チョコレートの世界史―近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石 (中公新書)

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チョコレートが普及するまで

本書では、チョコレートが貨幣として使われていたり、薬として飲まれたりしていた時代から、現在の形になるまでの歴史に加えて、チョコレートと経済の関わりについても学ぶことが出来ます。

武田 尚子 (著)
出版社: 中央公論新社 (2010/12/1)、出典:出版社HP

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はじめに

チョコレートと近代化

チョコレートから、人生のどのような記憶が蘇るだろうか。
幼いころに、マーブル・チョコを一粒ずつつまんで大事に食べたことがあるかもしれない。中学生や高校生のとき、夕方の部活を終えて、友達とチョコを分けあった人もいるだろう。バレンタインデーは自分のチョコレート・カレンダーに、花火のようなきらめきやスリリングな一瞬を刻んでいるかもしれない。私たちは人生の折々に、さまざまな味わいのチョコレートを楽しむことができる時代に生きている。しかし、チョコレートがこのような身近な存在になって、わずか10年余りにすぎない。

大きく分けると、チョコレートには二種類ある。工房で職人が手作りするチョコレートと、工場で大量生産される規格品チョコレートである。工房で職人がていねいに作るチョコレートは味の深みを教えてくれるが、値段は高めで、売られている場所も限られている。
この一〇〇余年の間にチョコレートがどんなにおいしいものであるかを人々に教えていったのは、規格品チョコレートである。手ごろな価格で、誰にでも手が届く範囲にチョコレートが登場するようになった。規格品チョコレートが普及して、世界の人々はチョコレートの味を覚えていった。
ベルギーやフランスでは職人の手作りによる、クラフツマン的な味わいのチョコレートが作り続けられたが、規格品チョコレートの普及に貢献したのはイギリスである。
産業革命の一番手の得意技を生かして、チョコレートの工場生産を早い段階で成功させていった。

チョコレートは溶けやすく、デリケートなスイーツである。形状を整えて量産するには、技術力が必要だった。技術改良が進み、工場で生産されるようになって、チョコレートは手ごろな価格になった。チョコレートの普及には、工場や鉄道網の整備など、産業基盤が近代化している必要もあった。
近代産業のしくみが整っていたイギリスでは、早い時期に工場で良質のチョコレートが作られるようになり、チョコレート加工菓子の生産が本格化した。キットカットなど現代でも人気のチョコレート菓子が生み出された。チョコレート・メーカーは、印象的なラッピングをデザインし、広告に工夫を凝らした。

ダブル・テイスト

チョコレートを大喜びで手にしたのは、労働者階級である。長時間働く労働者に、エネルギー補給は欠かせない。午後の適当な時間に「ブレイク」をとって、気合いを入れ直す。手ごろな価格のチョコレートは、短い休憩時間に、紅茶と一緒にお腹に流しこみ、血糖値を上げて、一気にパワーアップする、格好のエネルギー・サプリメントである。
チョコレートが普及する以前に、労働者のパワーアップに貢献していたのはアルコールである。ビールやエールの国で あるイギリスでは、アルコールに手が出やすい。アルコール摂取量を抑え、節制のきいた飲酒、勤勉な労働の習慣を身につけさせるには、アルコールに代わる甘い誘惑が効果的だった。チョコレートも紅茶も労働者の家計でまかなえる価格になり、イギリス人はチョコレートの味を覚えていった。現代のイギリスには、至るところにチョコレートの自動販売機があり、チョコバーをかじりながら、大またで街を歩く人をよく見かける。イギリス人はチョコを口に放り込んで、蒸気機関車のようにエネルギッシュに動き回る。日本で飲料の自動販売機が至るところにあるように、イギリスではチョコ自販機が当たり前の光景になっている。チョコ自販機は国民的エネルギー補給装置なのである。チョコレートのとろける甘さには、国ごとに異なる近代化の過程が溶け込んでいる。チョコレートやココアは、「社会的」なスイーツでもある。チョコレートをめぐる「甘い味わい」と「社会的な味わい」のダブル・テイストが、褐色のスイーツを味わう楽しみをさらに深めてくれることだろう。

