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現代における観光とは?今後の観光問題はどのようなことか?
観光は日本国内でも海外でも多くの国が力をいれている産業です。観光に関する学問的な基礎知識を習得するとともに、観光についての問題点も把握する必要があります。そこで今回は観光について、観光事業について概略を理解できる入門書籍、また社会学や文化学からの知見も取り入れた書籍を紹介します。
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入門 観光学
観光学の入門テキスト
初学者や観光学を専門にしない方にもわかりやすく書かれた観光学のテキストです。各国、各地域の実践事例なども取り入れられているので、具体的にイメージでき、楽しみながら学ぶことができます。入門テキストとしておすすめです。
はしがき
ここ数年,わが国における観光の果たす役割や位置づけが大きく変わりつつある。特に現象面で顕著に表れているのがインバウンド観光の隆盛である。それに伴い観光教育や研究の位置づけも変化が見られてきた。
ほんのひと昔前までの日本では「貿易立国」や「工業立国」あるいは「技術立国」が国家戦略であったといえるが,1963年に制定された旧「観光基本法」を全面に改定した「観光立国推進基本法」が2006年に成立し,翌2007年に施行されたことにより「観光立国」が国家的戦略として位置づけられた。
観光の振興は観光消費の拡大と観光産業や関連産業の成長をもたらし,雇用の創出や所得の増大にもつながる。今後、観光産業をわが国の成長に資する基幹産業とし,さらに高いレベルの観光立国を目指すためには,「観光産業をリードするトップレベルの経営人材」や「観光の中核を担う人材」,「即戦力となる地域の実践的な観光人材」など観光に関する必要な知識と経験を持った人材の育成や強化の必要性が高まってきている。
観光への期待が高まる中,観光研究と人材育成の高等教育機関である大学の観光学部や観光関連学部・学科を有する大学が増加傾向にある。本書はまさにこうしたタイミングでの出版である。にもかかわらず観光という学問領域はいまだに独立した「学」という体系を示すことができない状況にあるといえよう。しかし本書ではあえて「観光学」という言葉を用いて,これから観光を学ぶ方への目標を明確にすることとした。また観光という現象を極めて学際的に捉え,これから観光を学ぶ多くの学生のためのテキストとして相応しく,かつ「観光学」の確立を目指すためにも,できるだけ多様な領域からのアプローチを試みた。執筆は観光関連領域分野の第一線での研究者や実務家の先生方にご担当いただいた。
末筆ながら,本書が上梓されるに至るまでには,多くの先生方からのご指導ご鞭撻を頂戴し,深く感謝の意を表したい。また編者を巡る慌ただしいあったため,当初の予定が大幅に繰り下がることとなった。そのために執筆者の先生方には何度かの加筆修正をお願いすることになりながらもその責務に応えていただいたことに対しこの場を借りて心よりの御礼を申し上げたい。最後に本書の出版にあたり,ミネルヴァ書房の前田有美氏をはじめ同編集部の皆様に多大なるご尽力をいただいたことに執筆者を代表して重ねて衷心より敬意と謝意を表したい。
2018年1月
編者一同
目次
はしがき
序章 観光学を学ぶために
1 観光とは何か
2 観光教育の展開
3 本書の特徴と構成
第1部 観光学の基礎
第1章 観光の歴史
1 世界の観光史
(1) 古代
(2) 中世から近世
(3) 近代――産業革命から1930年代
2 日本における観光前史
(1) 道の歴史と旅の始まり
(2) 巡礼の旅―――熊野詣と伊勢参詣
(3) 江戸の旅人たち
3 日本の観光時代――観光の国際化と大衆化
(1) 日本の近代化と外客誘致
(2) 鉄道の敷設と国内観光の進展
(3) マスツーリズムの到来
(4) 海外旅行の拡大と観光地の変容
第2章 観光と旅行者の行動
1 観光サービスと観光行動
(1) 観光サービスの特性
(2) 消費行動におけるニーズ、ウォンツ、需要
(3) 観光行動の要因
2 観光対象の分類
(1) 観光地の魅力——観光対象
(2) 複合型資源の重要性
(3) 観光客の行動の多様化と観光対象の変化
3 消費者行動論と観光行動
(1) 消費者と消費行動
(2) 観光行動への消費者行動論の適用
(3) 観光行動を把握する必要性
第3章 観光と産業・経済
1 訪日観光の現状
(1) 拡大する訪日観光
(2) 観光経済の成長と日本
2 観光産業の定義
(1) 産業分類と観光
(2) TSA(旅行・観光サテライト勘定)
(3) 観光GDPと観光雇用
(4) 観光消費と国内経済への影響
3 観光統計
(1) 旅行・観光消費動向調査
(2) 訪日外国人消費動向調査
(3) 宿泊旅行統計調査
(4) 共通基準による観光入込客統計
(5) 訪日外客数
第2部 観光產業論
第4章 旅行産業
1 旅行産業の特質
(1) 旅行産業とは
(2) 旅行会社の業務
(3) 旅行会社の分類
(4) 旅行産業の市場
2 旅行産業の形態
(1) 旅行商品と仕入れの仕組み
(2) 消費者と「標準旅行業約款」
3 旅行産業の現状と展望
(1) インターネットの普及とノーコミッション時代
(2) 旅行産業にとってのインバウンド
(3) 旅行産業の展望
第5章 宿泊産業
1 宿泊産業の現状
(1) 宿泊産業の定義
(2) 宿泊産業の市場規模
(3) 宿泊産業と外部環境
(4) 宿泊産業の経営構造
2 宿泊施設の運営
(1) 宿泊施設の業態分類
(2) 宿泊施設の事業主体
(3) 宿泊施設の施設構成
(4) 宿泊施設の販売
3 宿泊産業の新しい展開
(1) インバウンド需要による宿泊産業の拡大
(2) ホテル業の展開
(3) 旅館業の展開
(4) 民泊サービスの拡大
第6章 運輸産業
1 運輸産業の特質
(1) 交通サービスの特性
(2) 運輸産業における市場構造
(3) 運輸産業と観光
2 航空会社の経営戦略
(1) ハブ・アンド・スポーク型の路線ネットワーク
(2) イールド・マネジメント
3 LCC の発展
(1) LCCとは
(2) LCCの史的展開
(3) LCCのビジネスモデル
第7章 テーマパーク産業
1 テーマパークの歴史
(1) テーマパークと遊園地
(2) 遊園地の近代化と郊外化
(3) テーマパーク時代の到来
2 テーマパーク産業について
(1) 遊園地・テーマパーク産業の現状
(2) テーマパークの事業領域
(3) テーマパーク産業の事業特性
3 テーマパーク産業の現在地と展望・
(1) テーマパークの現在地
(2) USJ再生への取り組み
(3) USJ再生にみるテーマパーク産業のこれから
第3章 文化施設と集客
1 文化施設と観光
(1) 文化施設の機能
(2) 観光からみた文化施設
2 博物館・美術館と集客
(1) 博物館の概要
(2) 博物館・美術館の基盤コレクション・展示・施設
(3) 企画展と集客国立の施設を中心に
3 地域に生きる博物館・美術館
(1) コレクションの地域性と独自性
(2) 観光都市と博物館・美術館 金沢観光と金沢21世紀美術館
(3) これからの博物館・美術館
第9章 観光産業とホスピタリティ
1 サービスと観光
(1) サービスの意味
(2) 観光というサービス商品
2 ホスピタリティの論理
(1) ホスピタリティの解釈と特性
(2) 心に訴えかける経営要素としてのホスピタリティ・マネジメント
3 観光の本質とホスピタリティ
(1) 観光の本質と観光商品
(2) ホスト・ゲストがともに“しあわせ”を感じる観光
(3) 異文化理解とホスピタリティ
第3部 観光政策論
第10章 観光立国と国際観光
1 観光政策と観光立国の推進
(1) 日本の観光政策
(2) 外国人旅行者誘致による地域再生
(3) 観光立国推進基本法
(4) 観光立国推進基本計画
2 近年における国際観光の動向
(1) アウトバウンドからインバウンドへ
(2) 観光後進国としての日本
3 国際観光と社会変容
(1) 激増する訪日外国人旅行者
(2) 外国人観光客の受け入れと地域の対応
(3) 観光は平和へのパスポート
第11章 諸外国の観光政策
1 諸外国の特徴的な観光政策
(1) 国によって大きく異なる観光政策の方針
(2) 福祉向上手段としての観光政策
(3) 国家発展のアピール手段としての観光政策
(4) 経済発展手段としての観光政策
2 シンガポールの特徴
(1) 都市国家シンガポールの経済戦略
(2) 経済発展手段としての観光と観光政策の特徴
3 シンガポールの観光政策
(1) 統合型リゾート政策
(2) メディカルツーリズム政策
(3) 効率性を重視した「量より質」の観光政策
第12章 地域観光とまちづくり
1 国内観光の動向と観光まちづくり
(1) 国内観光の動向
(2) 観光とまちづくり
(3) まち歩き観光の展開
2 新潟市の観光政策――まちを知り、まちを歩く
(1) 地域資産の発掘——新潟市におけるNPO活動概要
(2) 地図による表現とガイドによる伝達
(3) まちづくりのためのまち歩き
3 西宮市の観光政策―「まちたび事業」を事例として
(1) 文教住宅都市を基調として発展してきたまち
(2) 西宮ならではの観光事業「西宮まちたび博」
(3) 情報発信拠点の整備と観光キャラクターを活用したプロモーション
(4) 観光がシビックプライド醸成と地域の活性化にもたらす効果
第4部 応用観光論
第13章 コンテンツツーリズム
1 コンテンツとコンテンツツーリズム
(1) コンテンツツーリズムの定義
(2) コンテンツツーリズムとクール・ジャパン政策
(3) コンテンツツーリズムの変遷
2 コンテンツツーリズムとまちおこし
(1) アニメツーリズム
(2) コンテンツツーリズムと観光振興
(3) コンテンツツーリズムによる地域振興
3 大阪市船場地区にみるコンテンツツーリズム
(1) コンテンツと物語性
(2) 船場が舞台のコンテンツ
(3) 現代の船場とまち歩き
第14章 ブライダルと観光
1 ブライダルの推移と現状
(1) ブライダルの解釈
(2) ブライダル市場の推移と現状
2 観光要素を含むブライダル
(1) 海外ウエディングの市場
(2) 観光としての新婚旅行
(3) リゾートウエディング
3 ブライダルツーリズムの可能性
(1) ツーリズムとしてのブライダル
(2) 日本古来の伝統的結婚式体験
(3) ブライダルツーリズムの展望
第15章 メディカルツーリズム
1 メディカルツーリズムの現状
(1) メディカルツーリズムとは
(2) メディカルツーリズムの背景
2 アジアにおけるメディカルツーリズムの勃興
(1) アジアでの勃興の背景
(2) タイの事例
(3) 韓国の事例
3 日本のメディカルツーリズム
(1) 日本の事例
(2) 日本においてメディカルツーリズムが難しい理由
4 これからのメディカルツーリズム
(1) 世界における今後
(2) 日本における医療と観光
第16章 ダークツーリズム
1 ダークツーリズム概念の登場と拡散
(1) ダークツーリズムとは何か
(2) ダークツーリズム概念の出現
(3) 日本での広まり
2 ダークツーリズムの種類と特徴
(1) 戦争のダークツーリズム
(2) 災害のダークツーリズム
(3) 様々なダークツーリズム
3 世界のダークツーリズムの実際
(1) ヨーロッパ
(2) アメリカ
(3) 東南アジアと太平洋地域
(4) 中国
(5) 韓国
4 日本におけるダークツーリズムの特徴と展望
(1) 日本型ダークツーリズムの特徴
(2) ダークツーリズムの役割
(3) 復興の現実
(4) 今後のダークツーリズム
