日本人が知らない漁業の大問題

日本の漁業の現状・課題についての5冊も確認する

目次 – 日本人が知らない漁業の大問題

マグロやウナギが食べられないと困るのか――序に代えて
1 漁業は誰のためのものか
市民と漁業者が対立しはじめている
都市と漁村の距離感は遠くなるばかり
流通システムのブラックボックス化が招く対立
漁業は日本固有のストロングポイント
漁業権の理念が薄らいでいる

2 「海外に活路を」は正論か
歴史的に日本漁業には国際競争力がある
輸入サケ・マスに押されてアキサケ輸出が拡大
ノルウェーサバ高騰の余波
「儲かるから輸出に回す」は危険な考え方
企業を後押しする「高木委員会」の論理
ノルウェーと日本の事情は違いすぎる

3 漁協は抵抗勢力なのか
日本の漁業における漁協の役割とは
世界が注目する漁協のシステム
「海洋行政」をめぐる大きな揺さぶり

4 養殖は救世主たりうるか
魚類養殖に過剰な期待が高まっている
養殖経営が陥らざるを得ない価格ジレンマ
養殖への企業参入は市場をかく乱してしまう
ノルウェーサーモンの模倣ができない理由
日本の養殖業はどう改革するべきか

5 複雑すぎる流通には理由がある
工業化社会と生鮮水産物の矛盾
卸売市場システムは「近代の傑作」
中抜き流通で得をするのは小売だけ
生鮮水産物流通のモラルと流儀
日本の魚はなぜこれほど安全なのか
鮮度感の重要性と専門的な流通経路

6 サーモンばかり食べるな
回転寿司でもサーモン一人勝ち
サーモンの消費拡大が意味するもの
日本の水産物の商品特性と多彩な食文化

7 ブランド化という幻想
水産物は「ブランド化」には馴染まない
定義に逆行する利己的ブランド戦略
地域特産品とブランドを同一視する間違い
養殖業でも「ブランド化」の効果はない

8 あまりに愚かな「ファストフィッシュ」
魚食文化に逆行するファストフィッシュ
長い目で見れば「魚の国のふしあわせ」に
本質を見失った水産基本計画
時短と簡便化が余計に魚を遠ざける
つまらなくなった大手スーパーの鮮魚売り場
食品スーパーが伸びている理由
卸売市場がスーパーの「問屋」になる日

9 認証制度の罠
ラベルや認証による差別化に意味はあるのか
背後にグローバルビジネスの影
トレーサビリティは早くも形骸化している

10 食育に未来はあるのか
二〇代は六〇代以上の四分の一しか食べない
間違いだらけの食育基本法
給食でハズレメニューになる理由
雑魚にこそ可能性はある――あとがきに代えて

佐野 雅昭 (著)
新潮社 (2015/3/14)、出典:出版社HP

 

マグロやウナギが食べられないと困るのか――序に代えて

大西洋クロマグロは日本の食文化か
二〇一〇年、ワシントン条約締約国会議で、大西洋クロマグロの禁輸が提案されました。激減する大西洋クロマグロの 保護を考える国やNGOが、商業的な国際取引を禁止してしまおうとしたのです。
結果的に提案は理性を欠くとして大差で否決されましたが、メディアは「マグロが食べられなくなる」「日本の食文化 を守れ」と大騒ぎしました。こうしたニュースでは、街頭インタビューで、決まって次のような声が紹介されます。 「トロが食べられないと困りますよね」 「やっぱりさびしいですよ。寿司が大好物なんで」 しかし、冷静に考えてみていただきたいのです。大西洋クロマグロが輸入されなくなって困る日本人は一体どのくらいいるのでしょう。天然の大西洋クロマグロはマグロの中でも最高級品で、食べられるのはほんの一握りのお金持ちだけです。

図1は二〇一二年度に日本国内に供給されたカッオ・マグロ類の種類別内訳です。これを見ると、クロマグロは1・2 万トンのうち2・1万トンで全体の約3%。大西洋クロマグロはクロマグロのうち約10%を占めているので全体の約1・ 2%。こうした贅沢品が禁輸になったところで、一般消費者の日常生活に何ら影響はありません。一喜一憂するほどの問 題ではないのです。

そもそも大西洋から輸入したクロマグロは「日本の食文化」を代表するような魚ではありません。
極端に高いトロなどがもてはやされるようになったのは、バブル期以降ではないでしょうか。昨今では、回転寿司のお かげで小学生ですら「中トロが好物」などと言いますが、読者の中でどれだけの人が、子供の頃に、トロなんてものを食 べたことがあったでしょうか。
世界中のウナギ資源を略奪していいのか クロマグロと同様によくメディアで取り上げられるのが、ウナギです。

二〇一三年はシラスウナギ(養殖に用いられるウナギの稚魚)の前代未聞の不漁(図2)と価格高騰、ウナギ料理屋の 相次ぐ廃業がマスコミを賑わせました。マグロの時と同じく、「ウナギが食べられなくなる!」「日本の食文化を守れ」 と大騒ぎになったのです。しかし、よく考えたらウナギもまた、もともと贅沢品の一種です。値上がりしても多くの人の 食生活にさほど影響はないはずです。

しかも、この問題については打つ手は限られているのが明白です。 幾つかの県では、川での下りウナギ(秋に海へ下り産卵場に向かう親ウナギ)の捕獲を禁止する規則が慌てて制定され ました。天然ウナギを乱獲してきた漁業がようやく規制される、という報道もありましたが、これは大きな誤解です。

農林水産省の「漁業・養殖業生産統計」によれば、二〇一三年度の天然ウナギ漁獲量は約134トン。小さめに見積も って一尾当たり250グラムとして、漁業で漁獲された天然ウナギの尾数は全部で約8万6000尾。最も獲れた一九六 一年には約3387トンが漁獲されていたので、約1354万8000尾という計算になります。

一方、養殖用の稚魚であるシラスウナギの採捕量の統計によると、一尾当たり0.2グラムとして、二〇一三年度で約 5トン=2500万尾、過去最も獲れた一九六三年では約232トン=10億尾を超えていたはずです。漁業で漁獲されて きたウナギと養殖用のシラスウナギの尾数は二桁も違います。どちらが資源量に影響が大きいかは一目瞭然でしょう。

佐野 雅昭 (著)
新潮社 (2015/3/14)、出典:出版社HP