星野さんと行くファミリービジネス探求の旅
——11人の証言者から得た19の視点
証言者1 早稲田大学ビジネススクール・入山章栄教授
[視点1] ぼんくら息子問題
[視点2] 学問のすすめ
[視点3] 健康長寿問題
証言者2&3 相模屋食料・鳥越淳司社長&江原寛一会長
[視点4] 娘婿経営の強さ
[視点5] 親子の距離感
証言者4 サイボク・笹崎静雄社長
[視点6] 偉大なる母
[視点7] カリスマとの対峙
証言者5 石坂産業・石坂典子社長
[視点8] 継ぐ者の覚悟
[視点9] 継がせる覚悟
証言者6 鹿沼カントリー倶楽部・福島範治社長
[視点10] 古参との距離
[視点11] 法的整理
証言者7 大塚家具・大塚久美子社長
[視点12] 成熟市場の戦い方
証言者8 大創産業 創業者・矢野博丈さん
[視点13] 執着の捨て方
証言者9 キッコーマン・茂木友三郎名誉会長
[視点14] 脱・同族の道
[視点15] 家業の魅力
証言者10 オタフクホールディングス・佐々木茂喜社長
[視点16] 家族憲章の意義
[視点17] 非日常の共有
証言者11 カルビー元会長兼CEO・松本晃さん
[視点18] 創業家の見識
[視点19] 上場の是非
第5部 星野さんによる研究報告
——「ぼんくら息子問題」の本質とは何か
補遺 拝啓、四代目星野嘉助様
——「四代目星野嘉助と軽井沢」から一部抜粋
※第3部は、月刊経営誌「日経トップリーダー」2019年10月号の特集「星野佳路と学ぶファミリービジネスのフレームワーク」に、加筆、編集を加えました。
※第4部の対談は、「日経トッブリーダー」の連載「星野佳路のファミリービジネス研究会」に一部、編集を加えて掲載しました。内容や固有名詞などは、原則として雑誌掲載時(掲載年月はそれぞれの[視点]末尾に記載)のものです。
辛口評論家、星野リゾートに泊まってみた (光文社新書)
星野経営の強み
星野リゾートは、他のホテルと何が違うのか。本書では、辛口で知られるホテル評論家である著者の3年間の徹底取材を通して、星野リゾートの強みと魅力に迫ります。旅好き、星野リゾートファン、そしてまだ泊ったことのない方にもお勧めの1冊です
星のや京都
平安貴族が別邸を構えた嵐山、渡月橋から専用の舟に乗り込み、約15分で到着。全25室がリバービュー。別荘のような心地よさと非日常感、モダニズムと伝統美が同居する空間
星のや東京
「進化した新しい日本旅館のカタチ。」を謳う。玄関で靴を脱ぎ、館内もほぼ畳でつながっているくつろぎの空間。夕食は日仏の料理が出合う「Nipponキュイジーヌ」を愉しみたい
星のや富士
国内初のグランピングリゾートとして開業。揺らめく炎の周りに集い、語らいの時間を過ごせる焚き火ラウンジは魅力的。ダッチオーブンでの調理を自身で行うこともできる
星のや竹富島
石垣島から高速フェリーで約10分。琉球諸島の南に位置する竹富島に誕生した“奇跡のホテル”。赤瓦の家並み、真っ白な味の砂、伝統建築を再現した集落
星のや軽井沢
星野リゾート誕生の地。日本の原風景を思わせる、川のせせらぎに包まれた隠れ家のような客室が建ち並ぶ。エリアには多様な施設が集まり、思いのままに過ごすことができる
界 津軽
四季の移ろいを感じる庭園を愛でつつ、樹齢2000年の古代の湯殿を楽しむことができる。伝統工芸の「津軽こぎん刺し」を現代風にアレンジして取り入れたご当地部屋も人気
界 日光
中禅寺湖の湖畔に面した一等地の宿で、3000坪に33室という贅沢な造りだ。男体山と湖面を眺めながら、ラウンジでゆったりとした時間を。ご当地部屋は「鹿沼組子の間」
界 鬼怒川
鬼怒川の渓流沿いに建つ温泉宿。2015年11月に新築開業した。とちぎ民藝のエッセンスが随所に感じられ、玄関前ホールでは益子焼の水琴窟の柔らかな音色を聞くことができる
界 川治
武家屋敷を思わせる長屋門、玄関へと続くアプローチには水車の軽快なリズム。館内に入ると里山の工房をイメージしたパブリックエリアが広がり、ほっこりステイが約束される
界 熱海
海原を一望できる空中湯上がり処を備えた日本旅館に加え、別館「ヴィラ・デル・ソル」が海辺のオーベルジュとしてファンに愛されている(2019年4月より改装のため休業)
界 伊東
2018年12月にリニューアルオープン。全館源泉掛け流しの温泉を楽しむことができる
界 箱根
渓流沿いに佇み、全室がリバービュー。風景に溶け込むような「半露天風呂」が自慢の宿。伝統工芸の寄木細工を施した特別室や、西洋の文化を取り入れた「明治の牛鍋」も名物だ
界 アンジン
