【レビュー】タックス・ヘイブン 逃げていく税金

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目次

序章 市民はこの実態を知らなくてよいのか

第1章タックス・ヘイブンとは何か
1 どこにあるのか? なぜあるのか?
2 タックス・ヘイブン・リスト
3 オフショア・センター
4 タックス・ヘイブンの利用法

第2章逃げる富裕層
l 節税・租税回避・脱税
2 タックス・ヘイブン事件簿その一
3 やせ細る中間層

第3章逃がす企業
国境を越えた租税回避の問題
2 タックス・ヘイブン事件簿その二
3 タックス・ヘイブン対策税制
4 移転価格税制
5 税金争奪戦

第4章 黒い資金の洗浄装置
1 犯罪資金を追え
2 タックス・ヘイブン事件簿その三
3 テロ資金とのかかわり

第5章連続して襲来する金融危機
1 マネーの脅威
2 繰り返す金融危機
3 危機の連鎖とリスク
4タックス・ヘイブンの害悪

第6章 対抗策の模索
1 仕組みに潜む課題
2 タックス・ヘイブン退治
3 ヘッジ・ファンド退治
4 グローバル・プルーデンシャル・レギュレーション
5 新しい税のあり方

終章 税金は誰のためのものか
あとがき

タックス・ヘイブンを知る5冊

志賀 櫻 (著)
岩波書店 (2013/3/20)、出典:出版社HP

 

序章 市民はこの実態を知らなくてよいのか

日本の税制は公平か

最初に、この図序-1を見てほしい。これは日本の納税者の税負担率を所得金額別に表したグラフである。このグラフは、日本の所得税制度には見過ごすことのできない不公平があることを示している。見るとわかるように、日本の所得税負担率は、所得総額が一億円を超えると低下していくのである。

これはどういうことであろうか。日本の所得税制は累進課税を採用している。ならば、このグラフは、所得額の増加にともない右肩上がりになるはずである。ところが、実際にはそうではない。一億円の二八・三%をピークにした山型のグラフになっているのである。これは、所得金額が一億円を超えると、日本の所得税は「逆進的」なものに変わることを示している。一〇〇億円にいたっては一三・五%にまで下がる。

年間の所得金額が一〇〇億円とは、普通の市民の感覚からすれば、およそ想像を絶する額である。しかし、現実にそういう高額所得者が日本にも存在する。多くは株式の売却による所得だが、現在の日本の税制によれば、そうした所得に対しては特別措置が適用される。グラフの低下は、その効果によるものである。

こうした不公平は国会でしばしば指摘され、税制改正の懸案事項にもなっている。したがって、日本の税制に通じた人ならば既知の事実である。ただし、このグラフに現れていない、隠れた実態まで意識して議論している人は少ない。

図の出典は、政府税制調査会資料であるが、このグラフの表題は「申告納税者の所得税負担率」となっている。つまり、税務署に所得金額を申告したベースでは、こういう負担率になるということである。これは裏を返せば、正しく申告していなければ、こういう負担率はもっと低くなっているということである。

実際、課税当局は、所得金額を実際よりも低く申告して課税を逃れている高額所得者が多数存在すると見ている。そうした高額所得者たちの税負担率は間違いなく、このグラフの示す数字よりも格段に低いはずである。それは租税回避によるものか、ひどい場合には脱税である。しかし、その実態を正確に把握するのはきわめて難しい。なぜか。

そうした租税回避や脱税を助けるさまざまなカラクリが存在するからである。そして、そのカラクリの核心部にあるのが「タックス・ヘイブン」である。

魑魅魍魎の伏魔殿

高額所得者のなかには、なんらかの手段によって所得を日本から海外のタックス・ヘイブンに逃がし、その分の税金を納めずに済ませている者がいる。正直に税金を納めている市民の知らないところで、タックス・ヘイブンを舞台に所得分配の公平を著しく損なう悪事が行われているのである。その悪事による弊害はめぐりめぐって、市民の生活はおろか、一国の財政基盤をもゆるがし、さらには世界経済を危機に陥れている。

タックス・ヘイブンは魑魅魍魎の跋扈する伏魔殿である。脱税をはたらく富裕者だけでなく、不正を行う金融機関や企業、さらには犯罪組織、テロリスト集団、各国の諜報機関までが群がる。悪名高いヘッジ・ファンドもタックス・ヘイブンを利用して巨額のマネーを動かしている。