第17章 フードツーリズム
1 観光と食
(1) 観光資源としての食
(2) 食を主体とした観光
(3) 観光になりうる食の境界線と差別化戦略
2 各国における食と観光
(1) フランスのガストロノミー
(2) イタリアのスローフードとアグリトゥリズモ
(3) 日本型フードツーリズム
3 フードツーリズムによる地域活性化
(1) 古い建物のリノベーションと日本型オーベルジュ
(2) 食のイベント化――「バル」と「B級グルメ」
(3) ワイナリー・酒蔵の活用
(4) 食の可能性
第18章 祭礼文化と観光
1 日本の祭り
(1) 種々の祭り
(2) 祭りの進化
2 観光資源としての祭り――祇園祭など
(1) 祇園祭の魅力
(2) 祇園祭の起源と伝播
3 祭りと地域
(1) 祭りと地域経済
(2) 祭りと地域社会
4 祭りと観光の政策課題
(1) 政府による支援の必要性
(2) わが国における文化遺産保護
(3) ユネスコの文化遺産保護
(4) 祭りと政策
コラム1 観光と温泉
コラム2 観光と世界遺産
コラム3 観光と景観
コラム4 観光と環境
コラム5 観光とものづくり
コラム6 観光と福祉
索引
序章 観光学を学ぶために。
1 観光とは何か。
2006年に「観光立国推進基本法」が成立して以来,わが国の観光は注目を浴びている。その前文の書き出しは以下のとおりである。「観光は,国際平和と国民生活の安定を象徴するものであって,その持続的な発展は、恒久の平和と国際社会の相互理解の増進を念願し,健康で文化的な生活を享受しようとする我らの理想とするところである。また,観光は,地域経済の活性化,雇用の機会の増大等国民経済のあらゆる領域にわたりその発展に寄与するとともに,健康の増進,潤いのある豊かな生活環境の創造等を通じて国民生活の安定向上に貢献するものであることに加え,国際相互理解を増進するものである」。ここでは観光の意義と役割を高らかに述べている。観光の役割は次の点に集約される。国際平和の増進と国民および地域経済の発展,そして国民生活の安定向上である。われわれが観光を学び研究する上でもこの意図を十分に理解しておく必要があることは言うまでもない。しかし,この法律においても観光の定義について触れられているわけではなく,まず観光とは何かという問題は,これから観光を学ぶにあたり避けて通れないであろう。
一方で、観光に関連する観光行動や観光産業などの諸事情は,経済環境や交通技術の革新などにより時代とともに変化している。また観光そのものが発展途上の学問であることから,観光を普遍的に定義するのは極めて難しい状況であるといえる。
そもそも観光の語源は,古代中国において編纂された『易経』の中の「観国之光,利用賓子王(国の光を観るは,もって王に資たるによろし)」に基づくものである。この場合観光とは「国の光」を見ることであり,国の光とは国王の人徳と善政により国が繁栄し,その国を訪れた人々にはその国が光り輝いて見えることであった。また「観」という漢字は同時に示すということも意味しており,下から上へは仰ぎ見るという意味で,上から下へは示すという意味になるとのことである。「観光」という言葉は受け入れ国側からみれば国威発揚の意味を含んでおり,明治年間までは概ねこの意味で用いられた。今日では「観光」はツーリズム (tourism)の意で用いられるが,大正時代にツーリズムの訳語として「観光」を当てたことに始まる。ツーリズム(tourism)とはtour+ismの合成語であるが,tour はラテン語の「tounus(ろくろ)」が語源であり,そのため tourは「巡回」「周遊」をもともと意味しているが,それに行動や状態,主義を意味する接尾語ismをつけることで,観光や観光現象,観光事業という意味になる。また接尾語のistをつければtourist,すなわち観光者という意味になる。ツアー,ツーリズム,ツーリストという言葉が一般的になったのは1930年代以降である。
わが国の観光の公的な定義としては,1970年の観光政策審議会が内閣総理大臣諮問に対する答申の中で規定した「観光とは自己の自由時間(=余暇)の中で,鑑賞,知識,体験,活動,休養,参加,精神の鼓舞等,生活の変化を求める人間の基本的欲求を充足するための行為(=レクリエーション)のうち,日常生活圏を離れて異なった自然,文化等の環境のもとで行おうとする一連の行動をいう」とした表現があった。さらに1995年に新たな答申を行うにあたり再検討され,「余暇時間の中で,日常生活圏を離れて行う様々な活動であって,触れ合い,学び,遊ぶということを目的とするもの」と定義された。この定義の中で用いられている「様々な活動」すなわち観光活動については,特定することは極めて難しいといえよう。「触れ合い、学び、遊ぶということを目的とするもの」の文面からビジネス即ち「商用旅行」は除外されると読み取れるが,2000年度版「観光白書」では「兼観光」という言葉が用いられており,楽しみを兼ねる商用旅行の存在も認められている。
一方で,国際観光の分野では「商用の活動」も含まれている。国連世界観光機関(UNWTO)では観光(tourism)を次のように定義している。
“Tourism comprises the activities of persons traveling to and staying in places outside their usual environment for not more than one consecutive year for leisure, business and other purposes.”
この定義の日本語訳としては次のようになるであろう。「観光とは,継続して1年を超えない範囲で,レジャーやビジネスなどの目的で日常生活環境以外の場所に旅行し,滞在する人の活動を指す」。また観光庁が実施している「訪日外国人消費動向調査」では来訪目的に「業務」という項目があり,商用も含めての調査となっている。観光の研究や調査をする場合に,この観光や観光客の定義が重要になってくることはいうまでもない。そのために観光庁では「観光立国推進基本法」に基づいて観光に関する統計の整備を実施している。観光客に関しては,国連世界観光機関を中心に標準化が推進されているとして以下のように定義し,統計資料として整備,集計し始めた。それによると観光客の定義としては「ビジネス,レジャーあるいはその他個人的な目的で,1年未満の期間,非日常圏に移動する旅行者」とし,「国内居住者の国内観光(domestic),国外の居住者の国内への観光(inbound),国内居住者の国外への観光(outbound)を区別する」としている。また,宿泊客旅行に関しては「自宅以外で1泊以上の宿泊をする全ての旅行」,日帰り旅行は「片道の移動距離が80km以上,又は所用時間(移動時間+滞在時間)が8時間以上の非日常圏への旅行」としている。観光がわが国の重要な産業の構成要素として認識されつつある状況の中で,ようやく観光の概念が整理されつつあるといえよう。
以上のことから,本書なりに観光を一言で表現するなら,日常の居住地を離れ,飲食や鑑賞,体験をすることであるといえるだろう。また観光は広い意味での「観光客」や「旅行者」,非日常体験をする観光地などの観光対象となる「観光資源」,それらをサポートする観光産業や交通手段も含めての「観光関連産業」,そして観光客を受け入れる「地域社会」等によって構成されている。居住者が観光を意識する要因は,その人の経験や日常生活にある内部的要因やマスコミやネットからの情報,アクセスや施設の話題性などの複合したものであり,それらを支える観光産業や施設,そして観光資源や地域社会の歴史・風土・産業も多彩である。またそれらは技術革新や意識変化などにより時代とともに変化している。
2 観光教育の展開
政府は2016年に「明日の日本を支える観光ビジョン会議」を開催し,新たなビジョンを取りまとめている。それによると東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年には訪日外国人旅行者数4000万人と推計し,さらにその10年後の2030年には6000万人,消費額を15兆円とする目標に挑戦すると発表した。同時に,各地にある観光資源の魅力を高めて観光を地方創生の礎にすることや,観光産業の国際競争力を高めわが国の基幹産業にするというビジョンを掲げた。政府は今まさに観光先進国の実現に向けての施策を講じようとしている。
観光への期待が高まる中,観光研究と人材育成の高等教育機関である大学の観光学部や観光関連学部・学科を有する大学も増加傾向にある。
観光研究および観光教育は,1967年の国連の国際観光年を記念して立教大学の社会学部に観光学科を,大阪成蹊女子短期大学(現大阪成蹊短期大学)に観光学科を設置したのが始まりである。その後1998年には立教大学に初の観光学部が設立されている。そして2003年に小泉内閣によって発せられた「観光立国宣言」により観光が国家的重要課題として捉えられるようになったが,前後して大学の観光学部や観光関連学部・学科・コース設立が増加し始めている。
国立大学としては2005年に山口大学の経済学部に観光政策学科,琉球大学の経済学部に観光学科が創設され,2008年に和歌山大学および琉球大学に初の観 光(産業科) 学部が設置された。2009年段階では観光研究や観光教育を有する学部のある大学は39に達した。その後もさらに増え続け,2017年では観光学部や観光関連学科のある大学は94にも及んでいる。さらに大学の募集の際に観光を学ぶことができるとしている大学・短大は,大手進学サイトによると全国で225校も存在する。それらの大学の中で学部名称として「観光」もしくは「ツーリズム」を用いているのは16大学である。具体的名称としては観光学部,西際観光学部,観光産業科学部,観光経営学部,観光ビジネス学部などである。また,その他にも経済学部,経営学部,社会学部,商学部,地域創造学部,現代ビジネス学部,現代人間学部といった学部名の中に観光関連の学科やコースを設けていることが多い。
そこで,高等教育機関である大学で観光を学ぶことや観光研究とは何なのかという問題が,改めて問われることとなる。観光という学問領域はいまだに独立した「学」という体系を示すことができない状況にあるといえよう。しかし,現在ではたとえば経済学,経営学,社会学,環境学,心理学などの関連領域からのアプローチもさることながら,それらをまたがった学際的分野での研究や教育活動が盛んに行われている。「はしがき」でも述べたが,本書ではあえて「観光学」という言葉を用いて、これから観光を学ぶ方への見取図を示すこと とした。
3 本書の特徴と構成
観光学はまだ歴史の新しい分野である。未解明な課題も多い。そのために観光研究は観光が内包する多面的で流動的な現象を,学際的な視点から捉えることが理解を深めることにつながると考えられる。本書では観光という現象の全体像を明らかにするために,多彩な視点で解説し,かつ幅広い領域をカバーできるように努めた。
本書はまず4つの大きな部から構成されている。第1部「観光学の基礎」では第1~3章として「観光の歴史」「観光と旅行者の行動」「観光と産業・経済」を取り上げ,観光における基礎的かつ全般的な解説を行った。観光を学ぶ上で観光という現象を歴史的視点,需要側である消費者行動の側面と,供給側の産業経済的側面から解説している。
第2部「観光産業論」は伝統的な観光ビジネスの主要産業を中心に構成している。第4~9章まで,「旅行産業」「宿泊産業」「運輸産業」に加えて「テーマパーク産業」「文化施設と集客」といった現在の観光産業を象徴するようなテーマも取り上げた。観光産業は観光活動の推進役でもあり,観光を学ぶ上で各産業を理解することは不可欠である。各産業の概要と役割そして特徴や将来展望などの具体像を鮮明にできるような解説を心がけた。また「観光産業とホスピタリティ」では各産業に共通するサービスとホスピタリティについては今日的な課題も含めて解説した。
