コロナ危機の経済学 提言と分析

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ポストコロナの経済・社会の展望

新型コロナウイルスによって、日本の産業や経済は甚大な影響を受けています。感染拡大を抑制しつつ、経済活動を維持するためにはどうすればいいのか、最適な政策やコロナ禍の実態がよくわかる1冊です。

小林 慶一郎 (著, 編集), 森川 正之 (著, 編集)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2020/7/18)、出典:出版社HP

目次

序章――森川正之
コロナ危機と日本経済

第1部 今、どのような政策が必要なのか

第1章――小林慶一郎・奴田原健悟
コロナ危機の経済政策――経済社会を止めないために「検査・追跡・待機」の増強を
第2章――鶴光太郎
コロナ危機の現状、政策対応及び今後の課題――「大いなる制度変化」に向けて
第3章――八田達夫
パンデミックにも対応できるセーフティネットの構築
第4章――佐藤主光
コロナ経済対策について――財政の視点から
第5章――小黒一正
迅速な現金給付と「デジタル政府」の重要性――COVID-19の出口戦略も視野に
第6章――戸堂康之
コロナ後のグローバル化のゆくえ
第7章――山下一仁
新型コロナウイルスと食料安全保障
第8章――楡井誠
社会的距離政策・外部性・デジタル技術
第9章――土居丈朗
コロナ危機で露呈した医療の弱点とその克服
第10章――中川善典・西條康義
ポスト・コロナのフューチャー・デザイン

第2部 コロナ危機で経済、企業、個人はどう変わるのか

第11章 ――関沢洋一
感染症のSIRモデルと新型コロナウイルスへの基本戦略
第12章長――長岡貞男
創薬による新型コロナウイルス危機の克服
第13章――小西葉子
POSで見るコロナ禍の消費動向
第14章――宮川大介
コロナ危機後の行動制限政策と企業業績・倒産――マイクロデータの活用による実態把握
第15章――菊池信之介・北尾早霧・御子柴みなも
新型コロナ危機による労働市場への影響と格差の拡大
第16章――黒田祥子
新型コロナウイルスと労働時間の二極化――エッセンシャル・ワーカーの過重労働と日本の働き方改革
第17章――森川正之
コロナ危機と在宅勤務の生産性
第18章――藤田昌久・浜口伸明
文明としての都市とコロナ危機
第19章――近藤恵介
感染症対策と都市政策
第20章――中田大悟
パンデミックの長期的課題――子供への影響を中心に

終章――小林慶一郎・佐藤主光
コロナ後の経済・社会へのビジョン――ポストコロナ八策

あとがき――今、求められる対処と長期的な展望

索引
執筆者紹介

小林 慶一郎 (著, 編集), 森川 正之 (著, 編集)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2020/7/18)、出典:出版社HP

序章

コロナ危機と日本経済
森川正之*
* 一橋大学経済研究所教授、経済産業研究所(RIETI) 所長

1. はじめに

コロナ危機の影響
本書は、新型コロナウイルス感染症(以下、「新型コロナ」)の世界的な拡大と深刻な経済的影響――「コロナ危機」――と政策対応について、日本の経済学者の分析と提言をまとめたものである。
2019年末に中国で発生した新型コロナは、グローバルな人の移動を背景に急速に拡散した。感染者は世界のすべての国にわたっており、6月下旬の時点で累積感染者数は1,000万人を、死亡者数は50万人を超えている。最近は発展途上国での増加が顕著になっている。日本でも感染者数は累計1万8,000人を超え、死亡者数は1,000人近くなっている。ただし、感染者数はあくまでも検査で確認された数字に過ぎず、無症状者を含めた実際の数字ははるかに多いと考えられている。また、感染の有無がわかっていない死亡者も相当数あると見られ、感染率や死亡率の公表値には不確実性が極めて大きい。
コロナ危機は、ほとんどの人が想定していなかった事態である。例えば世界経済フォーラムのGlobal Risks Report 2020(2020年1月)において、感染症は発生確率の上位10項目に含まれておらず、発生した場合の影響度でも下位に位置付けられていた。経済予測の専門家の中にもこの事態を想定していた人はいなかった。
コロナ危機は既に世界経済に深刻な影響をもたらしている。本書が出版されている頃には既に2020年第2四半期の経済指標がほぼ明らかになっているはずだが、日本を含む主要国の経済指標は世界金融危機時を上回るマイナスを記録している可能性が高い。OECD(経済協力開発機構)の世界経済見通し(2020年6月)は、年内にコロナ感染症の第二波が起きた場合、2000年の世界の経済成長率-7.6%という大きなマイナス成長を予測している(日本は-7.3%)。2021年には+2.8%という回復を見込んでいる(日本は-0.5%)が、不況の深さや長さの不確実性は高い。今後、世界や各国の経済見通し改定が頻繁に行われているだろう。
5月頃から各国で社会的離隔(social distancing)措置を緩和する動きも広がったが、平時と同様の活動ができるようになったわけではなく、また感染動向次第で再び規制が強化されることも十分ありうる。コロナ危機が最終的にいつ終息するかによるが、戦後の大きなショックを上回り、戦前の世界恐慌に匹敵する可能性もないとは言えない。