タックス・ヘイブンについては最近になってようやく、日本でもいくつかの行政事件や刑事事件に発展して、メディアで取り上げられるようになってきた。しかし、実際には、それらの事件は氷山の一角にすぎない。秘密のヴェールに包まれたタックス・ヘイブンの真相を解明し、タックス・ヘイブンのもたらす害悪に警鐘を鳴らすことが本書のテーマであり、メッセージである。

何が行われているのか

タックス・ヘイブンには、次の三つの特徴がある。
1まともな税制がない
2固い秘密保持法制がある
3金融規制やその他の法規制が欠如している

これら三つの特徴はそれぞれ別個独立にあるわけではなく、三つでワンセットと考える必要がある。この三つが束になって、タックス・ヘイブンが悪事の舞台になることを助けているのである。そして、その悪事による弊害がめぐりめぐって、一般市民の生活と経済にのしかかってくるのである。詳しくはつづく各章で事例を挙げながら説明していくことにして、ここでは以下に簡単なスケッチをまとめておくことにしよう。

タックス・ヘイブンを舞台に行われる悪事を分類すれば、次の三つとなる。
・高額所得者や大企業による脱税・租税回避
・マネー・ロンダリング、テロ資金への関与
・巨額投機マネーによる世界経済の大規模な破壊

こうしたタックス・ヘイブンを通じた悪事に対抗するのはなかなか難しい。しかし、アイデアはいくつか出されており、すでに実践されていることもある。本書の最後では、それを紹介していく。

高額所得者や大企業による脱税・租税回避
個人も企業も、ある程度の高い収入や利益を得られるようになると、税金対策に取り組みはじめるのが常である。税理士や専門の弁護士を雇ったり、金融機関やコンサルタント会社の勧める節税商品などを利用して、少しでも税負担を減らそうとする。当事者たちはそれを「節税」と主張するであろう。しかし実際には、悪質な脱税行為に加え、脱税とは言わないまでも、それに近い租税回避行為がごく日常的に行われている。

もちろん、高額所得者や大企業のすべてが脱税や租税回避をはたらいているわけではない。しかし、節税、租税回避、脱税の境界はきわめてあいまいである。所得や利益を海外にあるタックス・ヘイブンに逃して、本来なら国に納めるべき税金を払わないで済ませている高額所得者や大企業は多数存在する。

そのツケを負わされているのが、中所得・低所得の市民である。かつての日本は、分厚い健全な中間層が存在し、それが日本経済の強さの要因と見られていた。ところがいまや、その中間層は長引くデフレで疲弊し、やせ細ってきている。日本社会は現在、富裕層と貧困層とに二極分化しつつある。タックス・ヘイブンを舞台にした悪事は、この傾向に拍車をかける。

富める者はますます富み、貧する者はますます貧する。そういう構造が生まれてきている。「国の運営に必要な財政資金は、ある程度の額にのぼる。その資金を国民がそれぞれの応分で拠出し、公的サービスの整備と充実に貢献する。納税が国民の義務とされるのは、そのためである。ところが、タックス・ヘイブンを使った脱税行為・租税回避行為は、その義務を無視、あるいは放棄し、本来ならば国庫に納められるべき税金を、海外のどこかに逃がしてしまう。

一般に、本来納付すべき税金と、実際に納付されている税金との差額を「タックス・ギャップ」という。アメリカの内国歳入庁(IRS)は、二〇〇一年のタックス・ギャップを三四五〇億ドルと推計して、このうち二九〇〇億ドルが徴収できなかったと議会に報告している。日本でも国外へ逃げていった税金は莫大な額にのぼると考えられる。しかし、驚くべきことに、日本の課税当局はタックス・ギャップの額を推計しようとさえしていない。

マネー・ロンダリング

犯罪の収益を「洗浄」して、きれいな金に見せかける悪事をマネー・ロンダリングという。麻薬の密売やその他の犯罪によって得られた収益は、そのまま手元にあると、はなはだ始末に困るものである。そもそも大金というものは、ただそこにあるだけでも税務署などに出どころを追及されるし、何かに使えば使ったで、また資金の出どころを追及されることになる。そこで、出どころを追及されないように、きれいな説明のつくマネーとして表に出せるような工作をする。