第3部「観光政策論」は,第10~12章「観光立国と国際観光」「諸外国の観光政策」「地域観光とまちづくり」の3章からなり,観光行政に関連するテーマ構成とした。観光における様々な活動や現象において観光行政の果たす役割は大きく観光政策はそれらの基盤をなすものとして位置づけられる。「観光立国と国際観光」ではわが国の観光政策,「諸外国の観光政策」では主にシンガポールの観光政策について取り上げた。さらに「地域観光とまちづくり」では国内観光の中でもニューツーリズムを主体とした観光まちづくりについて概説した。具体例として,新潟市と西宮市における取り組みを紹介している。
第4部は「応用観光論」として,第13~18章までわが国の観光を学ぶ上で焦点となるテーマを取り上げた。具体的には「コンテンツツーリズム」「ブライダルと観光」「メディカルツーリズム」「ダークツーリズム」「フードツーリズム」そして「祭礼文化と観光」である。観光を巡る潮流は激しく「ニューツーリズム」と呼ばれるものは多岐にわたる。第4部で取り上げたテーマや事例で,観光の多様かつ多彩な魅力をさらに学修されることを願っている。
また本文とは異なった視点やテーマを補足するため,できるだけ最新の情報を交えたコラムを設けている。併せて読むことで観光学への理解を深めていただきたい。
引用・参考文献
足羽洋保編著『新・観光概論』ミネルヴァ書房、1994年。
岡本伸之編『観光学入門」有斐閣,2009年。
河村誠治「新版 観光経済学の原理と応用」九州大学出版会、2008年。
観光庁「観光統計」 http://www.mlit.go.jp/common/000138677.pdf(2017年10月10
日)。
観光庁「明日の日本を支える観光ビジョン」概要 http://www.mit.go.jp/kanko
topics01_000205.html (2017年9月25日)。
国土交通省「今後の観光政策の基本的な方向について(答申第39号)」 https://www.mlit.go.jp/singikai/unyusingikai/kankosin/kankosin39.html(2017年10月10
日)。
国土交通省『平成12年版観光白書の概要』 http://www.mlit.go.jp/hakusyo/kankou
hakusyo/h12/index.html#joukyou (2017年10月10日)。
高橋一夫・大津正和・吉田順一編 『1からの観光』碩学舎,2010年。
谷口知司『観光ビジネス論』ミネルヴァ書房,2010年。
中﨑茂『観光の経済学入門」古今書院,2002年。
日本政府観光局「統計データ訪日外客数(2016年)」https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/visitor_trends/(2017年9月20日)。
溝尾良隆編著『観光学の基礎」古今書院,2009年。
溝尾良隆「観光学基本と実践」古今書院,2015年。
文部科学省「観光関連学部・学科のある大学一覧」 file:///C:/Users/USER/Desktop/
観光関連学科のある大学1.pdf(2017年9月10日)。
Definition of Tourism (UNWTO Definition of Tourism) “What Is Tourism ?” http://www.tugberkugurlu.com/archive/definintion-of-tourism-unwto-definitionof-tourism-what-is-tourism(2017年10月12日)。
よくわかる観光社会学 (やわらかアカデミズム・わかるシリーズ)
観光学の知識を体系的に学ぶ
本書は他の観光社会学のテキストに先駆けて刊行された、いわば観光社会学のテキスト第一号のような存在です。本書の構成として、専門用語が使われた際には、すぐ隣の語注に参考箇所や参考文献が記載されているので、詰まることなく学習を進めることができます。
はじめに
■よくわかる観光社会学
本書は,観光社会学がこれまでに集積した研究成果の全体像と,これから展開する研究の方向性とを紹介する,初学者向けのテキストです。ただし本書には,新しい学問である観光社会学の挑戦的な理論や事例が盛り込まれているので,本書はあらゆる読者が観光研究の新たな〈知〉に接するのにも役立ちます。
観光社会学の研究主題である社会現象としての「観光」は,社会学において今までほとんど看過されてきました。しかし,年間に9億人が国際移動する現代において,「観光」は世界や時代の動向にさえ重大な影響を及ぼす社会現象とみなせます。こうした重大な意味をもつ「観光」の研究に,観光社会学はまだ取り組みはじめたばかりなのです。
執筆者一同は,本書を観光社会学の本格的な研究の出発点にしたいと考えています。すなわち本書は,観光社会学の〈知〉が体系的に整理されるテキスト第一号となるはずです。
そのために,本書は観光社会学の〈知〉全体を俯瞰して、読者が観光社会学の研究成果を的確に理解できるように「もくじ」を立てました。本書は,4部11章から構成され、そこに94項目の研究課題が配置されています。「もくじ」の第1部は「観光社会学とは」です。ここでは,観光社会学が観光を捉える視点や方法が解説され、特に研究主題となる現代観光の構造的な特徴が説明されます。第2部の「現代観光のかたち」は,研究対象の新しい観光と多様化する観光形態を現代社会の動向に絡めて紹介します。第3部の「観光社会学の体系」では,観光社会学が取り扱う主要概念や隣接学問との関係などが議論されます。そして最後の第4部は「事例を読み解く」です。ここでは,観光社会学の事例研究の成果が解説され,また観光社会学の代表的な研究者が紹介されます。
このような本書を読者が観光社会学の入門書として活用し,これを契機に新たな〈知〉を挑戦的に追究されること期待しています。そして,本書が観光社会学の発展の一助となれば,それは執筆者一同にとって望外の幸せです。
最後になりますが,いまは軽視されがちな観光社会学の本来の「意義」と本物の「魅力」を世に広く知らせたいという編者の「意固地」な思いを汲み取られ,本書を「よくわかるシリーズ」に加えてくださったミネルヴァ書房に感謝します。そして編集部の酒井格氏は,編者の無理難題に最後までおつき合いくださり,本書を編者の「意固地」な思い以上のレベルに仕上げてくださいました。心より深謝の意を表する次第です。
2011年春
編者を代表して 安村克己
もくじ
■よくわかる観光社会学
第1部 観光社会学とは
Ⅰ 観光社会学の輪郭
1 社会学と観光
2 観光社会学の現状と課題
3 観光社会学の射程
4 現代観光の理論と実践
Ⅱ 社会現象としての観光の構造と変遷
1 観光の構成要素と構造
2 観光研究の土台からみる現代観光の変遷
3 マス・ツーリズムの出現とその弊害
4 持続可能な観光の模索と実践
第2部 現代観光のかたち
Ⅲ 新しい観光のかたち
1 新しい観光の登場
2 エコツーリズム
3 コミュニティ・ベースドツーリズム
Ⅳ 多様化する観光
1 スペシャル・インタレスト・ツーリズム
2 グリーン・ツーリズム
3 産業観光
4 都市観光
5 フィルム・ツーリズム
6 巡礼観光
7 アニメと観光
第3部 観光社会学の体系
Ⅴ 観光社会学の視座
1 観光経験
2 感情労働
3 文化資本
4 擬似イベント
5 観光客のまなざし
6 真正性
7 シミュラークル
8 パフォーマンス
9 観光における文化の商品化
10 伝統の創造
11 聖-俗-遊
12 ポスト・コロニアリズム
13 ディズニーランド化
14 構築主義
15 ツーリスティック・ソサイエティ
Ⅵ 観光社会学の領域
1 メディアと観光
2 文化と観光
3 産業と観光
4 ジェンダーと観光
5 家族と観光
6 宗教と観光
7 環境と観光
8 政治経済と観光
9 福祉と観光
10 まちづくりと観光
11 エスニシティと観光
12 遊びと観光
13 ポストモダン社会と観光
14 社会構想と観光
15 社会調査と観光
Ⅵ 隣接する学問領域
1 人類学における観光
2 カルチュラル・スタディーズにおける観光
3 地理学における観光
4 経済学における観光
5 歴史学における観光
第4部 事例を読み解く
Ⅶ 観光施設の社会性
1 ホテル
2 博物館・美術館
3 動物園・水族館
4 ショッピング・モール
5 映画館・
6 テーマパーク・遊園地
Ⅷ 観光の文化装置
1 B級グルメと郷土食
2 ツアー・ガイド
3 旅行記
4 ガイドブックーその変遷と可能性
5 みやげ
6 写真
7 温泉
8 博覧会
9 音楽イベント
10 スポーツ
11 ホスピタリティ
12 鉄道
13 世界遺産・文化遺産
Ⅸ 観光社会学の舞台
1 秋葉原・池袋・日本橋——「おたく」趣味の観光パフォーマンス
2 沖縄——海のイメージ,観光のまなざし
3 京都——庭園,文化遺産
4 高知・札幌——鏡の中の地域アイデンティティ
5 遠野——ふるさとイメージと語り部
6 奈良——古代イメージの卓越
7 由布院——まちづくりの批判的読み解き
8 横浜——創られる観光の都市空間
9 インド——聖地巡礼,聖-俗-遊
10 韓国——分断の観光化
11 グアム——マス・ツーリズムの「楽園」
12 タイ——トレッキング・ツアー,エスニシティと観光
13 ニューヨーク——場所のパフォーマンス
14 ベトナム——文化の商品化
15 香港——ポスト・コロニアリズム,ホテル
Ⅺ 研究者紹介
1 ダニエル・ブーアスティン
2 ヴァーレン・スミス
3 ディーン・マキャーネル
4 エリク・コーエン
5 ジョン・アーリ
6 エドワード・ブルーナー
7 バーバラ・キルシェンブラット-ギンブレット
さくいん
観光学入門―ポスト・マス・ツーリズムの観光学 (有斐閣アルマ)
観光学の学問の全体像を学ぶ
本書は、「観光」を学問として捉え、解説しています。現在の観光についてだけでなく、観光の歴史についてや、そもそも観光とは何なのかという基礎的な部分から学ぶことができます。本書では観光とそれにまつわることの関係について細かく章分けされているので、詳しく学ぶことができます。
はじめに
観光学は,観光とそれに関わる諸事象を研究対象とする学際的な学問である。わが国における観光の現状は研究対象とすべき多くの問いを内包している。それらの問いは,自然と社会と人間が直面する現代的な諸課題と深く関連しており,その解明が急務となっている。観光学は,社会現象としての観光が内包するさまざまな問いに対して,学際的に接近し,その答えを出す(書く)ことによって,諸課題の解決に貢献することが求められている。
たとえば,観光はその往来が国境を越えるかどうかによって国際観光と国内観光に大別されるが,国際観光の分野における大きな問いとして,アウトバウンドの観光(日本人の海外旅行)とインバウンドの観光(外国人の訪日旅行)の乖離の問題がある。『観光白書』によれば,1999年には 1636万人の日本人が海外へ出かけたが,日本を訪れた外国人旅行者の数はわずかに444万人であった。1億2600万人の人口があり,世界第2位の経済大国とされるわが国であるが,フランスが人口は日本の半数でありながら6730万人(1997年)もの外国人旅行者を受け入れている事実と比べれば,彼我の違いは大きい。
