モビリティー革命2030 自動車産業の破壊と創造

MaaS、CASE、現代のモビリティーのイノベーションを知る5冊を確認する

はじめに

「汽車のように早く、そして馬のようにどこへでも走れる乗り物が欲しい」。自動車王ヘンリー・フォードは1908年に量産大衆車「T型フォード」を世に送り出し、「自動車革命」を起こした。世界中でガソリン車が走り出し、フォードの夢であった「誰でも乗れる安全で安価な自動車」が現実のものとなった。そして自動車産業は、世界レベルでの旺盛な経済成長と潤沢な石油資源を背景とした大量生産・大量販売社会において、世界経済における基幹産業にまで発展した。また、革命により自由な移動を手に入れた人の生活様式は大きく変貌を遂げ、私達はクルマの所有を前提とした社会で様々な機能価値・情緒的価値を享受してきた。

最初の自動車革命から1世紀が経った今日、著しい環境変化は否が応でも自動車産業を前へと進ませる。米Tesla社が2008年に同社初の電気自動車(EV)を生産してからわずか数年で米国はもちろんのこと、日本や欧州、中国、豪州と販売拠点を拡大し続けている。また、米Google社はセルフドライビングカー(自動運転車)を開発し、米GM社やトヨタ自動車が配車サービス企業と戦略提携をした。最初の自動車革命を起こしたフォードは、この社会を想像できたであろうか。

そして、近未来に自動車産業は新たな局面を迎える。いま既に起きている三つのドライバーによって、クルマの役割、使われ方、利用者が全て変わるのだ。一つ目は環境問題への対応策として「パワートレーンの多様化」がさらに進むこと、二つ目は先端技術の進展により「クルマが知能化」すること、そして三つ目はサービスに対するニーズや価値観の変化に伴い、消費者にとって「シェアリングサービス」が日常風景となることである。これらの要素が複雑に絡み合い、これまで「人の移動・物の輸送」が主な目的とされてきたクルマの位置づけが大きく変貌を遂げる(図1)。

先進国や新興国の都市部における富裕層の増加により、街乗りが目的の量販車/小型車から、プレミアムカーやスポーツカーがもてはやされるようになった。人の欲求はとどまることを知らず、プレミアムを手にした消費者は今後、他人とは異なるオリジナリティーや「個」を実現することを求めるようになる。それは、「自分だけの移動空間」としてのクルマを所有し、自分だけのサービスを享受することにつながっていくだろう。

さらに電動化・コネクテッド技術(つながるクルマの技術)の浸透から、クルマは自宅のエネルギー管理や非常用電源と言った機能を備えるようにもなる。クルマが新技術により知能化すると、地域インフラの一部として機能するようになり、都市のエネルギー最適化に貢献する。クルマそのものが知能となり街中に分散されることから、地域パトロールの役割も担うことになる。

こうした技術の進展に伴い、消費者がクルマを「所有」することから「利用」することにシフトしていく。運転が困難な高齢者や障がい者、公共交通が発達していない地域の居住者、法的に運転ができない若年層など交通弱者は、無人運転車を共同利用することにより、安全で自由な移動を実現できる。誰もが望むことをするために、いつでも、どこへでも移動することができるようになる。

そして、まだモータリゼーションが到来していない新興国においても、経済的理由からこれまでクルマを購入することができなかった層も、クルマを「利用」することによりクルマの所有者と同等の移動権を獲得できることになる。
つまり、過去1世紀にわたり確立されたシステムは完全に崩壊し、新たなエコシステムが誕生するのである。これまで私達が当たり前と思っていた環境や価値観は一新され、かつて経験したことがない社会が生まれる。

今からわずか十数年後の2030年に、「モビリティー革命」が起こるのである。そして、この兆候は既に見え始めている。

本書では、「モビリティー革命」を引き起こす三つのドライバーが自動車産業に及ぼす影響と変革のメカニズムを明らかにし、これにより起こる産業構造の変化を考察する。さらに、三つのドライバーによる自動車産業(乗用車・商用車・部品メーカーといった既存プレーヤー)における変化のシナリオを論究する。また広義の自動車産業として、流通・保険業界における変化についても検証する。

本書の執筆に際して、私達は二つの点に主眼を置いた。第1に、特定の技術や領域にとどまることなく広義の自動車産業を俯瞰し、モビリティー社会の絵姿・シナリオを描くこと。第2に、これから起こり得る変化とそのインパクトを定量的に分析すること。これにより読者の方に、来るモビリティー社会とその影響を具体的に想像し、勝ち残り策についての議論のきっかけにしていただけると考えている。なお本書は、2016年4月から7月まで日経BP社のWEBサイト「日経テクノロジーオンライン」で連載した記事に、さらに考察を加えたものである。

デロイトトーマツコンサルティング自動車セクターは2016年現在、100人強の陣容で自動車関連企業に対して全方位から20年以上にわたりコンサルティングサービスを提供している。自動車産業を取り巻く環境の変化に連動し、私達がクライアントから相談を受ける内容も近年複雑で高度なものになっており、常にグローバルレベルで将来を的確に見据えたスピーディーなアクションが求められている。私達のミッションは、広義の日本自動車産業のさらなる競争力強化のためにクライアントと共に考え抜き、戦友としていかなる壁をも共に打ち破っていくことに尽きる。