マネー・ロンダリングは、ほぼ必ず、タックス・ヘイブンを舞台に行われる。それには当然の理由がある。さきほど挙げた特徴のの、タックス・ヘイブンでは情報の秘密が厳格に守られるからである。
たとえば、資金をタックス・ヘイブンに送金して、これをただちにどこかの国の口座に転送してしまえば、日本の課税当局も司法当局も追跡するすべはきわめて限られてくる。そもそもタックス・ヘイブンの当局そのものが関心を示しておらず、見ざる言わざる聞かざるを決め込んでいるから、情報を把握しているかどうかもはなはだ怪しい。仮に情報を把握していたとしても、他国に情報を開示するなど自国の利益に反することを行う気になるわけがない。

テロ資金への関与

タックス・ヘイブンのもうひとつの重要な問題は、テロ資金の移動と隠匿の場になっていることである。アル・カイーダのテロが大規模かつ強力だったのは、その豊富な資金力が背景にあったからである。その資金源と密接に関わっているのがタックス・ヘイブンなのである。

たとえば、オサマ・ビン・ラディンの資金を中近東のどこかからアメリカに送らなければならなくなったとしよう。まさかテロ資金をドバイのエミレイツNBDからニューヨークのJPモルガン・チェイスに送金するわけにはいかない。中近東から、リヒテンシュタインのプライベート・バンクを経由して、カリブ海のブリティッシュ・バージン・アイランド(BVI)などのタックス・ヘイブンにある銀行をぐるぐると回して、最後はスピード・ボートでマイアミにキャッシュを陸揚げするということになるだろうか。そこには当然、潜入捜査官もいるし、本土への陸揚げは銃撃戦覚悟の命がけの作業になる。

巨額投機マネーによる世界経済の大規模な破壊
ファイナンス理論によって新しい金融技術が急速に発展し、一九九〇年代以降、今までにはなかった新しい金融商品が次々と開発されるようになった。デリバティブはその典型である。そうした金融商品を駆使したマネー・ゲームによって引き起こされた金融危機の実例を挙げれば、この二〇年だけでも切りが
ない。

くわしくは第5章で述べるが、当面ここでの問題は、金融商品の組成のプロセスのどこかで、必ずタックス・ヘイブンが用いられていることである。しかも、マネー・ゲームのどこかでは、やはり必ずタックス・ヘイブンにある事業体を通過しているから、資金ルートの全容が見えないようになっている。金融取引でタックス・ヘイブンが重宝されるのは、規制が著しく緩やかであるか、または実際には規制がないに等しいからである。金融機関がリスクをとり過ぎて破綻しないように規制をかけることを「プルーデンシャル・レギュレーション」という。

タックス・ヘイブンを経由することによって、このようなプルーデンシャル・レギュレーションを免れることが可能になる。言い換えれば、規制の網を逃れて、ハイ・リターンを望める危険な取引が可能になるのである。

国による規制は、国境を越えて執行できないのが原則である。これを国際法の世界では、「公法は水際で止まる(Public law stops at the water’s edge)」という法諺で表現する。ところが、経済はいまやグローバル化し、ボーダーレス・エコノミーとなっている。そして、国外にはタックス・ヘイブンが口を開けて待っているというわけである。そうすると、国境の壁に阻まれて規制は空振りに終わることになる。そして当局は切歯扼腕するが、打つ手がない。

このようなマネー・ゲームの行き着く先は、決まって大規模な金融危機である。そして、破綻した金融機関や企業の救済のために、市民の納めた税金が使われる。一部の投機筋が引き起こしたマネー・ゲームの尻ぬぐいのために、市民が汗水流して働いて得たお金が、湯水のごとく使われていくのである。

困難な実態解明

これまでにタックス・ヘイブンの問題点が指摘されなかったわけではない。9・11の衝撃は、タックス・ヘイブンに対するアメリカの態度を大きく変化させた。以降、先進諸国のマネー・ロンダリングの取締まりが大幅に強化された。二○○八年に創設されたG0首脳会議では、リーマン・ショックで果たしたタックス・ヘイブンの役割に注目が集まり、タックス・ヘイブンを取り締まる動きが活発化している。

ただし、相手は手強い。タックス・ヘイブンそのものについては、これまでにいくつかの書籍や論文がさまざまな角度から切り込んできた。しかし、タックス・ヘイブンの秘密のヴェールに阻まれて、具体的なデータをもとに、その実像を明らかにすることまではできていない。いろいろな断片的情報をかき集めては、ジグソー・パズルを解くような地道な作業を続けていくほかはないのが現状である。