外国人の目から見れば日本はわざわざ訪ねようと思う気が起こらないような国なのであろうか。日本の自然と文化の国際的な位置づけに対する日本人の認識に照らせば、外国人旅行者の受入れ数が世界ランキングで30位までに入らないという現実は,なぜそうなのか,観光研究上の大きな問いである。考えてみると,日本人に対して欧米の文化がいかにすばらしいかを熱っぽく説く日本人は多いが,欧米の人びとに対して日本の文化がいかにすばらしいかを説く日本人は少ない。日本人は他国へは大挙して見物に出かけるが,他国から来られるのは嫌がるところがある。海に囲まれた安全で清潔な暮らしを邪魔されたくないということであろうか。
日本を訪れる外国人旅行者の数が少ないということは,日本人に対して,日本という国がどういう国であるのか,その長所と短所について,率直な感想を漏らしてくれる友人が少ないことを意味する。その結果,日本人は,日本がどういう国であるのか,他者の目を通して日常的に学ぶ機会に恵まれない。端的にいえば,自分のことをわかる機会がない。安全で清潔な暮らしであるのかどうかも怪しい。その点フランスがうらやましい。フランスでは,外国人旅行者にワインと料理,ファッションもすばらしいといわれながら,自国の文化にますます磨きをかけるようなメカニズムが働いている。
政府は訪日外国人旅行者を10年で倍増する目標を立てている。はたして可能であろうか。この問いの解明は,日本に固有の自然と文化が世界の人びとにとってわざわざ訪ねるに値する魅力(誘引力)を持つことを検証するところから始めることになろう。仮に,日本の自然と文化が彼らに行動を起こさせるに十分なほど非日常の魅力を持つとしても,実際に足を運んでもらうとなると,その成否は数多くの実務的な要因に左右される。情報提供システ ムの整備に始まる多面的な観光事業のあり方が問われるが,最も”根源的な問いは,日本人が外国を崇拝するだけではなく,外国人旅行者のまなざしを通して自国の文化を再認識し,他国との共生の道を模索しようとする気持ちになれるかどうかという点である。 他者,それも見ず知らずの人に対する思いやりのことをホスピタリティと呼ぶが,日本人にはたしてホスピタリティはあるのであろうか。
ここではインバウンドの観光の問題を取り上げたが,国際問題は国内問題でもある。問題の構造は相似ではないか。地方から東京見物には行くが,東京から大挙して来られるのは困る,大挙して来てほしいと思っているのは観光業者だけという感じがある。これでは具合が悪い。人でも地域でも,相互交流はその進歩にとって不可欠の契機である。なぜならば,相互交流を欠いては,自分や地域のことをわかる機会に恵まれない。人の場合でいえば,自分がどういう人間であるかは,他者と交流することによって,他者の目に自分がどう映るかを見極めることによって初めてわかる。地域の場合も同じである。観光客から賞賛の言葉が寄せられれば,自分が住んでいる地域は他所の人が感心するに値する地域であるとわかる。そのためにはまず他所の人を受け入れなければならない。そうでなければ,観光客のまなざしを受け止める機会に恵まれることはない。このように,わが国の観光の現状は,学問的な研究の対象とすべき多くの問いを内包している。
観光学は歴史の浅い学問である。1967年に立教大学の社会学部の中にわが国最初の観光学科が設置され,約30年の歴史を経て1998年に学部として独立したが,近年,観光分野の研究教育の重要性が認識されるようになり,全国の大学で観光学部や観光関連学科が設置されるようになった。誠に喜ばしいことである。
本書は,わが国における観光教育のパイオニアとしての立教大学観光学部の教員が中心となって執筆した観光学の入門書である。
本書は全体で15章から構成されている。まず,第1章で観光の概念と観光学について概観した後,第2章では観光の歴史を振り返ることによって現代観光の特色を理解する。第3章では観光現象を生起させる原因としての観光行動に光を当てる。第4章では観光行動を引き起こす契機となる観光情報の役割について概観し,第5章では観光が物理的な移動を伴うことから交通の問題を取り上げる。第6章では観光行動の客体を構成する基礎的な要素としての観光資源について学び,第7章では観光資源を環境問題の枠組みの中に位置づける。第8章では文化現象として観光を捉える。第9章では,観光を可能とさせる各種施設とサービスについて概観し,第10章では観光現象を経済学の視点から分析する。第11章では観光の商品化のメカニズムを解明し,第12章では観光に関わる政策と行政の問題を取り上げる。第13章では観光と地域社会の関連を分析する視点を提示し,第14章では観光と風景との関係を考察し,第15章では観光に関わる投資の問題を取り上げる。
編者としては,読者が本書を通して観光学の学際性を理解され,観光とそれに関わる諸事象が内包するさまざまな問いに対して,読者がみずからその答えを出す(書く)努力を始めていただければと希望している。観光学は歴史の浅い学問であるから,未解明の研究課題が山積している。そのため,観光研究を志せば,観光という優れて現代的で誰でも関心を寄せる分野の研究を通して,学問することの醍醐味を体験できるといえる。
最後に,本書を取りまとめるにあたっては,思いのほか時間を要した。辛抱強く見守り,専門的なアドバイスをいただいた有斐閣書籍編集第2部の鹿島則雄,天城敏彦の両氏に心から感謝の意を表したい。
2001年3月
編者
INFORMATION
Introduction to Tourism
●本書の特徴
本書は観光学をはじめて学ぶ学生に,観光学とは何を対象とし,何を追究する学問なのかを分かりやすく解説した入門テキストです。観光学は,研究対象も研究方法も多岐に渡る学際的な学問ですが,本書は幅広い領域をカバーしており,その全体像をつかむのに適しています。
本書は基本テキストとして、基本的な内容を平易に解説することを主旨としていますが,「オールタナティブ・ツーリズム」などといわれる最近の新しい観光の動向も踏まえて書かれています。 したがって,これからの時代の観光のあり方を読者が考えていく手助けにもなります。現在,観光に関わる職業に就いている方にもおすすめします。
●各章の構成
各章は「キーワード」「本文」「読書案内」「演習問題」「コラム」で構成されています。
●キーワード
各章で学ぶ基本的な概念や用語を,章の最初のページに挙げました。読み進む際のポイントの把握に,あるいは読み終わった後の整理にお役立てください。
●読書案内
各テーマをより深く広く学んでいくための手がかりとして,関連する基本文献を挙げました。日本語文献を中心にしましたが,分野によっては参考にしていただきたい外国語文献も挙げています。意欲的に挑戦してみて下さい。
●演習問題
各章末に「演習問題」を挙げました。各テーマの大学の期末試験で出されるような問題を中心にしたものです。
●コラム
本文の記述を補う説明や,観光に関わる歴史,トピックスなどを取り上げたコラムを配置しました。観光学の扱う対象の広がりをご確認ください。索引巻末には事項索引と人名索引が収録されています。検索,学習にご利用ください。
目次
第1章 観光と観光学
1 観光の概念
観光とは
語源による含意
関連用語
2 観光の意義
観光基本法
相互理解の増進
経済的効果
3 観光の構造
観光の構造
観光者
観光対象
媒介機能
観光政策と行政
4 観光学の対象と方法
研究対象としての観光現象
方法としての学際性
研究と教育
第2章 観光の歴史
1 観光史の見方と観光前史
観光の歴史をどう見るか
ヨーロッパの旅の歴史
日本の旅の歴史
2 近代観光の発生と発展
近代と観光
観光の発生と発展
日本の近代化と観光
3 現代観光の出現と拡大
マス・ツーリズムの出現
新たな観光のあり方の模索
現代観光のゆくえ
第3章 観光と行動
1 観光行動の仕組み
観光欲求と観光動機
観光行動が生起する仕組み
2 観光者心理と観光行動
観光者心理の一般的特徴
観光行動の類型と観光者心理
3 観光行動のタイプ
「観光行動」の一般的説明
観光行動の主な分類
観光回遊行動
第4章 観光情報と観光情報産業
1 観光と情報の関係
観光の魅力に形はない
情報化による観光対象の有形化
五里霧中の観光ニーズ
情報化によるニーズの明確化
2 観光情報の構造
「点」情報
「線」情報
「空間」情報
「面」情報
3 観光空間情報の要件
舞台装置:目的対応の網羅性
シナリオ:時間軸管理
不定形の魅力:拡張可能性
インタラクティブ・チャネル:可塑性と発展性
4 次世代の観光情報産業
感動を創造し請け負う観光空間情報の商品化
時間軸に沿った観光行動を促す進行管理情報
一期一会の感動を演出する情報発信
バーチャル・ツアー・ナビゲーター
第5章 観光と交通
1 観光と交通の関係
観光交通の概念
観光交通の対象と分析手段
2 観光交通市場
観光交通サービスの特徴
観光交通市場の構造と価格形成
3 観光と交通政策
交通政策の歴史
規制緩和
国内航空輸送の規制緩和過程
4 観光基盤施設の諸問題
鉄道
道路
空港
第6章 観光地と観光資源
1 観光資源とは
2 観光地の種類と特性
観光地とは
観光地の3区分
3 観光地の動向と課題
自然資源ベース型観光地
人文資源ベース型観光地
総合資源型観光地:リゾート
4 観光資源の保護と利用
日本の行政施策による観光資源の保護と利用
世界的資源の保護とイギリス,アメリカの保護団体の活動
第7章 観光と環境
1 自然環境保全の系譜
自然環境保全の近年の動き:ストックホルム会議からリオ会議へ
保護地域を指定することによって自然を守る
野生生物を守る
市民生活の中で環境を守る:トラスト運動
2 自然にふれる観光
自然を愛でる
自然を楽しみ、自然に学ぶ
自然に癒される
3 観光と自然環境保全
観光による自然環境へのインパクト
持続可能な観光
観光を通じた自然環境保全への貢献
第8章 観光と文化
1 文化現象としての観光
文化の現在
プロセスとしての文化
観光を通した文化研究の可能性
2 観光の文化的インパクトと文化の動態
文化の商品化
文化の真正性
伝統の発明
3 文化観光と観光文化
文化観光
観光文化
模型文化
観光芸術
第9章 観光施設
1 観光施設の概念
観光施設の概念
観光施設の機能
観光施設の類型
2 飲食と宿泊
鑑賞・体験型観光のための飲食と宿泊
活動型観光のための飲食と宿泊
保養型観光のための飲食と宿泊
3 その他の観光施設
鑑賞・体験型観光のための観光施設
活動型観光のための観光施設
保養型観光のための観光施設
第10章 観光と経済
1 観光と経済および需要と供給
観光と経済の関わりのミクロ経済的側面
観光と経済の関わりのマクロ経済的側面
観光と経済の関わりの公的側面
2 観光市場
観光財・サービスに対する需要と供給
需要曲線と供給曲線の移動
3 観光需要の弾力性
需要の価格弾力性
需要の所得弾力性
需要の交差価格弾力性
4 競争の不完全性と観光財・サービスの価格決定
競争の不完全性と価格の差別化
2部料金制
5 観光の経済効果
観光の循環的な流れと観光
観光企業の投資と乗数効果
観光支出の経済波及効果
第11章 観光消費
1 観光における商品化
商品化される体験としての観光商品
偽装される交換
観光商品の交換過程
2 観光商品における記号と身体
記号の消費としての観光
コードの消費
非コードの消費
身体性の消費としての観光
視覚的消費としてのマスツーリズム
記号と身体の相互浸透
3 観光消費の諸様態
場所の消費
観光におけるリアリティの形成
場所の記憶と仮想リアリティ
ヘリテージの消費
生きたヘリテージとリアリティ
第12章 観光政策
1 観光政策とは
観光政策の特殊性
観光政策の理念と目的
2 観光政策の課題とその変遷
国際観光の振興:外貨の獲得と国際理解の増進
国民の余暇と観光の健全な発展
地域振興策としての観光開発
