つながる脳科学 「心のしくみ」に迫る脳研究の最前線

『ここまで明らかになった – 【最前線】脳科学を知る5冊』も確認する

脳が行っている仕事は、外界や身体の状況を把握し、過去の記憶と照らし合わせて分析し、総合的に判断して身体を制御して行動を起こさせるための情報処理、すなわち「計算」をすることです。ですから、脳を理解するには、脳の中の神経細胞やグリア細胞はどんなものなのか、それらがいかにして脳内のネットワークを作っているかを解明しなければなりません。そして、そのネットワークがどのような原理で情報処理を行っているかを研究することも大切です。

ただ、それだけでは足りません。私たちのこの脳の働きが、心や社会を生み出しているのですから、自然科学だけではなく、人文・社会科学の知識も総動員して、脳の働きを調べていく必要があるのです。

このように脳科学は、生物学・物理学・化学・数学・情報科学から人文・社会科学まで、あらゆる学問を総動員して進めていかなければならない分野であるため、学際的な研究体制が求められます。1990年代に、こうした学際的な研究体制を整えるためには脳科学を一体として推進する必要がある、という動きがあり、脳科学の中核的研究施設が設置されることになりました。そうして1997年に、理化学研究所に脳科学総合研究センター(BSI:Brain Science Institute)ができたのです。

その後私たちは、さまざまな研究成果を挙げてきました。そしてこの度、創立25周年を機に、本書を出版することとなりました。この本では、現在の脳研究でどこまで脳のことが分かったのか、あるいはまだまだ分かっていないことについて、研究者たちがその最前線をお伝えしていきます。本書のテーマは「つながり」です。

先に書いたように、脳科学はあらゆる学問とのつながりが欠かせなくなっていますが、それだけではありません。研究が進んだことによって、さまざまな脳の部位ごとのつながり、その脳の各部位における細胞同士のつながり、さらには脳の機能が私たちの行動や感情とどうつながっているかなどが次第に明らかになりつつあるのです。そして、脳科学の研究は、多くの人々を苦しめている精神神経疾患の原因を解明して診断法・治療法を開発することや、脳にヒントを得た新しい人工知能の開発など、多様な形で社会への貢献にもつながります。

扱うトピックは章ごとに分かれていますので、興味のあるところから読んでいただいて構いません。脳研究と一口に言ってもさまざまな専門に分かれますが、本書を読んでいただければ、各章で紹介する研究同士につながりがあることも実感いただけるはずです。
では、宇宙と並んで人類最大のミステリーである「脳」の世界へと、皆様をご案内しましょう。理化学研究所脳科学総合研究センターセンター長 利根川進

理化学研究所 脳科学総合研究センター (編集)
講談社 (2016/11/16)、出典:出版社HP

本書で紹介する脳のつながり

時間と空間のつながり
時間や空間を認識できるのはどうして?(2章)

外界とのつながり
五感を使ってどうやって世界を感じているの?(4章)

感情と記憶のつながり
怖い経験が忘れがたいのはなぜ?(6章)

ニューロンのつながり
神経細胞ではどうやって情報がやりとりされるの?(3章)

理論と脳のつながり
脳の働きを数理モデルで考えるってどういうこと?(5章)

記憶と脳のつながり
記憶はどうやって作られるの?(1章)

脳の病と治療のつながり
「心の病」は脳の病気なの?(8章)

親子のつながり
子育てや親子の絆にも脳が関わっているの?(9章)

最新研究と脳研究のつながり
脳のことを知るために欠かせない技術って?(7章)

