高校で教わりたかった化学 (大人のための科学)

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化学の「なぜ」がよくわかる

「なぜそうなるのか」を理解するための重要な説明を、この本は丁寧に解説しており、とても充実した内容となっています。化学に興味のある方や、化学の好きな方はかなり楽しく読めると思います。

渡辺 正 (著), 北條 博彦 (著)
日本評論社 (2008/2/1)、出典:出版社HP

まえがき

日本の壁紙は,紙に見えても9割までが塩ビ(ポリ塩化ビニル)だという。 なぜ塩ビを選ぶのか? 糖尿病の人はインスリンの注射を受けるが,飲める なら痛い思いはせずにすむ。インスリンはなぜ飲めないのか?……というよ うな,材料や物質の「なぜ?」を解き明かすのが化学です。

プラスチックや化粧品, 衣類や家電製品は化学の知恵と技術が産みました。 すっかり普及した携帯電話も,20種どころではない元素を絶妙に組み合わ せ,驚異の機能を出させる製品です。このように化学は,理数系のうちで暮 らしにいちばん縁の深い科目だといえます。

大学の化学系に進む人はせいぜい1~2%。つまり国民の大半が化学の勉 強を高校で終える以上,化学は暮らしに役立つ科目であってほしい。かたや 化学系に進む少数派は,大学につながる話を教わりたい。

でも現実は? 教科書は商品カタログに似た味気ないもので,先生は「商 品名」「説明書き」と簡単な計算を教えるだけ。入試がそれしか要求しない からですね。教科書の実験も,指示に従い決まった結果を出すものばかり。 「なぜ?」がないから心に響かず,役にもあまり立ちません。

第2の点(大学への接続)もあやしくて、高校化学と大学化学の間には、 とてつもなく高い壁,深い溝があるのです(終章)。 高校でどんなふうに教わったら、二つの願いはかなうのでしょう?

政治とは民から富を集めて再分配する仕事――という言葉に出合い,目か らウロコがポロポロ落ちた経験があります。それと似て、化学の核心を突く 言葉は何なのか?・・・・と,研究・講義生活の中でぼんやり考えながら何年も たったころ、こんな言いかたがぴったりだろうと気づきました。

【化学の原理】 置かれた環境のもと,電子も原子・イオン・分子も、でき るだけ居心地をよくしたい(エネルギーを減らしたい)。
ドライアイスが液体を通らずに気化し,食塩が水に一定量まで溶け,紙が 燃え,鉄がさび, アルカリが酸を中和するのも, さらには岩が少しずつ風化 してゆき、生き物が命を保つのも,原理に従って粒子たちが安定化を目指す 現象なのです。
実のところ原理は,ミクロな粒子のほか「物体」でも成り立ち、あらゆる 自然科学に当てはまる。扱う素材でとりあえず物理・化学・生物・地学に分 け,中学→高校→大学・・・・とバーを上げていくだけのこと。・・・・そう悟った 人間が、なるべく身近な素材を使いながら,高校化学の範囲に入る 14 個の 「なぜ?」や「どのように?」を解剖してみました。そんな本書は,「エネル ギーをもとに物質の性質や変化を見つめる本」だといえます。

化学は、未開の地も多い豊かな物質世界に分け入って創造(ものづくり) を目指す学問ですが,その手前で想像の力を要求します(序章)。目に見え ない電子や原子・分子の姿やふるまいを思い浮かべる力です。

ただし粒子の世界は,日本の高校化学では扱わない量子論に従います。量 子論の感覚なしには,周期表(2章)も,H2O 分子の形(5章)も,色の変 化(14章)も、ホントのところはわかりません。そこで想像の助けにと, 量子論の計算から出る粒子の素顔(電子書のたたずまいや電子エネルギー) を1~5章にちりばめました。
14 個の疑問を正面から扱ったため,数式が少し顔を出します(ことに中 盤の7~10章)。数式にあまり慣れていない方は、説明文だけをたどってく ださい。最初に読む際、むずかしそうな箇所は飛ばし読みしてかまいません。 ときには電卓を使いながら手を動かし,何度もつき合っているうちに,数式 の意味を含めた「化学の理屈」がつかめてくると思います。

本書はこのままで大学入試の攻略本にはなりませんが、入試問題の基礎に ある化学の本質はお伝えします。また、国際標準の高校化学カリキュラムは本書の内容をほぼ含むため(終章),化学オリンピック予選に挑む高校生諸 君の手引きとして役立つでしょう。

