ヘルスケア産業のデジタル経営革命 破壊的変化を強みに変える次世代ビジネスモデルと最新戦略

ヘルスケア産業におけるデジタル技術の教科書

今後の医療エコシステムがどう変わるべきか、どう変わっていくのかを知りたい方におすすめで、教科書的な使い方もできます。将来のヘルスケアに関わる企業を4つに分類し、特徴を示しているのが非常に面白いです。業界の最新動向をつかみ、行く末を考える上でとても参考になります。

ジェフ・エルトン (著), アン・オリオーダン (著), 永田 満(監訳) (その他), 三木 俊哉 (翻訳)
出版社: 日経BP (2017/10/19)、出典:出版社HP

目次

序文
はじめに
日本語版序文
日本語版特別章
激変前夜、日本のヘルスケアビジネスへの提言と処方箋
リスクをチャンスに変える四つの次世代ビジネスモデル

Part1
押し寄せる変化の波
1章 ヘルスケア産業激変の背景
機会
変化の兆し
医療改革の中身
本当の改革
なぜ今回は違うのか
受動から能動へ

第2章 避けられない戦略的選択
市場ポジショニング
どんな市場をつくろうとするのか、その市場に影響を及ぼすには何が必要か
差別化能力
優位な市場ポジションを獲得・維持するためにはどんな能力が必要か
成果を生む事業構造
患者回帰のオペレーションと差別化能力の確保
会社の将来に対する責任

Part2
新たなビジネスモデル
戦略から価値へ
第3章 旧モデルと新モデル
古いモデルの特徴(多くの組織がここからスタート)
事業環境の大転換
新しいモデルは価値に対する支払いが鍵
新しいビジネスモデル
ハイブリッド型その他の新ソリューション
第4章 リーンイノベーター
ジェネリック企業の進化の過程
事業機会の変化、高まる重圧
リーンイノベーターモデルへの参入
リーンイノベーターモデルにとっての最初の課題
リーンイノベーターの技法
リーンオペレーションモデル
実行力が売り
リーンイノベーター
破壊者か、価値の先駆者か

第5章 患者サービスイノベーター
満たされていないニーズは何か
イノベーションでニーズを満たし、ギャップを埋める
患者サービスイノベーターの例
患者サービスイノベーターの問いかけ
患者サービスイノベーターのオペレーションモデル
治療法や患者ケアのイノベーション
患者サービスイノベーター
新しい販売モデルか、価値の先駆者か

第6章 バリューイノベーター
マインドセットシフト ――「病気」ではなく「健康」を
バリューイノベーター ――「生活者」向けサービスの提供者
新興バリューイノベーターの事例
バリューイノベーターとしての成功の条件
包括的ソリューションへ
バリューイノベーターのオペレーションモデル
デジタルに結合されたサービスを提供し、アウトカムにフォーカス
バリューイノベーター ――価値パートナー兼サービス提供者

第7章 新デジタル医療企業
ヘルスケア参入デジタル企業
デジタル参入ヘルスケア企業
スタートアップデジタル
ヘルスケアにおけるデジタルエコノミクス
短期的・長期的な影響
迅速なパートナーシップ
新デジタル医療企業のポジショニング、能力、構造
新デジタル医療企業 ― 破壊、そして新しい土台づくり

Part3 新しい組織づくり
第8章 協働と競争の新モデル
「外」からのイノベーション
顧客とともにめざすイノベーション
デジタル技術によるヘルスケアバリューチェーンの統合
ビッグデジタル ――デジタル消費者とデジタル医療の接点
競争 ―事業の保護
変化の触媒となる協業、協業の触媒となる変化

第9章 ヘルスケア・エコシステムの人材戦略
人材を通じた変革
求められる人材の採用
人材教育と定着化
価値創出のスキル

Part4 過去、そして未来へ
第10章 ヘルスケア新時代――中心は患者と価値
新しい未来
新しい言語
新しいエコノミクス
ここからが戦略のスタート

謝辞
原注

ジェフ・エルトン (著), アン・オリオーダン (著), 永田 満(監訳) (その他), 三木 俊哉 (翻訳)
出版社: 日経BP (2017/10/19)、出典:出版社HP

