アフターコロナ 見えてきた7つのメガトレンド

【最新 – コロナ後はどうなるか?を知るおすすめ本】も確認する

コロナ禍の記録

日経BPが、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大、それに対する日本の対応をドキュメント風に振り返り、そして、それは今後の我々の(経済)生活をどう変えるのかについて、著名なビジネスマン、学者、政治家、芸術家、作家など31人へのインタビューを踏まえてまとめたムック本です。コロナ禍の経過の記録として、手元に置いておきたい一冊です。

日経クロステック (編集)
出版社 : 日経BP (2020/6/2)、出典:出版社HP

Contents 目次

プロローグ
描きかけの地図を携えて「アフターコロナ」を生きる
「Stay Home」から始まったルネサンス

1章 ドキュメント
経済ロックダウン
緊急事態宣言の衝撃
未曽有の2カ月が始まった
コラム① 今さら聞けない「新型コロナ用語」

2章 タイムライン
異変から、危機へ128日間の混乱劇
1~2月 中国発、原因不明の肺炎客船の来航で楽観が消えた
3月 始まった需要“蒸発”混乱の舞台は中国から欧米へ
4月 史上初の緊急事態宣言「コロナ倒産」100件超え
5月 緩和と再拡大のイタチごっこ 世界が模索する「共生」
コラム② 感染症とテクノロジーの2000年史

3章 業界別分析
コロナショック、崩れた既存秩序
【自動車】 2000万台の需要が蒸発
【機械】 連鎖する操業停止、受注額4割減に
【電機】 急務となった生産現場改革
【IT】 DX加速、常駐は見直し
【通信】 5G展開計画に不透明感
【医薬】 検査と治療法開発で相次ぐ特例
【建設】 ゼネコンで相次ぐ工事中断
【住宅・不動産】 調達難・営業難・開業延期で混乱
【金融・フィンテック】 3兆円規模で吹き飛ぶ銀行利益
コラム③ 日経クロステック編集長、緊急座談会

4章 キーパーソンが語る
私たちの「アフターコロナ」
日立製作所社長 東原敏昭
アリババDAMOアカデミーAIセンター 華先勝
建築家 隈研吾
日本交通会長 川鍋一朗
衆議院議員 平井卓也
星野リゾート代表 星野佳路
『感染症の世界史』著者 石弘之
経団連会長 中西宏明
連合会長 神津里季生
医師 武藤真祐
理化学研究所 松岡聡
リクルート執行役員 山口文洋
レオス・キャピタルワークス社長 藤野英人
米ズーム・ビデオ・コミュニケーションズCEO エリック・ユアン
ボストン コンサルティンググループ日本共同代表 杉田浩章
作家 竹内薫
編集者 若林恵
ライゾマティクス・アーキテクチャー主宰 齋藤精一
米ムーブン創業者 ブレット・キング
インテル 野辺継男
京都大学大学院教授 藤井聡
東京大学大学院教授 藤本隆宏
社会学者 小熊英二
経済産業省 中野剛志
早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄
経済産業省 江崎神英
情報通信研究機構理事長 德田英举
建築家 內藤廣
慶應義塾大学教授 村井純
ベンチャーキャピタリスト 伊藤穣一
立命館アジア太平洋大学学長 出口治明
コラム④ 新型コロナウイルスの影響を2段階で考える

5章 アフターコロナ
見えてきた7つのメガトレンド
分散型都市
大都市化の終焉、試金石はトヨタ
ヒューマントレーサビリティー
「監視社会」か「救世主」か
ニューリアリティー
オンラインが揺るがすリアルの在り方
職住融合
オフィスと住宅を再発明せよ
コンタクトレステック
「密」回避社会のキーテクノロジー
デジタルレンディング
テクノロジーが仕掛ける「血行促進」
フルーガルイノベーション
危機で輝く逆境生まれの革新術

エピローグ 危機の21世紀
「ビフォーコロナ」を振り切り、人間社会は強くなる

日経クロステック (編集)
出版社 : 日経BP (2020/6/2)、出典:出版社HP

プロローグ 描きかけの地図を携えて「アフターコロナ」をここで生きる

ベストはルネサンスを生んだ。では、新型コロナウイルスは何を生むのかー。
ボッカチオの作小説「デカメロン」から、2本の補助線を引いてみたい。
新しい地図はいまだ存在しない。描きかけの地図を上書きしながら、
我々は「アフターコロナ」を生きていく。

「Stay Home」から始まったルネサンス
「デカメロン」から導く2本の補助線

「ボッカチオの小説「デカメロン」は読みましたか」――。
立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明は今、学外を含めた会議の場などで、会う人会う人にこの古典を薦めている。
14世紀イタリアの作家ジョバンニ・ボッカチオの代表作である「デカメロン」。1348年から53年ごろに書かれたとされる。当時は欧州でペスト(黒死病)が猛威を振るっていた時期であり、この物語はペストの招歌を逃れようとフィレンツェ郊外の別荘に集まった10人の男女の物語だ。
ライフネット生命保険社長を経て現職に転じた「知の巨人」である出口が、周囲に推す理由はここにある。

「デカメロンは『Stay Home』の物語なんです。登場人物たちは『こんな時、ふさぎ込んでいてもしょうがない』と考え、ユーモアが大事だと様々な物語を口々に語っていく。そして、それがルネサンスという“うねり”へとつながっていく」
出口が指摘するように、欧州を飲み込んだベストは、ルネサンスのきっかけとなった。では、新型コロナウイルスは何を生むのか――。本書の序論として、「デカメロン」をヒントに2本の補助線を引いてみたい。

