ファーストコールカンパニーシリーズ ヘルスケアビジネス成長戦略研究―――近未来の国内最大マーケットに挑む

ヘルスケア産業とビジネスについてよくわかる

産業の将来予測や構造分析に関して、ヘルスケア業界の様々な企業を多彩な切り口で整理されており、客観的データも示されていて非常に説得力があります。成功しているさまざまな企業の事例を知ることができる点もこの本の良いところです。

松室 孝明 (著), タナベ経営 ヘルスケアビジネスコンサルティングチーム (編集)
出版社: ダイヤモンド社 (2015/11/28)、出典:出版社HP

はじめに

コンサルティング件数倍増――その背景にある三つの現実

ここ三年間、タナベ経営において、医療・介護・健康増進といったヘルスケア分野で事業を営む法人からのコンサルティング依頼やセミナー参加が倍増している。
この事象について、筆者は次の「三つの現実」が背景にあると推察する。

一つ目の現実は、「社会的課題を数多く抱えるヘルスケア分野において、成長痛(経営上の課題)を抱える地場プレーヤーが確実に増えている」ことである。
課題認識がなければ、コンサルティングファームにはまず相談しない。
プレーヤー個々で解決できるレベルの課題であれば、当然、相談する必要はない。しかし、タナベ経営への相談件数は年々増えている。すなわち、「自前では解決できない成長痛の数が増えた」、また「成長痛を抱えるヘルスケア分野のプレーヤー数も増加している」と換言できよう。

二つ目の現実は、「プレーヤーの事業規模が、『コンサルティング』を依頼できるまでの規模になってきた」ことである。
ヘルスケア業界は、他業界に比べ大資本が少なく、中小・零細プレーヤーが圧倒的に多い。一方、コンサルティングを依頼するには、それなりの金額が必要となる。それでもコンサルティングの依頼が増えているということは、取りも直さず、「コンサルティングを依頼できる事業規模・体力を持ち得るプレーヤーが増えた」といえよう。
三つ目の現実は、「業界内で得られる情報・メソッドや自社の発想だけでは、今直面する経営課題の解決につながらないため、プレーヤーの関心が業界外の情報・メソッドへ移りつつある」ことだ。
タナベ経営を医療機関に例えれば、「総合病院」である。診療科になぞらえると、「食品科」「外食科」「住まい科」「流通科」「ヘルスケア科」「建設科」「自動車科」など、多岐にわたる診療科(ドメイン、事業領域)を有する。また、コンサルタントを医師に例えると、「戦略構築医」「事業承継医」「収益改革医」「組織改革医」「経営システム改革医」「現場強化・業務改善医」など、疾病別の専門医(経営課題別の専門性)をそろえる組織である。

医療・介護といったヘルスケア分野に特化したコンサルティングファーム(専門病院)ではなく、なぜタナベ経営(総合病院)に経営相談を依頼するのか?
「業界内で得られる情報・メソッドは、競合他社も取得でき、同質化する。だから、業界外の情報・メソッドに経営課題解決のヒントを求め、過去の自社や他のプレーヤーとは違う試みを行いたい」「業界の制度や診療報酬点数などに関する細かな対応ではなく、閉塞感を打破する戦略・組織改編に、今までとは違う視点でダイナミックに取り組みたい」と考える経営者が増えているからではないだろうか。事実、コンサルティングの際に、「他業界ではどのような取り組みを行っているのか?」「民間の超高収益企業が行っていることは何か?」といった質問を、クライアントから受けることが多々ある。