序文

世界には8億を超える人々がおり、ほとんどの地域で高齢化が進んでいる。大半の国では医療費の伸びがGDPの伸びを上回る。医療で主に評価されるのは、医療システムにとってのプラスの結果やプラスの変化よりも、売上高、治療件数、扱った患者数などの数量である。同時に、全世界の国々の経済生産性や長期的経済動向にとっての健康の重要性が、これほど意識された時代もかつてなかった。政府、医療機関、企業、個人を問わず誰もが、「健康」「責任」「結果」のバランスを正し、あらゆる関係者が生産的な役割を果たせるようにしなければならないとの重圧を感じている。 そしてわれわれは、実に素晴らしいチャンスを手にしている。今後の3年、5年あるいは1年で、われわれは世界中の患者ケアを飛躍的に改善できる。従来とは異なる方向で思いきって手を携えれば、医療の水準を世界的に改善できる。新しい分子標的療法、スマート診断、高度なデータ解析、デジタル技術によって、医療の定義は、医療機関や急性期医療などの介入的措置に頼った受動的なものから、積極的な健康管理へと変化する。急発展する国々は、切迫した医療ニーズにもっと効果的・効率的に対応する。人々の健康寿命が延び、入院や再入院が大幅に減る。優れた医療システムは必ずやより精度の高い医療の実践へと向かう。つまり、本当の意味で患者にスポットが当たり、治療をパーソナライズ化するために多様な情報や証拠がリアルタイムで提供されるのだ。するとさらに、医療に対する期待、医療そのものの水準が全世界で高まるだろう。

医療業界の大きな変化はすでに始まっている。産業の枠を越えた大規模な協力が初めて起ころうとしている。医療機関、製薬企業、医療機器メーカー、医療保険支払事業者、看護師、介護士、医療従事者、患者、市民、健康関連企業、革新的テクノロジー企業が、これまでになかったやり方で力を合わせている。その中心をなすのは、経済的な持続可能性に欠かせない医療アウトカムをいかに促進するか――。触媒となる要素にも事欠かない。科学の進歩、遺伝や健康、生活様式に関するデータの進化、そして市場にもたらされる技術的ソリューションの増加。これらの手を借りて、われわれは自分たちの習慣を監視、測定、修正し、健康や治療効果を改善することができる。

実際のところ、経済的、社会的および技術的要因が重なることで、今後の医療を担ううえでの人々の「仕事」は変化せざるをえない。個人、病院などの医療サービス提供者、保険事業者、政策立案者、規制当局、革新的医薬品メーカー、アプリケーション開発者、デジタルインフラ提供者など……。例外はない。

問題は、こうした変化をどんな「全体像」に結びつけるかである。われわれはいま、パフォーマンスや価値に重きを置く、新しいビジネスモデルないしオペレーションモデルの出現を目にしつつある。これらの新しいモデルはきわめて有望だ。医療の価値や効果を高め、患者の生活の質、企業や国家の生産性にもっと貢献できるようになる。だが、成功が保証されているわけではない。メディア、エンターテインメント、金融サービス、保険、写真、通信、輸送、宿泊など、幅広い産業を様変わりさせたデジタル革命を味方につけられるかどうかがカギである。

そのポテンシャルを最大限活用するため、経営幹部や業界リーダーは、市場をどのように再定義すればよいか、サービス中心のアプローチがどのように進化するか、結果や価値重視のパフォーマンスモデルにはどのようなパラメーターがあるか、そしてこの新しいモデルが自分たちの組織にどんな根本的影響を及ぼすかを理解しなければならない。

