2020を越えて勝ち残る インバウンド戦略12の極意 ―観光立国の礎はシビック・プライドにあり―

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インバウンドのビジネスを持続的にするために

近年では、インバウンド・ツーリズムの流れは、団体旅行から個人手配旅行中心に変わってきています。訪れる個人客は、特定の宿や店ではなく、まち全体の魅力に惹かれてやってくるのです。本書では、日々のビジネスよりも大きく持続可能な仕事の成果を得るために必要な考え方を習得することを目指しています。

まえがき

私は、ドン・キホーテホールディングス(2019年2月1日からは、「パン・パシフィック・ インターナショナルホールディングス」へと商号変更される)傘下の株式会社ジャパン インバウンド ソリューションズ(JIS)の代表取締役社長という毎日の「米仕事(こめしごと)」 に加え、「日本インバウンド連合会(JIF)」の理事長・「国際空世紀みらい会議(Mellon22)」 議長その他多数の公共的役割を担い、微力ながら「花仕事(はなしごと)」にも積極的に取り組んでいる。

ここであらかじめ、このあと本文でも多用することになる、「米仕事」と「花仕事」という言葉の定義をしておきたい。この二つの言葉は、JR九州をはじめ、日本各地の観光列車のデザインで有名な水戸岡鋭治さんがもともと造った言葉だ。水戸岡さんは岡山県の農村の出身ということで、幼少期から農家の暮らしを見てきたという。農家の人々は朝の日の出前から自分の田んぼに出かけて農作業をする。自分が食っていくための仕事、これが「米仕事」である。

そして、午後も陽が陰って来る夕方になると、ムラビト総出で、農業用水路の沈殿した泥を浚渫したり、浮草を除去したり、土手の草を刈ったりして、水路の流れをよくする。また自 分の田んぼに渡っていくための丸太橋もみんなで架け替えたり手入れをしたりする。あるいは、村の鎮守の神様の祭りの準備もする。今と違って昔は日照りや虫の害があった。灌漑設備が充実し、農薬や肥料をまいておけば実りが保証されている今とは違っていたのだ。農業にも神様のお手伝いが必要不可欠だった。

こうした村祭りの準備も大切な「花仕事」であった。このムラビト総出の「花仕事」への奉 仕によってのみ、農家の各田んぼに水が行き渡り、豊かな稲の実りが手に入るのだ。自分の田んぼの目の前の農業用水路だけを浚渫しても、水は流れて来ない。地域を良くする「花仕事」こそが、自分が食っていくための「米仕事」の成果を生み、地域全体が持続可能になっていたのだ。

インバウンド(特に広義のそれ)の領域における成果の有無は、まさにこの「花仕事」への取り組みにかかっていると強く思っている。私は、明治以来、もっと厳密にいえば、戦後以来、 私たち日本の社会において、人々は「米仕事」にばかり集中してきたように思う。自社の売上(公共セクターの人々は自らの行政領域の成果)ばかり、自分の立身出世にばかりフォーカスし過ぎてきたのだ。

そして、私は税金を払っているのだからということで、「花仕事」は国や都道府県・市町村などの自治体にのみ任せてきたのだ。ここで、一つ補足しておきたい。国や地方公共団体・各種公益団体の職員や国会議員や地方議会議員の方々の仕事は米か花か、というと、これはすべて「米仕事」であるということだ。報酬を得て働く仕事は、仕事の内容にかかわらずすべて「米仕事」なのである。「花仕事」は、原則無報酬の(すなわち直接的対価や見返りのない)、純粋な社会への奉仕の仕事なのだ。

そして過日、この「米仕事」と「花仕事」の両方に取り組む重要性について、名古屋のシン ポジウムで私が発言した際、一緒に登壇した地元の大学教授から、「中村さん、その通りだね。日本では米、へんに、花のつくりで、糀、となる。米と花の両方の仕事が大事だね。そうすると、その地域は、桃の力で発酵され、美味い酒のように、良いまちになる」という、うれしいコメントをいただいた。私は、同教授の示唆に富んだこのコメントから強くインスパイアされて、その力を「醸す力」と名付けている。

