日本人のためのイスラエル入門 (ちくま新書)

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日本とイスラエルの関係を知るための入門書

本書は、パレスチナ問題にも触れながら、日本とイスラエルの対比と関係性が具体的に詳しく書かれています。イスラエルに関しては謎が多く、ミステリアスな印象を抱く人が多いかもしれないが、本書を通してイスラエルと日本の現状について初歩から学ぶことができる。

大隅 洋 (著)
出版社 : 筑摩書房 (2020/3/6)、出典:出版社HP

 

目次

はじめに
「わが世の春」/本書の構成

序章 イスラエルに関心を持つべき五つの理由
1岐路に立つ日本
革新のきっかけ
2イスラエルに関心を持つべき五つの理由
①高い出生率と家庭中心の社会/②伝統を中心として回る社会/③「常識」を打破する精神/④市民社会と軍隊との関係/⑤徹底した安全保障意識と自存自衛の精神

第一章 イノベーションの起きる国――躍進の起源とそのわけ
1イスラエルの現在
海に開かれた世俗の町テルアビブ/分水嶺の頂きに立つ宗教都市エルサレム/三宗教の聖地が折り重なる旧市街/乾いた風景と美味しい野菜/インフォーマルでフラットな社会/交通渋滞/物価は日本の二・五倍/パレスチナ人労働者からアジア人の出稼ぎ労働者へ
2「人に歴史あり」
ゼロから作り上げた歴史/リロン一家の歴史/ビサン一家の歴史/様々なストーリー集団的記憶の通奏低音
3社会主義共同体からアメリカ型資本主義へ
防衛費が対GDP三五%!/一人当たりGDPで日本を超えた!
4「スタートアップ・ネーション」
イスラエル企業の成功/世界的競争力を誇るサイバー防衛分野

第二章 イスラエルの強さの秘密
1国防軍―イスラエルそのもの
イスラエル国防軍の四つの機能/①社会のるつぼとしての機能/②社会人教育施設としての機能/③職業訓練学校としての機能/④同窓会の機能/軍と市民社会
2イスラエルをイスラエルたらしめる文化的特質
英国はなぜ資本主義で先鞭をつけられたのか?/起業家とイノベーションを支える四つの文化的特質/①高いリスクを許容し取っていく精神(ハイ・リスク・テーカー)/②階層のない社会(ノー・ヒエラルキー)/議論を尽くす文化/③失礼千万(イムポライト)/④短気(イムペイシャント)/「非順応」という態度の決定的重要性/「理論的な議論」を培った宗教的伝統/「二○○○年の比較優位」の消失

第三章 イスラエルが抱えるリスクとは?
1順境を享受する社会
この国は、しばらく「買い」
2人口構成上のリスク
アラブ系の人口比率は増加しない/現代イスラエルの建国を認めなかったユダヤ教超正統派/超正統派の伸長勢力はイスラエルをどこに導くのか
3中東的素性の顕現というリスク
ヨーロッパとも少し違うイスラエル/「法の支配」/司法積極主義の功罪
4「平和」のリスク
「生存の危機」の時代は終わった/一方でまだ平和は近くなったとは言えない/イラン神政体制との戦い/ロシア、アメリカとの関係/最大の悪夢/ヨルダン川西岸地区及びガザ地区のどうしようもない状況/「平和」の二次的な価値/フラットな社会は歴史の蓄積に耐えられるか?

第四章 イスラエルとのビジネス協力――壁を突破するために
1イスラエルの強み
「非順応」「議論」というユダヤ文化の伝統/注目が集まったイスラエルの技術/イスラエルの技術開発レベルはどのくらい高いのか/シリコンバレーとは何が違うのか?
2日本企業のイスラエル進出
日本企業にとってなぜイスラエルか?/日本企業進出の現状/研究開発の拠点の設置
3成功への課題
シリコンバレーでの失敗/日本企業が抱える課題/「やってみなはれ」の精神/いくつかの成功例、興味深い例/日本企業とイスラエル企業の真の協業

第五章 高まるイスラエルの政治的存在感
1中東の混迷
揺れ動くアイデンティティ/オスマン・トルコ帝国の崩壊とイスラミズムの勃興/民主主義とイラクの分裂
2存在感を増すイスラエル
米国の中東からの退出/米国の福音派との戦術的パートナーシップ/イスラエルのアウトリーチ
3アラブ・ボイコット
アラブ・ボイコットの形骸化/「BDS(ボイコット・投資撤退・制裁)運動」

第六章 日本の役割
1日本と中東和平
評価されている日本のパレスチナ支援/日本の姿勢とパレスチナへの期待/イスラエル側の事情
2イスラエルと米国及び中国との関係
難はあるものの底流は変わらない米・イスラエル関係/トランプ大統領とユダヤ系米国人/イスラエルに寄付するユダヤ人/米国の建国物語と重なるイスラエルの物語/中国の進出により問題となったインフラ投資/王岐山国家副主席の訪問/米国によるイスラエルへの懸念表明/技術強国イスラエルの選択
3日本とイスラエルの二国間協力
政治・安全保障の新機軸/深堀りすべき科学技術協力/端緒がついたばかりの大学間交流/若者は嗅覚を研ぎ澄ます/最も有名な日本人、杉原千畝/武道とアニメで日本を知る/日本旅行の人気はうなぎのぼり