近未来の国内最大マーケット「ヘルスケア分野」

ヘルスケア市場は、二〇二五年に一○○兆円規模を誇る国内最大マーケットへと成長するといわれている。二〇一五年現在の市場規模は六○兆円超。たった一○年間で約二倍に拡大する超有望マーケットだ。
ちなみに、食品産業は八〇兆円、自動車産業は五〇兆円、建設産業は四〇兆円マーケットとされている。要するに、ヘルスケア分野とは、「今後一〇年間で、自動車業界がもう一つ誕生するレベルの成長力とインパクトを有する産業分野」なのである。さらに、このヘルスケア分野は、国内最大規模にまで成長する巨大マーケットでありながら、他業界のような大資本が存在せず、寡占化も進んでいない珍しい業界である。今後、業界プレーヤー同士による再編と同時に、異業種からの参入組により、業界全体の競合の構図が大きく変わることは確実である。
既存プレーヤーは常時、業界を規定する各種の制度改定リスクと背中合わせである上に、「戦略・ビジネスモデルの変革を推し進めなければ生き残れない」という現実と直面するだろう。一方、異業種からの参入組にとって、ヘルスケア分野は「現在の業種で培った戦略や経営資源を武器に、新たな成長機会をつかむことのできる、無限のポテンシャルを秘めたマーケット」と定義できよう。

マーケット拡大の波に乗るための「成長戦略」

短期間で国内最大にまで拡大するヘルスケア市場へ挑戦するには、今後の「戦い方(=戦略)」が重要となる。なぜなら、拡大一途のマーケットであり、多くの成長機会もあるが、同時に「国の意向による制度改定・規制緩和」「異業種からの参入加速」「マンパワー不足に伴うコストアップ・収益悪化」など、成長を阻害する多くのリスク・障害に直面することが確実だからである。
「タナベ経営は、地場法人の繁栄支援をミッションとする経営コンサルティングファームである。本書は、その企業ミッションに基づき、国内最大産業となるヘルスケア市場へ挑む事業者に対し、戦略上のヒント・示唆を発信するために執筆した。
なお、紹介事例の大半は上場企業である。理由は二つある。
上場企業とは「成長を義務付けられた企業」であり、常に次なる成長戦略、新しい事業機会を模索している。成長戦略を検討する上でのケーススタディーとして、上場企業は良質な戦略上のヒント・示唆に富んでいる。これが事例として上場企業を取り上げる理由の一つ目である。

二つ目の理由は、事例企業の戦略の推移や取り組みの進捗を、各社の公開情報(IR資料)を通じて、随時、誰もがベンチマークできるからである。気になる企業のIR資料を、定期的にウェブサイトなどから確認いただければ、当該企業の今と未来の戦略を無料で知ることができ、自法人の戦略上のヒントを得ることも可能だ。つまり、「戦略上のヒント・示唆に富む情報が容易に手に入る以上、普段から参考にしない手はない」という考えに基づいている。本書が、近未来の国内最大マーケットに挑もうとしている誇り高き経営者の皆さまの成長戦略構築の一助になれば幸いである。

本書を執筆するに当たって、ご協力を賜ったクライアントの皆さま、タナベ経営が主催する「ヘルスケアビジネス成長戦略研究会」を通じてご縁をいただいた経営者の皆さまをはじめ、 出版に際しご尽力いただいたダイヤモンド社の花岡則夫編集長、前田早章副編集長、編集・執筆にご協力いただいた安藤柾樹氏、杉本貴弘氏、装丁をご担当いただいた斉藤よしのぶ氏、共に企業繁栄を支援するタナベ経営の皆さんに、心より感謝申し上げます。