ボッカチオによる「人間回帰」
デカメロンが別荘に集まった10人の物語であることは既に述べた。作中、この10人は好き勝手に作り上げた物語を1日に1話ずつ語っていく。10日で10人が紡いだ掌編は計100話。「デカメロン」はギリシャ語の「deka hemerai=10日」に由来し、「十日物語」とも訳される。出口が言うように、10人が語る物語はユーモアにあふれる。ペストからの逃避の物語であるにもかかわらず、妙に明るく、振り切れているのだ。
象徴的なのが、5日目第8話で語られる「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」だ。「ビーナスの誕生」で著名な画家サンドロ・ボッティチェリがこの物語を下敷きに描いた絵画でも知られる(上の絵画を参照)。
主人公のオネスティは好意を抱いていた女性に振られ、傷心して森の中を歩いている。そこで、裸の女を追い回す騎士と出くわす。2人は亡霊であり、騎士はかつてその女に結婚を申し込んだが断られて自殺していた。恨みは消えず騎士は亡霊となり、未来永劫、女を殺し続けていく。その凄惨さは、ダンテが「神曲」で描いた地獄のオマージュとも考えられる。オネスティは森での出来事を好意を抱く女性に伝え、「断ると、あなたもこうなる」と告げる。脅しにも似た言葉で、女性は結婚に同意する一。何とも不思議な話である。この物語だけではない。100話には、不倫や破滅、略奪、好色など、欲望に忠実な人間の性をありのまま躊躇なく描いた物語であふれている。ペストがまん延し、欧州で5000万人が命を落とす中で、ボッカチオが志向したのは「人間への回帰」あるいは「神の支配からの脱却」だったのだろう。ボッカチオが憧れたダンテの「神曲」になぞらえ、デカメロンが「人曲」と呼ばれるゆえんはここにある。この試みは、人間を中心として描くヒューマニズム(人文主義)へと発展していく。
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が落ち着いた後の世界にも、同様の志向がみられるに違いない。アフターコロナを読む第1の補助線として、本書では、「人間中心」というキーワードを挙げたい。
4章で登場する多くの論客が、異口同音に「人間への回帰」を意味する言葉を口にした。「密」の回避は、企業に対し「従業員ファースト」を迫った。「ひふみ投信」を運用するレオス・キャピタルワークス社長の藤野英人は、利益至上主義の限界を指摘し「健康経営が本当に浸透しているかどうかが試されている」と語る。
消費者の行動も変化するだろう。日立製作所社長の東原敏昭は、「アフターコロナのポイントは、人間中心社会だ」とした上で、テクノロジーからイノベーションが生まれるのではなく、人々のニーズが次のテクノロジーを生むという「反転」が起こると予想する。
効率を優先した都市構造やオフィスの在り方も、人々がより働きやすい形に姿を変えるだろう。APU学長の出口は、ペストによって宗教改革が起こったことを引き合いに「生き方改革が起こる」とみる。こうした変化を、本書5章では「分散型都市」「職住融合」「ヒューマントレーサビリティー」というトレンドとして描く。

制約が生んだ新たな物語
デカメロンから引くもう1つの補助線は「制約が生み出す価値」である。
同書がルネサンスにもたらした功績は、その内容だけではなかった。
この小説が特殊なのは、その構造にある。登場人物が織りなす人間模様が描かれるのではなく、10人それそれが創作した物語を、1日に1話ずつ語り部として紡いでいく「物語中物語」という入れ子構造を取る。「枠構造」とも呼ばれるこの様式によって、ボッカチオは市井の人々が自分の言葉でストーリーを紡ぐことを可能にした。デカメロンが「世界初の近代小説」と呼ばれる理由の1つはこの構造に起因する。以後、同様の構造を持つ小説が欧州で生まれていく。ボッカチオは、登場人物が語るという「フレーム=枠」を設定し、新たな物語を発明した。この「制約下でこそ生まれる発明」は、文学の領域だけにとどまらないだろう。テクノロジー、カルチャー、サービス…。
新型コロナ幅で生きる我々の手掛かりになるはずだ。
対面が難しいという制約条件は、あらゆる産業に再発明を迫る。「コンタクトレステック」の必要性が高まる一方で、オンラインとリアルが融合した「ニューリアリティー」とも言える概念も生まれ始めている。危機下でスピードが求められるなか、「デジタルレンディング」と呼ばれる新たな融資の在り方も見えてきた。
逆境は、イノベーションの方法論にも変革を要請している。ひっ迫する医療分野を筆頭に、従来のサービスや製品を基に、現場のニーズに合った安価で高機能な製品を再設計する方法論が脚光を浴びる。「フルーガル(検約的イノベーション」と呼ばれるその方法は、アフターコロナを象徴するキーワードになるはずだ。「人間中心」「制約が生み出す価値」ー。2本の補助線はやや抽象的で、おぼろげだ。新型コロナによる短期的な混乱が明けたフェーズを「アフターコロナ」と定義するなら、我々はまだその世界の新しい地図を手にしていない。ただ、そのヒントは見えてきた。描きかけの地図を更新しながら、私たちは新常態(ニューノーマル)を生きていく。(文中敬称略)

日経クロステック (編集)
出版社 : 日経BP (2020/6/2)、出典:出版社HP