武田 尚子 (著)
出版社: 中央公論新社 (2010/12/1)、出典:出版社HP

目次

はじめに

序章 スイーツ・ロード旅支度

1 カカオ豆の楽園
“口福”の成分
カカオ豆の三姉妹
神々の食べ物

2 カカオ豆のマジカル・パワー
カカオ「種明かし」
チョコへの「変身」
チョコレート一族カカオのグローバル・テイスト

1章 カカオ・ロードの拡大

1 カカオ 豆源郷、
カカオ揺籃の地
カカオの神秘的パワー
褐色の貨幣
楽園のドリンク

2 パラダイスからの旅立ち
宮殿の食卓から庶民の手へ
新世界での成長
カカオ・アイランド

3 海を渡る褐色の双子|カカオと砂糖
褐色の涙―大西洋三角貿易
褐色の砂金
カカオの上陸地

2章 すてきな飲み物ココア
ヨークの都市自営業主層
ビジネスと信仰のエートス
ココア製造マニュファクチュアの開始
ココア広告の時代
日本のココアとチョコレート

3 ココア・ビジネスと社会改良
ココア・ネットワークと社会への関心
ココア・ビジネスと社会改良
ヨークの町のワーキング・クラス
ココア・ビジネスの原動力

5章 理想のチョコレート工場

l 郊外の新工場
田園都市構想
理想のワーキング・クラス
ココアとチョコレートの併走

2 チョコレート工場と女性
増加する女性労働者
ファクトリー・ガール

3 心理学とチョコレート工場
チョコレート工場のしくみ
「お給料」とやる気
「人間」が働く
工場産業心理学と工場

6章 戦争とチョコレート

1 スイーツ広告とファミリー
ココアとママ
ブラック・マジックのマジック・パワー
世界で最も甘いパパ

2 キットカットの「青の時代」
キットカットの誕生
「チョコレート・クリスプ」プロジェクト
キットカットのみぞ
キットカットのなぞ
キットカットの青いラッピング・ペーパー

3 戦地のチョコレート
ジャングル・チョコレート_
日本のグル・チョコレート

7章 チョコレートのグローバル・マーケット

1 チョコレートのナショナル化
中間層のスイーツ
Have a Break
路線テレビ時代の申し子
インターナショナルなテイストの模索

2 グローバル・スイーツの時代
インターナショナルなチョコレート・マーケット
スイーツ業界の再編
フェア・トレードの模索

終章 スイーツと社会
スイーツ・ロード・マップ
二つの生産プロセスと社会集団
ココア・チョコレートと消費

あとがき

文献

イラスト・関根美有

序章 スイーツ・ロード 旅支度

1 カカオ豆の楽園

“口福”の成分

チョコレートを食べて、おいしいと感じるとき、どのような「おいしさの成分」が「口福」をもたらしてくれているのだろうか。すぐに思い浮かぶのは「甘さ」だろう。これは、チョコレートを作る過程で、砂糖や甘味料が加えられて、甘く感じるようになったものである。チョコレートの主原料であるカカオ豆は甘くはない。カカオ豆独自の味わいとはどのようなものだろうか。

カカオ豆そのものから発揮される成分には、「香り」(華やかな香り、スパイシーな香り、スモーキーな香りなど)や、「風味」(酸味、苦味、渋味)がある。また、チョコレートを口に入れたときの「かたさ・柔らかさ」「口どけ」「コク」も、おいしさの大事な決め手である。

つまり、原料の主役であるカカオ豆が醸し出すアロマ(香味)やフレーバー(風味)と、砂糖やミルク等を混合してできあがった加工品のテクスチャー(舌ざわり)が、絶妙なバランスを作り出し、チョコレートの個性を生み出している。
カカオ豆本来の「風味」である苦味、渋味は、カカオ豆に含まれるポリフェノールによるものである。カカオ・ポリフェノールの主成分はカテキンやエピカテキンである。ポリフェノールは赤ワインや緑茶などにも多く含まれ、タンニン、カテキン、色素のアントシアンなどの成分は、抗酸化作用によって病気や老化を防ぐ効果がある。ポリフェノールの含有量が多ければ、苦味、渋味が強い。苦味、渋味を緩和させるため、産地ではカカオ収穫後、ただちに発酵させる。発酵が進むと、ポリフェノール量が減少し、渋味や苦味が和らいで、まろやかな味になる。