終章 イスラエルを通して振り返る日本
1イスラエルからの視点
「ニホンジンは歴史と伝統へもう少し敬意を払ったらどうですか」/欧米とは違う日本を見る視線
2調和と停滞
自然に帰依し調和する多神教の伝統が遺った日本文明/大陸から隔絶されたがゆえに続いた日本/日本は職人と達人の国/カール・マルクスとスタートアップ/停滞と硬直化から抜け出すのに苦しむ日本/混沌として見えるアメリカの歴史は断続的に変革、調和の日本の歴史は不連続に飛躍する/「生かされた自分たちの使命とは何か」
3イスラエルは日本の変革の触媒となり得る
大きな変革のとき/イスラエルという変革のための触媒

あとがき
参考文献


イスラエル周辺地図(及びガザ地区])

大隅 洋 (著)
出版社 : 筑摩書房 (2020/3/6)、出典:出版社HP

 

はじめに

「わが世の春」

ひと昔前は、イスラエルと言えば、(信徒であるか否かは別として)聖書の世界への憧憬、原始共産主義とも言える「キブッ」への共鳴、あるいは中東紛争のニュースをきっかけに興味を持つ人がほとんどであり、日本での関心は限定的だった。
しかし最近は、イノベーション大国へのビジネス的関心や、スタートアップ文化の魅惑など、興味の対象、そして興味を持つ階層や世代も変化するとともに、裾野も広まってきている。日本からのビジネス関係者の訪問は著しく増えてきており、ときどき私がイスラエルにて勤務していたことに会話のなりゆきで触れると、「一度行ってみたいんですよ」という反応が返ってくることが少なくない。
二〇一七年七月からの約二年間、私はイスラエルのテルアビブにある日本大使館の公使(及び経済担当)として勤務した。そこで見たイスラエルは、「わが世の春」を謳歌していた。混迷するアラブ諸国とは対照的に、この一世紀超にわたりゼロから自分たちで作り上げた経済・社会は、大地に力強く根を張っている。「スタートアップ・ネーション」として頭角を現し、小国ながらも最先端技術の大国としての地位を確立してきている。
建国からわずか七〇年あまりの現代イスラエルの海岸沿いには新しいビルが立ち並び、テルアビブ勤務はさしずめシリコンバレー出張所勤務の感もある。米国の中東からの退潮、イスラム教内での宗派間対立もあり、イスラエルと関係を持つとアラブ諸国から経済ボイコットを受けていた時代とは様変わりした。経済的、そして地域及び国際政治的にもイスラエルは重要な国になってきている。
日本は、令和という新しい時代への希望と、ラグビー・ワールドカップ開催の成功を背に東京オリンピック・パラリンピックへの期待に包まれている。その一方で、少子化、経済・社会の大きな変革期の不安感、地域・国際情勢の成功経験の無効化の危機に遭遇している。また、新型感染症の影響も影を投げかけている。
少子化は国の雰囲気を暗くギスギスさせている。日本経済の屋台骨と言われる自動車産業は一○○年に一度の変革の時期を迎え将来が不透明な一方、デジタル化、AI、グローバル化に日本は大きな比較優位を持っていない。また、冷戦後のアメリカ「帝国」の幻想はイラク戦争を境に逆旋回し、全体主義的位相をますますはっきりさせてきている中国が興隆する一方で、今や自由民主主義諸国は守勢に回っているという批評が多くなされている。
このような状況にある日本の視点からイスラエルを見ると、1高い出生率と家庭中心の社会、2伝統を大切にしてそれを中心として回る社会、3「常識」を打破する精神がもたらすイノベーション、4市民社会と軍隊との関係、5徹底した安全保障意識と自存自衛の精神など、参考にできることがある国であり社会であると思う。
そして、日本がイスラエルと付き合う必要性はこれまでになく増している。もちろん歴史や背景も違うので、単純に移植できるものはほとんどない。しかし、現代の我々の考えるヒント、行動するヒントとして、イスラエルが提示してくれるものは色々ある。
本稿は、そのような考えから、私がイスラエルを自分の目で見て肌で(違和感を)感じたことからスタートして考え、そして日本に帰ってきてからその考えを反芻し、まとめたものである。

本書の構成

序章では、本書を通観するテーマとして、現代日本がイスラエルを参考にすべき理由についてもう少し敷衍してみた。
第一章は、イスラエル社会の現在について点描しつつ、イスラエルが実際はどんな国でその市民はどんな社会に生きているか、そして「スタートアップ・ネーション」と呼ばれるまでの道のりについて記した。

大隅 洋 (著)
出版社 : 筑摩書房 (2020/3/6)、出典:出版社HP