『つながる脳科学』もくじ

はじめに
本書で紹介する脳のつながり
第1章
記憶をつなげる脳
「記憶」は脳のどこにどのように蓄えられ、どのようにして思い出されるのでしょうか?そのメカニズムが明らかになりつつあります。なんと、記憶を人為的に想起させたり、経験していない記憶を作ることまで可能になってきているのです。
利根川進
理化学研究所
脳科学総合研究センター
センター長
記憶とは何だろう/COLUMN①どのようにニューロンが信号を伝達するか?/エングラムセオリー ―記憶の痕跡を求めて/エングラムセルの発見/記憶を人工的に呼び起こす/経験していない記憶まで作れた/「過誤記憶」という大問題!/分子遺伝学で脳を見てみたら……

COLUMN❷遺伝子改変マウスの作り方/記憶は脳のどこにある?/”時間の壁”を突破したオブトジェネティクス/記憶を操作して、病気を治す/楽しい記憶を思い出せれば、うつが治る!?/アルツハイマー病は「思い出せない」だけだったCOLUMN❸シナプス強化のメカニズム/アルツハイマー病や自閉症の治療につながる発見/新しい時代の研究

第2章
脳と時空間のつながり
いま自分がどこにいるのか、時間がどれくらい経ったのか、私たちはどうやって認識していると思いますか?じつは頭の中には、地図や時計のような役割をする神経細胞があって、それらがじつに巧妙な働きをしているのです…….!
藤澤茂義
システム神経生理学 研究チームリーダー
脳からのメッセージを読み解く/ニューロンが活動している瞬間をとらえる/犬にもエピソード記憶はある?/COLUMN❹海馬とエピソード記憶/頭の中に絶対空間があった!/なんとも賢い場所細胞の「圧縮表現」/復習・予習をする場所細胞/夢を見ているとき、脳は何をしている……?/場所細胞の役割/頭の中にある地図のテンプレート/空間記憶を操作する/私たちは時間をどう認識しているのか/トム・クルーズ細胞/神経生理学者の究極の目標

第3章
ニューロンをつなぐ情報伝達
脳には1000億もの神経細胞が詰まっていて、複雑につながりあって情報を伝えています。この章では、脳のいちばん基本的な構造「シナプス」に注目してみましょう。ミクロな世界から、脳のどんな働きが分かってくるのでしょうか?
合田祐紀子
シナプス可塑性・回路制御研究チーム チームリーダー
脳の中にある天文学的な数のシナプス/シナプスで、何が起きているのか?/さらにミクロの世界へ……/10回に3回しかつかないスイッチの意味/ご近所同士のシナプスの関係は?/シナプス強度の協調性/細胞接着因子が握るカギ/「記憶の素」の正体/3つのニューロンの関係を調べてみたら/謎めいていたグリア細胞の働き/シナプスで感じる生命の不思議

第4章
外界とつながる脳
見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触る……私たちは五感を使って外界を認識しています。ですが、そもそも知覚は脳の中でどうやって生み出されるのでしょうか?ここでは、嗅覚のメカニズムに迫ります。研究に貢献するのは、なんと「ハエ」です。
風間北斗
知覚神経回路機構研究チーム チームリーダー
ショウジョウバエで人間の脳が分かる!?/匂い情報を処理する回路/どのように匂いを嗅ぎ分けるのか/糸球体の配線パターンが分かった!/匂いの好き嫌いを脳から読み解く/生きている脳内の反応を可視化する/賢いショウジョウバエのための「仮想空間」/行動を予測する数理モデルが完成/匂いの「好み」は置かれた環境で変わる/ショウジョウバエで分かることは、まだある/人工知能への応用

第5章
数理モデルでつなげる脳の仕組み
脳を知るための研究は、実験だけではありません。数理モデルなど「理論」で追究することも重要です。脳の学習はどのように進むのか?AIのディープラーニングとは何が違うのか?理論から脳を眺めると、新たなつながりが見えてきます。
豊泉太郎
神経適応理論研究チーム チームリーダー
脳の学習と進化論/学習がとくに進む重要な時期/臨界期はどのように始まるか?/汎用性のある臨界期のモデル/暴走を止めているのは誰?ー「ヘブ則」安定化のミステリー/「足し算」ではなく「掛け算」?/理論屋と実験屋/ディープラーニングの元になった理論/ディープラーニングの謎/人間はAIに負けるのか?―人工知能と脳の学習とのギャップ/大切な情報をどうやって伝えているのか/大勢の中から知人の声を聞き分けるアルゴリズム/たくさんの「解」があることに意味がある