カカオ豆には本来酸味があるが、発酵で渋味・苦味が軽減され、酸味がより強く感じられるようになる。カカオ含有量が多いダーク・チョコレートを味わうと、さわやかな酸味に、かすかなほろ苦さが溶け合い、深い味わいに驚くことがある。カカオ豆のポリフェノールの含有量や調整の加減で、味のバラエティが生み出されている。

カカオ豆の三姉妹

カカオ豆には、ポリフェノールの含有量が異なる三種類の系統がある。
クリオロ種、フォラステロ種、トリニタリオ種という。
ポリフェノールの含有量が最も少なく、カカオの魅力を最良に発揮する品種は、クリオロ種である。苦味・渋味が少なく、カカオ豆独特の芳香が強い。クリオロ種でビター系のチョコレートを作ると、抜群の味になる。クリオロ種は生の豆を食べても美味に感じるという。しかし、病気に弱いため、栽培が難しい。稀少品種で、現在世界で生産されているカカオ豆の一%程度の生産量にすぎない。
フォラステロ種は、ポリフェノールを多く含む。栽培が容易な強い品種で、世界の生産量の約八五~九〇%を占める。味にパンチはあるが、苦味が強い。そのままでは、ビター系のチョコレートには向かない。しかし、ミルクをブレンドすると、フォラステロ種の強い個性がミルクと調和して、すばらしい味に変わる。
トリニタリオ種は、クリオロ種とフォラステロ種を交配させて、両方の特徴を生かした改良品種である。クリオロ種のすぐれた香味・風味と、フォラステロ種の病気に強い点を兼ね備え、世界の生産量の一〇~一五%を占める期待の品種である。

神々の食べ物

カカオは、学名をテオブロマ・カカオ (Theobroma cacao)といい、アオギリ科に属する樹木である。テオブロマは、ギリシャ語で「神 (theos)」の「食べ物 (broma)」を意味する。成長すると、七~一〇メートルの高さの樹木になる(口絵3)。幹に直接小さな花が咲く(口絵4)。これが大きな炎に成長し、幹や太枝からぶらさがる。この莢をカカオポッドという。これを割ると、白い果肉に包まれて、種子(豆)が三〇~四〇粒入っている。

カカオポッドの収穫は、通常は小刀などを用いて手作業で行われる。収穫後、白い果肉ごと種子を取り出して、集めて発酵させる(図表序-1)。
中の種子を傷めないように注意して、手作業でカカオポッドを割り、種子を取り出す。多くの人手を必要とする労働集約的な作業である。

発酵はカカオ豆の味わいを深める重要な一ステップである。カカオポッドから取り出した白い果肉と種子を積み上げて、バナナの葉で覆う発酵方法や、木の箱に一~二トンを詰めて発酵させる方法などがある。発酵によって、種子は摂氏五〇度程度まで温度上昇し、化学反応を起こして、アミノ酸などが生成される。アミノ酸はポリフェノールと反応して、
種子は褐色に変わり、カカオ独特の風味が生まれる。
発酵を終えると、種子を乾燥させる。乾燥によって、さらに味の熟成が進む。乾燥には、天日乾燥と人工乾燥の二通りがある。人工乾燥では、乾燥台の下に煙道を作り、木材を燃やして、煙道に高温の空気を通す方法などが用いられている。木材の種類や状態によっては、カカオ豆にスモーキーな香りが付着することがある。乾燥がすむと、袋詰めして出荷される。
クリオロ種の原産地は中米、フォラステロ種の原産地は南米のアマゾン川流域とされている。カカオの生育に適しているのは高温多湿地帯で、平均気温が摂氏二七度以上、年間降水量二〇〇ミリメートル以上が望ましい。この条件を満たすのは、赤道をはさんで南北の緯度が二〇度以内の地域で、かなり限定される。中南米、西アフリカ、東南アジアなどが これに該当する(図表2)。

