国際協力ってなんだろう――現場に生きる開発経済学 (岩波ジュニア新書)

開発経済学の紹介入門

開発経済学を本格的に学び始める直前に本書を通してどのような分野が開発経済学なのかを説明するの入門書です。
とても平易な言葉で書かれているため、これまで開発経済学を学んだことがない方でも読めます。トピックとしても開発経済学の最先端を広く浅く解説したもので、専門の入門書として貴重な一冊です。

高橋 和志 (著, 編集), 山形 辰史 (著, 編集)
出版社、岩波書店 (2010/11/20):出版社HP

はじめに

二一世紀に入って一〇年がたった今でも、世界は貧困と暴力に満ちています。開発途上国 と呼ばれる国々の一部には、栄養不良、不衛生、不健康の原因となる貧困が蔓延しており、 また、いくつかの国には武力紛争や犯罪への恐怖が広がっています。二〇〇五年には、世界 の人口の四分の一が貧困状態にあると言われていました。また、政治的迫害や紛争、天災の ために他国に避難を求める難民申請者数は世界で三八万人、難民申請さえできずに国内に留まる国内避難民が二七〇〇万人もいるのです(二〇〇九年)。

その一方で、それほど遠くない昔に貧困や暴力に苦しんでいた国のいくつかは、その後大きな発展を遂げ、現在は繁栄を謳歌しています。例えば、半世紀あまり前に韓国は朝鮮戦争という内戦のただ中にあり、国民の多くは極度の貧困状態に置かれていました。その韓国が に今や先進国の一員となったことはご存じの通りです。また、一九七五年に終わったベトナム戦争は、アメリカやソ連、中国といった大国の代理戦争と呼ばれ、ベトナムはその全てが焦土と化したと言えるほど破壊されました。そのベトナムも、近年は目覚ましい経済成長を実現しています。

さらに強調したいのは、今日多くの人々が貧困状態にあるような国々でも、ほとんど例外 なく、その経済社会は非常に大きく変化しているということです。これは三つの視角から説明することができます。

まず、一九九一年にソ連が崩壊し、社会主義諸国と自由主義諸国の間の東西対立が消滅し ました。その結果として、世界全体の自由主義的経済開放が進み、国際貿易や投資、国際人 口移動が活発化しました。これによって開発途上国の農村でも、日本製の軽トラックや中国 製の電池や灌漑用揚水ポンプ、先進国から流入する古着のTシャツが広く用いられるようになりました。このような経済活動の地球規模の拡大はグローバリゼーションと呼ばれます。

第二に、交通・通信手段の発達により、様々な意味で世界が狭くなりました。今では開発途上国の農村の、ごくごく普通の人たちが、外国に出稼ぎに行き、数年または数カ月で帰ってくるようになりました。また、彼らはほとんど例外なく、ドバイやシンガポールといった出稼ぎ先から携帯電話で、農村にいる家族に連絡をしています。携帯電話サービスによって は、電話を操作して、その電話にチャージ(入金)されている金額を、家族に送金することさえできるのです。

また、今は世界中にテレビやインターネットの端末があります。二〇〇九年一月にバラク・オバマが、アフリカ系アメリカ人として初めて大統領に就任した時には、世界中の人々がテレビに釘付けになりました。そして、南アフリカで開催されたサッカーのワールドカップ決勝戦の際には、多くの紛争地でも兵士が警戒を緩めて、テレビや端末に見入ったことでしょう。

第三に、一九四五年に第二次世界大戦が終結してから六五年の間に、開発途上国の人々や 先進国の協力者によって、国際開発のために多大な努力がなされました。そのいくつかは失 敗に終わりましたが、いくつかは成功したのです。貧困層への小規模融資を特徴とするマイ クロファイナンス、乳児の下痢による脱水症状に家庭で簡単に対処するための経口補水塩療法、開発プロジェクトの企画や運営に、そのプロジェクトの受益者である開発途上国の人々の参加を促す「参加型開発」、開発途上国の地方自治体の潜在力を高める地方分権支援等々は、試行錯誤を経つつも一定の成果を上げ、今ではほとんどの開発途上国で適用されています。

このようにダイナミックに変化している開発途上国の姿を、読者の皆さんにお伝えしたいのです。戦後六五年の間、開発途上国はただただ停滞していたわけではありません。政変も ありました。失政もありました。汚職もありました。しかし同時に、生活改善や人権擁護の ための工夫や努力もなされたのです。その結果として、現在は繁栄している国もあり、十年 一日のごとき貧困にあえいでいる国もあるというわけです。

この六五年の試行錯誤の経験から、一部の人は無力感のみを抱くかも知れません。しかし、 現在国際開発に関わっている人たちは、この試行錯誤の連続の先に希望を見出そうとしています。「今度こそうまくいく」とつぶやきながら、新しい取り組みを編み出し、実行しているのです。

本書は、このような国際開発の取り組みを紹介します。これらの取り組みは、今度こそ成功するでしょうか。それはわかりません。しかし、たとえ成功しなくても、その次の新しいやり方を考え出して、我々は前に進まなければならないのです。

高橋 和志 (著, 編集), 山形 辰史 (著, 編集)
出版社、岩波書店 (2010/11/20):出版社HP

目次

はじめに

1 開発のめざすもの
貧困―貧困をもたらすものは何か?…高橋和志
ジェンダー―貧困の女性化…野上裕生
障害―社会的コストを障害者に転嫁する社会…森 壮也
保健―その費用を誰がどのように賄うのか…内村弘子
感染症対策―アウトブレークを食い止めろ…山形辰史
教育―よりよい将来に向けた投資…高橋和志

2 平和と公正を実現するために
紛争―国際社会はどうかかわるか…武内進一
汚職―みんなでやれば怖くない?…湊 一樹
法制度改革支援―先進国による押しつけか?…佐藤 創

3 宇宙船地球号の舵取り
環境―開発との両立をめざして…小島道一
排出権取引―クリーン開発メカニズム…中村浩美
資源循環―国際化するリユース・リサイクル…小島道

ハーフタイム 開発経済学でわかること 山形辰史

4 開発への取り組み
開発援助―借入は計画的に…山形辰史
マイクロファイナンス―貧困層にこそ金融サービスを…高野久紀
貧困削減―教育や保健を条件にした補助金…伊藤成朗

5 開発途上国でのイノベーション
技術―必要は発明の母…山形辰史
知的財産権―創る人と真似る人…久保研介
情報技術革命―変わる貧困層の生活…高野久紀
農業技術革新―奇跡の米が歩んだ軌跡…高橋和志

6 国境を越えよう
貿易自由化―敵か味方か… 熊谷 聡
国際価値連鎖―分業の連なりが生み出すもの…川上桃子
産業集積―人より二人、二人より三人…磯野生茂
国際労働移動―土地を離れる者と残される者…町北朋洋
グローバリゼーション―宇宙船地球号の別の顔 山形辰史・高橋和志

おわりに
執筆者紹介

カバー、扉写真 山形辰史

高橋 和志 (著, 編集), 山形 辰史 (著, 編集)
出版社、岩波書店 (2010/11/20):出版社HP