二〇一五年一〇月
タナベ経営 ヘルスケアビジネスコンサルティングチームリーダー 松室 孝明

松室 孝明 (著), タナベ経営 ヘルスケアビジネスコンサルティングチーム (編集)
出版社: ダイヤモンド社 (2015/11/28)、出典:出版社HP

目次

はじめに

第1章 ヘルスケアビジネスを取り巻く環境
1 「ヘルスケアビジネス」とは何か?
2 データで見るヘルスケアビジネスの可能性
(1)増え続ける高齢者人口
(2)拡大一途のマーケットポテンシャル
(3)消費の主役は高齢者に変わる
(4) IPOに見るヘルスケアプレーヤー
3 法改正・規制緩和の波が生み出す業界再編
(1)異業種まで巻き込んだ医療法人再編
(2)店舗数半減のピンチに直面する調剤業界
(3)医薬品卸による垂直・水平統合の加速
(4)従来プレーヤーによる多角化
4 変革者や異業種の参入が業界再編を加速する
(1)大手流通の本格参入
(2)地域の健康拠点化を加速するドラッグストア
(3)外食産業による事業ポートフォリオ転換
(4)安全・安心の丸抱えを狙う警備会社
(5)本業とのすみ分けがなくなる学習産業
(6)医療会員一万人超を保有するリゾートホテル
(7)携帯電話・IT産業によるヘルスケアサービス開発
(8)福利厚生事業者・保険会社による予防・介護分野進出
(9)医療機関による介護事業者の駆逐
(10)加速化する多方面からの業界参入
5 経済産業省はヘルスケア分野の産業化を目指す
(1)大規模事業体の創出
(2)公的保険外サービスの活性化

第2章 近未来の国内最大マーケットに挑む
1 個別の企業・法人の努力では対抗できない潮流
(1)少子高齢化が生み出す肩車型社会
(2)給付範囲の抑制・給付金額削減は自明の理
2 全事業主の前に広がる無限のビジネスチャンス
(1)企業・法人の使命とは何か?
(2)財源がなければつくるしかない
(3)近未来の国内最大マーケットに挑むための五つの戦略アプローチ

第3章 専門的な顧客価値の追求
1 現在の事業に顧客価値はあるか?
(1)風邪の治療の価値は妥当か?
(2)ヘルスケア業界に不足している顧客価値とは?
(3)総合百貨店型ビジネスは専門店に負ける
2 顧客を選ばないから、提供価値が決まらない
(1)付き合う顧客を絞ると競争力が高まる
(2)特定のセグメントにターゲットを絞る
(3)顧客の特定の課題にサービスを絞る

第4章 ナンバーワン・ブランド事業の創造
1 ナンバーワン・ブランドになるには
(1)「二番」では駄目である
(2)「違い」と「差別化」は全く異なる
(3)ナンバーワンになれる領域とは?
2 圧倒的なナンバーワン・ブランドをつくる
(1)ナンバーワン・ブランドになる「コト」を突き詰める
(2)目指すべきナンバーワン・ブランドとは?
(3)圧倒的なナンバーワン・ブランドを構築する

第5章 高収益ビジネスモデルのデザイン
1 収益力格差はビジネスモデルの設計力格差
(1)営利・非営利の議論はナンセンス
(2)ビジネスモデルとは何か?
(3)制度改正に対する耐久性を増強する
2 意図的な多角化のデザイン
(1)フックと回収エンジンを切り分ける
(2)多角化のキーとなる順番
(3)シナジーという美辞麗句に逃げ込むな

第6章 イノベーションによる新たな成長エンジンの開発
1 イノベーションとは何か?
(1)イノベーションの必要性
(2)収入の種類をイノベーションする
2 新たな成長エンジン開発に向けた三つのアプローチ
(1)バリューチェーンのイノベーション
(2)ビジネスモデルのイノベーション
(3)機能・資源を活かしたイノベーション

第7章 「外貨」の獲得による 持続的成長軌道の確保
1 従来の業種・業態は関係ない?
(1)革新的なプレーヤーはアウトバウンド・インバウンドに対応
(2)社会的課題の解決には異業種の発想が不可欠
(3)インキュベーションの仕組み化
2 供給不足のホワイトスペースを攻略する
(1)ヘルスケア分野に存在する四つの供給不足マーケット
(2)供給不足マーケットの見つけ方
(3)ビジネスのスピードを高める提携・M&A戦略

おわりに 志高き経営者に送る三つのメッセージ

松室 孝明 (著), タナベ経営 ヘルスケアビジネスコンサルティングチーム (編集)
出版社: ダイヤモンド社 (2015/11/28)、出典:出版社HP