エンジニアが学ぶ金融システムの「知識」と「技術」

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エンジニアのための金融システムの入門書

本書では、金触分野のエンジニアにとって必要条件と考えられる基本的な知識をまとめています。データサイエンス、ブロックチェーン、サイバーセキュリティなど、幅広い分野について基礎知識がまとめられており、これから金融システムに関わる人が、金融システムの全体像を理解するのに非常に役に立ちます。

大和総研フロンティアテクノロジー本部 (著)
翔泳社

はじめに

変革期にある金融業

銀行業・証券業・保険業などはいうまでもなく金融産業に属しますが、一方でIT装置産業としての一面も持っています。経済産業省の「平成28年 情報処理実態調査」によると、金融業の売上げに占めるIT関連費用の比率は4.7%で、全業種の中で最も高い比率となっています。製造業の比率が1.0%ですので、この比率は突出して高い値といえます。

多大な工数・費用を費やし完成させた金融業の各種システムは、その完成度の高さに関して世界に誇れるものでした。しかし、この金融ITの世界にも大きな転機が訪れています。クラウドを採用する金融機関の数は増えてきており、また、機械学習技術やブロックチェーンの利活用が紙面を賑わしています。金融業は、IT装置産業としてこれらの先端ITをどのように活用し、収益につなげていくのかが問われています。

一方、本業の金融ビジネスにおいても、金融業界はビジネスモデルの変革を迫られています。金融業では1990年代後半から2001年にかけての金融ビッグバン以降、証券業において異業種からの参入により多くのネット証券会社が設立されたように、業態という金融ビジネスの垣根が次第に取り払われようとしています。これに加えて、近年の低金利や少子高齢化の急激な進展など、金融業を取り巻く経済環境は大きく変化しつつあり、これが金融機関の経営に大きな影響を及ぼしています。

金融分野のエンジニアには何が必要か?

ビジネスモデルとITの両面において大きな変革期にある金融業界ですが、それでは金融業界のシステムに携わるエンジニアは、今後どのような知識、スキルを身に付けていけば良いのでしょうか。

先ほど「変革期」という言い方をしましたが、実際は金融業界のプレイヤーが変わる可能性があるだけであり、必要とされる金融機能そのものに大きな変化があるわけではありません。その意味で、エンジニアといえどもまずは金融とは何か、という点を押さえておく必要があります。

また、これまで数十年かけて構築してきたシステムは一気には変わりません。したがって、現在の金融業における各種システムの成り立ちと構造についての理解も必要です。

その上で、先端ITについての基本的な理解と応用の勘所、さらには金融業界固有のセキュリティ対策に関しての知識があれば、これからの金融分野のエンジニアとしての必要条件は満たしているでしょう。後は、十分条件として、それぞれの現場に即した専門性を、技術と適用業務知識の両面で高めていくだけです。

本書の構成

本書は、金触分野のエンジニアにとっての必要条件と考えられる基本的な知識を、7つの章にまとめたものです。

第1章では、エンジニアが知っておくべき金融の基本と、メインフレームからクラウドにいたるまでの金融ITの変遷をわかりやすく、コンパクトにまとめています。

第2章では、視点を現在に移し、代表的な金融業のコンピュータシステムについて解説しています。業態によってコンピュータシステムは、金融業という言葉ではひとくくりにできないほど多様です。

第1章と第2章は、金融分野のエンジニアが知っておくべき前提知識です。これを踏まえて、第3章から第5章ではこれからの金融ITを考えていくために必要な最新の技術として、データサイエンスとブロックチェーンに焦点をあて解説していきます。

第3章では、機械学習の基本から、金融で注目されているテキストデータを対象にした最新の分析手法までをわかりやすく解説しています。金融では、これまでも金工学やアクチュアリー業務などでデータ分析のニーズがありました。このような下地があるため、データサイエンスに関しても積極的に活用が図られています。

第4章は、データサイエンスなどの具体的な応用として注目されている、チャットボット、スマートスピーカー、コミュニケーション・ロボットと、データサイエンスの利活用の方法を、銀行、保険といった業種と、マーケティング分野に焦点をあてて解説しています。

第5章は金融インフラへの活用が期待されているブロックチェーンです。P2P、コンセンサスアルゴリズム、暗号といったプロックチェーンを構成する技術と、仮想通貨、スマートコントラクト、ICOやビジネス応用事例について解説しています。

第6章はサイバーセキュリティです。金融業のイノベーションの多くはインターネットの利用を前提にしていますが、サイバー攻撃の高度化に伴い、これが重要なシステムリスクとして認識されています。本章では、サイバー攻撃とは何かから、その技術的対策と組織的対策、そして将来的な動向までをわかりやすくまとめています。

最後の第7章では、個々の技術要素ではなく、金融ビジネスと一体化した粒度の大きい技術を取り上げています。技術の理解とともに、情報産業としての金融業の特徴と、エンジニアの役割を理解してください。

本書は第1章から通読することで、金融の基本的知識と金融ITの現状、将来的な動向の駒所がわかるように書かれています。また、金融ITの主要なテーマを網羅しており、各テーマはなるべく自己完結的に書かれているため、辞書代わりに使うこともできます。

本書が、金融業界のシステムに携わるエンジニア、あるいはこれから金融分野で活躍したいと考えているエンジニアにとって、実戦的な知識ベースの構築に役立ち、ひいては金融業界のシステム機能の向上と競争力向上の一助となれば幸いです。