中南米原産だったカカオは、西アフリカに移植された。フォラステロ種の生産地として成長したのは、西アフリカ・ギニア湾のサントメ島、プリンシペ島、フェルナンド・ポー島である。アフリカ本土のガーナに移植が始まったのは一八七九年で、これはちょうどスイスでミルク・チョコレートが発案された時期にあたる。苦味が強いフォラステロ種は、ミルクと混合すると個性が生きる。ミルクチョコレートの発案が追い風になって、アフリカでは、栽培の容易なフォラステ ロ種の生産が急速に拡大していった。
カリブ海のトリニダード島はスペインの植民地になったのち、クリオロ種が栽培されるようになった。十八世紀に不作 になり、フォラステロ種が移植されたため、クリオロ種とフォラステロ種の交配が進んで、トリニタリオ種が生み出された。
現在のおもな産地は、クリオロ種はベネズエラ、メキシコなど中米のごく限られた地域、フォラステロ種は西アフリカや南米、トリニタリオ種は中米や東南アジアなどである。二〇〇五/〇六年の世界三大生産国は、コートジボワール、ガーナ、インドネシアで、この三国で世界総生産量の七二・一%を占めている(図表序-3)。

中南米の森に育ち、「神々の食べ物」だったカカオ豆は、今ではこのように世界各地で生産されるようになった。多様になったカカオ豆を品種別・産地別に見ると、それぞれ微妙な味の違いがある(図表序-4)。
チョコレートをゆっくり味わうと、異なる味の違いを探求する楽しさがさらに広がるだろう。

2 カカオ豆のマジカル・パワー

カカオ「種明かし」

カカオ豆のアロマやフレーバーをしみじみ味わうと、心が落ち着く。
カカオには、アルカロイド(植物内で生成される有機化合物)の一種であるテオブロミンが含まれている。テオブロミンは、カカオ豆独特の香りを醸し出し、精神をリラックスさせ、集中力を高める効果がある。テオブロミンはカフェインと似た分子構造を持っており(図表序-5)、血管拡張作用、強心作用、覚醒作用があるが、カフェインほど刺激は強くない。

カカオ豆がコーヒー豆と大きく異なる点は、豆に含まれる油脂量である。
コーヒー豆のほうが油脂分は少なく、扱いに手間がかからない。
コーヒー豆の脂肪分は重量の一六%程度で、抽出のときに紙や布のフィルターが油脂を吸着してくれる。だから、豆を焙煎し挽いて、抽出すれば、そのままお客さんに飲料として出すことができる。コーヒーの場合、商品化のプロセスで油脂のコントロールが問題になることはあまりない。

一方、カカオ豆は四五~五五%程度の脂肪分を含む。カカオ豆の重量の半分は油脂である。豊富な油脂は、コクや旨味のもとであるが、油脂の処理に手間がかかることは事実である。カカオ豆は油脂をコントロールし、砂糖など他の材料を加えて調整して、ようやく商品になる。加工プロセスに手間がかかる。
チョコレートを食べると、心も身体も生き生きして、パワーアップする。栄養の源、エネルギー源になっているのは豊富な油脂である。油脂の処理の仕方が、カカオ豆特有の生産・加工のしくみと、製品を作り出してきた。

チョコへの「変身」

生産国から出荷して、消費国へ陸揚げされたカカオ豆は、おおよそ次のような加工プロセスをたどる(図表序-6)。

工場に搬入されたカカオ豆は、不良の豆やゴミを取り除く。良質の豆を砕きながら、皮も取り除く。ここで残ったカカオの胚乳部分を「カカオニブ」という。まさにカカオ一〇〇%の状態である。カカオニブをすりつぶす作業を「磨砕」という。カカオニブはすりつぶされて、褐色のドロドロ状態になる。これを「カカオマス」という。カカオマスには脂肪 分が約五五%含まれている。