コロナ危機の経済分析
コロナ危機は、石油危機、世界金融危機、東日本大震災といった大型のショックと比較されることが多いが、過去の経済危機や自然災害とは顕著な性質の違いがある。生産・消費といった経済活動自体が感染を拡大するという特異性である。不況に対しては、金融政策・財政政策で需要を刺激するのが教科書的な処方箋になるが、コロナ危機の場合、需要拡大策自体が感染拡大を助長し、危機を深刻化する。生産活動が外部不経済効果を持つという点では、水質汚濁、大気汚染といった公害問題と類似した面があるが、対象が広範なセクターに及び、消費活動も負の外部性を持ち、拡大のスピードが極めて速いという点で大きく異なる。
こうした事態に直面し、経済学者の研究も活発化しており、3月頃からコロナ危機に関する論文が急増している。査読付き学術誌での刊行には時間がかかるため、現時点ではディスカッション・ペーパーなどの形で公表されているものがほとんどだが、欧州の代表的なシンクタンクである経済政策研究センター(CEPR)は、3月下旬からコロナ危機に関連する代表的な研究論文をまとめたCovid Economicsという電子雑誌をスタートし、高頻度での刊行が続いている。
最も特徴的な研究は、医学分野で標準的な感染症の数理モデル(「SIRモデル」)を経済活動を折り込む形に拡張した理論モデルを構築し、一定の仮定の下に感染者数と経済的影響をシミュレーションして、最適な社会的離隔政策を検討するタイプの分析である。ランダムなPCR検査や抗体検査を行う国が現れており、また、外出禁止令遵守の実態や感染抑止効果を事後評価する分析結果も出始めているので、次第に精度の高いシミュレーションが可能になると期待される。
もう一つ特徴的なのは、コロナ危機の広がるスピードが極めて速いため、経済的影響をリアルタイムに近い形で把握した分析が活発なことである。政府統計も徐々に利用されるようになってきたが、月次や四半期の統計データは遅れるので、株価、携帯電話の位置情報、クレジットカードの購買履歴やPOSデータ、民間のオンライン求人求職データ、新聞報道のテキスト分析など、日次や週次の高頻度データを活用した研究が多い。海外ではいくつかの企業が携帯電話の位置情報データを研究者に無償で公開したり、新型コロナ関連の論文を無料で閲覧可能にしたりしており、研究の進展に貢献している。個人や企業を対象としたインターネット調査に基づく研究も徐々に進んでいる。

本書の意図
強力な離隔政策は感染者数や死亡者数を抑制する上で間違いなく有効だが、少なくとも短期的な経済コストは非常に大きい。経済活動を完全に停止すれば感染者数の増加は大幅に低減できるが、人々の生活はもちろん医療活動も維持できなくなる。そうしたトレードオフの中での最適な政策選択を扱うことは、経済学の比較優位である。
コロナ危機は経済活動全般に及んでおり、マクロ経済学、医療経済学、労働経済学、ファイナンス、行動経済学、国際経済学など経済学のほぼすべての分野の研究課題である。本書の各章は、日本の経済学者のうち、経済産業研究所(RIETI)の研究に何らかの形で関わっている方々、したがって政策志向の強い研究者が執筆に当たった。専門分野は様々であり、知名度の高いベテランからフレッシュな中堅・若手の研究者までバラエティに富んでいる。5月末頃までの情報をもとにした暫定的な論考であり、執筆時期から本書刊行までのラグを考えるとout of dateになる部分があるかもしれない。しかし、書籍として公刊することによって多くの方々の目に触れ、批判的なものを含めて見を仰ぐことが、今後の研究や政策提言の深化にとって有益だと考えている。
第1部、第2部の各章において具体的な分析や政策提言を行うが、この序章では、①感染拡大への対応、②経済への影響を緩和するための経済政策、③中長期的影響と課題に分けて、本書各章の議論や最近の研究にリファーしつつ、コロナ危機の影響と政策対応について概観したい。