2019年1月
株式会社大和総研 フロンティアテクノロジー本部

大和総研フロンティアテクノロジー本部 (著)
翔泳社

目次

はじめに

第1章 金融ビジネス、金融ITの変遷と現状
1-1 金融とは?
金融と金融機関の役割と機能
1-2 金融サービスの提供
状況に合わせて変化する金融サービス
1-3 金融ビジネスの再構築
リーマン・ショックが大きく変えた金融サービス
1-4 金融サービスのシステム化ニーズ
金融サービスとITの進化に合わせたニーズの変化
1-5 システム構成の変化
メインフレームからクラウドサービスまでの変化
1-6 ネットワークの変化
サービス提供に大きな変化をもたらす環境変化
1-7 情報処理手法の変化
基幹系、情報系とバッチ処理、オンライン処理
1-8 端末の変化
端末の高度化と集中処理・分散処理
1-9 プログラム開発と開発技術の変化
プログラム言語と開発手法の変化

第2章 金融業界のシステム
2-1 銀行のシステム
銀行の三大業務とシステム
2-2 クレジットカード会社のシステム
クレジットカードにおける決済のシステム
2-3 証券会社と取引所・決済機関のシステム
証券売買と決済のシステム
2-4 投資会社のシステム
投資信託と投資顧問を支えるシステム
2-5 保険会社のシステム
保険の組成・販売からクレーム処理を支えるシステム

第3章 金融ビジネスを支えるデータサイエンス手法
3-1 金融ビジネスとデータサイエンス
金融データの種類と発生機構
3-2 機械学習とは?
これから機械学習プロジェクトに参加する人のための入門知識
3-3 機械学習の評価
機械学習の評価方法は用途に応じたものとするべき
3-4 表形式データに対する機械学習
さまざまな機械学習モデルとその特徴
3-5 テキストデータに対する機械学習
テキストデータの数値データへの変換と応用
3-6 画像データに対する機械学習
画像データは数値データの集合体
3-7 音声データに対する機械学習
音声データは単なる数値の系列
3-8 データ活用推進のアプローチ(1) (分析編)
より高度な機械学習モデルを構築するための次の一手
3-9 データ活用推進のアプローチ(2) (インフラ編)
価値ある知見を素早く生み出すためにインフラ面で意識すべきこと
3-10 データ活用推進のアプローチ(3) (人材・組織編)
データ活用企業になるために組織として求められること

第4章 データサイエンスによって実現される金融ビジネス
4-1 金融機関への導入が進むチャットボット
自然言語を用いた人間とロボットとの対話
4-2 スマートスピーカーが作り出す未来
「声」で操作する新しいインタフェースの可能性
4-3 コミュニケーション・ロボットの実態と今後
金融業界をはじめとした用途の広がりの可能性
4-4 銀行の企業融資におけるデータサイエンスの活用
新しい融資サービスに向けた動き
4-5 保険業におけるデータサイエンスの活用
データサイエンスが変える保険の未来
4-6 デジタルマーケティングにおけるデータサイエンスの活用
マーケティングに利用するデータを拡張する

第5章 ブロックチェーン技術と仮想通貨ビジネス
5-1 ブロックチェーンの全体像
変化し続けるブロックチェーン
5-2 ブロックチェーンの構成技術(1)
ピア・トゥー・ピア(P2P)
5-3 ブロックチェーンの構成技術(2)
コンセンサスアルゴリズム
5-4 ブロックチェーンの構成技術(3)
プロックチェーンのデータ構造と暗号技術
5-5 ブロックチェーンの分類
多種多様なプロックチェーンをどう理解したら良いか?
5-6 代表的な仮想通貨
ピットコイン、イーサリアム、ダッシュ、リップル
5-7 スマートコントラクトとは?
契約処理の自動化で信頼コストを削減
5-8 ICOとは?
プロックチェーンを利用した新たな資金調達手段
5-9 ICOの法規制
クラウドファンディングとの関係から法規制を俯瞰する
5-10 ICOの事例
分散型予測市場を実現するプラットフォーム「Augur」
5-11 ビジネス事例(1) 仮想通貨交換業
ウォレット管理などセキュリティの要件が厳しく求められる
5-12 ビジネス事例(2) 金融機関の取り組み
送金・決済、貿易金融、証券取引など幅広い分野で活用を検討中
5-13 ビジネス事例(3) IoT
急成長するIoTの課題をプロックチェーンで解決

第6章 金融業界におけるサイバーセキュリティ
6-1 サイバーセキュリティの外観
金融機関を巡る脅威動向
6-2 重大インシデントはどのように発生するか?
WannaCryを検証する
6-3 サイバー攻撃の動向
仮想通貨狙いが急増
6-4 サイバー攻撃への対策
ITによる対策だけでは足りない
6-5 サイバー攻撃を防ぐ技術
被害ゼロを目指して
6-6 サイバー攻撃に立ち向かう
CSIRTとSOC
6-7 注目すべきサイバーセキュリティの動向
関係機関の動向と金融機関の共助態勢

第7章 その他の注目すべき技術と金融ビジネス
7-1 導入が進むRPA
知っておきたい基本情報
7-2 デジタルビジネスを加速させるAPI
金融機関が導入するオープンAPIの要点
7-3 PFM・クラウド会計の普及の背景
サービスの特徴と今後の可能性
7-4 ロボアドバイザーの現在
資産運用業界に起こるイノベーション
7-5 決済の高度化
キャッシュレス社会実現に向けた官民挙げての取り組み
7-6 UI/UXの概要
サービスと利用者をつなぐエッセンス
7-7 トレーディング手法の多様化
テクノロジーの活用による大幅な手法の変化

索引
参考文献
おわりに
執筆者紹介

大和総研フロンティアテクノロジー本部 (著)
翔泳社