受験には縁のないシニアの皆さんと,受験しても化学はとらないジュニア 諸君は,中身を純粋にお楽しみください。また,中学や高校で化学を担当な さる先生がたに本書のココロをつかんでいただけば,学校の化学を「暗記モ ノ」から少しずつ脱皮させることにもなるだろうと信じています。

化学といえば・・・・の「実験」を扱う余地はありませんでした。物質に触れ, 理論を確かめる実験の大事さは重々承知しながらも,そちらは世にあふれる 実験書にゆずります。

ただし、見たりやったりすれば楽しい実験も,原子・分子レベルの「な ぜ?」がなければ,「あぁきれい,おもしろかった」で終わります。ビー カーの中で何かを反応させたとき,「真空中を飛び交う分子やイオンが毎秒 100 億回もぶつかり合い,原理に従って原子どうしが結合を組み替える」あ りさまを想像できたら,実感はぐっと深まるでしょう。

本書は大部分を渡辺が書き(本文中の一人称は渡辺),量子論の計算と5 章の執筆を北條が担当しました。

東京学芸大学附属国際中等教育学校の鮫島朋美教諭,同大学附属高校の岩 藤英司教諭,東京女学館中高校の柄山正樹教諭,東京大学の下井 守教授と 尾中 篤教授,早稲田大学の神崎夏子講師ほか数名の方からは,原稿に貴重 なコメントを頂戴しました。章扉や本文用の写真を提供してくださった方々 と本書の企画・刊行にご尽力いただいた日本評論社の佐藤大器氏にも深謝 します。

2008年1月 著者を代表して
渡辺正

渡辺 正 (著), 北條 博彦 (著)
日本評論社 (2008/2/1)、出典:出版社HP

目次

まえがき

序章 見えない世界
1章 安定な元素はいくつ?
2章 周期表とはなんだろう?
3章 ナトリウムのイオンはNa+なのに、なぜ窒素のイオンはNO3-のか?
4章 原子はなぜつながり合う?
5章 H2O分子は、なぜ「く」の字に曲がっている?
6章 モルとは何か?
7章 熱と温度はどうちがう?
8章 2H2 + O2 → 2H2Oの矢印は、なぜ右を向く?
9章 化学反応は,どのように進むのだろう?
10章 化学反応は,最後まで進みきるのか?
11章 水に溶けやすい物質と溶けにくい物質は,どうちがう?
12章 電池のパワーは、どこから出てくる?
13章 水を電気で分解するのに、なぜ硫酸などを溶かすのか?
14章 フェノールフタレインは、どうして赤くなる?
終章 教科書の記述は正しい…のか?

参考図書
付録1 標準生成ギブズエネルギーAGの例218
付録2 標準電極電位Eの例219
索引

渡辺 正 (著), 北條 博彦 (著)
日本評論社 (2008/2/1)、出典:出版社HP

序章 見えない世界


水滴(協力:高野清,撮影:倉科満寿夫)
液体の水は、おびただしい数の H.O分子が集まっただけのもので,分子と分子 のすき間には何もない。水滴の絶妙な形も,落ちる寸前におよそ 0.05 cm2 となる体 積も,H,0分子どうしの引き合いから生まれる。

原子や分子には、もう中学校理科の終わり近くで出合う。高校ではいきな り原子・分子・イオンの話になるけれど,なにしろ目には見えないものだか ら、以後の話が実感しにくい。だから私も高校の化学は好きになれなかった。
化学の話を実感するには、見えない世界を思い浮かべる力をつけたい。身 近な水と空気を素材にして,分子の大きさや数,動きなどのあらましから始 めよう。

1. クレオパトラの H2O

古代エジプト最後の王クレオパトラ(前 69 ~前 30年)は, ローマとの交 流で歴史に大きな名を残す。絶世の美女だったとも伝わる。
どれほどの大物だろうと美女だろうと,私たちと同じく、日にほぼ2リッ トルの水をとり、ぴったり同じ量を尿や汗に出し続けた。39年半の生涯で は約 25 m (25トン)にもなったはず。
地球をめぐる水