私たちはこの影響をきちんと認識するために、そして今後のあるべきビジネスモデルを予測し、それについて論じるために本書を書いた。確定的なモデルはまだないし、多くの読者にとって、新しいビジネスモデルの中身は、私たちが以降の各章で説明するものほど明確・簡潔ではないかもしれない。だが、環境の変化や求められる能力をもっと包括的に把握すれば、読者はきっと先見性のある柔軟かつ強固な戦略を練り上げ、効果的に自己変革できるだろう。医療の新時代におけるリーダーとなり、まだ姿を現したばかりのエコシステムを大きく改善することができるだろう。その際、そこには新たな医療基盤が築かれる。基盤が固まれば、あとはしめたもの。業界は着々と発展を重ねるだろう。

私たちが本書で何よりもフォーカスするのは、医薬品、バイオ医薬品、医療機器、診断機器の分野で必要とされる進化はどのようなものか、そして変革を推進し、まったく新しいオペレーション モデルへの道を開くデジタル医療の立役者は誰か、である。それ以外のプレーヤー、すなわち全世界の医療機関、医療保険支払事業者、医療従事者、その他の医療関連機関もやはり変わらなければならない。本書で取り上げる組織を参考に、彼らも自身の役割や選択肢をもっと明確に理解できるだろう。

医療部門全体に押し寄せる変化の波を説明し、あらゆる医療関係者が直面する重要な戦略的課題を概観する。パートIでは、医薬品、バイオ医薬品、医療機器、デジタル医療技術の分野で明らかになってきた四つのビジネスモデルについて解説する。これらのモデルは、従来のレガシー企業の変革努力により生まれたものもあれば、スタートアップのベンチャー企業の参入、医療を魅力的な新市場と見なして異業種から参入する企業がもたらしたものもある。パートmでは、パートナーシップやコラボレーションの新しい枠組み、価値中心のソリューションに求められる要件、アウトカムや価値を重視する組織にふさわしい人事評価システムについて検討する。最後のパートNでは、未来に目を向けながら、他の業界における破壊的変革の影響についてあらためて検討するとともに、すべての経営陣や市場アナリストが問うべき基本的問題をまとめる。

われわれは未来の医療について最良のシナリオを実現することができる。ただしそのた めには、患者を含む業界関係者のすべてが、医療エコシステムの変化の推進力、その結果 として現れる戦略的課題、機会、ビジネスモデルを理解しなければならない。 そしてわれわれは、未来をつくるために積極的に協力しなければならない。

ジェフ・エルトン (著), アン・オリオーダン (著), 永田 満(監訳) (その他), 三木 俊哉 (翻訳)
出版社: 日経BP (2017/10/19)、出典:出版社HP

はじめに

過去100年を振り返って、その業界で主たる製品・サービスを提供していたリーディングカンパニーが、外的な変化によって生存を脅かされない時期はなかった。外的な変化とは、大きな技術変革、政府・行政の変化、新しい経済モデル、革新的なライバルなど。それらが組み合わさるケースもある。生き延びた会社もあれば、生き延びなかった会社もある。リーダーの地位を守れたのは、ほんのわずかだ。

写真ならコダックやポラロイド、コンピューターならデジタルイクイップメントやデータゼネラル、携帯電話のノキアやブラックベリー、家庭用ビデオのブロックバスターなどが思い浮かぶ。デジタル化と高性能カメラ付きスマートフォンの登場で、従来のフィルム写真は市場の片隅に追いやられた。グラフィカルインターフェースやインターネット接続をそなえたパーソナルコンピューター(PC)は、中・大型コンピューターを主役の座から引きずり下ろした。グーグルのアンドロイドやアップルのiOS、統合アプリストア、そしてコンテンツパートナー自身のエコシステムが、携帯電話のそれまでの秩序をひっくり返した。規制緩和、ケーブルテレビ事業者の参入、通信手段としての携帯デバイスやインターネットの人気の高まりを受けて、地方の固定電話や長距離電話サービスは方向転換を余儀なくされた。そして、ネットフリックスはインターネット配信モデルを開発し、他の配信システムとあわせてビデオ店に痛手を負わせ、ストリーミングでとどめを刺した。

