マラソンは毎日走っても完走できない

ランニング・マラソンを始めるための入門5冊も確認する。

はじめに

ここに一枚のメモがあります。少し色あせた紙には、Qちゃん(高橋尚子)が2000年のシドニーオリンピックで金メダルを獲ったときの、レース直前の練習メニューが書かれています。
実は今まで、僕がこうした練習メニューを公開することはほとんどありませんでした。その理由は、やはり真似をされると困るのと、ほかの選手が同じことをやっても、必ずしも強くなれるとは限らないからです。でも以前、これを一人の市民ランナーに教えたことがあります。シドニーオリンピックから帰ってきた数日後、僕の地元の千葉県佐倉市にある中華料理屋さんに、Qちゃんと食事に出かけたときのことです。その店を切り盛りしている奥さんが、当時から各地の市民マラソン大会を走っているランナーだったのです。

その日は、気持ちよくお酒も入って、いつしかマラソン談議に花を咲かせていました。そのとき彼女が口にしたのが、「何度もフルマラソンに挑戦しているのに、どうしても3時間が切れない」という言葉です。3時間数分台の一桁まではいくけれど、そこからどうしてもタイムが伸びないと言うのです。これくらいのランナーになると、もう十分にハードな練習もこなしているので、これ以上なにをしたらいいかわからないんですね。そこで、過去の記録や生活パターンなどを聞いたうえで、Qちゃんの練習メニューとほぼ同じものを紙に書いて渡しました。それが、このメモです。話を聞いているうちに、僕は、彼女の大会前の練習がよくないと思いました。そこで、通常の練習とレース前の練習は分けて考えたほうがいいよ、と言って手渡したものです。

このメニューに沿って練習した結果、彼女は次のマラソンで2時間外分の自己ベストをマーク、見事に3時間を切る。「サブスリー」を達成しました。今では2時間10分台で走っているといいますから、やはりそれだけの効果はあったのでしょう。1年近くたった今も大切そうに、このメモを持ってくれています。これはなにも、ランニング上級者だからできた上達の話、というわけではありません。市民マラソン大会に目を向けてみると、レース後半から歩いてしまったり、途中で休憩してやっとの思いでゴールする人がとてもたくさんいます。ゴールまでは到達しても、完走できたと言っていいものかどうか。何カ月にもわたって練習してきたのに、記録は5時間台というものです。

楽しく走れたのであれば、もちろんそれもいいでしょう。ですが、そうした人たちの練習には、共通点があります。トレーニングというものを少し勘違いしている、もしくは、ただ知らないだけ、ともいえるのです。
たとえば、みなさん「毎日1時間も走っている」と言います。ところが、よくよく聞いてみると、自宅の周りをトコトコと気持ちよく走ってそのまま帰ってきて終わり。要するに一本調子、変化のないトレーニングなんです。

では、どうしたら速く走れるのか?答えは、「トレーニングに負荷をかける」ことです。本書では、その方法をランナーのレベルに合わせてわかりやすく紹介していきます。

まだ漠然とではあるけれど将来フルマラソンを走ってみたいと思っているランニング初心者から、すでにジョギングを始めていて近い将来にフルマラソンを走りたいと思っている人、あるいは1~2回フルマラソンを走ったけれど4時間が切れないのでなんとかしたいと思っている人、そうした悩みを抱えるすべてのランナーに、正しいトレーニング、本物のトレーニングを教えていきます。僕が監督をしている佐倉アスリート倶楽部での練習方法や、Qちゃんたちに教えてきたことも随時紹介していきながら。

これを読んだすべてのランナーが、「私にもできた!」と喜んでくれることを心から願っています。なにより、たくさんのかけっこ愛好家と有意義な時間を共有することができれば、それに勝る幸せはありません。 2009年秋 小出義雄

小出 義雄 (著)
角川SSコミュニケーションズ (2009/11/10)、出典:出版社HP

 

目次 -マラソンは毎日走っても完走できない

はじめに
第1章 走るための準備を整える ―まずは「ゆっくり走る」ことから
1. 走れる体をつくる
脚にかかる衝撃は体重の3倍/ウォーキングメニュー/ウォーキングのフォーム/「山歩き」というウォーキング
2.走れる脚をつくる
毎日走ってもマラソンは完走できない/1週間に1日は「脚つくり」をする/「全力1キロ走」でつくる脚/2日連続で休める日の練習メニュー/ペースを覚える/三日坊主について/練習は裏切らない/フォームで気をつけるのはひとつだけ
3.道具をそろえる。
シューズ選び①こだわりを持つ/シューズ選び②―ポイントはソール/シューズ選び③試着の仕方/ウェア選びと便利な小物

第2章脚と心肺に負荷をかける ―「速く」走るために
1. 負荷をかけたトレーニング
「全力走」+「ジョギング」で負荷をかける発展形/徐々にペースを上げて、最後は「全力走」/長い距離 を走る/練習コースを工夫する/1週間のスケジュール
2.フォーム
ピッチ走法とストライド走法/着地は一直線上に/腕振りがピッチを上げる/目線は3メートル先へ/呼吸は「吐く」を意識する
3.自己管理
食事で体重を管理する/脈拍で練習量を調節する/練習日誌をつける

第3章 レース出場に向けた練習メニューづくり ―「長い距離」を走りぬくために
1.スピードトレーニング
短い時間でも練習はできる/スピード練習の全体像/インターバル走/坂道インターバル走/レペティション/ビルドアップ走/ペース走/スピード練習の補足に使うLSD
2.練習スケジュールを組む
スケジュールを組むときの考え方/10キロレースに向けたメニュー―1~3カ月間用/ハーフマラソンに 向けたメニュー―3カ月間用/フルマラソンに向けたメニュー―3カ月間用/レース前のコンディショニング

第4章メダリストたちのコンディショニング ―フルマラソンを「もっと速く」走るために
鈴木博美のコンディショニング/タイムトライアル/高橋尚子のコンディショニング/経験を積み重ねる

第5章 マラソン大会を走る ―レースの流れを知る
1.レースの走り方
10キロレースの流れ/ハーフマラソンの流れ/フルマラソンの流れ①スタート~中盤編/フルマラソンの流れ②中盤~ゴール編
2.アクシデントの予防&対応
水分補給/レース中のアクシデント
3.レース前後のケア事項
レースに必要な持ち物/レース日の朝食/レース日の時間管理/レース後の過ごし方/補強運動

小出 義雄 (著)
角川SSコミュニケーションズ (2009/11/10)、出典:出版社HP