飲料の「ココア」を作る場合、カカオマスの状態では脂肪分が多すぎて、飲みにくいため、「圧搾」によって、カカオマスから脂肪分を押し出して、脂肪分を軽減する。搾り出された脂肪分を「ココアバター」といい、残った固まりを「ココアケーキ」という。
ココアケーキを砕いて、細かい粒子にしたものが「ココア・パウダー」で、飲料用のココア粉末として使うのはこの状態のものである。
ココアバターは三〇〜三五度で融解する特質がある。これは人間の体温に近いため、チョコレートを食べると、口のなかでスムーズに溶ける。ココアバターは安定した脂質で、用途が多い。ココアバターで化粧品や石鹸も作られる。
チョコレートを製造する場合は、油脂五五%を含んでいるカカオマスに、さらにココアバターを加える。脂肪分を高めて、なめらかな口当たりにするためである。カカオマスに、ココアバターのほか、砂糖、ミルク等を加えて、「精練(コンチェ)」する。長時間練り上げることによって、粒子がさらに細かくなり、チョコレート独特の香りが強まる。充分練り上げたあと、ココアバターを安定させるため、「調温(テンパリング)」を行い、冷却・成形して、チョコレートができあがる。

チョコレート一族

このようにチョコレートの製造過程では、カカオマスにココアバターを加える。しかし、ココアバターは生産量が限られているため、高価である。そのため、ココアバターではなく、代用の油脂を使うことがある。代用油脂として用いられ
ることが多いのは、ココナッツ油、パーム油などである。
製造過程で、多様な材料が添加されるので、チョコレート業界では、チョコレート表示に関する規約を定めている。カカオ分や、ココアバターの含有量によって、製品は四種類に分類されている(チョコレート、ミルクチョコレート、準チ ョコレート、準ミルクチョコレート)。四種類のうち、カカオ成分が最も多いのが、いわゆる「チョコレート」で、日本の規格ではカカオ分が三五%以上で、そのなかにココアバターが一八%以上含まれている製品を指す。

近年、カカオ含有量が多いダーク・チョコレートの人気が高まっている。七〇%、八五%、九九%などの数字が気になるチョコ・ファンも多いことだろう。たとえば、「七〇%」という表示は、「カカオマス・ココアバター」の総量である。規約によって、ココアバターが一八%以上入っていることは確かである。しかし、製品によって「カカオマス」と「ココアバター」の割合は違う。A社の「七〇%」チョコは、カカオマス四〇%+ココアバター三〇%かもしれない。B社の「七〇%」チョコは、カカオマス二〇%+ココアバター五〇%かもしれない。「カカオマス」と「ココアバター」の割合によって、味も値段も変わる。
チョコレート・ショップに足を運ぶと、宝石のように並べられた粒々のチョコレートを「ボンボン・ショコラ」や「プラリネ」と呼んでいたりする。「ココア」を注文しようとすると、「ショコラショーですね」と言われることもある。統一された「チョコレート語」があるわけではなく、それぞれの製造者や、チョコ・ファンが、好みに応じて、好みの「チョコ語」を使っている。
この本ではシンプルにスイーツ・ロードを歩いていくことにしよう。日本で日常的に使われているように、固形で食べるものは「チョコレート」、液体で飲むものは「ココア」(または「カカオ飲料」)、チョコレートを使ったお菓子は「チョコレート加工菓子」と表記する。

カカオのグローバル・テイスト

スイーツ・ロードの旅支度として、旅のおおまかなスケジュールを述べておこう。中南米の「神々の食べ物」だったカカオは、世界各地に広がり、ココアやチョコレートに加工され、「グローバルな食べ物」になった。
十七世紀以降、「貿易」商品として、カカオ豆をヨーロッパへ運ぶしくみが作られていった。近代のヨーロッパでは、搬入されたカカオ豆を「生産・加工」するしくみが整い、ココアなどの加工商品が広まっていった。カカオ豆をめぐる「貿易体制」と「生産・加工体制」が車の両輪のように稼働して、ココアやチョコレートはグローバル・スケールの食品 に成長していった。
この本では、カカオのグローバル化の二つの成長エンジンである「貿易体制」と「生産・加工体制」に着目することにしよう。二つのしくみがどのように形成され、連動して、グローバル食品の成長を実現させていったか、その発展の歴史を解き明かそう。「生産・加工体制」の早期実現を果たしたイギリスのココア・チョコレート事情にフォーカスする理由もここにある。
「スイーツ・ロードをたどりながら、神々の楽園の果実「テオブロマ」が、万人に愛される「グローバル・テイスト」に変貌していった「褐色の宝石」の旅の物語を味わうことにしよう。

武田 尚子 (著)
出版社: 中央公論新社 (2010/12/1)、出典:出版社HP