このあと本文でも改めて詳しく述べるつもりだが、狭義のインバウンド、すなわちインバウンド・ツーリズムの趨勢は、今や個人手配旅行(これを業界用語でFITという)中心に変わってきている。急速に訪日旅行の形態は団体旅行から個人メインにシフトしているのだ。かつて主力だった団体の訪日ツアーは、A地点の観光施設からB地点のドライブインやC地点の温泉ホテルに移動する。点と線でしかない。そこには、地域との接点はほとんどなかった。今は違う。訪日の個人客は、特定の宿や店にやって来るのではなく、まち全体の魅力に惹かれてやって来るのだ。点と線ではなく、面としての地域にやって来るのだ。

これまで以上にまち全体の魅力アップが不可欠な時代になっている。インバウンド客を呼び込もうと自己の「米仕事」だけに張り切っても、結果が小さい時代なのだ。このようなFIT中心の時代こそ、「花仕事」の重要性が増してくる。

また、狭義のインバウンドに加え、広義のインバウンド、すなわち優れた才能を有する外国 人留学生の招致や外国人就労者獲得、移民受け入れなどの領域においては、「米仕事」だけでは到底、大きな成果にはつながらない。地域全体のシビック・プライド(本文の第2章で詳述する)の醸成、そして国際交流活動が不可欠となる。こうした領域は、個々の「米仕事」のプレーヤーの取り組みだけでは、実りある大きな成果を生み出せない。「米仕事」と「花仕事」の両方に取り組むことによって初めて生まれる、右述の「醸す力」=糀のような力が必要不可欠となるのだ。

おそらく、いま本書を手に取っている皆さんのなかには、インバウンド分野における、自ら の目の前の「米仕事」(日々のビジネス)の直接的成果を求めている方々の方が多いかもしれない。当然のことだと思う。ただし、私は、そのような皆さんにも、ぜひもっともっと大きな、そして持続可能な「米仕事」の成果を得るためにも、具体的な「花仕事」の進め方や、それに取り組む上で重要な考え方を習得していただきたいと願っている。そして本書の知識を活用することによって、最終的に各自の自社の組織や自地域のみらいを創る「醸す力」を身につけて、ご自身の人生の永続的成功をも手にしていただきたいと強く願っている。

それゆえ、「2020を越えて勝ち残る」ためにも、以下の三つの前提で本書を読み進めていただきたいと思う。
1 「花仕事」と「米仕事」の両方のマインドで本書を読む。
2 単に知識を頭に入れるばかりではなく、自らの中に生じる新しい意識の変化に耳を澄ましながら読む(頭を柔らかくして読んでいただきたい!)。
3 本書の内容を、自らの日々の「米仕事」「花仕事」にどう活かし、具体的に実践していくべきかについて考えながら読む(現状において、まだ「花仕事」に取り組んでいない方は、 これからどういう「花仕事」に取り組むべきか・取り組みたいかについても考えながら読む)。

本書は、まず序章「日本のインバウンドの現在・過去・みらい」において、わが国のインバ ウンド振興の歴史を振り返り、現状の課題を劇択し、みらいへの展望を語るところから始まる。続いて、第1章では、2019年のラグビーワールドカップ、2020の東京オリンピック・ パラリンピックに向けてどう取り組むのか、特にレガシー(みらいへの遺産)創出のためのヒ ントについて述べる。第2章では、「市民にとってのインバウンド」、特に本書のサブタイトルにもなっているシビック・プライドの重要性について述べる。また、第3章では、本書のメインタイトルである、「勝ち残るインバウンド戦略Aの極意」の各項目について詳述していく。そして、最後の第4章では、明治維新の分析の中から、真の観光立国の礎を見いだしていく。もちろん、興味のあるどの章から読み進めていただいても結構ではあるが、ぜひとも、この「まえがき」に加え、本書の最後の「あとがき」だけは最初に読んでみていただきたいと思う。