またこの間、市場シェアがさほどでもないPC企業のアップル、インターネット検索エンジンのグーグル(現アルファベット)が、時価総額で世界最大級の会社になった。この2社が先述のイノベーションの大部分を担い、通信、娯楽、仕事、商業の垣根を取り払った。彼らは他社が予測できなかった幅広い解決策や利便性を提供し、個人の関係、仕事の場所、娯楽の手段、音楽業界のあり方を様変わりさせた。われわれはそうした変化を歓迎し、彼らは新たな勝者となった。

医療も同じような大変革に直面しようとしている。いや、大変革はすでに進行中だ。私たちは本書の執筆に先立って2年間の調査を実施して、この点を把握するとともに、医薬品、バイオ医薬品、医療機器、医療診断および医療サービス企業の幹部に、客観的な全体像を知る機会を提供した。本書を書くことで、彼らがいま起こりつつある変化を理解し、その変化を新しい企業戦略のヒントにしてくれればと考えた。そのために、私たちは重要なトレンドを解明し、業績向上に資するビジネスモデルの選択肢を提供する。最終的なゴールは、医療にかかわる全員(上述の企業のほか、規制当局、保険事業者、病院などの医療サービス提供者、個人)がどうすれば患者の健康を増進させ、医療システム全体に付加価値をつけるための新しい役割を担えるか、という建設的な議論を促すことである。

過去、現在、これから の可能性

かつて医療効果の「エビデンス」といえば、何年もかかる臨床試験や承認後試験の結果を指していた。ところがいまや、デジタル的に収集したリアルワールドデータを通じて、集団スケールのエビデンスをものの数時間や数日、長くても数週間で入手できる。

製薬企業や医療機器メーカーはかつて、製品を市場に出してから、実際の臨床結果が予想と違うことに戸惑っていた。ところがいまや、さまざまな活動や結果をほぼリアルタイムで追跡できるため、人々の生活のどんな要因が治療や治療薬の効果に影響を与えるかを特定できる。やむをえない事情(治療ギャップ、食習慣の改善が不十分など)がどの程度アウトカムに影響するかもわかる。したがって、治療ギャップを埋めるなどの戦略を新しく策定できる。
医療機関はかつて診察室や診察用の施設で患者を診ていた。そして検査や治療のあと、患者にどうするべきかを告げ、緊急性がなければ、次の診察日まで待って様子を確認していた。ところがいまや、診察室や病院以外でも患者を診察し、進捗をリアルタイムで追跡し、必要に応じて治療法を修正することができる。

インプットからアウトカムへ

言い換えれば、医療に対するインプット(診察した患者、販売した薬剤や機器)ベースプローチからアウトプット(患者にとって最大限の医療アウトカム)ベースのアプローチへの移行が可能になったということだ。経済学の文献では、インプットベースの支払いとアウトプットベースの支払いは大きく区別される。支払いがインプットに基づく場合は、できるだけ少ない努力で同じ報酬を受け取りたいという逆インセンティブが働く。支払いがアウトプットに基づく場合は、生産性を最適化し、「システム」のベネフィットを最大化しようとのインセンティブが働きやすい。

たとえばヨーロッパでは「価値ベースの償還」への移行が起きており、保健当局や病院などの医療サービス提供者は、システム全体のニーズと個人に提供する治療とのバランスをとることが求められる。リソースの制約があるなか、人々にどれだけ大きなベネフィットを提供できるかで医療業界を評価しようという発想である。米国の医療保険制度改革法 (ACA)なども、そのアプローチと似ている部分がある。

同様に、医療保険支払事業者は直接的なケア提供に進出し、テクノロジー企業 医療機関からの独立や遠隔臨床モニタリング技術のサービス化を図り、医療機器的な患者ケア管理サービスを提供している。病院などの医療サービス提供者は財務リスクを管理し、提供サービス間のトレードオフを行い、アウトベースのアプローチを通じて支払いを受けようとしている。いずれの組織も他のパートナーと組んでサービスを創造、推進、提供している。そうした関係は、早期創薬の段階から臨床開発、商業化、患者のエンドユースにまで及ぶ。