新時代の観光政策:世界観光の時代
3 わが国の観光政策と観光行政
国際観光に関する政策
国内観光に関する政策
4 観光の行政組織:諸外国の観光行政機関と観光宣機関
政府観光局
観光行政機関
第13章 観光と地域社会
1 地域と社会を表す日常語と述語の関係
2 人の移動と地域との関係
経験の中の移動と地域
空間としての地域と人の移動
人の移動と地域社会
3 観光と観光地
観光者の匿名性
機能的空間としての観光地の登場
観光地における個人の経験の軽視
4 観光地の運営と地域社会
観光地の空虚性と手段化
観光事業組織に対するコンサルテーション
観光地の近代性に対抗する力
5 観光を通じた生活表現
生活の均一化の進行
ネットワーク的関係の中の観光
旅における日本らしい経験と地域性
第14章 観光と風景
1 はじめに:田園風景とは、風景とは何なのか(意義と定義)
風景とはなにか
風景を哲学する
2 絵画と文学作品に見る田園風景へのまなざし
ローマ詩人が描く田園理想郷『アルカディア』:神と大地への感謝
陶淵明が描く桃源郷『桃花源記』:隠逸の場としての田園
農耕を描く「四季耕作図」:中国文化を通してみる風景,労働の場としての田園風景
封建領主から見た領地の風景:領地の繁栄の歓び
ルネッサンス後期・ブリューゲルの絵 画:人間中心のルネッサンス的田園風景
バルビゾン派・印象派(ターナー, ミレー, セザンヌ):近代的な田園風景絵画
日本の黎明期の洋画家たち:バルビゾン派の目で見た日本の田園風景
国木田独歩の『武蔵野』:自然主義的田園風景の発見
まとめ:新しいまなざしの誕生
3 田園風景の保存と育成:各地の事例から
文化財としての指定
田園景観保全条例
棚田(千枚田)オーナー制度
イベント・シンポジウムの開催:「棚田サミット」
景観保全運動:ドイツ「わが村は美しく」コンクール
ミュージアムの導入
4 おわりに
第15章 観光産業と投資
1 設備投資と資金調達の基礎知識
投資とは,設備投資とは
設備投資の諸目的
設備投資の変遷
資金調達の諸形態
設備投資の促進手段
2 観光産業投資の規模と展開
観光産業投資の規模と位置づけ
新設ホテル投資の展開
その他のホテル投資
投資主体の多様化
3 観光産業投資の特徴と資金調達
事業特性
設備投資の採算・償還
資金調達
公的金融の活用
税制および補助金
事業計画書とは
事業計画書の意義
事項索引
人名索引
コラム一覧
① 遊びと観光行動
② 日本の戦後国際観光の汚点:セックス・ツアー
③ 「開く財布,閉じる心?」
④ 観光のシステム・オーガナイザー:「御師」と「イベント・プロモーター」
⑤ 80日間世界一周
⑥ 産業観光
⑦ ガイドライン
⑧ 観光と異文化コミュニケーション
⑨ ソーシャル・ツーリズム
⑩ 観光ボランティア
⑪ エコツーリズム:固定化される文明と野生
⑫ ILOの有給休暇条約
⑬ スタディツアーとボランティア
⑭ ピクチャレスク・アメリカ
⑮ 東京ディズニーランド
執筆者紹介
(執筆順, [ ] は執筆分担, * は編者)
*岡本 伸之(おかもと のぶゆき) [第1章, Column①⑥⑨⑩⑫]1941年生まれ。ミシガン州立大学経営学大学院修士課程修了
現在 立教大学名誉教授。ホスピタリティ・マネジメント専攻
主著 『現代観光論』(共著)有斐閣,1974年/『現代ホテル経営の基礎理論』柴田書店, 1979年/「列島ホテル戦争』日本経済新聞社, 1987年
安村 克己(やすむら かつみ) [第2章,Column②]1954年生まれ。立教大学大学院社会学研究科博士課程修了,観光学博士
現在 前追手門学院大学地域創造学部教授。観光社会学専攻
主著 『観光——新時代をつくる社会現象』学文社,2001 年 / 『観光まちづくりの力学』学文社,2006年
橋本 俊哉(はしもと としや) [第3章,7章,Column③]1963年生まれ。東京工業大学大学院後期課程修了、工学博士
現在 立教大学観光学部教授。観光行動論,観光感性論專攻
主著 『現代観光総論』(共著)学文社,1995年/『観光回遊論』風間書房, 1997年/『観光行動論』(編著)原書房, 2013年
佐藤喜子光(さとう きしみつ) [第4章,Column④]1942年生まれ。京都大学教育学部心理学科卒業。
現在 前平安女学院大学国際観光学部教授。観光産業のマーケティング・マネジメント専攻
主著 『旅行ビジネスの未来』東洋経済新報社、1997年/『観光を支える旅行ビジネス』同友館,2002年/『めざせ! カリスマ観光士』同友館,2003年
図師 雅脩(ずし まさはる) [第5章,Colum⑤]1941年生まれ。早稲田大学大学院交通経済学博士課程修了
現在 前長野大学環境ツーリズム学部教授。交通産業論専攻
主著 「フランス交通政策の背景と論理」『交通学研究』39号,日
本交通学会, 1996年/「フランスの高速道路政策」『高速道路と自動車』38 巻5号,高速道路調査会, 1995年/『交通と観光の経済学』(共訳)日本経済評論社, 2001年
溝尾 良隆(みぞお よしたか) [第6章]1941年生まれ。東京教育大学理学部地理学科卒業,理学博士
現在 立教大学名誉教授。観光地域論,觀光景觀論專攻
主著 『観光事業と経営』東洋経済新報社, 1990 年 / 『観光を読む———地域振興への提言』古今書院, 1994年/ 『現代日本の地域変化』(共編) 古今書院, 1997 年 / 『観光学の基礎』(編著)原書房,2009年
海津ゆりえ(かいづ ゆりえ) [第7章,Colum⑦]1963年生まれ。立教大学理学部卒業,農学博士
現在 文教大学国際学部教授。エコツーリズム論,資源デザイン論専攻
主著 「日本エコツアー・ガイドブック』岩波書店,2007年/『エコツーリズムを学ぶ人のために』(共編)業界思想社, 2011 年/『東日本大震災からの復興まちづくり』(共著) 大月書 店,2011年
大橋 健一(おおはし けんいち) [第8章]1961年生まれ。立教大学大学院社会学研究科修士課程修了
現在 立教大学観光学部教授。観光文化人類学専攻
主著 『現代観光総論』(共著)学文社, 1995年/『現代観光学の展開』(共著)学文社, 1996年、「新たな観光のあり方』 (共訳)青山社, 1996年/『「観光のまなざし」の転回 越境する観光学』(共著)春風社,2004年
鳥飼玖美子(とりかい くみこ) [Column⑧]1946年生まれ。コロンビア大学大学院英語教授法修士課程修了
現在 立教大学名誉教授。言語コミュニケーション論,通訳翻訳文化論専攻
主著 『歴史をかえた誤訳』新潮社, 2004年/『通訳者と戦後日米外交』みすず書房, 2007 年 / 『戦後史の中の英語と私』みすず書房,2013年
丹治 朋子(たんじともこ) [第9章,Column⑮]1970年生まれ。立教大学大学院観光学研究科博士課程修了
現在 川村学園女子大学生活創造学部教授。フードサービス・マネジメント, ホスピタリティ・マネジメント専攻
主著 『フードデザイン21』(共著) サイエンスフォーラム, 2002
年/『観光事業論講義』 (共著)くんぶる,2005年
小沢 健市(おざわ けんいち) [第10章]1948年生まれ。東洋大学大学院経済学研究科博士課程後期課程修了,経済学博士(東洋大学)
現在 帝京大学経済学部教授。観光経済学専攻
主著 『観光の経済分析』文化書房博文社、1992年/『観光を経済学する』文化書房博文社,1994年
稲垣 勉(いながき つとむ) [第11章,Colum⑪]1951年生まれ。立教大学大学院社会学研究科修士課程修了
現在 ベトナム国家大ハノイ・人文社会科学大学観光学部客員教授。観光におけるカルチュラルスタディーズ、観光消費論専攻
主著 『観光産業の知識』日本経済新聞社,1981年/『ホテル産業のリエンジニアリング戦略』 第一書林1994年/Japanese Tourists: Socio-Economic, Marketing and Psychological Analysis, Haworth Press(共編), 2000.
石井 昭夫(いしい あきお) [第12章]1937年生まれ。東京大学文学部仏文学科卒業
現在 前帝京大学経済学部教授。国際観光論,観光マーケティング論専攻
主著 『トマス・クック物語』(訳書)中央公論社, 1995年/ 『観光ビジネス論』(共著)同友館, 1999 年 / 『海洋観光学入門』(訳書)立教大学出版会, 2003年
村上 和夫(むらかみ かずお) [第13章〕
1952 年生まれ。立教大学大学院社会学研究科修士課程修了
現在 立教大学名誉教授。観光開発論,観光研究方法論専攻
主著 『観光学』(共著)同文舘, 1994年/「グリーン・ツーリズムによる地域振興の問題点」『立教大学社会学部応用社会学研究』第39号,所収,1997年
田中望(たなか のぞみ) [Column⑬]1947年生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科哲学専攻修了
現在 立教大学名誉教授。日本語教育,多文化主義,多文化教育専攻
主著 『日本語教育の理論と実際——学習支援システムの開発』(共著)大修館書店, 1993年/『まちおこしの風景――信州小諸手作りミュージカルを通して』(共著)櫟出版,1995年/ 『日本語教育の方法』大修館書店, 1998年
安島博幸(やすじまひろゆき) [第14章]1950年生まれ。東京工業大学工学部卒業,工学博士
現在 跡見学園女子大学観光コミュニティ学部教授。観光リゾート計画,観光地・リゾート形成発展史,景観論専攻 主著 「日本別荘史ノート』(共著)住まいの図書館出版局,1991
年/『新時代の観光戦略』(共著)日本観光協会,1994年
野田 研一(のだ けんいち) [Column⑭]1950年生まれ。立教大学大学院文学研究科修士課程修了
現在 立教大学名誉教授。アメリカ文学,比較文化,環境文学専攻
主著 『アメリカ文学の<自然> を読む――ネイチャーライティング の世界』(編著)ミネルヴァ書房, 1996年/ 『場所の感覚―アメリカン・ネイチャーライティング作品集』(編著)研 究社, 1997年
田代泰久(たしろ やすひさ) [第15章]1951年生まれ。一橋大学経済学部卒業
現在 立教大学名誉教授。インフォーマル・ベンチャーキャピタル, 企業文化の国際比較,ホスピタリティ産業における起業専攻
主著 “Business Angels in Japan,” Venture Capital, 1, 1988/『知的財産権担保融資の理論と実務』清文社, 1996 年
観光学キーワード (有斐閣双書キーワード)
観光に関するキーワードを解説
本書は、そのタイトル通り観光にまつわるキーワードを挙げ、それについて解説するという形式です。1単語につき見開き1ページで解説され、それが100ワード分掲載されています。キーワードごとの解説になっているので自分の学びたい事項から学習を進めることができます。
はじめに
2003年に小泉純一郎首相(当時)が「観光立国宣言」を行って以来,日本では観光関連学科がさかんに設立されるようになった。2009年までに観光関連学科・大学院を持つ大学は全国で39を数える。その半数以上が,小泉発言を受け,観光立国推進基本法が成立した2006年から2009年の間に設置されている。少子高齢化の中,構造不況業種の1つである大学においては,降って湧いたブームといった観がある。しかし、観光関連学科の数はまだ決して多いとはいえない。国立大学は3校のみである。観光の歴史は長いが,観光学,観光教育はまだ始まったばかりなのだ。そうした中で,観光教育の現場では,教員は観光学を志す学生に何を教え,どのような学生を育てるのか,学生は何を学び,学んだことをどのように活かすのかという極めて基本的な問いがある。