2.感染拡大への対応

感染症モデルと経済学の融合
新型コロナへの対応策の中心になってきたのは、水際対策のほか、外出禁止、営業活動の制限といった社会的離隔政策である。日本の新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言、「三つの密」を避けるための営業・外出自粛などの措置もこれに当たる。
標準的な感染症モデルによれば、「基本再生産数」――感染率が高いほど、回復率が低いほど大きくなる――が1を超える場合、感染者数の急速な拡大が生じる(第11章関沢論文参照)。マスク着用や手洗いの励行、不要不急の外出自粛、感染防止に配慮した営業といった個人・企業の行動によって感染拡大のスピードは鈍化する。感染症モデルに経済行動を折り込んだ理論モデルのシミュレーションのいくつかは、外出禁止令など政府の関与がなくても個人の行動変化を通じて感染のピークが後ずれし、死亡者数はかなり減少するという結果を報告している(Krueger et al., 2020; Farboodi et al., 2020; Brotherhood et al., 2020)。
政府が強い関与を行わず国民の主体的な取り組みを基本としたいわゆる「スウェーデン方式」は、こうした考え方に基づくものと考えられる。実際、携帯デバイスの位置情報に基づく人の移動の分析は、外出禁止令といった政府の措置が発動されるよりも早い段階で地理的移動が減少しており、人々が自発的に外出を自粛したことを示している(Alfaro et al., 2020; Gupta et al., 2020)。スウェーデンが仮に外出禁止措置をとっていたとしても感染者数の動向に大きな差はなかったとする反実仮想分析もある(Born et al., 2020)。
しかし、感染症には二つの負の外部効果がある(Jones et al., 2020)。一つは、利己的な個人にとって他者への感染リスクを減らす誘因は十分に大きくないこと、もう一つは、医療サービスの供給制約がある中で、病院の混雑をもたらすという外部性である。すなわち感染拡大を避けようとする個人や企業のインセンティブは、社会全体として望ましい水準に比べて過小になると考えられ、この外部性は量的に大きい(Bethune and Korinek, 2020)。特に「医療崩壊」と言われる病院の混雑は深刻な問題で、感染カーブをフラット化するためには、出入国制限、外出禁止令、感染リスクの高い業種の営業禁止といった政府の関与が必要になる。
感染症は地域を越えてスピルオーバーするので、地方自治体レベルではなく国全体としてコーディネートされた対策をとることが望ましい。例えば、ある自治体が経済的影響を避けようとして緩い措置をとった場合、当該地域だけでなく他地域の感染者も増加する(第19章近藤論文参照)。さらに国際的なスピルオーバーも存在するので、各国自身の利害のみに基づいて感染抑制政策の選択が行われた場合、制限は過小になったり過剰になったりする。人の移動を通じた感染症の伝搬のほか、ロックダウンによって中間財貿易が影響を受け、グローバル・サプライチェーンを通じて他国の生産活動に影響を及ぼす経路も存在する(第6章戸堂論文参照)。今後、正常化に向けた出口戦略の動きが広がる中、出入国管理などの規制の国際的コーディネーションも重要になるだろう。また、一国主義に基づく貿易制限措置を抑制するなど通商ルールの役割も大きい(第7章山下論文参照)。
感染症モデル(SIRモデル)に経済行動を折り込んだ拡張モデルを用いた最適な離隔政策――タイミング、強度、期間――のシミュレーションが活発に行われてきた。モデルの構造やパラメーター値の設定によって結果に幅はあるが、総じて言えば、①強力な抑制政策をとるほど経済への負の影響が大きくなるというトレードオフが存在すること、②政策関与がない自然体では感染が過大になること、③感染拡大の比較的早い段階で営業制限・外出規制などの強力な社会的離隔政策を行うことが望ましいと示すものが多い。トレードオフの存在を前提として、死亡者の生命を経済価値(VSLY : value of statistical life year)に換算すると、経済に対して大きなコストを伴う強力な離隔政策が十分正当化されることも指摘されている(Goldstein and Lee, 2020)。
ただし、新型コロナウイルスの検査率は低く、サンプルにバイアスがあるため、感染率、死亡率、抑止政策の効果などを表す基礎的なパラメーター自体の不確実性が大きい。このため、シミュレーションの定量的な数字は相手な誤差がありうる前提で解釈する必要がある。日々の感染者数がメディアで盛んに報じられてきたが、PCR検査の対象数は限られており、特に日本は主要国と比較して人口当たりの検査率が低い。しかも検査対象がランダムではないため、国民全体の感染率を知る上での役割は限られる。状況は次第に改善しているが、経済活動とのトレードオフを緩和する最適な政策立案のためには、ランダム検査によって感染者数や感染死亡率を正確に把握することが極めて重要になる。さらに言えば、検査の拡大自体が経済対策としての意味も持つ(第1章小林・奴田原論文参照)。