患者へのパワーシフト

当然ながら、消費者としての患者が持つ力も進化している。100年前は、たとえ裕福 な国でもほとんどの人は医療を利用できなかった。8年前、米国やヨーロッパの大半の 人々は医療への一定のアクセスが公的に確保されるようになった。この8~8年間、保険 組合、民間雇用主、州、国はそのアクセスを拡大してきた。医療費償還の規制・プログラ ム、プロフェッショナル認定やそのガイドライン、施設免許制度、製品の承認においては 医療機関や医療専門家に焦点が当てられ、これによって市民や従業員は安全で有効なサー ビスを「ベネフィット」として利用できるようになった。われわれはいま、特定の病気や 症状を持つ患者の優先課題によって、治療(医薬品やその組み合わせ)、処置、サービスの価 値が決まる、そんな時代に入ろうとしている。患者はアウトカムに対してもっと直接的な 責任を負い、受益者兼アクティブ顧客としての新しい視点でそれを見ている。医療は患者 優先へと舵を切ろうとしているのだ。

新しいモデル

これも当然ながら、いままでとはまったく異なるビジネスモデルが姿を現し、新たなスタンダードになろうとしている。もはやそれは例外的な事象ではない。 マスマーケットのニーズに応えようとする者と、ニッチな領域にフォーカスしようとする者では、戦略やビジネスモデルに違いがある。さらに、「デジタルディスラプター」の存在がある。すなわち、新しいテクノロジーやサイエンスを駆使して、医療の提供方法や患者アウトカムへの影響に変革をもたらす企業である。

たとえば、過去3年間に開発された優れたテクノロジーをできるだけ効率的に市場に導入することで、価値を生み出しているプレーヤーがいる。こうした「リーンイノベーター」は、その多くがジェネリック医薬品企業を土台にしており、世界的にもきわめて効率の高い製造ノウハウやサプライチェーンをそなえている。優れた買収の目利き力を持ち成長意欲も旺盛で、既存の事業者、過去のコスト構造、生産性、オペレーションモデルへ常に挑戦状をたたきつけている。

次に、「患者サービスイノベーター」。最新の科学的知見を利用し、患者の疾病のなかでも最も重篤なものに焦点を当てながら、新しい専門治療薬や補完的な製品・サービスを提供する企業(または事業部門)である。「第三のモデル「バリューイノベーター」は、アウトカムを戦略の中心に据え、臨床スタッフを中心にリモートセンサー、医療機器などを配した統合デジタルサービスを特徴とし床アウトカムを大きく改善することを重視し、ビジネスの経済性を維持しながら、アウトカムの実現、医療リソースの配分効率の向上をめざそうとする。
最後に、「新デジタル医療企業」の台頭もめざましい。これはヘルスケアやライフサイエンス以外の分野で成長し、自社のネットワークやパートナーシップ、インフラ、システムなどの自社の能力を鑑みれば、この分野への参入が当然だと考える企業である。こうした企業はまだ影響力を及ぼしはじめたばかりで、そのモデルも手始めの段階にすぎない。だが、デバイスやアプリケーションの世界規模の幅広いエコシステム、広範な開発者コミュニティー、そしてクラウドに牽引された彼らの事業が、桁違いの優れたソリューションを低コストで提供するのは間違いない。「四つのモデルが登場しつつあるのは明らかだが、その数はもっと増えるだろう。本稿の仕上げにかかっている間にも、驚くべきテクノロジーが続々と誕生し、医薬品、治療法、ビジネスモデルの飛躍的進歩に貢献しそうだ。たとえば2015年の8月、米食品医薬品局(FDA)は3Dプリンターで製造された初の医薬品「スプリタム」を承認した。開発したのは米国の製薬企業アプレシアである。てんかんの治療に用いるこの錠剤は、粉末状 の原薬と液体を幾重にも重ねることで、ごく少量の水でも素早く水に溶ける。
まずは、飲み込みやすい錠剤をつくれば、患者も治療を続けやすいだろうとの目論見である。ところが、このテクノロジーが可能性として持つ影響力はおそらくもっと大きい。たとえば、患者ごとにふさわしい形状の医薬品を小規模に受注生産できるかもしれない。あるいは、特定患者の併存疾患に一度の投与で対応できるため、服薬コンプライアンスの助けになり、投薬ミスが減るかもしれない。まるでアマゾンのように注文や製造プロセスを効率化し、当日配達を可能にする企業が現れ、昔ながらの薬局やジェネリック医薬品メーカー、医薬品販売業者、患者アドヒアランスサービスに大打撃を与える可能性もなくはない。自身では資産を持たない会社が、いずれ薬局やジェネリック分野の「ウーバー」になる可能性もある。

