人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの (角川EPUB選書)

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知能とは何か、人間とは何か

日本トップクラスの研究者である著者が、人工知能の現状と展望をわかりやすく解説しています。人工知能は果たして人類の希望なのか、あるいは大いなる危機なのか、著者が経てきた研究を踏まえて、未来像や起きうる問題まで指摘しています。人工知能の全体像を理解するのにおすすめの1冊です。

松尾 豊 (著)
出版社 : KADOKAWA/中経出版 (2015/3/11)、出典:出版社HP

はじめに 人工知能の春

「人工知能(Artificial Intelligence : 略してAI)」という言葉が、いろいろなところで聞かれる。ほんの10年前とは大きな違いである。
私が大学院の学生だった1997年から2002年ごろには、人工知能の研究をしていると言うと、怪訝な顔をされることが多かった。「なぜ人工知能は実現できないんですか?」とまわりの研究者に聞いても苦笑されたものだ。なぜなら「人工知能」という言葉自体が、あるいは「人工知能ができる」と主張すること自体が、ある種のタブーとなっていたからだ。
いまでも印象に残っている出来事がある。私が大学院を修了し、新米の研究者として初めて挑んだ研究費の審査のことだ。若手の研究者にとって、年間数百万円の研究費をもらえるかどうかは、研究者としてやっていけるかどうかの明暗を分ける死活問題である。私は一生懸命に考え、提案書を書いた。
2002年当時、いちはやくインターネット上にある情報の研究に取り組んでいた私は、大量のウェブページを分析することで、言葉(キーワード)の関連性を表すようなネットワークを大規模に取り出すことができる技術を持っていた。それを使えば、一見すると関係がないような言葉でも、関連性を認識し、適切な広告を打てるはずだ。ネットの広告技術の研究なんて、まだ誰もやっていなかったので、私は自分の提案に自信を持っていた。
書類審査を無事通過した私は、意気揚々と面接に臨んだ。面接の会場では、他の分野の大御所の先生が何人も座っており、その前でひとりプレゼンテーションをした。研究内容について根ほり葉ほり質問を受けた後、先生方から言われた言葉に、私は衝撃を受けた。
「広告なんてくだらないものをやるな」
「言葉のネットワークが簡単にできますなどと言うな」
そして、最後に浴びせかけられた言葉が極めつけにひどかった。
「あなたたち人工知能研究者は、いつもそうやって嘘をつくんだ」
案の定、その提案は落選した。いま考えてみても、検索エンジンと広告モデルが当たり前になったいまの時代を先取りする研究であり、悪い提案ではなかったはずだが、当時はひどいめにあった。学生時代、人工知能の研究者に育てられた自分にとっては、初めて世間の冷たい風をまともに受けた瞬間だった。
「人工知能という言葉を使ってはいけないんだ」
「人工知能というだけで、敵愾心を燃やす人がたくさんいるんだ」
そのとき受けた衝撃は、私が最初に臨んだ研究費の面接の苦い思い出として、いまでも痛烈に心に刻み込まれている。

だが、時代は変わった。
いま、世の中は、人工知能ブームに差しかかっている。ネットのニュースにも、新聞や雑誌、テレビにも、人工知能という言葉が踊っている。「人工知能を研究しています」と堂々と言える。「これからは人工知能の時代ですね」といろいろな人から言われる。われわれ人工知能研究者にとってはうれしい春の到来だ。種が芽を出し、葉を茂らせ、花を咲かせ始めている。だが、それは同時に、憂鬱の種でもある。暗くて長い冬の時代も思い起こさせるからだ。
実は、人工知能には、これまで2回のブームがあった。1956年から1960年代が第1次ブーム。1980年代が第2次ブーム。私が学生だったのは、ちょうど第2次ブームが去った後だった。
過去の2度のブームでは、人工知能研究者は、人工知能の可能性を喧伝した。いや、喧伝する意図はなかったのかもしれないが、世の中がそれを煽り、そのブームに研究者たちも乗った。多くの企業が人工知能研究に殺到し、多額の国家予算が投下された。
パターンはいつも同じだ。「人工知能はもうすぐできる」、その言葉にみんな踊った。しかし、思ったほど技術は進展しなかった。思い描いていた未来は実現しなかった。人工知能はあちこちで壁にぶち当たり、行き詰まり、停滞した。そうこうするうち、人は去り、予算も削られ、「人工知能なんてできないじゃないか」と世間はそっぽを向いてしまう。期待が大きかった分だけ失望も大きかった。
楽しい時間の後には冷たい現実が待っていた。人工知能研究者にとっては大変につらく長い冬の時代がやってきた。
2度の冬の時代、人工知能という言葉を発することさえ憚られるような雰囲気の中、「いつか人工知能をつくりたい」「知能の謎を解明したい」という研究者の思いが人工知能研究を支えていた。多くの研究者が現実的なテーマにシフトし、本当の知的好奇心をひた隠しにして、表向きは人工知能という看板を下ろして研究を続けた。