感染症経済モデルのバリエーション
基本的な感染症経済モデルは国民全体を同質的に捉えているが、実際には個人特性(年齢、健康状態)、産業・職業特性によって、感染・重篤化・死亡のリスクには大きな違いがある。このため年齢による重篤化・死亡リスクの違いを折り込んだモデルでのシミュレーション(Acemoglu et al., 2020; Brotherhood et al., 2020; Rampini, 2020)、複数の産業を含む形にモデルを拡張して感染リスクの産業による違いを考慮したシミュレーション(Baqaee et al., 2020; Bodenstein et al., 2020; Favero et al., 2020)も見られる。
こうした観点から、いわゆる「三つの密」の可能性が高い業種・業態をターゲットした政策には妥当性がある。他方、個人特性に着目した政策はあまり採用されていないが、感染した場合の重篤化リスクが高く、医療サービスの混雑の外部性が大きい高齢者と健康な若者を区別して扱うことが望ましいとする研究結果が多い。そして若年者と高齢者のリスクの違いを考慮した社会的離隔政策、年齢に応じた段階的な制限解除といった提言がされている。リスクの低い健康な若者は、医療サービスを混雑させる度合いが小さく、その就労拡大によって経済活動の低下を小さくできる。また、重症化リスクの低い人がある程度のスピードで感染して免疫を獲得することは、社会全体を平時に戻す上で望ましい(=正の外部性)面もある。
財政コストにまで拡張した分析は見られないが、医療サービスの供給制約緩和だけでなく、医療財政への負荷軽減にも寄与する可能性がある。ただし、活動レベルが高い若年者からの感染リスクは大きいので、高リスクの高齢者との接触を減らす措置をとる必要がある。スーパーマーケットでの買い物や各種窓口の利用時間帯を年齢で分ける措置はそうしたやり方の一種である。シルバーパスなどの仕組みも、新型コロナ感染症が続く間は高齢者の感染リスクを助長するおそれがあるので、感染拡大時には停止するなど運用を工夫することが考えられる。

感染抑止政策の事後評価
社会的離隔措置導入後のデータが利用可能になるのに伴って、政策の因果的な効果を事後評価する研究も始まっている。国際比較データを用いた分析、国内の地域別データを用いた分析など様々な例があるが、総じて外出禁止政策や営業停止措置が感染拡大や死亡者数の増加を抑制する上で有効だったことを示している。感染拡大抑止と雇用維持の間のトレードオフの存在も確認されているが、救われた生命を金銭換算すると費用対便益は十分高かったという分析がある。
本稿執筆時点において、日本を含む主要国の感染者数増加は一旦ピークアウトし、強力な規制を段階的に緩和した国が多い。しかし、有効なワクチンはまだ開発されていないし、人口の6~8割が感染して集団免疫を獲得する時期はまだ遠い可能性が高い(Fernández-Villaverde and Jones, 2020)。そうだとすれば、当分の間は規制を緩和することで感染者が再び増加し、医療サービス供給の上限を超えない範囲にとどまるようコントロールする期間(=「新しい生活様式」)がかなり長く続くだろう。感染者が獲得する免疫が完全ではなかったり、ウイルス自体が変質する場合、新たな感染の波が来る危険性も排除できない。費用対効果の観点から、事業活動別の感染リスク、個人特性別の重篤化・死亡リスクに応じた政策を、政策評価の結果も踏まえて工夫することが望ましい。また、引き続き検査能力の拡充、感染者を離隔する施設の整備、機関の中での的確な役割分担が必要である(第9章土居論文参照)。
もちろん、有効な治療薬やワクチンの開発・普及は、健康と経済のトレードオフ自体を解消する上で最善の対応策である(第12章長岡論文参照)。ただし、開発のインセンティブは知的財産権の保護をはじめ様々な政策的要因に依存する。なお、集団免疫にどの程度近づいたかを把握する上で、PCR検査だけでなく無症状の既感染者を把握するための抗体検査の役割も高まってきている。

小林 慶一郎 (著, 編集), 森川 正之 (著, 編集)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2020/7/18)、出典:出版社HP

3. 経済活動への影響と経済政策

不確実性と金融政策
新型コロナの拡大は、消費・投資行動を慎重にさせて財・サービス需要を減少させると同時に、生産活動を制約することを通じて供給力を低下させている。自然災害とは異なり需要側/供給側の複合的ショックである。グローバルにも、観光客の減少など需要側の影響、グローバル・サプライチェーンの機能不全による供給側への影響という二面性がある。コロナ危機には、経済活動自体が感染を拡大するという特異性があるため、感染者数の抑制を目的とした営業・外出制限などの社会的離隔政策が、需給両面の経済的影響を増幅する。
こうした新しいタイプのショックは、先行きの不確実性を著しく高めた。感染実態の不透明性、終息時期(治療薬やワクチンの開発を含む)の予測不可能性が根本にあるが、営業自粛・外出禁止措置の見通しなど政策の不確実性も存在する。こうした感染症の不確実性は、二次的にマクロ経済や企業業績の先行き見通しを困難にする。不確実性を測るために様々な代理変数が使用されているが、最も代表的で容易に利用可能なのは株価に基づく不確実性指標である。米国のVIX指数(「恐怖指数」)や日本の日経平均ボラティリティー指数の動きを見ると3月半ばには世界経済危機時に匹敵する水準まで高まった。
一般に経済の不確実性が前向きの投資行動を抑制する傾向を持つことはよく知られている。また、予備的動機に基づく貯蓄増加は家計消費を低迷させる。コロナ危機に伴う不確実性増大の結果、例えばBaker et al. (2020a)の推計によれば、2020年の米国GDP(国内総生産)は前年同期比でマイナス10%以上低下し、90%信頼区間を見るとマイナス20%を超える低下もありうる。GDP低下のうち約6割は、新型コロナウイルスに起因する不確実性増大の影響によるとしている。
VIX指数は依然として高水準で推移しているものの、3月下旬以降はピーク時に比べてかなり低下した。株価の水準も3月半ばまで急落した後は持ち直しており、これまでのところ世界金融危機時に比べて下落幅の累計はずっと小さい。為替レートも一部の新興国通貨を除けば世界経済危機時と比較して安定している。日本銀行を含む各国中央銀行の金融緩和や主要国の緊急経済対策が、システミック・リスクや先行き不確実性を低減し、投資家のパニックを回避する上で有効だった可能性を示唆している。うまくいっている政策は注目されないが、世界金融危機の教訓、その後の多数の経済分析の成果が生かされているように見える。
今後も予期せざるイベントによって株価が大きく変動する可能性はあるが、株価はフォワード・ルッキングな指標であり、本稿執筆時点では、いずれかの時点で感染症が終息し、(V字かU字かL字か空かはともかく)経済が回復経路に向かうことが折り込まれていると解釈できる。