勇気ある破壊と革新

私たちは本書の執筆に当たり、専門家として、医療という産業の有効性向上をサポートすることを目標に掲げた。しかし、医療は非常にパーソナルなものだ。だから執筆中は、気がつけば、こうした変化が自分や家族に、そしてまだ満たされないニーズを抱える人々に及ぼす影響について考え、話し合っていた。たどり着いた結論は、ヘルスケア企業や製薬企業、医療機器メーカー、医療に特化したテクノロジーを扱う新興企業は、医療環境を思いきって変革する勇気を持たなければならないということだ。従来の製品・サービスやテクノロジーにとどまらないビジネスモデルやオペレーションモデルの探究へと踏み出す際には、いろいろな意味で勇気が必要となってくるだろう。

プライバシーの問題や、患者のために幅広いデータソースをどう利用するかという問題に向き合い、新しいレベルの信頼や能力を勝ち取る必要があるし、患者にとっての責任が果たせるよう、倫理的・財務的なあらゆるジレンマを解決しなければならない。規制当局に対して防御姿勢をとるのではなく、正々堂々と振る舞い、かつては医療機関しかできなかった患者の利益を正しく代弁するという行為をしなければならない。信頼や勇気に基づくコラボレーションは、経済的基盤や優れたビジネスモデルに劣らず大切な条件かもしれない。

エグゼクティブ、マネジャー、チームリーダーをはじめ、あらゆる層の従業員も勇気を必要とする。それは組織内のカベを壊し、「統合者」として行動する勇気である。必ずしも製品をつくり、納入する必要はない。価値ある製品・サービスパッケージの作成に欠かせない存在として、患者や医療機関らと直接やりとりをすることになる。また、患者が断片的な情報をつなぎ合わせ、アウトカムを制限するギャップや欠陥を正すのをサポートする勇気も必要である。マネジャーは、そして何らかの分野の専門家は、これまでパートナーになったことのない人々や組織とつきあうため、直ちに発想を変えて視野を広げなければならない。

未来に身を委ねるのではなく、あなた自身が未来をつくるチャンスが目の前にある。だが、このチャンスをものにするには、少なからぬ人たちがスピーディーに動き、安全地帯から抜け出さなくてはならない。想像どおりに機能する医療システムの強固な基盤を築くためには、安全な戦略や用心深いアプローチだけでは不十分である。

戦略を少しずつ変えて環境の変化に対応するのではない。成長やコスト圧力、競争ダイナミクスの大きな変化に対応するのでもない。そうではなく、いかにして価値を創出・評価するか、さらに「価値」とはそもそも何かを見直そうとしている、そんな広義の医療業界にあって、自分たちの組織が果たす役割を見きわめるのである。足元の地面が恐ろしいほど揺れているときにこそ、リスクをものともせず、旗色を鮮明にするのである。

ジェフ・エルトン (著), アン・オリオーダン (著), 永田 満(監訳) (その他), 三木 俊哉 (翻訳)
出版社: 日経BP (2017/10/19)、出典:出版社HP