いま、三たびめぐってきた人工知能の春の訪れに当たり、同じ過ちを繰り返してはいけないと強く思う。ブームは危険だ。実力を超えた期待には、いかなるときも慎重であらねばならない。世間が技術の可能性と限界を理解せず、ただやみくもに賞賛することはとても怖い。
これまで冬の時代を耐えてきた研究者の地道な努力があるから、いまがある。だからこそ私は、読者のみなさんに、人工知能の現在の実力、現在の状況、そしてその可能性をできるだけ正しく理解してほしいと思う。それが本書の大きな目的だ。
この本で言いたいことを本当に理解してもらおうと思うと、最後まで読み進めてもらわないといけない。ポイントは、50年ぶりに訪れたブレークスルーをもたらすかもしれない新技術「ディープラーニング」の意義をどうとらえるかにかかっている。ただ、あらかじめざっくり言っておくと、いまの人工知能を正しく理解するというのは、こういうことだ。

1.うまくいけば、人工知能は急速に進展する。なぜなら「ディープラーニング」、あるいは「特徴表現学習(*注1)」という領域が開拓されたからだ。これは、人工知能の「大きな飛躍の可能性」を示すものだ。もしかすると、数年から十数年のうちに、人工知能技術が世の中の多くの場所で使われ、大きな経済的インパクトをもたらすかもしれない。つまり、宝くじでいうと、大当たりしたら5億円が手に入るかもしれない、ということだ。

2.一方、冷静に見たときに、人工知能にできることは現状ではまだ限られている。基本的には、決められた処理を決められたように行うことしかできず、「学習」と呼ばれる技術も、決められた範囲内で適切な値を見つけ出すだけだ。例外に弱く、汎用性や柔軟性がない。ただし、「掃除をする」とか「将棋をする」といった、すごく限定された領域では、人間を上回ることもある(だが、足し算や引き算でとうの昔に人間が電卓に敵わなくなったのといったい何が違うというのだろうか!)。人工知能が人間を支配するなどという話は笑い話にすぎない。要するにこれは、宝くじでいうと、いま手元にある10枚のくじで平均的に受け取れる金額—現状の期待値―は300円にすぎない、ということだ。

つまり、上限値と期待値とを分けて理解してほしいのである。宝くじを買っただけで、1等が当たる気になってしまうのは、人間であればしかたない。でも、1等が当たることは、実際にはめったにない。
人工知能は、急速に発展するかもしれないが、そうならないかもしれない。少なくとも、いまの人工知能は、実力より期待感のほうがはるかに大きくなっている。
読者のみなさんには、それを正しく理解してもらいたい。その上で、人工知能の未来に賭けてほしいのだ。人工知能技術の発展を応援してほしい。現在の人工知能は、この「大きな飛躍の可能性」に賭けてもいいような段階だ。買う価値のある宝くじだと思う。その理由を、本書では順を追って説明しよう。人工知能について、できるだけ多くの人にわかってもらえるよう、基礎的なことから書いたつもりである。
なぜ2回の冬の時代があったのか。なぜ3回目の春には希望が持てるのか。
これは人類にとっての希望なのか、あるいは大いなる危機なのか。
本書を読めば、自ずから答えは明らかになるはずだ。