図1 地球上にある水
その他(多い順に塩湖・淡水湖・土壌水・水蒸気・河川水・生物内): 計0.02% ない。

人の体から出た水は,蒸発して大気氷河・氷冠に混じるか、水路や川を通って海に行 く。蒸発した分もいずれ雨や雪になっ て落ち、川や湖や海の水に混ざってし まう。
水の97.4%までは,平均深さ4000海水 mの海にある(図1)。水は海からし じゅう蒸発し,だいたい10日でまた 地球表面に戻る。そうした旅の途中,その他水をつくっている原子はけっして壊れない。
クレオパトラの死から2000年以上たつ。 海の表層には流れがあるし、深みには数百年で一巡する深層循環もあるため, 彼女の体から出た水は、もう地球のすみずみに行きわたった。
1滴の水
地球上には1,390,000,000,000,000,000 m(立方体にしたら一辺1100 km) の水がある。2000年前にクレオパトラの体を通った25mは、総量の 550億 分の1の、さらに100万分の1にあたる。
割合はごくわずかでも、水の1滴(約 0.05 cm2) は 1,670,000,000,000,000,000,000 個の H2O 分子 (図2)からできている。上と同じ比率なら,そ の1滴は「クレオパトラの H2O」を3万個も含む。 つまり, アマゾンの密林に落ちる露の1滴も,図2 H2O分子の形 さっき読者が飲んだコーヒーの1滴も,クレオパー トラの H2O 分子を3万個ほど含んでいる。コップ1杯の水 180 cmには1億 個,読者の体内には 200億個だ。
こうした数字が、分子の小ささをよく語る。目に見える大きさの物体は無 数の分子や原子からでき、そんな世界で1万個や1億個はゼロに近い。

図2 H2O分子の形

2. スカスカで騒がしい世界

水の素顔
H2O 分子は決まった大きさをもつ。それをもとにはじ いてみると、液体の水は体積の 60%近くまでが真空だ とわかる。すき間などなさそうな水も,意外にスカスカ なのだ。
また、水をかき混ぜるか揺するかしないかぎり、コッ プの中は静かそのものに見える。けれど理論や実験の結 果によれば,自由なH2O分子は秒速600 m で動き回り、 しじゅう仲間にぶつかっている。ある1個のH2O分子 が仲間にぶつかる回数は、毎秒16~10兆回にのぼる (7章)。
水に溶けた物質の粒子も,実験で使う濃度なら,毎秒100億~1000億回 ほど仲間にぶつかる。ぶつかったとき、どこかの結合が切れたり、新しく生 まれたりすることがある。それが化学反応の世界にほかならない(9章)。
温度と騒がしさ
熱湯と冷水はどこがちがう?・・・・この問いが,大学に入ってすぐ学ぶ「数 力学」で脳内がウニ状態だった私の目から, ウロコを何枚か落としてくれた。

(a)誤ったイメージ
(b) 実体に近いイメージ
図3 液体の水:誤ったイメージ(a)と,実体に近いイメージ (b)

水はH2O 分子の集まりだと中学で習う。頭ではそうかと思っても,「H2O分子の間に何かがある」イメージ(図3(a))が抜けきらない。化学史を振 り返ってみれば,私の脳みそは 200年前の人々と似たレベルだった。だが上 記の問いを頭に置いて考えるにつれ,「H2O分子が集まり,動き回っている だけ」というイメージ(図3(b))が少しずつはっきりしてきた。
皮膚の表面はタンパク質の分子ででき,温度計の先端にはケイ素や酸素の 原子が並ぶ。分子も原子も,たえず動いている。湯に指を入れたらH2O分 子がタンパク質分子にぶつかる。そのときタンパク質分子はエネルギーをも らって運動が活発になり、神経細胞に信号を生み,私たちは「熱い」と感じ るのだ(7章)。
空気はほとんど真空
空気は透明だし、重さも感じないけれど、けっして「無」ではない。数字 で当たってみよう。空気1mの重さは1.2 kgで、普通サイズ(9 m × 7.5 m×3m)の教室は容積が約 200 m 。密度をかけた空気の重さ240kgは大 人の体重およそ4人分だから、空気も意外に実質がある。
ただし空気のスカスカ度は、むろん水どころではない。長さを2000万倍 に拡大したら、空気はおおよそ図4(天地の幅と同じ奥行きをもつ箱)のイ メージになる。いちばん多い窒素分子 N2(同じ倍率でサイズ6mm)がかろうじて1個だけ見え、白い部分(体積で99.96%)は真空だ。
図4 2000万倍に拡大した空気の姿