タックス・ヘイブンの真の問題は、タックス・ヘイブンの存在そのものであるだけでなく、そのタックス・ヘイブンを舞台に行われている悪事、そして、その悪事によって不必要な金融危機が世界的規模で繰り返し引き起こされていることである。現在、国際機関や専門家のグループが、日々この問題に取り組んでいるが、各国の諜報機関さえ見え隠れするこの問題では、国際機関といえども実態を把握するのは難しい。

世界の金融取引に深く根を張るタックス・ヘイブンの存在は、国益にも直結する重大問題である。国際機関の内部では、実態解明を妨害されることすらある。たとえば、ある旧宗主国は、傘下にある旧植民地のタックス・ヘイブンを保護しようと、さまざまな手段に訴え、妨害行為を加えてくる。しかも、そのような旧宗主国そのものが、先進国でありながらタックス・ヘイブンであったりする。魑魅魍魎の跋扈するタックス・ヘイブンは、踏んではならない虎の尾であったりする場合があるのである。

体験的タックス・ヘイブン論

筆者はいくつかの国際機関ないし国際フォーラムにおいて、エンフォースメント(法執行機関)のサイドから、タックス・ヘイブンの問題に取り組んだ経験をもつ。この直接体験を述べていけば、これまでに出版された書籍や論文とは違う、現場からの視角を読者に提供できるかも知れないと考えている。

タックス・ヘイブンの問題に税制の面から取り組んできているのは、OECD(経済協力開発機構)の租税委員会である。筆者は、旧大蔵省主税局の国際租税課長として、その委員会のメンバーとなり、また、タックス・ヘイブン対策税制の創設や改正にたずさわった。OECD租税委員会の成果のうちで重要なのは「有害な税の競争」報告書である。この報告書は、一九九八年に公表されて、その後も引き続き、いくつものプログレス・レポートが出されている。その一連の報告書が大きな役割を果たして、二〇〇九年四月には、後述するグローバル・フォーラムによるタックス・ヘイブン・ブラックリストの作成につながった。

マネー・ロンダリングの問題と取り組む、FATF(ファイナンシャル・アクション・タスク・フォース)という国際機関がある。筆者は一九九八年、金融監督庁(現金融庁)創設当時に、同庁に置かれた特定金融情報管理官という職の初代であった。これは日本のマネー・ロンダリング対策のヘッドにあたるポストである。この対策室長という資格によって、筆者はFATFのメンバーでもあった。

FATFのメンバー国の中には「エグモント・グループ」という特別のグループがある。これは、国家行政組織のうちにFIU(ファイナンシャル・インテリジェンス・ユニット)という組織をもつ国だけが加入を許されるグループである。FIUとは、マネー・ロンダリング関係のあらゆる情報が単一組織に集中する仕組みをとる組織である。日本では二〇〇〇年に、いわゆる組織暴力対第三法が成立してFIUが正式にでき、エグモント・グループのメンバーとなった。

日本のマネー・ロンダリング対策室は、橋本龍太郎総理の指示で発足当時は金融監督庁に置かれたが、現在は警察庁に移管されている。

また、金融安定化フォーラム(FSF。ファイナンシャル・スタビリティ・フォーラム)という組織がある。一九九八年、アジア通貨危機のさなかに日本の金融危機が発生して、世界中が破滅の深淵を覗いているかのような時期に、急きょ設立された国際機関である。各国の財務省、金融監督庁、中央銀行からそれぞれ一人ずつ派遣して、グローバルな金融問題について協議を重ねるフォーラムである。バーゼルにある国際決済銀行(BIS)が事務局を務める。

FSFは、二〇〇九年のG0ロンドン・サミットによってFSB(ファイナンシャル・スタビリティ・ボード)に格上げされた。これにより、金融規制の国際機関も加わった大規模組織となり、国際金融システムをモニターし、提言する権限をもつ拡充された組織となっている。FSF(現FSB)の発足当時、筆者は金融監督庁の国際担当参事官として、日本国メンバーの一人となった。FSFは発足後、ただちにいくつかの作業部会を立ち上げたが、そのひとつにオフショア金融センター問題を担当する部会があった。

その時点ですでに、タックス・ヘイブンの問題は金融危機問題と関連するものとして深刻に受け止められていたのである。筆者はその作業部会の担当者となって、二○○○年に公表されたFSFのタックス・ヘイブン報告書の作成にも関わった。以上のような実経験にもとづき、国際機関の舞台裏からの視角も交えながら、タックス・ヘイブンをめぐる実情を明らかにしていこうというのが本書の意図である。

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志賀 櫻 (著)
岩波書店 (2013/3/20)、出典:出版社HP