2015年2月
松尾 豊

(*注1) 本書では、表現学習ではなく「特徴表現学習」という言葉を使う。理由は後述する。

松尾 豊 (著)
出版社 : KADOKAWA/中経出版 (2015/3/11)、出典:出版社HP

人工知能は人間を超えるか――ディープラーニングの先にあるもの 目次

はじめに 人工知能の春

序章 広がる人工知能――人工知能は人類を滅ぼすか
・人間を超え始めた人工知能
・自動車も変わる、ロボットも変わる
・超高速処理の破壊力
・人工知能はSF作家になれるか
・人工知能への研究投資も世界中で加速
・職を失う人間
・人類にとっての危機が到来する
・この本の読み方

第1章 人工知能とは何か――専門家と世間の認識のズレ
・まだできていない人工知能
・基本テーゼ : 人工知能は「できないわけがない」
・人工知能とは何か――専門家の整理
・人工知能とロボットの違い
・人工知能とは何か――世間の見方
・アルバイト・一般社員・課長・マネジャー
・強いAIと弱いAI

第2章 「推論」と「探索」の時代――第1次AIブーム
・ブームと冬の時代
・「人工知能」という言葉が誕生
・探索木で迷路を解く
・ハノイの塔
・ロボットの行動計画
・相手がいることで組み合わせが膨大に
・チェスや将棋で人間に勝利を飾る
・[秘訣1]よりよい特徴量が発見された
・[秘訣2]モンテカルロ法で評価の仕組みを変える
・現実の問題を解けないジレンマ

第3章 「知識」を入れると賢くなる――第2次AIブーム
・コンピュータと対話する
・専門家の代わりとなるエキスパートシステム
・エキスパートシステムの課題
・知識を表現するとは
・知識を正しく記述するために : オントロジー研究
・ヘビーウェイト・オントロジーとライトウェイト・オントロジー
・ワトソン
・機械翻訳の難しさ
・フレーム問題
・シンボルグラウンディング問題
・時代を先取りしすぎた「第五世代コンピュータ」
・そして第2次AIブームが終わった

第4章 「機械学習」の静かな広がり――第3次AIブーム①
・データの増加と機械学習
・「学習する」とは「分ける」こと
・教師あり学習、教師なし学習
・「分け方」にもいろいろある
・ニューラルネットワークで手書き文字を認識する
・「学習」には時間がかかるが「予測」は一瞬
・機械学習における難問
・なぜいままで人工知能が実現しなかったのか

第5章 静寂を破る「ディープラーニング」――第3次AIブーム②
・ディープラーニングが新時代を切り開く
・自己符号化器で入力と出力を同じにする
・日本全国の天気から地域をあぶりだす
・手書き文字における「情報量」
・何段もディープに掘り下げる
・グーグルのネコ認識
・飛躍のカギは「頑健性」
・頑健性の高め方
・基本テーゼへの回帰

第6章 人工知能は人間を超えるか――ディープラーニングの先にあるもの
・ディープラーニングからの技術進展
・人工知能は本能を持たない
・コンピュータは創造性を持てるか
・知能の社会的意義
・シンギュラリティは本当に起きるのか
・人工知能が人間を征服するとしたら
・万人のための人工知能

終章 変わりゆく世界――産業・社会への影響と戦略
・変わりゆくもの
・産業への波及効果
・じわじわ広がる人工知能の影響
・近い将来なくなる職業と残る職業
・人工知能が生み出す新規事業
・人工知能と軍事
・「知識の転移」が産業構造を変える
・人工知能技術を独占される怖さ
・日本における人工知能発展の課題
・人材の厚みこそ逆転の切り札
・偉大な先人に感謝を込めて

おわりに まだ見ぬ人工知能に思いを馳せて

松尾 豊 (著)
出版社 : KADOKAWA/中経出版 (2015/3/11)、出典:出版社HP