なお、各章の末尾には、本文とは別に、わが国の観光立国分野における唯一の専門週刊誌で ある『週刊トラベルジャーナル』の巻頭コーナーである「視座」に、私が毎月連載させていただいているコラムを、同誌編集長のご快諾のもと収録している。本文と併せて読んでいただければと思う(なお、この1年余のうちに同誌に掲載したコラムや特集号記事のうちの一部は、直接転載せず、可能な限り本文の中に組み込んでいる。また転載されているコラムの内容は、特に注記することなく、直近の数値やファクトに照らして加筆修正している)。

本書を書き上げるにあたっては、実に多くの方々のご支援をいただいた。貴重な知識や有益 な先進事例についてのご教示、また画像や図表のご提供など、ご多忙の中、ご協力いただいた国内外のすべての皆さまに、この場を借りて深く感謝の意を述べたい。また、最後に時事通信出版局の皆さまには本書の出版に向けてタイトなスケジュールの中、ご尽力いただいたことに、心より御礼を申し上げたい。

2018年11月吉日

目次

まえがき

序章 日本のインバウンドの現在・過去・みらい
災害大国ニッポン
山あり谷ありの観光立国の歩み
政府の観光立国への意気込みもいよいよ本気モード
観光資源の再定義と活用を
インバウンドを人口減少の穴埋めにしてはならない
「健全な危機感」の醸成が不可欠である理由
観光公害の真の課題とその解決方法
レガシー(みらいへの遺産)を生み出そう
オリンピックはもともとひとつのフィロソフィー(哲学)である
【COLUMN】 医療におけるおもてなしの実現

第1章 ポスト五輪のインバウンドはどうなるのか
2020は通過点にすぎない
2019年から2020年に向けてのインバウンド戦略
1 食のダイバーシティ
2 言語対応
3 ラグビー文化への理解
4 シンボリックなレガシー拠点の準備
5 市民総出のおもてなし
真のレガシーこそがこの国を「滅ばない日本」へと導く
【COLUMN】 IRの可能性と課題

第2章 市民にとってのインバウンド
シビック・プライドとは何か
なぜ今、シビック・プライドが必要なのか
文化財保護とシビック・プライド
【COLUMN】 高校生の観光選手権

第3章 勝ち残るインバウンド戦略12の極意
極意1 地域の誇りこそ、おもてなしの源泉とせよ
おもてなし問題の本質
何が劣化しているのか
おもてなし再建の処方箋
極意2 トップリーダーにこそ、インバウンドの重要性を伝え、彼らを目覚めさせよ!
極意3 みらい(次世代)の顧客を創造せよ
極意4 夜に商機あり―ナイトタイム戦略を立て実行せよ
歴史と自然の観光資源を
地元住民の理解と平安が大前提
極意5 桁違いのプレミアム戦略を立てよ
「安すぎる」という日本の課題
極意6 ふるさと納税(GCF)を活用せよ
極意7 田園にこそ勝機あり―地方でこそ農泊・民泊を推進せよ
民泊は既存事業者の敵ではない
極意8 ダイバーシティとインクルージョンを実現せよ
極意9 みんな丸ごと「広義の関係人口」化せよ
極意10 「ゆるスポ」と「eスポ」を活用せよ
極意11 越境ECと連動せよ
極意12 ツイン・ツーリズム振興こそが持続可能な成功の鍵、双方向の交流に注力せよ
【COLUMN】 農泊推進への思い

第4章 ニッポンの課題をインバウンドで解決する
明治維新が生み出したもの
明治維新によって失われたもの
1 伝統的な時間感覚の喪失
2 伝統的な空間感覚と自治意識の喪失
3 伝統的精神文化の喪失と変質
観光立国とは、哲学立国のこと――哲学の力で日本を取り戻せ!
インバウンドはシビック・プライドを生み出す「手鏡」
何が富を、お金を生み出すのか?
明治維新前の原点に立ち戻って、これからの150年を再創造しよう
【COLUMN】 脱ロボットのおもてなし

あとがき
参考文献・ウェブサイトほか

◆装幀・本文デザイン 清水信次
◆カバーイラスト 庄司猛
◆編集協力 島上絹子(スタジオパラム)