第6章
脳と感情をつなげる神経回路
すごく楽しかったことや怖かったことなど、感情が大きく揺さぶられた経験は、何年経っても忘れがたいものです。それはいったい、なぜなのでしょうか?感情の動きである「情動」と記憶の関係を、神経回路から解き明かしていきましょう。
Joshua Johansen 記憶神経回路研究チーム チームリーダー
神経回路の役割って?/記憶と情動/恐怖を感じたときに、何が起きるか/消去記憶が恐怖記憶を抑えていた/ノルアドレナリン性ニューロンは2種類?/オプトジェネティクスで確認すると……/小さな脳部位、青斑核がカギ/感覚刺激と嫌悪刺激をつなぐもの/機械学習の教師信号とは何が違う?/恐怖学習中の謎/予測誤差を作る神経回路/ロボットと人間の共通点/神経回路で病を抑える

第7章
脳研究をつなげる最新技術
脳を観察する技術の進歩によって、複雑な脳の働きが少しずつ明らかになってきています。より細かく、より深く、より広く、より速く、より長く「見る」ために、どのような技術があるのでしょうか?テクノロジーの世界を少し覗いてみましょう。
宮脇敦史 細胞機能探索技術 研究チーム チームリーダー
脳をより深く見るために/光カルシウムセンサー「カメレオン」/未外線で色が変わる蛍光タンパク質「カエデ」/二光子励起顕微鏡の原理/脳を透明にする/光学顕微鏡解像度の限界/超解像顕微鏡でノーベル賞/光でニューロンを操作する/光と生命の相互作用

第8章
脳の病の治療につなげる
「心の病」といわれるうつ病なども、本当は脳に原因がある「脳の病」。認知症や双極性障害などさまざまな脳疾患がありますが、現在の薬は根本治療薬とは言えません。ですが、脳の仕組みを解明することで、脳の病の克服に一歩ずつ近づいています。
加藤忠史
精神疾患動態研究チーム チームリーダー
人類最後の大きな課題/脳の病気、心の病気/心の病と脳の病を統合する。/精神疾患の謎をどうやって解くか/本当の原因はどこにある?/「トリオ」で調べる/COLUMN❺カルシウムシグナル/治療薬はなぜ効くか?/別の病気から双極性障害に迫る/ヒントになった1匹の行動/マウスの“うつ”をどう見極めるか/マウスの職業って?/ミトコンドリア機能障害のある脳部位を探す/知られざる脳部位/病気が心の解明にもつながる

第9章
親子のつながりを作る脳
親が子を育て、子どもが親を慕う「親子関係」に、脳はどう関わっているのでしょうか?最終章では、脳から見た親子のつながりに迫るとともに、脳研究が今後どう役に立っていくのか、「社会とのつながり」も皆さんと考えたいと思います。
黒田公美
親和性社会行動研究チーム チームリーダー
脳研究の過疎地に挑む/子育てに影響する遺伝子はどこ?/小さな脳部位が関わっていた!/メスとの経験によって「父性」が目覚めた/「子育て」「子殺し」のとき脳内で起きていること/赤ちゃんを抱っこして歩くと泣き止んだ!/「輸送反応」のメカニズム/赤ちゃんがおとなしくなるのには理由がある/マーモセットで子育てを調べる/「本能」への誤解/親子関係の脳科学は役に立つのか/脳と心を操作する技術/脳と社会をつなげる
おわりに

理化学研究所 脳科学総合研究センター (編集)
講談社 (2016/11/16)、出典:出版社HP