2017年4月に新築開業。青い目のサムライ、三浦按針にちなみ、海や船旅に関する意匠が館内の至るところに。客室はオーシャンビュー、屋上には岩造りの絶景露天風呂を備える
界 遠州
全客室浜名湖を見下ろすロケーションが魅力。露天風呂付客室に加え、2つの大浴場がある。お茶の名産地ということもあって、檜の内湯では“茶葉入浴”も楽しむことができる
界 阿蘇
原生林に囲まれる大自然を体感しながらの滞在が魅力。阿蘇五岳を望むことができるテラスでは、カルデラ体操や朝食後のジャージー牛乳、コーヒーなど、楽しみ方もさまざまだ
界 松本
音楽の街とあってロビーではクラシックなどの演奏が行われる。ご当地部屋の「オーディオクラフトルーム」には手作りのスピーカーや楽器をイメージしたオブジェ、家具が置かれている
界 アルプス
2017年末に全て建て替えし、再開業。大町温泉郷に位置する「信州の贅沢な田舎を体感する温泉宿」。雪国のアーケード「雁木」に沿って両側に客室や温泉棟が並ぶ印象的な光景が広がる
界 加賀
建物は加賀地方の伝統的な建築様式が採り入れられた国の登録有形文化財。ロビーには希少な伝統工芸である加賀水引、客室には九谷焼や山中漆器があり、加賀文化を堪能できる
界 出雲
中庭を囲むように24の客室が配されており、プライベート感が高い。全客室に檜または信楽焼の露天風呂があり、さらに大浴場「神の湯」の露天風呂で月見酒を愉しめる
リゾナーレ八ヶ岳
メインストリート「ピーマン通り」では四季折々のイベントが行われ、にぎわう。屋内温水プール「イルマーレ」に噴水やスライダーを備えたキッズエリアも誕生し家族連れに最適
リゾナーレトマム
トマムの新名所となった雲海テラス。専用のゴンドラでアクセスし、絶景スポットで鑑賞する。雲形のハンモック「クラウドプール」ではまさに雲に浮かぶような体験ができる
リゾナーレ熱海
花火と海の青を基調にしたデザイン。入口にはクライミングウォール、最上階には「ソラノビーチ Books & Café」、外には「森の空中基地くすくす」と子どもが興味を持てるような工夫が
はじめに
星野リゾートは、いま日本で最も注目される宿泊施設の運営会社である。企業のスタンス、哲学はそうそう変わることはないが、観光が注目される昨今、星野リゾートの進取性や柔軟性は時に絶賛され、時に物議を醸し出す。
筆者は、星野リゾート創成期ともいえる時期に軽井沢に在住していた。日帰り温泉やレストランなどが開業し、住民として星野リゾートの恩恵にあずかるという貴重な体験をした。
当時はいまのような展開を想像することすらできなかった。私だけではない、往時を知る人々の誰がいまを想像できただろうか。
その後、私は経営コンサルタントからホテル評論家へ転身。利用者目線を中心に据えて、取材対象と「是々非々」の関係を貫いて情報発信をしている。ひとつのホテルでも、絶賛する場合もあれば、酷評する場合もある。
そのような視座で星野リゾートについてのメディア情報を見ていると、ポジティブなものは数多くあるものの、ニュートラルな立場で客観的、体系的な理解のためにまとめられた情報がほとんどないことに思い当たった。
ホテルジャーナルの世界では、施設の魅力を発信するメディア、ジャーナリスト、ライターは多い。一方、批判、ネガティブな情報の発信は、一般の方のSNSがその役割を大きく担うようになっている。
魅力を伝えるポジティブな情報の発信の重要性は認識しているが、ポジティブ情報は宣伝・PR情報と紙一重の性格を持つ。そのつもりはなくとも、結果として過度な表現により俗に言う提灯記事と見られることもある。ホテルから発信される情報を鵜呑みにせず、自分の目で見極め、評価を加えることが重要だ。だからこそ価値を咀嚼するフィルターは命である。
大衆を惹きつけるコンテンツには、三分の一の法則があると思う。周知性の高まりとともに「三分の一のファン層」「三分の一の無関心層」「三分の一のアンチ層」がそれぞれ極端な偏差となって現れ、過激な表現で評されるようになるのだ(実際の発信は“否”が多い)。これは自身の経験則でもある。
成長・拡大を続ける星野リゾートについても同じことが言える。多くのファンを生んでいる一方で、伝統的な日本旅館文化を重んじる人々や、環境・リゾート開発という観点からは批判的な声も根強い。
筆者は、一断面だけを捉えて評することをできる限り排し、ニュートラルな立場を貫くことに徹してきた。それゆえ、本書でも取材を進めるなかで、執筆の基本軸の修正を迫られる場面もあった。
何事にも良い面もあれば悪い面もある。感じたことは色眼鏡をかけずに素直に柔軟に書くこと、さまざまな立場の人に意見を求めることも本書では特に重視した。
星野リゾートとは何なのか?