財政政策による支援措置
危機時における積極的な財政政策の役割――特にゼロ金利制約で金融政策の有効性が限られる場合――を否定する人は少ないだろう。しかし、前述の通り、経済活動を活発化すること自体が感染拡大を助長するコロナ危機においては、需要創出よりもマスク・防護服の生産、検査体制の整備を含めて医療サービス供給能力を拡大するための政府支出に加えて、営業自粛に伴う雇用維持への助成や一時的な失業者への給付、生活困窮者の支援といった政策が望ましい。在宅勤務をしやすくするための投資への支援措置にも大きな意義がある。実際、日本の「緊急経済対策」でもこうした政策に力点が置かれている。
生活に困窮すれば、自身が感染する、あるいは他人に感染させるリスクがあっても経済活動を自粛するのは難しいから、突然仕事を失った人への失業保険給付や所得が大幅に減少した人への所得移転といった政策は、所得再分配だけでなく感染症の拡大抑止という観点からも必要である。ただし、経済学的には困窮者にターゲットした対策ほど効率性が高いというのがコンセンサスである。例えば最近の米国における家計への現金補助が消費支出に及ぼした分析によると、低所得世帯、金融資産保有額が少ない世帯で食料品を中心に支出が増加した一方、銀行預金残高が多く流動性制約のない高所得世帯の消費支出を増やす効果は見られなかった(Baker et al., 2020b)。また、社会的離隔政策の下での消費の減少は家計行動の慎重化による予備的貯蓄行動を反映しており、所得移転の消費拡大効果は通常の不況時に比べて小さいことが指摘されている(Coibion et al., 2020b)。
この点で、国民全員を対象とした一人10万円の給付金が最善だったと考える経済学者はおそらく少ない(第2章鶴論文参照)。正当化するとすれば、対象を限定した政策の実施には執行コストと時間がかかるという観点からだけだろう。この意味で、マイナンバーカードの普及率の低さ、所得や資産の補捉が不完全であることなど、平時から指摘されていた日本の所得再分配政策の問題点が顕在化したと言える(第5章小黒論文参照)。
コロナ危機を契機に、ターゲットを絞った効率的な所得再分配を迅速に可能にする仕組みを構築する必要がある。感染症への対応が長期化する可能性を考えると、マイナンバーカードの使い勝手を抜本的に改善した上で保有者への給付を優先するなど普及拡大を加速することが考えられる。さらに広い視野から言えば、失業及び所得減少に対応するための基本的なセーフティネットのツールである雇用保険制度及び生活保護制度の問題点を克服し、頑健な社会保険体制を再構築することが必要である(第3章八田論文参照)。
ただし、緊急時における財政支出の拡大は、中長期的には政府財政の持続可能性に影響する。万が一コロナ危機が終息する前に財政が破綻するようなことがあれば、国民生活への影響は甚大になる。短期と長期のトレードオフの中で、助成のターゲットを絞ったり、対象期間を制限するなど過大な支出規模にならないような工夫も必要になるだろう。ウイルス感染症拡大を抑制するための外出自粛などの社会的離隔政策によって最も大きな損失を受けるのは、営業が停止された産業の若い就労者、最も利益を享受するのは仕事から引退した感染リスクの高い高齢者である(Glover et al., 2020)。つまりコロナ危機は、世代間問題という側面を持っている。その点でも、就労していない年金生活者まで給付対象にすることの妥当性には疑問がある。