「観光学」を冠した本には,塩田正志・長谷政弘編『観光学』(1994年, 同文舘出版)長谷政弘編『観光学辞典』(1997年,同文舘出版),岡本伸之編『観光学入門ポストマス・ツーリズムの観光学』(2001年,有斐閣),溝尾良隆『観光学——基本と実践』(2003年,古今書院),堀川紀年・石井雄二・前田弘編『国際観光学を学ぶ人のために』(2003年,世界思想社), 井口貢編『観光学への扉』(学芸出版社,2008年)などがある。だが,観光学とは何か,まだ手探りの段階にあるというのが実情だろう。
本書の刊行は,今日の観光現象を理解するためのキーワードを100ほど選定し,解説を試みたものである。教科書のように体系的に観光学を概説したものではないので,はじめから読み進んでいくというより,講義を受けながら,あるいは実務を担当しながら,該当するキーワードを辞典で引くように,読み理解を広げるというのが最も推奨される読み方であろう。本書が日本の観光学と観光教育の発展に貢献できれば,と願っている。
刊行を間近に控えた2011年3月11日,東日本を「1000年に1度の」大地震,大津波が襲った。福島第一原子力発電所が被災し,いまなお予断を許さない事態が続いている。日本政府観光局(JNTO)は,訪日外国人は3月に半減したと発表し,とりわけ原発事故により日本の安全・安心イメージが崩れ,渡航自粛を打ち出す国が相次いだことが響いた,としている。観光は,安全であることが前提だ。逆にいえば,観光における安全 (リスク)管理が厳しく求められることになる。「安全」は今後,観光学の 重要なキーワードとなるだろう。
2011年4月15日
山下晋司
目次
第1章 観光学の構図―観光研究への視角
1 観光学を学ぶ人のために
2 観光というテーマ
3 観光の定義
4 観光の誕生
5 巡礼
6 観光のまなざし
7 場所の成立
8 観光の条件
9 観光動機
10 観光経験
11 観光する主体
12 観光とジェンダー
13 観光と植民地主義
第2章 観光を支える制度―国家の政策から持続可能性まで
14 観光政策
15 政府観光局
16 観光立国推進基本法
17 日本人の海外旅行戦略
18 ビジットジャパン
19 世界遺産
20 無形文化遺産保護条約
21 文化財保護法
22 文化的景観
23 ナショナルトラスト
24 国立公園
25 サステナビリティ
26 エコツーリズムの推進
27 環境協力金と環境負担金
28 モニタリング
第3章 観光を仕掛ける装置―運輸技術から情報社会まで
29 移動のテクノロジー
30 鉄道敷設と霊場
31 空港
32 ヒルステーション
33 観光地とリゾート
34 温泉
35 万国博覧会
36 テーマパーク
37 ディズニーランド
38 ホテルからホームステイまで
39 メディア
40 写真
41 情報社会とツーリズム
第4章 ツーリズムビジネス―観光産業の仕組み
42 ツーリズムビジネス
43 観光の経済的インパクト
44 観光産業の市場構造
45 観光財・サービスの需要と供給
46 観光需要の弾力性
47 観光需要予測
48 観光財・サービスの価格の差別化
49 観光資源の評価
50 観光税の経済分析
51 観光地の選択
52 観光地ライフサイクル
第5章 さまざまな観光実践―マスツーリズムからポストモダンツーリズムまで
53 マスツーリズム
54 オルタナティブツーリズム
55 エコツーリズム
56 グリーンツーリズム
57 エスニックツーリズム
58 ヘリテージツーリズム
59 アーバンツーリズム
60 スポーツツーリズム
61 メディカルツーリズムとヘルスツーリズム
62 スタディツーリズム
63 ワーキングホリデー
64 留学
65 ロングステイ
66 ポストコロニアルツーリズム
67 ポストモダンツーリズム
第6章 観光開発と地域社会―地域おこしの手法としての観光
68 地域開発としての観光開発
69 まちづくり手法としてのツーリズム
70 観光開発のためのガイドライン
71 地方自治体と観光行政
72 観光資源
73 宝探し
74 ふるさとの資源化
75 ホストとゲスト
76 内発的発展と自律的発展
77 地域主導型観光
78 観光開発と地域アイデンティティ
第7章 資源化される文化―文化こそ観光開発の重要な資源
79 観光と文化
80 文化の客体化
81 文化の商品化
82 意味の消費
83 本物志向
84 町並み保存
85 見世物としての祭礼
86 観光の中の民俗芸能
87 郷土料理
88 ツーリストアート
89 近代化遺産
90 アニメツーリズム
第8章 観光実務―観光という仕事
91 ツーリズムというビジネス
92 旅行業と旅行業法
93 イールドマネジメント
94 ツーリズムマーケティングの仕方
95 観光ブランド戦略
96 観光商品の作り方
97 マーケティングの実践
98 観光宣伝と広報
99 ガイドとインタープリテーション
100 観光教育
巻末資料
参照文献
事項索引
人名索引
○参照文献は巻末に一覧を設け,本文中には著者名または編者名と刊行年,必要な場合には引用頁数を( )に入れて記した。
《例》
(山下 1999:1-7)
山下晋司 1999 『バリ 観光人類学のレッスン」東京大学出版会
(ターナー 1976)
ターナー, V.W.(富倉光雄訳)1996「儀礼の過程(新装版)』新思索社
(MacCannell 1976)
MacCannell, D. 1976, The Tourist: A New Theory of the Leisure Class, Schocken Books
○章扉および本文中の写真は、すべて筆者が撮影したものである。
本書のコピー,スキャン,デジタル化等の無断複製は著作権法上での例外を除き禁じられています。本書を代行業者等の第三者に依頼してスキャンやデジタル化することは,たとえ個人や家庭内での利用でも著作権法違反です。
☆執筆者紹介(五十音順) と執筆分担(キーワードの番号)(※編者)
稲垣 勉(いながき つとむ)
6,7,9,10,13,32,33,36,53,67,72,75,82
ベトナム国家大ハノイ・人文社会科学大学観光学部客員教授
専攻:観光消費論,文化研究
小沢健市(おざわ けんいち)
14,42,43,44,45,46,47,48,49,50,51,52.93
立教大学名誉教授,帝京大学経済学部教授
専攻:観光経済学
海津ゆりえ(かいづ ゆりえ)
23,25,26,27,28,54,55,56,70,73,77,99
文教大学国際学部教授
専攻:地域計画エコツーリズム.サステナブルツーリズム
葛野 浩昭(くずの ひろあき)
4,8,35,37,60,61,62,63,66,74,80,81,98
立教大学観光学部教授
専攻:文化人類学,先住民研究
小林 天心(こばやしてんしん)
15,16,17,31,71,83,91,92,94,95,96,97,98
元・観光進化研究所代表。
専攻:国際観光論,ツーリズムプランニング,旅行業経営論
中西裕二(なかにしゅうじ)
5,21,24,30,34,39,59,64,85,86,87,89
日本女子大学人間社会学部教授
専攻:民俗学,文化人類学
※山下 晋司(やましたしんじ)
1,2,3,11,12,18,29,38,40,65,78,79
東京大学名誉教授
専攻:文化人類学,観光人類学,グローバル化と人の移動
山村高淑(やまむらたかよし)
19,20,22,41,57,58,68,69,76,84,88,90
北海道大学観光学高等研究センター教授
専攻:観光開発論,文化資源デザイン論
新・観光学入門
初めて観光学を学ぶ
本書は、観光学に初めて接する人を対象に書かれている上に、日本に来て観光学を学習する留学生のことも意識されているので、観光学の入門書として最適です。また、本書は全12章からなっていますが、各章に「はじめに」の項があり、その章での学習内容の概要が記されているので、より学習が進めやすい構成になっています。
プロローグ
――学習を始めるにあたって――
21世紀が「観光の時代」と言われてすでに久しい.国連世界観光機関(World Tourism Organization: UNWTO)によると世界全体の国際観光客到着数は2018年に14億人を超え,2030年には18億人に達すると予測されている.今後もさらなる成長が見込まれている.中でもアジアの成長率は高く,世界全体を牽引している.日本においても2019年には訪日外国人旅行者数が3188万人(JNTO推計値)となり,その勢いは止まっていない,一方で今世紀初頭にはアメリカ同時多発テロや新型肺炎SARSの流行,リーマンショックがあり,日本人の海外出国数は大きく落ち込んだ.観光は戦争や災害・厄災に極めて脆弱であり,平和や安心・安全の上に成り立っていることがわかる.
観光産業を経済的な側面で見ると,間接的な経済波及効果が高い産業であることがわかる.例えば旅行でホテルに宿泊すると宿泊料やレストランでの食事代だけでなく,シーツなどのリネンサプライや食器の購入など幅広い産業に影響を与える.また,雇用という観点から考えると世界では10人に1人が観光に関係する雇用(WTTC世界旅行ツーリズム協議会「世界における経済的影響と課題2018」より)となっている.特に先進的な産業が少ない国・地域では観光による雇用はとても重要となる.日本でも有名な観光地の多い地域では観光産業への就職人気は高い.
皆さんがこれから学ぶ観光学は学際的な学問とも言われ,社会学や経済学など他の学問領域と組み合わさって観光社会学や観光経済学という新しい学問分野を創り出している.「観光」を研究手段の1つとして様々な学問で取り入れる動きもある.また,産業においても観光は幅広く関わることから,現在では,従来の観光関連の企業だけでなく,今まで観光にあまり関心のなかった産業が観光業に進出している.地域においても人口減少を観光を核にした交流人口の増加でカバーしようという動きが見られ,まさに国・地域を挙げて観光の発展に取り組んでいる.
本書の構成は,大きく「観光の基礎」,「観光と経営」,「観光と社会」の3部にわかれている.第I部の「観光の基礎」では,観光の意義と定義,観光を構成する要素観光学とは何かを概観する.また観光の歴史や観光がホスピタリティ産業と言われる意味を学ぶ第Ⅱ部の「観光と経営」では,旅行,宿泊,交通,観光施設など幅広い観光産業について解説する.各産業の関連性についても考えてみてほしい.第II部の「観光と社会」では,観光と社会や文化,観光と民間信仰の関係,地域との係わりの深いニューツーリズム,観光政策について触れている.本書は,観光学に初めて接する学生や社会人を対象に書かれている.特に日本に来て観光を学ぶ留学生にも分かりやすいよう,なるべく平易な言葉で日本の観光の全体像がつかめるようにしている.日本で学んだことをそれぞれの国・地域に持ち帰り,社会のために役立ててほしい,観光を学ぶことは,他の国・地域を理解することでもあり,今日の世界においてとても大切なことだ.
学習するにあたって大切なことがある.それはただ漠然と読むだけではなく,一歩進んだ視点を持つということだ.自分たちの国や地域でこの場で学んだことをどう活用できるか,就職した観光産業・団体でどう活かすことができるか,自分が旅行した先で何を見るべきかという視点を持って学んで欲しい.そうすれば,皆さんにとって「新しい観光」が見えてくるだろう.そのために各章の最後に「考えてみよう」という項目を置いた.いずれにしても観光は楽しい.率先して旅行に出かけ,まず楽しもうという気持ちを持って積極的に取り組んでもらいたい.