「今こそ大きなチャンスの時である。だがそれを知っている人は実に少ない」(ヘンリー・フォード)。革命は時に苦痛をもたらす。しかし、日本そして世界経済の根幹を支えてきた日系メーカー各社には「革命指導者」となり、世界の自動車産業のリーディングプレーヤーであり続けてほしい。

いま求められているのは、不可避な潮流の訪れを好機と捉え、「where to play and how to win(どこで戦い、どのようにして勝つか)」の攻めの発想である。本書がその一助となれば幸いである。

デロイト トーマツ コンサルティング (著)
日経BP (2016/10/6)、出典:出版社HP

 

目次 – 『モビリティー革命2030 ~自動車産業の破壊と創造~』

はじめに
第1章 – パワートレーンの多様化:280兆円の投資を伴う次世代車普及の意味
・ティッピングポイントの抑止に向けた本気の挑戦の始まり
・2050年にCO2排出量を90%削減、自動車メーカーも取り組みに本腰
・2050年には次世代車が100%?
・自動車移動そのものを減らす?
・押し寄せる新しい波:自動車産業は生き残れるか?

第2章 – クルマの知能化・IoT化:30%の移動を変える3%の自動運転車
・新技術の勃興
・2030年に3000兆円の価値を生み出す知能化
・IoT化
・予測・学習・自律化により到来する「クルマの知能化社会」
・インパクトがより顕著な自動運転社会
・ディスラプターが主導するクルマ産業の破壊
・自動車メーカーが直面する価値喪失・コトづくりシフトへの挑戦

第3章 – シェアリングサービスの台頭:2台に1台がシェアリングになる?
・「Uber」の衝撃
・シェアリングの普及要因、2~3割削減する移動コスト
・シェアリングの流れはここまで進む
・既存自動車ビジネスへの破壊的インパクト
・新興国発イノベーション普及の可能性
・顕在化しつつある抵抗勢力
・シェアリングエコノミーが進展した未来の自動車産業

第4章 – 既存自動車産業への影響:40兆円の付加価値シフトが起こる
・新モビリティー社会の誕生
・限界費用”ゼロ”の破壊力
・社会課題解決手段としての新モビリティー
・産業バリューチェーンの破壊と創造
・自動車業界へのインパクトを試算

第5章 – 乗用車メーカーへの影響:2030年に乗用車メーカーの利益は半減する?
・三つのドライバーによる驚愕のインパクト
・乗用車メーカーが生き残る道
・残されたもう一つの選択肢〜モビリティー・ソリューション・プロバイダー化~
・モビリティー・ソリューション・プロバイダーが提供すべきサービス
・レコメンドの最大の敵はGoogleか?
・マネタイズへの挑戦
・次世代型ビジネスモデルへの移行シナリオ
・地域を軸に好循環サイクルを作れ

第6章 – 商用車メーカーへの影響:トラック“ゼロ”時代の到来が意味するもの
・「はたらく」クルマの世界
・商用車業界のトレンド今そこにある「危」「機」
・トラック“ゼロ”時代の到来
・勝ち残りの条件:トラック“ゼロ”の本質を捉える
・未来に備えよ:作り出せルールを変える、生業を変える
・商用車産業の行きつくところクルマはもう“はたらかない”

第7章 – 日系サプライヤーの生態系変化:「ケイレツ」崩壊と部品業界存亡の危機
・モビリティー革命による構成部品の変化
・部品業界の変化を促す自動車メーカーの競争環境変化
・サプライヤーが担う戦場の変化
・勝ち残るサプライヤーの目指す方向
・日系自動車産業にとっての最悪シナリオ
・系列依存からの脱却の必要性
・技術・リソース外部調達の必要性

第8章 – 自動車販売とアフターチャネルへの影響:アフターサービス需要は3~4割減に
・顧客接点ゼロにどう立ち向かうか
・クルマもネット販売の時代に
・アフター領域で進むカーディーラー対ネットの競争
・顧客接点ゼロの将来
・書店で起こった店舗数7割減の衝撃
・自動運転+テレマティクスで修理・点検は40%減に
・将来社会における二つのビジネスモデル
・アフターチャネルの大変革に向けて

第9章 – 保険業界への影響:150兆円に拡大する自動車保險產業
・テレマティクス保険がユーザーエクスペリエンスを変える
・自動運転の登場により縮小する従来型保険市場
・「所有と利用の分離」がもたらす機能分化
・テレマティクス保険の躍進
・押し寄せるFintechの波
・保険産業が牛耳る世界

第10章 – 自動車産業への提言:自動車産業の転換が社会をさらに良くする
・これまでに論じてきた変化への外圧
・自動車ビジネスに求められる五つのパラダイムシフト
・求められるのは、緩やかな変化への構え
・自動車産業の転換により、社会はもっと良くなる
おわりに
著者紹介

デロイト トーマツ コンサルティング (著)
日経BP (2016/10/6)、出典:出版社HP