産業構造と新陳代謝
製造業よりもサービス産業が大きな影響を受けている点も、コロナ危機が過去の経済危機と大きく異なる点である。一般にサービス産業に比べて製造業の方が生産のボラティリティーが高く、石油危機、世界経済危機、東日本大震災といった過去の大きなショックでも製造業が強い影響を受けた。しかし、コロナ危機では、宿泊業、飲食業、娯楽業をはじめ対個人サービス業への影響が深刻である。近年、外国人訪日客増加の恩恵を受けてきた宿泊業は、コロナ危機により客室稼働率が東日本大震災直後を下回る歴史的な低水準に落ち込み、廃業・倒産した施設も増えている(第14章宮川論文参照)。コロナ危機が長期化した場合には、資金繰り難によって倒産件数はさらに増加するおそれがある。
サービス産業、特に対人サービス業の多くは「生産と消費の同時性」という特徴を持っており、人と人の直接的な接触を前提としている。在庫というバッファーが存在しないので、需要変動が稼働率——宿泊業の客室稼働率、旅客運輸業の座席占有率など——、ひいては企業業績に直結する性質を持っている。そして対人サービスという性格から、感染拡大防止のための自粛要請の対象と位置付けられる傾向も強く、在宅勤務の実行可能性も乏しい。
一方、医療サービスは需要超過の状態が続いたし、情報通信業や宅配サービスも在宅勤務や遠隔授業の拡大に伴う追加需要が生じた。小売業は業態による違いが大きく、百貨店が深刻な打撃を受けた一方で、食料品を中心に扱うスーパーマーケットは堅調だし、ネット通販は在宅勤務関連の財を中心に好調に推移した。健康関連品、パソコン、食品、化粧品など取り扱い品目による違いも顕著である(第13章小西論文参照)。サービス産業の中でも業編って状況は大きく異なる。
サービス産業はフェイス・ツー・フェイスのコミュニケーションが活発に行われる大都市ほど集積の利益を享受し、生産性が高いという性質を持っている。この点も、対人接触を抑制することが求められるコロナ危機の下では不利に作用している。今後の展開にも依存するが、東京一極集中や地方分今後の地域構造や都市政策のあり方にも関わる問題である(第18章藤田・浜口論文参照)。
企業レベルでは、同じ産業の中での企業間での違いも見られる。需要が急減する中、日本企業に限らず、流動性が潤沢で借り入れの少ない企業ほど株価への影響が小さかった(Ramelli and Wagner, 2020; Ding et al., 2020)。コロナ危機の前、日本企業の過剰なキャッシュ保有はしばしば批判され、政府は積極的な投資を促してきたが、皮肉なことに不確実性が増大する中、予備的なキャッシュを潤沢に保有する企業が市場から高く評価された。
企業倒産はサンクされた投資を無駄にするし、一時的な資金繰り難による倒産増加はシステミック・リスクにつながるおそれもあるので、過渡的なショックの下での企業の資金繰りを支援することは十分正当化される。個人に対する所得移転と同様、感染リスクの高い事業活動を自粛する誘因としての意味もある。例えば、事業継続の困難に直面している中小企業に対して、実質無利子・無担保の融資、持続化給付金といった政策がとられている。
店舗などに係る賃料への補助制度(家賃支援給付金)も追加的に行われたが、これには議論の余地がある。結果として補助金の利益が帰着するのは土地・建物の所有者だし、自己所有の場合の帰属家賃・地代は対象にならない。建物や土地は自己所有だが賃料以外のコストが大きい企業もあるだろう。費用構成は産業・企業によって異なるので、使途を限定した補助制度よりも、汎用的な緊急時支援の方が合理性が高いように思う。
ただし、不況時に非効率な企業が退出し、効率性の高い企業が成長すること――新陳代謝――は、経済全体の生産性を高める上で重要なメカニズムである。ショック直後の連鎖倒産リスクが落ち着いた段階では、将来の成長力を高めることを視野に入れる必要がある。人々の生活様式や事業活動スタイルの変化により、コロナ危機後の産業・就業構造がおそらくコロナ前と異なることを念頭に置くならば、労働や資本の産業間・企業間での移動を促していくことが必要になる。こうした問題意識からBarrero et al. (2020)は、①過大な失業給付、②企業内での雇用維持への補助、③職業資格制度・土地利用規制、④創業への規制(特に医療分野)を資源再配分を阻害する要因として指摘している。次に述べる労働市場政策とも関係があり、日本がこれからとるべき政策を考える上でも示唆に富む。