おなじみの組成(窒素:酸素 4:1)に合う「窒素分子4個+酸素分子 1個」を見たいなら、5個の箱を合体させなければいけない。さらに,合体 50 箱でH2O分子1個が,100 箱でアルゴン原子1個が顔を出す。近ごろ話 題になる二酸化炭素は,2500 箱の合体でようやく1分子が見える。
分子の動き
図4の矢印は、1兆分の1秒間に N2分子が飛ぶ平均距離を表す。分子サ イズから計算すると、矢印のほぼ 200倍の距離を飛ぶたびに分子は別の分子 とぶつかる。つまり、ある1個のN2分子は,毎秒 50 億回も仲間と衝突をく り返す。容器に入れた分子なら、壁にもしじゅうぶつかっている。
見た目は静かな空気の中で進むこういう騒がしいドラマが,気体の圧力を 生み(7章), 光化学スモッグをつくる。

3. 万物は万物を含む

空気の成分
図4の拡大率だと窒素分子1個しか描けない空気も,目に見える体積には 万物を含む。呼吸1回で吸う空気 500 cm の成分を眺めよう。

窒素(78%)から酸素・水蒸気・アル ゴン・二酸化炭素(0.04%)ネオン・へリウム (0.0005%) ・メタン・クリプトン・水素・一酸化炭素・一酸化二窒素・キセノン(0,00001%)までの13種は除き,きれいな空気 500 cm が含む物質のうち,猛毒の一部を表1にまとめた。
表1 空気 500 cm”が含む有害物質(一部)

物質 分子・原子数
オゾン(O3)分子 240兆個
二酸化硫黄(SO2)分子 60兆個
アンモニア(NH3)分子 10兆個
硫化水素(H2S)分子 6000億個
水銀(Hg)原子 3000億個
鉛(Pb)原子 50億個
塩化水素(HCl)分子 10億個
ダイオキシン分子 1億個

図表1.有害物質
表1のリストは氷山の一角だ。1万個 レベルまで見れば、最強の発がん物質ベンズピレンを始め,何千何万種とい う毒性気体も並べなければいけない。とはいえ,さっき述べたように,1万 個だろうと1兆個だろうと「ものの数ではない」ため,健康に問題を起こす 量ではない。
空気 500 cmが含む分子の総数と,成分いくつかの個数を比べたら,下の ように書ける(表1を見ながら,ほかの成分も書きこんでみよう)。
体の成分
私たちは日ごろそんな空気を吸っている。食卓にのぼる生物(食品)も, そんな空気や,おびただしい種類の物質を含む土と水に触れながら育った。 きれいな米ひと粒が5兆個のカドミウム原子を含み,人体の組織1 mgが PCB分子を100億個ほど含むのも、だから不思議なことではない。
高級な装置で人体の組織を分析すれば,水素からウランまでの全元素がつ かまる。金も銀も白金も,ヒ素も水銀もタリウムも入っている。
以上のような感覚を身につけたら、健康にからむ環境問題を見る目もだい ぶ変わってくるだろう。

4. 目に見えないものを「みる」

ソンな分野
ロボットや建築の研究なら, 成果がくっきりと目に見え,話 もわかりやすい。ソフトウェア の開発も成功・失敗は一目瞭 然。かたや化学は,目に見えな い原子・分子を相手にするから 他人に説明しにくい。ソンな分 野だ。

図5 光学顕微鏡で見た単細胞生物の珪藻
(提供:ニコン・大木裕史)

0.01 mm ものを見るには可視光を使う。波長(14章)以下のものは識別できないため、最先端の光学顕微鏡も分解能は 0.0003 mm どまり(図 5)。原子・分子はその3桁も下,1億分の1cm の世界にいる。
とはいえ科学はそこに突破口を開けた。中学・高校ではまず無理だが,大 学や大学院に進むとミクロ世界を覗く手段あれこれに出合う。その一部を眺 めておこう。
理論・計算でつかむ
筋のいい理論があれば、見えた現象から見えない世界の出来事をつかめる。 たとえば,一定時間の反応で生まれた物質の量は,分子やイオンが1秒間に ぶつかり合う回数を教えてくれる(7章)。
可視光でなければ見える !
X線の波長は1億分の1 cm 以下しかない(14章)。結晶に当てたX線は 決まった方向に強く反射され,そのパターンが,原子のつながりかたを物語 る(5章)。
1980年代には,1億分の1 cm ほど離れた原子間に流れる 電流や,原子間に働く力を測っ て原子や分子を「みる」道がひ らけた。電流を測る装置を走査 トンネル顕微鏡(STM), 力を 測る装置を原子間力顕微鏡 (AFM)という。AFM を使うと,ケイ素=シリコンの表面が図6のように見える。

図6 AFM で見たケイ素結晶の表面
(提供:川勝英樹)