2020年1月
中村忠司
目次
プロローグ ――学習を始めるにあたって――
Ⅰ 観光の基礎
第1章 観光とは何か
はじめに
1. 観光の意義と定義
2. 観光を構成する要素
3. 観光学
おわりに
第2章 観光の歴史
はじめに
1. 日本の観光の歴史
2. 世界の観光の歴史
おわりに
第3章 観光とサービス
はじめに
1. サービスとは
2. 観光におけるサービス
3. CS(顧客満足)
おわりに
Ⅱ 観光と経営
第4章 旅行事業
はじめに
1. 旅行業とは
2. 旅行業の登録
3. 旅行業務とは
4. 旅行業の仕事内容
5. 旅行会社の存在意義と課題
おわりに
第5章 宿泊事業
はじめに
1. 宿泊事業の分類
2. ホテル
3. 旅館
4. 様々な宿泊施設
おわりに
第6章 觀光交通事業
はじめに
1. 観光交通サービスとその分類
2. 観光交通事業
3. 観光交通事業者としての施策例
おわりに
第7章 航空事業
はじめに
1. 航空の歴史
2. エアライン・ビジネス
3. 現代の航空業界
おわりに
第8章 観光施設事業
はじめに
1. 観光施設とは
2. 様々な観光施設
3. 観光対象の多様化
おわりに
Ⅲ 観光と社会
第9章 観光と文化
はじめに
1. 観光と文化
2. 文化を観光する
3. 観光文化への視点
おわりに
第10章 観光と民間信仰
はじめに
1. 熊野参詣
2. お伊勢参り
3. 民間信仰の研究と観光
おわりに
第11章 ニューツーリズム
はじめに
1. ニューツーリズム誕生の経緯
2. 様々なニューツーリズム
おわりに
第12章 観光と政策
はじめに
1. 観光政策の基本的な理解
2. 世界における観光政策の展開
3. 日本における観光政策の展開
4. 観光振興と地方創生
おわりに
資料
1. 観光の歴史年表
2. 日本人出国者数と訪日外国人旅行者数の推移
索引
観光学ガイドブック―新しい知的領野への旅立ち
観光学について学びを深める
他の学問とも関わりが深く、範囲が広い観光学ですが、本書では各項目ごとに執筆者が異なるため、それぞれの領域の専門家の解説を読むことができます。また、各項目の終わりには「読書案内」として関連する本が記載されているので、一層学びを深めることができます。初学者から学習中の方まで様々な方におすすめです。
はしがき
現代社会において、観光(ツーリズム)が注目されている。観光とは、日常とは違う何かを求め、日常生活圏の外へ移動して消費を行う現象である。そのため、グローバル化が進展する資本主義社会のなかで、特定の場所を差異化し、消費の場所として発展させるために、観光は重要な現象と考えられているのである。日本においても、2003年に観光立国を宣言して外国人の訪日観光客増加を目指すようになり、2007年には観光立国推進基本法を制定し、2008年には観光庁も設立されている。また、多くの地方自治体も、観光まちづくりなどをキーワードに観光による地域活性化を志向している。こうしたことが、世界規模で、国、地方自治体といったさまざまなスケールにおいて、さらに都市部であろうと農村部であろうとあらゆる場所において起きているのである。まさに現代は観光の時代なのである。
こうした社会的状況に対応して、日本の大学における観光関連学部学科の新設も続いており、国立大学でも観光学部が設置され、大学院の博士課程も設立されている。ただし、大学における観光への注目は、社会的要請によるものだけでなく、学術的な関心にも基づくものである。とくに、英語圏を中心とする人文・社会科学では、おおよそ 1990年代に入ってから、資本主義社会を象徴する現象として観光が注目を集め、文化や空間に焦点をあてた視座からその考察が行われてきた。まさに、観光研究は人文・社会科学における新しい最先端の知的領野となっているのであり、日本においても学術的な観光学を確立しその研究内容を深めるべく、2012年2月には観光学術学会が設立され、厳格な査読制度に基づく学術誌『観光学評論』が発行されている。
以上のような、大学における観光系の学部学科設置や学問としての議論の深化から、近年では観光に関する多くの教科書が出版され、また重要な学術的視座を提起するものも増えてきた。しかしながら、日本の大学における現在の観光教育がいまだに直接的な仕事との結びつきを重視する実学志向が強い傾向にあることや、学術的な検討も既存の特定の 問領域に限定された視座によるものがほとんどであるために、学問としての「観光学」を、包括的かつ体系的に理解できる教科書はなかなか見出すことができない。このような状況では、観光について学ぼうとする学生は、自身の関心にもとづく学習の道筋を見出すことが困難であろう。
そこで編者は、主として大学の学部学生を想定し、彼/彼女たちの学びの羅針盤となる、観光学のガイドブックを編むことにした。本書は五つの部で構成されており、まず第Ⅰ部の「観光学への招待」では、観光学の概要と観光の歴史を学び、基本的な知識を得ることができるようになっている。第Ⅱ部の「観光学の諸領域」では、観光を研究するための学問領域を把握し、観光という複雑な現象について、いかなる視点から考察しうるのかが理解できるようになっている。そして、第Ⅲ部では観光を研究する際にとくに重要となるポイントについて、第Ⅳ部では観光現象の諸相について、第Ⅴ部では観光に関わるアイテムや資源について説明している。こうした構成により、観光現象を考えるうえでの多様な視点を理解できると同時に、観光学の基礎的知識を包括的に獲得することができるようになっている。また、「読書案内」コーナーを設け、読者がそこからさらなる学びにつなげることもできるようにしているので、是非活用されたい。なお、本書は最初から順番に読むことを想定はしているが、個別に興味があるテーマがあれば目次を参考にそこから読んでもかまわない。適宜関連する他の章への案内も入れてあるので、そうした情報を参考にしながら本書の内容を自分なりに消化していただきたい。
このような本書は、観光学に関心を有する初学者に最適なものとなるばかりでなく、学部学生であれば卒業論文執筆時まで役に立つ、まさに観光について学ぶ学生の必携書になると考える。またそれは、観光に興味をもつ一般の方にとっても、有益な内容になっていると思われる。本書をガイドブックとして、観光学という新しい知的領野に旅立ち、そこで新たな発見をし、皆さんの人生がより豊かなものになることを切に希望している。
2014年4月
編者を代表して
神田孝治
目次
はしがき
第Ⅰ部 観光学への招待
1. 観光とは何か (大橋昭一)
2. 観光学はどのようなものか (大橋昭一)
3. 近代的観光の発展 (大橋昭一)
4. ポストモダン社会と観光 (大橋昭一)
第Ⅱ部 観光学の諸領域
1. 人類学の視点 (橋本和也)
2. 社会学の視点 (遠藤英樹)
3. 地理学の視点 (神田孝治)
4. 民俗学の視点 (川森博司)
5. 歴史学の視点 (千住一)
6. 心理学の視点 (藤原武弘)
7. 情報学の視点 (井出明)
8. 教育学の視点 (寺本潔)
9. 経営学の視点 (竹林浩志)
10. 経済学の視点 (麻生憲一)
11. 政治学の視点 (高媛)
12. 政策学の視点 (砂本文彦)
第Ⅲ部 観光学のポイント
1. 観光客のまなざし (神田孝治)
2. 真正性 (高岡文章)
3. 伝統の創造 (須藤廣)
4. ディズニーランド化 (山口誠)
5. メディア (遠藤英樹)
6. 観光経験 (橋本和也)
7. パフォーマンス (森正人)
8. ホスピタリティ (堀野正人)
9. 遊び (遠藤英樹)
10. ジェンダー (吉田道代)
11. ポストコロニアリズム (藤巻正己)
12. 観光まちづくり (堀野正人)
第Ⅳ部 観光の諸相
1. エコツーリズム (須永和博)
2. グリーンツーリズム (寺岡伸悟)
3. フィルムツーリズム (中谷哲弥)
4. アニメツーリズム (岡本 健)
5. アートツーリズム (濱田琢司)
6. アーバンツーリズム (堀野正人)
7. 宗教ツーリズム (山中弘)
8. ヘリテージツーリズム (森 正人)
9. エスニックツーリズム (鈴木涼太郎)
10. スポーツツーリズム (山口泰雄)
11. ダークツーリズム (井出明)
12. ボランティアツーリズム (大橋昭一)
第V部 観光のアイテム・資源
1. 鉄道 (寺岡伸悟)
2. 自動車 (近森高明)
3. みやげもの (橋本和也)
4. 写真 (近森高明)
5. ガイドブック (山口誠)
6. 紀行文 (橘セツ)
7. インターネット (岡本健)
8. 風景 (大城直樹)
9. 聖地 (山中弘)
10. リゾート (砂本文彦)
11. 国立公園 (西田正憲)
12. 世界遺産 (才津祐美子)
参考文献
あとがき
人名索引
事項索引
*本文中の(→●・▲)は、「第●部第▲章参照」を意味する。
観光文化学
観光文化学を学ぶ
本書は、観光学の中でも「文化学」に焦点を当てたテキストです。本書の特徴として、「観光文化学演習」というコーナーが挙げられます。これは、著者の生徒が執筆したコーナーで、実際のデータを使って解説されているので、より実践的な力を身につけることができます。
まえがき
本書は1996年に刊行された『観光人類学』をバージョンアップしたものである。この10年間ばかりのあいだに『観光人類学』はさまざまな大学の講義などで用いられ,10刷まで版を重ねてきたが,世界の観光客数もトレンドもいまや大きく変化してきている。また,日本における観光の研究や教育も10年前に比べ,はるかに広がってきた。そのような時代の変化に応えるために『観光人類学』を大幅に改訂し,新しい角度から観光を捉えることができるテキストとして本書を出版することになった。
改訂にあたっては,タイトルを『観光文化学」と改めた。観光文化学とは聞き慣れない言葉かもしれないが,文化をキーワードに観光を研究する分野だとご理解いただきたい。また,既存の章や「みどころ」はアップデートあるいは全面改訂し,新しいトピックを扱う章やみどころを追加した。また,旧版の章末に設けていた「練習問題」を廃止し,学生たちに執筆してもらった「観光文化学演習」というコーナーを設けた。こうしたしかけを通して,より充実したテキストになったと信じる。
改訂版の出版にあたっては,新曜社編集部の小林みのりさんにお世話になった。彼女の熱心な取り組みがあってこそ本書は誕生できた。この場を借りて厚くお礼申しあげる。最後に,本書が旧版同様多くの人びとに活用されることを望んで,このまえがきを閉じたい。
2007年11月
山下晋司
目次
観光文化学
まえがき
Ⅰ 観光というテーマ
1章 観光文化学案内 山下晋司
2章 観光の誕生 吉見俊哉
3章 観光のまなざしと人類学のまなざし 葛野浩昭
【観光文化学演習ⅰ】
数字で見る世界の観光, 日本の観光
糸賀千春・岩崎洋子・川崎真理
小松佑介・宮崎美貴絵+葛野浩昭
Ⅱ 観光を作り出すしかけ
4章 情報資本主義と近代観光 落合一泰
―「アラウンド・ザ・ワールド」から「エキゾチック・ジャパン」へ
●みどころ1 絵はがきと観光 佐藤健二
5章 メディアと観光 山中速人・長谷川司
―「太平洋の楽園」ハワイと「南国」宮崎におけるイメージの構築
●みどころ2 観光写真学 山下晋司
6章 観光は持続可能か
リゾート開発から常在観光へ 玉置泰明
7章 観光化される毛沢東 韓敏
—中国観光を作り出すしかけ
●みどころ3 観光商品のつくり方 鈴木涼太郎
8章 オーロラ,サンタクロース、サーミ人 葛野浩昭
―北欧のエスニックツーリズムと先住民族の自己表象
【観光文化学演習ⅱ】 パンフレットに見える〈贅沢〉
古賀明子・高橋浩子・水野史織・無藤知美
土子由香理・野口綾子・樋口麻里+葛野浩昭
【観光文化学演習ⅲ】 アジアからの観光客 陳黎明・田中孝枝
ビジット・ジャパン・キャンペーンのなかで
Ⅲ 観光が作り出す文化
9章 〈楽園〉の創造 山下晋司
―バリにおける観光と伝統の再構築
●みどころ4 文化装置としてのホテル 大橋健一
10章 観光と宗教の活性化 永渕康之
―インドネシア・バリを中心に
11章 ふるさとを演じる 川森博司
―遠野におけるノスタルジアと伝統文化の再構成
●みどころ5 グリーンツーリズム―京都府美山町 堂下恵
12章 ディズニーランドの巡礼観光 能登路雅子
―元祖テーマパークが作り出す文化