労働市場への政策対応
日本はコロナ危機前の時点で深刻な労働力不足の状況にあったため、今のところ失業率の上昇は大きくないが、非正規労働者に集中する形で雇用への影響が生じている。米国では、失業よりも非労働力化という形での影響が顕著なことが確認されている(Coibion et al, 2020a)。日本でも失業率の上昇が限られている要因として、休業者の増加や女性・高齢者の労働市場からの退出が寄与している。
サービス産業は、需要変動への柔軟な対応の必要性が高いことから、もともとパートタイマー、アルバイトをはじめ非正規労働者比率が高い。コロナ危機の下、平時における季節・時間帯による需要変動とは比較にならない極端な需要減少に見舞われた。また、対人サービス従事者は在宅勤務を行うことが難しいので、雇用調整の対象になりやすい。本社の間接部門は在宅勤務による対応の余地が大きいが、在宅勤務が可能な労働者は高学歴で賃金水準も高い傾向がある(第15章菊池・北尾・御子柴論文参照)。こうした事情から、コロナ危機は労働者の中での格差を拡大する傾向を持っており、失職した生活困窮者にターゲットした金銭的助成や再就職支援が必要である。雇用だけでなく労働時間の面でも二極化が見られ、特に医療従事者をはじめとするエッセンシャル・ワーカーの過重労働が深刻である。コロナ危機の長期化を視野入れた働き方の見直しが必要である(第16章黒田論文参照)。
経済対策の中で力点が置かれている雇用調整助成金は、対象範囲の拡大、支給率の引き上げなどの措置が講じられており、コロナ危機後に従来の産業・就業構造に戻るとすれば、時限的な支援措置として合理性がある。しかし、新型コロナが完全に終息するにはまだ時間を要すると考えられ、政府が「新しい生活様式」を唱道している中、また、第二波、第三波の可能性も排除できないことを考慮すれば、既存企業の中に労働者を維持する施策だけでなく、労働市場でのマッチングを改善し、労働需要が増加するセクターでの雇用吸収を促す政策にも力点を置くことが望ましい。コロナ危機で労働需要が増加しているセクターも存在し、宿泊・飲食サービス従業者の他社への派遣など民間レベルでの取り組みが起きている。労働市場のマッチング機能を改善する対応策として注目される。
もともと特定求職者雇用開発助成金、中途採用等支援助成金、地域雇用開発助成金といった雇用吸収側の企業を対象とした制度が存在し、東日本大震災のときには被災離職者を雇い入れた企業への助成も行われた。また、最近は副業を可能にするための制度整備が進められてきた。コロナ危機が完全に終息するまでの期間の長さやその後の就業構造の変化を想定するならば、企業内での雇用維持を前提とした雇用調整助成金から受け手側への助成に力点を移していく必要があるだろう。

4. 中長期的影響と課題

長期停滞への懸念
自然災害や戦争と異なり、コロナ危機は資本設備の毀損がほとんどなく、死亡者の多くは労働市場から引退した高齢者が占めていて就労人口への影響は小さい。このため集団免疫の達成またはワクチンの開発によって感染症自体が終息すれば、経済は回復するというのがおそらく基本シナリオである。特に、コロナ危機の影響を大きく受けたサービス産業は需要が戻れば生産も回復に向かうはずである。ただし、感染症経済モデルに基づく分析の多くは集団免疫の達成(あるいはワクチンの開発)を前提としており、免疫が完全ではなく再び感染する可能性が残るなど、この前提が崩れると感染症の終息自体が遠くなる。1918~19年のスペイン風邪のように、第二波、第三波が起きる可能性もある。
過去の感染症爆発の経済的影響は長期にわたって持続し、自然利子率の低下が何十年にも及んだという分析がある(Jordá et al., 2020)。コロナ危機が終息した後も世界経済が長期停滞に陥るかどうかは、不可逆的な履歴効果(hysteresis)があるかどうかによる。成長会計の枠組みで考えると、生産要素投入量、生産性の動向がどうなるかによる。このうち資本蓄積(=投資)は長期的な労働投入量と全要素生産性(TFP)の伸びに依存する内生変数なので、中長期的な潜在成長率の行方にはコロナ危機後の生産性の動向が大きく影響する。
履歴効果を持つ可能性のある要素として、コロナ危機下で非労働力化した人の完全な引退やスキルの劣化、学校教育の質の低下に起因する子供の学力低下、企業・個人のリスク回避度の高まりによる予備的なキャッシュ保有性向の高止まり(=投資・消費意欲の低下)、グローバル化の後退などが考えられる。企業行動の保守化は、長期的に生産性を高めるような無形資産投資を減少させるかもしれない。スタートアップ企業の減少が長期にわたって持続的な影響を持つことも懸念される(Sedláček and Sterk, 2020)。この点で休業や在宅勤務と並行して新しいスキルを身に付ける努力(=人的資本投資)を後押しすることが望ましい。このほかまだよくわかっていない要素として、出生率や子供の健康への長期的影響もありうる(第20章中田論文参照)。