これまで筆者は星野リゾート関連の多くの施設を体験してきたが、本書の執筆のため、未体験施設を含めて改めて訪れてみた。「巻末ガイド」では、全施設の網羅は叶わなかったが、星野リゾートの基幹3ブランド(「星のや」・「界」・「リゾナーレ」)を対象に、2017年末時点で開業している国内全施設(22施設)のガイドと、ホテル評論家視点での評価を記している。
施設ガイドの執筆というのはハードルが高い。見たまま・感じたままを書くことは、取材・執筆の基本であるが、変化の激しい宿泊業界において施設名が変わることも多い。取材時と執筆時、本の発売時で情報が変化することも当然といえる。感じたままを記した表現が事実と異なることも往々にしてある。
そのため、ガイド記事を作成する際には、執筆原稿を施設側にチェックしてもらうことは常識であり必須である。これは筆者に限った話ではない。事実、これまで書いた中で修正が1カ所もなかった原稿は皆無だった。
ただし、施設側のチェックは事実関係のみにとどめることが重要だ。過去、チェック時に事実と乖離するような過大なポジティブ表現への変更を求められたこともある。その時も含め、そういった要望には応じていない。
本書は星野リゾートの推奨本でも批判本でもない。企業研究本でもない。単なるガイド本でもない。
一貫した思いは、“星野リゾートを知ってほしい”ということ。“星野リゾートとは何なのか?”という大テーマを掲げ、「素晴らしい企業・宿泊施設だ」という情報のみにとどまらず、取材を経て感じた問題提起も含め、筆者の目線で書き綴ったつもりである。
ポジティブ情報、ネガティブ情報、ゲストの知り得ない情報など「星野リゾートってこういうものか」と理解して宿泊すれば、さらに興味深く体験できるかもしれないと考えた。“アンチ星野リゾート”にとっても、筆者のフィルターを通した星野リゾートを紹介することで、「やはりそういうところだったか」と納得するかもしれないし、もしかしたらファンになる可能性もあるかもしれない。
本書は、全6章のうち、第1章から第4章を通して星野リゾートの起源から経営手法、拡大と軋轢などについて触れている。
星野リゾートの歴史をまとめた第1章は、未体験者にも星野リゾートに興味を持ってもらえるだろう。ビジネスパーソンの視点でいえば、星野リゾートの独特の経営哲学に迫った第2章や第3章は必読だ。既に宿泊している読者にとっては、多様な意見を取材した第4章が今後の宿泊において大いに参考になるだろう。第5章では星野佳路代表に長時間にわたるインタビューを行い、星野リゾートへの疑問や批判などにも答えてもらった。
星野リゾートが躍進している秘密や課題を評論家の視点で取材し、分析をした。星野リゾートの大ファンの人にとどまらず、批判的な立場の人、そして内部への取材も敢行した。内容を理解しやすくするためにできる限り専門用語の使用は避けている。ホテル業界の関係者、専門家などには物足りない面もあるかもしれないが、実際に施設を利用しようとする多くのユーザーに役立つことが、ホテル評論家の最も大きな使命だという信念を持っている。
この本を読んで、何らかの認識の変化を喚起する機会になれば、筆者としてこの上ない喜びである。すでに体験された方の中には、本書を読んで「自分の印象と違う」「この表現は違う」という感想を持たれる方もいることだろう。こんな見方もあるのか、と広き心でお許しいただければ幸いである。
※本書の内容は、執筆当時、もしくは2019年3月末時点のものです。
目次
はじめに
第1章 星野リゾートと軽井沢
特別なリゾート「軽井沢」
西洋ホテル時代の幕開け
初代星野嘉助
初代から続く環境意識
偽・鈴木三重吉騒動
北原白秋、内村鑑三
星野佳路氏代表就任
リゾート運営の達人を宣言
旅館再生事業からブランディングへ
温泉旅館が世界へ
星野リゾートの目指すもの
第2章 データが示す「星野経営」の強さ
所有と運営
星野リゾート・リート投資法人
REIT(リート)とは
抜群の運営実績
利益率を高めること
旅館はリスキーか
第3章 星野流への反発
拡大する星野リゾート
ホテル・旅館業界からの評価
再生への評価
ご当地での評価