●みどころ6 食―旅は「おいしい」だけじゃない 丹治朋子
13章 イヌイト・アート 大村敬一
―「芸術=文化システム」との関係で
Ⅳ 新しい観光のトレンド
14章 ヘリテージツーリズムの光と影 三浦恵子
―世界遺産アンコールをめぐって
15章 ロングステイツーリズム 小野真由美
―第2の人生は海外で
●みどころ7 女の旅―「癒し」から「追っかけ」まで 島村麻里
16章 メディカルツーリズム 豊田三佳
―シンガポールとタイの事例から
●みどころ8 福祉と観光―高齢者・障害者の旅 安藤直子
17章 エコツーリズムのアイロニー 山下晋司
―マレーシア・サバの森と海から
●みどころ9 エコツーリズム―西表島 海津ゆりえ
18章 アフリカに森の学校を 山極寿一
―自然保護と地域振興のはざまにあるエコツーリズム
【観光文化学演習ⅳ】 母親が母親でなくなる日?―シニア女性の旅行
荒井久実・神谷文乃・増田麻衣
稲村香織+葛野浩昭
現代観光学 (ワードマップ)
現代の観光学を学ぶ
本書は、現代の観光に焦点を当てて解説された一冊です。ですが、現代の観光を学ぶ上で大切になる観光の歴史についても第1部で記されているので、観光の歴史について通して学ぶこともできます。また、本文のすぐ下には語注もついていて専門用語の解説がされているので、初学者の方にもおすすめです。
はじめに
現代において、社会のあり方は大きく変容しつつある。石田英敬によれば、現代社会は、1「ポスト・グーテンベルグ」状況、2「ポスト・モダン」状況、3「ポスト・ナショナル」状況、4「ポスト・ヒューマン」状況という、四つの「ポスト状況」に特徴づけられるようになっているとされる。私はこれらに、5「ポスト・フォーディズム」状況を加えたいと考えている。以下、もう少し詳しく、五つの「ポスト状況」とはどのようなものかを見ていくことにしよう。
①「ポスト・グーテンベルグ」状況
マーシャル・マクルーハンが述べるように、二十世紀は、活字印刷技術を主体とする「活字メディア圏」から、電信・ラジオ・映画・テレビを主体とする「電気メディア圏」へと移行した時代であったが、現代のメディア状況はさらに先へと進み、コンピュータやスマートフォンを主体とする「デジタル・メディア圏」へと突入している。「ポスト・グーテンベルグ」状況は、インターネットのウェブで相互に結びついた「デジタル・メディア圏」において情報・知・イメージが世界中のいたるところへと移動し、無限に情報・知・イメージを複製させていく「シミュレーションの時代」を意味する。
②「ポスト・モダン」状況
近代が成立して以降、私たちは、人間が文明を手に入れることで次第に進歩し、技術を通じて自然を克服し、生活を豊かにし、理性的に成熟していくようになるのだと信じてきた。しかしながら、ジャン・フランソワ・リオタールが主張するように、文明・進歩・理性などを普遍的な価値として正当化し、人びとの生を同一の枠組みにくくる価値観である「大きな物語」がいま機能不全を起こし、各人は、多種多様な、拡散し分裂した価値観、すなわち「小さな物語」を生きるようになった。そうした「ポスト・モダン」状況のもとで、「高級文化と大衆文化等の区分」「リアルなものとコピーの区分」も消失しつつある。
③「ポスト・ナショナル」状況
エリック・ホブズボウムが「伝統の創造」の議論において示唆したように、近代的な世界システムは、ヨーロッパにおいて創出された「国民国家」を単位に形成されたものであった。「国民国家」を前提に、社会制度、法体系、言語もまた整備されていったのである。しかし現在、こうしたナショナルで「国民国家」的な枠組みを自明視することはできなくなっている。このことを端的に表しているのが、近年のEUをめぐる動向であろう。EUでは単一通貨であるユーロの導入や関税障壁の撤廃などを盛り込んだ経済統合、外交・安全保障政策などの政治統合にとどまらず、国境管理も廃止されているが、それを利用するかたちで多くの難民がEU圏へとおしよせるようになっており、これを受けて近年では、イギリスがEU離脱を表明している。このよう。にEUをめぐる動きからは、「国民国家」の枠組みが揺らいでいることを明瞭に見てとることができよう。
④「ポスト・ヒューマン」状況
ブルーノ・ラトゥールが主張するように、近代においてモノ(あるいは自然)は、ヒト(あるいは社会)から切り離されて、ヒトが働きかける単なる対象=客体とされてきた。しかし現在、そうした「ヒトとモノの区別」そのものが融解するような状況が生まれつつある。これについては、近年、金融業界で展開されている「フィンテック」のことを考えてみてもよいかもしれない。「フィンテック」とは金融(finance)と技術(technology)を組み合わせた造語で、ビッグデータ、人工知能(AI)などの最新技術を駆使しながら行われる資産運用、貸付け、決済など幅広い業務を担う金融サービスを言う。これは、テクノロジー(モノ)がヒトと融合することで、金融における業務を行うというものである。それにより個人や新興金融企業も従来の大手金融機関によって独占されていた業務を遂行することが可能となり、ヒトとモノが融合する「フィンテック」は、金融秩序や社会構造を変えつつある。
⑤「ポスト・フォーディズム」状況
近代以降、重化学工業が発展するとともに、規格化され標準化された製品を大量に生産する生産様式が主流となった。このような生産様式は、かつてのフォード自動車会社に典型的に見られたことから「フォーディズム」と呼ばれている。だが消費社会が成熟していくとともに、消費者のさまざまな欲望にこたえられるよう多品種少量生産を効率的に行える生産様式が、「フォーディズム」に代わって求められるようになった。それは次第に、ホスピタリティ産業などの第三次産業にも拡がっていき、「ポスト・フォーディズム」状況を生じさせた。この状況においては、フレキシブルな雇用制度のもと多くの非正規労働者が雇用されることが多く、不安定な生活を余儀なくされ、貧困へと追いやられる場合も少なくない。
現代は、以上のような五つの「ポスト状況」がグローバルなかたちで相互に深く影響を及ぼし合っている時代なのである。「ポスト・グーテンベルグ」状況における情報・イメージのフロー、「ポスト・モダン」状況における知・価値観・文化のフロー、「ポスト・ナショナル」状況における人のフロー、「ポスト・ヒューマン」状況における機械・技術のフロー、「ポスト・フォーディズム」状況における資本と労働のフロー―このような人、モノ、資本、情報、知、技術などのフローが絶えず生じ、奔流のように合流しながらも、ぶつかり合い、いま、グローバルなモビリティの風景(スケープ)とも呼ぶべきものを現出させ、それが社会のかたちを大きく変えているのだ。その際、モビリティの風景(スケープ)を構成するものとして、観光は重要な位置をしめている。
観光というモビリティ(ツーリズム・モビリティ)は、数億人もの観光客を移動させるだけではなく、彼らを迎え入れるために、ホスピタリティ産業に従事する労働者を世界各地から集め、移動させる。こうした人の移動は、彼らが手にする荷物などのモノの移動を伴う。また観光は一大産業として、巨額の資本を移動させ、観光地をめぐるさまざまなイメージや情報も移動させていくことになる。この点で観光は、現代社会のすがたが先鋭に現れるフィールドとなっているのだ。
これまで「“社会なるもの”は存在する」ということについては自明視され、前提とされてきた。イマニュエル・ウォーラースティンが言うように、既存の人文・社会科学は、社会の「存在」(presence:現前性)について無批判的であり過ぎたのである。もちろん、このように述べるからといって、イギリスの元首相マーガレット・サッチャーによる「社会などというものは存在しない(あるのは個人だけだ)」という発言に与するつもりはない。だが他方、「社会」という概念が有するコノテーション(意味内容)が大きく揺れ動き、問い直しを迫られ始めているのも事実である。「社会」が内包するもの、すなわち「社会のコノテーション」が、いまやグローバルに展開される「モビリティ」にうながされ、新しいダイナミックな胎動を見せ始めているのである。
そのことが観光という現象をみることで、五つの「ポスト状況」をふまえつつ明瞭に浮かび上がってくるのではないか。これについてディーン・マキァーネルは、「ツーリスティック・ソサイエティ」(Touristic Society : 観光的な社会)という言葉を用いている。現代社会は、観光というモビリティからはじめて、そのすがたがあらわになる「ツーリスティック・ソサイエティ」であるといえよう。既存の学問は観光現象を軽率なもの、真剣に取り扱うべきでないものとして充分に研究を蓄積してこなかったが、観光という視点から現代社会を読み解いていくことをうながす「現代観光学」は、人文・社会科学のあり方をラディカルに問い直し、さらに尖鋭化させていく役割をになっているのだ。
なお本書は、四部から構成されている。「Ⅰ部 観光の歴史と観光学」においては、「観光学とは何か」からはじまり、資本主義社会成立以降の観光の歴史を概観している。次に「Ⅱ部 観光学の視点」では、「観光経験」という観光者「個人」にかかわるミクロな視点から、「伝統の創造」「ポストコロニアリズム」という社会全体にかかわるマクロな視点まで、現代観光の特徴を分析する際に有効な「理論的な視点」を提示している。「Ⅲ部 観光学のテーマ」では、「オルタナティヴ・ツーリズム」「宗教ツーリズム」「スポーツ観光」をはじめ現代観光学が考察対象とするテーマをいくつか挙げ、そこから何がみえてくるのかを論述している。最後に「Ⅳ部 観光学のフィールド」では、観光社会学、観光人類学、観光地理学を中心に、それらのフィールド・リサーチの成果を概観している。
以上四部の内容を通して、読者のみなさんにはぜひとも「現代観光学」の楽しさにふれていただき、そこからあらわになる現代社会のあり方について思いを巡らせてもらいたいと願っている。では、いよいよ、「ワードマップ」という地図をもって「現代観光学」の旅に出かけよう。
(遠藤)
目次
はじめに
Ⅰ部 観光の歴史と観光学
観光とは何か オルタナティヴの試みをのみ込む大衆観光
観光の近代 資本主義社会における時間/空間の特徴とマス・ツーリズム
現代における観光とポストモダン 流動化する社会における新たなる展開
ポストモダン以降の観光 シンクロする「現実」と「虚構」
観光学の特徴 動的な最先端の知的議論の場
●コラム ジェンダーとツーリズム
Ⅱ部 観光学の視点
観光者の観光経験 「真正性」の議論を超えて「真摯な」交流へ
観光客のまなざし 観光学における基本かつ最前線の視座
真正性 めくるめく「本物」の不思議
シミュレーション ディズニーランドに象徴される世界
メディア 「型通り」のパフォーマンスの快楽
文化産業 欲望の四次元化
パフォーマンス 観光における行為を解剖すると、観光の社会性が見えてくる
感情労働 ポスト・フォーディズム時代の労働
伝統の創造 その概念の多面性から高度近代社会に迫る
ポストコロニアリズム アジアのホテルに埋め込まれた植民地主義の歴史
マテリアリティ マテリアリティとは人間と事物との複雑な関係の様態である
●コラム アトラクション = サイト×マーカー
Ⅲ部 観光学のテーマ
オルタナティヴ・ツーリズムの現在 地域のためになる観光を実現するには
先住民族 先住民族アイヌの文化伝承と観光
宗教ツーリズム 「神聖・真正性」を獲得する過程に注目
スポーツ観光 パフォーマー・観光者と「真正化」
ダーク・ツーリズム 他者と共生する技法
ガイドとナビ 観光のアフォーダンスとは
鉄道 移動経験と観光はどのように関わってきたか
ホスピタリティ 一義的に捉えられない複雑な概念
●コラム 観光研究におけるスポーツとオリンピック
Ⅳ部 観光学のフィールド
観光社会学の現場から1 奈良・観光と地方再生
観光社会学の現場から2 リヴァプールにおける「ミュージック・ツーリズム」
観光人類学の現場から1 人・アート・コト・地域
観光人類学の現場から2 タイにおけるコミュニティ・ベースド・ツーリズム
観光地理学の現場から1 四国遍路
観光地理学の現場から2 与論島観光の調査における多様な発見・解釈の創造
●コラム 再帰的な「ゆるキャラ」の登場
おわりに――媒介する世界市民へ
現代観光学のためのブックガイド
事項索引
人名索引
装幀――加藤光太郎