危機が生産性を高める可能性
他方、コロナ危機後の生産性を高めうる要素もある。日本が遅れているとされてきた生産性向上余地の具体化である。ここでは、①デジタル技術の活用、②企業の業務改善、③規制改革、④新陳代謝の4つを挙げておきたい。コロナ感染症の拡大に伴って在宅勤務、遠隔教育、オンライン診療などデジタル技術の活用が半強制的に進展した。コロナ危機終息後には必要不可決でなくなるが、この過程で人々のIT(情報技術)スキルは向上したはずだし、デジタル・ツールを使うことへの抵抗感は低下した。対人業務に感染リスクがトを活用する例も現れており、コロナ危機が自動化技術の採用を促港を示す分析も存在する(Leduc and Liu, 2020)。
ホワイトカラー労働者の多くが経験した在宅勤務は、書類への押印や決裁手続き、厳格だが煩瑣な社内ルールの中に無駄なものが多かったことを明らかにした。(第17章森川論文参照)。コロナ危機を契機に必要に迫られて実施された業務改革の中にはもとに戻らないものも多いだろう。制度面では治療薬の迅速な治験・承認、オンラインでの初診診療、歯科医によるPCR検査など、「岩盤規制」の改革につながったものもある。まだ不必要な規制やコンプライアンスが多数残存していると思われるが、この機会に合理化していくことは将来の成長力向上につながるだろう(第8章楡井論文参照)。
コロナ危機に限らず不況は、生産性の低い企業が撤退し、回復局面で生産性の高い企業が成長するという形で、経済全体の生産性を高める新陳代謝効果を持つ。繰り返しになるが、労働や資本の産業間・企業間での再配分を阻害しないような形で緊急時の政策を行うことが、危機後の成長力を高める上で重要になる。

政府債務と世代間問題
コロナ危機後の経済に影響する政策的な要素として、財政支出拡大に伴う財政収支の悪化、政府債務の増大も無視できない。政府債務残高は世界各国とも大きく増加したが、日本はコロナ危機前の時点での政府債務のGDP比が特に高く、基礎的財政収支も赤字が続いていたので、政府債務が長期的な経済成長に負の効果を持つとすれば、日本は最も深刻な影響を受けかねない。
好況局面で過大な成長見通しを前提に経済財政運営を行ってきたツケとも言えるが、財政や社会保障制度の持続可能性が疑われるおそれもあり、コロナ危機終息後、少なくとも財政破綻を回避するための枠組みを再構築することが課題になる(第4章佐藤論文参照)。ただし、この問題はコロナ危機特有のものではなく、自然災害や戦争に伴う財政支出拡大、あるいは少子高齢化による社会保障支出の増大と経済学的に本質的な違いはない。この問題への対応には、将来世代を意識したフューチャー・デザインが関係する(第10章中川・西條論文参照)。

5.おわりに

コロナ危機は想定外のショックだったが、経済分析は急速に進んでいる。感染症の疫学モデルと経済モデルを融合した理論モデルが開発・利用されるなど、文理融合型の研究が進んでいる。精度の高い基礎データが限られているため、政策シミュレーションに使用される感染率など重要なパラメーターの不確実性はまだ大きい。しかし、当面どのような政策を講じるのが望ましいかについての定性的な理解はかなり深まった。新型コロナとの闘いはまだまだ続くので、疫学的なデータの蓄積に伴い、感染者数を医療供給制約の範囲内に抑えつつ、経済的コストを小さくする費用対効果の高い政策が明らかにされていくことを期待したい。
しかし、感染者・死亡者の動向が国によって大きく異なるのは何故なのか、どのような政策が実際に有効なのか、わかっていないことも多い。特にPCR検査件数や集中治療設備が少なく、マスクや消毒薬も不足し、罰則付きのロックダウンといった強力な手段を用いなかった日本で、人口当たり死亡者数が欧米主要国に比べてはるかに低水準にとどまっている理由は謎である。
エビデンスに基づく政策形成(EBPM)の観点から、経済対策としてとられた助成金、税制、金融措置などが実際にどの程度の効果を持ったかの解明も、今後の政策選択に貢献する重要な課題である。コロナ危機対策の中には自然実験的な要素が多々含まれており、実証研究の素材は山積みしている。
人々の移動パタン(携帯電話の位置情報)、消費行動(クレジットカード情報、POSデータ)、求人求職行動(オンライン・マッチング・サービス情報)など民間のリアルタイム・データを活用した研究が盛んに行われている。海外ではではいくつかの企業がこうしたデータを研究目的での利用者に無償提供しており、定量的な分析に活用されている。日本でもこうした動きが広がることを期待したい。今後は精度の高い公的統計のミクロデータを用いた研究も進んでいくだろうが、統計データの収集・計測・加工もコロナ危機の影響で様々な困難があることに注意が必要である。
最後に本書の構成を簡単に述べておきたい。第1部は、これまでにとられてきた政策、今後必要となる政策についての議論に重点を置いた論文を集めている。第2部は、実証研究や理論についての記述を中心に、政策的含意にも触れる分析的な論文を集めている。終章では、各章の議論を踏まえつつ、コロナ危機後の経済社会のビジョンについて総括している。いずれの章も5月末頃までのデータや文献に基づいて執筆されたもので、日々刻々と状況が変化する中、分析や提言自体が暫定的な性格のものであることを留保しておきたい。また、本書全体を通じて意見にわたる部分はすべて執筆者の個人的見解である。

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小林 慶一郎 (著, 編集), 森川 正之 (著, 編集)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2020/7/18)、出典:出版社HP