このように先端科学では原子や分子が「みえて」きた。本書に登場する分 子やイオンの姿も、空想の産物ではなく、確かな裏づけがある。

5. 足元の闇

小学校の算数では加減乗除の計算と推論の初歩をやり,中学高校では方程 式やグラフを学ぶ。小~中~高の連続性がよくて,原点となる1 + 1 = 2 には一点の曇りもない。だから、ある段階までの力は誰でもつく。
化学の宿命
化学はそこが苦しい。原子・分子の世界に日常感覚は通用せず,高校物理 もお手上げだ。なにしろ水素原子の素顔さえ、日常感覚にまるで合わない (1章)。化学反応も,色の変わる現象も,そういうつかみどころのない原子 が起こす。つまり化学は、どうしても手さぐり前進になる宿命をもつ。
原子の性質は電子が決め、電子のふるまいは量子論に従う。周期表の姿 (2章)もH2O 分子の形(5章)も,量子論の感覚なしにはわからない。
量子論は大学の内容だから、とりあえず深い理解はあきらめよう。とはい。 え,高層ビルから見下ろせば建物の位置関係がつかめるように,量子論のサワリを知れば見晴らしがよくなる話も多い。そう思って本書では,さっそく 次の1章から,ときどき量子論の結果をもち出す。ちなみに海外諸国は,量 子論の初歩を高校化学の必修項目にしている(終章)。
量子論を含め、日本の高校であまり教えない話題は11で囲った(第1号 が次ページにある)。飛ばしてもかまわないけれど,お読みいただけば霧も 晴れ手さぐりの不安が減ると思う。

6.「化ける」もと=エネルギー

変化の向きとエネルギー
リンゴが下に落ちるのも,川が海へと 高 流れるのも,エネルギーを減らしたいと いう自然の本性が起こす。そうした変化 は,上下をエネルギー軸として,図7の ように表せばわかりやすい。
図7 自然に起こる変化

同じことは化学変化にも成り立つ。日 本の高校ではおもに熱の形で出入りする
エネルギーを考える。けれど粒子の「バ ラバラになりたい」性質から来るエネル ギーもあって、両方を考えないかぎり変化の向きはわからない(8章)。二 つの和を改めて「エネルギー」とみたとき,化学変化はこうまとめられる。
1 物質はエネルギーが高いほど不安定 = 活性で,低いほど安定 = 不活性。
2ひとりでに起こる変化は、必ずエネルギーが減る向きに進む。
エネルギーの単位
エネルギーはJ(ジュール)単位で測る。約1kgの物体を 10 cm もち上げ るのに必要なエネルギーが1J ・・・・というピンとこない単位だが,やむをえない。むかし使った cal(カロリー)は、「1 cal = 水 1g の温度を1°C上げる。 エネルギー」というわかりやすい単位だった(1 cal = 4.18 J)。
化学では物質の量をモル単位で測るため(6章),エネルギーもモルあた りにする。ただし」だと値が大きくなるから,ふつうは 1000 倍のkJ を使っ て kJ/mol(キロジュール・パー・モル)と書く。たとえば酸素分子O=O の結合を切ってバラバラのO原子とするには,約 500 kJ/mol のエネルギー がいる。
電子ボルト(eV)という単位
値が数百になるうえ「キロ(1000)」もつく「kJ/mol」という単位は,まだ 少々わかりにくい。日本の高校では使わないけれど,便利な eV(読みは「電子ボ ルト」か「エレクトロン・ボルト」か「イー・ヴィー」)という単位を紹介しょ う。1eVは「電圧 1Vで加速された電子1個のエネルギー」を表し,kJ/mol との 間には次の関係が成り立つ。
1eV = 96.5 kJ/mol 「原子間の結合エネルギー(4章)は2~6eV,原子のイオン化エネルギー(2 章)は3~25 eV, 可視光のエネルギー(14 章)は 1.7 ~ 3.1 eV の範囲に入り, 余計な指数もつかないため、扱いやすいし覚えやすい。そのため次章から,一部 の話では eVをエネルギーの単位に使う。

7.まとめ

以下の章を読み進めるときは,次の3点をいつも心に置こう。
1 原子・分子は目に見えない(が,まちがいなく実在する)。
2 原子・分子の姿や性質をつかむのに、日常感覚は役に立たない(が,私たちには想像力がある。想像の翼をめいっぱい広げよう)。
3 物質が変化する話になるたび、図7のイメージを思い起こそう。

渡辺 正 (著), 北條 博彦 (著)
日本評論社 (2008/2/1)、出典:出版社HP